第四十一話 『英雄達の別れ』
第四十一話 『英雄達の別れ』
古き都、アルトヘイム。ひび割れた石畳を踏みしだきながら、黒衣のコートを纏った蛇を思わせる男性、名前を捨てた奴隷商が市場を歩いていると、ふと見知った顔を見かけたのか脚を止めた。
露店で雑貨を売る女性。この店に来たことはないものの、その女性とは多少の縁があるのか自然と見知った顔となっている。
「おや、あなたは?」
奴隷商が声をかけると、女性は目をしばたたかせ、
「あなたは、アルベルトさんの…」
雑貨屋の女性はそこまで言ってから、何と表現すればいいのか困っている様子であった。
奴隷商は助け舟でも出すかのように、
「ええ。知り合いというより旅仲間ですね」
簡単な説明をしてから、露店に並ぶ商品を眺める。
彼自身、少し前に大口の取引をしたこともあり、手持ちが少なく雑貨等を買っている余裕は余りなかったが、妖精喰らい(フェアリーイーター)の一件もあり、今はある程度の余裕がある。
今までは通り過ぎるだけだったが、立ち止まり、商品を眺められるのもゆとりがあるからだろう。
それでも財布の口は堅いらしく、手に取ろうとはしない。
「雑貨ですか。そう言えば最近アルベルトがお洒落な銀製のナイフとフォークを使っていましてね。この前なんて使う必要もないのにパンを切り分けるのに使っていましたよ」
やや呆れるように奴隷商がいうと、女性は一度目を丸くし、赤面させた。
「え…あ、あの、ありがとうございます…」
弱弱しく、彼女が言った言葉に奴隷商は納得したのか、顎に手を置き「…なるほど」と小さくつぶやいた。
件のアルベルトが何を思って使っているのか分からないものの、大切にしているのは間違いない。
雑貨屋の女性は眉を曲げながらも、にやけそうになる口元を必死に抑え、
「えっと、何かお求めでしょうか?」
「冷やかしだけというのも気が引けますしね。そうですね…」
奴隷商は並べてある商品を見つめ、ふと驚きの表情を浮かべた。
「これは…表記の間違いでしょうか?」
そう言いながら、商品の一つを指さした。
奴隷商の指さした商品…透明の瓶に入れられた薄い青色をした液体。回復薬である。それも低級という最も価値の低い物。
その商品の横には、銀貨1枚と大銅貨1枚と書かれた値段が表示されている。
雑貨屋の女性は困ったような表情を浮かべながら、
「えっと、間違っていない…と思います」
「しかし、低級ポーションが銀貨1枚と大銅貨1枚というのは…」
奴隷商は怪訝な表情を浮かべながら、「それよりも通常のポーションはないのですか?」と尋ねると、
「ごめんなさい。さすがにうちでは仕入れれなくて…」と雑貨屋の女性は頭を下げた。
奴隷商は眉を顰め「仕入れれない?」と小さく溢し、「因みに、売値はいくらでしょうか?」と問い詰めるように続けた。
その言葉に、雑貨屋の女性は思い出すように、
「一応…前に店頭に並べていた時は銀貨4枚でしたけど…その、多分次からはまた値上がりすると思います」
「中級回復薬なら買い取りは幾らでしょうか?」
雑貨屋の女性の言葉が終わるとほぼ同時に、奴隷商は矢次早にさらに尋ねる。
雑貨屋の女性は言葉に窮しながらも、
「えっと…うちでは取り扱えませんが、銀貨6枚位でしょうか?売値が大銀貨1枚くらいなので…まぁ、買い取りならギルドを通して貰った方がいいと思いますけど…」
その言葉に、奴隷商はふと口元に笑みを浮かべた。
雑貨屋の女性はポーションを手で示し「購入されますか?」と尋ねると、奴隷商は自然と懐から銀貨と大銅貨を取り出し、雑貨屋の女性へと手渡した。
奴隷商は商品を受け取ると、まるで鑑定でもするかのようにまじまじと見つめ、「この程度でこの値段…」と漏らす。
表情はどこか険しく、また何かを企んでいるように口元をゆがめていた。
「低級ポーションもこれ以上値段が、仕入れ値があがると、うちでは扱えなくなるので…」
「仕入れ額は?」と奴隷商が購入した低級ポーションを見つめながら、雑貨屋の女性に聞く。
雑貨屋の女性は真意が汲めないこともあり、困った表情をしていたものの、
「銀貨1枚が安いくらいでしょうか?」
「仕入れは先は?」
「普段の日用品や雑貨はアルトヘイムからですけど…」
その言葉に奴隷商は笑みに似た、邪悪とも言える表情を浮かべた。
それは、まさしく彼の風貌である『蛇』を連想させる。
「回復薬は別…ということですね」
奴隷商の言葉に、気圧されるように雑貨屋の女性は頷き、
「はい。回復薬は中央や北方から来る行商から仕入れていますが、それがどうかしましたか…」
「何故、アルトヘイムの薬師から買われないのですか?」
まるで詰問のようになってきた奴隷商の言葉に、雑貨屋の女性は肩を震わせながらも、しっかりと奴隷商を見返した。
「戦争ですから。前線の兵士に送るので供給が間に合わないみたいです」
雑貨屋の女性の言葉を聞いた奴隷商は頷くと同時に、
「これは…」と漏らした。
奴隷商はまるで考え込むように俯き、顎に手をのせる。
「どうかしましたか?」と雑貨屋の女性が聞くと、奴隷商は顔を上げ、彼女の顔を見つめながら、
「攻撃ですね」
その一言に、雑貨屋の女性はキョトンとしてしまう。
「え?」と驚きの声を上げるものの、その先の言葉は続かなかった。
それどころか、奴隷商は声こそ落ち着いているものの、興奮した様子で、
「あなたに尋ねます。私が100回分のポーションを売りたいと思います」
「え、え?あの…それは…」
いきなりの提案に雑貨屋の女性は目を丸くするだけでなく、状況が呑み込めていなかった。奴隷商の言葉を理解出来ていたかも怪しい中、奴隷商は矢継ぎ早に話を進めていく。
「但し、あなたの人柄を見込んでです。売値はこちらで決めさせて貰いますが宜しいでしょうか?」
「その…そんな手持ちがないので…ギルドに…」
「いえ、あなたに取り扱って欲しいのです」
奴隷商の言葉に困惑を隠せず、ただ、それでも熱意のある言葉に雑貨屋の女性はただ気圧されていた。
奴隷商はお構いなしといった雰囲気で。
「品としては中級には至らないものの、通常よりも良品であることは保証出来ます。それを私があなたに銀貨1枚と大銅貨5枚で売らさせて貰います。」
「え!?いえ、そのお言葉ですが…ギルドに持って行った方が…それに普通に売られた方がもっと…」
「但し、売値は銀貨2枚です。薄めて低級として売り出す場合は大銅貨6枚でどうでしょう?」
奴隷商が次々と提案してくる中、雑貨屋の女性は困惑していたものの、ふと我に返ったのか、
「え、えっと…もしかして…通常価格ですか?でも…どうして?」
雑貨屋の女性の言葉に奴隷商は満足そうに頷いてから、真っ直ぐに彼女の目を見据えた。
「なに悪質な暴利の横っ面を引っぱたいてやろうと思いましてね」
彼の言葉に信念に似た物が感じ取れた。雑貨屋の女性は反応こそ出来なかったものの、ただ彼から発せられる情熱に似た感情に驚きは隠せなかった。
奴隷商はゆっくりと息を吸うと、彼の向上でありパンチラインである「私は商人です」と一言言ってから、
「回復薬の生産力は減っていない。しかし、アルトヘイムは薬草の生産量が少ないからこそ、前線での需要が高騰したことに対応出来ない。よって、人々が日常で使う分は他から仕入れる。その所為で多少の値段の上昇は理解出来ます。しかし、上がり過ぎです。」
そこまで言ってから、奴隷商は先ほど買った低級のポーションを指さし、
「むしろ、回復薬はもっと安くなってもいいくらいなのです」
奴隷商の言葉に雑貨屋の女性は反応出来なかった。それくらい、驚くべき内容だったからだ。
「現在大陸で起こっている戦争は魔族とアルトヘイム間のみ。戦争するしか脳のない極東は除きますが、それ以外では数年前まで起こっていた戦争の際に爆発的に伸びた回復薬の需要と供給は、供給が過多となっているのが現状です。必要なくなった回復薬は捨てるか、安値で売り払うはしなければならない…そんな時にアルトヘイムの戦争は回復薬を売り出す商人達にとってはまさに白羽の矢です。」
奴隷商はそこまで言ってから、視線を広場に飾られた新たなエアリス神が討ったとされるキマイラの首を象ったレリーフへと向けた。
「しかし、元より、魔物が狂暴かつ多く、さらに恐らく戦争中ということもあり危険地帯には赴きたくないことから一部の商人が買い占め、こちらに流している。そこに目を付けたのでしょう。私腹を肥やす為にその商人達かまた別の者が買占め、値段を釣り上げをしていると考えます」
奴隷商はそこまで言うと、ニヤリと口元を三日月のように歪め、
「そこで…卑しい商人である私が適正価格でその横面をぶん殴ってやろうと思いましてね」
彼の暴力的とも言える物言いに表情。恐怖すら覚えてもいい。
…それでも、雑貨屋の女性は彼の本質を見ていた。
驚きと不安こそあれ、そこには小さな笑顔が見えた。希望を見つけたように。
奴隷商は芝居でもしていたかのように、いつもの険しくも穏やかな表情に戻ると、満足したように頷き、
「アルトヘイムを守る…いや、この国の人々の苦しみを和らげる為にも、協力していただけませんか?」
きっと、彼も商人として、彼女を値踏みしていた。だが、確信があったのも間違いないのだろう。彼女なら信頼出来ると。
「私に…出来るでしょうか?」
雑貨屋の女性の言葉に奴隷商は頷く。彼女の不安もそれしかなかった。
出来ることをしたい。しかし大役過ぎる。だから、不安を隠せなかった。
奴隷商は両手を広げ、当然です、と一言言ってから、まるで茶化すように。
「不安なら、アルベルトをお貸ししましょうか?彼も私といるよりきっと楽しいでしょうし」
「え!?いや、あの!アルベルトさんは忙しいですし、その!」
奴隷商の言葉に雑貨屋の女性は赤面し、慌てた様子を見せたが、
「いえ、アルベルトはきっとあなたには必要となります。なので、前向きにご検討を」
強く言われ、また自身の感情や思いからか、強く否定出来ずにいた。
「でも…」と雑貨屋の女性は弱弱しく言葉を紡ぐが、奴隷商は真っ直ぐに彼女を見据え。
「私のやろうとしていることは中央国の商人に喧嘩を売る…ということです。奴等の餌場となっているアルトヘイムに常識の値段を叩き込み、需要を一気に奪う。奴等が改心すればそれでいいです。しかし、暴力に訴える場合、私には今、もう一人心強い仲間がいますが、あなたには耐えられないでしょう」
奴隷商の言葉に、雑貨屋の女性は戸惑っていた。
「お願いします。アルトヘイムを救って下さい」
それでも続いた言葉に彼女はゆっくりと頷いて答えた。
「分かりました。精一杯、頑張ります…」
言葉を濁さず、まっすぐに受け取り、彼女もまた奴隷商を真っ直ぐに見つめ返した。
直後、奴隷商の後方から怒声が響き渡った。
「ちょっと!何、勝手に話を進めてるのよ!」
その声に、奴隷商も雑貨屋の女性も驚き二人して声のした方を向くと、奴隷商の仲間である、フードを被った女性、セフィラ。セフィラと手を繋ぐ少女。そして、変わり者のアルベルトが立っていた。
セフィラは明らかに見て取れた怒りを露わにし、その傍らの少女は悲しそうに眼を伏せている。
三人の登場に奴隷商も驚いた様子を見せ、言葉に詰まっていた。
「俺は構わないぞ。面白そうだしな」とアルベルトはいつもの調子で奴隷商に返答すると、セフィラは目をイカらせ、「アルベルトは黙って!」と大声を上げた。
しかし、アルベルトがそんなセフィラに視線を送ると、彼女も自分の理不尽に気付いたのか、普段の彼女らしくないシュンとした態度になり、
「ごめんなさい。あなたがいいならそれでいいわよ…」
何処か泣き出しそうな声だった。
「…失礼しました。興奮してしまい思わず勝手に」と奴隷商が謝るものの、アルベルトは気にしていないといった雰囲気で手を振り、
「気にするな。俺はただの雇われだ。いや、勝手について来ただけのプー太郎だ」
その言葉や、いつも通りの彼に不安は覚えずとも、セフィラと手を繋いでいるエルフの少女は顔を上げ、
「アルベルトさんとお別れになるの?」
エルフの少女もまた泣き出しそうな声色をしていた。
彼女にとってアルベルトは兄のような存在だ。そして、このチームは家族のような居場所である。だからこそ、誰にも欠けて欲しくないと思っているのだろう。
奴隷商は腰を曲げ、少女と目線を合わせながら、
「今はまだですが、次ここに戻ってきた時には、そうなるかもしれません」
静かに諭すように伝えると、エルフの少女は俯きながら、セフィラへ顔を埋めた。
子供ながらも必死に受け入れようとしているが、それでもまだ決心がつかないのだろう。
そんなエルフの少女の頭に、優しく手が置かれた。
アルベルトはエルフの少女の頭を撫でながら、いつもより穏やかな口調で、
「まだ先になるが、先に言っておこうか。三人ともありがとう。楽しかったぞ」
その一言にエルフの少女は泣き出しそうな表情ではあったものの、彼を見上げ、
「うん…」
と一言言ってから、セフィラから離れ、アルベルトの方へとその体を預けた。アルベルトはそんな彼女を抱き上げ、
「よし、いい子だ。だが、分かっただろう?」
アルベルトはそう一言置いてから、
「この世界には優しい人もいることに」
彼の一言をエルフの少女がどれ程噛み締めたか分からない。
奴隷として玩具にされ、尊厳すら踏みにじられ、絶望していた。そんな彼女がどれだけ今が大切かなんて言葉に出来るものではない。
「うん!」と大きく頷き、笑顔を見せながらも、エルフの少女は涙を止められなかった。
そんな彼女に「いい子だ」とアルベルトは再度頭を撫で、
「この世界には確かに辛いことは多い。だが、出会いがあり、別れがある。それを繰り返し、喜びと悲しみを身に刻み生きてくれ。それがこの世界を好きになるということでもある。」
彼の言葉にふと誰かが思い浮かんだのか、セフィラも奴隷商も思わず口元を綻ばせた。
しかし、それは彼の言葉ではない。読み書きが達者なアルベルトが教会から頼まれた翻訳の仕事の文章の一説だ。
「エアリス神の叙事詩の一説ですか…」と奴隷商が溢し、アルベルトも「そうだ」と頷いた。
そして、一度目を閉じ「友人の言葉でもあるがな」と、ここにはいないが、それでもここへ導いた赤い髪の少女を思い浮かべていた。
アルベルトの新約したエアリス神の伝説は、神話というよりも子供向けのコメディ寄りのものである。
底抜けに明るい物語となっており、読み手によっては神話の冒涜とさえ思えるものだ。
余談ではあるが、イニス助教司祭はいたく気に入ったらしく、またエルフの少女も、読み聞かされていたものが気に入り、第一号は彼女が大切にしている。
「アルベルト…」とセフィラが静かな口調で声をかけると、
「どうしたセフィラ。まだお別れでもないだろう?」とアルベルトはキョトンとした表情を浮かべた。彼から始めた別れの挨拶でもあるにも関わらず。
セフィラは赤面しそっぽを向きながら、
「知ってるわよ!」と口を尖らせてしまう。
そんな彼女にアルベルトは小さく笑いながら、
「すまんな。ついセフィラはからかってしまうな」
「あ、そう!」と怒った口調ではあるものの、セフィラはその口元を綻ばせていた。
人間が憎くて仕方なかったはずの彼女が、太陽のような熱と光を持つ少女と出会い、そして、二人と旅をしていつしか人間との別れを惜しむ程になっていた。
そのことが分かるからこそ、セフィラは照れ臭いのだ。
奴隷商は仲間に頭を一度下げると、
「明日にはここを発ちます。そして、カホさんの故郷であるシノの村を目指しましょう。その前に、別れの挨拶を済ませておきましょうか」
その言葉と共に、セフィラとエルフの少女、奴隷商は別々の方向へと歩を進めていった。
アルベルトはというと、その場に留まり誰に別れを告げるべきか、と考えている様子だった。彼にとって、この地で出会った人間が多すぎる。
それは数百年孤独に生きてきた彼にとって、誰のところへ行くべきかと迷うほどに。
「一緒にスープを買いに行きませんか?」と雑貨屋の女性が優しくアルベルトに声を掛けると、アルベルトはその鉄面皮からは考えられない、驚いた表情をしたものの、すぐにいつものように、無感動に。
「確かに。明日からバイトには行けないな」
その一言に雑貨屋の女性は微笑みを浮かべ、店番を変わってからアルベルトの隣へと並ぶ。
二人で古い石畳の道を歩きながら、雑貨屋の女性は意を決したように口を開いた。
「私…やっぱりアルベルトさんは皆さんと一緒にいて欲しいです」
それが、彼女の答えだった。
淡い気持ちがあるのを押し殺してでも、彼女は、彼にいて欲しい場所を伝えた。
彼女の言葉にアルベルトはまたしても、少し驚いた様子を見せたものの、すぐに口を綻ばせ。
「そうか。優しいんだな」
アルベルトの言葉に「は…はぅ…」と雑貨屋の女性は言葉に詰まってしまう。
きっと「はい」かそれとも否定の言葉でも答えたかったのだろう。
そして、市場へと行くと、アルベルトのバイト先の女主人がいつもより早い常連の雑貨屋の女性と連れ立って歩いているアルベルトを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべ、
「一歩前進かい?」と嬉しそうな声をあげた。




