第五話『ラッシュとダンカン』
『第五話』
マリアちゃんの突然の邂逅に体が硬直してしまう。
何がどうなっているのか分からない。頭が追い付かない。
「まかせときな。バカ亭主…」
その声と共に、お爺さんの首根っこが掴まれ後ろに引かれた。
「え?」と声が漏れてしまう。
それはウェンさんも一緒だった。
その人は剛毅に笑って、一人で奮戦し傷だらけとなっているウェンさんを見つめる。
「なんだい、その顔?おばけでも見たかい?このバカ亭主」
「カミラ!?」
その名を呼び、ウェンさんはその手を一瞬止め、目を見開く。
「何やってんだ!逃げろっていっただろ!何を…」
言いたいことが出てこないのだろう。そうだ。だって、女子供の皆はここから逃げられるように商人風の男性に頼んだのに…どうして?
カミラさんは首を横に振る。
「逃げてんのはあんただろ?あんた、あたしが逃げられたからって、手を抜くつもりだったんじゃないのかい?どうせ死ぬならあたしにつくしてから死にな」
「冗談言ってる場合か!お前…俺達は」
必死なウェンさんの言葉だが、カミラさんは大きく笑ってみせた。まるで、おかしい話でも聞いたかのような笑顔だった。
それから、ひと呼吸だけ置き、静かにウェンさんを見つめた。
「冗談でいうもんかい」
真剣な言葉だった。嘘も冗談もない。添い遂げると決めた覚悟だったのだと思う。
「あたしはここにいる。あんたとここにいる。そう決めたんだ。これが冗談なもんかい!」
言い切られて、ウェンさんは視線を逸らした。
ゴブリンが入り口に向かってきていたが、それを後方からラッシュさんが斬り倒す。
ラッシュさんは少し複雑そうな表情をしていた。ダンカンさんも続いてきたが表情としては呆れているようだった。
カミラさんは周りに目をやる。
その先を見て私は驚いてしまった。きっと、この村で戦っていた男性全てが驚いた。
「見てみな。皆ここにいることを選らんじまったよ。ほら、しっかりと守りなよ!」
周りには逃げたはずの女性や子供がいた。
数人の若い女性は農具を持ってバリケードへと走る。
人数が増えたことによって、防衛線が回復していく。
子供や、年老いた女性は石を拾い2カ所へ集めていた。
「5年前とは違う。ウェン、いい加減目を覚ましな!」
カミラさんの檄が飛ぶ。ウェンさんは振り返らずにただ門扉の方を見つめていた。
その横顔には涙が流れていた。
「…そうだな。もう、悪夢から覚めたよ」
ウェンさんの決意が私にも聞こえた。
そんなウェンさんに満足したのかカミラさんは腕を組んだまま一息つき、
「まぁ、あたし達を動かしたのはその子だよ。カホお姉ちゃんと残るってさ」
カミラさんがマリアちゃんに視線をやる。
マリアちゃんは大きく頷いてみせ、
「もう、大切な人と別れたくない…だから、カホお姉ちゃんと一緒に私も戦う!」
真っすぐに見つめられ、何も言い返せなかった。
早く逃げて、とか危ないから、とか言わなきゃいけないのに…折れそうな私の心をしっかりと支えてくれる。
その体を抱き留め、その小さな温もりを感じてしまう。
何やってるんだろう。まだ、戦闘は続いているのに。
勝利の定義が崩れてしまったのに。
なのに…どうして私は安心しているのだろう。
「それに、ここがあたし達の村だ。あんたがいない、ここ以外じゃ住む気にならないよ」
カミラさんの声が聞こえる。
そうだね。ここは皆の大切な故郷で、皆がいる場所だ。
―守って見せる。
立ち上がり、気づいていていたら流れていた涙を拭う。
しっかりとマリアちゃんの瞳を見つめ、その強い光に応えるように頷く。
「女子供は男やゴブリンに舐められたら終わりだよ!皆、準備は出来たね!」
女性と子供達が手を振り上げ、勝鬨に似た声をあげる。
「シノの村の意地を見せてやれ!」
それに続いて、疲弊しきっていた村の皆も武器を高くあげ続く。
戦いはまだこれからだ。もう安易な道、逃げ道はない。
戦い続けるしか―勝利するしかない。
「はは、カミラさんはおっかねぇ」
ラッシュさんが困ったように頭を掻く。その顔には怒りはなく、どこか吹っ切れた様子だ。ラッシュさんは言い終わってからウェンさんの方を見る。
「これで勝つしかなくなったなウェン?」
ダンカンさんが静かにウェンさんに尋ねる。
ウェンさんは小さく肩を震わせていた。
それでもその顔には後悔はない。
「ああ…。皆、勝つぞ!」
決意と共にウェンさんが武器を再度構える。
ウェンさんの声に応え、私は剣を構え直し、壊れたバリケードへ殺到するゴブリン達へと駆け出す。
「カホお姉ちゃんがんばってね!」
駆け出す背中にマリアちゃんの声が届いた。
「お姉ちゃんに任せて!」
自分でも力強く言えたと思える声に、自分自身力を貰った。
負けていられない。マリアちゃんばかりに無理はさせられない。
ゴブリンの前衛は後から来た女性陣への攻撃を始める。
女性を狙うのは習性なのだろうか?
そう思いながらも、剣を振るう手は緩めない。
女性への攻撃に気をとられているその体を深々と突き刺す。
勿論、一応とは言え私も生物的には女性だ。
ゴブリンの一匹がこん棒を片手に振り下ろしてくる。
隙も出来てしまった。盾は間に合う…
そうは思ったものの、スコップの平たい部分がゴブリンの顔面に直撃した。
私が援護に入った女性が震えながらもスコップでゴブリンを攻撃してくれたようだ。
仲間がいる。さっきよりもずっと多く。
ゴブリンから剣を引き抜いてから、
「ありがとう!」
とお礼を言うと、その女性は大きく頷き。
「私もカホちゃんみたいに頑張るから!」と強い決意を見せてくれた。
手は震えて、涙ぐんでいたけれど、そんなの私よりずっとマシだよ。
私なんかとは大違いだ。皆、強くて気高い。だからこそ、私は皆に負けていられない。
師匠から教えて貰った技術を使いこなして見せる。
風切り音が響く。慌てて聞こえた方向へ盾を構える。
衝撃と共に鈍い音が盾からした。投石だ。
投石はいまだ止まない。数も減った気がしない。
防衛線は崩れかけていはいるけれど、まだ大丈夫なはず。
「たく、まだいんのかよ!」
とラッシュさんが不服を漏らす。
いつの間にかダンカンさんと共にこちらに来てくれていたようだ。
そういえば自然とこちらに居座っているけれど、私のペアはウェンさんのはずだ。
ウェンさんを探してみると、入り口近くにいた。その隣にはカミラさんがいる。
あれなら援護は必要なさそう。むしろ、水を差すことになりそうなので気が引ける。
ふと、周りが暗くなってきた。
異変に気付き、後ろを見るとウェンさんの家から出ていた炎が消えかけていることに気づいた。
「明かりが…」
「まずいな」
私とダンカンさんが殆ど同時に口を開いた。
数は上。投石による援護があり、さらに夜目の利くゴブリン達がさらに優勢となってくる。朝日が昇るまであとどれくらいかは分からない。それでも、視界の悪い中での戦いを考えると冷や汗が出る。
そんな時だった。ふと、森の入り口付近に何かが光った。
「あれは―?」
指を差して隣にいるラッシュさんに聞いてみた。その瞬間、轟音と共に私のすぐ横を光が走った。
反応できず、通り過ぎた後に腕の痺れに気づいた。
雷…のようにも見えた。
「魔法だ!皆、隠れろ!」
ラッシュさんが声を荒げる。それに続いて、皆が物陰へと隠れたものの、瞬時に私の近くにあったバリケードが轟音と共に吹き飛んだ。
二度目でようやくそれが雷のように見えた。
高速で目で追うのがやっとだ。とてもじゃないけれど避けられない。
魔法なんていうのは全然信じられないけれど、ファンタジーな世界だ。あったっておかしくはない。
私は近くにいたマリアちゃんを抱えて、近くの物陰へと飛び込む。
瞬時、私のいた場所に雷が襲う。
何とか助かったものの、問題は山積みだ。
問題はバリケードがやられたことだ。
これで完全に破壊されてしまったバリケードは二つ。それよりも、あの魔法から隠れていたらいずれ全てのバリケードを破壊されてしまう。
建物に隠れようにも、逃げるところを狙い撃ちにされる上に、あの破壊力では建物の壁も無意味だろう。
「門扉を閉めるぞ!壊れたバリケードの方に増援を…」
ウェンさんの指揮が飛ぶ。
それに応答した村の住人の一人が立ち上がり駆け出したものの、その体を雷が打ち抜いた。
「がぁ…!」
息を呑んでしまう。
目の前で雷に打たれ、力なく倒れていく。
次にああなるのは私かもしれない。
不意に隣にいるマリアちゃんの手を握ってしまう。
怖い―どうしたらいいのか分からない。
そんな間にも雷は次々、バリケードや建物を破壊していく。
咄嗟にラッシュさんが飛び出し、倒れた男性の方へと駆けて行くが、その途中で雷が彼を襲う。
ラッシュさんは咄嗟に飛びのき、近くの遮蔽物へと隠れた。
「狙い撃ちかよ!どうすんだウェン!?遮蔽物から出られねぇ!助けにもいけねぇ!」
ウェンさんなら―そんな淡い期待と共に彼に全てを委ねようとする。
ここまで皆を率いていてくれたウェンさんは…頭を抱えていた。
「分隊を作って…片方を囮に…いや違う。数が足りない…どうすれば」
攻略の糸口が見つからない。それでも必死に答えを出そうとしている。
絶望しそうだ。正直、万が一でもいい。今から逃げ出したい。マリアちゃんを引き連れて。そうすれば…
マリアちゃんを握る手に力がこもる。
「カホお姉ちゃん…」
不意にマリアちゃんの声が私の耳を打つ。マリアちゃんは不安そうではあるものの、私をしっかりと見ていた。
強く握ってしまっていた手はきっと痛かったはず。こんな状況で怖くないはずがない。
なのに、涙一つ流していない。
本当に私はダメだ。すぐ怖がって、取り繕って、周りに流される。
でも、今のこの気持ち、逃げ出そうとしながらも私が思ったこの気持ちだけは、自分自身の本当の気持ちだ。
生きたいという願いと、マリアちゃんを何としてでも守りたいという気持ち。
マリアちゃんから手を離す。
その手は少し赤みがかっていた。
ウェンさんの家から出ている炎ももう既に消えかけている。ここで、きっと分岐点だ。
何もせず嬲り殺されるなんて嫌だ。
「ウェンさん!あの魔法を止めたら、勝ち目はありますか!」
声を張り上げる。皆にも聞こえるように。
私は弱い。すぐに逃げようとする。だったら、もう逃げ道を自分で潰してやるしかない!
「ああ…まだある」
ウェンさんはその答えを自然と口に出してしまったようだ。慌てて、こちらを見返し、
「何を考えてるんだ!近づく前に黒焦げにされるぞ!」
「けど、それしかもう方法はないでしょ!」
「そんな無茶をすれば…5年前と一緒だ…」
「なら、他に方法はあるの!」
言いながら涙が出そうになるのを必死に堪える。今すぐにでも逃げ出したい。
「このままじゃ囲まれて、それに遮蔽物もいずれ失って終わりだ。だが…」
ウェンさんの苦悩は分かる。
ずっと皆を背負って戦っていた彼の苦悩は分かる。
でも、このままは嫌なんだ。
「やろう。前に出ようよ。何もせずに押しつぶされたくはない。理不尽に殺されたくない!」
―道は自分で決めるもんだ。
師匠の顔を思い出した。あの人の好きなこの世界には理不尽と困難があふれているのだろう。それでも、安寧を選ばず立ち向かっていくことの大切さを教えてくれた。
「―私たちの道は、せめて自分達で決めよう!勝つんでしょ!」
自然と師匠の言葉を踏襲するような言い方になってしまう。
少しの間、静けさが生まれた。そうはいっても、相変わらず雷が村を襲っている。
「…わかった。」
ウェンさんは覚悟を決めたのか鋤を握り直した。
「だが、カホさんではなく俺が…」
「私にまかせて」
「ダメだ。君は…」
「もうしくじったりしない!」
言い合いになってしまう。
「それにウェンさんがいなくなったら誰が指揮するの?」
私のその言葉にウェンさんは口をつぐんだ。
「勝つんでしょ!しっかりしてよウェンさん!」
さらに追い打ちをかけるように告げると、ウェンさんはため息のような息を吐く。それが私に向けられていないことはすぐにわかる。
「…分かった。カホさんを信じるよ。あの”はぐれ”を倒した君のその力を信じさせてくれ」
そこまで言うと、ウェンさんは口元を綻ばせ、声を張り上げた。
「ダンカン、ラッシュ!」
二人の名前を呼び、驚いている二人をよそに。
「俺達で露払いをするぞ。」
そう言い切った。
ラッシュさんは口元を歪め、
「おいおい、ハズレだな。死にに行くようなもんじゃねぇか。なぁ、ダンカン?」
「その顔で言われてもな。」
二人とも信じられないといった雰囲気だけど、その顔に暗さはない。
むしろ、待ってましたとでも言わんばかりだ。
「へへ、まぁやるっきゃないよな」
ラッシュさんが鉈を握り直す。
ウェンさんは鋤の柄の部分に、自分の服の一部を裂いたものを巻き始めた。
「皆、勇敢なラッシュとダンカン、それにカホちゃんが命を懸けるんだ!あたし達がその分仕事するよ!」
カミラさんが声をあげる。
「カミラさん…ウェンさんが可哀そうだよ」とさっき私が援護した女性が怖さで震えながらも笑いながら返す。
「うちのバカ亭主はそのついでだ。だから、皆、あたし達も命を懸けて守り切るよ!」
カミラさんの鼓舞に皆が一様に顔に笑顔を浮かべ始める。
皆、不格好な笑顔だけど、意思を確かに感じる。
「カミラ…頼みがある。」
不意にウェンさんの呟くような小さな声が聞こえた。
「なんだいしけた顔して?」
「俺達が失敗したら、女子供を連れて…」
ウェンさんが言いかけた言葉をカミラさんがウェンさんの口に指をあてて制する。
「ウェン…。英雄になんてならなくていいから、必ず帰ってくるんだよ。あんたのいいところは約束を守ることだけなんだから」
その言葉と共にその指を離した。
「だから今は約束しな。あたし達を守って、あんたも生きて帰ってくる。いいね!」
カミラさんは強いなぁ、なんて思いながら、私はマリアちゃんを抱き寄せ「行ってくるね」と私の決意を伝える。
「分かった。必ず帰って見せるよ、カミラ」
ウェンさんは強くそう言い切り、
「この山場を乗り切って見せる。皆、力を貸してくれ!」
村の皆に聞こえる声で作戦開始を告げた。
「だけど、どうすんだ?今やモグラたたきだぜ?」
ラッシュさんは少し呆れながらウェンさんに尋ねていた。
たしかにその通り。何も考えていなかったけど、飛び出せば黒焦げになる。
組み付くためにも…
「ラッシュ…」
ウェンさんが静かに口を開いた。その瞳はラッシュさんをジッと見つめている。
私とダンカンさんも一緒になってみてしまう。
「…やっぱそうなる?」
何も答えを聞かずにラッシュさんも察する。
正直、さっきあの場面で彼は避けてみせたのは強烈な印象に残っている。
「俺よりは適任だろうな」とダンカンさん。
本当にいい的になりそう。私も人のこと言えないだろうけど。
「…まぁ、愚痴っても仕方ねぇよな。避けれる可能性があるの俺だけだしな」
ラッシュさんは首を軽く鳴らした後、ダンカンさんに笑顔を向ける。
「それに、あの時の借りも返さねぇとな」
その言葉にダンカンさんは小さく笑う。
「ふん。忘れたよ」
「はは、ついさっき話してたじゃねぇか、ボケがきたか!」
「頼むぞ、相棒」
「お、懐かしい呼び名だ。任された!相棒!」
二人は拳を合わせ合う。
「生きて帰れよ」
「とーぜん!」
二人がお互いの仲を確認し終わったかのようにゆっくりと立ち上がる。
ウェンさんはそんなラッシュさんの背中に頭を下げた。
「すまないラッシュ」
「謝んなよ。ウェンはいい親分だからな。最良の策なんだろ?だったら命張るぜ!」
ラッシュさんは一度だけ言葉を切り、笑顔からその色を変えた。
「だから…勝ってくれよ」
真剣な面持ちの一言にウェンさんは胸の前に手を置いて応える。
「当然だ。勝って見せる!エアリス様に誓って!」
その言葉を聞いたラッシュさんは適当な感じで「俺もね」とは言いながらもそれは誓いに他ならなかった。
ラッシュさんは一度だけ屈伸をし、背伸びをする。
「さーて…一番槍ー!」
いつものような軽い口調で飛び出していく。
それでも真剣だ。生きるか死ぬか、だけでなく皆が生きるか、死ぬかの瀬戸際に彼も覚悟を決めてくれた。
飛び出したものの、俺ことラッシュは内心ビビっていた。
相手の魔法はおそらく『電撃矢』だ。
初級魔術の中では上位に位置する魔術だったはずだ。
高速の電撃が一瞬で飛来するので回避が難しく、威力も高い。
だが、問題は並大抵の者が使う場合、詠唱には時間が掛かるはずだ。それを矢継ぎ早に放ってきている。
とんでもない魔術の使い手か、それとも中央国の付近で盗賊をしていたころに、噂には聞いていたとある物が絡んでいるのかもしれない。
そうこう思っている間に魔法が放たれた。慌てて横に飛び回避する。回避した後、そのまま足を止めずに走り出す。
幸い場所を把握している。
森の入り口付近の小高い場所に魔術師は陣取っている。あれならこちらとしても見落とさないだろう。
それに魔法の使い手と戦い、倒したことはなくても、勝利したことはある。
魔力の反応を見ることは出来なくても、起こりは見える。
閃光と共に撃ち抜かれる…というのは殺し文句で。本来は術の発動のあと一瞬の時間がある。そして、術の発動前にも一瞬、魔力が収束する光を確認できる。
今日は暗い。見落とす可能性はない。
そして、俺の勝ち方は、ひたすら避けて魔力が切れるのを待つだけだ。
二発目が放たれた。
正確な一撃ではあっても、走り回る俺にはそうそう当てられないだろう。
「問題は…」
チラリと横に視線を向ける。影が見えた。それと同時に鉈をその影へ向けて振り抜く。
それは俺を襲おうとしていたゴブリンの顔を抉った。
俺の鉈の一撃を顔に受けたゴブリンは痛みで悲鳴をあげる。
それに呼応するように、リーダー格らしきゴブリンが何かを喚き始める。
狙いを俺に集中させる気なのだろう。
少しずつゴブリンが俺に向かってくる。魔術師を守る為だろう。
「分かってるじゃん」と思わず口笛を吹いてしまう。
俺の口笛に気付いた訳じゃないだろうが、ウェン達が物陰から飛び出していく。
邪魔なゴブリンも引き付けた上に、魔法まで回避する。
「俺は本当に仕事が出来るねぇ!」
自画自賛しながら、群がってくるゴブリンの一匹に鉈で切り裂く。喉を狙ったが腕で守られた。
だが、十分だ。
そのゴブリンの腕を掴み、横に回り込みながら蹴り飛ばす。
瞬時、魔力光が解き放たれた。
俺の蹴り飛ばしたゴブリンに『電撃矢』が直撃した。
ゴブリンは悲鳴と共に地面に倒れ伏す。
その体には火傷や、電撃による皮膚の爛れが見えたが、肝心のトドメには至っていない。
仲間への誤射時のみ威力を下げる―という魔術の高等テクニックもあるが、恐らく違うだろう。
そんなものが使えるような魔術師であればこの村はとっくに破壊され尽くしている。
だからといって無詠唱による魔術の威力減衰も起こっていない。
なら答えは一つだ。
無詠唱且つ、この連射速度と威力の高さ。
どう考えたって『魔術武具』だ。それも、魔術を発現出来る程の強力な。
そんなもん持ってる奴に勝てんのかよ…
呆れそうになる。そんな高価なものを使ってでもこの村を攻め落としたい、そう思ってしまうゴブリン共にはいっそ頭が上がらない。
次々にゴブリンが襲い掛かってくる。
「バーカ!そう簡単に捕まるかよ!」
それらを何とか避けながらも、魔術師の位置からは目を離さない。俺は囮だ。
なるべく引き付けないといけないからな。
それに、いかに強力な魔術武具と言っても、最強ではない。切っても切れない弱点がある。
それは、武具に込められた魔術は有限であること。
もう10発以上は撃っているはずだ。タネが切れるのも時間の問題であって欲しい。
魔力光が収束する。
四発目が放たれる。
まだあんのかよ…と呆れながら飛びのこうとしたものの、足が何かに取られた。
ゴブリンの一匹が俺の足を掴んでいた。慌てて、鉈を振り下ろし、その頭蓋を叩き割るも、既に魔法は放たれた。
―あ、これ避けらんねぇ。
カホには負けられないと思って、ここまでやれたのは事実だ。十分だ。
あいつが提案した作戦には乗ったが、俺が死ぬとしても、あいつは悪くない。
これは因果応報ってやつだ。俺が盗賊時代に罪のない奴らの命を奪ったことへの。
そう思い、目を閉じる。この魔法を受けて生きていたとしても、多分、周りのゴブリンに嬲り殺されるだろうな。
それも―仕方ないか。王都で石打ちに合うよりは十分マシだ。
まぁ、あん時死ぬ予定だったろうし…仕方ねぇ…
「目を閉じるな!ラッシュー!」
ダンカンの声が響いた。風切り音と共に、何かが弾け、電撃音が響く。
目を開けると、目の前で閃光が走った。
魔法を何かが受け止めている。それが斧だと気づいた。
ダンカンが愛用する巻き割り斧だ。
「―あ?」と俺でも間抜けな声が出たと思う。
ゴブリンが4匹から飛び出してくる。その内、一匹はリーダーだ。
そのゴブリン達との間に入るように一つの巨体が割り込んできた。
巨体の男はゴブリン達の攻撃を受けながら、一歩も怯まず、その巨腕を振り回した。
「ぬぅぅぅぅ!」
ケモノのような方向と共に、ゴブリン共を殴りつけなぎ倒した。
「呆けるなラッシュ」
俺を呼ぶその男は誰でもない。俺の命の恩人で、いつも俺のことを助けてくれる男だ。
俺にとって、唯一の家族とも言える一番大切な相棒だ。
「ダンカン―お前何やって…」
「俺はもう武器がない。分かるな相棒…」
あの懐かしい呼び名で、ダンカンは武器もないのに拳を振り回し、的になるだけの体で俺を守ろうと必死に周りのゴブリンを殴りつける。
「カホが奴をやるまで耐え抜く…」
そうだ。俺は、カホがダンカンになんだかんだと期待されているのが悔しかった。
一番の相棒は俺なのに。俺は助けて貰った恩をまだ返してねぇのに!
「お前が頼みだ。今度こそ、俺を助けてくれ」
血を流しながらも、ダンカンが笑って見せた。
ダンカンがカホのことを気に入っているのは確かだ。
俺が見てても危なっかしいが、カホの頑張ろうと前へ出る姿は眩しく見える。
だけど、そんなのでカホに嫉妬する理由…なんて俺は『小せぇ』な。
見てみろよ、俺の大きな相棒は、一度だって俺を見捨てていない。
ずっとこうやって、俺を見守ってくれている相棒がいる。今も一人じゃねぇ。
そして、俺を信じて背中を預けてくれている奴らがいる。
その中には、カホも今の親分であるウェンだっている。
負けてらんねぇよな。分かったふりして、腐ってても仕方ねぇ。
「ああ…助けてやるよ。まかせな相棒!」
鉈を持ち直し、俺は宣言する。絶対に俺は負けない。
そして、今度こそ、俺を助けてくれた相棒を俺が助けて見せる。