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11 特化型治癒師の育て方

「ヘーゼル、ナッツ、クリムト、リント、リュウ。今日をもって、アイヴィー護衛の任を解く」


 ベア騎士団長の辞令を受け、命じられた五人はピシリと固まった。


(俺は?)


 名前を呼ばれなかったルーカスは、なんとなぁくまたまた嫌な予感に襲われていた……。


「これまでの騎士団の皆さんのご協力、ありがとうございました。お陰でアイヴィーも、三ヶ月の試用期間を終える前に、結界を身に付けることができました。また、リンデルナ公国の騎士隊長ジェシカに勝ったことで、団員たちからも認められたようです。安心して、通常の任務に戻ってください」


 ハーウェル魔法師団長は喜びからか、饒舌になって騎士たちをねぎらう。


 しかし――



「嫌です。乗りかかった船だ。俺たちは彼女が一人前の治癒師になるまで、このまま守り続けます」


「団長~。ソコまで人でなしとは思っていなかったっすよ~。嬢ちゃんは守りしかできないんすよ? 俺、嬢ちゃんがボコボコにされた姿、毎晩夢に見て泣いちゃうんす~」


「そうだ、そうだ! いくらアイビィーが結界を覚えて扱えるようになったって、誰かが側に居なきゃ危機を脱せないんだ!」


 イカツイオジサン騎士三人がごねだした。呆れながらも、ベアは団長として残りの二人に問いかける。


「リントとリュウはどうなんだ?」


「俺はまだまだ未熟者です。でも、今までどおり友達として、アイヴィーの側に居てやれる事をしていきます」


「俺もだな。これからも変わりなく目を光らせるつもりだ。それに、せっかく身軽に動けるようになってきたんだ。色々自由に動き回らせてくれ」


 少し大人びたリントはキッパリ団長に物申し、リュウは足を踏み鳴らして、長年背負ってきた怪我からの回復をベアに見せつけた。


「ううむ……」


 オジサンたちは酒に溺れず、任務外でも真面目になったし、リュウは人知れず努力し、リハビリを続けていた。リントも今や、新人騎士の有望株筆頭。

 アイビィー護衛の任に就きながらも、皆成果を上げていると言っていい。


「困りましたね。こちらの団員から、オジサン騎士がうろついてると、苦情も寄せられるようになっていたのですが……」


 見事な結界を張ったアイヴィーは、交流訓練以降ダメな平民新人から、ちゃんと能力がある人材と認められるようになっていた。団員たちからの評価も上がり、当初の目的としていた結界も身につけたのだが……。


「確実に身を守れても、耐えてる間の恐怖はありますからねん。私なら、間違いなく泣き崩れていましたよん」


 マリンがブリッコ大人女子とはいえ、女性に怖かっただろうと言われると、男たちはますます辛い。

 集まった者たちの、脳裏から離れない光景は同じだ。結界の中、ボロボロのアイビィーはしっかりと相手を見据え、震える足で気丈に立ち続けていた――



「まあ、あの時は、公国と全面戦争になってもいいかと思いましたからねぇ」


 ハーウェルの不穏な言葉に、ルーカス以外の皆がウンウンと頷いている。あの時、ルーカスは取り乱してしまったと反省していたが、全然まともだったらしい。


(こいつら、正気じゃないな)


 なんだかんだアイビィーに甘々な面々(ルーカス以外)は、一つの方向で気持ちが定まっていた。


「よし。お前らの負担を軽くしようと考え解任しようと思ったが、続けたいなら構わん。あくまでも任意となるが、これからもアイヴィーを守ってやってくれ」


「「「「はい!」」」」

「おう!」


 皆が皆、一人の治癒師に対する思い入れと熱量がハンパない。純粋で、真っ直ぐで、頑張り屋で、ちょっとおバカなアイビィーから、すっかり目が離せなくなってしまったのだ。

 その様子をスンと無表情で観察しながら、ルーカスは懐のドレイン輝石に触れる。


(どうせ俺は、これがある限りオモリ役継続と覚悟していたが、負担が軽くなるなら悪くはないか)


 ここにも一人、変わりつつある男がいることに、彼を可愛がってきたベアとリュウの目が細められていた――





「話しがまとまったところでん、こちらにいる皆さん全員にご説明していいですかねん?」


「そうですね……。マリン女史、お願いします」


 マリンは眼鏡をクイッと上げ、神妙な面持ちで話し始めた。


「アイヴィーちゃんは以前より白い魔力、すなわち治癒能力を持っていたと思われますん。あまりに魔力が強いと、心身が成長するまで自己防衛で制御する魔法師はそれなりに見てきましたが、それの極端なタイプかと考えられますねん」


「通常魔力が強いとされる者の、さらに上を行くと言うのか?」


「やっぱ嬢ちゃんは、すげえんだな」


「私もアイビィーさんの魔力を目の当たりにしましたからね。間違いないですよ」


 そりゃあ、過去に負った怪我を癒された時は度肝を抜かれたが、魔力の強さを測る物差しは持ち合わせていない。

 たが、ロイヴァンダリア王国魔法師の頂にいるハーウェルが言うなら本当だと、騎士たちは納得した。


「身体は成人を迎え、その魔力を扱える準備を終えたのでしょうがん、魔法の知識はスッテンテンでしたからねん。ただただ、ルーカスさんへの気持ちが昂った時に、一気に暴発させてしまうのでしょうん。幸い、ルーカスさんを想いながら鍛練を積んだことで結界を扱えるようになりましたが、治癒は難しいかもしれません……」


 また拷問まがいのことをしてルーカスに自棄になられては困るし、負傷者は意図して出るものではない。外的要因で負ったものしか癒せない治癒を、反復練習で身につけさせるのは困難だ。


「普通の治癒師なら、別隊での任務にあたりつつ負傷者が出た際に治癒を施し、一人前の治癒師に育てていきます。ですが、アイビィーさんの場合、日々を結界の鍛練だけに費やすのは、もったいない程の才ですからねぇ……」


「特化型の治癒師、しかも期待大なアイビィーちゃんは、ちょっと違う育て方をしてみたいのですん」


「って訳でなルーカス。一月でいいから、マリンとアイビィーと一緒に、貧民街の診療所へ行ってくれ」


「は? 仰る意味を理解したくありません」


「ダアッハッハッハッ! マリンの伝手で、貧民街で診療所を運営する医師の団体が受け入れてくれたんだ」


 伝手も何も、実費しか請求しないほぼほぼボランティアで活動するあそこなら、いくらでも人手は欲しいだろう。諸手を挙げて大喜びしたはずだ。

 貧民街で育ったルーカスは、ドヤ顔のベアに突っ込む。 


「理解したくないと言ったんですが……。それに、貧民街は危険です」


「そのためにお前が行くんだろう」


「まだ受け入れていませんが?」


「コラ、ルーカス! 俺の親友にそんな態度をとるなら、これからずっとマズイ飯を食わせるぞ!」


 団長と料理長の絆は深い。リュウはベアに加勢し始めた。


「って団長! 俺らはどうなるんすか!?」


「さっき、これまでどおり嬢ちゃんを観察してていいって言ったじゃないっすか!?」


「はなから、どうせアイヴィーと離れるんだ。今までどおりの任務にはげめ! ってことだったんですね!?」


 ルーカス側に立って、オジサン三人がベアとリュウに噛みついた。


「リント、お前はこっち側だろう?」


 ヘーゼルに言われ、リントはなんとなくノリでルーカス側に位置どる。


「よし! 五対二なら、ワンチャンあるぞ!」


「この際だ、団長と料理長をやっちまうか?」


「ベア……。久しぶりに一緒に暴れるか? 俺の足がどれくらい動くようになったか、その目で見てくれ」


「リュウ……。よおおおーーし! お前ら覚悟しろ!」


(なんでこうなる……)





 脳筋騎士たちを放置し、マリンがアイビィーを呼んで来た。


「騎士団の皆さんは、いったい何をしてるんですか?」


 ハーウェルの作り出した結界の檻の中で、一律に弱体化された騎士たちが取っ組み合いをしていた。


「私の執務室で、なんなんでしょうね……。脳筋は放っておいて、これからの任務についてマリン女史から説明があります」


 なぜか檻に一緒に入れられ、傍観者となっているルーカスも気になったが、新しい任務を説明されたアイビィーは目を輝かせた。


「やらせてください! 一ヶ月間、頑張って来ます!」


「決まりましたね。では、マリン女史は医師として、ルーカス君とアイヴィーさんにはその助手として、一月貧民街の診療所に行って来てください」


「はい」

「は~いん」


 狭い結界の檻の中、キラキラしい副隊長の顔がルーカスの瞼に浮かぶ。この件を伝えたなら、引き留める交渉をしてくれるどころか、面白がって行ってらっしゃいと微笑まれそうだ。


(負担が減るどころか増えた……)


 女二人を連れての貧民街。気が重くて仕方ない――

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