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5 これは拷問ですよ!

 魔法師団団長室では、緊急の打ち合わせが行われていた――


「わしはその娘の件についてずっと半信半疑だったが、二度目となればいよいよ信用せざるを得ないな……」


 騎士団長のベアは、鍛えられた逞しい身体を窮屈そうに、一人掛けのソファにねじ込んでいた。本人は気づいていないが、影で団員たちからは愛を込めて『熊たん』と呼ばれている。


「素早く箝口令を発したのは、さすがでしたよルーカス君。そして、彼女が力を発揮する切っ掛けを与えてくれてありがとうございます」


「……」


 魔法師団長のハーウェルは、アイヴィーの能力に確信を得られてご満悦だ。ルーカスが無視を決め込んでいても、食堂での様子を一人思い出しては時折フフフと笑い出す。


「国宝級の治癒師が居てくれたら、私も助かるわん。でも、能力を隠して文字通りの秘蔵っ子にされちゃうなんて、ちょっと可哀想ねん」


 魔法師団医師のマリンは、可愛らしい顔をほんの少しだけしかめている。ほんの少しなのは、皺を作らないよう気をつけているからだ。


「しかし、あの力が公になれば、必ず悪巧みをする輩が出てくるはずです。アイヴィーが自身を守れる術を身につけるまで、隠した方がいいでしょう」


 基礎魔法も使えないアイヴィーを、疎んじたり軽んじる者は多い。ハーウェルやマリンがそれとなくフォローしていたが、実力主義の団員たちの態度がコロリと変わるわけではない。

 成人したばかりの女の子に、その状況を耐え続けさせるのが忍びなかった。

 幸い、本人がルーカスの近くで働けていると喜び、周囲が向けてくる悪意をちっとも気にしていないのが救いではあったが――


「なら、それまでは誰かがアイヴィーちゃんを守る必要がありそうですねん」


「ですが、うちは彼女をよく思っていない人間が多いですから、理由も伝えずの護衛は難しいでしょう……。せめて、治癒師唯一の防御と言ってもいい、結界を張れるまででいいのですが……」


 ハーウェルとマリンが二人揃って、ベアにもの言いたげな目を向ける。


「騎士団の方で、至急体制を整えろということだな?」


「騎士団長殿は話しが早くて助かります。それに、魔法師団側としては、彼女の治癒魔法がどうして無詠唱で発動するかも解明したいので、手一杯になると思います」


 国一番の魔法師ハーウェルが観察していても、アイヴィーからは治癒魔法の基となる白の魔力を、かろうじて感じるだけだった。本人が申告したとおり、注射針を刺した痕を癒す程度でしかなかったのだ。

 だが、先ほど食堂で感じた膨大な白の魔力に、そして、詠唱もせず放たれた治癒魔法の謎も調べなくてはならない。


「そうか。うちの人員を割くのなら、まずはその娘に会わせてもらおう。目覚めて食堂の件を聞き取りするなら、わしも同席するぞ」


「わかりました。是非お願いします」


「ならなら、私に名案がありますのん♪」


「……」


 一連の流れに口を挟まずにいたルーカスだが、背筋がゾクゾクし寒気を覚えていた。いや~な予感しかしない――






「こ、これって拷問じゃないですか!」


「身体を痛めつけたりしないから、安心してねん」


 両団長とマリン、そして、ルーカスまでも、意識が無い内にグルグルと簀巻きにされ、身動きの取れないアイヴィーを観察している。


(ああ……。こんな状況なのに、ルーカス様の熱い視線を感じてドキドキしちゃう! これ以上縛られてたら、なんかまた一つ、大人なの扉を開いちゃいそうなんだけど!)


 ルーカスの瞳に映るのは身悶える私と、ぽっと頬を朱に染めたアイヴィーだったが、プルプルかぶりを振って我を取り戻す。


「騎士団長のベアだ。これからよろしくなアイヴィー。でな、わしらはお前の能力がルーカス絡みと考えているんだが、違うか?」


「そ、そんなのわかりませんって! お願いですから、早くこの縄を解いてください!」


「あらん。それなら、そちらの(・・・・)身体に聞くしかありませんねん」


 残念だが、アイヴィーの望みは叶えられない。皆、心を鬼にし、任務を遂行しているのだ。




「オラオラ。お前の大好きなルーカスの頬に、傷をつけてしまうぞ?」


 ベアが鋭利な刃物を、ルーカスの頬にピタピタと押し当てる。


「いやゃああぁぁ! あり得ない! 騎士団長ってアホなんですか? 二度と生み出すことが出来ない最高の芸術作品に、なんてことを!」


 フツフツと怒りがこみ上げて来るが、冷静になるため深呼吸を繰り返す。ベアはルーカスの上官だ。推しを傷つけたりはしないはず。


「私の趣味ではありませんが、ルーカス君ならキスができそうな気がします。試してみましょうか?」


 ハーウェルは鋭い顔つきをしているが整っており、なかなかに格好いいオジサマだ。ルーカスににじり寄るハーウェルを眺め、二人の絡みを妄想してみる。


「うう~ん……。見たい気もしますけど……、直視できなさそうです……。なんか嫌なんです……」


 ルーカスを自分だけのモノにしたい気持ちがあると初めて知り、よこしまな己になんだか幻滅してしまう。


(私のルーカス様への愛って、自分中心だったんだなぁ……。でも、この気持ちに蓋をするなんてできない! 推しの幸せを純粋に願える日は、必ずきっと来ると信じて生きよう!)


 怒ったりションボリしたり、復活したりで忙しい。


 それからも一時間――


 ルーカスは、ベアとハーウェルとマリンのおもちゃになっていた。任務遂行を理由に、華の聖騎士隊長を自由に弄んで楽しくなったらしい。



「ゼエハア――ゼエハア――鬼畜どもめ――」


 自分が辛い思いをするよりも、ルーカスにごちゃごちゃ手出しされる方が苦しい。

 だが、当のルーカスの方は相変わらず面倒そうに長い足を無造作に放り、腕を組んでされるがままにしている。

 嫌な予感が的中し、心の中では悪態を吐きながらも、アイヴィーの能力を確認するための実験に協力していた。


「まあ! 鬼畜は褒め言葉ですよん」


 アイヴィーの暴言は、マリンにとって大好物だった。目を爛々と輝かせ、ヒールをカツカツと鳴らしながら一歩一歩アイヴィーへと近づいてゆく。


「サイコな医者は来ないでください!」


 なんとか動かせる頭と足先をバタつかせ、抵抗するアイヴィー。


「フッフッフッ。良い反応ですねん。――じゃじゃ~ん。アイヴィーちゃんの大切なルーカスさんの半裸、どうしよっかな~ん」


「な、なにをする気ですか!? 部屋に勝手に入るなんて悪趣味ですよ! それは私の命より大切な代物! マジで鬼なんですか? それに何かしたら、舌を噛みちぎってやる!」


 とうとうアイヴィーはぶちギレた。


「あれはマズイな。本気だぞ?」


「なら、ルーカス君ご本人にやって貰えばよいのでは? さあ、お願いします」


「ああ」


 この時ルーカスは、本当に半裸の姿絵をこの世から消し去ってもいいと思っていた。


「ひえええぇぇ。私の宝物を、ルーカス様が直に触っている!」


 ルーカスは、容赦なく不本意に描かれた姿絵を掴み、アイヴィーの眼前で指に力を加えようとしている。


(ルーカス様の爪、すごく綺麗な形。指もなっが! でもこのままじゃ、半裸のルーカス様の方が真っ二つに!)


 貶されようが囁かれようが慣れない新人生活が大変だろうが、泣き言一つ言わず、いつもニコニコ頑張ってきたアイヴィーの目から、ついにボロボロと大粒の涙が溢れ出した。


「ハアーー。本当に面倒だ」


 ルーカスは口ではそう言いながらも、こんなに泣かれては絵を破れないし、こいつの力は本物だから解明すべきだと思っていた。


「治せよ?」


 姿絵から手から離し、そして、ナイフを取り出して、おもむろに自身の頬を切りつけた!


「「「!!」」」


 陶器の様にツルリとした美しい肌が裂け、血が流れ滴り落ちる。

 白銀の隊服に、真っ赤な染みが広がった。


「きゃああぁぁーー! ルーカス様ぁぁーー!」


 アイヴィーが絶叫し、白い魔力が放たれ始める。しかし、先ほど倒れたばかりだからか、その強力な放出は数秒で途絶えた。


 それでも、しっかりとルーカスの元へ清らかな魔力は届き、頬の傷は完璧に塞がっていた――

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