8 女騎士の挑発
(ルーカス様が居てくれなきゃ、やっぱり針傷治癒師だけど、結界はコツを掴めるようになってきた!)
アイヴィーは、熊似と鷲似の両団長やブリッコ医者に、推しやそのグッズを弄ばれた時の悔しさを思い出し、力強く魔力を練り上げていた。
(もう少しで、ルーカス様を護れるくらいの結界を張れそうな気がするッ)
「しっかりやっているようですね」
「フウーー。ハーウェル団長、見てください! お鍋の蓋くらいの大きさですが、確実に結界を張れるようになったんですよ!」
こちらの気苦労も知らず呑気なアイヴィーに、ハーウェルは少しだけイラっとしてお小言を言う。
「これまでの努力は認めますが、まだまだですよ? 己の研鑽に、ゴールなどありませんからね」
「はい! やっぱり団長は、良い飴と鞭をしてますね。これからも頑張ります!」
そして、今日も元気に治癒師隊での訓練を終え、休まず食堂の手伝いに向かった。
「「アイヴィー! 食堂まで一緒に行こう」」
「ローザ、ルーザ。風と地術も、隊訓練が早く終わったんだ?」
「うん。でも、ドーリーお姉様の火術師隊だけ、まだ続けていたよ」
気の毒そうに眉を下げ、ローザが教えてくれる。
「じゃあ、今日もたっぷりご飯をよそってあげよ。いつも『わたくしが、こんなに沢山食べられると思って?』って言いながらも、ちゃんと全部食べてくれるんだよねぇ」
ドーリーは平民のアイヴィーへの接し方に戸惑いながらも、少しずつデレてきた。
「ねえ。ところでさっき、ハーウェル団長と話してたよね? また怒られてたの? 団長って細かいし、雰囲気怖いよね……」
大丈夫だった? と、ルーザが顔を覗き込んでくる。
「見た目も言葉も鋭いだけで、団員思いの優しい団長だよ。ちゃんと褒めてもくれるし」
「そうなんだ。でも、アイヴィーは悪人でも良い人って言いそうだから、なんか心配」
「エヘヘ。悪い人には会ったことがないかもしれないなぁ。あっ、リントも来た」
「おう! みんなお疲れ!」
「リント様、お疲れ様です」
「ハハッ。ローザもいい加減、様はよしてくれ」
「は、はい……」
(うんうん。良い感じだわぁ)
アイヴィーは先輩や友達に囲まれ、新しく結界を身につけたりなんかして、忙しくも充実した日々を送っていた。
そんなアイヴィーの様子を、今日のアイヴィー当番のオジサン騎士クリムトが、微笑ましそうに見守っていた――
皆で息を合わせ料理長リュウの手伝いをしていると、騎士団長ベアとルーカス、聖騎士隊副隊長ロレンスが三人で食堂にやって来た。
「休憩中にすまんな。先ほどリンデルナ公国から、こちらに出向いて交流訓練をしたいと申し出があったんだ。断る訳にはいかんし、受け入れるぞ」
お隣さんのリンデルナ公国とは有事に備え、定期的に合同訓練を行っているのだが……。
ルーカスは、ため息を吐きたくなっていた。
「俺は不参加でいいですよね?」
「それは無理でしょ。僕たちもいるし、なんとかなるよ」
「ただでさえ、面倒事を抱えている最中なのに、これ以上の厄介事は無理だ」
話し合いを始めた三人に、いそいそとアイヴィーが食事を運ぶ。
「皆さんお疲れ様です。こちらに失礼します」
「おっ、アイヴィーか、ありがとう。今日は、わしを熊タンとは呼んでくれんのか?」
食堂にピリッとした空気が流れ、居合わせた者たちの匙をすくう手が止まる。
「リュウさんから『団長にお願い事をしたい取って置きの時に呼ぶといいぞ』ってアドバイスされました」
厨房から光る頭をニュルっと出し、リュウがベアにウインクする。そこここで、カラカラとカトラリーが床に落ちる音がした。
「ダアッハッハッハッ。アイヴィーは、リュウとわしにからかわれてるぞ?」
「へ? 冗談だったんですか? 酷いです。本気にしてました……」
「すまんすまん。親友の言った言葉だ。覚えておこう」
「で、団長どうします? うちの隊長がごねてますけど?」
話し合いが再開されたどさくさに紛れ、ルーカスに慣れる特訓をしようと、塊肉を置きながらアイヴィーがルーカスに身体を寄せる。
「それも含め、ルーカスにとっての交流訓練だからな。頑張れよ、ルーカス!」
「……」
アイヴィーを右肘で押し退けながら、ルーカスは左手で頭を抱えていた――
――それから二週間後――平穏な団員生活を謳歌していたアイヴィーを揺さぶる女が現れた――
「リンデルナ公国騎士団、第二隊長のジェシカです」
(おお。女性の騎士隊長さん! カッコいいなぁ~)
主だった上官の挨拶の中で、紅一点の女騎士にアイヴィーは見惚れていた。
紅い髪を高い位置で一つに結ったジェシカは、鍛え上げられているがスラリとした肢体の女騎士で、大人の女性とはこの様な人かと思った。
「ジェシカ隊長は、私と目指す方向が違いますねん」
「マリンさんは可愛い系ですからね。私は可愛いマリンさん、好きですよ」
「まあ、上手ねん。でも、あの人には気をつけてくださいよん。本当の大人女子からの忠告ですん。じゃ、忙しくなりそうなんで、私は行きますん」
その後の交流訓練でも、騎士や魔法師と手合わせしたジェシカは、次から次へと相手を沈め、その強さを惜し気もなく披露した。
レースつきの白衣を翻し、マリンは大変そうだった……。皺を気にしていなければ、ジェシカを鬼のような形相で見続けただろう。
「ジェシカ隊長、強かったですね~」
「勉強になりましたわ。それに超絶美人でしたわね」
アイヴィーとドーリーは素直にジェシカを格好いいと思っていたが、ローザとルーザは違っていた。
「男性団員たちの鼻の下が伸びていたの……。私、リントの方を見れなかったよ……」
「リントは大丈夫だったから安心して。でも、本当にビキニアーマーを着ている人なんて、初めて見た……」
セクシー女騎士に靡く様子がないルーカスを推す二人は気にしていなかったが、双子は気が気でなかったらしい。
四人が考察しながら訓練場を後にしていると――
「ちょっといいかい? あんた、名前はなんて言うんだい?」
「わっ! 魔法師団新人のアイヴィーです! ジェシカ隊長。とても素晴らしい剣技でした!」
突然ジェシカに肩を叩かれたアイヴィーは、どぎまぎしながらもしっかり応え、握手を求めて手を差し出した。
しかし、ジェシカは乱れた髪を整えるためか、その手を握り返さない。ジェシカは、髪をまとめ直しながら続けた。
「フン。まあ、あたしは剣だけじゃない。魔法しか使えないあんたらと違って、剣も魔法も一流なんだよ」
「すごいです! 私なんか運動がからっきしダメなんで、すごく憧れます!」
「騎士兼魔法師だなんて、素晴らしい才能ですわ」
「なら、剣くらい扱えるよう、鍛錬すればいいじゃないか?」
「「……」」
ジェシカの登場に歓喜するアイヴィーとドーリーだったが、ローザとルーザは押し黙っていた。
((アイヴィー、お姉様。これは挑発だよ))
「ああ、しかしこの国は蒸し暑いねえ。少し動いただけで汗が吹き出してくるよ」
今度はタオルで汗を拭い始めたジェシカは、胸の谷間に押し込んでいたネックレスを取り出し、谷間に向けてパタパタと手のひらで風を送る。
「あ! それってルーカス様と同じネックレスですよね!?」
いくらルーカスが身に付けていると知っていても、平民のお小遣い稼ぎ程度では、とうてい手が出る物ではなかった。
「おいおい。そんなに胸を覗くんじゃないよ。まあ、気づいたならしょうがないね。このネックレスは、大切な人から貰った物なんだよ」
「おおー。そうでしたか」
ここにきてやっと湧いた疑念に、ドーリーは顔をしかめた。
「じゃ、あたしは行くよ。これから隊長たちだけ集まって、極秘の交流会なんだ」
「お疲れ様でした!」
「「「……」」」
アイヴィーは元気よくジェシカを見送ったが、ドーリーたちはムスリとしている。
「ねえ、なによあれ。ルーカス様との間柄を匂わせていましたわよね?」
「「そりゃあもう、プンプンでしたよ!」」
「匂わせる?」
ドーリーたちはご立腹だが、アイヴィーは何が起きたのか理解していなかった。
「ルーカス様と私は、お揃いの物を持っているのよー」
「ルーカス様と私は、そんな深い仲なのよー」
「イコール、ルーカス様は私の男ですわよー」
「「「推しだかなんだか知らないけれど、あんたがつけ入る隙はないの(ですわ)よー!!」」」
畳み掛けられた解説を、アイヴィーは珍しく下を向いて聞いていた。
「しかも、魔法師団をバカにしてました!」
「それに、あんなに胸を強調するなんて、下品極まりないですわ!」
「そもそも、アイヴィーの握手を無視して、鼻で笑ってた! ムカつく!」
俯いたままのアイヴィーに気づかず、三人の愚痴は止まらない。
「なんで知ったのか知りませんけれど、推しへの気持ちを潰そうだなんて、あれで小さい女なのかもしれませんわね。気にすることはありませんわ、アイヴィー!」
「アイヴィー?」
「どうしたの?」
「――推しは命――推しは力――だってそれは、推しへの想いが私を彩る全てだから――」
ブツブツと呟きだしたアイヴィーに、三人がビクリとする。
(((ポエム!)))
「推しへの愛を、何人たりとも妨げることはできない。その想いを妨げようとする者がいるならば――」
「「「いるならば?」」」
「我が身が朽ち果てようとも、戦い抜こうぞ!!」
「「「おおー!」」」
女の戦いとは無縁のアイヴィーが、戦地に赴く決意を固めた瞬間に立ち会い、三人がどっと沸く!
匂わせ女の挑発に、アイヴィーはまんまとのってしまった!




