友達
グループ学習で、『春夏秋冬』は学校の裏山にいる昆虫について調べることになった。今日はそのために、放課後みんなで裏山に行くことになっていた。実を言うと、私はそれが楽しみで仕方なかった。自分でもこんな事でワクワクするなんて少し恥ずかしいが、『春夏秋冬』を気に入っていた私はそれが表情にも出てしまっていたらしい。
「なんか今日のお前、ずっとニヤニヤしてないか?」
掃除時間に春之に話しかけられた。
「別にそんなことないし。春之の気のせいだよ。」
やば、私そんなふうに見えてたんだ…。今日一日、ずっと顔がにやけてたと考えると、物凄く恥ずかしくなってきた。そう言う春之も、今日はいつもよりソワソワしてる。もしかしたら、春之も同じように放課後が楽しみなのかもしれない。
下校を告げるチャイムが鳴った瞬間、私達は一斉に教室を飛び出した。
「じゃあ一旦家に帰って、三十分後に学校前に集合な!」
春之がそう言ったので、他の三人は了解の意を示して各自帰宅した。
家に着き、玄関のドアを開けて「ただいま」と言ったが、返事はない。いつもの事だ。私の両親は共働きで兄弟もいないから、学校から帰ると私は一人になる。正直言うと、一人でいるのは少し寂しい。普段なら、その寂しさを勉強で紛らわしていた。でも今日は違う。私は特に仲の良い友達もいなかったため、こうして放課後誰かと一緒に過ごすことは滅多になかった。
だけど、今日はみんなと裏山に行く。グループ学習のためだから、学校の勉強と似たようなものだけれど、一人でするのと誰かと一緒にするのとでは全然違う。私はランドセルを置いて、リュックサックに必要な物を詰め始めた。
両親には、今日出かけることは朝のうちで伝えてあるが、念のため置き手紙をしていった。
* * *
学校に行く途中、春之の家の前を通ると、ちょうど春之が出てきた。彼の家は定食屋をやっていてこの辺でも美味しいと有名だ。私も何回か食べに行ったことがあるが、確かに一度食べたらまた食べたくなるような美味しさである。定食屋の息子ということもあり、春之も料理が上手だ。低学年の頃は春之の作った料理を食べることもあった。何を食べたのかはよく覚えていないけど美味しかったのは記憶にある。
「お、千秋じゃん。お前もこれから?」
春之が話しかけてきたので「うん」と答えた。私は先に行こうとしたが、春之が
「じゃあ学校まで一緒に行くか。」
と言ってきたから歩く速度を緩めた。
同じクラスとはいえ、こんなふうに春之と並んで歩くのは久しぶりだった。昔は仲良かったんだけどなあ。いつの間にか喋らなくなってたな。と昔を思い出すと、思わずクスッと笑いが漏れてしまい、
「なんだよ、急に。」
春之に変な目で見られてしまった。
しばらく歩いていたが、ずっと会話のない状態が気まずくなったのか、春之が口を開いた。
「なあ、春夏秋冬についてどう思う?」
何だその質問は。と思ったが、突っ込むのは我慢して適当に答えた。
「どうだろ。まぁ、そこそこセンスのあるネーミングなんじゃない?」
返事は返ってこなかった。ああ、またやらかしたのかもしれない。いつもこうだ。春之がせっかく話しかけてくれたのに私は会話を無理やり終わらせてしまった。私は人と話すのが苦手だ。いつからこうなってしまったのかはわからない。昔はそんなことなかったのに。友達がいない理由もこれだからだ。
「お前って、変わったよな。」
春之がボソッと言った。私は春之を見た。なんでそんなこと言うんだろう?独り言なのか私に話しかけたのかもわからない。春之は正面を見て歩き続ける。やっぱり独り言なのだろうか。
少し歩くと、学校が見えてきた。校門の前に冬馬と夏が先に来ていて待っている。夏は私と春之を見つけると笑顔で手を振ってきた。子犬みたい。ふわふわしてて、可愛くて。曇りのない笑顔を向けてくる。本当に愛されて育って来たように思える。私だって、愛されなかったわけではないけれど。
冬馬は相変わらず「遅い」とだけ言って、顔を少ししかめた。私はそれをじっと見つめる。冬馬はまだ子供なのにかなり整った顔をしている。これがイケメンというやつなんだろうな。性格はそんなことないけどね。
「実は私とトーマくん同じアパートに住んでるんだよね。だからここまで一緒に来たの。ハルくんとちーちゃんも家近いの?」
裏山に向かって歩き出しながら、夏が話しかけてきた。
「まぁ…おんなじ通りに住んでるからね。」
私は特に何も考えずそう答えたが、ある違和感を感じた。
「ちーちゃん⁉」
夏が私のことを「ちーちゃん」と呼んでいることに気づきびっくりして叫んでしまい、声が裏返った。
「うん。名前、千秋でしょ?だからちーちゃん。てか、そんなにびっくりすることないのに」
夏はあははと笑ってそう言った。
誰かにあだ名で呼ばれたのは初めてだった。そんなに仲の良い人なんて、今までいなかったから。とはいえ、夏ともそこまで仲が良いわけではない。思い返せば、夏はクラスの子の名前もあだ名で呼んでいたような気がする。さっきだって、春之のことを「ハルくん」と呼んでいた。そういう性格なのだろう。
私が黙ったのを見て、夏が心配そうな顔で尋ねてきた。
「もしかして、ちーちゃんって呼ばれるの、嫌だった?だったらやめるけど…。もし良かったら、私のことも『なっちゃん』って呼んでいいから!みんなそう呼んでるし。」
先程、人にあだ名で呼ばれたのは初めてだと言った。でも、私に自分のことをあだ名で呼んでほしいと言ってきた人も初めてだ。
「別に、嫌なわけじゃないけど…」
多分、今私の顔は少し赤くなってる。私の答えを聞いた夏は
「ほんとに⁉良かった、嫌な思いさせてなくて。」
とびきりの笑顔でそう言った。可愛い。本当に性格がいい子なんだろうな。羨ましいくらいに、素直で、綺麗。
夏は、少し前を歩いて二人で話していた春之と冬馬に声をかけに行った。私もその後を追った。普段の私なら、後ろから一人で歩いていそうなのに。なんとなく、夏のおかげで気持ちが明るくなった気がした。
* * *
裏山に来たのはいつぶりだろう。多分、一年生とか二年生の頃はよく来ていた。学年が上がるに連れて、私は一人でいることが多くなって外で遊ぶことがなくなった。
裏山は誰が管理しているのか知らないが、木や草が綺麗に切りそろえられていて、人が歩くための道もある程度整備されている。足場は良いと言えないけど、危険な程ではない。ちゃんとした公園すらないこの町では、子供たちの良い遊び場だ。私たちが今グループ学習で昆虫について調べるために裏山に来ているように、この裏山には虫も多くいる。熊とかが出るほどではないが、ハチとかなら普通にいるだろうし、この時期なら蚊も多い。そう思って、私はリュックサックに入れていた虫除けスプレーを身体にふりかけた。
「おい、虫の調査に来ているのに虫除けスプレーかけたら意味ないだろうが」
冬馬が舌打ちしてそう言った。
「あ、そうか。ごめん」
少し罪悪感を感じて謝ると、夏が
「でも蚊に刺されるのは嫌だもん。ねえちーちゃん、私もそれ借りていい?」
と言った。これは多分、私のことを庇ってくれたのだろう。その事が素直に嬉しかった。冬馬は
「勝手にしろ。そのかわり邪魔はすんなよ」
と言って、虫取りに夢中になってる春之のところへ向かって行った。
夏はえへへと笑って「私、裏山に来たのは初めてだなあ」と言って離れたところにいる春之と冬馬を見つめた。
「そっか、今年引っ越してきたばっかりだもんね…。とは言っても、私も凄く久しぶりに来たんだけど。」
昔遊んでいた時のことを考えていると、ふとあることを思い出した。
「あ、そうだ。ねえ、ちょっとついて来て。」
そう言って私は歩き始めた。少し登ったところで道ではない方向にずれる。確かこの辺りだったはず…。
「ちーちゃん?どこに行くの…」
夏はそう言いかけてハッと黙った。
小さい時、裏山で遊んでいて偶然に見つけた場所。私だけの秘密の場所。私も最初に見た時は思わず息を飲んだものだ。
小学校の裏山を北側から十五分程登ると他の木より少し大きな木が一本ある。それが見えたところで左に道を外れると、開けた場所がある。その場所からはこの田舎町全体が見下ろせるようになっていた。
「すごい…」
夏が感心したように呟く。私は自慢げに「でしょ?」と言ってみる。
何もないというのは、この田舎町の良いところでもあるのだろう。ずっと昔からあるらしい田んぼ、野菜畑とその側にある八百屋、所々にあるボロい住宅やアパート、この町に一つしかないコンビニとスーパーマーケットが一気に見渡せる。周りは山に囲まれていて向こう側には海も見える。町の端っこには駅があって、線路が続いている。もう少し時間が経てば、海に沈む綺麗な夕日も見れるだろう。この場所から町を見れば見慣れた風景が違うものに感じる。
「なんかこの町の王様になった気分…」
夏がそんなことを言ったので、私は思わず吹き出してしまった。
「あははっ!王様って…変なこと言うなぁ、なっちゃんは」
それを聞いた夏が私のことをじっと見つめる。
「な、なぁに?」
「いや…ちーちゃん、今私のこと『なっちゃん』って呼んでくれた」
あ、気が付かなかった。無意識のうちに口から出てしまっていたみたい。すると、夏はニコッと笑って
「私、ちーちゃんと友達になれてすっごく嬉しい!」
と言った。…友達。なんだかそう言われるのは新鮮な気分だった。この頃、友達の基準もわからないまま過ごしてたから。ああ、私達って友達なんだ。少し遅れて嬉しさと恥ずかしさがやってきた。
「どうして?」
気になってそう聞いてみた。私と友達になれて嬉しいだなんて言う人は変人に決まってる。だからその理由が気になった。
夏は私の隣に腰をおろして私にも座るように言った。私がそうすると、夏は話し始めた。
「ちーちゃん、私の転校初日に学級委員長として軽く学校案内してくれたでしょ?先生に頼まれたからなんだろうけど…。その時一瞬で、この子と友達なりたいなぁって思ったんだよね。自分でも理由はよくわからないけど、多分今までちーちゃんみたいな友達が周りにいなかったからだと思う。でもその後全然喋る機会なくてさあ、グループ一緒になったときめっちゃ嬉しかったんだよね。」
少し驚いた。いや、かなり驚いたかもしれない。だって、夏と初めて出会った日、私も夏に惹かれたから。一目見て自分とは違うタイプだと感じた。だから、仲良くなりたくても極力関わらないようにしていた。
夏はほんとにキラキラしてる。私もできることならこんな人間になりたかったとさえ思う。誰にでも好かれるような人に。
「私たちって友達なの?」
そう口にしてしまい、すぐ後悔した。今のは嫌な言い方だっただろうか。もしかしたら夏を不快な気持ちにさせてしまったかもしれない…。
そんな私の心配をよそに、夏はケラケラと笑った。
「確かに、私たちまともに喋ったのって今日が初めてだよね。友達って言うにはまだ早いか。」
夏はすくっと立ち上がって私の方を向き、右手を差し出した。そして、
「篠原千秋さん、私と友達になって下さい!」
そう言った彼女は、太陽の光を受けてとても綺麗に見えた。呆気にとられながら私がその手を取ると、夏はパッと笑顔になって、「やった!これで私たち、友達だね!」と言った。
その時、
「おーい!お前らどこにいるんだよー!」
と、春之の声が聞こえた。
「やば。そろそろ戻ろっか、ちーちゃん」
私は静かに頷いた。なんだか、ついさっきの出来事が本当に起こったことなのかわからなかった。ただただ不思議な気分に包まれていた。
私たちが戻ると、
「おー!探したんだぞ!」
春之はホッとしたようにそう言い、冬馬には文句を言われた。「ごめんってばー」夏がえへへと笑って二人をなだめる。そして、
「あの場所のことは私とちーちゃん二人だけの秘密だもんね。」
私にコソッと耳打ちした。
二人だけの秘密…。この私が誰かと秘密を共有する日が来るとは思わなかったな。夏の言葉は結構嬉しかった。
* * *
「そういえば、夏ってなんで東京からこんな田舎に引っ越してきたの?」
帰り際、何気ない会話の中で春之が夏に尋ねた。私も気になっていたことだ。いつも笑っている夏の顔が一瞬曇ったが、すぐ笑顔に戻って言った。
「両親が離婚したの。」
衝撃的な一言だった。私は勝手に、夏は幸せで円満な家庭で育ってきたのだと思っていた。親が離婚してただなんて。春之もまずいことを聞いてしまった、というような顔をしていた。
夏は気にしないというように話を続けた。
「パパが他に好きな人ができたって言ってね、それを聞いたママがセーシンフアンテイ?ってやつにになっちゃったの。心の病気のことらしいんだけどね。そしたらお医者さんが田舎で暮らしたら落ち着くかもしれないって言うからここに来たの。パパは向こうで新しい奥さんと暮らすことになって…私はどっちについていくか聞かれたけど、病気のママが心配だったから。」
この話をしてる間も夏は笑顔を崩さなかった。多分これは作り笑いなのだろう。普通、こんな話をしながら笑顔でいられるはずがない。そんな夏の笑顔は少し気味の悪いほどに不自然のない笑顔だった。
「まぁ…夏の気持ち、俺は少しわかるかも。」
冬馬がボソッと言った。
「俺の親も離婚して、今父さんと二人で住んでるから。」
これも衝撃の事実だった。冬馬とは仲良くはなかったものの、この町の小学校は一学年に一クラスしかないから、入学してからずっと一緒だった。春之の反応を見ると、彼も初耳のようだった。
「小学校入学する前に離婚したんだけどさ、俺だけ父さんについてきて、弟と妹は母さんのところに残ったんだ。。俺が3年生の時にお母さん再婚して、もう一人弟が生まれた。今も月一くらいで会いに行ってるんだけどね。」
夏に負けず、冬馬の方も真顔で淡々と話す。そんなサラッと言えるような話には聞こえないんだけど。
四人の間に沈黙が流れた。すると、夏がプッと吹き出した。
「もう、みんな気遣いすぎだって!でも私もなんでこの話しちゃったんだろ。誰かに言ったの初めてだよ。なんか、みんなには話したくなったんだよな。」
夏の明るい雰囲気にどんよりしていた空気が少し和らいだ。やっぱり夏はすごい。
「俺も。別に隠してたわけじゃないけどさ、この話したの初めて。」
冬馬もそう言う。珍しく少し微笑んでいる。
くじ引きで一緒のグループになった四人だけど、もしかしたら案外相性が良いのかもしれない…私はそう思った。
夏と冬馬のアパートが見えたので、二人とははここで別れ、私は春之と歩き始めた。春之の家につき、さよならをして自分の家まで帰ろうとすると、「千秋!」と呼び止められた。振り向くと、春之が「今日は楽しかったな」と言ってきた。私はにっこりして頷いた。
「うん、楽しかった」
春之に手を振って、もう一度家に向かって歩き出した。こんなに心から楽しんだのは久しぶりだった。そして、こんなに心から笑顔になれたのも久しぶりだった。




