第三十二話 『草花の勇者』
第三十二話 『草花の勇者』
古き国。アルトヘイム王城―
荘厳とは程遠い保っているだけの威厳しかない王城。中央国を始めとする東南北に存在する4大国と並び称される異種族達の国であり、その王城。
しかしその王城には既にかつての同胞はおらず、ただの小さな王城となり果てている。
「お父様!どこですか!」
いつものように一人の少女…この国の王女イセリナが大声を出し怒声をまき散らせていた。王城の部屋を片っ端から開け放ち、目的の人物がいないと足早に次の扉へと駆け出していく。勿論、無残に開け放たれた扉はそのままにして。
怒った口調の彼女には周りも思わず笑みをこぼしてしまう。
そんなイセリナが王の寝室である部屋を開け放つと、王冠を載せてはいるものの覇気がなく、目が落ちくぼんだいかにも小心者の小太りの男が、老年の騎士と共に書類と睨めっこをしていた。
その付近には多くの書類や書状が詰まれ、王冠を被っただけの男は内容に目を通しながら脂汗を流していた。
イセリナがその姿を見るなりに怒気を込めた口調で、近づいていき。
「お父様!何をしてやがりますか!」
父と呼ばれた男は今代のアルトヘイム王、ランスロ。
ランスロは困ったように眉を曲げ、
「イセリナもうちょっと…そのね…言葉遣いをだね…皆も聞いているんだし…」
イセリナは父の言葉に耳も傾けず、情けない王に向かって指を差し、
「何を言ってやがりますか!書面は読まれていないのですか!どこまで愚鈍なのですか!?そんなのだから他の国からも臆病王なんて呼ばれますのよ!」
イセリナの言葉にランスロは「そうだけど」と尻すぼみするような声を出す。
ランスロは近くにある書状の束を手に取り、
「書面ってどれのことだい?あり過ぎて分からないよ…」
そんな王の態度にイセリナが目をイカらせる。老年の騎士が咄嗟に、
「王。おそらく先日レンツ子爵より送られてきた親書ではないでしょうか?」
老年の騎士こと…フェルディナントのフォローに「あれかぁ…」とランスロは間抜けな声をあげながら肩を竦ませる。
イセリナは鼻息を荒くし、ランスロに顔を近づけ睨み付ける。それだけでランスロは小さくなり、目を伏せる。
イセリナはフンと鼻を鳴らし、フェルディナントに視線を向け、
「フェン第三騎士隊長その通りですわ。我が領地でのキマイラ討伐の件です!愚鈍なお父様はちゃんとお読みになられていないようですわ!」
「ええ…。読んだよ。もちろんじゃないか。領地で起こったことなら…」
ランスロが言いかえすように弱気に言いかけたものの、再度睨まれ、また小さくなる。
イセリナは服の袖に手を入れると一枚の手紙を取り出し、ランスロに突きつける。
手紙を見るや否やランスロは困ったように目を逸らした。
「ならば何故この私にその親書のことを教えてく下さらなかったのですか!それに戦勝パレードを開くべきです!何故、先延ばしにするような態度をしているのですか!」
手紙は封を切られており、中にはお悔み申し上げるというような内容が掛かれており、復興資金の関係が記されていた。
「私が送付する手紙の確認をしなければ分からなかったのですよ!」
ランスロは目を伏せてしまい口をつぐんでしまう。
フェルディナントはフォローするようにイセリナの前に立ち、
「勝手に封を切られては困ります。それに王にもお考えが…」
「これだけのことを無視するというのですか!キマイラが出現し、それを我が領民が討ったのですよ!これはチャンスです。今や戦争だけでなく、魔物の大量出現により物価の高騰で辟易している領民を少しでも安心させる材料にもなります!大国(※中央国)に対しても交渉で使える案件ではないですか!?」
「けど、手紙の封を切るのは…」とランスロが口を尖らせる。
「第一、文才がないからといつも私に手紙の内容の確認をしてくるお父様が何も言わずに出そうとした手紙が怪しいと思うのは当然でしょう!」
凄まれてしまい、ランスロは「それは…」と口ごもる。
しかし、すぐに口をもごもごと動かしながら、震えるように口を開く。
「イセリナ…僕は、パレードは反対だよ。魔族との戦争中にそんな余裕もない訳だし…それに…」
ランスロの言いかけた言葉を遮るようにイセリナが指を差す。
「そんなのだから臆病王等と呼ばれるのですよ!」
怒気を孕んだ言葉に対してランスロは目を逸らしてしまう。
「でも…」
「言い訳しない!パレードは私が計画しますからね!」
「イセリナ…その…」
「王制への不信も高まっているのです。今しなければこの国が亡ぶかもしれないのですよ!」
「あの…僕への不信なんてどうでもいいよ。元々お飾りだし…」
「理由は勿論お分かりですね!お父様がバルド砦の奪還のあと何もせずに防衛戦へと移行し、戦争を泥沼化させたからです!」
イセリナの言葉にランスロは目を伏せる。
魔族との戦争が長期化した理由は、王の采配によるところも大きいのは分かっている。
中央国と戦争がようやく終わり、謀略により疲弊したアルトヘイムに魔王軍が押し寄せ、バルド砦を陥落させた。
しかし、先代の王…王妃が騎士と教会の騎士フィーネを率い、僅か1か月で魔族の軍勢をバルド砦から撤退させてみせた。
魔王軍を文字通り蹴散らしてみせた一撃であったが、不幸であったのはその戦いの最中に王妃が致命傷を受け、国へ戻ることなく道中で倒れたことだ。
そして、ランスロは国防の為にバルド砦を立て直した。だが、今の一度も魔王軍への攻撃命令を出さずに不毛な防衛戦を続けることを選んでしまった。
イセリナは興奮した様子で拳を握り込む。
「もう戦う時なのです!戦の準備をしておいてください!」
力の籠った言葉だ。いや、彼女の持つスキルがそうさせる。
イセリナはまるで演説でもするかのように両手を振り、
「パレードは問答無用で開きます!諸侯会議の面々にも来ていただきます。第二次攻勢の準備もしておいてください!」
「な、なんだって…」
ランスロは目を丸くし、口をポカンと開けてしまう。
「いいですね!」とイセリナがさらに語気を強め、ランスロに告げる。
隣で見ていたフェルディナントはやれやれと肩を竦めながら、娘に恫喝されている王を見つめる。その瞳は「どうしますか?」とでも言いたそうであった。
ランスロは開けていた口を閉じると、おずおずと身を捩るようにし、
「イセリナ…僕は…臆病者だよ…。分かってるんだ。僕が臆病王や、無能王、能無しと呼ばれているのも…」
そこまで言うとイセリナは呆れたように両手を広げてみせた。
ランスロは顔を上げ、しっかりと娘を見つめ、
「だけど、”もしも”だよ。魔族と平和的な解決を出来るのなら僕はそうしたい。今、攻勢に踏み切れば間違いないなく僕たちは戦争という手段でしか…どちらかを叩きのめさなければ戦争を終われないんだ…多分…」
声色にこそ自信はなさそうではあるものの、その言葉には決意が詰まっていた。
イセリナは一度身を引きはしたものの、さらに声色を強め、
「そんなことをまだ言っているのですか!いいですか、魔族はとっくの昔に私達を…」
「昔に分かれた袂とは言え、まだやれることはないのかい?今の僕たちに。諦めるのはまだ早いと思うんだ」
ランスロの言葉にイセリナは言葉を失い、悔しそうに口元を歪めた。
イセリナの母…ランスロの妻である王妃は勇敢で強い英雄であった。それに比べて父は臆病だった。
だけど、臆病であるからこその信念と覚悟がそこにはあった。
ランスロは隠していたレンツ子爵からの親書を手に取り、イセリナへと渡す。
そこに書かれていることにイセリナは目を通しながら唇をかみしめた。
「それに、書面を読んで思ったんだ。シャンとミルゴという若き英傑だけでなく、多くの兵士を失いながらようやく掴んだ平和だ。僕にはその悲しみや、平和への代償の方が重いよ」
イセリナは親書を見つめ、レンツ子爵の言葉の一つ一つ、その重さを感じている様子であった。
あくまでキマイラ討伐は報告でしかなく、そこにはパレードを開きたい等とは書かれていない。アルトヘイム一の剣士、アンヌ…そして勇敢なレンツ子爵領の者達と共に、若きエアリスのような冒険者から力を借り犠牲を出しながらもようやく掴んだ平和だと。
その偉業を称えたい、とだけ書かれていた。
イセリナは親書を読みながら臍を噛み、震えていた。
「レンツ子爵領は確かに、僕としてもアルトヘイム領民の誇りだよ。」
レンツ子爵領が神話の怪物を仕留めたからこそ、今の平穏がある。
しかしその平穏には、シャンやミルゴ…そして多くの犠牲の上に成り立っているのもまた事実だ。
「それでも犠牲はつきものなんだ。闘争や戦争は勝っても負けても、犠牲がある。そんなのはいつだって悲しくなるじゃないか」
ランスロは諭すようにイセリナに声を掛ける。優しくその肩に手を載せようとしたものの、イセリナは手を振り払いのけた。
何かを言おうと口を開いたものの、飲み込み腕を振り下ろし、
「ああもう!分かりました。戦争云々は取り下げます。それでもパレードは開きますよ!これは決定です!」
イセリナが啖呵を切る。ランスロはむくれながら、
「決めるのは…僕のはずじゃ…」
「王よ。」とフェルディナントがランスロに口添えをするようにし、
「アルトヘイムの伝説…エアリス様の再来とも言える出来事です。きっと国民も喜ぶと私も考えます」
ランスロにとって信頼のおける人物であるフェルディナントに口添えされ、ランスロは困ったように眉を曲げる。
「君までそう言うのかい?」
ランスロが困っていたものの、真剣にイセリナとフェルディナントに見つめられ、諦めたように肩を落とす。
「分かったよ…それで、誰を呼ぶんだい?言っておくけど、レンツ子爵やカイル坊ちゃんはダメだよ。彼等には公務もあるし、アルトヘイムはまだ危険だからね。あと、4大国家と中央国、聖王国もだ。彼等を呼ぶと戦争をしろ、としか言わないから」
ランスロの言葉にイセリナは表情を明るくし、目を輝かせ、
「まずは立役者であるアルトヘイム最強の剣士アンヌと、そして…あとは冒険者の…」
イセリナが困ったように親書に目を通していく。
「ああ、その意地悪な書き方の子かい?親書を読む限りもうアルトヘイムに着いているみたいだけど、僕も名前は知らないよ」
「やっぱりお父様もご存じないのですね」
イセリナには目に見えて落胆の色が見える。ランスロは困ったように首を傾げ、「まぁ、読む限り目立つのは嫌いそうだしねぇ…」と。
イセリナはそんなランスロに抗議するように、
「だから早く探さなくてはいけないのです!このアルトヘイムにエアリス様の再来とも呼べる人物が来ているのですから!」
イセリナは熱く語り手を胸の前で握りこむ。
ランスロは呆れるようにため息を吐き、
「イセリナ…一応確認するけど、その子と会いたいだけじゃ…」
「お父様、私は公務として探し出すだけです!」
慌てる様子も見せないものの、魂胆は誰が見ても明らかだった。
熱心なエアリス教の信者であるイセリナにとって、エアリスの再来という言葉はそれだけ大きなものなのだろう。
イセリナはフェルディナントの方を向くと、
「さて、フェン第三騎士団長!」
フェルディナントはそれだけで察した様子で気を付けをし、
「は!駐留中の騎士団から1ダース程派遣いたしましょう」
フェルディナントの言葉に満足するようにイセリナは大きく頷き、
「話しが分かるわね!私の護衛は二人でいいわ!準備して広間で待ってるわね!」
言い終わると同時にイセリナは王の寝室の扉を閉めずに駆け出していった。
「畏まりました」とフェルディナントは既に飛び出していったイセリナに頭を下げる。
「僕を無視して勝手に…まぁ、いいけど…ちゃんと休ませてあげてね。」
ランスロは少し不服そうに眉をひそめた。
フェルディナントは体を起こすと小さく笑い、
「勿論です。王よ。彼等は数か月もの間、バルド砦を死守した英傑です。休みのついでに久しぶりの街を観光するように伝えておきましょう」
フェルディナントの軽い口調にランスロはやれやれと首を振ってから椅子に背を持たれさせ、
「君やイセリナのような者が本来は王になるべきだよね」
そんな愚痴に似た言葉をこぼしながらも、ランスロは娘には絶対見せられない本命の書面を手に取る。冷や汗を腕で拭いながら、
「これは即決だね。大金貨4枚と金貨を適当に何枚か報酬として渡しておいてくれ。ギルドの方には規定通りで」
ランスロの言葉にフェルディナントは頷きながら、
「『妖精喰らい(フェアリーイーター)』のオーガですか。あの『女騎士』殿が書いた報告書は正確ですしね。まさしくアルトヘイムの脅威と言えましたね」
「いや、問題はつい先日入国したばかりの冒険者達と共に、まだ幼い冒険さ見習いの子達がこんな華々しい戦果をあげたことだよ。」
ランスロがため息と共に肩を竦ませる。
「ええ。イセリナ様はお喜びになられるでしょうね。エアリス様の再来だけでなく、エアリス様の騎士『冒険者隊』になぞらえて、中央国主導の大教会に殴りこむかもしれませんね」
フェルディナントが苦笑すると、ランスロは目を閉じ、
「そうなったらイセリナはもう止まらないからねぇ。大金で満足しておいてもらおう。本人たちもそれを望んでいるみたいだし」
戦争の気運を少しでも減らしたいとでも言いたげなランスロに、フェルディナントは小さく頷く。
「活発で聡明なイセリナ様も王の…いや、父の掌からは逃れられませんな」
「僕が元気な内はね」
フェルディナントの冗談にも似た言葉をランスロは軽くいなしながら他の書面へと目を通していく。
どれも頭が痛くなるような内容ばかりなものの、ふと手に取った一枚に思わずランスロは目を疑った。
「これは…オークの文字だよね」とランスロがフェルディナントに確認を取る。フェルディナントは頷きながら、その内容に頬を綻ばせた。
「エアリス様は本当に戻られたのかもしれませんな」
フェルディナントの言葉に、ランスロは目を伏せ。
「それなら、あなたのこの国を返しますので、早く来て下さい。もう僕には無理ですよ」
嘆きと感動の二つが混じり合いながらも、ランスロは再度その内容を見つめる。
―此度の戦、唯人に義あり。共に”災害”を討ち取った英雄に感謝を―
その書き出しから始めるオークらしい文面にランスロも口元を小さく綻ばせた。
本当にエアリス様が帰ってきたのかもしれない…とロマンチックに浸ってしまいたくなるほどに。
古き城壁が佇む国、アルトヘイム。かつては異種族達が暮らしていたエアリス神が作ったとされる、差別のなかった国。
今や異種族から見放され、魔王軍との戦いの矢面に立たされ、疲弊しきったただの人間の国。そんな国の中でも安宿の立ち並ぶ一角の一室。
そこで青いローブを纏った男、ファレンと妖精族のシー。
そして、赤い髪の冒険者である私、カホ。
私達の仲間であり、明るい髪を二つに纏めたハーフリング。明るく、このアルトヘイムを愛しているアリシアが床に臥せているのをただ見守ることしか出来なかった。
「アリシアちゃん!目を覚まして!アリシアちゃん!」
私が声を掛けるものの、アリシアちゃんからは苦悶の声が漏れるだけで反応は薄い。
何とか持ち上げた手を私は握り返すと、アリシアちゃんは痛みでその表情を歪める。
「カホ…ごめん…私…もう」
「アリシアちゃん…そんな、嫌だ!アリシアちゃん!」
私がさらに声をあげると、魔術師であるファレンさんに肩を掴まれた。
「カホさん。もう…それくらいでいいだろう。そっとしておいてやれ」
「何言ってるの!ダメだよ…」
悔しくてファレンさんの言葉を碌に聞かずに首を横に振る。そんな私を心配するように妖精族のシーちゃんが私の肩に止まりながら。
「カホ…もう、それくらいに…」
私は必死に首を横に振る。
アリシアちゃんはそんな私に笑顔を見せる元気もないようで、苦しそうに自分の腹部を押さえながら、「カホ、頑張って…ね」と言いながら、顔を引きつらせる。
「アリシアちゃん!」と私がその体に触れようとしたところで、ファレンさんが強引に引き留める。
「やめろ。悪化するだけだ」
ファレンさんの言葉はもっともだけど、そんなの…
「こんなのってないよ…!」
何も出来ないでただ、見ているだけなんて。
ファレンさんは肩を竦ませると、呆れるように息を吐き
「大袈裟だな。二日酔いだろう?」
「食当たりだよ!あぐ…おぅぅぅ」
アリシアちゃんが声を荒げて不平を漏らすものの、お腹を押さえて蹲る。
「アリシアちゃん…」と私は必死にその背中をさするものの、アリシアちゃんは涙を堪えながら「もどすか、漏れそうだから勘弁して」と懇願されたので手を引っ込める。
「これはダメだな」とファレンさんはため息混じりに考えるような素振りをみせる。
「何で当たったのか分からないが、昨日のパンか野菜スープか?」
「それなら私達も同じ物を食べたから違うと思うけど」
「それもそうか」
私とファレンさんが話しているとシーちゃんが俯きながら私達の間に入り、頭を下げる。
「ごめん。多分、私の所為だよね…高純度の命の水をそのまま飲ましちゃったし」
シーちゃんの言葉にファレンさんは「成程な」と頷いていた。
どういうことか尋ねて見ると、ファレンさんは呆れるように、
「命の水…というより、妖精の雫だな。回復薬の材料にもなるがそのままだと体が急激な回復に追いつかず免疫力を過剰に増大させてしまい拒否反応を起こす。基本的には水で薄めて少しずつ飲むものだ」
体が回復しようとして免疫力で拒否反応を起こす?
「それってアナフィラキシーショックじゃないの?」
私の言葉にファレンさんは首を傾げながら「何だそれは?」と不思議そうに首を傾げられた。
医学の知識は乏しいけれど、確か症状の中には嘔吐や下痢も含まれていたはず。
それでも、けいれんや意識障害は起こっていないから軽度で済んでいると思っていいのかな。
「ひぃん。お腹痛いよぅ…お尻も痛い…」
アリシアちゃんは体を横にするようにし、臀部と腹部を温めるように手を当てていた。
そんな中にドアをノックする音がなる。来客だろう。どうぞ、と私が声を掛けると扉がゆっくりと開く。
「ファレンいるか?」と声を上げながら来客が入ってきた。
入ってきたのは肥満体質の男であり、中年かそれより上の年と思われる男だった。
ファレンさんが彼を見ると少し驚いた様子を見せていた。
「どうした?何かあったのか?」
アリシアちゃんがゆっくりと目を向けながら。「誰、豚が歩いてる…」と、とても失礼なことを口走った。
入ってきた太った男性が驚いた様子を見せながらも、怒った様子を見せず。
「おっと、なんて言い草だよ?」と笑いながら答えてみせた。
アリシアちゃんも自分の失言に気付いたのか困ったように眉を潜め、腹部と胸の付近を押さえ。
「ごめん…お腹痛すぎて、もう…あぅ。お腹がぁ…」
「おいおい、大丈夫か?下痢止めいるか?」
太った男性が困ったように眉を曲げる。それはダメだと分かる。
お母さんから教えて貰ったことだけど。
「ダメ!食あたりの時は下痢止めを飲むと悪化するの。全部出さないと」
私の言葉に太った男性とファレンさん、それだけでなくシーちゃんまで絶句していた。
「カホさん。女を大事にな」とファレンさんに注意され、何も言い返せなかった。
ファレンさんはコホンと一つ咳払いをしてから、
「この人は『岩蜥蜴』だ。名の売れた冒険者だよ」
ファレンさんの紹介に『岩蜥蜴』と呼ばれた冒険者は軽く照れたように笑いながら。
「紹介の通り、俺は『岩蜥蜴』だ。ほぼ廃業しているけどよ。まぁ、よろしくな。嬢ちゃん達」
私達に挨拶をしてくれる。私とシーちゃんが挨拶を返すと、『岩蜥蜴』も軽く笑って見せた。
「何のようだ?」とファレンさんが尋ねると、『岩蜥蜴』も困ったような表情をし。
「あんた、魔力感紙まだ売ってるか?俺のダチが欲しいって言っててよ」
『岩蜥蜴』の言葉にファレンさんは困ったような天井を見上げながら。
「すまない。材料を切らしている。アレはあの『勇者』しか作れないからな」
「そうか。なぁ、どうしてもいるんだ。何とかならないか?」
ファレンさんの答えに食い下がるように『岩蜥蜴』が続けると、ファレンさんは呆れたようにため息を吐く。
「そうは言われてもな。材料を買いに行くにもこの子を置いて行く訳にはいかない」
その言葉に、ファレンさんもアリシアちゃんを大切にしてくれているようで、少し嬉しかった。元々の慣れ添めは、ファレンさんのアルバイトと、魔術師であるファレンさんを守ってくれる前衛を求めていただけ。
今まで散々迷惑を掛けたのに、それなのに、ファレンさんは私達を仲間と認めてくれているのが嬉しかった。
思えば彼には助けられて、甘えてばかりだ。
「俺が面倒見ようか?」と『岩蜥蜴』が口を開いた。
「え、デブに…?あ、ごめんなさい…」
アリシアちゃんが自然に口走ってしまい、慌てて訂正し、お腹を押さえる。
「いいって、ガキはそれくらいでよ。好きにいいな。大人が一々子供の言葉に腹を立てるなんざ出来てないと思わないか?」
子供扱いを嫌う子ども多いけれど、それで助けられている人も多い。
大人の寛容さと大きさに、今更気付いてしまう。出来ることが少ない子供が何でも分かった口を聞いているのを諭し、たしなめてくれる。
少なくとも、ファレンさんや『岩蜥蜴』さんはそういった大人と呼べる。
ファレンさんは少し考えるように顎に手を置き、
「ふむ。なら、俺はいいとして…カホさんそれでいいかい?」
ファレンさんの言葉に私は戸惑ってしまう。
「え?どういうこと…アリシアちゃんを置いてなんて…」
「仕事だよ。アリシアには悪いが今日はお休みしていてもらおうか」
仲間だから隣にいてあげたい。それでも、ファレンさんも同じ仲間だ。
戸惑い、どちらを選ぶべきなのか迷ってしまう。
私が答えを出せずにいると。アリシアちゃんが私の服の裾を引き、辛いはずなのに笑顔を見せた。
「カホ…ごめん。今日は休ませて」
アリシアちゃんの不格好な笑顔に、勇気を貰い背中を押された。
私の裾を掴んだ手を握り、しっかりと見つめ返し、
「アリシアちゃん。絶対、帰ってくるから…待っててね」
強く決意し、答えを出すとアリシアちゃんは辛そうに笑顔を見せた後に手を口に当てた。
「カホ…うぷ…吐きそう…」
アリシアちゃんが蹲るように布団を纏い、そのまま静かになった。
不安で仕方ないけれど、必死に弱い自分を叱咤し言葉を押さえる。
言えば言う程、ここに留まりたくなってしまう。
『岩蜥蜴』はファレンさんに、
「どれくらいで戻る?一応、10枚いや、15枚は程欲しいんだが?」
商談を進め、ファレンさんは「3日もあれば用意出来るな」と答えていた。
「わかった。3日だな。任せておきな」
『岩蜥蜴』がそう頷くと、布団にくるまったままアリシアちゃんが声をあげる。
「変なこと絶対にしないでよ」
その発言には『岩蜥蜴』も呆れるようにため息を吐き。
「こんなガキに手を出すかよ。それに俺はたわわな果実が好きなんだ」
言ってから『岩蜥蜴』は「…悪い」と謝ってくれた。
確かに色気の少ないチームではあるけれど、謝られると余計に傷つく。
『岩蜥蜴』はバツが悪そうに頭を掻く。
アリシアちゃんは布団から顔だけ出しながら「いってっらしゃい」と声を掛けてくれる。
「行ってくるね。だから、待っててねアリシアちゃん」
私の言葉にアリシアちゃんは笑顔を見せ、ゆっくりと辛そうではあるものの、寝息を立て始めた。
「よく見たらハーフリングか?」
『岩蜥蜴』が驚いたような声をあげてから軽く肩を回し、
「そっか、なら余計にちゃんと看病してやらねぇとな。」
その言葉の理由が分からなかった。
「なんで?」と聞いたのはシーちゃんだった。
シーちゃんの言葉に『岩蜥蜴』は肩を竦めてみせながら。
「ハーフリングは病気にかかりやすいんだよ。体が人間でいうと10歳くらいで成長が止まっちまうからな。抵抗力が低いらしいぜ」
そう説明してくれ、『岩蜥蜴』はさっそくと言っていいくらいに水等をを用意しに行ってくれた。
この人も世話好きというより、良い人には違いないと分かってしまう。
「アリシアちゃん、絶対帰ってくるから待っててね」
眠っているアリシアちゃんにそう言い残し私達は外へと向かう。
目指す先は、『勇者』の住まう町にして、薬草の名産地『クーデの村』へと。
アルトヘイムの北側の城門を抜け、クーデの村へと向かう。
ファレンさんの話から分かるのは『勇者』が作る、とある紙を買い付けに行くというだけ。
街道を歩きながら、勇者に偏見を持ってしまっているので。
「今から会いに行く『勇者』ってどんな人なの?」
私の言葉にファレンさんは「ああ、名前はギルベル。大層な変わり者だよ」と答えてくれた。
「ファレンが言えるくらいに?」
これを聞いたのはシーちゃん。私も思っていたけれど口には出さなかった。
シーちゃんには初対面の時に、アルトヘイムへと向かう途中にファレンさんの話を少しだけしたのだけれど、それだけでも『変わり者』といイメージがつくらしい。
私も初めて会った時は変わった人だと思ったけれど、今は頼れる大人の人くらいには落ち着いている。
ファレンさんは頷きながら、
「ああ。俺が言うのも何だがかなり変わっている」
「自覚あったんだ」とこれは私がこぼした。
言ってから変わっているといると肯定しているものだと気づいた。
ファレンさんは乾いた笑いを見せ「当然だよ」と少し誇らしげに答えてくれる。
きっと彼も大抵のことは気にしないで済ませてくれるのだろう。
「歩いてどれくらい掛かるの?」
私の質問にファレンさんは特に考える様子もなく、
「そうだな。まぁ、6時間程度かな?」
6時間も歩くのか、とそれだけを聞くとかなりの労力だと思える。それでもこの世界に来てから歩くのが普通なので、よくよく考えると大した距離ではないのかもしれない。
体感だけど、アルトヘイムからシノの村までは、現世にあった車があれば一日もあれば余裕で着くくらいの距離しかないと思う。
「話を戻すが、今から会いに行くギルベルは変わった奴でな、アルトヘイムに草花が少ないという理由で、アルトヘイムの北にある小さな村に住んでいるような奴だよ」
それを聞くだけで容易に変わっていることが分かる。
アルトヘイムは首都で、開かれた国だ。経済状態も悪いとは言えないと思う。
戦争中にも関わらず冒険者でも簡単に入れてくれるような街がすぐ近くにあるのに、異世界から来た勇者がそこに住まない理由は…
そこまで考えたものの、私も似たようなものだと思わず自分に呆れる。
今でもいつかは旅を終えてシノの村に帰って暮らそうと考えている。私も変わり者には違いない。
豊かな暮らしよりも、住み慣れた場所や思い入れのある場所を選ぶのだから。
そう考えると案外ギルベルという『勇者』は分かり合える存在なのかもしれないと期待も膨らむ。
「あいつが作ったものはどれも中々面白いのだがな、俺は中でもコーヒーはかなり好きだ」
ファレンさんが続けた言葉に私は素直に驚いた。
「コーヒーって勇者が作ったんだ」
普通にカフェで飲んでいたけれど、てっきりこっちにも普通にあるものだと思っていた。
お米のようなラスの実に、川魚のサンアイを見てきたからコーヒーに多少違和感はあったものの、普通に現世でも飲んでいたものだったので自然と受け入れられていた。
コーヒーを作った『勇者』。それは既に魔王を倒すとかいう職務を放棄しているように感じる。
「なんでそのギルベルさんっていう勇者がコーヒーを作ったの?」
「そもそも、勇者はそういう人物だろう?」
ファレンさんが逆に不思議そうに尋ねてきた。
『勇者』はそういう人物と言われても分からない。コーヒーを作るのが使命とは思えない。
「え、そうなの?」
「そうだよ。カホは知らなかったの?」
シーちゃんにも不思議がられてしまった。そう言われても全く分からない。理解も出来そうにない。
「ごく一般的な聖王国流の考え方だが、『勇者』は何らかの分野で真価を発揮し、新たな文明を切り開く異世界からの住人のことだよ」
それは果たして勇者なのだろうか、と思うもののそうと分かれば多少は肩の荷も下りる。
まだ何も文明に貢献はしていないけれど、戦うだけが『勇者』じゃないと分かっただけで安心できる。
「そうだったんだ」
答えながらふと、道の先に何かが揺れたのが見えた。
それと同時に嗅ぎなれたすえた臭いがした。
道の先にいたのは、私よりも小柄な男性だった。
短めの髪に、不健康そうな白い肌。充血が見える瞳。そして何よりも私が目についた理由は彼の来ていた服だ。
「白衣…」
薄汚れてはいるものの、その男性の服装は医者の纏うような白衣だった。
白衣を着た男性は、私の溢した言葉に反応するように視線を向けてきた。
「おや?これはこれは…」
立ち止まり私を観察するようにジッと見つめてくる。
「あなたは『勇者』なの?」
「そう呼ばれているね」
私の言葉に白衣の男性は興味なさそうに答えてから、私から視線を外した。続くようにファレンさん、そしてシーちゃんへと視線を送る。
「もしかしてギル…」
「僕はレオニード。君は?」
言いかけた言葉を飲み込む。雰囲気からして変わり者でしかも『勇者』らしいので、てっきりギルベルさんかと思ってしまった。
自己紹介をしてくれたことに応えるように頭を下げてから。
「ごめんなさい。冒険者見習いのカホです」
私に続いてファレンさんが口を開きかけたものの、レオニードと名乗る男性は気にする様子も見せずに。
「ふむ。カホさんだね。君は『勇者』かい?」
私は『勇者』らしいし、この世界での『勇者』という言葉は私のよく知る物とは違うことも分かっている。
「違います!」
それでもやっぱり自分が『勇者』とは思いたくない。
「そうか。なら、用はないね」
レオニードと名乗る男性はあっさりと引き下がりそのままアルトヘイムを目指して歩き出した。
私の横を通り過ぎた時、あのすえた臭いが強まったものの、すぐに消えた。
街道で魔物と出くわすこともある。血の臭いも嗅ぎなれてしまった…のかもしれない。
少し前までは普通の女子高生だったのにね、と自分に呆れながらも私は。
「変わった人だね」
変わった自分も、変わっている自分もよそにそんな感想を言うことしか出来なかった。
クーデの村に着いたのは、太陽がその色を変え、夕日となり始めた頃になった。
私達の到着を歓迎してくれる人はおらず、かといって嫌悪感を持たれることもない。
多分、冒険者がくることはいつも通りなのだろう。
村の大きさはシノの村の2倍程度で少し大きい村だと思う。カリデの村と比べるとその規模はやや小さいとも言える。
自警団らしき人物が入り口にいるものの、特に不信感も持たれなかった。
こういう他所からの来客について無頓着なのはアルトヘイム流なのかもしれない。
村にたどり着くとファレンさんがまずギルベルさんの家へと向かう。
村の東端にあると聞き、向かうと一軒の大きなボロ屋が見えてきた。
手入れされていないであろう屋根にはいくつか穴が目立ち、苔も生えている。
壁もボロボロで扉すらない。吹き曝しでないだけマシといった出で立ちだ。
ファレンさんは家の中を覗き込み、「ギルベルいるか?」と声を掛けるものの返答はない。
少しの間ファレンさんが家を覗き込んでいたが、諦めるように肩を竦めた。
「ギルベルは留守らしい。俺はここで彼の帰りを待つが、カホとシーはどうする?」
もう夕方だけど、どうしようかと迷ったものの。
「ちょっと散策に行こうかな?」
シーちゃんに目配せをすると、嬉しそうな表情を浮かべ私の肩に止まってくれた。
「カホのことは私に任せてよ!」とシーちゃんがファレンさんに胸を張って答えた。
「なら、適当に獲物でも見つけてきてくれ。ここには宿がないからな。食料でも調達してくれると助かるな」
ファレンさんの言葉に「野宿になる?」と一応確認しておくと、彼は首を横に振り。
「いや、ここを借りるよ。ギルベルを説得しよう」
それはありがたい、と心の中でこぼしてしまう。
野宿の寝心地の悪さは旅をしてきた私がよく知っている。大抵、魔物に襲われて碌に眠れやしないから。
ファレンさんと別れ、村を散策しようと思っていたものの、どの家も忙しいらしく雑貨屋に行っても手持ちも少ない。
「ねぇ、そろそろ外にいかない?」とシーちゃんに提案された。
獲物を狩ってきてと言われていることもあり、おまけにあんまり時間を掛けると夜になる。
「そうだね」と私もその言葉に賛成し、村を出る。
行き先を全く決めていなかったので、取り合えず近くに見える小高い丘を目指し歩を進める。
小高い丘への道はある程度整備されており、草を切り払われた簡単な道がある。その道のすぐ横は繁みか木が生い茂っている。
辺りには鳥の鳴き声がするものの、何処か慌てた様子をしている。
もしかするとあまり人が踏み入らないのかもしれない。急な私達の来訪に戸惑っているのだろう。
「旅の風、ぶらり歩きでどこまでも~」
歩きながらシーちゃんが思いついたであろう歌を口ずさみ始めた。
私もそれに便乗して合わせながら、前にゴブリンから貰った小包の中身を思い出す。
オルゴールを取り出し、側面に触れると側面の壁の一部が小さく沈む。
押し込むと歯車かゼンマイの回るような音がし、ゆっくりと蓋が開きメロディが流れ始めた。
シーちゃんはそのメロディの旋律を少しの間聞いてから、さっきまでの歌詞を上手くオルゴールから流れるメロディに合わせ歌い始めた。
まるで始めからそうだったような自然さに、妖精は歌が得意だと再認識した。
シーちゃんの歌を聞いていると、ふと違う鼻歌が聞こえてきた。
声のする方向を見ると、繁みから男性の足が見えた。
正確に言うと、ズボンを履いた男性の臀部だけがフリフリと左右に振られている。
「ふーん、ふふん!すっばすっば、すんばらしい!」
鼻歌に混じるように歌が聞こえてきた。思わずシーちゃんと目を合わせ、頷き合い足音を立てないように距離を取る。
ゆっくりと迂回するように進んでいったところで、「おや、歌が聞こえないなぁ」と男性の声がした。気付かれたと分かり思わず駆け出す。
男性の足が繁みの中に入ったと思うと同時に男性が繁みの中から現れた。
西洋風の顔立ちに、小さな鼻眼鏡。体格は普通。服装も趣味のいい外套と、それに合わせたズボン。恰好に何も問題はない。
ただ問題なのは私達を見ると満面の笑顔を向けてきたことくらいだ。
男性は両手を広げ、まるでハグでもするかのような姿勢になり。
「おお!これはこれは、冒険者かい!何をしているのか気になっているのだろう!そうだろうとも!私はここで草花の研究をしているものだ!いやぁ、今日はいい天気だから、本当に楽しいね。いや、最高だよ!まるで草花の声が聞こえるようじゃあないか!さっきも可愛らしい歌声が聞こえてきたから思わず草花が歌っているのかと思ったくらいだ!さぁて、こんな日に出会えたことに感謝だ!さて、まずはこれを見てくれ!」
ハイテンションで私達に両手を広げながら近づいてくる。
変質者に会った感覚に似ている。思わず絶句してしまい足を止めてしまう。
男性は懐に手を入れるとそこから一つの木の実、ミグの実と呼ばれる発火作用のある木の実を取り出し私に差し向けてくる。
「カホ、帰ろう」とシーちゃんが顔を青ざめさせながら私の肩に捕まる。
「ヤバいね」と思わず私もそうとしか言えなかった。
男性は首を大仰に横に振り、ミグの実を指さす。
「いやいや、これはヤバいという実ではなく、これはミグの実だよ。ほら、みてくれ!ほらほら!この形、このツヤ!素晴らしいとは思わないかい!」
言動も不審者だった。それか頭がおかしいとしか思えない。
「どうしたのそれが…」
思わず答えてしまい、これは失敗したと自分でも反省する。
私が興味を持ったとでも思ったのか、男性はゆっくりとミグの実を握り締め、
「ミグの実は火薬のようなものが含まれており、少し握るとあちち!」
パン―と乾いた音と共に、ミグの実が男性の手の中で破裂し、男性は火傷したであろう手を振り、軽く息を吹きかけていた。
「大丈夫、この人?」
シーちゃんの言葉に私は「ダメかも」と答える。
怪我よりも、頭の方が心配になる。
男性は両手を広げ、まるでさっきの怪我ですら予定していたと言わんばかりに。
「このように火と爆発と共にタネが散るのさ。ミグの実は寒冷地では育たず爆発も起きない。種子以外は火に弱く、火に触れるだけで爆発を起こす。ただし、このタネは別だ。多少は火に抵抗力があり、大体は弾けて遠くに飛んでいく。これを見て、何か思いつかないかい?」
興味のないことをそんなテンションで言われても困る。ただ、思いつくものと言えば一つだけある。こちらの世界では見ていない現世の花。
「ホウセンカ?」
私の答えに男性は目を丸くし、天を仰いで見せた。
「グレイト!その通り、いやはやこんなところでその名前を聞くとは思わなかったよ。ああ、妖精は知らないよね。ホウセンカとは、ツリフネソウ科、ツリフネソウ属の一年草だよ。弾性の力を蓄積し種子を遠くに飛ばす植物でね…」
「男性の力?投げて貰うの?」
シーちゃんが首を傾げていた。弾性と男性がごっちゃになっているような気もするけれど気にしない。
男性はシーちゃんの答えに大きく笑いだした。
私とシーちゃんが戸惑っていると、彼は親指を立てると。
「グッド!グッド!グッド!そんなところだよ!投げて貰うのではなく、植物が自ら飛ばすのだがね!しかし、いい線を言っている、良いセンスだよ。君は妖精の中でも想像力が豊かなのではないかね?いや、待ってくれ、私は妖精というのを初めて見たのだがね、君達は草花から生まれるといのは本当かね?」
惜しみない称賛をしたと思うと急にシーちゃんへの質問に変わった。
シーちゃんは私にしがみつきながら、
「う、うん…私は、花から生まれたけど…」
男性はそれを聞くとガッツポーズをし、天を仰いだ。
「エクセレント!エクスタシー!ワンダフル!ということは、そのボディは、まさしく草花そのもの!なんて、ワンダフルボディ!いや、素晴らしい!神に感謝を!そして、あなたと結ばれたのなら、草花と結婚したと同義!つまり、結婚を前提でお付き合いしませんか!」
もう、なんと表現したらいいのか分からない。
「へ、な、何言ってるのこの人…」
シーちゃんは戦慄しながら私の首の裏に回り男性から隠れようとする。
「怖い…」と私ですら溢してしまった。
オーガと対峙するより、シーちゃんを見ていきなり訳の分からない理由で結婚を前提にお付き合いしませんか、と言ってしまえるのがさらに拍車をかけている。
男性はふと我に返ったように咳払いをし。
「おっと、失礼。草花の研究で興奮していました。私はギルベルと申します。よろしくお願いいたします」
そのテンションの落差にもかなり違和感を感じる。
「あ、駆け出し冒険者のカホです」
自己紹介を返し、この人が件のギルベルさんか、と思うと確かにファレンさんですら変わっているというのも頷けた。
シーちゃんは珍しくおどおどとしていたものの、私が自己紹介をしたのをきっかけにか、顔だけを出してギルベルさんへ挨拶をした。
「妖精族の…シーだよ」
「素晴らしい。今日この出会いに感謝しなければいけませんね!いや、これこそまさに神の祝福です!神に感謝を!」
またテンションが上がりだした。もしかすると、シーちゃん…妖精を見て興奮しているのかもしれない。そう思うと余計に変質者に思えてしまう。
「あの…一つ、いいですか?」と意を決して話を切り出すと、ギルベルさんは笑顔を見せゆっくりと頷いた。
「勿論だとも、ミグの実だろう?」
「え、ちが…」
「ミグの実は火薬の爆発力を活かして種子を飛ばす。それだけではないのだよ。火薬の爆発力を人間に使って貰うことによって遠くへ種子を飛ばし生息地域を広げるのだろう、と私は考えている。その為に、身を守る為の硬い外殻があり、種子を飛ばす時期になると一斉に山々で破裂音を鳴らし、近くの魔物達を怯えさせ、種子を守るという意味もあるのだと私は思うのだが、どうかね?」
反論の余地もなく、いきなり考察を述べられた。
シーちゃんを見て興奮している訳ではないと分かったものの、いきなりどう思う?と言われても、あなたが変わっている、と答えたくなる。
無い知恵を絞り、ながら質問に応えようと考える。
学校で当てられた時と一緒だと思えばいい。見当はずれでも考えた答えなら、深読みもしてくれるから。
「えっと…けど、鳥に食べられなくなるんじゃないの?」
必死に絞り出してこれだった。私の学業センスの無さが光る。
ギルベルさんは頷きながら、考えるように手を組んだ。
その姿を見ていると教師然としていると言えなくもない。
ギルベルさんはそのまましゃがみこみ、散ったミグの実の種を拾い始め、
「そうだ!その通りだ!何故だ、ミグの実よ、その意味を教えてくれ!人間よりも遥かに移動し、遠くへ種子を飛ばせる方法であるはずの鳥を何故選ばなかったのだ!教えてくれないか!?」
そこまで深読みして欲しくなかった。
一応、植物は鳥が食べてその種子を遠くへ運ばせると。そういう知識があったから言ったけれど、単に人間が都合が良かったということじゃダメなのかな?
ギルベルさんは何かに気付いたように立ち上がり、繁みの中へと手を突っ込む。
そしてミグの実を手に取り、
「食べて私の排泄物にタネが混じっていたら問題ない…」
口を開けてミグの実を呑み込もうとし始めた。
「まって、お腹壊れるから」
比喩じゃなくて物理的に壊れそうなのでさすがに止めることにした。
「いや、しかし!私はついているとは思いませんか!?今、私が危険な目にあったとしてもあなたがいる訳ですし、もしこれで倒れてもあなたがその結果を後の世に伝えてくれればそれだけで十分です!」
何を言っているのだろう。変わり者というより狂信者に近い気がする。
「ギルベルさん。私、あなたに用事があって来たの!」
私が声を荒げると正気に戻ってくれたのか余りにも早い変わり身で、
「ふむ。なんだね?」
思わずドッと疲れる。
一応話は聞いてくれそうではあるけれど、さっきまでの会話が頭に残っているので、ここでは話したくない。
「家に帰ったら分かるから…」
「いいでしょう。まずはそれをどうにかしてくれないかね?」
ギルベルさんが私達の後ろを指さした。
振り返ると、そこには老人の顔をした、子供くらいの体躯の魔物、ゴブリンがいた。数は4匹。少し多い。
「ギルベルさん!」
私はギルベルさんに声を掛けながら、盾と剣を掴みゴブリンの前へと出る。
ギルベルさんはというと両手を広げ、お手上げとでも言わんばかりに。
「私はこの通り戦闘能力はないよ」
その言葉に思わず絶句してしまった。
「ほあーい…」
ようやく出した言葉もこれだ。ゴブリン達が待ってくれる訳もなく、叫び獲物を振り上げてくる。
こんな所で死ねない。守るべき人もいる…だから、私は戦う。
それにしても、こんなことになるなんて…納得いかない。
「やってやるわよ!」
声を張り上げ、私は一歩踏み込む。
ゴブリンは獲物を振り上げただけだ。それ故にでもあるけれど、体勢が整っているとはいいがたい。
一番近くにいたゴブリンに突きを繰り出し、その胸を穿つ。
ゴブリン達にどよめきが見える。そのまま返す刃でゴブリンを両断しながらさらに踏み込む。
剣の円周上にいたもう一匹を纏めて切り払う。
両断したゴブリンは悲鳴をあげる暇もなく絶命し、もう一匹は不意を突かれた影響もあるのだろうけど、吹き飛び地面に盛大に転げ回った。
残る二匹…そう相手を見据え、その内の一匹がナイフを振り上げ私に吶喊してくる。
ナイフの一撃を腰を落としてしっかりと盾で受け、踏み込むと同時に相手の顎を目掛けて突きあげるように押し出す。
よろめき一匹は後ろへと下がった。上手く運べている。これで一対一が出来る。
そう思ったのも束の間で、瞬時に何かが私目掛けて飛来した。
頭部に強い衝撃が走り思わずよろめいてしまう。
それが残りの一匹から放たれたスリングによる投石だと分かったものの、復帰したゴブリンが2匹共一気に襲い掛かってきた。
「こんのぉ!」
対処できる自信はないものの、剣を引きカウンターを狙う。
「風よ聞き、空を舞え、風に乗り、少女の下へと走り去れ、その風は…」
歌が聞こえた。
楽器の演奏こそないものの、一人で歌う綺麗なソプラノの歌声。シーちゃんの歌声だ。
「『悪戯なそよ風』」
シーちゃんが歌いきると同時に、そよ風のような誰かを傷つける為のものではない風が起こる。
それでゴブリンが怯むことはない。それでも、巻き起こった砂埃によってゴブリンが僅かに仰け反った。
「今だよ、カホ!」
シーちゃんの声が響き、私もそれに応えるように声を張り上げる。
「貰った!」
引いていた剣を思い切り突き出しゴブリンの片方を貫く。
さらに返す刀でもう一匹に肉薄し、腰と肩を使い、それと同時に全身を使って剣を振り抜く。
鈍い感触と音と共に、ゴブリンの上半身が吹き飛ぶ。
「あと一匹…」
手に伝わる感触を噛みしめるながら最後の一匹に視線を移す。
ゴブリンは仲間が手放したナイフを片手に私の顔を目掛けてナイフを振り下ろしてきていた。
遠距離型のゴブリン…そう思っていたから、油断していた。
「カホさん。後ろへ!」
声に導かれるように飛びずさると同時に、私とゴブリンの間に入るように何か小さな物が飛んできた。
それは先ほどまで、ギルベルさんが持っていた、ミグの実だ。
ミグの実はゴブリンの鼻先で、丁度と言うにも抜群のタイミングで破裂した。
火も爆発も大したことはなくても、その乾いた破裂音によってゴブリンの体勢が崩れた。飛び掛かろうとしたものの、驚いてしまったゴブリンはまさにがら空きといってもいい様子で私に向かって飛び込んでくる。
肩をゴブリンの胸に当てて剣を腰だめに構える。
もう迷わない。
踏み込むと同時に剣を振り切る。
「断ち切る!」
自分を勇気付けるように声を張り上げ剣を振り切る。
私の剣はゴブリンを迷うことなく切り裂き、ゴブリンは悲鳴をあげる間もなく絶命し地面に倒れ伏した。
「…何とか勝てた。」
溢した言葉で隠しているものの、胸が張り裂けそうなくらいに痛い。
命を奪うことをまだ迷っている。それでも、今はそれでもいい。
納得いかなくていい。自己で戦うと決めたのだから。
ふと額から流れた血が手に落ちた。さっきの投石のダメージで頭部を切ったらしい。
命を奪うからには奪われる覚悟をしないといけない。痛みがそれを教えてくれる。
「カホ!ほら、これ使って。」
シーちゃんが私の目の前に飛び、精霊石…妹さんの形見を私に差し出してきた。
「使えないよ!これ、妹さんじゃ…」
声を荒げると同時に血が勢いよく流れた。
かなり深く切っているらしい。眩暈がして思わずふら付いてしまう。
「そうじゃなくて、ほら、私ごと持ってて!」
シーちゃんが言いながら私の手に乗ってくる。暖かい体温は感じるものの、
「何も起きないけど?」
そうとしか言えない。
頭がボーッとする。痛みが増してきている。冷静になるとこれだけ痛みが酷いとは思わなかった。
「ほわーい?」
シーちゃんがポカンと口を開け、妹さんの形見の石を抱きしめながら首を傾げた。
「あれ、精霊石なのに…おかしいなぁ?」
その口ぶりからして何か能力があるのだろうけど、それよりも今はここから離れるのが先決だ。
「気にしないで。これくらい大丈夫だから」
強がっている私にギルベルさんが布をかぶせてくれた。それがタオルと分かるのにも少し時間がいるくらいには私の傷はヒドイようだ。
「いやはや、腕が立つねぇ!」
ギルベルさんは嬉しそうな声を上げながら、私の手を自然と取り村へと歩き出した。
この人も妙な言動は多いものの、人を思いやったりその心内を読もうとするだけの器量を持っているらしい。
本当にありがたい。ぼんやりとしていて、村の方向ですらどちらかすぐには答えられないような状態だったから。
ギルベルさんは乾いた笑いを浮かべながら。
「私はこの通りでね。お恥ずかしいがミグの実を投げるのが限界だよ」
そんなことはない。あの一撃がなければ、私はきっとやられていた。
「ありがとう。本当に助かったよ」
私のお礼を聞くとギルベルさんは「無理をさせたな」と小さく微笑んでくれた。
村に帰り、ギルベルさんの家へと着いた頃には既に夜になっていた。
家の前で本を読みながらずっと待っていたであろうファレンさんはギルベルさんを見ると「やぁ、ギルベル」と軽い挨拶をした。
それだけで二人の仲の良さは見て取れる。
ギルベルさんは私を座らせてから、両手を広げ。
「おお、ファレンじゃないか、どうしたのだ?私の講義を聞きにきたのか。いやいや、素晴らしい。草花の名前が分かるというこの『神の恩寵』のおかげでこんなにもお客様に会えるなんて、まさに神に感謝というものだ!素晴らしい!」
ファレンさんはため息をつきながら、私の下へと駆け寄ると私の頭に包帯を巻き始めた。
「相変わらずだな。ギルベル。そして、カホさんは何をしてきたんだ?」
どうやって応えようか逡巡しているうちにギルベルさんが「助けて貰ったんだよ」と静かながらもしっかりとファレンさんに説明してくれた。
二人は私に肩を貸してくれて家の中に案内してくれた。
ファレンさんとギルベルさんで傷に薬草を磨り潰したであろうものを塗り付けてくれ、シーちゃんが包帯をきちんと留めてくれる。
「皆、ありがとう」
「カホ、大丈夫だよね」
私がお礼を言うと、反応をしてくれたのはシーちゃんだった。少しその表情は暗い。あんまり無理させてはいけない。
「これくらいへっちゃらだよ。冒険者だからね」
私が空元気を見せると、ファレンさんとギルベルさんは肩を竦ませたものの、小さく笑顔を浮かべていた。
手当てが終わってから、ギルベルさんはファレンさんの方を向き、
「それで、欲しいものはなんだい?お金はとるけどね」
ファレンさんは、私の傷を確認しながら、「耐水紙を分けてくれないか?」とギルベルさんに伝える。
耐水紙、現世でもあったものだけれど、確かあれは合成樹脂性だったと思う。
ギルベルさんは二言返事で。
「ああ、勿論…といいたいが、少し時間がかかるよ。材料も手持ちにないからね」
「そうか。20枚程でいいのだが」
ファレンさんは急いでいるのか、急かすような言い方だった。
らしくないといえなくもないけれど、ファレンさんにも事情があるのだろう。
「なら2日は欲しいな。あと、ファレンには素材の調達も頼もう。君の精霊魔法があれば簡単に見つかるからね」
ギルベルさんの言葉にファレンさんは「善処しよう」と受け入れていた。
「カホさんはどうする?」
ギルベルさんに尋ねられたものの、私は本当に手持ち無沙汰になりそうだ。
「うーん。することないし…」
適当に作業風景でも見ていようかと思っていたものの、ギルベルさんは軽い調子で。
「カホさん。君は冒険者だったね。この村は最近ゴブリンの被害に悩まされているんだ。もしよければ退治しておいてくれないか?」
軽い言い方に思わず胸が痛んだ。
ゴブリンは大抵こちらを攻撃してくる。それを厄介だからと一方的に攻撃するのになまだ気が引ける。
「一方的に攻撃するのは…」
ギルベルさんは首を横に振る。
「そうしなければ、命を失う人がいる。草花もただ摘まれるだけでなく、他の種族を生かすように生きているし、時には身を守る為に攻撃もする。そうやって、命というものはお互い育まれるものだ」
命を奪うことで育む。その言葉には一種の違和感を感じた。
「奪うのに、育むの?」
「そうだとも。でなければ、君は何も食べないのかい?襲われた時に何もしないのかい?そうして絶対に相手が引いてくれるのかい?そうじゃないだろう。だが、それでも生きている以上は生というものに向き合わなければならない。生に向き合うからこそ、死を軽んじてはいけない。この村の人達の生と向き合うからこそ、ゴブリンの死と向き合う、これも大切なことだよ」
言いくるめられそうになっているのは分かる。それでもギルベルさんが私に伝えようとしてくれていることの一端は分かる。
「守るものの為に割り切るってこと」
「その通りだね。誰かを守ろうと君は剣を振っているのだろう?」
その言葉も、出してくれた答えも私にとっては分かり易い。
アリシアちゃんの姿を思い出し、いつの間にか救出されていたロイ君達のことも。
皆を守りたいから私は前へと出られる。
「うん。守りたいから、戦うんだ。私の為に。」
ギルベルさんは納得するように頷き、
「守りたい者の中には必ず、自分も入れておくんだ。そうでないと、君が自分の生を軽んじている以上、相手の死に対して『殺される覚悟があるから、お前も殺されて当然』等と軽く見てしまう。だが命は本来そんなに軽いものではない。生きるのに皆必死なんだ。だからこそ、罪悪感を減らすのではなく、背負いながら、命と向き合う方が君には合うだろうね」
命を軽んじる。罪悪感を減らす。
それは今まで私がやってきたことだ。何処かで逃げようとしていた。
背負わないといけないのに。あの子に約束したのに、その形をうまく作れずにいた。
自分も守る為に、生きる。そしてこの世界では生きるからには、命を奪わなければならない。
拳を握りしめ、強くギルベルさんを見返す。
「分かった。やってみる」
そう告げただけで痛みが広がる。まるで私の覚悟を試すかのように。
気が遠くなりそうになりながらも私はしっかりとギルベルさんを見つめ返すと、ギルベルさんは小さく頷く。
「危なくなったらすぐに逃げるんだよ」
その言葉と共に。「さて、食事にしようか」とギルベルさんは提案してくれた。
もう、外は夜だ。今から出ていくのは危険というよりただの無謀だ。
ギルベルさんに甘えて私達は食事を摂ることにした。
食事として出てきたのはいくつかの木の実と干し肉。
どちらも食べなれた物で本当に良かったとしか思えなかった。
私は明日のことにことに備えていた。ただ、覚悟を決めることに必死になっていた。
夜が空けて、目が覚め起き上がると既に起きていたであろうギルベルさんが私を認めると、
「ファレンは先に行ったよ。急いでいるみたいだね」
ギルベルさんに言われた通り、ファレンさんの姿は既になく、材料の採集に向かっていたのだと分かる。
「私もこれから向かうところだ。朝食は適当に済ませてくれ」
「ギルベルさん…」
「それとも私について来て、講義でも受けるかい?」
私が言葉を紡ごうとしたものの、ギルベルさんはまるで茶化すような言葉でそれを遮ってくる。
それが大人の余裕なのだか、それとも年長者として私を気遣ってい来るんかは分からない。
「大丈夫だよ」私はそう告げると同時に荷物を纏め、簡単な食事を摂ることにした。
食事をしている最中にギルベルさんはそのまま外へと出て言ってしまった。
シーちゃんと二人で残ったギルベルさんの家で、軽く荷物を纏めてから、「いこっか」と私がシーちゃんに出発を促すと、花の蜜を吸っていたシーちゃんも頷き、
「うん!何があってもカホを助けるから!」
そんな心強い言葉を掛けてくれた。
私は剣と盾、そして荷物を出しておいた麻袋と共にギルベルさんの家を後にする。
ゴブリンの討伐の為に丘を越え、歩いて数刻を過ぎたところ、ふと妙に抉れた大地が見えた。
土肌が吐出し、乱暴に削り取られたような岩肌が露わになっている。
何の後かを考えながら通り過ぎようとしていると、削り取られた岩肌の近くに何かが倒れているのが見えた。
明るいブラウン系統の毛並みを持ち、狼のような尻尾を持つ…人間?のような男性だ。
「『獣人』!?」
シーちゃんが声をあげた。
獣人と言われると何となく納得できる。
人間というより獣寄りの顔に、体には毛皮もある。動物のような尻尾まで生えている。
そう言えば、奴隷商さんのところにいたラーニャちゃんが半獣人だと言っていた。ラーニャちゃんはどちらかというと人間の顔に少し獣のような印象があるだけで、それ以外は耳と尻尾があることしか違いがなかった。
シーちゃんが獣人の方へと飛び、その近くへと行く
私もそれについて行くように獣人の方へ行くと、獣人は私達を見るなり驚いた表情を浮かべた。
何かを言おうとしたのか、口を開くが苦しそうに息を漏らすのみで言葉にならない様子だった。
「大丈夫!?それよりなんでこんなところにいるの!?」
シーちゃんが声を荒げその体を揺する。
よく見ると、その体にはいくつもの傷と火傷の痕がある。
手当てをしようにも手持ちに薬草もなく、「村まで運ぼう」と私が提案したのだが、シーちゃんは困ったような表情を浮かべた。
「カホ、獣人は村には連れていけないよ」
シーちゃんの言葉の意味が分からず戸惑っていると、獣人は必死に顔を上げ、
「気を付けろ…爆発が…起こるぞ!」
その言葉と共に驚きで一歩身を引いてしまう。
ふと足元にあった石の欠片に躓きそうになる。慌てて石を蹴飛ばし体勢を整えると、飛んでいった石が地面を転がり、爆発した。
「はい?」
爆風と轟音が頬を撫で、自然と衝撃で尻もちをついてしまう。腰が抜けてしまい、ぼんやりとしていると、
「おい、そこで何してやがる!?」
怒号が上から落ちてきた。
顔をあげると、筋骨隆々とした体。長く伸びた無精ひげ。腰蓑だけに近い服装をした小柄な老人を思わせる男性がいた。
それは私の良く知るドワーフに近いイメージがある。
「アブねぇだろ!そこは俺っちの敷いた地雷原だ、とっとと上がってこい!」
地雷原という言葉に思わずゾッとする。
シーちゃんがフラフラと私の下へと飛んでくる。
どうやらさっきの爆風で吹き飛ばされていたらしい。
シーちゃんは私の肩に止まると、声を荒げた男性の方を見上げ、同時に指をさした。
「ああ!ドワーフ!あんたの仕業ね、こんなところに爆弾をバラまいて!」
シーちゃんの言葉にドワーフと呼ばれた男性は眉を潜めた。
「お前、妖精族か?」
シーちゃんをマジマジと見下ろしながら、ついでと言わんばかりに私と獣人にも視線を送った。
「あー、どういうこったこりゃあ?」
困惑した様子でドワーフはそう告げながら、私達を引き上げる為に降りてきてくれた。
彼の言った言葉の意味が気になるものの私達は素直に彼に助けを借りることにした。
彼に助けられながら、私も倒れている獣人に肩を貸していると、シーちゃんは呆れながらも笑顔を見せ、ドワーフは不機嫌そうではあるものの口の端に笑みをこぼしていた。




