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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第四十八話『マイ・中編』

『マイ 中編』


 私達がアルトヘイムを離れ、依頼のあった山裾の村『サンク』に到着したのは既に日が沈んだ頃だった。辺りは既に暗くなり、少し寒い上に、周りが森の所為か不気味だ。

 ここに来るまで無事平穏に辿り着けたのは、本当に有難かったものの、山裾で川の近くに構えている村の所為なのか、地面がぬかるんでいる。

 歩く都度に泥が跳ね、服や体が汚れてしまった。

 私は…普段から小汚い服を着ているし、もう慣れたから別にいいのだけど、マイさんの汚れ一つない服や鎧に泥が付く度に、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 村の入口に近づいたところでいきなり松明を向けられ、眩しさで顔を隠していると、

「あんた達は…ギルドの者か?」

 そう尋ねられた。

 光に目が慣れたところで、私に松明を向けて来た人は村の入口で立っていて、さらに夜警をしていたことが分かった。

 年は40代くらいの男性。古びた鉄の鎧に、所々持ち手にささくれが目立ち、刃先がくすんだ槍。

 武装は最低限かき集めた…というのは何となく分かる。

 男性は私達を見るなり、少しホッとしたような様子と共に、何処か情けなさを噛み締めるような表情を浮かべた。

 彼の声を聞いてか、焦った様子で他の村人もこちらへと走って来た。

 薪割用の斧を担いだ息をせき切らした老人、そして、ギルドの仲間である『幼き翼』のロイ君より少し上くらいであろう少年の二人だ。

 少年は泣きそうな瞳で、足を震わせ鍬を必至に握っていた。

 それだけ予断を許さない状況なのだろう、というのは私でも何となく察した。

 戦える人―なんてくくりでは言ってられない、ということも。

 マイさんは村人達に軽く会釈をする。

 その姿だけで少年はビクリと震え、ついには鍬を手から落としてしまった。

 少年は慌てて落とした鍬を拾い上げようとするが、今度は足がもつれそのまま前のめりに倒れる形となった。

 私は慌てて少年を支えようとしたものの、そんな私より先にマイさんが自然と前に出て、少年を抱き留めた。

 泥でぬかるんでいるような悪い地面…そんなこと気にせずマイさんは膝をつき、しっかりと少年を抱きしめる。

 マイさんに抱き留められた少年は、きっと何が起こったのか分かっていなかったと思う。

 マイさんの胸に顔をうずめ、ただぼんやりとしていた。

 少年以外の村人達も驚きで何も言えなかったんだと思う。そんな中、少年の口からか細い声が漏れた。

「た、助けて下さい…」

 嗚咽に似た絞るような声だった。

 少年は顔を上げ、涙を堪えることもせず、マイさんを見上げる。

「助けて下さい!お願いします!僕の父さんも…母さんも…あいつらに!」

 少年の悲痛な声と内容に私は不安を覚えてしまう。

 臆病風に吹かれるというのはこういうことなんだと思う。

 人が死んだ―私も殺されるんじゃ…そんな思いが私の胸の内を満たしていく。

 出発する前にマイさんから貰った勇気ですら、私の中で生まれた暗い感情が押しつぶしていくのが分かる。

 …逃げたい

「任せて下さい」

 凛としているのに、それでいて柔らかい声…なのに強い。

 その声に私もビクリと震えた。

 マイさんの声だ。

 マイさんはしっかりと少年を立たせると、真っ直ぐに彼を見つめ。肩に手を添えた。

「私は冒険者ギルド『青き風』の者です。『万民の為の剣』、エアリス様の剣として、必ずやあなた達を守ります!」

 その一声…たった、その一声だけなのに、私の胸が熱くなる。

 私でもそうだったのだから、この村の人達の喜びはどれ程なのか想像もつかない。

 ただ、正直、冒険者は多分ピンからキリなんだと思う。

 冒険者ギルド『青き風』は、本来はどこにでもある冒険者ギルドで、その経営理念通り、あくまでも冒険の為の足がかり、となるために組織されたらしいから。

 アルトヘイムにあるもう一つの冒険者ギルドの『金の翼』のように、エアリス様の生き方を体現する為の正義の組織ではない。

 私がいた世界では分からないけれど、この世界で冒険者稼業は未知なる探求と、新たな開拓の為に、いつの間にか定着していたものらしい。

 それらが国益に繋がるもの…だからこそ、国等が冒険者達をサポートする為に『中央国』で冒険者ギルドが生まれたらしい。

 そこに合理的且つ自律的な経済事情を組み込み、冒険者への資金繰りを手助けする名目で、厄介な魔物の討伐依頼、少量の採集依頼や希少品の採集依頼、不用品や交易品、他の町の特産品の買取業務を行っているらしい。

 その有用性が認められているから、アルトヘイムにも同様のシステムで運用されている。

 ただ、開拓が進むに連れて、真の意味での冒険者は数を減らし、結果的には形骸化したシステムの中でも有用な経済の部分だけ残り、今では資金繰りの為の手段でしかなかった依頼を『冒険』と呼ぶ人もいるらしい。

 国もこれを了承しているのは、厄介な魔物の討伐を押し付けられる上に、貧乏な商人達にとっても都合がよく、利益になるから、らしい。

 私の元居た世界でも、大体そういった形で色々な物が残っているので、なんとなく理解も親近感も湧いてしまう。

 ただ、いずれ…私はまた旅をしたいと思っている。

 お金の為に戦う人とか、ただ、魔物を狩るのを楽しいとか…そういうのを思う人だっていると思う。

 だけど、マイさんのように”誰かを助けたい”そう思っている人だってきっと沢山いるって…そう思えるから、今は虚勢を張るぐらいには頑張ろうと思える。

 40代位の男性がハッとした様子で慌てた様子で少年の肩を支え、

「すみません!御召し物が汚れ…」

「いえ、気にしないで下さい。それより、厳戒態勢のようですが、何かあったのですか?」

 マイさんが男性の言葉を遮り、立ち上がりながらそう問いかけると、男性は言葉を詰まらせ一度だけ、老人の方へと視線を送った。

 老人も困った顔をしながらも、ゆっくりと頷いてみせる。

 何かを隠しているというより、言いにくい話というのは何となく分かる。

 依頼内容が変わったか、それとも襲撃を受けてしまったのか…というところだと思う。

「それが…」と男性が口を開き始める。

 それと同時だった、私のすぐ耳元で風切り音がした。

 驚いている暇もなく、何かが男性の顔面に直撃し、鮮血が舞った。

 暗い中だからよく分からなかったけど、拳より少し小さいくらいの石だった…

 記憶が頭を過る。

 シノの村での戦い―初めて命を賭けたあの時を…。

 何かが駆けてくる。その足音に気付いた時には体が自然と反応していた。

 右足を大きく後ろに引いて、腰を捻ると共に剣の柄を握り込む。

 後ろから駆けてきた何者かが姿を現わし、とびかかって来たと同時に、剣を抜き放つ。

 私の剣は飛びかかって来た何者か…いや、ゴブリンをその手に持つこん棒ごと寸断した。鮮血が舞い、いつまで経ってもなれないその臭いに顔を顰めてしまう。

 少年の悲鳴が聞こえる。何かが地面に落ちた音も…。

 だけど、それ以上に、こちらに向かってくる複数の足音達に意識を集中させる。

 ゴブリンは夜目が効く…

 相手は複数で、しかも遠距離で攻撃してくるタイプもいる。

 こちらに明かりとなるものは少ない。それに、男性の持っていた松明も期待出来ない…

 どうすれば…そう考えている間にも足音が近づいてくる。

「大丈夫です」

 私の耳を優しくも強い声が打つ。

 マイさんが私の前に立ち、メイスを真っ直ぐに天に掲げ上げ、声を張り上げた。

「天に召します我らが神よ、ここに光を…暗闇を照らす安息の灯を…『グリームライト』!」

 マイさんの声と共に、彼女のメイスに小さな赤い光が灯る。それに続くように、私達の周りにも小さな赤い光源が生まれてくる。

 生まれたものは、ほのかな光。少しは周りが見えるようになった…とは言え、十分な光源ではない。相手の位置が分からない。

 だけど、近づいて来ていた足音が警戒するようにその歩を緩めたことだけは分かった。

「見ましたね…」

 マイさんの声が聞こえ、彼女がメイスを足音の方向へと向ける。それと同時に、私は手を目を腕で覆い、村人達に「目を押さえて!」と指示を投げる。

 慌てた様子で老人達が自分の顔を隠し、それと同時にマイさんの凛とした声が響いた。

「ここに光を…『閃光フラッシュ』!」

 マイさんのメイスから強烈な光が放たれる。

 私も眩しいし、目から涙が出るくらいに痛い。腕で覆って、光を直視しないようにしているだけだから。

 それでも、しっかりと見据えないといけない。

 これが反撃のチャンスだから。

 光が弱くなっていくその瞬間に私は飛び出す。それはマイさんも同じだった。

 光が収まっていく時に見えたゴブリンは三匹。今はもう闇の中で正確な位置は分からないけれど、大体覚えているし、ゴブリンが今は大して動けないのも分かっている。

 ただでさえ夜目が効くゴブリンが、あの強烈な光に目を潰されたのだから。

 しかも、マイさんが先に使った『奇跡』の小さな光、あれはゴブリンの視線を誘導する為の物だったと今になって分かった。

 闇の中で小さな光を見つけたら目を凝らしてしまう。そこから強烈な光が放たれれば、ひとたまりもない。

 今は一気にこっちが優勢になった。こちらには、マイさんが始めに使った『奇跡』の赤い光も残っているから。

「右に3!左に1と、その後ろにもう1匹!」

 マイさんの指示を聞き、私は一気に左の方へと駆け出す。それと同時に風切り音と共にゴブリンの悲鳴が聞こえた。

 それがマイさんの振り下ろしたメイスの一撃によるものだとは容易に想像がつく。

 闇の中を駆け、赤いほのかな光が何かを照らした。

 光が反射する何か…それが刃物の類だと分かる。

 剣を両手で握り、地面を深く踏みしめ一気に間合いを詰める。

 緑色の小さな体が見え、その体がこちらへ向こうとするより早く、前傾姿勢になりながら飛び込み、剣を腰だめに構える。

 相手…ゴブリンが反応した時には既に相手の体に、私の肩をぶつけながら肩を起点にして、腰をひねり逆袈裟斬りを放つ。

 鈍い感触は一瞬だった。悲鳴も聞こえなかったけれど、生暖かい液体が私の顔にかかる。

 何かが吹き飛び落ちる音…そして、何かが力なく倒れる音。

 それが何か想像している暇はない。

 耳を澄まし、小さな悲鳴を見つける。距離は分からないけれど、近くにはいる…。

 私は剣を腰に構え、音の方へ走り出しながら、

「勝負だ!」

 肺の中の空気を一気に吐き出すように、大声を出す。

 私の声は大きく響き、それに応えるように草が揺れる音がした。それと同時に私の頬に痛みが走り、遅れるように風切り音がした。

 投石が頬を掠めた。

 本当は痛いし、足を止めたい。逃げたい。

 そんな気持ちを押し殺してでも私は剣を構え、光が狼狽するゴブリンを照らし出した瞬間に一気に突き出す。

 剣は容易くゴブリンの肉を貫く。

 肉を裂く感触の後に、ゴムのような硬いものを貫く感触…。

 続いて腐臭のような生臭さ、そして、硬い骨を砕き刃が止まる。

 ゴブリンの悲鳴とも呼吸とも分からない、空気が漏れるような声が耳元で聞こえる。

 多分、心臓は貫いたけど、背骨で剣が止まった。

 じわりと目頭が熱くなる。

「ごめん…」

 左足を一歩踏み出し、剣を握り込み、手首を返すようにしながらゴブリンの体を少し持ち上げ、そのまま地面に倒し、縫い留めるように刺し貫く。

 骨を断つ感触と共に、胸からこぼれた血が吹き出した。

 手首を返したことにより、刺した時よりも大きくなった胸の穴から簡単に剣が抜ける。

 こういうことを自然と考えてしまう自分に嫌悪感は感じるけれど、まだこれで終わりという保証がない。

 敵の数が分からない。

 正直、怖くて仕方ない。

 何処から攻撃されてもおかしくない…。

 不安が吹き出してくる。音を頼りに周りの確認をしても状況はよくならない。

 むしろ、小さな草の揺れる音でさえ、私の恐怖を増長させる。

 自分の息が荒い。汗が剣をつたう。

 もし、いきなり襲われた時、ちゃんと剣は振れるだろうか…そんな考えが過る。

 大きく草が揺れた音がした。

 慌てて振り向こうとすると、足がぬかるみで滑り、尻もちをつきそうになった。だけど、すぐに手を引かれ、何とか倒れることだけは免れた。

「カホちゃん、大丈夫ですか?」

 私の手を握ってくれたのはマイさんだった。

 マイさんは私がしっかりと立ち上がるのを補助してくれると、周りを見渡し。

「これで全部ですね。それにしても、血気盛んな上に、6匹…少し多いですね」

 マイさんの言葉に私は首を傾げてしまう。今まで旅をしてきた中で、ゴブリンが群れているのはよく見かけていたし、6匹というのも特段多いとは思えない。

 よく見る光景…と言葉を選んで言いたいものの、何と言えばいいか分からないでいると、マイさんはそんな私の考えを汲んでか、

「えっと、おそらく今のは斥侯部隊だと思うんです。それにしては少し数が多い上に、統率のあるゴブリンの集団にしてはやけに攻撃的でした。なので…伏兵がいないか少し心配していたんです」

 説明されて、ようやく納得出来た。

 確かに、ゴブリンにはこちらの言語を理解出来るような、群れで統率している個体もいれば、今まで旅の途中でよく襲われた、問答無用でただ群れて暴れまわるだけのような個体もいた。

 確かにさっき倒したゴブリンは統制がとれているような気がしたけれど、マイさんの言う通り、かなり攻撃的だった。

 私がたまたま上手くいった、切り込みに来た一匹を倒した後…なのにすぐに突撃してきた。

 ただ、後方にも援護を行う個体がいたし、それを守る役であろう、もう一匹もいた。

 その動きは少し不合理に思える。

 切り込みがやられた時点で、退くかそれとも体勢を立て直すかするのが合理的だと思う。

 ゴブリンがそこまで考える能力がない…そう言われればそこまでだけど、それにしても、前衛と後衛の距離が離れていた。

 もっと言えば、後衛の二匹も護衛と援護をする個体にも距離があった。

 あれでは、護衛の意味がないと思う。

 考えれば考える程、分からない。ある種の不気味さをも感じる。

 マイさんは小さく頷くと、

「依頼内容は小集団の討伐…いても10匹程度。なのに6匹を斥侯というのは多すぎます」

「もっと多いってことだよね」

 私が肯定した意見を返すと、マイさんは頷き空を見上げる。

 多分月を見ているのだと思う。

「夜が開けるまで、あと5時間くらい…討って出るのは危険ね」

 明かりが無い中、集団と戦うのは危険を通り越して無謀だということくらい分かる。

 だからといって、大群が攻めてきたら守れる自信なんてない。

 マイさんの顔を見ると、その表情は明らかに不安そうだ。

 どうするべきか苦慮している。攻めなければ、奇襲され村人が襲われ、反撃すらままならないまま殺される可能性がある。だからといって攻めても、暗闇の中、数も分からない群に嬲り頃されるなんて目に見えている。

 逃げる…そう考えたけれど、村人達をいつ何処から襲ってくるかも分からないゴブリン達からたった二人で守り切れるとは到底思えない。

 もし、あの時のように、シノの村を襲った程の数がいた場合…ひとたまりもない。

 不意にシノの村でお世話になったウェンさんの顔を思い出した。

 ウェンさんも悩んでいた。悩んだ末に捨て牌になることを選んだ。

 だけど、その作戦は誰かを生かす為の物だった。

―あの人は諦めていた訳じゃないと今なら分かる。

 勝てない…絶望的だとしても、ウェンさんは勝つために全てを打っていた。だから、今出来ることは一つ。

「マイさん、時間稼ぎをしよう!」

 私の提案にマイさんは驚いた表情を浮かべたものの、少し考え込むように、

「朝になれば、避難も可能だとは思うけど、疲弊しきった私達で守り切れるかな…」

 そう言った。

 マイさんの意見は当然だと思う。夜通しの警備の後に、村人を守りながら戦う…なんて出来るとは思えない。だから。

「いや、討って出よう。夜目の利くゴブリン達にこっちから奇襲をしかけるんだ」

 私の提案にマイさんは呆気にとられている感じではあった。

 ただ、マイさんも時間にして数秒ではあったものの、考えを巡らし「そうね」と私の意見に肯定してくれた。

 マイさんと私は顔を見合わせ、大きく頷き合うと急いで村の方へと駆け出す。

 村の入口にはいくつかの光源が見える。

 それが松明の光だとは分かる。数は数本…きっと、一度襲撃を受けて、光源を持つことを忌避しいてるのだと思う。

 シノの村の戦いでも、ゴブリン達は積極的に光源を攻撃してきたのは覚えている。

 私達が戻ると、村人達は歓声なのかどよめきなのか、不安と期待が混じった声をあげた。

 歓声はきっと現実逃避。どよめきは結果が分かっているから。

 マイさんは村人達の前に立つと同時に、

「倒したのは斥侯だけです!今から夜襲の対策が必要なので手を貸してください!」

 マイさんの澄んだ声に、少年は竦み、老人は持っていた斧を地面に落とした。

 村人達から悲壮感が伝わってくる。その姿に私も罪悪感を感じる。

 それよりも、きっと罪悪感を感じているのはマイさんだと思う。

 私なんかよりずっと優しいマイさんは、息を飲み自分を奮い立たせるように声を張り上げ、

「急いで下さい!薪を村の中央で焚いて下さい!村の門は閉じて、柵には松明を!」

 マイさんの檄が飛び、村人達は慌てて動き始めた。

 老人も遅れながら立ち上がったところで、マイさんから「逆茂木の備えはありますか!?」と詰め寄られ、言葉を失いながらも首を横に振る。

 マイさんがワザとらしく、本当に下手な舌打ちをすると老人が逃げ出すようにヨタヨタと走り出した。そんな私達の様子を怯えた瞳で見つめる禿頭の初老の男性がいた。

 地味ながらも、他の住民よりは質のいい服を着ている。

 マイさんは口元をキュッと結び、震える手を握りしめ、禿頭の初老の男性に近づき「あなたが村長ですね」と語気をきつくして詰め寄り始めた。

 禿頭の男性は尋ねられオドオドとしながらも頷いた途端、マイさんからの質問攻めにあっていた。

―何故、逆茂木がないのか?

―害獣避けの鳴子の罠はありますか?

―戦える人がどれくらいいるか?

―油の備蓄はどれくらいか?

―依頼の内容と規模が明らかに違うことへの釈明は?

 せっつくような質問責めに、村長は顔を真っ青にさせながら、最後の質問以外には素直に答えていた。

 答えないのは…多分知っていたにも関わらず依頼したのだ、と思ってしまう。

 ここに来る道中でマイさんからも聞いたけれど、依頼内容をあえて過小なものにして、依頼料や報酬金を安くする常套手段らしい。

 勿論、質の悪い冒険者もあえて反対の過大な報告をして報酬をせしめたりするので、お相子様らしいけれど。

 それでも今回のものは悪質だと思うのは…私が当事者だからかもしれない。 

「カホちゃんも手伝ってくれますか?」

 マイさんの言葉に私は頷き、マイさんと共に村の倉庫へと向かう。

 村の倉庫へ行き、建付けの悪いドアを引くとゆっくりとだけどドアが動く。

 開くには開くけれど、それでも動かし難い。そんな私達を見てか近くの村人が手を貸そうと近寄ってくる。

 不意にマイさんが申し訳なさそうな表情を浮かべ、私を押しのけるように押す。

「どいて!」とマイさんらしくない厳しい口調が響き、マイさんは大仰にメイスを振りかぶる。

 メイスを振り上げたマイさんの表情は…泣きそうだった。

 村人の息を飲むような悲鳴と、マイさんのメイスが簡単に扉を叩き壊す音が同時に生まれる。

 ドアを破壊したマイさんは「時間が惜しい!ぼやぼやしてないで急いで下さい!」と私にも厳しい言葉をワザと投げかけてくる。

 村人はそんな私達から逃げるように走り去っていった。

 倉庫に入ったマイさんは奥から麻紐で繋がれた木の鳴子を引っ張り出し、「急ぎましょう」と私にも持てる分だけ渡してきた。

「マイさん」と私が声を掛けると、マイさんは辛そうに笑いながら。

「出来ることを、するしかないから…任せて」

 その一言に胸が痛む。

 汚れ役。嫌われ役。

 マイさんはそれをあえて受けてくれている。

 一刻を争う。だからこそ、反論の余地も与えない。逃げるという手も与えない。

 恐怖で支配してでも、皆を守る為にマイさんは悪役ヒールに徹すると決めたんだと思う。

 私達が村の外に鳴子を設置し、村へ戻ると、村の中央には篝火が灯され、煌々と光を放っていた。その周りには、最低限の装備をかき集めたであろう村人達が村長と共に立っていた。武器は鍬や鋤、包丁で武装したとも言えない人達が不安そうに私達を見つめてくる。

 マイさんは村長の前まで行くと、大勢の村人を一度見渡す。

「知っていたんですね?」

 その言葉に村人達が肩を震わせた。

 その反応を見てからか、マイさんは「あなた達も」と続ける。

 具体的な内容は言わない…けれど、この村人達にとってそれが何かは分かってしまうのだろう。

 マイさんは続ける。

「今回の規模の討伐依頼は、到底二人で行うべきものではありません」

 その言葉に村長が顔をあげ、口を開くが言葉は出て来ない。

「本来であれば、私達は不正の依頼として今回の依頼は放棄する…というのが妥当です」

 マイさんの冷たい一言…誰もが俯き何かをしようと懐をまさぐったり、顔を見合わせ話し合いを始めた。

 村長が口を真一文字に結び、決心するように、

「…今回の件は、す、全て、わた、私が!」

 言いかけた言葉をマイさんが手で制する。周りからは聞きたくないとでも見られそうな彼女の姿に、誰もが言葉を失った。

 マイさんは一呼吸を置くと、睨むように周りを見渡し、

「ですが、状況が最悪です。私達ですら逃げることも出来ません!」

 マイさんのさらなる言葉に、村人たちが絶句し、それを見てからマイさんは続ける。

「…なので、群れではなく、頭目を討ちます。それで、群れを離散させられれば、時間稼ぎになるはずです。その後はもう一度、正式に依頼を出してください」

 マイさんの言葉に村人達が目を剥く。

 これが私とマイさんの出した答えであり、最低な策…

 褒められたことじゃないし、学校で聞きかじっただけの物。

 ちゃんと出来ているのかも分からないけれど、それでもかつて多くの人を懐柔し、今も追い詰めている方法…。

―精神的に追い詰められた人を、強い言葉で、口当たりのいい希望で懐柔する

 私もマイさんも日本人だ。

 日本人だからこそ、戦争に敗北した歴史と、戦争の過ちを学校で学んだ。

 正直どうでもいいから、テストの内容だから覚えていただけ。それでも役に立ってしまう。

 そして、私達にとって一般的に宗教に拘りがないから理解し難いのだけど、宗教が人を突き動かすことも知っている。

 マイさんはメイスを振り上げ、

「旭と共に…私達は討って出ます!空に月と太陽が共に輝くその時まで…旭が空を照らし暗雲を切り裂くその時まで、何とか持ち堪えて下さい!」

 マイさんの檄。

 それは、何処かエアリス教の神話を踏襲している。

 太陽と月の女神―旅する神であるエアリス様は、旅路で多くの人々を救い万民の剣となり希望となった。その意志がアルトヘイムの『冒険者ギルド』やアイリスの放蕩騎士、アルトヘイムの人々へと受け継がれている。

 誰もが希望を追いすがる。その希望に追いすがって生きてきたのだから。

 少年が鍬を掲げる。声は出さないものの、その行動だけで、何を言いたいか誰にでも分かる。少年の振り絞った勇気に応えるように他の村人も各々武器を掲げ、

「ああ!やってやる!やればいいんだろ!」と泣きそうにも勇気を持って。

「くそが…戦ってやる!」と悪態を付きながらも、涙を流して。

「逃げるなんて、出来ないのなら…」と諦めながらも、女性達も。

 やけくそにも聞こえる高揚の声。

 その起爆剤はエアリス様の教えでも、火薬は不安と絶望。

 …だから、これは効く。毒のように、そして火傷のように。

 声が響き渡る。歓声の中、僅かな音が私に届いた。マイさんに視線を送ると、マイさんは頷く。

 風切り音が響く、私は飛び出すと同時に盾を構え、マイさんに飛来した石を盾で弾く。

 突然のことに村人達に怯えが見える…だが、敵は待ってはくれない。

 投石が雨のように降り注ぎ始めた。

 村人は投石の雨に晒され、何人かは生まれたばかりの勇気や希望が打ち砕かれ蹲り始めた。

 マイさんがメイスを構え、声を張り上げる。

「風よ吹け!弧を持ち円を描け!かの者達を守る盾となれ!『エアースクリーン』!」

 マイさんの魔術の詠唱が終わると、風が一点に集まり、渦を巻く。

 風によって作られた盾…それが投石の雨を空中で受け止めた…と思うと、マイさんのさらなる声が飛ぶ。

「私が…守る!」

 それは彼女の檄でもあり、そして、”的”が多いからと一斉に石を投げつけた相手への自業自得へと繋がる。

 石は高速で、投げた本人達に弾き返された。

 マイさんの雄姿、そしてその声に触発されるように何人かの村人達が立ち上がり、血を流しながらも武器を構えた。

 胸が痛む…。

 こうするしかなかった。

 私とマイさんにとって、一番の脅威は遠距離攻撃をしてくるタイプのゴブリン達…。

 横やりをいれられて、気絶なんてしたらそれだけで終わる。かといって、前衛を崩さないと、後方の敵を処理することも出来ない。

 だから、その厄介な敵を一撃で数を減らす方法…それが、ワザと敵に村人達を狙わせ、マイさんの風の魔術で反撃する…なんて最低な方法。

 続くように村の入口から足音が響いてくる。大きい音に私は不安を覚える…ただのゴブリンじゃない。

 不安になった私は、隣に立つマイさんに視線を送る。

 マイさんはゆっくりと微笑むとメイスを構え、駆け出した。

 現在、こちらの戦意は削がれている…。だから、もう一つ起爆剤が必要なんだ。

 その為に、マイさんは一人で『希望』とならなければならない…。

 マイさんが村の入口に到着する寸でのところで、暗闇から巨体が現れる。

 緑の体に、人間よりも大きく逞しい筋骨隆々の体…手には丸太のようなこん棒…。

 ホブのゴブリンだ。それだけでなく小物のゴブリンも数匹引き連れている。

 ホブのゴブリンは咆哮と共に、丸太のようなこん棒を振り上げ、肉薄してくるマイさんに向かって振り下ろす。

 私もそれを見てから、一気に村の入口に向かって走り出す。

 私に釣られた村人達も武器を手に私に続く。

 村人にも、私にとってもホブのゴブリンは強敵…だからこそ、これが最後の仕上げ。

 ホブのゴブリンの丸太のようなこん棒の一撃は轟音と共に地面を叩く。

 いや、正確にはマイさんを狙ったがその一撃を外れた。

 マイさんは丸太のようなこん棒の一撃を受けるよりも早く、ホブのゴブリンの脇腹をメイスで殴りつけていた。

 脇腹を殴られたホブのゴブリンはよろめき、体勢を崩す。マイさんはそのまま近くにいたゴブリン顔を踏みつけ跳びあがり、ホブのゴブリンの脳天にメイスを振り下ろす。

 肉がひしゃげ、骨が砕ける音…そして、轟音と共に巨体が地面に叩きつけられる。

 圧倒…そう言うしかない光景だった。

 マイさんは息を継ぐ間もなく、メイスを振るい、ゴブリンを次々と叩き伏せていく。

 ゴブリン達は目に見えて混乱している。

 村人達は狂乱したように、ゴブリン達に向かい、各々の武器とも言えないような得物を振り下ろし、一匹一匹を確実に仕留めていく。

 悲鳴が湧き上がる中、私は村に突撃してきた集団の後方へと向かい、マイさん達に気を取られていたであろう、弓や石を持ったゴブリンに肉薄する。

 弓を持ったゴブリンは慌てた様子で、弓を捨て、矢を握りこちらに振り下ろしてきた。

 だけど、粗悪な矢は盾で受けただけで真ん中からポキリと折れ、がら空きとなったゴブリンの顎を盾で殴りつけ昏倒させる。

 昏倒させたゴブリンの体を、そのまま石を持ったゴブリンに向かって蹴り飛ばし、二匹が重なったところを一気に剣で刺し貫く。

 幸い剣は背骨には当たらなかったようで、硬い感触がない。

 ゴブリンから悲鳴があがり、下敷きになった上に剣で刺されたゴブリンが慌てふためき暴れ始めた。

 私はそこに剣をただ振り下ろす。

 首を飛ばし、動かなくなったゴブリンには目もくれる暇もない。

 剣を構える暇もなく、後方集団の一匹がナイフを持って吶喊してきた。

 慌てて盾で受け、押し返そうとしたが、盾を掴まれた。

 剣で反撃しようとすると、剣を持つ右手に痛みが走った。

 痛みをした方向を見ると、ゴブリンが私の横佩から剣で斬りつけてきたと理解した。

 幸い、斬られたのは腕で、しかも簡素ながらも銑鉄が取り付けてあるゴブリンの小手を付けていたから傷は浅い。

 ゴブリンの持つ剣が鈍だったからかもしれないけれど、腕は切り落とされていない。

 それでも、ゴブリンはニヤリと口元を歪める。

 それは私が痛みで剣を手放してしまっていた。

 武器を奪った…そう確信したのだろうけど…

「浅はかだよ!」

 自分を勇気づける為に声を張り上げ、盾を手放す。盾を引っ張っていたからか、体勢を崩したゴブリンは後ろに仰け反り、私は盾ごとゴブリンを蹴り付け、そのまま押し倒す。

 ゴブリンが仰向けに倒れているとこに、盾ごと再度、思いっきり踏みつける。

 足元に肉がひしゃげる感覚が走るが、かまっていられない。

 私を斬りつけてきたゴブリンの方に視線を走らせる。

 ゴブリンは既に剣を振り上げて斬り掛ってきていた。咄嗟に小手で防御しながら、盾を蹴り上げゴブリンの体に当てる。

 盾をぶつけられたゴブリンは一瞬怯み、剣筋が鈍った。

 私はゴブリンの剣筋を小手でそらし躱すと共に、振り下ろされた剣を持つ柄をゴブリンの手ごと踏みつけ、指をへし折って剣を手放させる。

 指がへし折られたゴブリンが悲鳴をあげ、体を反らした。その首元に向かって渾身の力で掌底を叩き込む。

 ゴブリンから悲鳴は上がらなかったけど、生きているかもしれない。

 そう思うと、私も慌ててゴブリンの持っていた古びた鈍の剣を手に取り、ゴブリンに投げつけるように突き刺す。

 一息つきたいけれど、投石が私のすぐ横を通り過ぎていき、自分の剣と盾を拾い上げ、一旦村の中へと逃げ戻ることにした。

 村の中へ戻り盾を構えながらだけど、ようやく一息つける。

 まだ心臓がバクバクと跳ね、息が整えられない。

 投石は明らかに数は減っている…とは言え、まだまだ油断出来ない。

 なるべく被弾面積を減らす為にしゃがんで、村の柵の後ろに隠れながら、息を整えていると、不意に私の肩が叩かれた。

 顔をあげるとマイさんが笑顔で立っていた。

「カホちゃんは一旦、休憩です。手当の為に篝火の裏手にある家まで行ってください」

「でも…」と私が言いかけたが、私の口元にマイさんの指が添えられ、

「あと、数時間…その時まで私達は体力を温存させておかないと」

 マイさんはそう言うと、村人を数人連れて門の外へと駆け出した。

 私は何となく申し訳ない気持ちになり、もう一度外へと行こうとすると、今度は手を引かれた。

 怯えていた村の少年だ。

 今も怯えているものの、少年は覚悟を決めたのか、目じりに涙を浮かべながらも、

「早く!こっちです!」

 急かすように私を引っ張り始めた。

 まだ、たった4匹しか倒せていない。マイさんに比べれば、本当に何も出来ていない。

 それが申し訳ないというか、情けない…そう思ってしまう。

「勝つんです!生きるんです!」

 少年の声が私の耳を打つ。

 少年は必至だった。生きる為に…勝つために…。

 さっきまであんなに怯えていたのに、その横顔は男の顔だった。

 覚悟を決めた、勇気ある男の顔となっていた。ちょっとした間なのに私なんかよりずっと成長している…それがなんだか情けないけど、安心出来る。

「ありがとう」

 私は少年の手を振り解き、自分の足で休憩場所の家へと走って向かう。

 未だに戦闘は続いている。村人も何人かは傷付き、ところどころで悲鳴も聞こえてくる。

 それでも誰も諦めていない。

 皆には確かな希望があるから。

 今、ここに希望があるのはメイスを片手に駆けまわる、マイさんのおかげ。

 本物の勇者の姿…。

 どんなに劣勢でも、立ち向かい人々を守る…御伽噺や、ゲームに登場する理想の姿。

 それを、マイさんは、まごうことなく示している。勇者として皆を導いている。

 歓声があがる。

 マイさんがホブのゴブリンをさらに叩き伏せた…それが歓声として聞こえる。

 私は家に入り、座り込む。

 ここまで歩いてきて本当は疲れている…。

 傷付いた手も痛い…。

 肉を裂いた感触や、骨を砕いた感触、肌や体に染みついた血の匂いが取れない。

「…怖い」

 言葉を漏らしていた。

 手が震える…涙がこぼれそうになる。

 必至だった。押し殺していた。そうしないと殺される…守れない。

 色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり、外からのゴブリンや人の悲鳴で体が竦む。

 不意に私の手を誰かが握った。

 慌てて顔をあげると、大きな瞳が私を見ていた。

 小さな女の子だった。

 あどけない表情に、くすんだ髪色をした女の子は、不安そうに私を見つめていた。

「冒険者…さん」と女の子が明らかに不安そうにか細い声を絞り出した。

 女の子の周りには、女の子と同年代かそれより上か下の小さな子供達。それ以外にも身重の女性、泣き止んだであろう赤ちゃんを必至にあやしている老婆もいる。

「あっ…ちがう…!」

 皆が不安そうに私を見ている。

 必至に言い訳を探したけれど見つからない。こんな情けない姿を見せて、不安にさせるなんて…

 考えるだけで吐き気がする。

 女の子は口をキュッと結び、眉を曲げる。怒っている…そう怯えた私の心が言っている。

「冒険者さんも…怖いよね…」

 絞り出すような声。それでいてそこには強さがあった。

 その言葉にハッとさせられる。

 女の子は私を真っ直ぐに見つめ、

「見てたよ!お姉ちゃんが戦ってるの!すごく…カッコよかった!」

 女の子は必至だった。言葉を選んでくれている。

 私を励まそうとしてくれてる。その瞳には勇気が灯っている。

 怖いと思う。私なんかよりずっと小さくて、戦う為の力もなくて…私や必至に戦ってくれている人達に命を預けるしかないのだから。

 それでも、この小さな女の子は…戦っているんだ。

 恐怖と戦っている。

 女の子は必至に笑顔を作り、私の手を取って、

「だから…お姉さん、ありがとう!」

 その言葉で涙がこぼれる。

 本当に私は弱い。

 今も外では皆が戦っているのに…1人逃げ出しそうになっていた。

 恐怖に負けそうになっていた。

 女の子の手を強く握り返し、私なりの精一杯の虚勢を張って見せる。

「私こそありがとう。絶対、皆を守って見せる…エアリス様の…剣として」

 私の言葉に女の子は目を丸くし、その瞳を輝かせた。

 女の子は大きく頷くと、「あっ!」と驚きの声をあげた。

 彼女が見ているのは、私の腕の傷だ。

 大した傷じゃないけれど、女の子は慌てた様子で、「手当しなきゃ!」と声をあげ、立ち上がり奥へと走っていく。

 女の子が走っていくと、他の男の子達も、包帯を探し始め、赤ちゃんを抱える老婆が優しく落ち着いた口調で包帯の場所を教えていた。

 そして、慌てた女の子に静かにするように人差し指を立てて口元の前へ持って行って見せ、自分の抱く赤ちゃんへと視線を送る。

 女の子は慌てて口を塞ぎ、何度か頷くと赤ちゃんの頭を軽く撫で、小さな声で何かを赤ちゃんに囁いていた。

 その瞳にはさっきまでの勇気より、優しさが満ちていた。

 きっとあの女の子が伝えた言葉は優しくも、そして強いものなのだと思う。

 赤ちゃんを安心させる為に、自分の不安を押し殺して、守ろうとしているんだと思う。

 自分の胸の鼓動が聞こえる。鼓動が強くなり、手が、頬が、内側から血を纏い熱を帯びる。

 涙が別の意味でこぼれてくるのが分かる。

「やっぱり…この世界の人達は強いな…」

 その言葉と共に、いつの間にか恐怖が消えていた。

 ちっぽけな勇気しかない私なんかより、よっぽどこの世界の人達は『勇者』と呼ぶに相応しい。

 女の子が包帯を持って私に駆け寄ってくる。それを身重の女性が一度引き留め、包帯を伸ばして見せて何かを教えていた。女の子は何度も頷き、その後で水瓶の方へと視線を向け、さらに頷いた。

 女の子はこちらに来る前に、同年代の男の子に声を掛けると、男の子も頷き、水瓶を手に持って、二人で私達の前に来てくれた。

 二人は私の前でしゃがみこみ、男の子は手の洗浄をして消毒を。女の子はさっき習ったであろう巻き方で包帯を巻いていく。

 途中で混乱し、分からなくなったのか、身重の女性の方へ顔を向けると、既に身重の女性はこちらに来ており、最後の結びと共にしっかりと止血をしてくれた。

 身重の女性は明らかに顔色が悪い…それでも、まるで我が子に接するかのように優しく包帯を巻くと、「無理しないで下さいね」と微笑みながら声を掛けてくれた。

 それはきっと私だけに言ったんじゃないと思う。

 大きくなったお腹を愛おしそうに見つめ、撫でる姿から外で戦っているであろう彼女の夫への言葉でもあったのだと思う。

「…何か月ですか?」

 私が尋ねると、身重の女性は目を細め、優しく微笑みながら、絹に振れるように大きくなったお腹に手を置き、

「そうですね。多分、来月くらいに生まれる予定です」

 その言葉に私は頷くと共に、手に力を込める。

 なけなしの勇気…それを使って見せる。

「安心して下さい…」

 私はその言葉と立ち上がる。

「私が…皆を守ります」

 決意と共に、私の小さな剣と盾を持って外へと行こうとしたところで、

「お嬢ちゃんは勇み足過ぎだよ。」

 老婆に諫められ、足を止めてしまう。

 実際、疲れている…。正直、冷静になったおかげで足が震えているのがよくわかる。

 老婆の顔を見ると、達観したようにクスリと笑い、

「それにね、お嬢ちゃんがここにいると、あたし達は安心なんだよ。」

 その言葉に少し恥ずかしくなる。戦いが始まって、私が戦っていたのなんてほんの10分もないくらいだったから。倒したのもゴブリンが4匹だけ…

 老婆はそんな私の心境を見越してか、小さく含んだように笑うと。

「そりゃあ、あの別嬪さんの方が目立ってるし、可愛いけど、あたし達はちゃんと見てたよ。村の男達よりも先に飛び出して行って、囲まれながらも戦ってたのも、あの別嬪さんと一緒に必至に走り回ってたのも…ね」

 老婆の言葉に顔が熱くなる。

 見られていた…というのもあるし、それ以上に、見て貰っていた…というのが、恥ずかしくもあり、何だか嬉しかった。

 認められるって…それだけで嬉しくなる。

 身重の女性が私の手を取ると、

「ふふ、ティーラ婆ちゃんのいう通りよ。今は少しでも休んで下さい」

 そう促され、未熟な私は結局、座り直し壁に背中をつけて目を閉じることにした。

 そんなに熟睡をしている暇はないけれど、少しでも体を回復させないといけない。

 この後の、大一番の為にも。

 外からの声が小さくなっていく。

 マイさんの声が響く。

「敵が撤退を始めています!今のうちに、ゴブリンの武器を拾って村へ撤収を!」

 凛と澄んだ強い声。

 マイさんだって歩き疲れて、さっきまで戦っていたから疲れているはずなのに、村の人達の為に、悪役ヒールであり、希望ホープになる為に必至に戦っている。

 未熟だからと言い訳なんてしない。

 マイさんも背伸びをして演じているから。

 それに、この村の人達にとっては、私もマイさんも等しく『冒険者ギルド』の『冒険者』だから。

 だけど、今だけは…少しだけ休もう。

 私達にしか成し遂げられないことが…きっとあるから。


 遅れてすみません。

 師走の忙しさでかなり滞ってました…。

 あと、最初に比べると主人公のカホがかなり強くなっていて、書いてて「君は誰?」となっていたので整合性をとるために何度か書き直していました…

 結局、やっぱり強くなってて「誰おま?」状態ですが…このキャラ難しいです。

 強くしたら強くしたで書き難くて、弱くしたら弱くしたで書き難い…

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