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18 聖騎士隊長と魔法師団の名物治癒師

「おはよー、リント」


「おはよー、アイビィー。って、そんなに部屋の方を見ても、ルーカス隊長はまだ戻ってないぞ?」


 小気味良くシャッシャッと通路を掃いていたアイビィーの手が、僅かにリズムを崩す。明らかにがっかりしたアイビィーに、いたずらが成功した子どもの様にニカッと笑って、リントは付け足した。


「今日のお昼頃には帰るってさ!」


「もう! 早く言ってよ~!」


 箒を持ってリントを追い回すアイビィーは、今日も絶好調。ここに居ればルーカスは帰って来るのだ。

 最高の勤め先で、よき上司と先輩、愉快な友達に囲まれて、元気に推し事に励んでいる。






「兄貴さん、皿洗い終わりましたよ」


 待ちに待ったお昼の時間――


 食堂の手伝いをしていたアイビィーは、骨折兄貴に指示を仰いだ。リュウの厳しい引き継ぎに、街の料理店で働いていたと言っていた料理人は逃げ出してしまった。

 今は兄貴が罪を償うため、厨房という名の労役場で強制労働をしている。当の本人は実に生き生きとしていて、兄貴はリュウの急ピッチのしごきについて行ける貴重な料理人となっていた。


「おし。リントの方も片付いたら、一緒に休憩に入って休んでくれな」


 今日もリントと最後までお手伝いをしていたアイビィーは、テキパキと食器を片付けて厨房から出る。



「あ~。お腹が空いたよ~」


 のんびり口調のロレンスが食堂にやって来た。キランとアイビィーの瞳が輝く。その視線の先に居るのはもちろん――


「お帰りなさい、ルーカス様!」


「アイビィー、皆も戻ったから昼飯をよろしく頼む」


「はい!」


 他の聖騎士たちもゾロゾロと続き、隊長を囲んで席につく。ルーカスの向かいにはロレンスが座ったが、隣は不自然に空けられていた。

 リントと一緒に聖騎士たちに配膳したアイビィーは、いそいそと自分のトレイを持ってルーカスの隣に陣取った。


(やっぱ、アイビィーはソコだよね)


(スルリとルーカスさんの隣に行ける女なんて、他にいないよなぁ)


 予想どおりの行動に、聖騎士たちはひそかに肩を震わせる。


「お疲れ様でした。今回は何の任務だったんですか?」


「任務についての話しはしない」


「ですよねー」


「嘘だ。隠すほどの任務ではない。今回は港町で船の進水式があったから、出席する王妃の護衛をして来ただけだ」


「うわぁ、素敵ですね。海って見たことないんですよ~」


 普通に会話を弾ませだした二人に、聖騎士たちは耳をそばだてる。


「そうだ。ご不在の時に、ソフィーさんがお菓子を持ってきてくれたんです。ルーカス様に会えず、残念そうにしてました。お菓子は後でお持ちしますね」


「母上が? 悪いことをしたな。今度顔を出すとしよう。――しかし、お前の顔はいつもテカテカしてるな。これで拭いてみたらどうだ?」


 ルーカスはおしぼりをアイビィーに差し出す。


「わっ! それはダメですよ。おしぼりで顔を拭くのは、ナッツさんとかのオジサン騎士たちだけです。実は皆に嫌がられてるんですよ? リュウさんなんて、頭まで拭いちゃうから最悪なんです」


 兄貴に夕食の仕込みについて教えに来ていたリュウが、ビクリとしていた。


「そうなのか? じゃあ仕方ないな」


「ねぇねぇ。アイビィーちゃんもお化粧してみたら?」


 良い雰囲気なのだが、どこか的を得られないもどかしい二人に居ても立っても居られず、会話にロレンスが加わった。


「以前ルーカス様にはご説明しましたが、私には推し事がありますから、それ以外にお金は使わない主義なんです!」


「えー。それって、ルーカスのせいなんじゃない? 責任とって、ルーカスがアイビィーちゃんにお化粧品をプレゼントしなよ~」


「は? 俺のせいなのか? ――いや、そうだな。テカテカしてるのも気になっていたし、貧民街での礼もしていなかったな。それでどうだ?」


「お化粧品はよくわかりませんが、ルーカス様からのプレゼントなんて嬉しいです!」


「なら、母上の所に一緒に顔を出しながら、店を覗いてみるぞ。俺と母上だけだとまだ会話が続かないから、アイビィーがいると助かる」


「じゃあ、今度の休みまでに、ソフィーさんにお菓子の御礼のお手紙を書いておきますね」


 アイビィーがルーカスしか目に入っていないのはいつものことだが、存外、隊長の懐き具合がすごかった。


(アイビィーは、隊長の母君とも既に仲良しなのか!?)


(なんか甘酸っぱいんだけど!)


(これはアリ寄りのアリアリだろ!)


 居合わせた者の胸は、初恋を思い出してキュンキュンしている!


「あ、あと、オスカー様が、今度家に来るといいって言ってました。私にはルーカス様のお部屋とか、子ども時代のルーカス様を見せてくれるそうです」


「はあ? 父上がそんなことを? 絶対ダメだ!」


「こどもの頃のルーカス様の姿絵は、マリンさんから貰った物しか持ってないんですよ! ちょっとくらいいいじゃないですか!」


「ダーメーだ。父上には俺から断りを入れておく」


(ツンツンしてるつもりでも、なんかルーカスさんが甘いぞ……)


(久しぶりに会った恋人同士と変わんないかも)


 アイビィーのルーカス好き好き攻撃には慣れていても、隊長の変貌を目の当たりにし、聖騎士たちはドキドキしすぎでいたたまれない。

 ロレンス以外の聖騎士たちは、懸命に昼食を掻き込んでいた――






 その日の午後。ルーカスとアイビィーは、魔法師団の団長室に呼ばれた。


(ここに来ると、嫌な予感がする……)


「戻ったばかりで悪いな、ルーカス」


 ベアからねぎらわれるが、ルーカスは一刻も早くこの部屋を出たいのでイラっとする。


「手短にお願いします」


「そう慌てないでくださいよん。ハーウェル団長だって、にわかには信じられない事をお伝えしようとしてるんですからん。ねん、団長?」


「そうなんです。ルーカス君、アイビィーさん、落ち着いて聞いてください」


 自分が甘くなって隊員たちを動揺させているのに気づいていないくせに、ハーウェルとマリンの糖度が増した気がし、ルーカスは狼狽した。


「実は、アイビィーさんが聖女ではないかという見解が浮上しています」


「へ? 私が聖女ですか?」


 ローウェルがルーカスに嵌めた魔力封じの手枷が消えた事や、アイビィーの張った結界の中で黒い魔力が発動しなかった件を調べ、ハーウェルとマリンがたどり着いた答えだと説明される。


「まあ、聖女なんて、建国のお伽噺にしか出てこんからな。わしも半信半疑だ。だが、調べる価値は大いにある」


 ロイヴァンダリア王国物語では、恋人の聖なる魔力を受けた一人の騎士が、この地に起きた戦を静め王国の礎を造り、後に二人は聖騎士と聖女として国を守り続けたと描かれている。

 どこまで信憑性があるかは謎だが、この国では建国初期より、騎士とは別に聖騎士隊を編成してきたのは事実だ。


「ルーカス君も、思い当たる節があるんじゃないですか?」


 ハーウェルの猛禽類の様に鋭い目に捕らわれ、美しい黒豹の背筋がゾワリとする。


(まさか……、アイビィーの結界を、俺の意思で鎧として纏えたのは……)


「ピンときちゃったみたいですねん♪」


「実在すれば、聖騎士と聖女は対だ。ルーカスとアイビィーはこれから旧首都に行き、建国史の基となった伝承と聖女について調べてもらう」


「うわぁ! ルーカス様と旅ができるんですか? 本当この国って最高ですね!」


(嘘だろ……)


 アイビィーの存在は好ましく思えるようになったが、やっと女に馴れたばかり。二人きりで旅をするなんて無理だ。


「少し休みを取ったら、行って来てくださいねん。治癒魔法の強化もお願いしますよん」


「ルーカス様のよしよしがなくてもバッチリ発動できるよう、旅先でも励んで来ます!!」


「良い返事です。ルーカス君。魔法師団の国宝級の新人、頼みましたよ?」


(なんでこうなる? 俺だって、聖騎士の隊長なんだぞ?)


「ダアッハッハッハッ。お伽噺が本当なら、聖騎士の能力を発揮させてくれるのは聖女だ。国王も大変興味を示されていたぞ?」


 暗に王命と圧をかけられた。ルーカスはアイビィーを世話すると心に誓っていたし、覚悟を決める。


「ハアーーーー。――母上の家を訪ねた後、旅装なんかも準備するぞ」


「はい!!」


 大げさに嘆息してはみたものの、大ハリキリで返事をするアイビィーに、どうしてもルーカスの頬は緩んでしまう。

 アイビィーにもルーカスにも、そして、二人の恋にも、まだまだ伸び代がありそうだ――

これにて「魔法師団編」の完結となります。

ブクマと評価に励まされましたし、最新話へのイイネも嬉しかったです。

望んでいただけるようでしたら、第2章も続けてみようかと悩んでおります。

まずもって、これまでの御礼を皆様に――

ここまで本当にありがとうございました!

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