第五話 ラスト2話です
あれから一週間ぐらいがたった。
山を越え、谷を越え、草原を駆け抜け、洞窟を突き抜け、村や町に立ち寄り
立ち寄るたびにそこで一夜を過ごす。
毎晩、俺は睡眠妨害を受けていた。
新田が犯人だ。
俺のこの一週間は一時間眠ることができるかできないかの境目だった。
なぜかって?
それはモテない男子君達からは嫉妬の罵声を受けるような幸せな原因だろう。
でも、俺にとってそれは地獄以上の苦しみだった。
新田が毎晩俺と一緒に寝ていた。
厳密にいえば新田が熟睡で俺が仮眠だったが。
新田は寝相が悪く、俺はできるだけ新田との距離を最低限、体が触れないように離しているのだが、
俺がちょっとの間眠っていると………
新田は俺に抱きついて寝ていた。
新田の頭が俺の胸元に押しつけられて、腹部のあたりに柔らかい感触が、髪の毛からは石鹸のにおいか、女の子のにおいなのか分からないいい香りが……。
いや、まて、俺は新田を必死に剥がす。起きようが起きまいが関係ない。
このままじゃ、俺の理性がぶっ飛ぶからな。
意外と睡眠は深いようで起きることはなかった。
これがほぼ毎日、さらに…
俺が仰向けで寝ていると俺の上に乗って寝ていたり
俺の腕を腕枕にして寝ていたり
これは一体どういうことなんだ、と言わざるをえないようなことがよくあった。
おかげで毎日寝不足、そして警戒を解くことのできない夜が続いた。
そして今、
俺たちはラスボスの魔王を倒してしまった。
「………………………………………………………。」
新田は目を見開いて驚き戸惑っていた。
俺も驚いているさ、まさか一撃で倒せるとは……。
「ぐ、ぐわー。」
最後の悲鳴まで感情がこもっていない!!
どこまで機械的なんだこの世界は!?
「へへ、やったじゃねぇか、お二人さんよぉ。かっかっかっか。」
ゴキ妖精がうれしそうに言った。
「…お、……お二人…さん……。」
新田が顔を赤らめてうつむきながら言う。
「まぁ、なんだっていいさ。さ、これでやっと帰れるのか。」
俺があくびをしながらそう言うと、
「え?……。」
新田がショックを受けているような、驚いているかのようにも聞こえる声を上げた。
「いや、もうこの世界にいる理由もないだろうしさ。このゲームは裏面もなかったし、もう充分楽しんだからな。エンディングでも終われば元の世界に帰れると思うし。」
「……そ、そう……だね……。」
なんだか物寂しげだった。
「どうした?………やっぱり、元の世界に帰りたくないとか?」
俺は思い返すと、新田がいじめられていたことを思い出した。
そうだな……新田にとってはいじめられることのないこの世界は居心地がいいのかもしれない。
「…え、……えっと。」
「ごめんな、新田にとってはこの世界は居心地がいいんだよな。勝手に終わらせちゃってさ。お前の事情とか考えてなかった。」
「…そ、………そんな……まだ、か…帰れない……よ。」
「だよな、もうちょっとここにいたいよな。」
「そ……そうじゃ…なくって……。」
「へ?」
新田は、はっとした。良く分からないが口を押さえて顔をゆがませている。
まるで、なにか言ってはいけないことを言ってしまった時のような反応だ。
でも、なんでだろう?
まだここにいたいって言うことは決して悪いことじゃないのに…。
「けっ、さっさと王国に戻ってパレードでもしてもらって盛大に祝ってもらおうぜ、そうすりゃあ、お前らは自由だ!!」
ゴキ妖精がそう言った。
「そうだな、早く終わらせるか!!」
俺たちは魔王の城を後にした。
王国でのパレードは盛大に行われた。
本来ならここでスタッフロールが流れてゲームがジ・エンド、のはずだったが…
そのまま時間が過ぎ、夜になって俺たちは宿に泊まっていた。
いつものベッド二つの安い部屋、そこで二人は無言でじっとしていた。
なんで、終わらないんだ?なんで、帰れないんだ?
俺はそんなことを考えていた。
「…ね、ねぇ……、もう……寝よう?」
新田はなにも気にしていないように俺に問いかけた。
「ちょっとだけ夜風に当たってくる。」
俺はそう言ったが、本当は一人で考え事をしたかったための口実だ。
「…じゃあ、一緒に……。」
「あ、すぐに戻ってくるから待っといて。すぐに戻るから。」
念押しに言うと、新田はうなずいてくれた。
俺は新田の頭をなでてやって部屋を出て、宿屋を出て、道の真ん中に佇んだ。
……俺は、俺と新田はなんでこの世界に来たんだ?
ここにいる理由は何なんだ?
魔王は倒した、それがここにいる理由ならばもう俺たちは強制送還でもされて、
元の世界にでも帰ることができているはず……。
なら、他に理由があるとしか考えられない。それがいったい何なのかが、分からないんだ。
RPGで考えられること……、
魔王を倒し、世界を平和にして、勇者はどうなる?
……ロマンス……?
それなら、姫だか王女だかなんかとするはずだ。
それにこの王国に姫はいない。
じゃあ、なんなんだ?
もっと、もっと考えろ、この世界は一体何だ?
RPGの世界で、ここにいる住民や魔王やモンスターも機械的で、人間味がない、感情がなくて、
俺と新田はここに連れてこられた…誰に?
……待てよ、一つ、一つだけなにかを忘れている。
この世界の住民たちはみんなまるでなにかの機械のように感情がなかった。
じゃあ、あの妖精はなんだ?
あいつは少なくとも喜んだり怒ったり、言葉にも起伏があって感情が感じ取られる…
そうだ、そういえばあんなキャラクターはこのゲームにいなかった。
あれは、なんだ…なんなんだ?思い出せ、思い出せ…
「俺は妖精…恋する乙女の味方……。気持ちも言えない乙女の味方。」
そういえばそんなことを言っていた。
じゃあ、あいつが俺たちをここに連れ込んだのか……。
何のために?
それはすぐに分かった。
「恋する乙女の味方」つまり、誰かが恋をしているんだ。
…俺に?なのか?…いや、でもここには俺しか男はいない……へ?
同じ方法で誰が恋をしているのかをあぶってみると……
「新田 真貴菜」こいつしかいない。
つ、つまり……
新田は俺に恋をしているってことか!!!?
いや、待て!!そんな馬鹿な!!!ありえない!!これは被害妄想かただ単に俺の妄想だ!
でも………………あ〜もうっ!!
こんなことでなに妄想を広げてんだよ。真相を確かめないと……
どうやって?……ゴキ妖精に聞けば分かるだろう。仮にも妖精なんだから。
多分新田は行方を知っているだろうから、ちょっと聞いてくるか。
俺は宿屋に戻って、部屋のドアの前に立った時、
部屋の中から声がした。
俺は手を止め、足を止めて中の声を聞くことにした。
「おいおい、まだこの世界にいる気かよ。」
「……うん……。」
ゴキと新田だ。
「はん、あいつは前と一切変わってねぇ。お前は無意識でも必死にアプローチを寝ている間にしていたみたいだが、あいつはそれをものともしなかった。むしろ、迷惑そうだった。」
「…うん……。」
「まぁ、一人で眠れないのは事実だからしかたねぇが。」
そうなんだ……家ではどうしてるんだ?
「でも、あいつはお前に対して一切の気を見せちゃいない。お前の気持ちを気になんかしちゃいない。言ってないのは仕方ねぇがな。」
「……だから……。」
「ん?」
「だから…………あきらめろ……ってこと?」
「まぁ、それがいいのかもしれねぇな。このままこの世界にいたって意味はない。あいつは帰りたがっている。それに、あいつはお前のことが好きじゃないんだ。」
まるで、代弁しているようにゴキが言っている。
「……そうかもしれない……でも、……でも………。」
新田は声を震わせて言った。
「でも……私の………気持ちは?……私は…私は、初めて……初めて…人を好きになったのに……。
私…ヱ弐駆さんのことが好きなんだよ……。
初めてのことだから……もうちょっとだけ…もう少し……時間をちょうだい…好きになってもらえるように頑張るから…。」
俺は……聞いてしまった。まさかとは思ったが、聞き間違えじゃない。
「はぁ。まあいいだろう。あいつはかわんねぇだろうけど。まぁ、ガンバレや。」
「変える……好きになってもらう………。」
二人の会話は終わった。
どうやら俺の推理(?)は間違ってなかったみたいだ。
でも、俺は知ってしまったんだ、新田の気持ちを…
俺は、新田を好きになれない………。
もしかしたら、心のどこか奥底では「好きなのかもしれない」と思っているかもしれないが、
新田の気持ちを知った今じゃ、それは新田に対しての「同情」になってしまいそうだ。
俺自体がモテたこともないし、告白もされたことはない。
でも、俺がここで新田を好きになったら、それは「嘘の気持ち」になってしまいそうだ。
それじゃあ、俺はあいつを振ってしまうのだろうか?
それが……分からない。
俺は今、あいつのことが好きなのか、それともどうとも思っていないのかが分からないんだ。
だから、どうすることもできない。優柔不断な男だ。
俺はいったん足音を立てずにその場を離れ、今度はわざと足音を立てて近寄って、ドアをノックした。
部屋に入ると、中ではいつものような表情をする新田がいた。
「なぁ、新田。」
布団の中で、俺はいつもよりも比較的に新田に近づいていた。
「…なに……?」
新田は見上げるように俺の顔を見る。
やっぱり可愛い。でも、それが=好き、にはならない
「なぁ、帰りたいって思うか?」
俺は聞いた。多分、そうは思っていないだろう。
「私は……。ヱ弐駆…さんは……どうなの?」
そうきましたか。
「俺は帰りたいかな。……。」
次に言うことはちゃんと考えなくちゃ、新田を傷つけることになりそうだ。
「元の世界が恋しいから。」
……新田の心に触れないような理由、それは俺の自分の事情しかないだろう。
「………そう…なんだ……。」
新田は悲しそうに、むなしそうに言った。
俺はもう少し、新田に近寄った。
じゃあ、お休み。
もしかしたら、俺がどうにか言えば新田は元の世界に戻してくれるかもしれないと思った。
この世界に俺がいるのは新田が俺に好きになってもらうため、俺と一緒にいるため。
俺がここにいたくないと言ったら、無理にここにいるようにはしない。
新田はそんな性格だ。
俺は、目を閉じて寝たふりをした。
………………なんだか、嫌な予感が……なんか、こういう世界に来た時にこんな状況になったら
「キスをして元の世界に帰る」って言うのが「お約束」なような気が……
何分か経って俺以外のなにかがもぞもぞと動き出した。
そのなにかは新田だ。
新田の吐息の音が聞こえる。近い、近いぞ……。
いや、まて、まさか、「お約束」をする気じゃあないだろうな…。
そしてそのまま、
音も立てずに、唇に新田の体温が触れた。
俺は驚きのあまり思いっきり目を見開いた。
目に飛び込んできたのは、真っ暗な部屋の天井、俺の部屋の景色だった。
「え……?」
俺は辺りを見渡した。
時間は俺が布団に入って十分がたっていた。
俺と新田のあの冒険は、あの時間は、新田といたあの場所は、全部夢だったのだろうか?
「いや、ちがう。」
俺の唇にはまだほのかに体温が残っていた。
新田の唇の温かさが。
顔が赤面してしまう。
「なんて、なんてことを…………。」
俺のファーストキス。
そう思うと、急に頭が、顔が冷めていき、急に冷静になってきた。
「新田もファーストキスなんだよな……。」
俺は、最低だ。
新田は俺のことが好きだ、好きな人とのファーストキスはうれしいだろうが、
あいつにとっては、俺が新田のことを好きなのかどうなのか分からない状態でのキスだった。
もしかしたら、俺が新田のことが好きじゃなかったのかもしれない、
今頃そう思っているのかも、自分の行動を後悔しているのかも。
ファーストキスは、多分、女子にとっては大切なものだと思う。
新田は多分、好きになってくれた俺とキスをして元の世界に戻りたかったんだ。
でも、でも、
俺は自分の帰りたいからという「わがまま」であいつにキスをするように迫った。
俺はそんなの知らなかった、なんて言い訳に過ぎない。
でも、「同情」でキスをすることになるのも嫌だった。
仮にも、あの後キスをしてくれなかったら、俺はあいつに嘘をついていたのかもしれない
「好きだ」って、面と向かって最低の嘘をついていたかもしれない。
それも嫌だ。
俺があいつの気持ちを偶然にも聞いて、気付いてしまったから、
俺は新田に対して「同情」と「わがまま」、どちらかの感情で接しなくてはいけなかった。
それしか、選択肢がなかった。
例え、本当に好きになったとしても、それが「同情」とかぶってしまう。
俺は、新田に最低のことをしてしまったんだ。
あいつは、元の世界に帰ることを嫌がっていたかもしれないのに………。
………過去を…悔んだって…仕方がない……。
俺に今できることは…
俺がこれからしないといけないのは……
一体俺に何ができるのか………………………
今はそれを考えないといけない。
今日も、睡眠時間は取れないようだ。
次が最後です。
こんな作品でも最後まで見てくださる方に感謝。
そして、今回はなんだかよく分かんない感じですいませんでした。




