第六十話『オーバーライド』
『オーバーライド』
鬱蒼とした森。暗闇と、ぬかるみと、湿った草と日を遮断する木々…そして腐臭が辺りを包む森の中に、1人の少女が血だまりの中に立っていた。
年の端は10代くらいであろう幼い容姿であり、起伏のない体つきをしている。
しかし、年齢と体型に見合わないような煽情的とも言える肩やふとももを露出させたローブを着ており、どうもミスマッチと言える格好だ。
その少女の頭からは羊のような角が生えており、それが人間ではないと現わしてるようであった。
そんな少女の手には巨大な両刃の大斧が握らており、その斧には先ほどまで戦っていたであろう…何者かの臓物や肉片がこびりつき、未だに刃からは血が滴っている。
少女はこびりついた返り血で真っ赤に染まった肌には興味もないように、血塗れのまま大斧を担ぐ。
その姿はまさに悪魔…そう呼ぶに相応しいものであった。
「『チート(神の力)』もこの程度か…喰うに能わんな」
と呆れと侮蔑の感情を込め、吐き捨てるように言い捨てる。
その対象であったであろう、数人にしては多過ぎる千切れた四肢や胴体、首を蹴飛ばすように彼女は先へと進んでいく。
彼女の名はレヴィア。
スルスト族という血塗られた教義を持つ魔族にして、最強の種族だ。
今しがた、『聖王国』から派遣された勇者一向…詳しく言えば、『時間停止』、『剣聖』、『隷属化』、『再生』、『催眠』を持つ勇者達を撃退したところだった。
いや、殲滅や虐殺といった方が正しいのかもしれない。
それ程までには余りの惨憺たる惨状だった。
時を止めたところで、その身には傷一つつかず…停止された時間ごとぶち抜いて、屠殺を戦いと勘違いしていた愚かなその身を粉砕し。
絶対的な剣術ですら、ただの道場剣術と意にも返さず、指先一つで刃を止め、その衣服すら斬られることもなく剣士の首をもぎ取り。
催眠術により、彼女の常識を書き換えようとしたが、そもそも戦いしか知らぬ身に自分が主人と教えることがどういった悲劇を生むのか…おそらく、知らなかったのだろう。主人に動物はじゃれるものだ。大型犬にじゃれつかれて死ぬ者だったいるのだ。それを知らず、命が消失したとしても、それは勉強料だ。血濡れた教義故に、自分の認めた者にはスルスト族が”怪我をさせない程度でじゃれついた”だけだ。その程度なら死なないだろう…と、そう思い心臓と内臓ごと脊髄を引き抜かれただけだ。
だから、隷属化は…成功した。成功したが、隷属とは”力”ある者が無理矢理支配することだ。つまり、力で劣る…いや、そもそも”力”そのものに対して隷属等出来なかったのだ。
天と地程力がある故に隷属したはずの奴隷が弱き力に恐れず”戯れ”で腕を引きちぎり、脚を捥ぎ、心の臓を握り潰した…。
いや…彼女には侮蔑だったのだろう。力と勇気なき者が服従を求めたのだから…。だから、態々隷属の印を受け入れてあげた上で粉微塵にした。
そして…一番の地獄を見たのは再生した体を何度も、何度も、何度も…ただ捻り、引きちぎられ、抉り、潰され…赦しを乞おうにも只管引き潰されたあげく…文字通り魂諸共消し飛ばされた者だろう。
レヴィアはため息を吐き、「もう少しくらい楽しませよ」と呆れる。
スルスト族…その伝説の起源は『中央国』にある。
かつての『中央国』の栄華…その始祖を作り上げた黄金の王。
その友にして、宿敵がスルスト族と語られている。
だが語られる都度に伝説は上書きされ、変質する。
故に、黄金の王が最初のスルスト族に認められたが故に、戦いの神の祝福と12のルーンを刻んだ12の武器を賜り、四方の国々にその威容を示したと語られれば。
ある者は黄金の王がスルスト族を倒し、その身から生まれ出でた武具が12の黄金の神器と語る。
ある者は黄金の王が雷帝にして雷霆。黄金の雷にして正義と破邪の女神ユフィンの息子と語る。
さらには、ある者は、王と友の戦いは神話に語られるマーズとユフィンの死闘そのものと語る者もいれば、いつしか黄金の女神ユフィンですら、雄々しき白き雲と黄金の雷の御姿、男神ユピルと語られ、その伝説の始祖を黄金の王と騙る者もいる。
過去等、ただ過ぎるのみだ。
上書され続けられ、変質し、その時に合わせて美しく整ったような物語…それが過去でしかない。
だから、正確さ等必要ない。
偽りの嘘でも人の慰めにはなるのだから。
今を生きる者が見ている世界がきっと正しい。例え嘘の過去であっても、それが正しくなる。それが普通なのだ。
だからこそ、レヴィアというスルスト族はとある弱く、脆く、愚かで、愚鈍なる少女を友として選んだのだから。
かつて黄金の王に祝福を与えたスルスト族のように、友として認めたのだから。
レヴィアは目を閉じる。
そうすることで、彼方…遥か空の向こう側にいるであろう自分の友を感じられる…はずだが何も感じられない。
その少女が奇妙な故に何も感じられない。
この感覚には慣れないのか、レヴィアは悲しそうに瞳を伏せる。
いつ死ぬともしれぬ…それ程までに弱く、脆い…最強の種族の友。
失うかもしれないという恐怖はレヴィアには深く刻まれていた。
それが自分の愚かな行為に対する言い訳だったのかもしれない。
放っておけないからと…安心したいが為に、取るに足らないはずの少女に刻んだ『呪印』。それが、何の応えもしないことが、ただ不安だった。
分かるのが当然故に、分からないことに恐れを抱く。
「妾も弱くなったな…」
そう呟くと、今しがたミンチより酷い目に合わせた勇者達だった肉塊に視線を向ける。
ここまでする必要はなかった。
圧倒的な力を見せる必要もなかった。
その程度と言うべきであり、勇気すら持たぬが故に弱い者達だった。
『威圧』のみで喉を締めあげ、自決させることだって出来る程度の…敵とすら呼べない者達だった。
泣き叫び、赦しを乞う者だったいたが…一思いに殺す等しなかった。
苛立ちだったのかもしれない―。
自ら『勇者』と名乗り、手に入れた力を振るうだけの愚か者達。
勇気すらないことに怒りを露わにしてしまった。
かの愚かで弱い少女は…それを嫌い、それでもレヴィアが求める『勇気』を魅せた。
幼き小さな光…それでも、心地よい勇気を。
「何故…与えられなかったのだろうな」
レヴィアは物鬱気に呟き、自分の言葉に驚くと同時に怒りを露わにする。
だが、その瞳は赤くは染まらない。怒りではなく、自分への侮蔑だからだ。
レヴィアは嫌う…。いや、スルストは嫌う。
ただ与えられた物を振るうだけの…弱き人間を。弱き魔族を。弱き全てを。
与えられたからといって、与えられたから立ち向かうような強さを嫌う。
熱と光を伴わない…どす黒い愚かな光を、偽りの勇気を嫌う。
失うことへの恐れや恐怖を知らない…愚かなダモクレスを嫌う。
それでも、彼女の安全の為に…何故少しの祝福も与えられていないのか、理解出来ず、そのことに歯噛みすらしてしまう。
せめて…常に共にいられればと思ってしまう、そんな自分にすら嫌悪してしまう。
不安は人を弱くする。それは魔族も同じなのだろう。
孤独を好むスルスト族でさえ、上から書き換えられた新たな感情には抗えなかった。
レヴィアは森の中を歩き続ける―
不意にレヴィアの目が赤く染まる。
それは怒りだ。スルストの怒りは目に宿る。
「これは…」と彼女は溢すと共に歯噛みし、怒りに任せるように地面を踏み抜く。
瞬間。地面にクレータが生まれ、地面が陥没する。
「色狂いの馬鹿の眷属が…」と怒りを露わにし、その者がいる方向を睨みつけながら、
「妾に喧嘩を売るとはいい度胸だ。こちらから出向き、魂諸共消し飛ばしてやる…後悔させてやるからな!」
そう言い切るが、不意にその瞳から赤い光が消える。
光が消えると、レヴィアは物鬱気というより、何処か憮然とした表情で考え込み始めた。
それは迷いだったのだろう。
起こった出来事は彼女にとって怒髪天をするに相応しいことだった。
例えるなら…現代風に言うならば寝取られるようなものだったからだ。だが、様子が少し違う。
唾を付けられたものの、何故かレヴィアの刻んだ傷をそのままにしている。それは理解の及ばぬことだった。
それでも…起こった出来事により”それ”を強く認識出来ることがさらに彼女を迷わせた。
数瞬考え…その結果、舌打ちと共に彼女は大斧から手を離す。瞬時に大斧は赤い粒子へと形を掛け霧散していく。
そのまま、顔にこびりついた血を拭いながら、愛おしそうに瞳を閉じ、自分の頬へ手を触れる。
それは今も触れたい者への代わりであり、自分への慰めなのだろう。
「そうか…それでいい」
レヴィアはそう言い、瞳を閉じ―眠りの力により繋がりが強くなった自分の半身を思う。
闘争を信奉し、勇気を讃える…。
その二つを司る神の子として、彼女はただその赤い光を感じていた。
…しかし、幼く純粋なレヴィアは知らない。
これが試練だと。
スルスト族が神に至る為の最後の試練の道だと。
神の子として…最強であるが故に自分には刃を向けられぬ、友の頭上にて揺れるダモクレスの剣。
孤独を好くのではなく、心弱き種族故に、友を持つことこそ彼らの最後の試練なのだ。
失うという恐怖に打ち勝ち、失う悲しみを乗り越える為に…。
これはスルスト族が『勇気』を得るための試練なのだ。
だから弱き友を嫌う…その不安に耐えられぬからだ。
心弱きが故に、自分たちの信じた血塗られた教義を上書したのは、スルスト族もそうだった。
その是非等どうでもよいことだ。真実など知らぬ方が幸せなことだってある。
ただ…そんなことを知らず、レヴィアはただ、自分の選んだ弱き友の息災を喜ぶ。
柔らかく、優しい光…カホを。
愚かで、純粋で、弱いレヴィアは一歩…それでも、大きな一歩を踏み出していた。
大陸西部に存在する、古き城壁が聳える国。
古い石畳と、形ばかりの城…かつて故も知らぬ放浪者と語られる1人の少女が作った国『アルトヘイム』。
かつてこの国を建国した少女は…人間と魔王との戦争に終止符を打ち、世界の人々を救済し、世界を愛したことで死後人間にして神となった。
ここは、そんな変り者の神…エアリスが建国した、異種族と人間だけでなく、魔族とも手を取り合い共に暮らしていた国だ。
だが、それはもうずっと昔の話だ。
ここは、かつての友が去り…未だ人間たちがしがみつくだけの、体面も体裁も整えられない哀れな滅びを待つ国でしかない。
『アルトヘイム』の建国に欠かせない物は英雄の奇譚ではない。
故も知らぬ、何処から来たかも、どこの馬の骨とも分からぬ愚かな少女と。
そして、その少女と共に旅し、いつしかその名前のみを残し何処かへ消えた『冒険者』達だ。
その『冒険者』達は、伝説で存在を語られることはあっても、名も何も残してはいない。
伝説で語られる由緒正しき…とは言っても、実態が分からねば、中身の真偽等誰にも分からぬものだ。
今の『金の翼』のように、品行方正たる”騎士”然とし、エアリスの盾となった…と語る者もいれば…。
かつてエアリスの片翼『銀の翼』と呼ばれていたが今の『青き風』と名を変えた”ならず者”や”掃き溜め”と形容される方がしっくりとくるような者達の集まりだっただろう…と語る者をいる。
そんな、得体も知れぬ集まりの歴史を継いだ…現在のアルトヘイムの冒険者ギルド『青き風』。
そのギルドの中央付近にある、練習場と呼ばれる、かつては闘技場であったらしい円形広場では今日も乾いた剣戟音が鳴り響いていた。
女性でありながら、190センチ以上の高い身長と、筋骨隆々な体。そして、灼けた髪を持つ隻眼の冒険者、レオーナと…赤い髪の少年のような見た目の冒険者が木剣を打ち据えあっていた。
その隣では、淡い色の黒髪と女性らしい起伏に富んだ体つきをしたマイと、気だるげな冒険者ヴォルフが木剣を打ち据え合っていた。
現在の『青き風』は、”ならず者”の集団だ。
その辺のフリーの冒険者を集めて、数だけを揃えた…そういった集団だ。
団長ですらその出自を辿ればアルトヘイムの者でもなく、元は敵国の傭兵だった男であるくらいには、思想も能力も性格もバラバラで統一していない。
大抵の団員に当てはまることと言えは”品がなく馬鹿”であること位だ。
そもそも、冒険者という仕事事態が馬鹿のすることなので、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
だが、仕事がある以上、最低限の能力は必要だ。
冒険者に必要な能力となると、馬鹿であることと、命が軽いこと…なのだが、ギルドとして運営し、名目上は冒険をする為の資金調達として、近隣の村等から魔物を狩る依頼を請け負っている。
…なので、そこいらにいるの冒険者に比べると、戦闘能力はある程度高くなければ話にならない。
その為、一か月に数回、定例訓練という物が実施されている。
こう言えば聞こえはいいのだが…真面目に参加している者は少ない。
不参加も勿論認められているが、一か月の間、一度も参加しなかった場合はペナルティとして少量の金額をギルドに納めないといけない…という馬鹿には良く効く薬になるルールが設けられている。
だが、参加さえすれば払わなくていいので、大抵の団員は人数が多い時を見計らって、教官役から目の届かないところで、顔なじみ同士で集まり、そこそこ真面目にやっているように見せるだけの訓練をしている。
ただ、団員の中でも色んな意味でどうしようもない馬鹿である、赤い髪の冒険者カホは必死の様子であった。
それが生来の性格なのか、それともとある約束からなのかは分からない。
だが、今日は彼女と得物が同じで、よく訓練の相手となる童貞顔の冒険者が”ずる”休みをしたこともあり、今日の彼女の相手はギルド内で最上位クラスの実力者、レオーナであった。
カホが大きく踏み込み剣を振るうと、レオーナは簡単に剣でその一撃を受ける。
だが、レオーナにとっては、普段自分が使用する武器とは違うことや、武器の軽さもより…
「ありゃ?」
と間抜けな声と共に剣がすっぽ抜ける。剣はレオーナの遥か後方へ吹き飛ばされ乾いた音を立てた。
剣を吹っ飛ばされたレオーナはため息を吐きながら、今日の訓練の監督官である副長のリリアにげんばりとした表情を向けた。
因みにだが、副長のリリアが監督官をしている日は人が集まらない、ともっぱらの評判である。
理由は不明だ。他の監督官が省略しがちな訓練前の走り込み、筋トレ、打ち稽古、素振り…を確実に挟んでから訓練に入るからなのかもしれないし、それが異常な迄に厳しいからかもしれない。
リリアはカホの一撃に満足そうに頷いて見せる。
レオーナはそんなリリアに物言いたげな表情でジッと見つめていたが、リリアは目を細めて返し。
「ダメだ」と先に答えた。
「だって、軽すぎんだよ…」とレオーナは拗ねたような口調で溢す。
そして諦めるように肩を落しながら木剣を拾いに行く。
レオーナは拾い上げた木剣を野球の素振りでもするように何度か振りぬく。
鈍い風切り音が剣から発せられる。
一撃の速度も一撃の重さも…カホよりも上であろう轟音だ。
『青き風』の中でも頂点の腕力と膂力を持つレオーナだ。そして、その実力もカホなどとは比べ物にならない程の実力者である。
それでもレオーナは片手剣型の木剣ではカホに敗れる。
まぁ、レイピア等使えば突く前にフォルトが折れるか、レイピアなのに唐竹割りをしようとして振り下ろす間に折れるだろうが、木剣では話は違う。
ある程度の厚み、そもそも重量を使って相手の甲冑を脳天から敵を叩き潰す為の剣…ロングソードに似せた作りということもあり強度は十分だ。
レオーナの馬鹿な…馬鹿力で思いっきり地面を叩けば折れるだろうが…レオーナ程の腕だ。そんなことはしない。しないよね?
レオーナは振り切った剣を見つめる。
轟音と共に振り切られた剣…その先が僅かにブレる。
応えるようにカホが振るう。
薄い風切り音が鳴る。
速度も威力も、レオーナの剛剣に比べれば酷く”ちゃちい”と呼ぶべき迫力しかない。
しかし、カホがこの旅にで培ってきた技術。生きるために覚えるしかなかった剣は真っ直ぐだった。
レオーナは肩と腕の力…そして、さらに足のふんばりで出している一撃の力に対して、カホは肩と腰を同時とも言えるタイミングで動かし、上体と下腿のバランスを保ちながら、しなる腕で振るう。
だからその剣はブレず、全ての力を一点に集中出来る。
加速を腰によるブレーキにより溜めてから解放するような…
いや、フルノッチで高速走行する車両に、一度ブレーキを掛け車体前部に重心を持っていった瞬間に再度ノッチを一気に全開にして前に飛び出る…ような一撃。
それらが、カホという線の細さでありながらも、剛剣とも思える一撃を振るうことを可能としている。
それを分かっているからか、レオーナはリリアに文句でも付けるように。
「片手剣ならヴォルフの方が上手いじゃん!」
その言葉には『私が相手じゃ変な癖がつくぞ?』と言っているようでもあった。
力任せのレオーナとカホの剣技は傍から見ればそっくりだ。しかし、打ち合えばその本質は全く違う。
恵まれた体格のレオーナと、剛剣を振るうには余りにも細い体躯のカホ。
リリアはそんないつも通りのレオーナにため息を吐く。
レオーナは見た目がゴリラなシグルドと共に歩いてきたからガサツ…なのだが、性格面と人間関係に関しては『中央』らしい繊細さを持っている。
レオーナの見た目にはそぐわないが、長く一緒にいると…馬鹿だがいい奴だと分かる。
リリアも勿論それは分かっている。
そして、カホの技量を評価しているレオーナだからこそ考えているであろう『技術を吸収させて』、技量に特化させた方がいい…というのも分かっている。
だからこそ…というか人がいなさ過ぎるが故に、仕方がないところもあるのだが、カホに足りないものである、フィジカル的な強さを気付かせたいのがリリアだ。
そして、フィジカルの強さと言えば、レオーナだ。だから、リリアはこの組み合わせにした。
リリアから見たカホは、精神的には強いが、その精神はやけに脆い。
体調がいい時と、悪い時の波が激しいが、成熟前の不安定な子供にありがちなことなので、これには目をつぶっている。それは、時間が解決するものだからだ。
そして技量等の面だと、『戦技』の才能こそないものの、技術は誰に習ったでもないらしいが、天性の才能もあってか剣技は非凡である。
その技術をさらに高めているように見えるのが、度胸が据わっているが故か、前のめりなパリィが実力以上の力を発揮している。
本来ならそれが正しいが、つい逃げる為に待って使いがちな『パリィ』を攻めに使う。
攻めた使い方をする。
だから、相手が自分よりフィジカルが上でも、技術が上でも、相手の武器の最高速が出る前の威を狩り取り、相手の体勢をカホでも簡単に崩せる。
それらは評価出来るし、カホの良いところだ。
だが、それと同時に理不尽に強い力には押し切られる。
レオーナやシグルドと言った、脳みそまで筋肉系パワーファイター…というのは恐らくだが、カホがもっとも苦手なのはこういった手合いだ。
力に弱いのではない。獣のようにただ、まっすぐ突っ込んでくるのなら、カホは対応出来る。むしろ、それへの対応は得意な方だろう。
だが、そこに多少でも、駆け引きと技術が加わるとカホは対応出来ない。
レオーナと戦うことで何か新しい発見や、自分の弱点に気付いて欲しい…そうリリアは願っている。
ただ…問題としては、カホの実力が微妙なところ、ということだ。
片手剣のレオーナでは…カホの実力を相手するには少し物足りない。
これは、レオーナが(おおよそ一般人にとっては普通の重さだが、レオーナにとっては)軽い武器を扱うことを苦手としているのが理由だ。
膂力と武器の重量により生まれる遠心力を使った重い一撃を好むレオーナには、剣は軽すぎる上に、リーチの短さの所為で武器に力が乗り切らないのだ。
だからといって、本気のレオーナ…いや、長柄を持たせたレオーナが相手となると、カホでは力不足にも程がある。
…そして、もう一つ大事なことがある。
「レオーナ…マイの武器は何だ?」
リリアが厳しくレオーナに告げる。
レオーナは口を尖らながら。「メイス」と答えた。
レオーナとマイは別段仲が悪いわけではない。
ただ、マイの入団当初にマイが周りから距離を置いていた。
距離があるなら、埋めようとする…それがレオーナだ。
穴があるなら、潜るか、飛び越えるか、埋めようとする…それがレオーナだ。
距離を置かれ嫌われていると思ったレオーナはつい…マイにとんでもないウザ絡みをし続けて仲良くなろうとした結果、未だに少し距離がある。
だが、別にお互い仲が悪い訳ではない。
リリアはカホも大事な仲間だと思っている。レオーナもだ。付け足しておくがヴォルフもだ。
しかし、では…今まで共に戦ってきたマイやヴォルフをどう思っているのか…。
「じゃあ、聞くぞ。片手剣同士でヴォルフとお前が戦ったらどっちが勝つ?」
「ヴォルフ…」とレオーナは不服そうに答えながら、「だけど、武器捨てて殴りに行ったらあたしが勝つぜ!」と付け足す。
「俺が怪我するだけじゃねぇか…」とヴォルフは呆れながら、マイの木剣の一撃をいなしてから反撃せずに距離を取る。
そこにすかさずマイの柔軟な体から繰り出される一撃が襲うが、先に飛び退いていたこともあり、ヴォルフの体には当たらなかった。
レオーナの必死の説得は、説得になっていなかったのは些事だ。
ヴォルフとレオーナの腕前であれば…答えは簡単でレオーナの方が強い。
ヴォルフは優秀だが、自分より格上には勝てないし、勝とうもしない。
持ち前の技量だけで、適当に相手するか、一方的に勝てるような戦いしかしないのが彼だ。
だから、格上であるマイとの戦闘はヴォルフの成長にも必要だ。
そして、マイについてだが…
リリアはマイを大事に思っている。
色々とどうでもいい部分での嫉妬という名の確執はあるが、それでも可愛い後輩で、期待している。
だから、リリアはカホとマイが参加している以上、カホだけを特別待遇などしない。いや、誰がいても基本的には特別待遇などしない。
リリアは『副団長』でさらに、彼女にとっては誰もが大切な仲間だからだ。
そんなリリアでも、マイは”大事”なのだ。
リリアはカホ以上にマイにはもっと強くなって欲しいと願っている。
いずれ、万民の剣たる『青き風』を率いられるように…そう願っている。
優しく、強く、真面目で正義感に溢れるマイこそが次代に相応しい。それがリリアの考えだ。
マイの一撃が薙ぐ。
ヴォルフはその一撃に何かを感じたのか、普段の彼が使う得物のように木剣を左手且つ逆手で持ち直し両手持ちで受ける構えを取る。
マイの一撃がヴォルフの木剣に当たった瞬間、ヴォルフは肘を上げながら、フォルトの先を掴む右手を自分の胸側へと引く。
―木剣は簡単に空高くに弾き飛ばされた。
呆れたようにヴォルフは両手を広げて降参の意思を示す。それに応えるマイは荒い息で肩で呼吸していたが、少しして安心したように息を吐いた。
その様子にリリアは小さく微笑む。
最後の一撃。
不用意なマイの横振りに対して、力と速度で劣るヴォルフは両手持ちでパリィを狙った。
逆手持ち両手パリィという…彼にしては冒険した一手だったが、やはりマイの方が強かった。
ヴォルフの剣にマイの一撃が当たった瞬間に、マイは手首を返し、ヴォルフの剣の力の向きと、その構えが逆手持ちで両手持ち故に動きが固くなっているを利用し、そのまま上に弾き上げた。
「やっぱりサボっときゃ良かった…マイには敵わない」とヴォルフは余裕そうに悪態をつく。
しかし、冒険した一手を簡単に返されたことに、その実少しだけ凹んではいた。
それ位には彼は真面目だった。
マイは一礼し口上では「ありがとうございます」とは返した。
しかし、その心境は焦っていたのは誰も気付いてはいない。
練習中、ヴォルフは…性格的なものもあるのだが、積極的には攻めずマイの攻撃を受け流すに務めていた。
ヴォルフとしてはこれは割と真面目な戦い方だった。
マイの方が力も速度も技術も上で、しかも武器はお互い、ロングソード型の木剣だ。
普段の武器がメイスのマイにとっては普段使いの得物と似た形状ということもあって使い易く、癖もある程度分かる。
対して、ヴォルフの普段の得物は2刀のナイフだ。
ヴォルフもフリーの冒険者が長かったこともあり、ロングソードもある程度は使えるが、好んでは使用しない。
技術屋故に大振りの一撃よりも、組み付いてや、罠を使用しての屠殺を好む…それがヴォルフだ。彼は安牌を好むのだ。
慣れた武器と慣れない武器。
その一日の長とも呼ぶべきハンディキャップもあり、逆風に逆風という状況だったことから、受け流して隙を伺うと共に、マイではなくあくまで狙いをその木剣に絞っていた。
それすらも簡単に返されたと称賛するヴォルフ…。
しかし、マイは違う。
途中までの思考は一緒だ。
だが、決定的に思考的な部分での差異がある。
それは、ヴォルフが勝とうとしていたかどうか、だ。
心の内等、口に出さなければ分からない。口に出したとしても真実かどうか分からない。
ヴォルフとしては曲がりなりにも勝とうとはしていた。それをマイは知らぬが故に、ハンディキャップに気付いているが故に、自分の力に翳りを見てしまった。
ありもしない力の翳りを幻視てしまった。
―強くなった?
―誰が?
―お前が?
そう、真面目に言ってくれる、優しき正直者がいない故の悲劇だ。
人は人を成長していく生き物だと思っている。常に成長するものだと信じている。だから真実を見失う。
憧れや憧憬は人から真実を奪う。
人間の日々の成長とは老化の過程を美しく賛美しただけの呼び方でしかない。
人はそう簡単には強くなんてなれはしない。
血の滲むような努力を、繰り返し、繰り返し、繰り返し続け、血を吐き、血を噛み、血を握り締め…それを繰り返した先でようやく強くなるのだ。
一朝一夕で強くなる?
そんなものは御伽噺だ。その裏にどれ程血を流したか等分かっていても、誰も視ようとなんてしない。
美しいままにしておきたい憧憬が、真実から目を逸らせる。
…だが、生物的な強さの成長とは別に、人間的な強さの成長はある。
やる気や元気…と言葉にすれば幼稚なものだが、それは確かな力となる。
だから、マイは冒されている。
その毒によって…翳りを幻視てしまう。
努力が何故か結果を出さない。強くなった自負が何故か芽を出さない。
その理由は、周りも努力しているからだ。
誰もが必死なのだ。殺される為に、負ける為だけに生きている訳ではない。生きることに必死なのだ。
普段の彼女なら気付けることが分からなくなるくらいに、マイは冒されている。
その得体のしれない『毒』に。
だから…彼女は前に出てしまう。後ろ向きな前進を。逃避と言う名の前向きを。
「ヴォルフさん!もう一度お願いします!」
マイが声をあげる。
面を喰らったのは、ヴォルフだけではない。
リリアもレオーナも…おおよその者は、面を喰らった。
周りからはきっと、その姿は美しく見えた。
その姿はエースとしての自覚であり、真面目さと前向きさから生まれた、マイらしい『星』の光に見えただろう。
だが、蟲だ。
マイは…その程度の弱い少女だ。
蟲が光から逃げるように、臆病に前向きで情けない逃避だ。
自分の体に這いまわってくる不安。侵されていく光。足掻いても纏わりつかれ逃げ場もなく、ただ喰われる。
払いのけようにも、それらは臓腑の奥底、その身の内から生まれ、血と脳の中を這いまわり、皮膚の下から、薄皮一枚だけを残して食い千切る。
マイの純潔を。
強き純粋さを。
優しき美しさを。
それらを齧り取り…侵す。
外見だけを残し、食い散らかす。
どうしようもなく、マイは毒に侵されており、藻掻くが故に、足掻くが故に全身へと毒が回っていく。
純潔も純粋も忘れるほどに、毒の甘美な甘味に酔いしれ、求め、血に狂い…そして目が惚け、真実すら忘れる。
狂うことで救われるのなら、それも救いなのかもしれない。
それが自分で狂っていると理解範囲であれば。
周りが狂っていると…理解してあげられるのならきっと救いなのだ。
マイとヴォルフの二人は休憩もそこそこに再度訓練に熱を入れる。
情熱と優しさの熱に浮かされて、それらを持ってヴォルフは対峙し…。
愚かさと臆病さの虚勢だけでマイは…熱すらない灰のような逃避の為に対峙する。
「大丈夫かね?」とレオーナは不意に溢す。
その意味を誰も分からず、聡明なリリアですら楽し気に「怪我するくらいならいい勉強だよ」と肩を竦めた。
レオーナは深く考えず「そうだな!」と言いながら、リリアにおねだりでもするように。
「なぁ…一回だけ!一回だけ!さきっちょだけでもいいから!な!」と武器を変えてもう一度したい、と懇願し始めた。字面と語感としては最悪で不快で最低だ。そして下品だ。恥を知れ。
「武器の先っぽだけで戦う気か?」と真面目なリリアはキョトンとする。
実際、リリアはレオーナがそういった戦い方をしたのを見たことがあるので、割と本気だった。
レオーナは脊髄反射で言っていたからか…いや、リリアに指摘されてから始めて自分の言動のおかしさについて考えたのか。
「…あ。つまり、殴ればよくね?」と彼女なりには考えた答えを出した。
「馬鹿が…」と当然とした答えが帰ってきた。
…そういえばこの場にもう1人いた。
取るに足らない愚かな少女が。
赤い髪が揺れた―
「あの…リリア副長…」
カホがおずおずといった雰囲気でリリアに声を掛ける。
リリアは「どうした?」とレオーナが不服そうに叫んでいるのを尻目にカホの方へと顔を向ける。
カホは少し戸惑っていた。
リリアを信頼しているからこそ、リリアの決めた方針を正しいと信じていた。
だが、彼女は見てしまった。
マイの『光』を。
それは偽りから生まれたものだった。
逃避行だった。それでも、愚かで、盲目なカホには、マイの姿が眩しかった。
マイの美しく、静かな、煌めきの『星』の光が―
「私からもお願い出来ませんか?」
カホの言葉にマイは足を止める。
訓練の最中であったにも関わらず、ヴォルフを追い込んでいたのにも関わらず、足を止めてしまう。
そこにヴォルフからの一閃が薙ぐが、マイは慌てて後方へ飛ぶことで事なきを得た。
リリアは相変わらずの、真面目な時にみせるヴォルフの戦い方に肩を竦めながらも、カホの提案には静かに思案していた。
訓練にならない…そう断言出来るからだ。
レオーナとリリアの戦績は…主にレオーナの頭が悪いことが原因で2対8の割合で、リリアが勝ち越しをしている。
他の要因もある。武器と戦い方の相性も良い。
リリアの剣と盾の防御主体でカウンターに重きを置く戦闘スタイルに対して、一撃で相手を叩きのめすレオーナ。
レオーナが全力の一撃ではなく防御を崩そうとすれば、リリアは受けられる攻撃は受けて流し、小回りの効く剣で一撃を打ち込める。
全力で打ち込んでくれば、盾での回避を諦め、得物を振り切った隙に差し込む…。
時々、得物を捨てて跳び蹴りをしてくるので…その時は盾に傾斜を付けて地面に叩きつけてからボコボコにする。
こういったように常にリリアは優勢に立ち回れるが、これでも2割という決して低くない確率で敗北している。
剛腕による一撃で盾を破壊されたり、剛脚での盾への蹴りを許してしまい吹っ飛んだ所に一撃を貰う等、戦闘のテンポを崩されるとリリアでもレオーナには勝てない。
リリア以上にレオーナと相性のいい、魔術と細剣によるカウンター戦法を極めた『風吹のマグ』ですらレオーナには1割以上の確率で敗北している。
因みにだが、『風吹のマグ』とリリアの勝率は、リリアが9割8分5厘勝利している。
『風吹のマグ』曰く…「美しき物を愛でるのは男として当然だよ。全ての女性には優しくしないとね」とのこと。意味不明な言動だ。レオーナも女性だと言うのに。
リリアは考える…。
因みにだが、リリアはシノの村でゴブリン退治をした後、一度レオーナと試合をし、アバラをへし折られている。
いつものことなのだが、本来の得物を使ったレオーナとの訓練は命に関わる。
だから、シグルドかリリアでしか務まらない。
練習にはならないが、怪我をしないからマグも含まれてはいた…。
まぁ、マグはこの前の訓練で興奮しきったレオーナに蹴り飛ばされて腰痛を再発したので、今年一杯は訓練免除対象になっているのは余談だ。
リリアは目を瞑る。
彼女が思い浮かべるのは3ヶ月前の訓練での悲劇だ。
―1、2、3!うおぉりゃあああぁぁぁぁ!
そう掛け声と共にレオーナは、魔術で作った障壁を張るマグに対して、自分の木製の得物を地面に突き刺しながら跳びあがり、訓練では絶対に使わなくていいであろうソバットをかまして、魔術の壁をぶち抜いてマグの胴体を薙ぎ、彼を3メートル以上吹き飛ばした。
訓練は中断され、腰以外も色々と”やった”マグは…
―例え、リリア副長の頼みでも今後は絶対にレオーナとはしない。
そう真顔でレオーナの危険性を告げて救護室へ運ばれていった。
リリアは冷や汗を流しながらカホとレオーナを交互に見る。
微妙だ。
せめてカホがもう少し強ければ…レオーナ本来の得物ではなくても、特大剣や大斧、大槌…で相手させるがカホでは無理だ、と結論付ける。
それでも…直剣では相手にならない…。
しばし逡巡し、訓練用の武器を並べている場所に視線を送る。
丁度良いかもしれない武器が見えた…。
「…。分かった…武器の変更は認める」とリリアは二人の要望を認める。
レオーナは待ってましたと言わんばかりに走り出す。
その背中に、「但し、バトルアックスだ。いいな?」とリリアは告げる。
リリアの言葉にレオーナはキョトンとしながら「片手?」と聞き、リリアが「両手のだ」と返すと目に見えて目を輝かせた。
バトルアックス。いわゆる戦斧とは、戦闘用の斧だ。
剣よりは厚い刃なものの、剣のように無駄な部分に刃がついていないことから比較的軽く、戦闘に特化した武器だ。
先にのみ刃がついていることから重心が先端にあり、少々癖はあるものの、角運動エネルギーを一点に放出しやすく、また遠心力が加わりやすいこともあり、少しの技量か癖さえ掴めれば、最大限の力を出せる優秀な武器である。
弱点としては最大限リーチを活かす為には、突きでは打撃は与えられるものの、敵を倒すには剣よりも相当力を必要とすることから向かず、力も下方向へと向きやすい。
最大限のリーチを活かすには振り下ろしたり、振り回さないといけない。
そして、重心が先にあることから、力が外に向かい易く、体が力に引っ張られ隙が生まれやすい。
…まぁ、頭から叩き潰す用のロングソードなんかと比べると、突きに向かないことと、体勢が崩れやすい意外は斧の方がよっぽど優秀なのだが、剣は何かと便利ではある。
刃が全て鉄製であることから受けるに強く、重さがほぼ均等であることから、慣れれば体勢を崩される前に復帰も容易だ。先細りという特徴からも突きの際に力が乗りやすくブレない。
武器としては一長一短だ。片方の長所が少々長く、片方の長所が少々短いが。
そして、リリアとレオーナの片手か両手…という内容については、バトルアックスと言っても、片手に持つ比較的軽めの武器と、両手で持つハルバードに似た武器があるからだ。
戦闘用の斧…というざっくりとした括りなので、ギルドでも…
『バトルアックスを用意しれくれ』
と言われれば、せめて片手か両手の物かは確認しているくらいだ。
「おっけぃ!」と言いながら、レオーナが武器を担ぐ。
両手で持つ用であろう、大剣の刃を一点に集中させたような巨大で太い片刃の斧…その形状をした木製の武器だ。
「…。それはグレートアクスだ」とリリアが呆れる。
「…じゃあ、どれ?」とレオーナは憮然となり、抗議するようにリリアに聞き返した。
リリアはため息を吐きながら、武器を並べている棚から、一本の武器を取り出す。
「これだ」と言いながらレオーナに渡したのは、槍状の先がなく、少し短めなものの、ハルバードに近い形状の物だ。
ハルバードとは決定的に違うのは、槍状の先が無いのと、両刃なことだろう。
つまりは…刃部分が短く、小さい。
レオーナはリリアに渡された武器を手に取ると片手で振り上げ、振り下ろしながら。
「え~軽いやつじゃん…刃だけ付けちゃダメ?」
とねだるが、リリアから冷たい視線を向けられたことで諦めて、渡された戦斧を担いでカホの元へと戻った。
カホは剣を構える。それに応えるようにレオーナは戦斧を担ぐ。
「まぁ、さっきよりはマシだよな!」
そう言いながら、レオーナは一気に飛び込む。
リリアはため息を吐く。彼女が監督官なのだ。しきりも何もなくいきなり斬りかかるレオーナはまさに獣そのものだ。
二人の距離は遠い…。
それはカホにとっては…の話だ。
カホのパリィが間に合わない…したとしても、力が乗り切り上から叩き潰せる距離での一撃。
カホもそれは理解していた。
両手でのパリィでも弾き返せない一撃だと。
それでも、カホは前へ出る。
レオーナの武器の刃を搔い潜るように一歩踏み出し、剣を横に振るう。
そのまま、逸らすように力を込める。
―重いッ!
そうカホが思ったのと同時にカホは剣の上から力だけで横凪に吹き飛ばされる。
レオーナは武器を振りぬき「一本!」とニカリと笑う。
カホは地面にしたたか体を打ち付けたものの、再度立ち上がる。
剣を握り直し再度構えると、レオーナは満足そうに頷き。
「そうだ。それでいい」
再度レオーナが斧を担いで飛び込む。
カホもそれに合わせて駆け出す。
力が乗り切ったところでパリィをしたところで、レオーナの膂力の前では歯が立たなかった。
それでも前に出るのは、レオーナの武器が長柄だからだ。
リーチでは敵わない。だから、力が乗り切らない間に接近し弾く…そう考え、出来るだけ接近しようとしている。
同時に二人がお互いの得物を振るう。
武器の軽い分、初動はカホが早い。だが、それだけだ。
本来ならば軽い武器の方が初動の振りが早く、重い武器の方は初動は遅いが最高速度が早い。
それでも、レオーナの方が早く最高速度に達する。
カホは両手で持った剣で柄を狙って振るう…だが、斧は受け止められたものの、そのまま地面に背中から叩きつけられた。
カホは咄嗟に頭を引いたことから、倒れる際には後頭部を守れた。
しかし、余りの膂力に背中を打ち付けられたため、衝撃で息が止まり、バウンドし力が抜けた瞬間に後頭部を地面に叩きつけてしまう。
カホは目の前が暗転したのか、目を見開き体を大の字に倒す。
「カホさん!?」その耳にマイの悲痛な叫びが飛んだ。
リリアも慌てて、レオーナを蹴飛ばしてからカホへと近寄る…。
カホの体には力など入っていないはずだった。
「カホさん!」ともう一つの声が響く。
礼儀正しいものの、何処か炎を思わせるような強い声だった。悲痛さのない、信じているといった声色は何処までも強い声だった。
その声にカホの指先が動く。
練習場の先…入口にその声の主はいた。
赤みが掛った髪と瞳、そして何故かネコミミのような装飾がついた白いローブを着たカホよりも幼い少女、リディ・ブランだ。
その隣には何故かげんなりしているヴィーニャがいるのだが、今は置いておく。
これは別のお話だ。二人の激しい関わり合いは…今は伏せておこう。
笑顔で入ってきたリディは、少し頬が紅潮しており、息が少し荒れている。テンションが上がっている…というのはその姿だけでも分かる。
「頑張って下さい!見てますよ!応援してますよ!」
彼女の言葉はまさに空気を読めていない。
気絶しているであろう人に、頑張れとは…狂っているのかもしれない。
ヴォルフとリリアは顔を思わず顔を引きつらせる。
リディがカホ達と仲良くしているのを知っているので、”死んだかも”等と言い出せないといった雰囲気だった。
…だから、マイはそんな言葉を掛けたリディを睨みつけた。
それだけではないのかもしれないが、マイはリディを…恨んでいた。
リディは続ける。
「約束忘れてませんよね?強くなって私を守ってくれるんですよね!」
悪戯っぽくリディがそう続ける。それと同時にカホの胸が上下した。
リディの言葉に呆気を取られたのは、マイ以外だ。
マイは「え…」と言葉を漏らし、リディではなく、カホへと視線を向ける。そして、それも見てしまった。
カホの胸が上下に動き、そして地面を掻く姿を。
私以外の為に立ち上がる姿を…
「まだだ…まだ終わってない…」
そう言いながら、カホは震える手で体を起こし、震える脚で必死に体を立ち上がる。
いつものことだ。
敗北しても…倒れても立ち上がる。
カホはそうやってここまで来た。愚かさだけを武器にここまで来た。
だが、誰の目にも異常に見える。だから高揚させられる。
それでも分かり切っていたのに、認めたくない現実はいつだって辛いものだ。
「どうして…」とマイは歯噛みする。
リディはさらに声を張り上げる。最大限のエールを送り出す。
「共に頑張りましょう!共に研鑽しましょう!共に強くなりましょう!」
リディの言葉がカホの耳を打ち…さらに強くマイの耳を打つ。
叫びたかった。狂いたかった。それが許されるのなら…とすらマイは思っていた。
だから、願うしか出来なかった。
その続きを言わないことを。
リディの声が聞こえていないことを…。
「当然だよ」とカホは弱弱しくもはっきりと言った。
……。
マイは何も言わなかった。ただ、木剣を強く握りしめ立ち尽くしていた。
カホは深呼吸をする。
震える手で剣を握り直し、何度かそれを繰り返すことで、口元に笑みを浮かべた。
レオーナはその姿を満足そうに笑顔で見る。
すぐ隣では、リリアがレオーナに掴みかかり怒鳴りながらも、周りに救護班を呼ぶことを指示し、カホにも休むよう伝えていた。
だが、二人には聞こえていない。
二人にはお互いとお互いの得物しか見えていなかった。
レオーナはチラリとリリアを見る。
いくら聡明なリリアでも、焦っていたのだろう。その手には何も握られていない。練習用の木剣ですら捨てていた。
カホは胸の音で周りの音が遠くに感じていた。
何処か高揚するように、痛みを感じていた。
悲しみから、安堵をするように変わった、優しい温かさのある痛みが右手の甲にうずく。
だが、カホがより強く感じていたのは、首筋の痛みだ。
燃えるような痛み―それがカホを奮い立たせる。
「応!」とレオーナが叫ぶ。
リリアが面を喰らい、体を一瞬後ろに引く。それをレオーナは見逃さなかった。
リリアは突然の痛みと、流れる景色に対応出来なかった。
蹴り―だ。
レオーナは隣に立つリリアの一瞬の隙を突き、蹴り飛ばすと共に得物を担いで駆け出す。
カホは突っ込んでくるレオーナをしっかりと見据える。
だが、さっきのように無為には突っ込まない。
接近しなければレオーナの膂力に押し切られる…それは間違っていたからだ。
接近したとしても、レオーナ程の剛力であれば、カホ程度等押し切れるのだ。
レオーナが一撃を真っ直ぐ振り下ろす。カホはそれと同時に横に跳ぶ。
レオーナの一撃は木製の武器であるにも関わらず、その一撃は容易く石畳を砕く。
レオーナの横に回り込んだカホが剣を振るう。
「おっせぇ!」とレオーナが叫び、地面を穿った得物をそのまま、腰の捻りと肩を使って一気に振りぬく。
風を薙ぐ一撃が轟音を鳴らす。
レオーナの一撃は先ほどの剛剣等とは比べ物にならない程の速度だ。
当たれば命の保証などない。
カホはなんとか体を横に倒し、レオーナの得物は避け切った。
だが、その顔にもその鋭い風が掠め、体と剣がブレる。それでも、カホは踏み込みながら横凪ぎを振るう。
カホの一撃…苦し紛れでしかない一撃はレオーナが軽く得物を返しただけで受け止められ、さらには逆に得物を地面に刺して軸にしたレオーナの蹴りで吹っ飛ぶことになった。
カホは地面を転がるが、すぐに手をついて立ち上がり、駆け出した。
訓練だと言うのに、擦り傷だらけで、血を流しながら…。
カホは狂ったのかもしれない―と周りは息を飲む。
彼女をそうさせるものは一体なんなのか…。
マイの光…リディの炎…それだけではない。彼女の中に芽生えてきていたそれは、かつてとある少女が、彼女に伝えようと必死に懇願したが、ついぞ叶わなかった願い。その形。
強く、誇り高く、それでいて純粋で、孤高…
なのに―優しく、どこか抜けていて、恥ずかしがり屋…。
10代くらいであろう幼い容姿。
起伏のない体つきなのに、煽情的とも言える肩やふとももを露出させたローブ。
頭から生えている羊のような角…
赤く強い…瞳。
「レヴィアちゃん…私、戦えるよ」
カホは『決意』を口に出す。
彼女…カホの言葉に応える者はいない。だが、確かに何処かにいる彼女は笑った。
レオーナは得物を担ぎ、駆け出しさらに振り下ろす。
どれも必殺の一撃。軽く魔物の頭を叩き割る剛腕。そこから繰り出される一撃は、カホの細腕では耐えきれない。
それでも、まるで踊らされるように脚をもつれさせながらも、カホは剣で一撃を逸らし、何度も吹き飛ばされながらも立ち上がる。
カホが立ち上がる都度に。マイは目を伏せる。
カホが立ち上がる都度に、リディは拳を強く握りしめる。
カホが立ち上がる都度に、レオーナは満足そうに笑う。
何度も吹き飛ばされながらも、それでもカホは立ち上がる。そして、視線が空を捉える。
―そう言えば…あの時、私はどうしたんだっけ?
そんなことを思いながら、血を吐きながら剣を構える。
レオーナは緩めない。
それは、1人の戦士としてカホを認めているからだ。
レオーナから、さらなる一撃が振り下ろされる。カホには最早体に力が入らないのか、子供が大人の膂力に引っ張られるように簡単に倒される。
もう何度負けたか分からない。
それでも、カホは負けた数なんて考えていなかった。
首筋から生まれる痛み…体の痛みの方がよっぽど重傷なのに、そんな傷なんか気にならないくらいにもっと痛む。胸に刺さり、抉られるような痛みが彼女を奮い立たせ続ける。
カホはその痛みに―温かみを感じていた。
―そもそもレヴィアちゃんの力に私は敵わなかったのに…どうして…
駆け出しも駆け出しだったカホが今まで旅をして分かったこと。
それはどうしようもない位に、彼女…レヴィアが強かったことだ。
ウェン、ダンカン…あとラッシュよりも強く。
シャンよりも早く、ミルゴよりも正確で。
団長シグルドの繰り出す、グレートソードの一撃よりも重い。
アンヌの『銀閃』…目に見えない程の一撃と、同じ速度で。
それら全てを…レヴィアは繰り出していた。
戦神の名に違わぬ純粋な力―
カホの瞳に空が映る。
遠く、手に届かない遥か彼方まで続く青い空が。
その空にレヴィアの背が重なる。
届くわけがない遥かなる旅路。
それでも一瞬だけでも道が交わった…。
一瞬だけでも、彼女はその背に触れた…。
レヴィアの力に魅了される訳でもなく、力を渇望している訳でもない。
その空の彼方にようやく見える背中に―カホは手を伸ばし、掴めなくとも手を届かせるように、立ち上がり剣を構える。
「おいおい!転がってるだけか?もっと、動け!ほらほら!」
レオーナが挑発し、その声に応えるようにカホは息を吸い一歩を踏み出す。
両手で剣を握り、カホはレオーナとさらにその先の空の彼方にいるレヴィアを見据える。
レオーナはカホが剣を構えるのを見てから、唐竹割りのように得物を振るう。
カホは一歩だけ踏み込み、両手でレオーナの得物に剣を当てる。だが、そのまま弾くのではなく、眠りの間で戦ったスケルトンと対峙した時にしたように、左手だけに持ち替えて逸らす。
力の向きを流すようなパリィにレオーナは驚きで口を開きく。そのまま近づき剣を振るおうとするカホに対して、レオーナは蹴りを打ち込む。
蹴り飛ばされたカホは、蹴られた鳩尾を抑え、えづいたが、倒れず踏ん張った。
「違う…もっと…もっと…だ!」
カホがうわごとの様に呟く。
強くなりたい―。
出来る訳がない願い。届くわけがない背中。今までは胸に秘めていただけだった。
彼女の中で最強の光への憧れが輝く。
カホは光を見据え、その光がレオーナに重なると、その瞳には走馬灯が流れていた。
襲われてマリアを助ける為に、ナイフを抜いたことを。
マリアを助けたくて、生まれて始めて握った剣を、横凪に振るったことを。
ウェンの槍さばきだけでなく、周りを鼓舞し指揮する姿。
ダンカンのような一撃の重さと、それを活かすための素早いラッシュの一撃。
ミルゴとシャンと競い合った日々と、そこで得た柔らかな握り。
アンヌの神速の剣にはついぞ届かなかったが、それでも諦めなかった一撃を。
たった一日…それでも彼女に剣の握り方、振り方、パリィを…その基礎を教えてくれた背中。
不愛想で、不器用で…それでも、カホを冒険者へと導いた…この世界を愛する師匠を。
確かにそれらが今のカホの剣を作り上げていた。
―忘れておらぬか。妾を?
声が響く。
どこか楽しそうで、意地悪で、我儘。なのに、真っ直ぐで、誇り高く、優しく、強い。
そんな姿に憧れ、焦がれるようにカホは剣を―優しく握り込む。
もう握り込むだけの力も無かった…だからこそ、優しく握り込んだ。
レオーナが得物を下段から掬いあげるように振り上げる…。
乾いた木を削る音が鳴った。
まるで鉋で優しく、薄く木を撫でるような音だった。
「へ?」とレオーナは声を漏らし、振り切った斧に伝わるはずの衝撃がないことに目を剥いた。
「レオーナ!貴様…」と頭を打ち付けて気絶していたリリア副長が目を覚まし、怒鳴った…ものの、すぐにその声は消えた。
誰もが息を飲んだ。
「これだ…!」
カホが声を出す。
剣を振り切ったポーズで、カホはレオーナの前に立っていた。
レオーナは再度踏み込みと共に、得物を振り下ろす。
剛腕の一撃。本気の一撃には程遠くても…その一撃は風を切り裂き、地面を砕くだけの力がある。
だが―
また鉋が木を削るような音が響いた。
シャ―という軽い音だ。
軽く…迫力がなく、ただただ優しい音だった。
それでも、レオーナの一撃は石畳だけを砕く。
「あれ?」とレオーナ自身何が起こっているのか分かっていない様子だった。
何故なら、斧を振り下ろしたのに、衝撃も何もなく何故か目の前にいるカホにだけ当たらないからだ。
再度、レオーナが得物を振る―
だが、それも「んお!?」とレオーナが声をあげる程に、カホにだけ届かない。
―これだ。ずっと形に出来なかったんだ。
カホはそう思うと、瞳を閉じ、時には片手で、時には両手で剣を握りながら、風切り音を撫でるように剣を振るう。
そして、剣がレオーナの得物に当たる…その瞬間だけ僅かに腰と肩に力を入れ、柔らかに撫でるように導く。
戦神―レヴィアの一撃を、彼女が手加減していたとはいえ、何故か未熟なカホは逸らせていた。
その一撃を再現するように。それでいて人間に合わせるように優しく剣を振るう―
レオーナの連撃が襲う。だが、どれもカホには届かない。
力の抜けた肩と、腰。それでいて、得物同士が当たる時にはほんの少しだけ力を入れ、優しく導いていく。
(あの時は無我夢中だった。だけど、これだ…)
相手の得物に、自分の得物を当てる。軌跡を上書する―パリィ。
旅の中では何度かしていた。だけど、どれも完全ではなかった。
力任せや、あるいは相手の得物に合わせて打ち据えて、相手の動きの流れに合わせて動きを上書きしていた。
だけど、一度だけ…生まれたばかりの未熟な時に成功していた。
それは、まさにあの戦神レヴィアと戦った時だ。
自分は柔らかく、相手の得物に当て…その上で逸らすのではなく、一瞬だけ力を入れる。
その上で…優しく相手の力に合わせながら、相手の力を相手の力のまま外へと導く―
これはカホの歩んできた旅路と、マイの『光』、リディの『熱』によってようやく形となった…。
優しき勇気達によって照らされ生まれた力。
「キレイ…」とヴィーニャは素直にそう感想を言う。
リディは息を飲み、ただ美しいパリィに「素晴らしいです」と溢す。
マイは何も言えずにただ、見惚れていた。
カホの新しいパリィを。
心地の良い木を削るような音が鳴り、剛腕の一撃はどれも外へと導かれる。
そんな中、カホは明るくも、物鬱気がまじりあった表情で、小さな呼吸で上気させた頬、うっすらと浮かんだ汗、微笑みに似た小さく上下に開いた唇…おおよそ彼女には似合わない色気と美しさを浮かばせながら、美しく舞うように、風のように優しげな、新たなパリィを繰り出し続ける。
―”柔らかなパリィ”を。
レオーナの暴風のような一撃を、カホは優しき風で応えるように導く。
それは剣舞ような美しさすらあり、誰も声を出せず、ただ見惚れていた。
触れ得ざる剣。風に乗る剣。風に舞う剣。冒険者を導く『青き風』のような、”優しき風”の剣。
彼女…カホの知るファンタジー物語から呼び名を募るのであれば、その剣技は”風の王”や”祝福されし風”…ヴァルマンウェと呼ぶに相応しいだろう。
カホはレオーナの連撃を全てを弾き終えると、クルリと周り、まるで一礼するようにゆっくりと剣を構える。
「レオーナさん!」
そう強く、対峙するレオーナに意思を示す。
まだ戦える―。
カホの強い、勇気を湛えた瞳がレオーナを映す。その意思に応えレオーナはさらに得物を握る力を強くする。高揚と興奮で身を震わせ、そして悦びを浮かばせる。
レオーナはリリアが正しかったと理解し、荒くなった息を整える為に大きく息を吸う。
カホの息はいつの間にか整っており、その技が無駄な力を使わず…ただ、諍いを治める為の技だと分かる。
それこそ、本来のカホに相応しい力なのかもしれない。
レオーナは満足に、ただ嬉しそうにニカリと笑い、得物を握る力を、肩の力を、腰の力から手加減を失くし、得物を脇に構える。
一人前の戦士…それと対峙する為に、レオーナは今出来る全力で応える構えを取った。
「当然、付き合うぜ!」
「中止だ!馬鹿者!」と大声と共に、レオーナはリリア副団長に蹴り飛ばされた。
レオーナの巨体が嘘みたいに吹き飛び、地面を転がる。
起き上がってからレオーナはポカンと口を開けていたものの、
「うぇぇぇぇぇぇぃ!?」と絶叫するが、リリアはそんなレオーナに対峙するように木剣を両手持ちで構えながら。
「お前…あとで反省文100枚だ!」
リリアの静かな怒りにレオーナは顔を引きつらせながらも得物を構えながら立ち上がり。
「あ、あたしの…責任…だよなぁ…」と半分諦めながら確認する。
しかし、確認もそこそこにレオーナが得物を両手で振り上げ、その一撃が振り下ろされる。
不意打ち―でもある。
だが、そんなものはリリアには届かない。
刹那にリリアは身を引きレオーナの一撃を紙一重のところで躱すと、そのままレオーナの得物を踏みつける。
リリアはレオーナの言葉に頷いて答えながら、そのままレオーナの得物を踏み抜き―木製の武器を破壊する。
得物を破壊されたレオーナは体勢が崩れ、前のめりとなる…リリアはそこに両手で持った剣で突きを放つ。
レオーナは慌てて、その突きを躱し、後方へ飛ぶがリリアはさらに一歩踏み込みながら切り上げて、レオーナの顎に一閃を放つ。
「あが…」とレオーナが苦悶の声を上げ、後ろに倒れようとする…が、リリアはそれだけには留めず胴体に斜め十字に二閃を打ち込む。それと、ほぼ同時に二閃が交錯した中心を真っ直ぐ剣で突く。
鈍い音が響く…。
その音ともにレオーナは悲鳴にならない悲鳴を上げ吹っ飛ばされた。
レオーナは立ち…あがれなかった。
リリアの剣は洗練されている騎士の剣術だ。そして、レオーナと”同じく”どれも必殺の一撃だ。
違いは豪快で英雄的な力任せで見るからに重いレオーナの一撃と、見た目では軽く見えるのにその実重いリリアの一撃ということだ。
カホはポカンとしていた。
いや、するしかなかった。
あれだけ強かったレオーナが目の前で、一瞬で…リリアは倒してしまったのだから。
『青き風』の副長…リリア。
美しく整った顔立ちと、騎士を思わせる麗装でありながら、ならず者の一員であり、お山の大将を務めている…故に”女騎士”と揶揄される。
だが、そんな身でありながら、誰もが…胸が貧相であることを馬鹿にはするが、誰もが一目を置く冒険者だ。
それは”ならず者”の中で唯一と言っていいほど常識人で聡明だから…だけではない。それもあるが、それだけでは決してない。
文武両道。謹厳実直。その体現をしているから…だけでもない。
そもそも、リリアの腕っぷしに敵う者が稀だからだ。
『青き風』で、いや『金の翼』でも…本気のリリアに対して勝ち星を多く持つ者はそういない。
いたとしても、その両ギルドの長のみだ。外で見れば『銀閃』のアンヌくらいだ。
レオーナ以上の力で押すシグルドと、技量で圧す『金の翼』のギルド長…その二人に比べリリアはシグルドよりは力は劣り、技術では『金の翼』のギルド長よりは劣る。
だが、二人よりも劣るだけでリリアに短所はない。力もあり、技量もある。
どれ程か…というのは難しい。10段階の人間に合わせた数字で言うなら、シグルドの力が10なら、リリアは8だ。そして技量は『金の翼』の団長が9なら、リリアは8だ。
1年に1度行われる両ギルドの対抗戦でも、その強さは轟いており、ギルド長は出場しないという取り決めこそあるものの、リリアは3年連続で優勝している。
1年目は彼女の本来の戦闘スタイルの、片手剣と中盾で。
それで強すぎたが故に2年目は小盾とショートソードで。
それでも敵う者がいなかったことから、片手剣のみで…と変遷したが、どの大会でもだが、レオーナを除いては接戦すら出来ない程の強さだった。試合にすらならなかったという方が合っているのかもしれない。
一応、エキシビジョンとして参加した4年目は…エキシビジョンでの参戦ということもあり、優勝を取り消しとはなっているが、武器を持たず大盾だけを使って優勝している。
その為、リリアのあまりの強さに、ここ最近は出場すら出来なくなっているのは余談だ。
両ギルドの団員が”勝てる気がしない”、”団長よりも厄介”とさえ言われているが、そんな彼女に短所があるとすれば、美麗な容姿に反して胸が貧相ということくらいだ。
リリアはカホに視線を向け。
「カホ…君の勝ちだ」と静かに伝え、「暫く休め、いいな」と続くその言葉は厳しく言った。
カホはリリアの言葉と共に尻もちをつく。
その理由をカホはすぐには気付けなかった。
体は傷だらけ。血も吐いており内臓系にも少なからずダメージはあるだろう。もしかすると、骨だって折れているかもしれない…そんな状態でもカホはまだやる気であった。
限界なんてとうに来ていたにも関わらず、カホは立っていた。今の座り込んでいる姿がきっと正しいのだろう。
「カホ…さん」とマイが呟く。
二人の戦いを見ていた…彼女は見ていてしまった。
ずっと見ていた。
マイにとっての勇者(王子)様の雄姿を…。それが、横取りされるところも…。全部見ていてしまった。
だから、静かな風切り音に気付けなかった。
乾いた音がなる。
「あ…」と思わずマイは溢し、手に走った痛みを気にする暇もなく、ただ打ち上がった木剣を眺めていた。
「はは…隙あり」とヴォルフが木剣を構え直し、マイにそう告げる。
隙を見せたマイの手首に打ち込まれ…そのまま鍔を起点に木剣を打ち上げられた…。
そう気付くのにマイは少し時間を要した。
落ちた木剣が乾いた音を鳴らし転がる、
マイは…一瞬だけ唇を噛み締める。
それをすぐに解くと、弱ったように、困ったように笑顔を作り。
「はい…私の負けです」
素直にそれを認めた。
拳を握りしめ。
涙を堪え。
荒れそうになる息を無理矢理整えながら…それを認めた。
口出した瞬間に胸が締め付けられ、涙が浮かんでも我慢して…認めた。
「卑怯者」とリリアがヴォルフに溢すと、当の本人であるヴォルフは憮然とした様子で。
「うるせぇ…。俺じゃ勝てる訳ねぇだろが…」
呆れるように返答をし、リリアは「鍛錬が足りん」と厳しく言い放つ。
それはヴォルフに言った言葉だ。
分かっているのに、マイはその言葉を噛み締めてしまう。
そんな二人に混じるように起き上がったレオーナが駆け出し「片手!?片手だよな!?」とねだるような声を上げる。
ここでの片手というのは反省文用のざら紙の大きさだ。
リリアは当然のように「両開き両面だ!」と怒号を飛ばし、慌ててカホの方へと寄りその体を抱き上げた。
救護室の準備…そういった話を周りがしていく。
中にはリディのように倒れかけのカホに称賛と心配を同時にするような姿もあった。
そんな中、マイは負けた場所から一歩も動かず、ポツンと一人立つ。
手の痛みなんて大したことない。ヴォルフは手加減して打ち払った。それでも、マイは手首を抑えていた。
「負けた…」
そうマイは誰にも聞こえない声で呟き、唇を噛み締めた。
―マイは侵されている。
カホという大して強くもない。凄くもない。なんなら、弱く、脆い光に。
カホは小さな電球のような光だ。
だが、それは彼の素晴らしき天才にして、英傑…トーマス・エジソンが作りし暗闇を切り裂くような叡智の結晶ではない。
彼のような人類を夜の闇から解放するようなものではない。
よくて、ハンフリー・デービー…いや、これも言い過ぎだ。彼も天才だからだ。
原始人がたまたま石を打ち付けた時に出た火にもならぬ小さな火花。
薪に火をつけるにはそれだけでは心もとない、その程度の光源が消えず残っているだけなのだ。
マイにはもっと美しい光がある。
太古より人々を照らし、導き、神すら宿らせる美しき、静かな光。
彼方にて輝く、煌めく優しき『星』の光。
それが翳り、見えなくなるような光ではないのに、そうだと誤認する…。
―黒く染まる。染められる
黒くなんて染まっていない。染められる訳がない。
ただ、遥か彼方にて輝くからこそ、近しい光によって見え難くっているだけなのに、光に魅了される。光に侵される。
蛾が光に焦がれ、炎によってその羽を焼かれるように。
いや…もしかすると、ただの日常へと逃げるが故の背光反射なのかもしれない。
目を背けたい。光から目を背けたい…。
だから、気付かぬうちに逃げ、羽を焼かれるように。
勇気の毒を飲んでしまったが故に―マイは侵されていた。
一瞬…ほんの一瞬だ。
心優しく、心弱いマイが、暗闇を恐れていた時に、愚かな火打ち石の光により勇気付けられてしまった。
そして、その明かりで”己の真の輝き”を解き放ったから、それが自分の物ではないと錯覚している。
マイは…愚かだ。
どうしようもないくらいに…自分の輝きを信じられない愚かな少女だ。
これは、『勇気』の持つ毒…。
『勇者の毒』だ…。
「もう…ダメなのかな…」
マイはそう溢し、涙も、悲しみも隠し…ただ、空を見上げる。
どこまでも青い空は、涙の色で滲んでいた。
「私じゃ…守れ…ないんだ…」
闇を望む声が彼女の光をくすませる。
美しき『星』に、くすんだ色がただ暗く、黒く、昏く…彼女の光を上から書き換えて行く。
闇の顔料が彼女の『星』を上書する。
レヴィアは森の中を歩き続ける―
不意にその瞳が…あの少女を映した。
黒い…夜の闇のように美しい黒髪を持つ少女…。
「あやつとも縁があるな」と悲し気に溢す。
少女は相変わらず泣いていた。
泣きながら、愛刀であろう…身の丈を超える、青き刀を抱いていた。
刀身に血をこびり付けさせ…その身には血を浴びただ泣きながら蹲っていた。
今しがた斬ったであろう男の亡骸の前で…少女は泣いていた。
何度も刀を振り下ろしたからか、男の亡骸には殆ど原型等残っていない。しかし、少女の衣服は所々破れ、彼女が斬った男に乱暴されそうになったであろうことは分かる。
…それでも彼女は泣いていた。
命を奪ったことに、ただ泣いていた。
彼女の旅路はあの青き刀と共にあるのだろう…ならば、唯一の友があの刀なのだろう。
こびりついた血すらも透き通らせる程の、月光のような青き刀身。
それは彼女の悲しみを現わすようにどこまでも、澄んだ青色を静かに示していた。
レヴィアはため息を吐き、喰らうに能わない少女に歩み寄る。
少女はレヴィアに気付き顔を上げると、叫び、泣き、哭き…ただ赦しを求める言葉を、懺悔を口に出す。
それはレヴィアに不要なものだ。
レヴィアは口元を歪め、呆れながら、しゃがみ…数瞬迷った末に少女の肩に触れる。
「肉を喰え」
そう言って…生肉を少女に差し出す。
野生動物等彼女の『威圧』で逃げてしまうから肉は貴重な物だ。
ましてや、この肉は怪我した我が子と、伴侶を守る為に…『威圧』により息が止まりながらも、勇敢にもレヴィアに立ち向かってきた岩鹿の肉だ。
その真の『勇者』の肉をレヴィアは少女に差し出す。
少女は差し出された生肉に戸惑いと、嬉しさを滲ませ…生肉を持つレヴィアの腕に縋りつく。
生肉から滴る血が髪に頬についてでも…ただ、彼女は人の温もりを求めていた。
泣いていい胸を求めていた。レヴィアの胸は大分扁平だが。カホよりマシとはいっても扁平だが…それでも、胸には代わりはない。
ただ、今の彼女には涙を流す場所が欲しいのだ。
ただ、温かみが欲しいのだ。
ただ、優しさが欲しいのだ。
だから、かつて出会ったレヴィアにそれを求めた。
不確実で、あるかも分からない優しさに溺れたいが故に、涙を流すために少女は彼女を求めた。
レヴィアは触れる。少女の小さな体と共に、少女の持つ強大で…大きな祝福に。
世界を変える程の力の奔流―。
神によって玩具にされ、全てを無茶苦茶に上書された力…。
それに押しつぶされそうになっている小さな少女は、力に見合わない、悲しい存在だった。
彼女に宿るものは、幼年期の終わりを告げる為の鐘の音…そんな力だ。
新たな上帝の力。
ここで殺せねば―
いずれ世界を救うか、滅ぼすか、そういった…この少女には過負荷過ぎる運命の力だった。
だが…それでもレヴィアにとっては、彼女は喰うに能いしない…。
心弱い少女であるが故に、レヴィアはそっとその頭を抱き、撫でる。
それはかつて自分にそれを与えた、友から貰った優しさと温かみを伝えるように。
この弱き少女と戦い…友情を育むことはないだろう―
そうレヴィアは思うと共に、ただ優しく少女の嗚咽を受け止める。
彼女の道に、正しき祝福と勇気があらんことを…そう願いながらレヴィアは彼女の涙を受け止め続けた。
その涙が枯れる頃には、少女はついぞ眠りについた―。
涙により闇を拭えた彼女の表情は、ただ美しく、弱弱しい月のような少女だった。
レヴィアは憮然としながら、「主に感化されたのではないぞ」と遠くにいるであろう友に言い訳のような言葉を溢し、少女の体を優しく抱きあげる。
優しく、起こさぬようにその少女の頭を自分の膝に乗せる。
「感謝しろ。生まれの違う…良い枕だぞ」
レヴィアは愛おしそうに、か弱き者を守るように少女の頭を撫でる。
そして、口を開く。
その口から生まれたのは、優しい歌だ。
あの友から伝えられた…決して上書されぬ、変わらぬ優しい歌だ。
新たな小さな命を見守る…それだけの歌。
カナリアという知らぬ鳥が優しく歌い…。
琵琶という知らぬ実が風に揺れる優し気な音が心地よく…。
樹鼠がいたずらに走るが、それは心地よい揺らぎを…。
そして…夢と共に黄金の月が命達を優しく照らす…
それはきっと、母の歌なのだろう。
レヴィアの歌は少女には届いていないだろう。
それでも、少女の瞳からは涙がこぼれていた。
『勇者』の毒に侵されず…狂うことも赦されず…。
全てを神と人間によって狂わされた、涙のような少女はただ、泣いていた。
冷たく昏い道を歩まされる運命が故に、ただ、暗く、寒く、優しい『月』の少女は、ただ…レヴィアという炎の温かみに触れて泣いていた。
「…お母さん。ごめんなさい…」、そんなうわ言も闇へと消えて行く。
碌(6)でも無(0)い話を書きたくて…ここまで取っていた三人のエピソードなんですが…。
やっぱり碌でもないですね。
順番も碌でもないでもないことになってますし…どうでもいい寒いギャグの為に取っておくのは碌でもないですね。




