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6 聖騎士隊長の追加任務

 無理をさせてしまったアイヴィーを休ませ、大人気なかったと反省しながら、残った面々は頭を捻っていた。


「気合いを入れて守らねばいかんな」


「治癒特化型の人間がいるなんて、驚きでした。食堂で魔力を空にしたのに、少しの休息でまた魔法を使えるなんて……。魔法師団に本物の国宝、いえ、この世の宝が入団しまし――あら、いやだん。素が出ちゃいましたわん」


 スースーと寝息をたてる可愛いアイヴィーを見て、漢ベアは秘蔵っ子を守り抜く決意を新たにする。

 アイヴィーの魔法に感動したマリンはブリっとして若見せするのも忘れ、素に戻って語りだしていた。


「アイヴィーさんが能力を解放する際はルーカス君が関係しているのですから、貴方が彼女の護衛をしてくれるとありがたいですね」


 治癒魔法は希少が故に、高位魔法に分類される。通常治癒師は教育過程で見つかって魔法師団に報告されるが、針傷治癒のアイヴィーは、そこから漏れてしまったのだろう。 

 教員は魔法の専門職ではないし、しかも、発動する要因がルーカスなら仕方ない。


 ハーウェルはこれまでを悔やみながらも、アイヴィーとルーカスが出会えたことに感謝していた。


「いえ。隊長職の俺では、替えが効かない任務も多いので無理です」


 ルーカスの嫌な予感は、今も消えていなかった。むしろ、さらに強まる感覚から逃れようとしているが、弄り倒された挙げ句、更なる白羽の矢が立ちそうだ。


「ルーカス。こんな時の副隊長ロレンスだろう? 魔法師団に協力してやれ」


「聖騎士は十人いますけどん、アイヴィーちゃんは唯一人ですからねん」


「それでは、ルーカス君がどうしても外せない場合に備え、事情を知っている者たちに任せられようにしましょう」


 やる気に満ち溢れる三人が、勝手に話を進めていく。


「副隊長ロレンスと新人のリント。あと、料理長のリュウにヘーゼル、ナッツ、クリムトのオヤジ衆か……。リントには比較的安全な場面を、それ以外は身体の調子が良くなったと騒いでるベテラン三人に任せるとして、リュウの足はどうなんだ?」


「私の見立てだと、関節の可動域も癒されていましたからん、充分リハビリで回復できますよん」


「ルーカス君不在の時も、バッチリですね」


「よし。明日から――いや、今日からルーカスをアイヴィーの護衛につけるぞ!」


(年甲斐もなく拷問まがいのことをして楽しんだから、俺を使って罪悪感を消そうとしているな?)


 嬉々として決めていく三人に、キーパーソンのルーカスだけがついて行けない……。


「それでは、王への報告に私が行って来ます。ついでに言いくるめて、宝物庫からドレイン輝石を借りて来ますよ」


「マズイ場面で魔力が溢れた場合に、吸い取って誤魔化しちゃうんですねん! 後で魔力を戻してあげれば、アイヴィーちゃんの身体の負担も減りますし、一石二鳥じゃないですかん」


「ドレイン輝石をルーカスに持たせておけば、ルーカスで興奮したアイヴィーが魔力を放っても、すぐ止められるな」


「……ん?」


 ルーカスは、これから自分に起こり得る事態を予測した。


(あの新人のお目付け役をし、万が一魔力が放たれそうになったら、女の胸にドレイン輝石を当てろと?)


「ベア団長……。俺が女嫌いだと知っていますよね?」


「ルーカス。お前が過去を乗り越えるチャンスだ。実際、アイヴィーを二度も抱えられたんだろう? わしにとっては治癒師もだが、お前を大切に思っているからこそ命じるんだ。――リュウの件……、お前とアイヴィーに感謝している……。お前を育ててきて本当に良かった……」


 ベアとリュウはライバルとして、ずっとしのぎを削ってきた仲間だ。どちらが未来の騎士団長になるのだろうと機運が高まっていた矢先、任務中にリュウがベアを庇い、足を負傷していた。



「ルーカス君。アイヴィーさんをよろしくお願いします」


 常に冷静沈着で、非効率的なことを嫌う慎重派の魔法師団長が、言葉短く頭を下げた。ルーカスの端正な顔が苦悶に歪む。


(どいつもこいつも、断れない状況を作りやがって……)


「はあぁーーーー。ロレンスには、団長から説明してもらいましょう……」


「ダハハ。そう怖い顔をするな。これがオヤジの交渉術ってもんだ。勉強になっただろう?」


「フフフ。ルーカス君もまだまだ青いですね」


「大丈夫ですよん。私も精一杯お手伝いしますからねん」


 この時から聖騎士隊長に、一つの任務が追加された――





「酷いです。あんな仕打ちを、民を守る皆さんがするなんて……」


「ごめんさないねん。新しい姿絵はちゃんと準備してたのよん。ほらほら、ちゃんとあげるから許してねん。結果、コレクションが一つ増えたから良かったでしょん?」


「それは有り難くいただきます! ですが、コツコツお金を貯めて買った姿絵に代替品はないんです! それと、二度とルーカス様をおもちゃにしないでくださいね!」


 プリプリ怒りながらも、マリンが差し出した姿絵をしっかりいただいた。

 多感な時期の女の子が、懸命に貯めたお小遣いで買った品の重みを、かつて少女だったマリンはよくよく理解しているので、きちんと謝罪する。


「はい。もう二度としません。――さあさあ、気を取り直して、プレゼントした絵をよく見てみてん。すごいのを準備してたんだからねん」


「うわぁ――子どもの頃のルーカス様?」


「そうよん。侯爵家に来たばかりの、世に出回っていないルーカスさんよん」


 まだ幼いルーカスのショタ力がハンパない。その破壊力によってアイヴィーの心のダムが決壊し、母性がダバダバと溢れてくる。


(愛おしくて、どこか懐かしくて……、守らなきゃって感情が止まらない……)


「ダメよ! 干からびて死んじゃう! ――ルーカスさんお願いします!」


 どこかに隠れていたのだろうか。本日医務室のカーテンをシャッと開けたのは、ハーウェルではなくルーカスだった。

 颯爽と現れたルーカスは迷う素振りも見せず、華麗な身のこなしでアイヴィーの胸に輝石を押し当てる。


「え!? ルーカス様」



「それくらいで魔力を垂れ流していては、愛しのルーカス君との時間を楽しむ前に死にますよ? ルーカス君、早速すみません」


 続いて現れたハーウェルは、眼中の外。謎の石を挟んでいるので直接ではないが、ルーカスの方からやって来て、身体に触れられそうになっている。

 夢みたいなシチュエーションだ。


「こっちを見るな」


「ひゃいっ!」


 そう言われても、本当に綺麗な顔だなと見詰めてしまう。切られた頬の傷もなくなっていて、アイヴィーは安堵した。


「で、どうなんだルーカス。問題なさそうだな?」


「まあ、直接触れていませんから」


「熊たんも来た……」


 リントから熊タンの情報は聞いていたが、先ほどは罵りたくなるのを我慢し、口に出さなかった。

 しかし、今は寝起きでルーカスが迫ってきて惚けている。現実か夢かの判断がついていないアイヴィーは、そのまま口にしてしまった。


「熊たんとは、わしのことか?」


「……はい。ベア団長のことです」


 馬鹿正直なアイヴィーは素直に応える。ブルブル肩を震わせた騎士団長に、その巨体から繰り出される豪快な斬打を防ごうと、皆が身構えた。


(あっ。ルーカス様が庇ってくれてる……)


 ところが――


「ダアッハッハッハッ! いい肝の座りっぷりだ! リュウが見込んだだけあるな。気にいった! なあ、アイヴィー。正式に、お前とルーカスに王命がくだったぞ」


「ルーカス様と私にですか?」


「ええ、そうなんです。まずはアイヴィーさん。貴女はこのまましっかり訓練を続け、その能力をきちんと自分の意思で扱えるようにしてもらいます。あと、一刻も早く、ルーカス君に慣れてください。そして、ルーカス君には、貴女の暴走を止める役目を担ってもらうことになりました」


 私=今までどおりルーカス様の側で頑張る。ルーカス様=私を止める役になったらしい。


(それが王命!?)


「ん? ええ!? この国最高じゃないですか!」





 それから、魔法師団の新人が聖騎士隊長を追いかけまわし、二人一緒に見掛ける機会が増えたという噂が広まった。


 ルーカス隊長がそいつを邪険にしないため、変態新人が惚れ薬を盛ったやら、隊長のあられもない姿絵を脅しに使っているやら、噂に尾ひれはひれがつき、内容は散々だ。

 実際にはオジサン三人組や料理長のリュウ、リントもアイヴィーの側をうろついているのだが、聖騎士隊長のインパクトが強すぎる。


 その状況を苦々しく感じていた団員の中で、とうとう行動に移す者が現れようとしていた――

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