第六話『決戦』
第六話『決戦』
魔法が止んだ?
もしかして、ラッシュさんが…そう思ったもののすぐに首を振る。
あんなに強い人達が負ける訳がない。今は信じて走り切るだけだ。
不意に森の中が発光する。
そして、私の後ろ目掛けて雷光が走った。
明らかにこちらを狙っている。前を走るウェンさんではなく、後ろの私を。
―狙いは…私?
恐怖で足が止まりそうになるのを必死に抑える。ここで、あの魔法を止めないと、村が全滅する。
私達が飛び出した後、皆が必死に壊されたバリケードを守る為に戦っている。
いつ夜陰が襲うかも分からない状況と自分にあの雷が襲うかもしれないという恐怖に立ち向かいながら。
―相手をよく見るんだ
師匠の言葉を思い出す。
森の中にいるであろう魔法使いを見つめる。
不意に、光が再度集まっていくのが分かった。淡い光だ。
その時には私は思わず飛びのいた。村でラッシュさんがやっていたように。
瞬時、私のいた場所に雷が走った。
ラッシュさんのあの勇気ある行動を見ていなかったら、きっと避けられなかった。
だけどおかしい。なんで私に?
まるで執着している。それとも心が読めて、私が切り込むのを見越している?
考えがまとまらない。
不意に夜陰から…前方からゴブリンが襲い掛かってくる。
ウェンさんは鋤でゴブリンの攻撃を受け、
「行ってくれ!」と声を荒げた。
私は頷き、さらに駆け出す。
もう少しだ。息が荒れているけれど、もうすぐ視認出来る位置にたどり着く。
村でゴブリンを引き付け、ラッシュさんが囮となり、ダンカンさんとウェンさんが
切り開いてくれたこの道を…無駄になんて出来ない!
魔法使いの姿が目に見えてきた。もう少しだ、そう思った時、繁みから音が響く。咄嗟に盾をそちらに構えると同時に一匹のゴブリンが小さな斧を持って飛び掛かってきた。
腰を落とし斧を受け衝撃に耐える。しかし、魔法使いに光が集まっている。
魔法が来る―
そう思った時には、腰から前へ出るように襲い掛かってきたゴブリンを魔法使いの方へ突き飛ばしていた。
魔法が放たれ、私が着き飛ばしたゴブリンに直撃する。
チャンスは今しかない―
一気に残りの距離を詰め、魔法使いと対峙し思わず息を呑んだ。
魔法使いは他のゴブリンと大差ない姿をしている。強いていえば、魔法の杖を持っていることと、簡素ながらも鎧を着ているだけ。しかし、他のゴブリンとの決定的な違いは頭に被る赤い頭巾だ。
肩には見覚えのある小さな傷痕が残っていた。
「あなただったのね」
私の言葉に呼応するように魔法使いは杖をこちらに向ける。慌てて飛びのく。
「シネ!」
殺意と共に魔法を放ってくる。それは私がいた場所を正確に撃ち抜いた。
避けた後、すぐに剣を握り直し、近づこうとしてみるとが、再度こちらに杖を向けて魔法を放ってくる。それから身を躱すので精一杯だ。
次々に放たれる魔法に対して距離が詰め切れない。
ふと、真後ろにある木が撃ち抜かれた。
バリケードを易々と破壊する程の威力だ。倒木の恐れを考え、一瞬振り返ってしまう。
しかし、木には表面を抉られた後はあるものの、倒れるような恐れは見えなかった。
木は雷を受ければ中の水分が蒸発して真っ二つに割れるはず…。
魔法の威力が下がっている?
そう思った時には、何故かあのウルフが思い浮かんだ。
私と命を賭して戦ったあのウルフを―。
赤い頭巾を被ったゴブリンが再度魔法の杖をこちらに向けてくる。
こちらも息が完全に上がっている。
持久戦は不可能だ。だったら―
一気に距離を詰める為に駆け出す。剣を強く握り込み歯を食いしばる。
狭い森の中でも、私の持つこの短い剣…グラディウスなら十分に威力を発揮できる。
そして…
魔法が杖から放たれた。それは正確に私を捉えている。恐れずにその雷の一撃を見つめ、深く踏み込みながら左腕を突き出す。
雷が盾に直撃し、衝撃が走る。
考えてみれば分かることだった。
バリケードは吹き飛ばされていた。木は抉られていた。
魔法とは言っても、それは運動エネルギーの集合体ではあり、物に対して干渉するなら…この丸みを帯びた盾なら運動エネルギーは外に逸らせる!
魔法は盾に逸らされあらぬ方向へと飛び去って行く。
しかし、雷を受けたことにより、体中に痛みが走る。雷に打たれたことはないけれど、死ぬことが多いらしい。
だけど現世でも雷を受けて生きている人がいる。だから、今だけでいい!
―耐えきれ!
必死に願い、明滅しそうになる視界を歯を食いしばり耐える。
痺れる体を引きずるように前へ出る。
―ニヤリと赤い頭巾を被ったゴブリンが笑ったように見えた。
一歩後ずさり、魔法の杖を構えてくる。
おかしい。もう、相手に到達していてもおかしくない。試算なら一撃だけで十分だったはず。
そう思ったところで、その異変に気付いた。
右足が力を失い、体にブレーキがかかる。
電撃で痺れて…痙攣し熱い。痛みが頭を駆け巡る。
迂闊だった。
―そうよね。例え生き残れたとしても満足に動けるはずがない。
体中の神経系にダメージが伝わってむしろ、この程度で済んで幸運な方だよね。
馬鹿なことをした。無謀な特攻だった。
手も剣を握っていたから熱が伝わり火傷をしている。これで組み付いたとして満足に戦える訳が…
咄嗟だった。相手の魔法が放たれる瞬間に私はポケットからそれを取り出して、投げつけた。
それは赤い頭巾を被ったゴブリンに当たると、中に入っていた液体をまき散らした。
しかし、当たったことによる隙は殆ど生まれなかった。
言うことを聞かない体を無理矢理倒し、地面に転がる。
そして、私の頭上を魔法が通り過ぎると同時に、赤い頭巾を被ったゴブリンの体に炎が伝った。
私の投げつけたのは予備用の油瓶だ。
第二作戦の際に、本来瓶を投げ入れる人が倒されてしまった時用の予備でしかないこれが役に立った。
雷の温度がいくらなのかは分からないけれど、家を燃え広がらせるのに十分な可燃性のあるこの油でも火がついてくれるかは半信半疑だった。
赤い頭巾を被ったゴブリンは悲鳴をあげながら、転げまわりなんとか火を消した。
その頃には私がそのゴブリンと対峙する距離に近づくには十分な時間だった。
ゴブリンが手に持つ杖を振り上げた。さすがに魔法は唱えられないと判断したようだ。
おまけにこちらはもう既に満身創痍。さっきの魔法で盾を持っている方の左腕も痺れている。右足も感覚が鈍い。剣を握る手も感覚が薄い。
きっと、出来るのは一撃―それも突き刺すぐらいしか出来ない。
外す訳にはいかない…急所を狙って、一撃でその命を絶つ!
レッドフードが杖を振り下ろしてくる。
本当は地面に転がっている間にトドメを刺したかった。でも、相手の復帰の方が早かった。
だから―もうこれしかない。
そう覚悟を決め、腰と肩の遠心力で思いっきり左腕を振る。
ゴキンと肩から嫌な音と激痛が走る。
鈍い音と共に振り下ろされた杖を盾で弾き飛ばす―パリィだ。
まるで、立ったままだが大の字のようにゴブリンは体勢が崩れる。驚いた顔でこちらを見ていた。
剣をあらん限りの力で握り込み、突き出す。
鈍い音が響く。一撃でゴブリンの胸を突き刺す。肉を貫く感触の後に、剣先が骨で止まったのが分かる。骨を砕くだけの力が足りない。
「…もう迷わない!」
致命の一撃―とするために、最後の力を振り絞り、ゴブリンを地面へと押し倒しながら突き刺す。そして、地面ごと刺し貫く。
剣は地面ごとゴブリンに突き刺さり、ゴブリンは悲鳴をあげる間もなくこと切れた。
周りから音が響く。きっと他のゴブリンもこちらに集まってきたのだろう。
深く刺さった剣が抜けない。足でゴブリンの胴体を踏み一気に引き抜く。鮮血が舞い、その返り血の臭いで気が遠くなっていく。
ぼんやりと音の方向を見つめる。
森の中にはあと20匹程度のゴブリンがいる。まだこんなにいたのか、と気が遠くなる。
でも…これできっとカンバンだろう。あと少しには違いない。
だけど…私の体はもう限界だ。剣も碌に振れないし、左肩には感覚がない。右足もまだ万全には動いてくれそうにない。
残りのゴブリン達が狂乱と言ってもいい叫び声をあげる。逃げ出す背中もあったが、殆どは武器を片手に襲い掛かってくる。
リーダーがやられてから反応してくれて本当に良かった。これだけの数が一気に襲い掛かってきたら負けていた。
そういえば、あの赤い頭巾のゴブリンはやたらと一騎打ちをしようとしていた。武将だったのかな?
そう思いながらも、何とか剣を構え、振るう。
しかし、力が入らず、向かってきたゴブリンに浅い傷しか与えられなかった。
カウンターとでもいうのだろうか、私の剣を受けてもそのゴブリンは私に組み付き、左肩に持っていた短剣を刺してきた。
「あぐ…」
痛みで意識が飛びそうになる。動かない癖に痛みだけは一丁前ね、と自分で自分をなじる。
何とか剣を振り、組み付いてきたゴブリンを突き刺し払いのける。
息があがる。本当に何をやってるんだろう。
ただの学生で、少しニッチな本を読むだけの私が…なんでこんなことをしているのだろう。
剣で戦うなんて…考えてもいなかった。
目の前が霞む。もう立っているのも苦しい。
「カホさん!」
ウェンさんの声が聞こえる。それと同時に頭部に痛みがした。
投石を受けた―と分かったものの、そのまま仰向けに倒れてしまう。
―カランと何かが落ちる音がした。それが私の持っていた剣だと分かるのにも時間を要した。
木々の隙間から朝日が見える。そんな私の上にゴブリンが馬乗りになってくる。
もう反抗出来るだけの力もない。私の体はずっと前から限界がきていたのだろう。
ゴブリンが白刃を構え、下卑た笑みを浮かべ振り上げてくる。
「ここまで…か」
これで終わり。
それでも満足感はある。魔法使いを倒し村を危機から救ったはずだ。
後はウェンさんに任せればいい。それに、街にはダンカンさんとラッシュさんもいるし、剛毅なカミラさんがいれば皆が希望を失わない。
それに、マリアちゃんを守れた。
十分だよ。何の価値もない私が、無駄に勇者として転生させられたけど、これだけで十分だ。あの老人にもう少しマシな人を転生させればよかったと、そう思わせられるだけで十分だ。
―そう十分なんだ。
『お前にも…この世界を好きになって欲しいんだ』
師匠の声が頭に響く。
まだ―
私は―この世界を…知らない。
そうだ…
―十分なんかじゃ、ない!
気付いた時にはゴブリンの振り下ろしてきたナイフを肩で受けていた。
こんなところじゃ終われない―
「あああぁぁぁ!」
突き刺された痛みに耐え、咆哮と共に体を起こしゴブリンの顔面に勢いをつけて私の頭をぶつける。
所謂―頭突き。
ゴブリンはのけぞり後ろに引いた。その瞬間、上体を起こしてゴブリンを跳ね除け、私の剣を掴み、這いずりながらその体に覆いかぶさり、喉に突き刺す。
「まだだ、まだ終わってない!」
咆哮をあげながら、刺し貫く。
そして、残りのゴブリンを睨みつける。
そうだ、まだ終わっていない。私はまだ、この世界を…この好きになりたい世界を見ていない。こんなところで終われない。必死に歯を食いしばる。
―生き残ってやる!
ゴブリン達が一斉に声をあげ、各々の武器を手に取り迫ってくる。睨みつけ、剣を握る。
瞬時、一匹のゴブリンの首が飛んだ。
首を傾げたくても、体が動かない。
そして、それと同時とも言えるうちに次々とゴブリンがその体を斬られ倒れ伏していく。
ゴブリン達が叫び、またもや数匹が逃げ出していく。
その先にいたのは、朝日を背に照らされた一人の女性。白銀の甲冑を身にまとい、金色の色の髪を靡かせた美しい顔立ちの女性だった。手には美しい装飾の施された剣と、私の持っている簡素な盾に比べ物にならない紋章の入った盾。
女性は私の前に立つと、荘厳な口調で。
「よく耐えた…中々の気骨だ…」
そういった後に、「これはどういうことだ?」と続けた。何を見て驚いたのか全く分からない。
「あなたは?」と自然と口に出ていた。
彼女が私を助けてくれた。だから、自然と聞いてしまった。
女性はゆっくりと頷き、
「私達は冒険者ギルドの者だ。見覚えのない顔だがフリーだな」
「冒険者…ギルド?」
頭が追い付かない。それでも、私は彼女の姿を一心に見つめてしまう。
師匠の仕事との一緒…
その強い姿が私を熱くする。立ち上がろうとしたものの、女性が「そのままでいい。よく戦った」と私に諭すような優しい言葉をかけてくれる。
「…積もる話はあるが、まずはここを片づけるぞ!」
彼女の檄にも似た声が響く。
「楔型陣形を解け!ツーマンセルへ移行!」
その声と共に彼女の背から3人の少年が現れた。三人とも10代そこそこのあどけない表情をした少年少女だ。
マリアちゃんとそう変わらない年の。危ない、と言いたかったけれど、声が出ない。
代わりに口から血がこぼれた。息が辛い。
「敵は瓦解寸前だ!一気に押し崩す!」
女性の凛とした声が響く。
「エンファは彼女へ回復術式を展開!ロイ、彼女とエンファを守れ!」
女性の指揮と共に、白いローブを着た癖毛のある少女が私の元へと寄りながら、「はいぃ…」と情けない声ながら動きに淀みがない。
「わかりました先生!」と言って、鎧を着た男の子が剣を構え、少女と私を守るようにゴブリンに立ちはだかる。
女性は剣をゴブリンに向け、
「ヴィーニャ!氷結攻撃術式準備!」
黒いとんがり帽子に、ローブ姿の少女は杖を上に掲げ、「はいさー…」と何処か気の抜けた返事をした。そして、物思いにふけるように目を閉じた。
「ギルドが…どうして来てくれたんだ?」
ラッシュさんの声が聞こえた。振り返るだけの元気はない。
「呆けるなラッシュ!好機だ、カホさんを救出する。一気に畳みかけるぞ!」
ウェンさんも来てくれたんだ。そう思うと少し嬉しかった。見捨てらていないその事実が私を救ってくれる。
女性は横顔を見せ、きっと後ろに来ているであろうウェンさん達を見据えると、「援護無用!」と断った。
それから、何かを見た後に、
「君がこの村のリーダーだな。ここは任せろ。村の方へ戻り、向かっている残党を後方から強襲、挟撃してくれ」
「しかし、こっちの数は!それに…」
ウェンさんにしては珍しくかみつくような言動だった。
女性は笑顔を見せ、剣を高々と掲げる。
「エアリス様とこの剣にかけて誓おう。ここは私達に任せよ。そして、彼女は私達が守り抜く、と!」
力強い言葉と共に女性は剣を振るい、近くにいたゴブリンを盾ごと真っ二つにした。
頼もしすぎる力だ。
それでもウェンさん達は食い下がっていたが、女性はヴィーニャと呼ばれるとんがり帽子の少女に、
「ヴィーニャ、蹴散らすぞ。魔法いけるか!」
その問いかけに目を閉じていた少女が目を開いた。
「万端…」
短い言葉のあとに少女がまるで詩を歌うように続ける。
「静かなる水の精、自由なる風の精よ、我の声に耳を傾けよ。今こそ交わりて彼の者達を刺し穿たん!」
とんがり帽子の少女は持っていた杖を突き出す。まるで、さっきまで私が戦っていたゴブリンがしていたように。
「氷結槍!」
ヴィーニャと呼ばれる少女がそう叫ぶと、杖の先から氷の氷柱が現れ、ゴブリンに向かって飛翔した。
飛翔していく氷柱…いや氷の槍は容易くゴブリンを串刺しにする。
一撃だった。思わず息を呑んでしまう。
とんがり帽子の少女は杖を振り上げ、さらに詩を紡いでいく。
「風の精よ、今一度我に耳を貸せ。我が槍に力を与えよ!槍よ…弾けよ!」
少女がさらにそう紡ぎ、杖を横に振る。
「氷槍拡散!」
その声と共に、ゴブリンを串刺しにした氷の槍が弾け無数の小さな槍となり周りのゴブリン達を文字通り蹴散らした。
「魔法…」
さっきのその存在は見たけど、それ以上だ。あんな小さな子が複数のゴブリンを倒すなんて信じられない光景だった。
「これでも不足か?」と女性がおそらくウェンさんに向けて言った。
ウェンさん達は少しだけ間を置いて「カホさんをお願いします」と言い残した。
「お姉さん大丈夫ですか!」
白いローブの子が駆け寄ってくる。鈴の着いた大杖を手に持ち、私の肩の傷を見つめる。
「うん。なんとか」と答えようと思ったものの、声が出にくい。
不意に横からゴブリンが飛び出してきた。
白いローブの少女はその表情を引きつらせる。思わず力を振り絞り、彼女の体を抱き留め庇う。しかし、いつになっても痛みはない。
恐る恐る目を開けると、飛び出してきたゴブリンは鎧を着た男の子の持つ剣により、喉を突き刺されていた。
「ここは僕に任せて!」そう言って私達を守ってくれる。
「こんな小さな子が…」と思わず自分の力の無さを痛感する。
「あのどこが痛みますか?」
白いローブの少女が私の胸の中でそうつぶやく。何とか離したものの、肩がブランと垂れ下がる。
「ひぇ…あ、ああ、肩がぁ…」
私の肩の惨状に目から涙を流しワタワタと怯えている。
「エンファ!」
そんな少女に鎧を着た男の子が声を掛ける。厳しい言い方ではない。それに、その男の子の表情を見れば、そういうことを言うことでないと分かってしまう。
男の子は優しく、エンファと呼ばれた少女に笑いかけ、
「大丈夫。絶対出来るよ。それに、僕が守るから、安心して!」
優しくも心強い言葉にエンファと呼ばれた少女は頷き、
「う、うん…。ロイ…見ててね!」
頬を少し赤らめながら手に持つ杖を掲げる。
「天にましわす我らが神よ、願わくば御名の光の祝福を彼の者へ与えたまえ…」
祝詞のように聞こえる。静かで優しい声だ。
「ここに奇跡を、顕現せよ!回復!」
光が集まっていく。そして、少しずつ私を包んだ。
光が止むと、少しだけ痛みが和らいだ気がする。それに、さっきまであった疲労感が抜けたような。
肩は相変わらず動かない。傷を負った肩から流れる血も止まっていないけれど、大分楽になった気がする。
お礼を言おうとエンファと呼ばれる少女の顔を見ると、戸惑いの色が見えた。
「あれ?あれれ?」
その戸惑いの意味が分からなかった。
さっきの攻撃魔法といい、彼女のこの多分回復魔法は凄いの一言だ。
エンファと呼ばれた少女は涙を流し始め、
「あぅぅ、失敗しちゃった…」
と頭を抱えだす。
「え、そうなの?」
気のせいだったようだ。恥ずかしい。
「エンファ落ち着いて!大丈夫だから!次は絶対大丈夫!きっといけるよ!多分出来るから!おおよそ落ち着いて!急いでお祈りしてていいから!」
鎧を着た男の子が慌てた口調で、訳の分からない事を大声で言い始める。そうだよね。格好悪いよね。さっきのあの言葉の後に失敗は辛いよね。
そして、むしろあなたが落ち着いた方がいい。
「お前が慌ててどうする!落ち着かないかロイ!」
女性の厳しい一言にロイと呼ばれる鎧を着た男の子が気を付けをする。
「はい!先生!」
戦闘中なのに、と思わず笑ってしまいそうになる。
女性は呆れた様子で剣でゴブリンを差し、
「全く…そいつで最後だ。ロイ、やれ!」
「はい!先生!」と素直且つ大声で答え剣を構える。
それに対して盾と剣を持ったゴブリンが威嚇する。見ただけでは分からないけれど、恐らくウェンさんが言っていたリーダーと呼ばれる個体だろう。
ロイと呼ばれた男の子は一歩踏み込み、剣を大きく引き、
「貫く…戦技『スティンガー』!」
その声と共に、目では追いつかい程の速度で剣を突き出し、ゴブリンの盾ごとその胴体を貫いた。
一瞬だった。ゴブリンは恐らく何をされたかも分からず倒れ、そのまま動かなくなった。
ロイは「やったね」とガッツポーズを取る。
年相応の子供らしい姿に思わず笑みがこぼれる。
さっきまでの活躍が嘘みたいだ。
「よし、終わりだな。残敵確認をするぞ」
女性は一瞥するとそんな言葉を少年達に投げかける。
ものの…
「ロイ~…」
とんがり帽子の少女…ヴィーニャと呼ばれた少女が真っ先にロイ君の元へと駆け出した。ゆっくりな足取りではあるが、ロイと呼ばれる男の子の傍へと寄る。
「ん?ヴィーニャ。どうしたの?」
要領をつかめていない様子だ。ヴィーニャと呼ばれる少女は片手をあげて、
「いえーい…」
そういってハイタッチを求めた。
それにロイと呼ばれる男の子は笑顔になり、ハイタッチを返す。
「はは!イエーイ!初勝利!やったね!」
ロイと呼ばれる男の子のハイタッチを受けて、ヴィーニャと呼ばれる少女も満足そうに頷き、今度はエンファと呼ばれる女の子の元へと駆けるよる。
「エンファもいえーい…」
「いえ…い。うぅ…」
恥ずかしがりながらもエンファと呼ばれる少女もハイタッチを返した。
そして…
「お姉さんもいえーい…」
と私にも求めてきた。幸い右手は動く。右手でヴィーニャと呼ばれる女の子の手にハイタッチを返す。
「あはは、ありがとう。凄い魔法だったね」
褒めたものの、ヴィーニャと呼ばれる少女は首を傾げた。何か変なこと言ったかなと不安になる。
「…いえーい?」
どうやらハイタッチはおまけだったようだ。
「あ…ごめん。イエーイ…」
私がそう言ってもう一度ハイタッチをすると満足そうにうなずいた。
そんな私達を見て女性はやれやれと首を振り、
「全く…うかうかするな。簡単に勝てたのはここの村の者たちの奮戦のおかげだぞ。疲弊しきったゴブリンを10匹程度倒しただけで浮ついているんじゃ…」
説教を始める女性の元にヴィーニャと呼ばれる少女が近づき、手を挙げた。
「先生も…する?」
空気が凍った。
女性はワナワナと震えながらも、咳払いをし。
「後でな…!まず周囲の警戒をしろ!」
怒ったような口調の女性に追い打ちをかけるように、ヴィーニャと呼ばれる少女は何もない空間を指さし、「精霊…」とぼそりと呟いた。
「目でしろと言っている!ヴィーニャ!お前はいつもそうだ。なんで、そう面倒臭がる!」
さすがに怒られたと分かったのか、ヴィーニャと呼ばれる少女も周りをキョロキョロと見渡し始める。
少しの間、冒険者ギルドの者と名乗った彼女たちが見回りをし、
「よし、確認終了。残敵なし!これより村の方の援護へ向かう。行くぞ!」
と声を上げる。それに続いて少年少女達も「わかりました」と答える。
まるでお遊戯会のようだ。さっきの戦闘を抜けば。
私は冒険者の女性に肩を貸してもらい、村へと向かう。
村の入り口付近には多数のゴブリンが倒れている。その真ん中にはラッシュさんも倒れている。
思わず駆け出してしまった。
まだ上手く走れない体で必死にラッシュさんの元へと駆け寄り、「ラッシュ!」と声を掛けると、いきなり飛び起きてきた。
回避する暇もなくおでこ同士をぶつけてしまい、私はのけぞってしまう。
「だー!いてぇー!足もいてぇー!」
ラッシュさんは叫びながら、おでこと足を交互に押さえ、もんどり打っている。おでこはさっきの私との頭突き。足には大きな切り傷が出来ている。
「ラッシュ?」
「さん、をつけてくれよ!いてーよー!ダンカン~。あいぼ~!あいぼー!」
泣きながら相棒であるダンカンさんを呼んでいる。
そういえば、露払いにはダンカンさんもいたはず。その姿が…
「安心しろ。カホ…」と言って頭に大きな手が載せられた。
ダンカンさんは村の方を親指で差す。それに続いてラッシュさんは笑顔になる。
「全部終わったぜ!」
その言葉と共に、村から傷だらけになりながらもウェンさん、カミラさん、マリアちゃん…そして、村の皆が私達を出迎えてくれた。
「皆…よかった…。本当に良かった…」
私の言葉の後にラッシュさんとダンカンさんは私に拳を向けてくる。
「お前もよくやったな!カホ!」
「よくやった。カホ」
二人が同時に声を出す。私はその拳に応え、拳を突き合わす。
「ありがとう。皆も…本当にありがとう」
感謝の言葉と共に涙がこぼれ、その場に座り込んでしまう。
そこにマリアちゃんが駆け付けてくれて、ゆっくりと抱きしめてくれる。
また慰められちゃった。本当にダメなお姉ちゃんだ。
「おかえりなさい。カホお姉ちゃん」
その言葉が嬉しくて、また涙が止まらなくなった。
太陽の光に照らされていくシノの村。
柵は全て壊れ、ウェンさんの家は燃え尽き、住民は皆傷だらけ。
それでも、皆が生きていてくれたことが本当に嬉しかった。
この結果の為に、皆が本当に頑張って…命を懸けて成し遂げた。
そう誇って言える。
理不尽に立ち向かい、人間の持つ、熱と光により勝利した。
そして、小さな戦いはここに終結した。