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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第三十四話 『切り刻む勇者』


第三十四話 『切り刻む勇者』


「宿に泊まりたいんだけど?」

 白衣を着た、瘦身で短髪の男が宿屋の主人にそう声を掛ける。

 宿屋の主人は「一人かい?2階のなら1室は空いてるよ?」と白衣の男の言葉に肯定してみせた。

 白衣の男は宿代である銅貨3枚を置くと、代わりにカギを受け取り2階へと昇る階段を昇っていく。

 白衣の男は首を軽く回しながら「勇者も辛いね」と愚痴を溢しながら少ない手持ちにため息を吐いた。


 アルトヘイムの宿屋…その中でも古く安い部類の宿。

 白衣を纏った男、勇者が訪れていた。

 白衣を纏った勇者は宿を取ったものの、碌に説明をされなったこともあり、手近な部屋の扉を開ける。扉を開けたものの、その先には太った男がベッドで横たわる小さな少女を介抱しているのが見えた。

「あんた誰だ?」と太った男が口を開くと、白衣を纏った勇者、レオニードはため息をつきながら、

「失礼、部屋を間違えたようだ…」

 謝るような言い方ではないものの、口上だけは謝ってみせ、ふとベッドに横たわる少女に視線を向ける。

「どうしたんだい、その子?」

 レオニードが尋ねると太った男は肩を竦め「いやなに、食あたりだよ」といきなり入ってきたレオニードに若干呆れて見せる。

 ただ、呆れて見せるものの、腰に差した短刀に手を伸ばしており、レオニードはその隙のない男に軽く感心すらした。

 だが、その感心もすぐに消え、レオニードはベッドの少女の息が荒いのを見るや否や部屋へと押し入るように入る。

 太った男が制止しようとしたものの、レオニードが少女の額に触れ、そのまま触診を始めたとみると一歩引いてみせた。

 レオニードは軽く触診を済ませると、一度首を傾げ。

「ふーん。アナフィラキシーを起こしているのかもね。あと、内出血もかな?」

 レオニードの言葉に太った男はポカンとしたものの、レオニードは軽く笑って見せた。

 しかし、それは周りにとっては邪悪な笑みにしか見えないもの…というのは彼自身よく知っている。

 勇者として『神の祝福』の力を受けながらも、『邪悪』と罵られ中央国から追放された。

 その理由の一つが自信の歪んだ笑みだとは自覚はしている。

「強い子だね。とっくに意識障害を起こしていてもおかしくないのにね」

「おい…何言って」

 太った男がレオニードを制止しようと手を伸ばすものの、レオニードは小さな少女の顔の前に手を持っていき軽く振って見せた。

 小さな少女は必死にレオニードを見返すものの、

「なにするの…あぅ…ふぐぅぅ…」

 腹部を押さえ息を荒くする。

「何本に見えるかい?」とレオニードの問いにも「指?」とうわごとのように答えてみせた。

「ダメだね。すぐに手当するよ」

 レオニードがその瞳を鋭くし、荷物を『インベントリ』から取り出し始めた。

「おい、ただの食あたりじゃないのか?」と太った男が尋ねるものの、レオニードは取り合わずに準備を進め、

「放っておいたら死ぬかもしれないよ。いや、死ぬね」

 レオニードの言葉に太った男は愕然としていた。レオニードはそんな太った男を気にする様子も見せずに思いついたように準備を途中で止め、

「僕は別に構わないけれどね」

 どうする?とでも言いたげな瞳でレオニードが太った男に視線を送る。

 太った男は言葉に詰まりながらも、すぐに決心したように頭を下げた。

「この子はハーフリングなんだ。金が俺が払う。頼む…」

 願うような言葉にレオニードは一瞬目を丸くし、考えるように自分の顎を撫でる。

「ほう…異種族という奴か。死亡すれば解剖しても面白そうだ」

「な、何言ってんだ!」

 レオニードの言葉に太った男が目をむく。

 それでも彼は顔色一つ変えず、むしろ嬉しそうに瞳を細める。

「本気だよ。後、金はいらない。少しだけ体は見させて貰うけどね。後、血液も少し貰うよ」

 血を貰う…等という常軌を逸したような言葉に太った男が目を丸くした。

「あんたまさか吸血鬼か?」

 レオニードはキョトンとしたものの、「そんなのもいるのかい?この世界には」と興味を示した。

 その態度に太った男も合点した様子を見せ、

「あんた『勇者』だな」

「そうだよ。あと『医者』だ」

 レオニードが答えると太った男は首を傾げながら、「『奇跡』の使い手か?」と尋ね返した。

 レオニードは顔を歪ませ、まるで苦虫でも噛みつぶしたような表情になり、

「医療は人類がまやかしや奇跡なんかに頼らなくなったからこそ発展したものだ…と言いたいことはあるのだけれど、まずはこの子の治療が先だね」

 そう吐き捨てた。

 吐き捨てながらも治療の準備を始め、短い刃のないナイフを取り出す。

 準備が整ったところでレオニードは軽く息を吐き、呆れた様子で太った男に視線を送る。

「さてと…少し出ていてくれるかな?」

「なんでだ?」と太った男が聞き返すとレオニードは呆れるように息を吐き。

「決まっているじゃないか。今からこの子を引ん剝くから。一応、女性なんだろう?エチケット的には必要だと思うよ。あと、人間なんていうのは雑菌の塊なんだ。消毒をしていない人間なんていうものは患者にとって毒でしかない。消毒剤も勿体ないし、自前で消毒してくれないなら、邪魔だよ。患者を殺す気かい?」

 レオニードが無感動にシレッとした態度を取ると太った男は彼を睨みつけ、

「信用していいんだな?」

 その敵意にレオニードは気付いてはいたものの取り合わない様子だった。

 呆れるように息を吐き、

「お好きに。さっきも言ったように僕にとっては何もしないでこの子が死亡した後に解剖することにも興味はあるけれど、治療すると決めた以上は勤めを果たすよ」

 太った男はジッとレオニードを見つめたものの、不意に口元に笑みを浮かべた。

「あんたは信用できそうだ」と小さく呟くと扉から外へと出ていった。

「君と対峙すると、僕じゃ勝てないからね」

 レオニードは感情を込めない言い方なものの、それでも安心するように肩を竦めた。

 準備を終えるとレオニードが少女へと近づき、「君に聞いておくよ。」と小さく声を掛ける。声を掛けられた少女は辛そうにレオニードの方へ視線を送りながら、

「うん…なに?」

 か細い声で聞き返す。

 それを確認すると「意識はあり」とレオニードが少し満足するように口元を歪め、おどけた様子で。

「息が辛くないかい?」

「あはは、オーガに殴られてから少しずつ…」

 オーガに殴られた、と聞きレオニードは自然と呆れる様な表情を見せた。

「そうか。無茶をするね」

 その言葉を皮切りに瞳を鋭くし、小さな針を取り出し、少女の腕へとあてがう。

「今から君を切り刻むけれど安心してね」

「え?」

 レオニードの言葉に少女は目を丸くしたものの、「お休み」と言いながらレオニードがその針を刺すとゆっくりと意識を眠りの中へと引き込まれていった。

 少女が眠ったのを確認すると同時にレオニードはカバンの中から数種類の薬剤や布を取り出し一度深く深呼吸をした。

「無免許だけど悪く思わないでね」

 彼はそう言いながら少女の服に手を掛け始めた。





 アルトヘイムのとある宿屋で奴隷商が朝起きると同時に酷い頭痛がした。

 昨日は冒険者ギルド『青い風』での食事会があったのは覚えている。途中で酒が振舞われた後からの覚えが曖昧だ。

 確かエアリス神が作ったとされる月の酒が出されていたような気はする。

 ベッドから起き上がり着替えを済ませ、一階へ降りると既に、見慣れた景色となってしまったがアルベルトとあのエルフの少女が食事を用意し終わっていたところだった。

 アルベルトに至ってはまだ折れた腕を首から吊っているにも関わらず器用に皿を運んでいる。

 器用に、と表現したがそれには語弊がある。アルベルトは折れた腕を庇うようなことをせず、無事な方の手で無理矢理指を開き、腕を伸ばし皿を持ち、動かしている。

 痛みに慣れているのか表情に変わりはないが、見ているこちらが目を覆いたくなる。

 アルベルトはこちらに気付くと料理の載った皿を机に並べてから、懐から一通の封筒を取り出して見せた。

「王城の遣いとやらから報酬が届いたぞ」

 彼が気にしないのであれば何も言う事もないのだが、肝が冷える。

 アルベルトから手渡された封筒を開き中を確認し、思わず息を呑んでしまう。

「アルベルト…その、この金額で間違いありませんか?」

 私の問いにアルベルトは軽く頷き、エルフの少女は頬を膨らませた。

「ああ」

「アルベルトさんなら隠したりしないよ!」

 それはそうなのだが、問題はそこではない。

 アルベルトは気にしていない様子で、軽く肩を竦ませると、

「俺もそろそろ仕事に行きたいから早く食事を済ませてくれないか?」

「腕がまだ本調子ではないでしょうに…」

 彼の言葉呆れながら席に着く。

「真面目に仕事はしないとな。出来る限りをするのさ」

 彼には彼なりの仕事に対する美徳があるのでしょうが、そんな折れている腕で仕事場に行かすのも周りに申し訳ない気がする。

 実際アルベルトを擁護していたエルフの少女もアルベルトの発言には目を丸くしている。

 彼女からしても今日は休んでくれるとは思っていたのだろう。

 エルフの少女が私に援護を求めるようにこちらを見てくるが、私に何か出来るとでも思っているのでしょうか?

「いえ、その…なんといえば良いのでしょうかね」

 言葉に詰まっていると、

「おはよう…」

 二階から寝ぼけ眼で、寝ぐせでボサボサの髪をした、寝間着のシャツとキュロット姿のエルフ…セフィラが降りてきた。

 昨日しこたま飲んだようで、どこか元気がないが、それでも二日酔いとは言わない程度に見える。余程酒には強いようだ。

 エルフの少女はセフィラを見るなり怒ったような口調になり、

「セフィラお姉さん!寝坊だよ!」

 エルフの少女に叱責されセフィラは困ったように眉を曲げ、

「ごめん。さすがに飲み過ぎたわ」

 謝っているつもりなのだろうか?見た目以上に辛いのかもしれない。

 見ているこっちは失笑ものだが。

「樽が二つも空いていたからな」

 アルベルトがため息交じりに告げると、セフィラは大きな欠伸を片手手で隠しながら伸びをし、

「樽は一つしか空けてないわよ?」

 まるで言い訳のようだ。あの場にあった酒の大樽を一つ開けたこと事態が飲み過ぎだというのに。

 補足をしておくが、大樽をあけただけでなく、他の酒も飲みつくしていたので恐らく大樽二つ分は飲んでいるだろう。

 私は手元にある封筒をセフィラに見せ、

「報酬がさっそく届きましたよ。いやはや、仕事が早いというべきですね」

 セフィラは眠たそうに目元を擦りながら、

「あれだけの大物だし金貨4枚くらいかしら?」

 さすがというべきだろう。彼女から聞いた過去はまさに冒険譚だ。

 その感性は冒険で渡り歩いてきただけはあるのだろう。

 私は軽くため息を吐き、渡された封筒の中身を机に並べる。

「ええ。但し大金貨ですが。後、金貨が数枚も」

 並べてみせるとセフィラは目を丸くしながら、言葉を失っていた。

 フェアリーイーターの脅威はこれに見合うか…と言われれば判断のしようがないとしかいえない。

 ギルドの介入がなかった…とも言える状態だったことからその分割り増しにしているのか、それとも『口止め』の意味もあるのかもしれない。

 セフィラは少しの間、大金貨を見つめていたものの、両手を振り上げ、

「いやったー!借金これで結構返せるんじゃない!?」

 確かに借金の半額と言える額に近いが、

「何故、総取りしようとしているのか分かりませんね?」

「何言ってるのよ。返済は私の分でお願いね」

 5分の1の返済で喜んでいたのか、と肩を竦めたくなる。総取りをしようとしていると少しでも思ってしまった自分が恥ずかしい。

「では、大金貨2枚ですね」

 大金貨に手を触れようとしていると、セフィラが首を傾げ、「奴隷商の分もくれるの?」と尋ねてくる。そんな訳あるはずがない。

 シノの村に立ち寄りポーションの買い付けもしなければいけないというのに。

 しかし、セフィラの言葉でようやく気付いた。

「…成程」と頷きながら、エルフの少女を手招きする。

「どうしたの?」とエルフの少女は困ったような顔をしていたものの、その手を取り机の上にある大金貨を一枚手に取り、彼女の手に乗せる。

 受け取ったエルフの少女は声を出せずに大金貨を見つめている。

「これはあなたの正当な取り分です。あなたが大きくなった時の為に今は貯めておくのが一番でしょうが」

 私の言葉でようやく理解したのか、エルフの少女は私を見つめ返し、

「え、じゃあ…セフィラお姉さんに」

「何いってるのよ。あなたも頑張ってくれたじゃない!」

 セフィラがエルフの少女に抱き着きながら嬉しそうな声をあげた。

 心なしか朝からセフィラのテンションが高い気がするが、昨日あれだけ飲んだ所為なのだろう。

 エルフの少女は戸惑いを隠せない様子であったものの、ゆっくりと大金貨を握り込み、小さく頷いた。

 かなり内気な子だ。一体何を考えているのか皆目見当つかないが、初仕事を終えたやりがいは感じているのだろう。

 セフィラは顔をにやけさせながら、エルフの少女の頭を撫で、

「それにね。なんだかんだ言って私も…なんでもない!」

 慌てて口をつぐんでいた。

 本当に変わり者のエルフだ。いや、アルトヘイムならこれも普通なのだろう。

 もしかすると、あの子の影響を受けているのかもしれないが。

 私はおどけてみせて、

「どうしましたセフィラ?もしかして、少しでも長く私達といようと借金返済を後にしようとしていますか?困りましたねぇ、これは利息を多くした方が宜しいかもしれませんねぇ」

 厭味ったらしく言うと、セフィラは図星を突かれたのか体を震わせ、

「うぐ…。それより、あなたの護衛としての給料貰ってないわよ!」

「護衛をしてから言って下さい。碌に私の隣にいたことがありませんよ」

 これは本音。彼女は元の契約の護衛は、アルトヘイムへの道中でしかしていない。こっちに来てからはエルフの少女の子守ばかりしており、碌に私と一緒に行動したことがない。

「ああ、もう!ああ言ええばこういうわね!」

「ええ、私は商人ですから!」

 憤慨しているセフィラを嘲笑うようにいなし、高笑いをしてみせる。

「えっと、二人とも…その」

 エルフの少女が私とセフィラに何か言いたそうであったが、そんなエルフの少女の頭を軽くアルベルトが叩き、

「させてやれ。それに仲のいい証でもあるのは分かっているだろう?」

 アルベルトの言葉に私とセフィラは思わず視線を逸らしてしまう。

 しかしこれは失策だった。気が合ってしまっているのは確かだ。そっぽを向くタイミングまで一緒になってしまっているとは。

「うん!」とエルフの少女は嬉しそうに顔を緩ませ、食事の席に着いた。

 机の上に並べた大金貨は邪魔になるので、アルベルトに一枚を渡し、残りの二枚も私の懐へと入れる。

 残った数枚の金貨を見つめ、どう分けようかと思いながら机の端へと移動させる。

「折角だ。その金貨で旨いものでも食べないか?」

 これはアルベルトの提案だ。

 数が数なので処分には困っているが、それでもこれだけの金貨で食事となれば相当豪勢なものとなってしまう。それこそ昨日の飲み会のように。

「いいわね!賛成よ!」とセフィラが大きく同意してみせた。

 あなたはお酒が飲みたいだけでしょうに…とは言わないでおいた。

 なにせ、エルフの少女がしょんぼりとし、

「折角、朝ごはん作ったのに…」

「そっちは勿論たべるわ!」

 慌ててセフィラが朝食に手を伸ばした。

 まだ頭は回っていないようだ。気品に溢れる異種族がエルフと聞いていたが、セフィラを見ていると本当に疑問になってしまう。

 気前がよかったり、砕けた性格をしていたりするなんて、距離を勝手に取っていたのはこちらなのかもしれない。

 朝食を摂っていると、不意に水を運んでくれた宿屋の主人がポカンとした表情を浮かべていた。

 何に驚いているのだろうか、と考えてしまい、机の上に無造作に置いていた金貨に目が行く。これは失策だったかもしれない。使い道を考えていたとは言え、隠すかしまっておくべきだった。

 アルトヘイムは貧困とまでは言わなくても長期間の戦争で疲弊している。金づると思われると吹っ掛けられるかもしれない。

 店主はゆっくりと口を開くとセフィラを指さし、

「あんた…エルフだったのか?」

 その言葉に思わずセフィラを見つめてしまう。そう言えば、セフィラは正体を隠して入国していた。いつも被っているフードを彼女は置いてきてしまっている。

 彼女がエルフだと知っているのはこの国では教会の騎士フィーネのみであったが、まさかこんなことでバレるとは思わなかった。

 セフィラは金糸のような髪を軽く手で梳くように、エルフの特徴である長い耳を店主に隠さず見えるようにし、 

「そうよ。でも内緒よ、店主さん」

 悪戯っぽく笑いながら耳を隠すように髪で隠し始めた。店主は戸惑っていたものの、

「いつか仲間と一緒にまた帰ってくるから」

 セフィラの自然な口調でありながらも、強い意志を感じる答えに店主は頷き。

「そうか。じゃあ、今は内緒にしておいてやるよ。お帰り、エルフ…いや、エアリス様の友よ」

 店主はそう言い残すと、そのままカウンターへと戻っていった。

 自分の卑しさや人間不信に似た杞憂に呆れそうになる。

 この国では大金よりもかつての仲間に目がいくという訳か。

 朝食を済ませてから、何処に食事に行こうかと相談し、セフィラの着替えが終わるのを待っていると、

「カホお姉ちゃん、何してるのかな?」

 そう言いながらエルフの少女がまるで恋人を思うように呟いた。

「そうだ!会いに行けばいいんじゃない!」

 丁度着替え終わったセフィラが階段を降りてきて第一声がそれだった。

 セフィラはいつも通りのフードを被りながら、満足そうな様子を見せる。

 エルフの少女は驚いていたものの、

「うん!行きたい!」

 飛び跳ねんばかりの勢いだった。多数決であれば既に2人がカホさんに会いにいくとなっているので否定しようもない。

 ただ…二人は偶然会うのを望んでいたようだったので、今までそのことを提案出来なかった。エルフ特有の考えがあるものだとばかり思っていたのだが、

「今更それに気づきましたか」

 思わずため息と共にそんな言葉を漏らしてしまった。

 私は杞憂が多く、思慮深いを装った、ただの愚者だということだろう。

 食事の話をそっちのけで、カホさんが泊っている宿を目指すことになり街を歩く。

 ふと、豪奢ではないものの品の良いドレスを着た少女が駆けているのが見えた。

 護衛らしき軽装に身を包んだ男二人が慌てて着いて行っている。

 どこかの貴族のお嬢様だろうか、と思いながらもその姿を見つめていたのだが、不意に通り過ぎていく馬車に邪魔をされ見えなくなってしまった。

 アイリスにいたからこそ色々と考え込んでしまうことがある。

 エアリスがおらず、中央国に内部から蝕まれ、異種族達が去った。滅びるだけの国…

 だが杞憂と分かる。それでもアルトヘイムはまだやれると信じることが出来る。

 カホさんが泊っている宿に辿りつき、部屋へと向かうと、部屋の前に見知った顔がそこにいた。何やら難しそうな表情をし、気が気でないといった様子だ。

 小太りを超えた肥満体質の体に、老年に近い冒険者…

「おや『岩蜥蜴』どうされました?」 

 私がその通り名を口に出すと、『岩蜥蜴』は少しだけ驚いた様子を見せたものの、

「ああ。ちょっとな、今治療中で外に出されているんだ」

 治療中…ということは奇跡でも使っているのだろうか、と思ってしまう。

 通常、奇跡というのは集中力を必要とする。その性質から一般的な奇跡の遣い手は雑念を払う為に静寂を好む傾向がある。

 セフィラ達に静かにするように伝えてから、

「この宿にカホという女の子が泊っていると聞いたんですが?」

 『岩蜥蜴』にそう伝えると、彼はバツの悪そうな表情を浮かべ、

「ああ。それなら朝に仕事を頼んで出ていったぜ。戻るのは3日後かな?」

 その言葉に私は仕方ないか…と割り切れた。彼女は冒険者だ。日銭を稼ぐのも立派な仕事に違いない。ものの、問題は…。

「セフィラ、元気を出せ」

 察してくれたアルベルトがセフィラに声を掛けてくれたものの、セフィラは悔しそうに唇を噛み、

「なんでこうなるのよ!」

 不服そうに声を荒げた。よっぽど会いたかったのだろうが、これも天運と割り切れないのだろうか?

「君達、煩いから何処かに行ってくれないか?」

 扉越しに諫められた。若い男性の声だ。

 誰の声だろう、と考えている暇もなく、扉の先から、

「言っておくけど精密な作業をしているんだ。手元が狂ってこの子をバラバラにしても文句を言わないで欲しいね」

 物騒な内容ではあるが、どこか落ち着いている。怒気を孕んでいるのは分かるものの、それでもそこから明確な感情は汲み取れない。

 セフィラの方を見てみると、口を手で押さえていた。

 どういう状況かは分からないが、それでも誰かが自分の所為でバラバラになるのは御免らしい。私も御免だ。

「申し訳ありません。静かにするように心がけます」

「邪魔だと含んでいったんだけどね。言わなきゃ分からないのかい?」

 若い男が冷たく言い放ってくる。こちらとしては謝罪したつもりだったのだが、どうやら伝わり切らなかったようだ。

 『岩蜥蜴』との会話も途中でやめ、渋々と宿屋から外に出る。

 一応セフィラには気を使い視線を送るものの、どうやら無用の心配だったようだ。

 セフィラは背伸びをしながら、

「カホもいないんじゃ仕方ないわね」

 強気にそうはいうものの、内心は残念がっているのだろう。

「これからどうする?」とまで聞いて聞いてきたのだが、余程ショックだったのだろう。

 心が壊れた、というより短期記憶喪失でもなってしまったのではないかと心配になる。

「飯に行くんだろ?」

 感情を全く込めないでアルベルトが呟くと、セフィラは少しだけ顔を赤くしたものの、

「そうね!それが一番の目的よね!」

 空元気は見ていて痛ましい。ここまでの状態でなければ笑い話ではあるのだが。

「じゃあ、野菜スープを…」

「アルベルトは仕事に行きたいだけでしょ!」

 アルベルトの提案にセフィラは口を尖らせる。

 それには私も同意する。折角の金貨を使っての食事だというのに、何故、いつもの銅貨数枚で買えるものをチョイスしたのだろうか。

 私とセフィラが反対したものの、エルフの少女はおずおずとセフィラを見上げ、

「…私行きたい」

 アルベルトに加勢するような意見に驚いてしまう。引っ込み思案の彼女は中々胸の内を話してはくれないので、余計にだ。

「アルベルトがいっつも美味しいって言ってるし、食べてみたい」

「旨いぞ」

 エルフの少女とアルベルトは言葉を交わし合い、笑顔を見せ合っている。

 いや正確にはエルフの少女が笑顔なだけで、アルベルトの表情は少しも変わっていない。

 エルフの少女は続いて私の方にも視線を向けてくる。その姿はおねだりしているようにも見える。

 ラーニャ達は達観したところもあり、余り私におねだりをしてくれなかった。

 子供が純粋に甘えてくる、というのは正直新鮮だ。

「仕方ありませんね。賛成です。それにアルベルトのお相手も気になりますしね」

 ここは折れてあげることにした。何も一日で使い切らなければいけないこともない。御馳走を食べるつもりが、安上りに済んだとしても別に悪い話ではない。

 セフィラに視線を向けると、彼女も考え込むような仕草をしていたものの、エルフの少女の頭を軽く撫で、

「分かったわよ」

 セフィラはため息をつきたくなるような表情をしていたものの、彼女を大切に思うからこそ、この彼女の言葉を断れないのだろう。

 そんなセフィラにエルフの少女は抱き着き、セフィラもゆっくりとその体を抱き留めた。

「あ、ワインって何処かで買えないかしら?」

 セフィラが不意に顔をあげて私に伝えてくる。

「まだ飲むのか?」とアルベルトも苦い表情をした。

「やれやれですね」と私も呆れてしまう。

 エルフの少女は顔を赤くしながらセフィラから離れ、

「お酒は控えて!」

 まるで説教するような言い方だった。

「何かあったのか?」とアルベルトがエルフの少女に尋ねると、エルフの少女は頬を押さえながら、照れたように紅潮し。

「昨日ね。セフィラお姉さんがいきなり私の布団に入ってきて抱きしめてきたの。おまけに耳まで噛んで来て…恥ずかしかったんだよ」

 言い終わると同時にエルフの少女は恥ずかしそうに俯き、スカートを押さえた。

「成程」とアルベルトが頷くと同時に、セフィラに無感情な目を向ける。

「ちょ、アルベルト何よその目!」

 セフィラが強く言い返すものの、アルベルトは首を振り、

「セフィラの趣味を悪くいうつもりはないが、控えた方がいいぞ」

「どういう意味よ!」

「そのままだ。酒は控えろ」

 何を想像していたのかセフィラは顔を赤くしそっぽを向き、

「あ、うん…」と素直に頷いて返していた。

 端から聞いていたが、私も一瞬そっちのことだと思ってしまったことに恥ずかしく思ってしまう。

 エルフの少女はアルベルトに隠れるようにし、ジトリとセフィラを見つめる。

 セフィラは弱ったように視線をキョロキョロとしていたものの、素直に頭を下げ。

「ご、ごめんね。けど…一本くらいなら…」

 それでも飲みたいと思えるその胆力には呆れを通り越して称賛してしまいたくなる。

 エルフの少女は納得いかない様子だったものの、

「一本だけだよ」

 その言葉にセフィラは嬉しそうに手を握りこんでいた。

 エルフの少女はセフィラに呆れながらも、小さく笑顔を見せ、アルベルトと手を叩き合っていた。

 まるで姉に諭される妹のようなやり取りだ。見た目も年齢も正反対なのだが。

「そこの方…」

 不意に軽装の装備を纏った男に呼び止めれられた。

 声の主はまだ若いものの、何処か死線を潜り抜けたかのような隙のない様子であり、用意に兵士か騎士であることは察せられた。

 私が振り向いたものの、男はセフィラに、

「その弓は?」と尋ねてくる。このセリフは道中で何度も聞いた上に私も言った。

 黒鋼の弓は貴重品だ。おまけにセフィラの弓はさらにカスタマイズされたものであり、武器を持つ者なら思わず目を奪われるのも仕方ない。

 男は驚きを隠せない様子で、

「もしかして、キマイラを討った…」

 恐る恐るという雰囲気だった。

 そういえば聞きそびれてしまっていたが、キマイラを討ったのは誰なのだろうと興味が沸いてしまう。

 セフィラと始めて会った時に見た、あの凄惨な光景を作り出した者をセフィラは知っているような雰囲気を見せていた。

「あれ私じゃないわよ。」とセフィラは呆れるように返していた。

「そうですか。いえ、しかし…」

 男が言葉に詰まっていた。何を気おくれすることがあるのか分からないが、セフィラの答えを待っていると、

「思い当たる人物はいるけど、多分…ここには来ないと思うわ」

 セフィラは何処か遠くを見るように顔をあげ、そう答えた。

 遠い存在なのだろう。きっと私やアルベルト、エルフの少女のような近しい者ではなく、本当に天上のような存在を思い浮かべているようだった。

 私達の中で一番腕が立つのはセフィラであり、さらに言うと私が今まで見てきた冒険者の中でセフィラに比肩出来る程の実力を持つ者は見たことがない。

 そんな彼女でも届かないような存在なんて想像もつかない。

 何せ彼女は”歩く災害”を打ち倒した一人らしい。

「それは一体どのような人物ですか」

 男の言葉にセフィラは少しの間だけ考え、ため息交じりに肩を竦めた。

「そうね。一言で言うのなら…神話の存在よ」

 神話か…と思わず呟きそうになる。

 セフィラも中々ロマンチックな言い方をするものだ。確かに、エアリス神がかつて討ったとされる伝承の獣を倒すのは神話の存在だろう。

 男は言葉を失っていた。

「早くいくわよ」とセフィラに促され私達はその場を後にする。

「エアリス様が…」

 男がうわごとのようにつぶやいていた言葉は私にもかろうじて聞こえていた。

 エアリス神の帰還を心待ちにしているこの国では仕方ない反応だろう。

 何か言うのも野暮というものだと私もその場を離れることにした。




 セフィラ達が去っていった後、半時もした頃に宿屋の扉が開いた。

 中から返り血を浴びたであろうレオニードが現れ、『岩蜥蜴』は言葉を失っていた。

 レオニードはいかにも疲れたとでもいいたげな雰囲気で、気だるげな表情を浮かべながら、近くにあったイスに体を投げ出した。

「疲れた。僕は寝るよ。彼女が起きたら起こしてくれ」

 レオニードの言葉に『岩蜥蜴』は何も言えず、ただ部屋の中を見つめた。

 ハーフリングの少女が眠っている…そう思ったものの、目を開くと同時に腹部を押さえ、

「…いたた!」

 ハーフリングの声を聞くや否やレオニードは体を起こし、面倒くさそうに、

「動かない方がいいよ。傷が開いて死ぬよ。経過が良好なのはよく分かったけどね」

 その言葉にハーフリングの少女は戸惑ったような表情を浮かべた。

「えっと…」

「僕はレオニード。『勇者』と呼ばれる存在らしい」

 レオニードが簡単な自己紹介をしたが、ハーフリングの少女はまだ状況を理解していない様子だった。

 『岩蜥蜴』が訝しみながら、

「あんた何をしたんだ?」

 レオニードは尋ねれた言葉を少しの間考えていたものの、

「切り刻んで肺の近くの内出血を取り除いたり、ギルベルに作って貰った抗生物質を…なんて言っても分からないよね」

 レオニードの言葉に『岩蜥蜴』は顔をしかめるものの、

「切り刻んで治したのか?」

 その質問には「普通じゃないよね」とレオニードは愉快そうに笑ってから、

「まぁ、そういうことだね。それにしても回復薬の力とは凄いものだ。あれのおかげで生きていたんだね。切れたはずの血管が治っていたから治療も簡単に済んだよ。それでも手当をしなければそのうち呼吸困難を起こすか、意識を失っていたよ」

 『岩蜥蜴』はレオニードの言葉を素直に受け取れない様子で、「斬ったのに治療?」と首を傾げている。

「じゃあ、僕はこれで」

 レオニードは欠伸をしながら自分の部屋を探すために廊下を進み始めた。

「おい、あんた待てよ!」と『岩蜥蜴』が呼び止めると、レオニードは一応と言った感じで足を止めた。しかし『岩蜥蜴』はその後の言葉が続かなかった。

「あの、レオニードさんで良かった?」

 ハーフリングの少女が声をあげる。

「どうしたんだい?」

 レオニードは煩わしそうな言い方だった。頭を掻き、早く寝たいと言うのは誰でも分かる。

「ありがとう」

 ハーフリングの少女の言葉にレオニードは足を止め、返答を返すのには少しの間時間が必要だった。

「それは君が元気に走り回れるようになってから言って欲しいね。」

 レオニードは澄ますようにそう告げると、

「まぁ、僕はまた旅に出るからそれも無理か。何処かで会うことでもあれば経過はまた教えてくれ」

 レオニードはそう言い残しそのまま廊下の奥へと消えていった。

 その姿を『岩蜥蜴』は見えなくなるまで頭を下げていた。

「あんな『勇者』もいるのか」と少しだけ嬉しそうな口調で呟いていた。





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