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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第七話『戦いを終えて』

第七話『戦いを終えて』


 村の中央に簡素ながらも机を並べ、そしてそれと同じくらいの数木の板だけのベッドを並べる。

 ある分だけの食事を、比較的傷が浅い人達が用意し皆が食事を摂る。

 中には酒を嗜みながら「傷にしみる」と叫んでいる…ラッシュさんがいる。

 私はウェンさんの隣に座り、私の上に座るマリアちゃんに介護してもらいながら、食事を摂る。

「本当に助かったありがとう」

 とウェンさんが冒険者の女性…女騎士さんにお礼を言う。

 女騎士さんは気にしていないといった雰囲気で。

「いや、正直驚いている。いくらこちらも10体程の相手していたとは言えな。着いた時に片付いているとは思わなかったよ。それにこの数…50を超えているだろう」

 女騎士さんはそう言った後に、「さっきの質問に答えておこう」と切り出した。

 さっきの質問と言われても分からなかった。

「君達が逃がした商人が私達を見つけて、依頼してきたんだ。村人達が危ない。助けてやってくれ、と」

 その言葉に胸が熱くなった。この騒動の原因ともなったあの商人風の男は、女性達がこちらに向かった後もこの村を助けたいと思っていてくれたのだ、と。

 あの人はあの人なりに責任を取ってくれたん。そう思える。

 女騎士さんは少年少女達に視線を送り、

「実地演習中でな。本来はこんな形では受けられない上に、生徒のいる手前だ。断るのが正しいのだが、緊急事態なら仕方ないと思ってね」

 女騎士さんは言い終わった後に、ロイ君が何かの野菜を隣に座るエンファちゃんのお皿に入れようとしているのを見つけ拳骨を落としていた。

「お恥ずかしい限りだ!」と女騎士さんは顔を赤くする。

 ウェンさんは軽やかに笑って見せ、

「皆、一応確認だけど、金はどれくらいある?」

 と村の皆に声を掛けた。

「かき集めたが、俺は銀貨10枚程だ。あと大銅貨が数枚」

 とダンカンさんが机の上に自分の者であろう小さな袋を置いた。

「かき集めたけど俺、銅貨2枚しかない」とこれはラッシュさん。

 二人はその後、

「それ、かき集める必要があったのか?」

「なんだとー!今度酒でも買おうと貯金してたのに!」

 と喧嘩を始めた。

 どれくらいの価値があるのか分からないけれど、取り合えず少ないのはよく分かった。

「いや、せめて大銅貨ならなぁ」

 とウェンさんも呆れていた。

 ほかの村の住人も持っている金額を宣言していくが、女騎士さんは首を振り。

「ははは、不当な要求をするつもりはない。私達はこの村から依頼を受けていないからな」

 そう言ってから、懐から小さな袋を取り出し中を開いて見せた。

 中には数十枚の銀貨が入っているのが分かる。

「それに依頼料はすでにその商人から貰っているから安心してくれ。これは冒険者ギルド『青き風』副長の名において、エアリス様に誓おう」

 その言葉に村の人達は大きく沸き上がった。

 ただ…と女騎士さんは少し残念そうな声色で話始めた。それに、思わず周りが息を呑む。

「君達の勇猛な戦い振りを見損ねたのが悔しいな」

 その一言でさらに周りが沸き上がる。

 お爺さんは「儂の鍬でゴブリンなんて一撃じゃった」と声を張り上げ、若者の男性も「俺の爺さんの形見の剣で」と折れた剣を片手に話し始める。

 各々好き勝手に話し始め、ラッシュさんが鼻の下を伸ばしながら女騎士さんの元へとすり寄ってくる。

「えへへ…だってさ。俺恰好いいって。お姉さん綺麗だし俺と今晩一緒に…」

「黙れバカが」

 ダンカンさんの拳骨がラッシュさんに落ちる。

「いてー!ダンカン!俺けが人!」

馬鹿ラッシュはそのまま死んでおけば静かになったのにな」

「ひでーよ!そうなったらどうせ泣きべそかくくせに!」

「その減らず口縫い合わすぞ!」

 女騎士さんのすぐ横でまたもや喧嘩を始めてしまった。

 女騎士さんは気にしていない様子だったが、そんな二人に近づく一人の女性。

「あんたら~…」

 手を鳴らしながらカミラさんが二人の前に立つ。

「あ…カミラさん!違う、こ、これはダンカンが…」

「カミラさん…これは!」

「粛清!」

 カミラさんの拳骨が二人を襲う。

 これには思わず女騎士さんもクスリと笑っていた。

 なんであの二人はいつも漫才しているような状態なんだろう?

 その分、私も元気が貰えるんだけど。

 カミラさんはラッシュさんとダンカンさんを静かにした後、

「にしてもウェン。家を焼いちまうバカがどこにいるんだい?」

 ウェンさんに呆れるように言ってから、思い出が詰まっていたであろう焼け落ちた家に視線を送る。

 ウェンさんは小さく笑い、

「はは。バカ亭主だろ?」

「調子に乗るな」

とまたもやカミラさんの拳骨が今度はウェンさんに落とされた。

 三人に拳骨をしたカミラさんは「まったくこの三バカは」と呆れる。

「ちょ、まてよ!カミラさん!」とラッシュさん。

「おい、こんなのと一緒にするな!」とダンカンさん。

「俺も?え、いやだな…」とウェンさん。

「まだいるかい?」とカミラさんが笑顔で手を鳴らす。

「「「カミラ姉さんは今日も美しいです!」」」と三人の声が重なった。

 本当に仲がいい。思わず女騎士さんも一緒に笑ってしまった。

「ははは。戦いの後だというのに元気なのだな!」

 女騎士さんが満足そうに笑う。

「そうだよね、私達やったよね!」

 私にそう言ってきたのは、長い髪の女性だ。身長は私と一緒くらい。童顔で整った顔をしている。

 思い出せるのは…さっきの戦いでスコップを振り回していた女性だ。

「えっと…スコップの人?」と言葉に詰まってしまう。

 まだ、全員の顔を覚えれていない。

 多分、この人とは初めて話すと思う。

「私、フロリアン・セルナ!フローリアって呼んで!」

「あ、うん…フローリアさんにも助けて貰っちゃったね」と私も戸惑いながら返す。

 自己紹介をしてくれたってことは、やっぱり初めて話す相手だよね。

 フローリアさんはぎゅっと目を閉じると、

「カホちゃんともっと早く話したかったんだけど、冒険者ってちょっと怖くて…!」

 そう思われていたんだ、と少しだけ納得できた。

 そりゃそうよね。小汚い恰好で現れて、いつも傷だらけか、血まみれだったから。

 怖いと思うのも無理ない。

「…でも、カホちゃんが戦っているのを見たら、私も頑張ろうって思えたの!」

 フローリアさんが真剣な表情で見つめてくる。

「だから…助けてくれてありがとう!」

 思えばあの時、私が助けに入った時、ゴブリンに襲われながらも慣れない戦いをしていた。おまけに私を守ろうと前に出てくれたんだ。

 そうだ、私もこの人に助けて貰ったんだ。

 小さく震える手。きっとフローリアさんはまだ私のことを怖いんだろう。というか冒険者が怖いんだろうな、と思い、その手を勇気付けるように握る。

「ありがとう。フローリアさん。皆の力で、私達…勝ったよ」

 精一杯の感謝を笑顔と共に告げる。

 フローリアさんは…言葉を失っていた。

「~っ、はぅ!」

 …そして、失神した。

 盛大にすっころび、地面に頭から落ちた。

「フローリアさん!?」

 そんなに怖かったの。我慢させてごめんね…。

 気絶したフローリアさんはそのままダンカンさんが近くに並べていたベッドに横にさせてくれた。

 肩がこんな状態じゃなければ、ちゃんと責任取って運んであげれたけど、本当にごめんね。

 ふと、満足そうに頷く女騎士さんと目が合った。私の方を見ている。

「それにしても驚いた。腕のいい冒険者がいたのだな」

 思わず師匠が来ているのかと思い、私もつられて視線の先を見る。

 だけど、冒険者らしき人はいない。

「君だよ」と言われてようやく私のことだと分かった。

 腕がいい、と言われて首を傾げたくなる。

 少なくとも私はまだまだ駆け出し以下だと思う。

 女騎士さんは何処からか一枚の布を取りだしこちらに見せてきた。

 それはあのゴブリンの被っていた赤い頭巾だった。

「私達の本来の目的はあのレッドフードだったが、今回の手柄は君のものだ。これから是非王都へと…」

 と言いかけたところで、私の左腕を包帯で固定しているのが目に入ったようだ。

「む?まだ肩が治っていないのか?」

 不思議そうに見つめてくる。

 あのゴブリンに勝つためとは言え、自分で脱臼させたから何とも言えない。

「ごめんなさいぃ~…私まだ半人前で…初級の奇跡はもう出来ると思ったのに…」

 泣きべそをかきながらエンファちゃんが私に抱き着いてくる。ついでに左腕…つまり脱臼している方に。

 痛みで気絶しそうになる。そんなエンファちゃんをフォローするようにロイ君が立ち上がり、

「大丈夫だよ!僕の傷は治ってるから、ちゃんと上手くいってるよ!安心していいよエンファ!」

 大声が傷に響く。

「ロイ、少し静かにしろ!」

「はい!先生!」

 女騎士さんに諫められ、ロイ君は気を付けの状態になる。

 その微笑ましい光景に痛みが和らぐ。

 それからロイ君はというとマリアちゃんと目が合うと、「僕は冒険者見習いのロイ・イスランドよろしく」と唐突に握手を求めていた。

「マリアです」とマリアちゃんもそれには応えていたものの、ロイ君の顔が赤くなったのを見ると首を傾げていた。

 確かにマリアちゃんは可愛いから、照れるのも仕方ないけど他にも女の子がいるのに大丈夫かな、と心配になる。

 女騎士さんもそれを見てかため息をつき、隣に座るヴィーニャちゃんの頭を軽く叩く。

「ヴィーニャを見習え。こうやって静かに待つことも必要なんだぞ。お前達は戦闘が出来ても礼儀が…」

 頭を叩いた拍子でヴィーニャちゃんの帽子が落ちる。その目は完全に閉じられ、寝息を立てていた。

「…ふぁ?」

 目が覚めたのか辺りを見渡し、目の前に出されていた食事に手を出し始めた。

「ほほぅ、居眠りか?私の隣で寝るとはいい度胸だ。」

「ぴぃ…!」

 女騎士さんに頭を鷲掴みにされ、さすがのマイペースのヴィーニャちゃんもその表情を歪めた。

「うううぅ…」と泣きじゃくるエンファちゃんに、女騎士さんは困った表情をし、

「エンファもそろそろ泣き止んでくれ」

 と中々手を焼いているようだ。

 三人を元の位置に座らせ、女騎士さんはやれやれと肩を落とし、

「すまないな。まだ三人とも研修中なんだ。お恥ずかしい限りだ。」

 その言葉は村の住人達に笑顔をくれた。

「あんた達のおかげで助かった」と口々に女騎士さん達にお礼を言い、食事は進んでいった。

 私もマリアちゃんにご飯を食べさせて貰いながら、女騎士さんに頭を下げる。

「本当にありがとうございました」と私の言葉を聞いた女騎士さんは、照れたようにその顔を掻き。

「いや、私も驚いているよ」と。

 それがどういう意味なのかは分からなかったけど、少なくとも嫌悪感は抱かれていないことはよく分かった。



 食事が終わった後、女騎士さんはロイ君達を連れ、

「さて、そろそろお暇するよ」

と唐突な分かれを切り出した。

「せめて休んで行って下さい」とウェンさんが引き留めたものの、女騎士さんは首を振り、

「君達は今から村の復興をするのだろう?私たちに気を遣わせる訳にはいかんよ」

と丁寧に断ってから、

「それに…帰るまでが訓練だ。多少戦闘をしたからといって余分な休憩をとっていると怠けるからな!」

 その言葉からは普段の厳しさが見て取れた。

「整列!」女騎士さんのその言葉に三人が並ぶ。佇まいや行動を見ているだけどいかに訓練をしているかよく分かる。

 女騎士さんは見送りに来た私の肩を見つめ、

「本来ならこのままアルトヘイムへと来ていただきたいのだが、その傷では仕方ない。代理で私が報酬を受け取っておいて、後日送らせて貰おう」

「あはは。じゃあ、シノの村宛てで」

と返すと、女騎士さんは少し驚いた顔をした。

 そして自分の胸に手を置きしっかりと私の目を見つめてくる。澄んだ青い瞳に思わず見入ってしまう。綺麗な目と思ったところで慌てて視線を逸らす。

 女騎士さんはクスクスと笑い、

「心得た。エアリス様に懸けて約束を守ると誓おう」

 この人がその誓いを口にすると私のような薄っぺらさが全くない。

 信念から誓ってくれているようで何とも恥ずかしい限りだ。

「それにしても、50以上…いやもっとか。周辺の貴族ではこうもいかなかっただろうな」

 言い終わった後に女騎士さんは一つ咳払いをし、手を差し出してきた。

 ウェンさんにじゃないのかな?と思い、戸惑ってしまう。

「本来ならフリーの冒険者と馴れ合うことはことはないが、君のような勇敢な心を持つ者もいるのだな。己の見識の狭さを痛感したよ」

 知らない事を嫌いとは言えない、と言ったのは私だ。

 でも、知らないからこそ、その偏見を乗り越えた後に、本当のことを見てくれるのは何だか嬉しい。

 手を握り返すと、女騎士さんは頷いて見せた。

「その勇気とそして何よりも、この村を守ってくれたことに感謝したい。そして、フリーの冒険者だからと君に言われなき嫌悪感を抱いていたことを許してくれ」

 その言葉に隣に立つウェンさんに、

「フリーの冒険者って嫌われているの?」と尋ねると、ウェンさんは少し考えた様子をみせ、

「うん。まぁ、アランさんを煮詰めた感じだからね」

「あ、ヤバいね」

 師匠を煮詰めた感じ、その一言だけで分かった。

 あんな傍若無人をさらに煮詰めたら盗賊か山賊だろう。もしかしてフリーの冒険者って犯罪者集団なのかな?

「はは!知らなかったのか。純粋なのだな!」

 女騎士さんは声に出して笑い、その後、自分の胸に手を置き。

「私は『青き風』の副長、リリアだ。よければ君の名前を教えてくれないか?」

 尋ねられ、いつものように返そうとし口を開く。

「私は…」

 言いかけたところで言葉を呑んでしまう。

 言いたいことがある。伝えたいことがある。もう、曖昧な答えはやめた。

 私は…決めた。

 しっかりと女騎士さん…冒険者のリリアさんの目を見返し、宣言する。

「冒険者見習いのカホです!」

 私の宣言にリリアさんは大きく頷いてみせた。「よい返事だ」と。

「カホさん…」とウェンさんがつぶやく声が聞こえた。何か悲しそうな声色だ。

「カホ殿。その赤い髪のような君の熱き心を忘れない。また会おう!」

 リリアさんはそういうとその身を翻し手を上げる。

 私はその背中に手を振り、

「リリアさんもお元気で!えーと、エアリス様の加護があらんことを!」

「ああ!カホ殿にもエアリス様の加護があらんことを!そして武運長久を祈る!」

 別れの言葉を終え、リリアさんは三人の若い冒険者を連れて村を去っていく。

 その姿は師匠とは違うけれど、大きく見えた。憧れに近いのかもしれない。

 ここにも強くて、優しい人達がいる。

 こんな人たちがこの世界を作っているんだ。見てみたい。この世界を。

 そして好きになりたい。今の私を取り巻く世界を。私のいた…あの世界のように。

 だから…ごめん。私、決めたよ。ここにはいつまでも居たいと思ってるだけど、見てみたい。この世界を。

 冒険者として旅に出る。だから、ごめんね。マリアちゃん―


「カホお姉ちゃん…」

 マリアちゃんの小さな声がした。





 シノの村。ゴブリンの襲撃から1週間が経った。

 そんな中、私はまだ病床の身、という扱いだった。

 マリアちゃんの家で介護状態でひたすら寝転がるだけの毎日。

 本当のことを言うと、熱心なマリアちゃんの看病の甲斐もあって、2日程前から完治といっても差し支えない状態だった。

 体が鈍ってもいけないので、マリアちゃんの目を盗んで素振りをしていると、血相を変えて走ってきたマリアちゃんに烈火の如く怒られたり、戦利品としてゴブリンの遺体から貰った手袋や具足を自分用に調整していると、「病気になる!」と怒られた。

 こっちの世界のことを知らなさすぎるから言い返せない。確かに、ゴブリンは何か病気を持ってそうではある。

 そろそろ旅に出よう―とは思っているのに、事あるごとにマリアちゃんに阻まれる。

 まだ、旅に出る話をしていないのに感付いているのかもしれない。

 仕方ない。ここは強引に―と割り切り、起き上がる。

 体に不調はない。強いていえば、自業自得とは言え自分で脱臼させた肩がまだ少し痛む。

 それにしても、嫁入り前の体が切り傷だらけだ。元から諦めてはいるけれど、貰い手はなさそう。この性格も問題あるし。

 体をほぐすように柔軟をしてから、軽く背伸びをする。脱臼をして痛めた肩も大分自然に動いてくれる。

「もう傷も治った。これで…」

「あー!まだ安静にしてなきゃダメだよ!」

 不意の大声に体を震わせてしまう。振り返るとマリアちゃんが怒った様子でこちらを見ていた。まるで悪事をお母さんに見られた時みたいだ。

 言われるまま、布団に戻ろうか、と思ったものの手を握り込み、決意を固める。

「もう大丈夫。ほら!」

 言って見せてから、左腕を回してみる。因みに、脱臼はマシにはなったけど治ってはいない。痛みで涙が出そう。なんで私は自分の弱点を振り回すようなことをしたのだろう。

 バカなのかな?いいや、バカだった。

「うー…」と不服そうにマリアちゃんは頬を膨らませていたが、すぐにその表情を明るくした。

「じゃあ、カホお姉ちゃん。明日山に遊びに…」

「ごめんねマリアちゃん。その前に話があるの」

 マリアちゃんの言いかけた言葉を遮る。真っすぐにマリアちゃんの瞳を見つめたが、マリアちゃんは俯き「…やだ」と呟いた。

「マリアちゃん…」

 再度名前を呼ぶと、マリアちゃんは首を大きく横に振り、

「やだ!聞きたくない!」

 我が儘をいうように、年頃の少女のように大きく声を荒げ、私の言葉を聞こうとしない。

 私はつい忘れそうになる。

 マリアちゃんはまだ10歳にも満たない子供であることを。

 5年前の惨劇の時には最愛の母親を喪い、今度は姉と慕っている私までいなくなる。そんなことがこの年の子に耐えられる訳がない。

 それでも、私は―

「ごめん」と謝り、

「私、旅に出るよ」

 決心した答えを出す。

 マリアちゃんは頭を押さえ、うずくまるように座り込み、

「やだ…だって、カホお姉ちゃん…一緒にいてくれるって…」

 嗚咽と共に、まだ迷っていた時の私がしてしまったこの子に対して軽はずみにするべきではない約束を口にした。

 そうだ、私は約束を破った。

 一緒にいてあげるって―

 そっとその小さな肩を抱き、頭を撫でる。

「ごめんね。約束してたのにね」

 マリアちゃんの約束破る程の理由はない。これは私の我が儘で身勝手だ。

 だけど、それでも私は―

「…見てみたいんだ。世界を。好きになれそうなんだ…この世界も」

 私の言葉に一瞬マリアちゃんの肩の震えが消えた。

 そして、私の腕を振りほどき立ち上がると共に

「ばか!嫌い、嫌い!カホお姉ちゃんの嘘つき!一緒に…一緒にいて…くれるって…。…もう、だいっきらい!」

 涙を流し、必死に言葉を紡ぎ、感情を爆発させマリアちゃんが走り去っていった。

 その背中に思わず名前を呼ぶが、もう応えてくれない。

 背中を見送るしか出来ず、罪悪感で心が痛んだ。

 私はバカだ。後先考えないで、あの子がどれ程望んでいたかを考えずに答えてしまった。

 そして、あの子にとって、最も傷つけてはならない部分を傷つけた。

「ごめんね…マリアちゃん」

 言葉と共に涙が溢れてくる。

「決めてしまったか」

 不意に聞こえた声。ウェンさんがマリアちゃんの家の壁を背にしている。

 ウェンさんは寂しそうではあるけれど笑顔を浮かべていた。

「うん…」と私が頷いて返すと、ウェンさんは手ぬぐいで私の涙を拭いてくれた。

 涙はそれでも止まらなかったけど、ウェンさんは私の頭に手を置き、

「マリアちゃんのことは任せてくれ。大丈夫だよ。あの子は強いから」

 私を元気づけるように言い、少し呆れるようにため息を吐いた。

 それがこんな選択をした私を嘲る為でないのは分かってしまう。

「本当は君には残ってもらって、マリアちゃんといつまで一緒にいてあげて欲しかった」

「ごめんなさい」と謝るしか出来なかった。

 私が来るまでのマリアちゃんのことは知らない。お母さんと別れた日から、どんな毎日を過ごしていたのかも。

 ウェンさんは小さく笑い、

「謝るのは俺だよ」

 ウェンさんは私に背中を見せ、思いふけるように上を向いた。

「君が残ると勝手に決めつけ。俺達では埋められないものを君に押し付けようとしていた」

 マリアちゃんがどんな思いをしてきたのか、それを一番近くで見てきたのはウェンさんのはずだ。元気づけてあげたいからこそ、私を迎えようとしてくれたのだろうか?

「だが、それは間違いだった。マリアちゃんが乗り越えられないなんて誰が決めた。俺達にそれが出来ないなんて誰が決めた…」

 ウェンさんは俯きながら、息を吐く。不意に見えた横顔が悲しそうに見えた。

「他でもない全部俺自身さ」

 言い終わったウェンさんは片手を振って見せ、

「今度こそ、信じて貫きとおすよ。君の勇気のように」

 彼の言い残した言葉を咀嚼する。

 ウェンさんは打算的ではある。私に優しくしていたのもマリアちゃんを元気づけたいということだったのだろう。明らかに同じ冒険者でも師匠とは待遇が違った。

 計画的で用意周到に懐柔する。

 だけど、一人の少女を助けたいという一心から来るものだったのだろう。それは悪いことだろうか?

 ウェンさんは誰も騙していない。傷付けてもいない。ただ、そうなってくれることを願い行動していただけだ。

 むしろ何も考えずに、身勝手で傷付けた私の方が…

 ドン―と肩を叩かれた。驚きと痛みですぐに反応できず振り返ると、お調子者…ラッシュさんがそこにいた。その後ろにはダンカンさんもいる。

「なんだぁ?顔が暗いぞ?」

「ラッシュ…」

 逆にこの人は何も考えていないように感じる。

 ラッシュさんは頭を掻くと、

「言いたいことは…まぁ、色々あんだけどよ…」

 照れたように頬を掻き、バツが悪そうに眼を細め、

「なんでもねぇよ!旅に出る時は後ろに気を付けな!世話になったな!」

 早口で言い残し去っていく。

 何も考えていない、というのは早速撤回しておこう。ラッシュさんはラッシュさんなりに元気付けてくれたのだろう。

「カホ。寂しくなるな」

 ダンカンさんが静かに口を開いた。

「ありがとう。ダンカンさん」とお礼を言ってから、仏頂面をしているダンカンさんの表情を見ていると思わず笑みがこぼれてしまう。

 そういえば…と。

「どうした?急に笑って」

「ダンカンさん、始めは怖かったけど、優しいから。ギャップかな?」

 私がダンカンさんに初めて抱いた感想は怖そうな人だった。

 口数が少なく、どちらかというと私を嫌悪しているように見えた。

 だけど、それは彼の気遣いから来ていると気づいたのには結構時間が掛かった。

 話をしないと分からないものと気づかされた。

「そうか」とダンカンさんが口の端に笑みを浮かべた。

 優しい落ち着いた笑顔だった。引き留めるような野暮はしないから、言っていいぞ、とでも言わんばかりだ。

 だから甘えさせてね…

「明日にはここを発つよ」

 私の言葉にダンカンさんは静かに頷いた。

 


―次の日の早朝

 マリアちゃんは結局口を聞いてくれず、久しぶりに気まずい食事と、睡眠だった。

 結局眠れず、朝日が昇るより前に起きて準備をした。

 剣に鎧、そして盾とゴブリンから奪った手袋と具足。

 今思うと、ゴブリンから奪ったこの品は強奪していると一緒だ。冒険者が嫌われる理由の一つかもしれない。

 魔術武具マジックウェポンの杖は…置いていくことにした。

 どういう訳か私では起動すら出来なかったので、無用の長物に違いない。それに荷物にもなる。

 そういえば、前にウェンさんに『いらないから売っていいよ』と伝えたら、

『今は復興で資金が足りないからありがたいけど、外ではもう少しマシな金銭感覚を身につけてね』と注意をされた。どうやら高価なものらしい。

 マリアちゃんは寝ている。小さな寝息をたて、その目尻には涙の痕もある。

 本当はお別れの言葉を言いたいけれど、マリアちゃんが起きて引き留められたら、決心が揺らぎそうだ。

「ばいばい…」

と聞こえないくらいの小さな声でだけ別れを告げる。

 家を出て周りを見ても誰もいない。

 ここのところ村の復興で連日働きづめで、皆の朝は少し遅い時間になっている。

 誰にも見送られることなく村を出れそうだ、とお世話になっておきながら本当に最低な考えだ。

 これも自業自得。自分の身勝手で出ていくのだから。盛大な見送りなんて望んじゃいけない。

 村の外へ出ようと南側の門の前まで行くと、「おはよう」と不意に挨拶をされた。

 振り向くとウェンさんが立っていた。

 いつもの愛用の鋤はその手になく、手ぶらだ。

「ウェンさんは仕事?」

「さすがに早すぎるだろ。見送りだよ」と彼は笑って見せる。

 どうやらお見通しだったようだ。

 その上で、私を見送りにきてくれたのだろう。

「こんな朝早くなくてもいいだろ?」

 おかげで寝不足だよ、とウェンさんは欠伸をしてみせる。

 私は何も言えずに俯く。

「マリアちゃん、お別れも言えないと寂しがるぞ」

 突き刺さる彼の言葉に、首を振って応える

「マリアちゃんに引き留められたら、決心が揺らぎそうだから」

 私の答えにウェンさんは「そうか」と静かに答えた。

「ここは…君の第二の故郷になりえなかったか?」

 シノの村…私が転生し始めて訪れたこの小さな村。

 色々あった。ゴブリンに襲われマリアちゃんと出会い。ウルフと皆で戦い。師匠と会い。ウルフとの一騎打ちで命の重さを知り。ゴブリンの大群に襲われても諦めずに戦えた。

 そして冒険者となると決めた、始まりの場所。

 ここで過ごした日々は、これから先もずっと忘れない。

「ううん。ずっといたいと思ったよ。温かくて、優しくて…ずっとここにいたいと思った。でも、見たいんだ。私、この世界を好きになりたいから」

 これは私の本音で正直な思い。だからこそ、選ぶのに時間が掛かってしまった。

 どちらも捨てがたく、どちらを選んでも後悔が残る。

 ウェンさんをしっかしと見つめると彼も何処か諦めたように頷いた。

「そうか。いつでも寄ってくれ。俺達はいつでも冒険者として君を迎えるからさ」

 本当に優しい人だ。

 帰れる場所ではなく迎える場所として私を迎え入れてくれる。

 それでも私が失ったのは第二の故郷。ここで最期を迎えることはきっとないだろう。

「うん…ありがとうウェンさん。さようなら」

 別れの言葉を言い残し、門を抜けようとする背中に、

「いってらっしゃいカホさん」と何も望まなかった私には嬉しすぎる言葉がかけられ…

「カホお姉ちゃん!」

 突然の呼びかけに足を止めてしまう。

 振り向いてはいけないとは思っても、やっぱり振り向いてしまう。

 だって…ずっと心残りだったから。

 あの子を一人残していくこと。あの子と仲直り出来なかったこと。あの子に謝りたかったこと。全部ひっくるめて、私は立ち向かう勇気がなくて逃げ出していた。

 振り返った先にはカミラさんに連れられた、金糸のような髪を持つ少女が、涙ぐみながら私を見つめていた。

「マリアちゃん…」

 どうして…と言葉が続かなかった。

 言わなきゃいけないことがある。沢山謝らないといけないことがある。それに…

 マリアちゃんは私の元へと走ってくると、手に抱えた何かを差し出してきた。

「これ!」

 そういって、私に差し出してきたのは青い水が入った小瓶だった。

「ポーション…」

 完成したんだ。私が寝たきり生活をしている間も、マリアちゃんはタネを変え品を変えては研究していた。

 これが、完成しているかどうかは私には分からない。でも、失敗したものを師匠に渡した時よりもずっと、自身に満ち溢れた顔をしている。

 そう思うと涙が出てきた。本当に踏み出したんだと。

「マリアちゃん…」

 言わなきゃいけない…だって…

「…また来てね。また会おうね…絶対だよ!」

 マリアちゃんが声を張り上げる。

 本当に強いな。敵わないよ。

 だって、私はそれを言いたかったんだ。

 涙を拭っても、拭っても涙は尽きなかった。きっと、情けないお姉ちゃんはきっと泣き腫らした顔をしている。

 マリアちゃんを抱き留め、

「うん。絶対来るよ。約束する」

 強い決意と共に約束し、私を送り出そうと決めてくれたマリアちゃんの意思を受け取る。

 少しの間、マリアちゃんを抱きしめ、ゆっくりと離す。

 マリアちゃんは涙を流しながらも、強い口調で私を指さし。

「もうこの約束破ったら、一生口聞いてあげないからね!」

「うん約束する…」

 私は言葉と共にその小さな頭を撫でる。

「絶対…この世界を好きになってね…私も…カホお姉ちゃんが…」

「うん。うん…。私も大好きだよ。マリアちゃん…」

 マリアちゃんに伝えたいことは全部言えた。

 結局自分一人の力じゃ言えなかった。

 話したいことはまだ一杯あるけど、それはきっとまた次の機会がある。

 二人して涙を拭い、不格好ながらも笑顔で見つめあう。

 言葉はいらない。私はこの村を出る前に本当にしたかった『仲直り』が出来たから。

「バカ亭主は頭が回らないわね」

「カミラ…お前がマリアちゃんを?」

 カミラさんがウェンさんと話している。

「カホさんがマリアちゃんのことを思って、心を痛めて決めたのに…」

 ウェンさんはあくまでも私のことを思ってくれていたようだ。

 私とマリアちゃんの間に入るべきではない、とそう思っていてくれたのかもしれない。

 そんなウェンさんにカミラさんはため息をつく。

「バカねぇ、女心が分かってない。あたし達女はそんなことじゃへこたれないのさ。」

 一度言葉を切り、カミラさんは私とマリアちゃんを交互に見た。

「それに旅の見送りだよ。お別れも言えなかった方が辛いっての」

 カミラさんの一言にウェンさんは少し照れたような表情で「そっか…悪い」と謝っていた。

「隠れてないで出てきたらどうだい?ダンカン、ラッシュ!あと…フローリア?」

 物陰に声を上げたと思うと、よく見知った顔が覗いた。

「ばれてた?」とラッシュさん。

「カミラには頭があがらんな」とダンカンさん。

 そして二人して口を揃え、

「ウェンより強いしな」

 と笑いだす。

「お前らなぁ…」と当の本人であるウェンさんは頭を抱えていた。

「カホちゃん…もっと一緒に…うぅ…」

 そして何故かいるフローリアさんは号泣している。彼女にはカミラさんも困惑している。

 立ち上がり、マリアちゃんに

「行ってくるね」

 と念を押すように言ってみた。マリアちゃんは一瞬だけ戸惑ったけど「うん」と大きく頷いた。

 そして私はようやく、シノの村の門から一歩踏み出す。

 本当に小さな一歩だけれど、これが私の冒険の始まりだ。

「行ってきなカホちゃん。この世界を好きになりたいんだろ?」

 カミラさんの大きな声―

「ああ、いってらっしゃい。カホさん」

 ウェンさんの優しい声―

「おう!また寄れよ!そんときには土産として、上手い酒とあといい女でも…」

 ラッシュさんの元気付ける声―

「いてぇ!」

 もとい、ダンカンさんとのコンビ―ネーションでの笑わせてくれる声―

「旅の土産話を待っているぞ」

 ダンカンさんの静かな声―

「待ってます!私、いつまでも!」

 フローリアさんの熱い声―…なんでいるんだろう?

 それらを背に受け、一度だけ振り返り手を振る。

 最後にマリアちゃんが大きく息を吸い、両手を口の横に当て

「いつでも帰ってきてね!カホお姉ちゃん!」

 そう声援を送ってくれた。

 嬉しかった。見送られることも。

 そして何よりも、帰ってきてね、と言ってくれたことに。

 嬉しいな。出ていく身なのに、私を帰ってきてと言ってくれる人がいる。

 だけど、私も負けないよ。精一杯の声で応える。

「行ってきます!皆にエアリス様のご加護を」

 私の張り上げた声なんて大したことない。

 少し遠くの離れた街道にも届きはしない。でも、私の本気を少しでも、ここで見送ってくれる人達には伝わったと思う。

 シノの村を背に歩き出す。

 目の前に広がる果てしない地平線の先を見つめて。

 全く先が見えないけれど、それだけこの世界はきっと大きく広い。

 これから困難な事もあるだろうけど、理不尽に押しつぶされそうになるかもしれないけれど、それだけの不安の分だけ期待がある。

 きっと、楽しいことも、嬉しいことも、この世界にも無数にあるはずだ。

 だから―たくさんの思い出(load of memories)を作ろう。

 目の前にある辛いことだけに目を向けず、私の目でしっかりと見つめよう。

 偏見では世界は語れない。

 この世界を好きになるための旅路。

 私という『カホ』の旅が今から始まるのだから―







『エンディング』


 カホがシノの村を旅立った数日後―

 古き都。そして、人類の砦―アルトヘイム。

 その小さな酒場で屈強な男たちがたむろしている中に、”熟練”の冒険者を名乗る俺ことアランがいた。

 たまたま他の街で一緒に仕事をした同じフリー稼業の冒険者がいたので声を掛けた。

 今日は割と実入りのいい仕事を終えた後なので二人で酒を呑んでいる。

 相変わらずフリーで仕事をしているが、この国ではフリーは生き辛い。

 つまるところ、この国の冒険者ギルドとは、魔王軍との戦争により各地の村や貴族領の防衛の隙間を埋める為のものだ、と理解したからだ。

 基本的にフリーが受けられるような冒険者の仕事はなく、俺のようなレベルとなると、むしろ魔王軍との戦争への傭兵稼業へと誘われる始末だ。

 誰が好き好んで戦争なんぞに首を突っ込むか、と言いたくなる。

 だが、この国に二つある冒険者ギルド『青き風』は難易度の高い仕事を受け続けられるだけの人手が足りていないらしく、今日のような仕事の出会いもある。

 その巡りあわせに感謝しての飲み会だ。

 俺とかつて仕事をした同僚は、噂話に精通しており俺にとある話をしてきた。

 なんでも50以上のゴブリンが村を襲った―と話を切り出した。

 そりゃあ全滅だな、と適当に聞き流していると、ふとその男は、

「なんでも…シノの村ってらしいぜ」

 思わず立ち上がってしまった。

 俺が前に立ち寄った村だ。それに、あの村には―と、そこまで言いかけた時にあの少年のような赤い髪の少女の姿が目に浮かんだ。

 お洒落とは縁のない、軽く伸ばしただけの髪。起伏の少ない薄っぺらな体形。男勝りでおまけに少年のような意地の悪さまで持っており、体は傷だらけ。顔も並み程度かそれ以下。

 嫁の貰い手をこっちが心配したくなるような少女だ。

「どうした?」と俺の同僚が訝しんでくる、

「シノの村に50を超えるゴブリンの大群だと…」

 俺の言葉に「おう。そうだ」と他人事のように言いながら同僚は酒を喰らう。

「―くそ!」

 立ち上がった俺は適当に荷物から金貨袋を取り出し、机に放り投げ、獲物を担ぐ。

 同僚は俺の行動に目を丸くし、

「どうしたアラン。もう終わった事だぞ?」

 なんて緊張感のない奴だ、と思わず怒りがこみあげてくる。

 そりゃあ俺達フリーの冒険者にとって村が一つなくなろうが大した痛手ではない。

 俺もそれは一緒だ。

 もしその現場にいても、魔物の大群が押し寄せてくると分かってしまえば、例え女子供がいようが関係なく逃げる。壊滅すると分かっていて残るのはバカだ。

 そんな英雄志望は犬にでも食われてしまえばいい!

 だが―あいつなら、残ってしまうかもしれない。

 英雄なんかに憧れている訳でもないのに、あいつは助けようとしてしまう。

 そう思うと余計に腹立たしくなる。なぜ、俺はあいつを連れ出してやらなかった、と。

「どうしたもこうしたもあるか!生き残りがいるかもしれないだろ!」

 あいつはそんな理不尽に殺されちゃいけないんだ。まだ、世界を知らないのに。

 あいつに見せたい景色があるんだ!

「話はまだ終わってねぇぞ」

 と俺の同僚が俺の腕を掴んできた。

「うるせぇ!」と思わず振り払い、「おやじ!勘定!」と怒鳴り声をあげてしまう。

 俺の声に酒場のマスターは萎縮した様子をみせ、中々俺の前へと出てこない。

 そんな行動すら腹が立つ。

 もし、あいつが…奇跡でもあって何とか生き延びていたら、早く助けに行かないと。

 俺はあいつの師匠なんだ。俺より先に死ぬなんて絶対に許さん。

 リーバ神の元へ行ってでも、俺の命を捧げてでも助けて見せる!

「全員生きてるってよ」

 同僚の言葉に耳を疑ってしまう。

「は?」と聞き返すと、同僚はため息を吐き。

「ったくセッカチだな。結末を聞かせて驚かせてやろうと思ったのに」

 ぶつくさと言いながらも同僚は酒を飲み干し、「マスター、勘定はキャンセル。おかわりだ」と催促していた。

 俺は信じられず剣を担いだまま、イスに腰降ろし、

「どうやって?50のゴブリンの大群だろ?リーダーなり複数はいたはずだ!最悪…キング級かロード級がいたっておかしくねぇだろ?」

 俺の言葉に同僚は親指で酒場の壁を指さす。

 そこには、国からの賞金首の魔物の手配書が貼られていた。

 その中の一枚…レッドフードを指さした。

 賞金首の魔物としては一番の低ランクだ。戦闘能力もゴブリンリーダーに毛が生えた程度。持っている武器にもよるが、ある程度の経験を積んだ冒険者なら討ち取るのに苦はないだろう。

 だが、この魔物には、最近複数のゴブリンリーダーを纏め始めているとの情報もある。

 だから誰もが胡散臭がって討伐を後回しにしていた。

 簡単だと思って討伐に行ってみたら、複数で嬲り殺された…というのは、賞金首狙いのフリーの冒険者によくある話だからだ。

「しかし、ならどうやって…村人だけで倒したってのか?」

 あいつもいるが、どう考えてもそんな数のゴブリンを相手に出来る腕はない。

 ゴブリンリーダーと一騎打ちで勝てるかどうかが精々だ。

 そこで一人思い浮かんだ。あのウェンとかいう優男だ。

 あいつはとにかく筋がいい。レッドフード程度なら一人で倒してしまうのではないか、というくらいに。

 同僚は酒場のマスターに酒を注いで貰い、ついでに俺にもお替りを勧めてきたので貰っておいた。

 考え込んでしまい、酒を一気に飲む。それでも不可能だ、と結論がつく。

 例えウェンとかいう優男がいかに強くても50の大群が問題だ。

 同僚は「何考えてんだ?」と茶化すように言い、鼻高々といった雰囲気を見せた。

 まさか…こいつが、と思った矢先。

「なんでも『青き風』の副長とその教え子達が近くにいたらしい」

 『青き風』

 それはこのアルトヘイムにある冒険者ギルドの一つだ。主に村や市民からの仕事を請け負う集団。また、生え抜きも多いが、独自に『教室』という育成所を持っており、若手でもそれなりの腕がある。

 さらにはその副団長は『騎士』に憧れ、冒険者として腕を磨いた結果今の地位を手に入れた腕前の持ち主だ。

 結局、冒険者はギルドに属していてもならず者に近いので『爵位』は貰えず、騎士の恰好をしているだけの冒険者だ。

 愛称が『女騎士』というのも推して計るべきだろう。

 だが、彼女とその教え子がいれば勝てる。そう納得出来る。

 これは、女神…エアリス様の祝福だな。そう思うと嬉しさがこみ上げてきた。

 それにしてもなんでこいつ自慢気なんだ?なんて置いておいて、代わりの酒を矢継ぎ早に注がせ、

「そいつはいい。あの女騎士様か。あの人にかかれば100人力だな!シノの村の幸運に乾杯だ!」

 高々と杯を掲げ一気に飲み干す。

 あいつが生きているのならそれでいいと思える。俺は年をとったのだろうな。

 無茶出来るのもあと数年が限界だろう。

 同僚は苦い顔をし、

「おいおい。絶対変だぜお前。それよりもな、副長さんが言っていたらしいけど、どうやら優秀な冒険者がたまたまその村にいたらしいぜ」

「え…」

 思わず声が漏れ、手に持っていた杯を落としてしまう。

 優秀な冒険者…なんて腐る程いるが、あんな何もない村にいるような奴なんて俺には一人しか心当たりがなかった。

 しかし、優秀かと言われると首を横に振りたくなる。

 落とした杯を拾い、同僚が「飲みすぎだ」と諫めてくる。

 まだ、飲めるんだがな、とこれは口に出しさらに酒を注がせる。

 同僚は笑い話のようにクスクスと笑い、

「なんでも、その冒険者が群れのリーダー賞金首のレッドフードをやっちまったらしい。それで一気に群れが瓦解したとか。」

 と笑いながらいい、「おまけに着いた頃には既に半壊していたってさ」と笑い出した。

 少し前の俺なら同じく笑っていた。

 そりゃそうだ。そんな大群に賞金首までいるのに村人だけで壊滅させるなんてありえない話だ。ただの酔っぱらいの戯言だ、と。

「そんでよ副長さんは10匹分の報酬だけ受け取って、『過剰な討伐報酬は受け取れない。』とか残りの報酬についても『打ち取った彼女達が受け取るべきだ。シノの村へ送ってくれ』とか、まぁ謙虚なこってよー。ありえない話だろ?村の住人だけで40以上倒すなんてさ」

 ああ、俺もそう思う。だけど、聞きたいところはそこじゃないんだ。

「俺なら例えそれが本当だとしても俺の手柄にするな。はぁー美しい上に性格もいいなんて、惚れてまうわ~…」

 同僚がバカな話を始め、俺は思わず、

「そいつの名前は?」

 と聞いてしまう。同僚は首を傾げ、「どいつだよ?」と聞き返してきた。

 俺はじれったくなり、思わず声を荒げてしまう。

「レッドフードをやった奴だよ!」

 同僚は不服そうに「なんだよ急に」とぶつくさといい、思い出すように顎の下に手を

当て考えるような仕草をする、。

「あー聞いたこともない無名の奴だったな」

 この同僚がいうなら、本当に無名の奴なのだろう。だからこそ気になる。

 食い下がると、「気にすることでもないだろ?ほら、何か食おうぜ」と注文を始めた。

「おい頼むって!」

 再度、頼むと同僚も苦い顔を露骨に出し、頭を押さえて思い出し始めた。

「えーと、なんて言ってたかな…赤い髪を持った…うーん…」

 赤い髪…

「そう確か…『カホ』、そう『カホ』…だったかな?」

 同僚がそう言い切った。

 俺は少しの間反応できず、その名前を聞いて…

「…はははは!」と思わず笑いだしてしまった。

「お、おいどうしちまったんだよ?」

 と同僚は本気で俺を心配してくる。

「あいつやってのけたんだな!はははは!」

 俺はというと嬉しさがこみ上げ、もう周りを気にしていられなかった。

 あの甘っちょろい奴が!?レッドフードを!?しかも、相手は大群!?

 こんなもん笑い話じゃなかったら、本当に奇跡だ!

「飲み過ぎだぜ。いきなり笑いやがって気持ち悪ぃな。水持ってきてやるよ」

 同僚が席を立とうとしたので、その手を掴み制止する。

 俺は杯を高く掲げ、

「いいや、酒だ!俺が奢ろう!今日は気分がいい!そうだ、ここにいる全員に一杯奢るぜ!」

 カホのまず第一歩…いや大きすぎる一歩に祝福せざるを得なかった。

 俺の言葉に同僚は大きなため息をついた。

「やれやれ、飲みすぎだろ…。まぁ飲める時は飲むもんだな。おーい、奴さん酔い過ぎて銭勘定が出来ないってよ!皆に一杯奢りだそうだ!」

 そう声を掛けると、マスターが慌てて酒樽を用意した。給仕も大慌ててで酒を注ぎに回り始めた。

 酒場にいたフリーの冒険者共は俺達のところへ寄ってきて、

「なんかいいことあったのかよ」

「なんでもいいぜ!酒が飲めたら!」

「気前が良すぎだろ!アラン!」

と口々に好き勝手を言いながらも、酒を杯に淹れ、皆が俺の口上を待つ。もちろん、言うことは決まっている。

「シノの村の生還を祝って!エアリス様への感謝と、勇敢なる者たちへ…乾杯!」

 俺の言葉を合図に「乾杯」と声が響き、周りが「いいニュースだな。上手い酒だ」と現金ながらもその祝福を祝ってくれる。

 俺は注がれた酒を飲み干し、ゆっくりと息を吐く。

「あいつ…やっぱすげぇよ。困難どころか理不尽も跳ねのけたんだな」

 あいつの今の姿が見たいと本気で思った。

 少しは成長しているんだろうな、と想像した。

「頑張れよカホ…」

 そう呟き、酒をさらに煽る。

 あいつが冒険者になったのか、村に残ったのかは分からないが、何の根拠もないが、俺が旅を続けていたら、また会えそうな気がする。

 俺も絶対お前には負けない。お前を驚かせてやるからな。

 そして、その時には絶対に言わせてやる。師匠は立派だ、とな。

 残酷で辛いことの多い世界だが、俺の好きなこの世界で、お前も苦労して、そして、

『それでもこの世界が好きだ』

 そう言ってくれると信じている。

 だから、頑張れよ『カホ』―

 

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