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5 そのほかの住人たち

 続く一週間の間に、大成は他の銀嶺荘の住人たちと、次々に顔を合わせた。


 まず、一〇三号室の木下誠一郎。彼と初めて会ったのは、夕方、アルバイト帰りに近所のスーパーに買い物に寄ったときだった。


 ちょうど入口で山田に会い、今日の安売り品のことなどを軽く話していたときだ。小学生くらいの女の子が走ってきて、山田の腰に抱きついた。


「わわっ。トワちゃんか、びっくりした」


 細い体を面白いように跳ねさせた山田は、自分に抱きつく少女を丁寧に引き剥がすと、その頭を優しく撫でた。


「今日はひとり? 木下さんは?」


「なにを言っているのだ、大家殿。私が私の最高傑作を、一人で出歩かせるわけがなかろう」


「ああ、木下さん。こんにちは」


 少女を追うようにせかせかと歩いてやってきた五十代くらいの小柄な男性が、木下誠一郎だった。父親だろうか、と考えていた大成に、山田が丁寧に紹介してくれた。


「木下さんは、私の部屋の隣の隣にお住まいです。それから、こっちの子は皆からトワちゃんと呼ばれています。木下さんの……居候のようなものです」


「居候?」


 言い方からすると、親子ではないのだろう。十歳前後にしか見えない少女が、親元を離れて暮らしているということか。踏み込んでよいのかどうか、大成には判断が付かない。


 そんな大成の迷いには思いもよらない様子で、木下は呵々と笑った。


「よくできているだろう。コレは私の最高傑作だよ。さあ、ご挨拶なさい」


 大人しく待っていたトワは、木下に促されると一歩踏み出して大成を見上げた。子供らしからぬ無表情の中で瞬きもせずに大成を見つめる瞳が、ガラス玉のようにきらきらと輝いている。


「はじめまして。私はトワです。あなたは?」


「ええと……大成陽介です。よろしく」


「よろしくお願いします」


 無表情の顔に似合った平坦な声だった。


 不思議な子、というのが大成のトワに対する第一印象だ。


 もちろん大成の反応になど頓着せずに大口を開けて笑い、子供に自己紹介をさせながら自分の自己紹介はせず、自分の話したいことだけを話して去っていった木下に対する印象も、不思議な大人というものだった。




 次に大成が出会ったのは、二〇五号室あるいは二〇四号室に住む男の子だ。


 彼の名前は真島優希というらしい。小学校五年生とのことだが、不登校なのだろうか、平日の昼間でもよく部屋にいるようだ。


 住む部屋が確かでないのは、どちらの部屋から出てくる姿も見たことがあるからだった。隣人とよほど仲が良いのか、あるいは家族で二部屋を借りているのかと思っていたら、どうもそうではないらしい。


「ゆーきくん? ゆーきくんは二〇四ですよ。朱莉ちゃんのお隣さんですね! 二〇五は空き部屋なんですよお。でもゆーきくん、空き部屋入って遊ぶのが好きらしくて。あ、大丈夫ですよ! 大家さんの許可はもらってるらしいんで!」


 という具合に彼のことを大成に細かく教えてくれたのは桐島だった。


 それというのも、大成はまだ真島少年本人とは話ができていないのだ。


 人見知りの激しい性格なのか、外廊下でばったり顔を合わせようものなら、彼は挨拶もそこそこに、そそくさと自分の部屋に入っていってしまう。部屋から出てきたばかりであってさえそうなのだ。


 顔を見ては逃げられるので、やや傷ついた気分になった大成を、そつのない言葉で慰めてくれたのは笹原だった。


「恥ずかしがり屋さんなんですよね、彼。私にも最初の頃はそうでした。気にしないであげてください」




 残る人々との出会いは、ゴミ出しの日だった。隣駅近くのコンビニでアルバイトを始めた大成は、先週よりも早い時間にゴミ出しを兼ねて部屋を出た。


「きゃっ」


 ゴミ置き場から短く聞こえた悲鳴に目をやると、鳥避けのネットの周りに、真っ黒なカラスが五羽ほど集まっていた。そのうち一羽が威嚇するように、羽を広げたり閉じたりしている。ゴミ出しに出てきた主婦が、カラスに怖じ気づいてゴミ置き場に近寄れない。そんな様子だった。


 助けに入ろうとやや早足になって階段を下りる大成の下を、どどどっと大きな足音を立てて、一人の男が駆け抜けていった。


「藤田さん、大丈夫ですか!?」


 ゴミ置き場に駆けつけた男は、ゴミの片付け用に傍に引っかけてあった小さな箒を手に取ると、ぶんっとそれを振り回した。箒はカラスの目前を空振りしたが、その勢いに怯んだ様子のカラスは、そのまま飛び立っていった。


「ああ、ありがとう、沢野さん。助かったわ」

「いえいえ。お互い様です。……あれ、見ない顔ですね。おはようございます」


 沢野と呼ばれた男の方が、階段を下りる大成に気がついた。そこから、三人で自己紹介が始まった。


 体つきのがっしりした三十代半ばの彼は、沢野太郎と名乗った。一〇四号室に一人暮らしをしているという。一方の主婦の方は、藤田さとこ、と名乗った。


「主人と小学生の子供二人と、四人で一〇五号室に住んでいるんです。やんちゃ盛りの男の子二人だから、ご迷惑おかけするかも知れませんけれど。なにか変なことするようだったら遠慮なく言ってくださいね。よろしくお願いします」


 流れるような挨拶に、大成は、大丈夫ですよと穏やかな気持ちで笑って応えた。


 そうして、アルバイトに行くために二人と別れ、駅へ向かって歩く最中で、ようやく疑問を覚えたのだった。


 大成がひとりで暮らすにも手狭に感じることがある1DKの賃貸物件だ。

 家族四人で、どうやって暮らしているのだろうか。

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