2 力に目覚めちゃいました?
「あ、あれぇ? ここはどこ……?」
気を失っていたアイヴィーは、薬品の匂いがする白い部屋で目を覚ました。
「城に併設されている、魔法師団の医務室ですよん」
まったりとした甘い声の主を探すと、銀縁の眼鏡をかけた華奢な女性が、アイヴィーのベッドの傍らに腰掛けていた。声音よりも年齢はだいぶ高そうに見えるが、童顔で可愛らしい見た目に喋り方はとても合っている。
(アラフォーのぶりッ――いやいや、可愛らしい癒し系の人だなぁ)
白衣を着ているので医師だろうが、丈もだいぶ短いし、何故か裾にはレースがあしらわれていた。突っ込みたくはなったが、似合っているのだから年齢は関係ないし、個人の自由だと思い直して、アイヴィーは取り敢えず状況を把握することにした。
「魔法師団にですか? どうして私が?」
「あなたは興奮した馬に蹴られ、内臓をヤられて死にかけたのに、自分で治癒魔法をかけて回復したんですってねん? そんな逸材が埋もれてたなんてって、みんな大騒ぎだったのよん」
そう言えば馬に蹴られた後、召された天国でルーカス神と会えたはず。でも、針傷しか癒せないのに、自分の力で蘇生したなんて有り得ない。
キリリとしながらアイヴィーは否定する。
「いえいえ、そんなはずありませんよ。私は基礎魔法さえ使えないんです。まあ、強いて言うなら、針傷なら治せますけどね!」
能力のなさをバカ正直に披露したアイヴィーに、若作りの女医がひるまず応える。
「ノンノン。目撃者の騎士の証言もあるし、医者の私がちゃんと診たのよん。可愛い顔してるから舐められるけど、私って腕の良い医者なんだからん」
相手のアラフォー(推定)女医も、ドヤリとして言い切った。
「左様ですか……」
似ているタイプは扱いに困るもの。天真爛漫さで困難を乗り越え生きてきたアイヴィーも、この女医は敵に回さない方が良いと思った。
その時、仕切りのカーテンがシャッと開けられ、背の高い中年の男が顔を出した。全体的に細い相貌が猛禽類を彷彿とさせる。
組んだ腕の上で指をトントンと忙しなく動かしているので、ちょっと神経質そうな人だなと、アイヴィーは身構えた。
「マリン女史、説明は私がします。彼女の身体が平気なら、団長室で話したいのですが?」
「は~い、バッチリ大丈夫ですよん。よっぽど完璧な治癒魔法をかけたんでしょうねん」
(魔法師団の団長室って、この方はまさか――ハーウェル魔法師団長!?)
馬にバチコンとヤられた記憶は間違いないし、会話からルーカスたち騎士様方に助けられた記憶も思い出してきた。自分はそのまま、団の医務室に保護されたのだろうと予想できたが……。
(でも、騎士団じゃなくて魔法師団の医務室なんだ……。やっとルーカス様にお会いできたのに、ちょっと残念……)
そっと頬に手を添えられ、肩を抱かれた。互いの目と目が絡み合い、とうとう奇跡的な出会いを果たしたのだ。
そんな風に、アイヴィーの脳内では大幅に美化され、花の背景をバックにする二人の映像が残されていた。
「あっ!!」
そこで、命より大切な姿絵の存在を思い出し、慌てて辺りを確かめる。
(よかったー。ちゃんと持っていた!)
半裸のルーカスは、しっかりと己の手で握り締めている。丁度風景の所を持っていた自分を、大いに褒めてあげたい。
「それ……、屈強な騎士たちが剥がそうとしても、離さなかったらしいですね……」
「当然です! 命より大切な物ですから。でも……、ルーカス様があの現場にいたのって、現実なんですよね? この姿絵を、ご本人に見られちゃったんだ……」
「……。まあ、聖騎士たちはそーゆーのに慣れっこですから、あまり気にする必要はありませんよ。ただ、ルーカス君は心底嫌がっていましたがね……」
神経質に見えた魔法師団長は、意外にもしどろもどろにフォローしてくれた。見た目に反し、なかなかいい人らしい。
「――ルーカス様が……嫌がっていた……」
騎士は民の憧れであり、老若男女問わず人気がある職業だ。その中でも精鋭のみが集められた聖騎士は、人柄・家柄・頭脳・剣技、そして端正な見た目までも問われる、選ばれた騎士の中の騎士である。
現在は十名の聖騎士で聖騎士隊が編成され、ルーカスはその隊長に異例の若さで任命されたナンバーワンエリート騎士だ。
「あれ程の人気なら、良い思いどころか、女嫌いになるくらいの経験をしているでしょうからね。貴女がどうこうではありませんから、いい加減鼻水を拭いてくれませんか?」
「ヒグッ。エグッ――初対面で嫌われるなんてぇ」
ハーウェルは団長室まで向かう道のりで、アイヴィーが気絶した後の出来事を教えてくれていた。
ルーカスは火魔法で、アイヴィーの購入したばかりの姿絵をこの世から葬り去ろうとしたが、『隊長の魔法ではそいつの腕ごと消し炭になります!』と、騎士たちに止められたらしい。
掴んで離さないその手を忌々しげに睨み付け、盛大な舌打ちをして帰ったそうだ。
「泣いてもどうにもなりませんよ? 現実を受け止め、ルーカス君が嫌がる気持ちも理解すべきです。貴女だって、見ず知らずの人間が自分の上半身裸の絵を持っていたら気味が悪いでしょう?」
連れて来られた団長室で、アイヴィーはハーウェルに大変まっとうに窘められていた。ズバズバ放たれる物言いに、乙女のハートはえぐられまくっていたが、心からアイヴィーのことを想って説教をしているのだ。
汚い汚いと小出しに言いながらも、ハーウェルはサッとハンカチをアイヴィーに投げつける。
――ズビビビビー――
(やっぱり優しい団長さんだ)
勿論、ハーウェルは早く本題に入りたい気持ちもあるのだが、相手の善さを見つけられるのも、アイヴィーの良いところ。
「確かに。それはそうですよね……。ただ、先ほど私はしっかりとルーカス様に認識されたんで、これからは知らぬ者ではないはず! ――ん? プラスからの減点評価より、マイナスからスタートの方がイケルかもしれません!!」
あんなにメソメソ泣いていたのに何で切り替わったのか解せないが、アイヴィーは拳を握り気合いを入れている。嘆息しながらも、ハーウェルは今のうちにと本題を切り出した。
「プラス思考の人って羨ましいですね……。まあいいです。ご実家にて聞いてきましたが、貴女の学力は人並みで、魔法に関しても適性がなく、基礎魔法も扱えなかったのですよね?」
「いやあ、自慢じゃありませんが、何をやらせても丁度良い感じの凡人で、よく私より上か下かで得意か不得意かの判別に使われていました!」
そう。学生時代は、アイヴィーより優れているか劣っているかが、平均より上か下かの指標とされていた。
「それなのに、貴女が自身の負った致命傷を癒したところを目撃した者が大勢います。その不確かな治癒能力の可能性を、私は買ったのです」
「おお! やっぱり団長は、なんかいい人ですね! でも、てっきり駆けつけてくれた何方かに、治癒してもらったと思ってました。なんせ、針仕事した時の針傷しか治せなかったんで、いまいち信じられないんですよね~」
なぜかいい人認定され、懐こうとしてくるアイヴィーを、不思議な生き物だとハーウェルは認識した。とにかく団長の勤めを果たさねばならない。
「残念ですが、一市民を全て助けられるほど治癒師はいません。実際、現場にいたのは騎士だけです。もちろんルーカスも、貴女の治癒能力を認めていましたよ?」
「はわっ! ルーカス様が!」
いまいち信じられなかったが、ルーカスが認めてくれたのなら、なんだか本当に治癒魔法を使えたような気がしてくる。
「そして、貴女がルーカスを好きなら朗報です。治癒師見習いとして、ここで訓練を受けませんか? 知っての通り、治癒師は希少で大変少ないのです。親御さんは『もう成人なのに、就職先も決まっていなかったから有難い』と、大喜びで承諾してくれましたよ?」
アイヴィーがギリ成人前とは言え、親が勝手に就職先を決めるなんてとは全く思わない。
(お父さんお母さんグッジョブ!)
脳内で、両親と一緒にもろ手をあげて喜ぶ。
彼女の両親は、一番我が子の事を知っているのだ。間違いなく騎士団近くの魔法師団なら、アイヴィーは喜んで働くだろうと。
「治癒術なんてとてもとてもですが、掃除、洗濯、調理に諸々の雑用何でもやります! どうか私を、ルーカス様のお側で働かせてください!」
かしくて、アイヴィーはルーカスの勤務するお隣の魔法師団に、見習い治癒師として勤務することとなった――