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9 いやな予感が

 二人が帰った後、湯呑みの片付けをしながら、大成は頭の中で話を整理した。


 由一は人間でなく「悪魔」だと桐島は言った。


 曰く、桐島家は古くから悪魔と契約し、悪魔を使役する家系とのこと。悪魔との契約は代々継がれるもので、葉月は約二年前、十五歳になった折に母親から引き継いだそうだ。


 悪魔は契約者が死ぬまで契約者を護り、その命令に従う。

 代わりに契約者は、死後、悪魔にその魂を差し出す。


 魂は流転する。一生を終えた魂は、新たな命に宿って、別の人生を歩み始めるのだ。

 桐島家の契約者に、その道はない。

 しかし桐島家には、そんな危険な契約を結ばなければならない事情があった。


「桐島の魂は、悪魔にとって魅力的な香りを放っているそうなんです」


 由一という強い悪魔を使役してその力による守護を受けなければ、寿命で死ぬよりも早くに、有象無象の悪魔に喰われてしまう。先刻襲ってきた犬たちがその類だという。


「由一がそばに居ないときには、私は由一の契約者である印として、お守りを身に付けています。そうすれば、弱い悪魔は近寄れません。……今日はそれをうっかり家に忘れてしまったから、あんなことに」


 申し訳ないと、桐島はその場で頭を下げた。


 信じてくれなくてもいい。それでも、今後もなにかと巻き込んでしまうかもしれない。だから、説明はしておかないといけないと思って。


 そう締め括った桐島は、そのまま大成の出した茶に手も付けず部屋を出て行った。


 そうして、今に至る。


(にわかには信じ難い……)


 湯呑みを洗い、布巾で拭きながら大成は考える。


(でも、確かに普通の人間が、野良犬五匹を簡単に追い払ったり、液晶テレビを投げ返せるとは思えないし)


 それを思うと、夫婦喧嘩で液晶テレビを投げ合う藤田夫妻も普通の人間ではないということになるが。


 湯飲みを棚に片付けて自分用のマグカップにインスタントコーヒーの粉を振り入れながら、大成は深くため息をついた。


(嘘を簡単に見破る大家に、夫婦喧嘩で家具が飛び交う家族……。さらに悪魔と契約した女子高生だって? いったいどうなってるんだ、このアパートは)


 安い家賃で入居している身のことで、文句を言える立場ではない。それはわかっているものの、もう少し、普通の生活がしたかった。


 大成はこれからの生活を思って、何度目になるかわからない深いため息をつく。




 そんな大成のため息を更に増やすきっかけとなったのは、またもや藤田家に関わる出来事だった。


 ある日、大成がアルバイトから帰宅すると、新聞受けに回覧板が入っていた。銀嶺荘には掲示板のようなものがなく、代わりに必要なことは回覧板で知らされる。入居時に山田から説明されていたが、実際に大成が受け取るのは初めてだった。


(内容を確認して押印。で、山田さんに返すんだったかな)


 大成の住む二〇一号室は、住人の間を巡る回覧板の終着点だ。表に貼られた確認用の紙片には、既に他のすべての住人たちの判子が押されていた。


 ゴミ出しや買い物、駅までの道中など、どこであれ住人同士は出会えば仲良く挨拶と会話を交わす間柄だ。知りたい、知らせたい情報の交換は、それで十分にできるように思われる。


 それでも敢えて回覧板で知らせなければならないことがあるのだろうか。


 大成がバインダーを開くと、挟まっていたのは、一枚の手紙のような紙ペラだった。


『銀嶺荘の皆さま

 いつもご迷惑をおかけしております。

 次回の襲撃につきまして、日程が判明しましたのでお知らせします。

 六月十四日(水) 十六時頃

 規模は不明ですが、前回と大きく変わるところはないと思われます。

 急なお知らせとなり申し訳ございませんが、ご準備のほど、宜しくお願いいたします。

  藤田さとこ』


 紙を三回読み直したが、大成には何のことだかさっぱりわからなかった。襲撃とは穏やかでない言葉だが、手紙の簡素さから考えるに、文字通りの意味ではないのかもしれない。


(……いや、でも夫婦喧嘩で炊飯器を投げる家族だからな)


 先入観を持つのはやめようと大成は決意する。とにかく六月十四日に何かがあるのだろう。前回と変わらないと言われようと、前回を知らない大成にわかるわけがない。


 大成はカレンダーで日付を確認した。今日が六月七日だから、件の日までちょうど一週間。それだけあれば、誰かから事情を聞くこともできるはずだ。


 バインダーの表紙の紙片、ほかの住人たちの判子の横に、大成は自分の印を押した。それから回覧板を返すために玄関を出る。


 返すついでに山田に聞いてしまおう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。住人となって日が浅いことを盾に、早めに聞いて明らかにしてしまった方がいい。大成は自分の考えに大きく頷いて、階段を下りた。




 しかし疑問に答えをくれるはずの山田の言葉は、歯切れが悪かった。一〇一号室の玄関先で回覧板を受け取った山田は、大成の問いに対して、困ったように頭を掻く。


「うーん、どう説明したらよいのやら。私がどこまで話してよいのかもわかりませんし。……一回見てもらうのが、一番わかりやすいと思いますよ」


 山田によると、言葉にするのは難しいが、とにかく当日のその時間に銀嶺荘にいさえすれば「襲撃」が何なのかおおむねわかるとのことだ。


「ええと、それって、危険はないんですか?」


「たぶん大丈夫ですよ。沢野さんも、トワちゃんも、由一くんもいますし、たぶん」


 たぶん、たぶんと繰り返されると、大成は不安になってくる。しかしこのまま「襲撃」のことがわからずに日々が過ぎていくのも、それはそれで不安だった。


「でも、もしも当日に外出するなら、貴重品はちゃんと持って出て行ったほうがいいですよ。あと、帰りは予定時刻とかぶらないように気を付けてください。さすがに駐車場とか目の前の道路とかでかち合ってしまうと、危険ですから」


 ……本当に、いったい全体何が起こるのだろうか?


 大成の疑問は、ますます深まるばかりだった。

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