7 妬み嫉み僻みは粉砕しておきます
(みんなが見守ってくれてるんだ。早く一人前の治癒師にならなきゃ! それに、ちゃんとルーカス様にも慣れないと……)
アイヴィーは、凡庸な自分を買ってくれた人たちのためにも、成果を出そうと頑張っていた。
(……でも、ルーカス様に慣れる日なんて、来る気がしなぁ~い)
そして、大変浮かれてもいた……。
しかし、そんな彼女を忌々しげに睨んでいる者たちがいる。
「あの新人。どんな手を使ったのか知りませんけれど、ルーカス様を誑かそうとするなんて、許せませんわ」
魔法師団火術師隊に所属する伯爵令嬢のドーリーは、早起きして丁寧に整えた金髪の巻き髪を肩に払い、憎らしげに取り巻きに言った。
「基礎魔法も満足に唱えられない無能のクセに、調子に乗っていて、だいぶ目障りですよね」
「崇高な聖騎士隊長や清廉なリント様への思い違いは、私たちが正しましょう!」
魔法師団の新人で男爵家の双子ローザとルーザは、ウンウンと大きく顔を縦に振り、取り巻きをしているドーリーに追随した。
双子の姉妹はアイヴィーやリントの同期で、いつの間にかスルリと入団していた平民が気にくわない。
一年先輩のドーリーは令嬢として生きる道を選ばず、恋する聖騎士隊長を追いかけて魔法師団に入団していた。
「でも、なかなか一人になりませんし、指導する機会を作れませんよね?」
「ルーカス隊長やリント様が居なくても、なぜかこちらの団をオジサン騎士がうろついています……」
双子の片割れローザは、子どもの頃から家同士で交流のあったリントが好きだ。ルーザはローザの恋を、ずっと応援してきた。
他の団員が気づかなくもと、ローザとルーザだけは、ここ最近のリントの動きを知っていた。
「寮なら一人になりますわよね?」
「さすがです、お姉様!」
「早速、立場をわきまえさせてやりましょう!」
かくして、ドーリーたちの“アイヴィーをギャフンと言わせ、大人しくさせよう”作戦が本日決行される運びとなった――
「今日の訓練はおしまいだ。皆、寮に戻ってよーし!」
(やっとおわった~)
夕食後の短時間訓練を終え、オジサン騎士も立ち入れない禁断の女子寮へアイヴィーは帰っていく。
ドーリーたちが目配せをし、部屋へ入ろうとするアイヴィーに近づいた。ここまで来れば誰も居ない。
思いっきり泣かせてやろうと、貴族令嬢たちがアイヴィーの前に立ち塞がった!
「ねぇ、アイヴィー。ちょっといいかしら?」
「ドーリー先輩! お疲れ様です」
初めてドーリーたちの方から声をかけられ、なんだかこそばゆくなる。
(同年代の女子の友達、ほしかったんだ~。マリンさんはお母さんみたいだ――やばっ、脳内でも止めておこう)
しかし、ドーリーは敵意を剥き出しにした。
「あなた、試験も受けず推薦枠で入団した治癒師なんですってね? それなのに、基礎魔法が唱えられないなんて、おかしくないかしら?」
「「そうよ、そうよ! 絶対おかしいんだから!」」
同じ形の眉を同じ角度に吊り上げた双子も、グイグイとアイヴィーに詰め寄った。
「そう言われましてもねぇ。私にもよくわからないんですよ。ってか、まだまだやりたいことがあるんで、じゃあ!」
(友達にはなれなかったかぁ。ま、いっか)
サクッと諦め、そそくさとアイヴィーはその場を離れようとする。アイヴィーはまだやりたい事が山積みなのだ。
今日のルーカス様を日記に記し、年老いて記憶力が落ちても、見返してはいつでも思い出せるようにしたいのだ。
「はあ? お待ちなさい。話は終わっていませんわ! 無能のあなたがルーカス様を好きだなんて、おこがましいと思わなくって?」
「そうよそうよ! リント様も、平民が気安く話せる相手じゃないの!」
「ルーカス隊長やリントに付きまとうのはやめなさい!」
「えっ!? なんで皆さんが、ルーカス様やリントの行動に口を挟むんですか? 私だって、任務以外で口出しされる謂れはありませんしね」
平民にまともに突っ込まれ、ご令嬢たちは顔を真っ赤にしてギャーギャーわめきだす。
「キィーー! 私のリント様を呼び捨てにするなんて!」
「なんて図々しいの! 幼なじみの私たちでさえ、爵位が上のリントを敬って接しているのに!」
「あなたなんて、ただの変態ですわ! ルーカス様への愛は、わたくしの方が深くってよ!」
「おっ! ルーザさんとローザさんは、リントの幼なじみだったんですね。友達の友達は友達です! 仲良くしましょう! ドーリー先輩も、ルーカス様推しなんですか!? いやぁ、今までルーカス様グッズを集めるために奔走してたので、ゆっくり同志と話せなかったんですよ。今夜は熱く、ルーカス様について語り明かしましょう!」
友達の友達と推し仲間の登場に、高揚したアイヴィーは饒舌になっていた。
「な、なぜわたくしが、あなたと語り明かさねばならないのです?」
「華の聖騎士隊の中でも、ルーカス様推しなんですよね?」
「そ、それはそうですわね……」
興奮気味のアイヴィーに両肩を掴まれ、ドーリーは口元を引きつらせる。
「時間が惜しいです! ごちゃごちゃした部屋ですが、同志なら気に入ってくれると思いますよ。ささ、早く入ってください」
グイグイ背を押され、ドーリーはアイヴィーの部屋に押し込められた。顔を見合わせていた双子も、ドーリーを置いて逃げるわけにはいかないと足を踏み入れていた――
「す、すごいですわ……」
「ちょっと引きます……」
「うん……」
まんまとアイヴィーの部屋に拉致されたご令嬢一行が見たものは――
壁一面にルーカスの姿絵がズラリと貼られ、さらにその下に、ルーカスへの想いが綴られたポエムが並んでいる。
さらにさらに、つたない人形からハイクオリティーな人形まで、整然と飾られていた。
「この人形ってまさか……」
「はい、私の手作りです。ルーカス様のお姿を初めてお見かけした十歳の時から月に一体のペースで作ってきました。ここにあるのは丁度よく年代を見比べられるよう持参した厳選二十体ですが、実家にはまだ五十体以上ありますよ。自分で言うのもなんですが、ずいぶん上手くなったと思いませんか?」
アイヴィーが針傷を癒せると気づけたのは、このルーカス人形をチクチク縫っていたのがきっかけだった。
「そのようですわね……」
満面の笑みで一体一体解説してゆくアイヴィーを見て、ローザは思った。
(こんな女と、リント様は仲良くできたの? まだまだ私の知らないリント様がいるんだ……)
ルーザは、アイヴィーがちょっとアレだと評価される理由を垣間見た気がした。
(こんなことばかりしてきたから、この娘は勉強も魔法もダメダメになったのかな……)
ドーリーは灰になりかけていた。
(わ、わたくしには、ここまでできませんわ……)
素直にアイヴィーに負けたと思った。ここまでルーカスのためだけに時間を費やせない。そりゃあ、ルーカスも好きだが、友人とお茶をしてお喋りする時間も、お洒落を楽しむ時間も欲しい。
アイヴィーの愛の重さに、勝てる気がしなくなっていた。
感動して三人が黙り込んだと思ったアイヴィーは、得意気に続ける。
「気に入っていただけましたか? 明日の朝リントと掃除で会ったら、ローザさんとルーザさんにもルーカス様を布教できたって言わないと!」
「や、止めて! リント様に余計な事を言わないで!」
「そうよ! ローザはリントが好きなんだから、誤解を生むような事は言わないで!」
「わぁ、幼なじみを好きになるなんて、ロマンがありますね。ようし、私が一肌も二肌も脱いで、リント情報を仕入れましょう!」
「!!」
「フッフッフッ。最近リントのはまっている本なら、もう仕入れてますよ?」
「アイヴィーさん、私のことはローザと呼んで……」
「なら、私もルーザでいいよ」
「うん。じゃあ、二人もアイヴィーって呼んでね。ローザとルーザと友達になれたって、早くリントに話したいなぁ」
「リントの驚く顔が楽しみだね!」
「あ、あなたたち……」
取り巻きに裏切られ、ワナワナ震えだすドーリー。
「あ、こちらばかり盛り上がってすいません。それで、ドーリー先輩。ルーカス様の袋入りの姿絵、見たくないですか?」
「噂の姿絵!? いやですわ……そんないかがわしい物……」
ドーリーの頬が朱に染まる。
「訓練場でのルーカス様です。魔法師団に居ても、お目にかかれる機会はなかなかない一品ですよ?」
「見ますわ!」
その日、魔法師団の女子寮の一室が騒がしいと内部通報され叱られるまで、四人は大いに盛り上がった――




