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4 お隣の桐島さん

 大成を見下ろす女子高生は、白い歯を見せて明るく笑った。


「私、二〇二の桐島葉月っていいます。お兄さん、二〇一に引っ越してきた人ですよねえ? 朱莉ちゃんから聞きました!」


 誰だ、朱莉ちゃんって。


 大成が心中の疑問を問いとして発する前に、桐島は明るく弾んだ声で続ける。


「ずっと隣が空いてたから、ちょっと寂しかったんですよねえ。お兄さんが入ってくれて嬉しいです! 仲良くしましょうね! ちなみに私、一応ひとり暮らしなんですけど、幼馴染みが部屋に出入りしてるんで、ほとんど二人暮らしみたいな感じです。あと、実家も近いんでよく帰っちゃって、いないことも多いんですけど」


 桐島は訊かれもしないことを楽しそうにまくし立てた。大成が言葉を挟む余地もない。


 背丈が高く、体の線に沿ったセーラー服を着こなす彼女は、見た目だけなら大人の女性にも負けない色気を持っている。しかし、中身は箸が転んでもおかしい年頃ということなのだろう。甲高い声が少し落ち着いたところで、大成はようやく頭を下げた。


「ええと、その。よろしくお願いします」


「よろしくです! そのうち私の同居人も紹介しますねえ。あ、同居人って、さっき言った幼馴染みのことですから! 本当は同居してないことになってるんで、同居って言うと大家さんに怒られるんです。内緒にしてくださいね。それじゃあ、私急ぐので! また!」


 どこで息継ぎをしているのかが不思議なほどの早口でおしゃべりを終えた彼女は、大成の横をすり抜け、流れるように階段を下っていった。駅の方角へ道路を駆けていく。


 嘘を見抜く大家に立て板に水の女子高生。朝の人付き合いだけで一日分の気力を使い果たした気分になりながら、大成は自分の部屋の扉を開ける。


 大成もそろそろ外出の仕度をしなければならない。朝から疲れてしまったので気分は乗らないが、今日のうちに、ここで暮らしていくための働き口を見つけるつもりだった。




 夕方になって銀嶺荘に帰り着いた大成は、建物手前の駐車場に見覚えのある三人を見つけた。知らない顔を含めると四人がたむろしている。


「あ、大成さあん! お帰りなさあい!」


 長い腕を元気よく振るのは、桐島だった。今朝が初対面だったというのに、人見知りというものを知らないらしい。


 大成は手を挙げて桐島に応えながら、山田や笹原に会釈する。


 もう一人、知らない顔は桐島と同年代に見える男だった。端整で中性的な顔立ち。十代半ば特有の幼さを残した目元が、その魅力を引き立てている。


 仏頂面で口を開かない彼の代わりに、横に立った桐島が満面の笑みを浮かべて、大成に対し胸を張った。


「紹介しますね。私の幼馴染みで、由一っていいます! ええと、一緒に住んでいるわけじゃないんだけど、ほとんどうちにいるんで、よろしくです!」


 幼馴染みって、男だったのか。


 由一と呼ばれた男は、ころころとよく笑う桐島とは対照的に無表情だった。大成を一瞥すると「よろしく」と呟く。


「ちょっと由一、愛想よくしなさいよお」


「よろしく」


 言葉も表情も変わらない。ただ、握手を求めるように大成に右手が差し伸べられた。


 ここは年長者としての余裕を示さなければ。使命にかられた大成は彼の手を握り返すと、できるだけ和やかな笑顔をつくって「よろしく」と返す。


 すると由一はなにに驚いたのか、仏頂面を改めて目をまん丸に見開いた。


「……生まれてこの方、初めて会ったよ、あんたみたいな奴」


 どういう奴のことだろう。無愛想な少年に握手を返す大人のことか。めげずに笑顔を浮かべる男のことか。


 それとも、と問う間もなく、由一は手を解いて隣に立つ桐島に腕を絡めた。


「心配ないとは思うけど、一応言っておく。葉月は俺のものだから、手ぇ出したら殺すよ」


 そのままその腕を引っ張って、由一は銀嶺荘の階段を上っていった。桐島はびっくりした顔をしながらも抵抗することなく、なされるがままに由一について行く。「朱莉ちゃん、またねー!」という彼女の甲高い声に、笹原が手を振った。


 朱莉ちゃんって、笹原さんの下の名前か。


「ラブラブですよね、葉月ちゃんと由一くん。いいなあ」


 慣れた光景なのだろうか、笹原は動揺することもなく、うっとりと目を細めていた。隣で山田もうんうんと頷いている。


「ところでこれ、なんの集まりだったんですか?」


 自分がきっかけで話の輪を乱してしまったのなら申し訳ないと、大成はやや控えめに尋ねた。大丈夫ですよ、と笹原が穏やかに微笑む。


 偶然帰りが一緒になった笹原と桐島で話していたところに山田が合流しただけで、ただの世間話だったようだ。大成は安堵するとともに、始終ものごし柔らかく応じる笹原の落ち着きに、好感を覚えていた。


(二人の様子を羨ましがるってことは、恋人はいないのかな……)


 ふと生まれ出た自身の考えを、大成は慌てて否定する。たとえ恋人がいなかったとしても、大成が想いを寄せてよいわけがない。

 ましてや、相思の間柄になることなど。


 懐かしい場所に住み始めたことで、おかしな気持ちを思い出すのかもしれない。


(……この街は、できるだけ早くに出て行こう)


 弱った自分を励ますように、大成は心中で呟いた。


 どのみち同じところに三年以上は留まらないのが近頃の大成の常だった。今度も同じか、もっと早くに出ていけるよう、さっさと目的を達成してしまおう。


 決意を新たに笹原や山田に別れを告げて、大成は自分の部屋へと帰った。

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