プロローグ
熱い……
「う……なにが……これはっ!?」
余りの熱さに私が目を覚ますと、辺りは火の海となっていた。
まるで地獄絵図。
壁にかかった高価な油絵は解け落ち、壁には赤い悪魔達が舞い踊ている。
「ゲホッ……ゲホ……」
周囲の猛烈な熱気。
そして室内に充満する煙に、私は咳き込んだ。
火事だ……
私は口元を押さえ、急いで扉へと向かう。
――この場から逃げ出すために。
ドアノブへと手を伸ばす。
だが私がノブを掴む直前、上から何かが落ちて来た。
「うっ……熱い……」
顔に何かが当たり、焼ける様な猛烈な痛みが私を襲う。
その痛みから逃げる様に私は顔を押さえ、後ろにさ下がった。
ガラガラと何かが崩れる音。
左目は開かない。
私は無事だった右目を開け、状況を確認する。
「そんな……天井が崩れて……」
上から降って来たのは、天井だった様だ。
そして最悪な事に、扉は崩れた天井によって完全に封鎖されてしまっていた。
「あ、あぁ……」
唯一の逃げ道が塞がれた、
その事実から絶望に崩れ落ちそうになる。
……諦めちゃダメ!
此処で諦めたら、本当に死んでしまう。
そう思い、気力を振り絞って他に逃げ道がないか私は必死に探す。
そして見つける。
一か八かの逃げ道を。
「窓……」
ここは3階だ。
飛び降りればただでは済まない。
地面との激突で命を落とす可能性もある。
――だが、このまま焼け死ぬよりかはましである。
このままでは確実に私は死ぬ、
なら……
意を決した私は、身を焼く様な熱気に歯を食いしばり窓へと向かう。
「ぐっ……」
窓は熱気で、まるで焼けた鉄板の様だ。
手を就けると、手が燃える様に熱い。
「このぐらい!」
気合を入れて、乱暴に窓を開く。
肺まで燃えてしまいそうな熱気の中、新鮮な空気が流れ込んで来た。
此処から飛び降りて……
「……」
窓から体を乗り出し、そこから見える高さに私は固まってしまった。
よく見なれたありふれた光景ではある。
だがそこから飛び降りようと身を乗り出す行為に、本能が恐怖と言うブレーキをかけてしまう。
怖い……でも……
後ろを振り返ると、火勢は更に強くなっていた。
煙も酷く、息がむせ、涙が止まらない。
此処に留まれば私に待っているのは“死”だけだ。
「ああああああぁぁぁぁぁ!!」
私は覚悟を決める。
そして本能のブレーキをかき消すかの様にお腹の底から声を絞り出、そこから一気に飛び降りた。
「あ……ぐ……」
ゴッと言う鈍い音が聞こえた。
きっと、私が地面と激突した音だろう。
体は動かないが、不思議と痛みは感じない
視界がぼやけたかと思うと、そこで私の意識は途切れた。
「ここ……は……」
次に目覚めた時、私の視界に見知らぬ天井が写り込んだ。
真っ白で、シミ一つない綺麗な天井。
私は首を動かして、辺りの様子を確認しようとする。
「っ!?」
その瞬間、針で刺した様な痛みが全身に走り、痛みで視界が滲む。
一体何が?
そう思い、自らの記憶を辿る。
そして思い出す。
自分住んでいた屋敷が火事になった事。
そして自分の部屋――3階――の窓から飛び降りた事を。
「助か……った……」
私は自分が生き延びた事に安堵し、そして神に感謝する。
きっとここは病院なのだろう。
全身酷く痛むが、死ぬよりはましだ。
安心すると、私は再び意識を失う。
――そこからが地獄の始まりだった。
――この後、私はあの火事で死ねなかった事を後悔する事になる。