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2 入居

 久々に降り立った駅の変貌ぶりに、大成は目をぱちぱちと瞬いた。


(えーっと、高架ではなかったはずなんだけど)


 以前のこの駅では、電車が地面と同じ高さを走っており、駅の西と東とを行き来するには地下を潜らなければならなかった。


 それが今や、電車は頭上十数メートルの高架を走り、地上は歩行者の行き交う自由通路となっている。東西の高低差を埋めるために十数段の階段はあるが、階段の隣にエスカレーターとエレベーターが設置されていた。バリアフリーの意識が広まった結果だろう。ユニバーサルデザインというのだろうか。これまで田舎の寂れた無人駅の近くに住んでいた大成にとって、見慣れない光景だ。


 大成はぼんやりとした心持ちのまま、改札を出て左、東口へと進む。


 そこで再び周囲の変わりように驚愕し、思わず足を止めた。彼の知っている駅前は、猫の額ほどの広さのロータリーにタクシーの一台でも停まっていれば良い方といった、まさしく田舎の駅前だった。


 今そこには、タクシーが列をなして客を待ち、路線バスが何台も発着する大きなロータリーが完成していた。ロータリーの向こうには、真新しく大きなショッピングセンターが、どんと構えている。古びた住宅街は、どこへ消えたのか。


(……いや、大丈夫。電話は通じたんだから)


 目的とする建物が今もあるのか不安を抱えた大成は、強いて自分を励ました。数日前に電話が通じたのだ。存在がなくなっているはずはない。


 気を強く持ってロータリーを見回し、大成は目的の建物を見つけた。高架になった線路に寄り添うように建つ、茶色く古びた八階建てのビル。周囲の真新しさから浮き立って見えるそのビルだけは、大成の記憶と合致した。


 目的の建物を見つけた安堵で、大成はやや早足にビルへ向かう。


 昔ながらの雑居ビルらしい、小さなエレベーター。五階で降りて、目の前の「あづま不動産」と書かれたガラス戸を押し開けた。


「すみません。お電話した、大成と申しますが……」


 改装したらしい店内は駅前の様子に見合うほど真新しく、大成はまた自信が萎むのを感じる。果たして自分の目的は、達成されるのだろうか。


「ああ、はいはい。待ってたよ。入って入って」


 中年太りの男がカウンターの奥から出てきて、大成を招き入れた。初対面のはずだがどことなく親しげで、その距離感には親近感が持てる。


 大成は緊張が緩むのを感じながら、促されるままに応接セットの揃った小部屋に入った。社長を名乗った男は大成に、紙コップで緑茶を差し出す。


「電話の声が落ち着いていたから、もうちょっと歳いってるかと思ってたよ。もしかして学生さん?」


「いえ。これでも一応、社会人です。フリーターですけど」


 出されたお茶で喉を潤しながら、大成は相手の言葉を慣れた台詞で受け流す。大学生に見間違われることの多い大成にとって、なんということのない会話だ。


「それで、お願いしていた件はどうですか?」


「うーん。流石に厳しいね。いろいろ探してはみたけど、条件に合うのはなかなか」


「やっぱり保証人なしのフリーターって難しいですかね」


「いや、それよりも。この辺りは都心が近いから、家賃がね」


 大成があづま不動産に依頼していたのは、なにも特別なことではない。単純にこれから住むアパートの候補を探してもらっていただけだ。


 ただ、大成には保証人になってくれるような身内がいない。家賃も、コンビニのアルバイト程度の仕事しか予定していないため、あまり高くては住めないのだ。


 地元に密着した昔ながらの不動産屋なら、そういう面倒な条件を提示してもなんとか住める物件を探し出してくれるのではないか。そんな期待をもとに、以前見かけた看板の電話番号に連絡を入れたのだった。


 どうしようかと、大成は唸る。普段なら家賃の安いほかの地域で探し直すところだが、今回はこの地域に住む理由があるのだ。


 悩んで黙り込んだ大成の様子を眺めていた社長は、勿体ぶった間を置いてから、口を開いた。


「まあ、それほど住みたいのなら。……ひとつだけあるんだ。ちょっと変わったとこだけど、ここでよければ紹介できる。というより、ここがダメなら諦めるしかないな」


 やや躊躇いがちに社長がテーブルの上に置いたのは、およそ現代の賃貸物件の紹介とは思えない、手書きで作られた一枚のチラシだった。


・築五十年の木造アパートですが、改装を繰り返しているため綺麗です。

・誠実で嘘をつかない人であれば誰でもご入居いただけます。

・敷金礼金、家賃ご相談に応じます。

・嘘はつかないでください。


 並んで描かれた下手な間取り図によれば、部屋のつくりは1DK。トイレと風呂がそれぞれついていて、一人暮らしには最適と言える。


 しかし、なんとも胡散臭い。


 なぜ手書きなのか?

 なぜ嘘をつくなと二回書いた?


 大成の頭の中をぐるぐると疑問が巡る。それを承知しているように、社長はしばらく無言のまま大成の反応を見守っていた。やがて、もう頃合いだと考えたのだろう。社長がおもむろに口を開く。


「どうする? 見に行くなら、大家さんに連絡とるけど」


 急かす言葉に、大成は目を閉じて更に五秒ほど考えた。


 ええい、ままよ。


 どうせこれ以外に選択肢はないのだという事実が、大成の決断を後押しした。

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