表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/18

16 ルーカス奪還作戦

 騎士団に現れた兄貴は、大男のベアとリュウ、鷲の様なハーウェルから容赦なく圧をかけられながらも、組織について正直にハッキリと応答した。


「こんな俺らだが、越えてはならない一線は守ってきたつもりだ。ガントは短気でよ、時に踏み外してしまったりもしたが、俺の可愛い兄弟分なんだ。でもよ――」


 ローウェルが貧民街にやって来てからは、ガントは怪しい魔法師に心酔し、彼の言うなりになってしまったと嘆く。


「いただいた恩は返す。裏切らない限り、組織の人間は家族。最低限のルールってもんがあんのによ……」


 次々と仲間が消され、いよいよ潮時かと、命懸けで堅気に戻る未来を考えていたらしい。


「あの診療所は、俺たちのような人間でも受け入れてくれた大切な場所だ。そこに手を出すなんて、俺はもう、ついてけねぇよ……」


 そして兄貴は、隠されているアジトの場所を地図に示してくれた。


「ようし! 明日の早朝、奴らが寝静まった時間に作戦を開始する!」


 情報を精査し、信用に当たると判断したベアは、ついにルーカス奪還作戦の決行を宣言した――






(こいつら、侯爵家から金をふんだくる気らしいが、あの家が俺に払う訳ないだろう)


 夜間活動し、朝まで飲んで気持ち良く眠りこけた悪党たちを眺めながら、ルーカスは一人自嘲した。

 望まれぬ子。成人までは、仕方なしに自分を引き取った父。もちろん、騎士団へ入団するきっかけを与えてくれた父と侯爵家に感謝はしている。


 それでも、幼い頃植えつけられた暗い感情を、消化しきれたことはない。


(ガントって奴、あの人を殺そうとしたと言っていたな……)


 歳をとったが、会った瞬間に母だとわかった。母とアイビィーは、既に顔見知りだったようだ。

 いつもなら、暴走していただろう護衛対象が、歯を食いしばって魔力を操ろうとしていた姿を思い出す。


(あいつ、ちゃんと制御できていたよな。それも、俺を想ってなんだろうか……?)


 発動も制御も自分に縛られたなら不憫だが、頭のどこかでは、心持ちがフワリと軽くなるのを感じていた――





「起きていましたか?」


 暗がりから、ヌルリとローウェルが現れた。とことん不気味な男だ。


「こんな気味悪い手枷を嵌められて、寝れるはずないだろう」


「ご不便をお掛けしますが、今しばらくお待ちください。私は金に興味がないですし、騎士団の方に恨みはありませんが、どうしても立場をわきまえさせたい人間がいましてねぇ」


「つくづく迷惑な話だ。あんたの努力不足だな」


「フフフ。現聖騎士隊長殿は、まだまだ青そうですねぇ。大変可愛いですよ」


「まあな」


 ガキ扱いされたが否定しなかった。ルーカスは、自分の弱さを理解している。だが、鍛練で埋められるものではないのだ。


 親に捨てられた存在。いくら持て囃されても、女は苦手で本当はびくついてる弱い奴。虚勢を張って生きてきた感は否めない。過去とは一生の付き合いも覚悟していた。


 だが、アイビィーと出会い、目まぐるしい変化がルーカスには起きていた。踏みつけられた手は完璧に癒えた。変な女だが、大丈夫な女が居ることを知った。

 それだけでも充分だったのに、過去を精算してゆく己を感じた矢先、二度と会うことはないと思っていた母親が目の前に現れた。


(そうだ。流れが変わったんだ。過去は乗り越えられる)


「だがな、オッサン。あんたの未来は怨み辛みで凝り固まったんだろうが、どうやら俺には伸び代がありそうだ」


「……うるさいですね。口も塞ぎましょうか?――おや?」


 ルーカスは、アジト内にロレンスの魔力が舞った気がした。


(おいおい、俺を殺す気か? 全面衝突しようとして、俺が先にヤられたらどうする?)


 だが、おかしくて仕方ない。目の前の男も同じ顔をしていた。


「ふんふん。ハーウェルの気配もしますね。隠していても、カワイイ弟は分かっちゃうんですよねぇ。――聖騎士隊長殿。貴方はここで大人しく、私と異母弟との勝負の行方を、指をくわえながら見届けてくださいよぉ」


 楽しそうに笑い、ローウェルはアジトの外に向かって行った――





 アジトへ突入したロレンス率いる騎士たちの背を見送りながら、アイビィーはルーカスが囚われている場所を探していた。


(ルーカス様、何処に居るんですか? 私のこれまでの人生は、今この時のためにあったはずなんです。待っていてくださいね。今度こそ私がお守りします!)


 遠くからでも、パレードの中に居るルーカスを見つけられた日は天に昇った。大量の姿絵を観察し、推しの小さな変化も日々研究した。

 魔法師団に入団してからは、毎日推しの息遣い、気配、魔力、全てをずっと追い掛けて来た。


 ゾーンに入ったアイビィーは、ルーカスの存在だけを我が内に入れる――




「そこだあぁぁ! もう離れませんよおぉぉ!」


 ハーウェル並み、否、それ以上の感度でルーカスの魔力を感知したアイビィーは、ただルーカスに向けて結界を伸ばした。推し一直線だが、ある意味範囲は広くなったに違いない。

 できる限りアイビィーの側に居ようと、その場に居合わせたハーウェルは、部下の鬼気迫る姿を目撃してどん引いた。


(こ、この光景は、私の胸だけにしまっておきましょう……)


 再び騎士として任務にあたっていたリュウは、オジサン特有の包容力が逃げおおせ、若い女性が恐くなってしまった。


(女の執念は侮れん。死を見た女は強いな)



 そして、突如気合いの入りまくった結界に包まれたルーカスは、かなりビビっていた。


「うわっ! この魔力はあいつか!?」


 声を上げて驚いたなんて、十何年振りだ。アイビィーの重い、もとい、純度百パーセントの白い魔力に包まれたと思ったら、魔力を封じられていた黒い手錠が霧散していた。


 無様に悲鳴を上げてしまったが、誰にも見られなかったと安堵し冷静さを取り戻す。


(この結界を、自由に操れたら最強だな)


 『どうぞ!』と、元気よくアイビィーが応えた気がした。アイビィーの魔力はルーカスの気持ちに添うかのように、彼の身体にピッタリフィットした。


(これは……。重量もあるが、最高の鎧だな。短期間でここまで操れるようになったのか……)


 自由の身となり、しかも結界で守られたルーカスは軍神と化し、次々とアジトを内部から制圧する。




「ガント!」


「ガキか。また地べたに転がされてぇみてぇだな」


 素手で向かって来たルーカスに、ガントはダガーを構える。有利と思っているのか、それほど焦りは見えない。


「アホウ。お前の番だ」


 難なくガントの腕を蹴り上げダガーを飛ばしたルーカスは、相手の巨体を軽々と投げ、関節を押さえた。


(城の熊たんに比べれば、大したことはない)


 ガントを押さえ込んだルーカスは、尋問を開始する。


「あの日、母と何があった?」


「んな昔のこたぁ、忘れ――ガアッ!」


「ここには俺とお前しかいない。俺が認められてない尋問をお前にしても、証拠は出ないだろう」


 ギリギリと強く締め上げるルーカスに、ガントは呆気なく白旗を上げた。


「ひ、貧民街の外で店を開けると言って、金を騙し取ろうとしていた! 穏便に姿を消そうとしていたが、何で息子に手を出したとうるさかく追い掛けて来たから、ズールー橋から突き落としたんだ。まさか、生きてるなんて思わなかッ――ウグッ」


 サクッと聴取を終わらせたルーカスの仕事に白目を剥いたガントは、そのまま床と同化した――




 入り口付近で聖騎士隊長奪還の指揮をとっていた副隊長ロレンスは、ルーカスの姿を目視すると、全力で制圧し一味を捕縛せよと命じた。

 次々と悪党が捕縛される中、ただ一組だけ、まだ決着がついていない戦いがあった――



「ハーウェル。やはり来てくれましたね。内向的な異母弟君はお外に出て来てくれないんで、お兄ちゃんは寂しかったんですよ?」


「ローウェル。相変わらずネチッこくて気持ち悪いですね。今日で私への執着心を、粉々に砕いて差し上げますよ」


 鷲と鷹がバチバチと睨み合っていた。


「後ろの少女。この前より、ずいぶんいい結界を張っているじゃないですか。魔力も格段に強くなっていますね」


「いい人財を見抜けない間抜けだから、団長になれないんですよ。そうだ。私と貴方がこんな所で術戦を繰り広げたら、貧民街の皆さんにご迷惑を掛けてしまいます。彼女の結界の中で、思う存分ヤり合いましょうか?」


「いいでしょう。お前を潰すことだけが、私の望みですからねぇ」


「アイビィーさん。アジト内の戦闘は終わり、捕縛作業に入っています。そのまま結界で、私とローウェルを包んでください。今の貴女ならできるはずです」


 ハーウェルに命じられ、今度は異母兄弟を丸く包む結界をイメージする。


(おお! できると信じてやれば、私ってできるんじゃん! ――って、団長に結界を張ればよくない?)


 少し調子に乗ったアイビィーだが、ハーウェル一人に結界を施した方が良いと気がつく。

 そこで、この兄弟の間にある、微妙な関係性に疑問がわいた。


(何でハーウェル団長まで、一対一の勝負にこだわるんだろう?)


 アイビィーの脳裏に、時を止めた一人の女性が浮かぶ。


(そっか。この戦いには、誰も手を出しちゃいけないんだね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ