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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第十九話『魔術師ファレン』

第十九話『魔術師ファレン』


 古の都。古き城壁がそびえる西側の王都アルトヘイム。

 かつてはエアリス神により異種族との協力により出来たこの国は、今や人類にとっての最期の砦に過ぎず、かつてこの地を賑やかせていた異種族達はいない。

 そんな場所に少年のような面持ちを持つ、薄い起伏の少ない体、細い腕の赤い髪の少女が歩いていた。

 そんな彼女を見て思わずほう―と声を漏らしてしまう。

 隣にいるハーフリングにも驚いたが、それ以上に彼女がハーフリングの少女にせがまれて歌っている歌が懐かしかった。

「またこんなところで同郷に会えるとはね」

 そういいながら店主はゆっくりと暖簾に手を掛ける。

 今は声を掛ける必要もないだろう。向こうからいずれこの店には来てくれるだろう、と。

「やぁ、店主!」

 そんな彼に声を掛けてきたのは、近くの町の領主であり貴族の男ライオネル伯爵だ。

 昨日初めて会ったものの、中々気さくな人柄で好感を持てる。

「今日もこられているんですね」と皮肉に似た言葉を贈ると、彼は小気味よく笑い。

「放蕩なれど出来る貴族でな。私がいない方が領地が安定するのだよ」 

 そう言って、店の中へと入っていく。

 赤い髪の彼女のことも気になるが、今日は朝早くからお客さんも来てしまった。

 忙しいのでまた今度だな。そう思っていると、ライオネル伯爵が、「ハーフリングが戻ってきたのだな」と嬉しそうに話しかけてくる。

「そうのようですね」と答えると彼はゆっくりと頷き、「また、あのアルトヘイムに戻れるのだろうか」と何処か彼女に期待するような言い方だった。

 かつてのアルトヘイムの姿は知らないが、彼や街の者がここまで望むのだ。

 きっと、住みやすい良い街だったのだろう。

 そう思いながら店主は厨房につき、ライオネル伯爵の接客を始めるのであった。



 私…ことカホが街中を散策していると、ハーフリングの少女、アリシアが声を上げる。

「ねぇ!あれ食べよう!」

 そう言って指を差しているのはリンゴ飴のような食べ物だった。

「美味しそうだね」と言ったもののお金に余裕がない。宿を先に取るつもりだったのに、と項垂れたくなる。

 地味に荷物も重い。アリシアちゃんのスキル『インベントリ』は便利だけど、それに甘えるのもどうかと思い結局担いでいる。

 それでもアリシアちゃんがこんなに楽しそうにしているからには、思わず甘やかしてしまう。

 私も露店の店主の前へと行き、リンゴ飴のような物を指さし。

「これ下さい」

 そういって、店主の前に並べてあるものを指さすと店主が不意に大きく笑い出した。

「こっちは鋭銅貨1000枚だよ!」

 鋭銅貨…。知る限りでは一番価値の低い硬貨だ。1円感覚だけど。

「えっと…銀貨一枚でいいのかな?」と言いながら銀貨を取り出す。

 銀貨が千円くらいだと思っていたので、高くない?と思わず言いたくなってしまう。

 私が銀貨を取り出すと、店主はさらにこれは傑作と言わんばかりに笑い出した。

 おまけにアリシアちゃんも笑いだす。理由が分からず目を丸くしていると、

「あっはっはっ!違いますよ。これは売り物じゃないっていう意味ですよ!」

「そうなんだ」

 といいながら本当に驚いた。そういう言い回しもあるんだ、と。

 店主は笑いながら「この辺に疎いのかい?」と聞かれたので頷くと、店主は得意げに。

「じゃあ、もう一つ。同じ意味で聖王国では大金貨10枚っていうんだけど、これは10大神と合わせて、神の信仰には値段は付けられない…ってことらしいですよ」

 そうだったのか、と思いながらも大金貨って見たことしかない。適当な感覚で、金貨の十倍だと考えると一枚100万円?それを10枚…それは払うのすら無理なんじゃ、といいたくなる。

「じゃあ、この鋭銅貨の方は?」と聞くと、今度はアリシアちゃんが得意げに。

「エアリス様が言ったの。アルトヘイムの建国中に土地を買い取ろうとした人に怒りながら『鋭銅貨1000枚しか認めません』だって!鋭銅貨って全部で900枚しかないのにね!」

「なるほど」

 そう思いながら、何でエアリス様の話はそんな珍妙な物ばかりなのかが気になる。

 妙に人間臭いし、本当に女神なの?と思わず言いたくなる話ばかりだ。

 店主はアリシアちゃんに「エアリス様の信徒だな?じゃあ、初回サービスだな!」とリンゴ飴を渡していた。

 アリシアちゃんは目を輝かせ「ありがとう!おじさん!」とお礼と共に美味しそうに舐め始めた。

 これで買わないと反感を買うな。退路を断たれた気分になる。

 店主は笑いながら、

「ちなみに、鋭銅貨なんて基本使わないから誰も持っていないんだよ。価値が無さ過ぎてなんにも使えないからな!」

「1枚あるよ」と取り出してみせると、店主はこれは愉快とばかりに笑い。

「お、無駄な努力ご苦労さん!」

 成程、鋭銅貨はこういう意味があったのか。やけに流通してないなと思ったら。

「無駄かぁ…」と思わず溢してしまう。

 ふと、私が指さしたリンゴ飴のようなもの再度指して。

「あ、そうだ。これ何で売れないの?」

「これ見本だよ?」

 その言葉に思わず顔が熱くなる。食べ物ですらなかった。

「あちゃ、こっちか…」と慌てて指さし直す。

 店主は笑顔のまま「あんただろ。ハーフリングを帰ってこさせてくれたのは」とそう言ってから私を見て笑顔を見せる。

「ほい、じゃあ大銅貨1枚ね」

 ふと看板が目に入り、思わず肩を竦めてしまう。店主言った値段は書いている値段と全然違う。大銅貨3枚が三分一なんて。

 ここの人達は本当にハーフリングが帰ってきてくれたことが嬉しいんだと分かる。

「ありがとう」

 そう言いながら大銅貨三枚を置いてみたけど、笑顔で「おつり」と2枚返されてしまった。

 敵わないな、と思わず溢してしまった。

 アルトヘイムにとって、友人が戻ってくるのはとても大切なことだと痛感した。

 店主と別れを告げてから、不意に通りの向こうで黒い外套が揺れた。

 見たことのある外套だったので、思わず目を凝らしたものの、急に前を人が横切った。

「号外だよ!近くに出た土蚯蚓をドランがやったらしいぜ!」

 新聞を配っている若い青年がビラを撒いて行った。

 ビラの内容は気になるものの、黒い外套の人物を探すが、見当たらない。

「ああ…見失っちゃった」と肩を落としてしまう。

 配られた紙を手に取ろうとしたものの、アリシアちゃんが手に取り、怒ったように破り捨ててしまった。なんでだろう、と気にはなる。

「ムカつく!カホの手柄なのに!」

「どうしたのアリシアちゃん?どうどう…」

 気になるもののアリシアちゃんが地団太を踏み、怒りを露わにしているのでそれどころではなく、あやしていると、

「やぁ、そこの君」

 不意に声を掛けられた。振り向くとフードのある青色のローブを着た、鋭い目の男性が立っていた。年齢は30代といったところで、ところどころにある皺が目立っている。

 一見して男前だとは思う青色のローブの男性は、

「俺は旅の魔術師のファレンだ。少し時間いいか?」

 いきなりの自己紹介に戸惑いながらも、一応自己紹介をすることにした。

「え、ああ、はい…。駆け出し冒険者のカホと…」

 隣にいるアリシアちゃんに視線を送ると、アリシアちゃんはおずおずといった雰囲気で。

「アリシアです…」

 といつもの元気がそこにはない。

 意外にも外の人には抵抗があるらしい。アルトヘイムの人なら平気なのにね。

 ファレンと名乗る男性は少し考えたように顎に手を置き。

「そうだな。一杯奢ろうか。気になることもあるからな」

 その言葉に「お酒飲めませんよ」と言っておくと、彼は笑顔で「コーヒーだよ」と返してくれた。

「カホ…」とアリシアちゃんが私の服の裾を掴んでくる。

 その体を抱き寄せ、

「大丈夫、いざという時は守ってあげるから」

 そう言ってあげると私の手を掴み渋々ながらついてきてくれた。

 ファレンさんは先を歩きながら、

「心配しないでくれ。俺は北方国『ブラン』の魔術学院を追放された身だ」

「安心できない。肩書が不穏なんだけど?」

 思わず言ってしまった。ついていくと決めた矢先にこれだ。

 ファレンさんは「そうだろうな」と笑いながら。

「気にしないでくれ。おイタをし過ぎたのさ」

 禁忌にでも手を出したのだろうか、と不安になる。

 それでもファレンさんの柔らかい口調や、その態度から不思議と危機感というものは感じなかった。

 これで『騙して悪いが』と切り出されたら、この人は相当な詐欺師だと思う。

 ファレンさんに連れられカフェへと行く。

 小洒落たカフェであり、オープンスペースと、清潔感のある木材のテーブルがこの街並みによく合っている。

 食品の持ち込みは大丈夫らしく、私はリンゴ飴を食べながらコーヒーを頼み、アリシアちゃんはココアを頼んでいた。

 ファレンさんは私達の注文を聞いてからコーヒーを頼むと、店員は畏まった表情で奥へと入っていった。

 それにしても戦争中と聞いていたのに全然そんな風には見えない。

 露店は賑わい、こういったカフェなんかも開いている。

 不思議に思っていると「戦場はここから数日かかるバルド砦だからな」とまるでこちらの心中を察したように言ってくれた。

 私が見返すと、ファレンさんは小気味よく笑い「平和にしか見えないだろ?」とさらに私の一歩先の言葉を口に出していた。

 本当に心の中を読まれている気分になり思わず表情を引きつらせてしまう。

「それで何の用ですか?」

 私が切り出すと、ファレンさんは嬉しそうに頬を歪めた。ついでにリンゴ飴は、先に食べ終わったアリシアちゃんにねだられたのであげた。

 甘くて美味しかったけど、アリシアちゃんがとても美味しそうに食べていたので欲しいと言われたら抗えない。可愛いは正義とはよく言うけど、可愛いから何しても許されるのも過言ではないと思ってしまう。

「君は魔術について興味はないかい?」

 ファレンさんの言葉に首を傾げてしまう。

 そう言えば、魔法?と聞いたら魔術だとは何度も言われた。

「魔法と魔術は違うんですか?」

 ファレンさんは驚いたように目をしばたたかせた。

 ついでにアリシアちゃんも。

「ああ。全く…とは言っても源流を正せば一緒なのだが、魔族は知っているかね?」

 私が頷いて見せると、ファレンさんは「ならば話は早い」と言ってから。

「魔法の祖は魔族の秘術だ。魔族には膨大とも言える魔力があるから、それをそのまま放つことにより広範囲または、強力な攻撃等に使う技術だ。それを人間にも使えるようにしたのが魔術だね」

 人間の為の魔法が魔術か、とそれで少し納得出来た。

 思えばカリデ村では生活に使っていた。お風呂を沸かすために。

「どんな違いが?」

「興味はあるようだね」

 私の問いにファレンさんは嬉しそうに頬を緩ませ。

「少し長くなるが、人間にも魔力はあるんだ。しかし魔族程の魔力がなく、魔法といえるようなものの発現は出来ない。魔術はそんな人間の魔力を一点に集中させ、形を持たせ、出力を増大させ放つものだ」

 そこまで言ってからファレンさんは杖を取り出してみせた。

 まるで指揮棒のような杖を机に置き。

「具体的にはまずは触媒である杖や護符を使い、そこに魔力を集中させる。呪文を唱え形を作り上げる。後は魔法陣等を駆使して魔力を増大させるという過程を踏んでようやく発現ということだね」

 ファレンさんの説明は何となく分かったものの、それならエルフのセフィラさんの魔法は手だけでしていたような気がする。確か名前は…

「精霊魔法は?」と聞いてみると、ファレンは手を叩いて喜んで見せた。

「おお!精霊魔法も知っているか。魔法の分野は大きく分けて魔法、精霊、魔術の3つに分けられる。魔法はもう完全に魔族または、天才と呼ばれる人間だけのスキルだ。次に精霊はこれは才能だな。エルフが基本的には使うが、人間でも精霊の声さえ聞ければ使うことはできる。魔法程の威力はないが、コストには優れるね。最後に魔術はさっき言った通りだが、主に人間が使うことから多様性があり、数多くの分岐がある。所謂柔軟性だな。例えば、『火炎矢ファイアボルト』等の攻撃魔術や、『付与魔術エンチャント』等々といった数多くに分かれる。もちろん、幻惑や変性等の技術もある。魔術によりある一部に干渉し捻じ曲げる…そうだな想像力の力だと思ってくれ」

 ペラペラと楽し気に話始めたファレンには悪いけど、話しぶりからこの人オタクだろうな、と思ってしまう。

 得意分野だと急に饒舌に話し始めたがる人。そういうのをこの人からは感じる。

「難しいけど、魔術は学問みたいなものかな?」

 適当な答えを出してみる。数学や物理の話に置き換えればまだ理解は出来る。

 ファレンさんは大きく頷き。

「その通りだよ!いやぁ、君に声を掛けて正解だ。魔術とはあくまでも学問であり才能だけでするものではない。そもそも魔族の使っていた秘技が元であり、適正のない人間が同じ土俵で戦うのは愚かというものだ。だが、人間にも僅かな才知があるからこそ探求し研究することこそ魔術だ!」

 成程…なんとなく分かったけど、分かりかねる。

「ファレンさんは何で私に声を掛けたの?」

 さらに尋ねるとファレンはおどけた様子をみせ。

「いやなに、仕事でね。追い出された後に学園長に頼まれたんだよ。各地で魔術師の才能のある者がいれば北方国『ブラン』行きを推薦してくれと」

 つまり…勧誘しているのかな、この人は?

「ファレンさんは普段何をしているの?」

 私の質問にファレンさんは軽く首を振り。

「俺か?俺は魔術の研究で忙しいんだ。外でも何処でも本さえ読めればそれでいいさ。これはあくまでアルバイトだよ」

 言いながらファレンさんは何かの模様が描いてある小さな石を机の上に置いた。

「さ、これに触れてくれ」と促してくる。

 一応手を伸ばしてみるものの、反応がない。

「魔力の測定器…といっても簡易なものだ。それでも有無の判断くらいは出来るよ」

 説明を続けているファレンさんには悪いけれど、何も反応しない。

「反応しないね」

「ゼロだね。残念だ」

 ファレンさんは残念そうではあるがある程度仕方ないといった雰囲気だった。

「珍しいの?」

「そうとは言えないな。魔力がある人間は7割程度だと言われている。つまり君は3割の方だ」

 そうなんだ、と肩を落としたくなる。

 火を起こしたり出来たら便利だと思っていたのに。

「君となら中々面白い魔術の探求が出来ると思ったのだがな」

 ファレンさんはため息を吐いていた。

「なんで?」と聞き返すと、ファレンさんは顔をあげ。

「ああ…それは」

 不意に小石…魔力測定器が光り出した。淡い光ながら反応している。

「あ、光った―」と言いながらアリシアちゃんが手をかざしていた。

 ファレンさんはその光を見ると、またもや残念そうに肩を落とした。

「ふむ。光り方からすればFかEだろうね。一応推薦はD以上となっている。すまない」

「そうなの?」とこれは私が聞いた。

 ファレンさんは頷いてみせ、本心から残念そうにした。

「ファレンさんは?」と続けて聞いてみると、ファレンさんは小さく笑う。

「見たいか?」

 といいながら、手をかざすとさっき、アリシアちゃんが触れた時よりも強い光が放たれた。

「これは?」

「ああ、EかDだろうね。俺はきちんと測ったからDだがな」

 その言葉に首を傾げたくなる。なんか凄そうなのに、アリシアちゃんのワンランク上ってところなのだろうか。

「それって凄いの?」

「全然だね。一般人より少し高い程度だ。多分、このアルトヘイムには私以上なんて千人はいるんじゃないかな?」

 事も無げにそういうものの、落第したのじゃないだろうかと不安になる。

 おイタどころかそれは放校なのでは、といいたくなる。

「こう見えても元々魔術学院で初級クラスの教師をしていたんだがね。俺の魔力量を侮られてしまってね。他の教師達との衝突とか色々あって…他にも色々やらかして放校という運びだよ」

 放校は当たっていた。それにしてもDランクって、さっき聞いた中では推薦の最低ランクだったような気がする。それと同レベルの教師って…確かに嫌だな。

 現世で言ったら高校しか出ていない教師が、大学の教師になったというレベルだと思う。

「しかし残念だ。門の兵士から話を聞いてね…」

 そう言いながらファレンさんは懐から一冊の本を取り出した。

 それを私に差し向けると。

「これを読んでみてくれないか?」

 言われるままに本を開いてみると日本語で書かれているのが分かる。ただ、ボロボロだから飛ばし飛ばしにしか読めない。

「なんて書いてある?」と催促される。

 思わず顔をしかめてしまう。

「ボロボロだからところどころだけど」と前置きをしてから、

「えーと、ア…さんがしていたように日記をつける?…日朝起きてラスの実を食べました。蒸した後に、3分間位炒めるととても美味しく香ばしい。醤油が恋…なる。うん?アイリス村は空気が澄んでて…ああ、読めない!村の人達が騒がしくしていたので外に出ると…キ…マなんだこれ?わかんない。」

 誰かの日記帳だろうかという内容に、なんでこれを読んでくれと言ったのか分からなかった。

 途中のページは水でひっついていたり、文字が霞んで消えており、最後の方までずっとそんな調子だったが、最後の一ページの最後の行だけは読めた。

「ここは読める。えっと…筆記者エアリス」

 声に出して読んでから、自分で驚いてしてしまう。

「え?」と声が漏れた。

 これ…エアリス様の日記?書いてることが子供のレベルなんだけど?

「なんと。まさか本当だったのか」とファレンさん。

「これ、エアリス様の日記!?」

 アリシアちゃんが目を輝かせて文字を覗き込んでくる。

 私はというと茫然としている。もし、あの女神様がこれを書いたというのなら、心配になる。始めのラスの実の味とか調理方法とかよりもっと書くことなかったのかな。

 ファレンさんは唸りながら。

「俺は古代のエルフ文字の魔術書だと思っていたのだが、まさか売り文句通りエアリス神の日記とはな」

 そう言ってから両手を上げてみせ。

「しかし、困ったな。俺には全く価値がない。未知の魔導書だと思って買ったのにな」

 そう言っているファレンさんに食いつくようにアリシアちゃんが顔を近づける。

「ね!それ頂戴!」とその一言。

「君がか?」とファレンさんは読めないだろ、とでも言いたげだった。

 アリシアちゃんが大のエアリス様のファンだとは知っていたけど、ここまで食いつくとは思ってなかった。

「これエアリス様の文字なんだよね!」

 そう言われて、言われて見ればと思ってしまう。

 現世なら内容はともかく聖典や聖遺物に当たるものだとは思う。

 何せ神様の直筆なんだし。

 ファレンさんはアリシアちゃんの言葉に首を横に振り。

「何とも言えないな。もしかしたら誰かが書き写したものかもしれないし、それに、エアリス神がこの世を去ってから、その名前は大陸全土で使われている。このアルトヘイムでは敬意を込めて使われてこそいないが、似た名前を使っているようだ。君の名前もその一つだろう。状況的に考えても本物である可能性は低いな」

 そう説明してみせた。

 確かにその通りだと思う。もし現世の技術があってこの本がいつの時代かに書かれたものかが分かればそれもある程度は払拭は出来るけど。

「そうなんだ…」とアリシアちゃんは肩を落としながらも、エアリス様が書いたかもしれないその本をジッと見つめていた。

 ファレンさんはそんなアリシアちゃんを見てか、

「まぁ、いいか。よし大銀貨2枚でどうだ?俺には例え本物でも無用の長物だ」

 売ってくれるんだ…というより。

「え…」と言葉に詰まる。

 大銀貨2枚…2万円相当。高くない?

 これがもし本物だったらその価値は計り知れないけれど、少なくとも贋作だろうと割り切った物にその値段は…。

「カホ!お願い欲しい!」

 アリシアちゃんがお願い、とでも言いたそうに顔を近づけてくる。

 大銀貨2枚…辛い!

 レンツ子爵様からのコボルト退治の報奨金がまだあるとは言え、払えば残りは銀貨数枚と大銅貨しか残らない。

「お願い!なんでもするから!」

 アリシアちゃんがさらにねだってくる。そのおねだりは…卑怯だ。

「う…分かったよ」

 諦めると、アリシアちゃんに飛びつかれた。

「カホ、大好き!」と私に頬ずりまでしてくる。

 困り果てながらも大銀貨を取り出すと、ファレンさんは軽く笑いながら、

「やれやれ、子供に甘いんだな。まぁ、いいか。次からは我慢していい子にしているんだぞ」

 そうアリシアちゃんを軽く諫めてから本を渡してくれた。

 アリシアちゃんは本を抱き留めると、「うん!」と大きく頷く。

 よくよく思うとアリシアちゃんのエアリス様ファンのレベルはもうオタクではと思ってしまう。エアリス様はアイドルか何かなのだろうか…。

「エアリス様の…えへへ!ありがとうカホ!」

 再度お礼を言われ、財布には痛手だけど、それでも笑顔が見れたのは嬉しいかな、と割り切っておく。

 大体いつも笑顔だけど、ここまでの笑顔は中々見れない。

 ファレンさんはコーヒーを飲み切ると、立ち上がり。

「そうだ。折角だ。俺の魔術を見せる為に、賞金首でも狩りにいかないか?」

 その言葉に思わず、「人間相手は嫌だよ…」と答えてしまう。

 ファレンさんは軽く笑いながら、「それはない」と告げ、

「報酬は三分の一で十分だ。相手は”はぐれ”ボスリザードマンだ。」

 その言葉はまるで用意していたようだ。おまけにファレンさんは賞金首の手配書を机に置いてみせた。

「えっと…もしかして…」とそこで言葉に詰まる。

「ああ!金が尽きたからな。新しい魔導書を買う為にも君達のような前衛が欲しかったんだ」

 臆面もなしにそう言って見せた。

 つまり私に声を掛けた一番の理由は、これの討伐の為だったのか…。

「はぁ…ちゃっかりしてるな」

 私の言葉にファレンさんは笑いながら、一枚の紙きれを差し出してきた。

 そこには宿の場所と、合言葉らしきが書かれていた。本当に用意していたのだろう。

「荷物は俺の部屋に置いておいてくれればいい。南にある湿地帯で待っているぞ」

 ファレンさんに強引に押し切られた…というより、お金がない以上仕方なく、彼の取っている宿に荷物を置き、言われた通りに湿地帯へと向かうことにした。

 湿地帯に着いた頃には既に昼が過ぎていた。

 ファレンさんは優雅にコーヒーを飲みながら、私達を見ると手を挙げて応えてくれる。

「お待たせ」と乗り気ではないものの、ファレンさんに声を掛けると、ファレンさんは湿地帯の中央付近を指さしてみせた。

「ああ来てくれたか。報酬は大銀貨9枚だそうだ。そしてアレだ」

 彼が指さした方向を見てみると、普通のリザードマンの2倍程の巨躯であり、傷だらけのリザードマンが佇んでいた。

「デカ!」

 思わずアリシアちゃんと一緒に声をあげてしまった。

「取り巻きはなし。情報通りだな。」とファレンさんは満足そうだ。

 アリシアちゃんがナイフを抜き、近づこうとする…がそれをファレンさんが止める。

「一撃目は任せてくれ」

 そう言うと彼はゆっくりと歩きながら、湿地帯の沼部分に入らない程度の場所で杖を取り出してみせた。

「風の精霊よ。応えよ」

 そう言って片手を振るう。思わず精霊魔法の使い手だったんだ、と感心した。

 彼はそんな私の心を読むように笑って見せ。杖を振るう。

「水よ我が元に集まれ。その形は雨、この地に雨を呼び起こせ」

 彼の言葉に風の精霊が渦を巻き始め、周りを雨が打ち始める。それに気づいたようで、大きなリザードマンがこちらに向かって突進してくる。

 思わずファレンさんの前に出て剣を構える。私が出たのを見てかアリシアちゃんも続く。

 ファレンさんは一度だけ笑顔を見せ、さらに杖を振るう。

「風の精霊よ、廻せ、この地を巡れ!」

 そう言いながら、さらに。

「雨よ。水よその一点に集まれ!」

 その掛け声と共に風は渦を巻き、降り注いだ雨が一点に集まり始める。

 大きなリザードマンがその風の渦に巻き込まれ、動けなくなったのか地面に倒れ伏す。

 見ているだけでも分かる。あのエルフのセフィラさんが使っていたものよりももっと高度なものだと。

「集まれ、収束せよ。ここに完成せよ!」

 ファレンさんが最後とも言える掛け声と共に手と杖を同時に振るう。

「巻き起これ。切り刻め…『風翼氷嵐ウイングブリザード』!」

 その声と共に集まった水が風により冷やされ、氷の結晶となり、その結晶ですら暴風とも言える風で砕かれ、無数の刃となり大きなリザードマンを切り刻み始めた。

 あまりの大きな魔術に驚いていると、ファレンさんが得意げに。

「俺には才能という魔力殆どはない。だが、全属性且つ全ての系統の魔術と精霊魔法が使えるように努力した。これが学術と呼んだ理由で、その結果だが俺はただの器用貧乏だ」

 あまりの光景にアリシアちゃんはポカンと口を開けてしまう。

 胡散臭い人だと思っていたのに、実力は本物だった。

「これ…私達いる?」と私がファレンさんに尋ねるとファレンさんは頷き。

「勿論だ。言った通り俺の魔力は常人並みだ。精霊魔法を駆使してもこれだけの魔術を使えば…後は分かるな?」

 その言葉に嫌な予感がする。

「役立たず~?」とアリシアちゃんが聞く。

「正解だ」とファレンさんは大きく頷いた。

 風と氷の結界を突き破るように大きなリザードマンが特攻してくる。

 鱗は殆ど砕かれ、尻尾もなく、目も片方閉じている状態だ。

 その威力の凄まじさは分かったものの、お荷物確定となった魔術師がいる。

「ああ、もう!」と言いながらも私は駆け出す。

「その代わり鱗の鎧はもう崩れている。武器は通るだろ」とお荷物の魔術師は得意げに声を掛けてくれた。

 それはありがたいけど、と思っているところにアリシアちゃんが軽快な動きで私の隣へと並び。

「行くよカホ!」

「アリシアちゃん、行くよ!」

 お互いに声を掛け合い、アリシアちゃんと一度頷き合う。

 アリシアちゃんは私よりも遥かに早いスピードで切り込んみ、大きなリザードマンの前に立つ。

 大きなリザードマンはたまらずといった雰囲気で槍を突き出すが、アリシアちゃんは両足を踏み切り、まるで高跳びの背面飛びのような動きで軽々と避けて見せた。

「カホお願い!」

 お願いか―と思いながら剣を下から上へ弾き上げるように振り上げる。

「せい!」

 パリィを繰り出し、槍を跳ね上げる。

 アリシアちゃんは器用にその槍に乗り、踏み込むと同時に声を上げる。

「いっくよー。戦技『不可視舞踏インビジブルダンス』!」

 その声と共に4人の幻影が生まれ、アリシアちゃんの姿が消える。

 大きなリザードマンが慌てて後ろに引き、そのまま槍を振り下ろしてくる。

 それは私へ向かっているものの、縦の振り下ろしへの対応は得意だ。

 ましてや私を狙っての一撃でもない。

 剣を振り上げ、叩き落とすように槍に一撃を振り下ろす。

 再度のパリィで大きなリザードマン槍が壊れた。槍が壊れたことで大きなリザードマンは慌てて向かってくる幻影を片手を振って対処しようとしている。

 だけどもう遅い。

 私はその懐へと一気に駆け出す。

「せーの…」と位置についてから声を掛ける。

 剣を腰だめに構え、大きなリザードマンの顎を見据える。

「とった!」とアリシアちゃんの声と共に、その頭を地面に叩きつけるように突きが振り下ろされた。

 不意を突かれたのであろうリザードマンは成すすべなく頭から倒れてくる。

 迫ってくる顎を見据えていた私は、踏み込み、一閃を放つ。

 剣は顎を捉え、柔い部分を切り裂いていく。

 腕に鈍い感覚が走り、剣が止まる。骨にあったのだと感触で分かる。

 それと同時に血の臭いが鼻につくものの手加減が出来る相手ではない。

 さらに剣に力を込め、一歩踏み込むように振り抜き、一気にリザードマンの顎ごと骨を断ち切る。

 大きなリザードマンは血しぶきと共に、悲鳴ともならない声を上げ、そのまま何度か跳ねたものの、すぐに動かなくなる。

 アリシアちゃんは大きなリザードマンの頭から、まるで曲芸のようにバク中を繰り出してみせ私の前に降り立ち。

「楽勝だね」と私に同意を求めてくる。

 正直私一人じゃ絶対勝てないような相手だけど、それに応えて「さすがだね」と答えておく。

 ファレンさんは手を叩きながら、

「想像以上だ。いや、本当に助かったよ。保険のつもりだったのだがな」

 そう言いながら私達に称賛を送ってくれた。

 それにしてもボスリザードマンか。そう思いながら、その体を見る。

 大きさで言うと約3メートルかそれより小さいかだ。

 これなら…と思い剣を抜く。

「さてと…」と言いながら近づこうとすると、ファレンさんに肩を掴まれた。

「待て…何をする気だ?」とそう言われて、素直に。

「解体」

 答えたものの、アリシアちゃんにも絶句された。

「尻尾だけ切り取ればいい。それで報告は済む」とファレンさんが告げてくる。

 尻尾は…ファレンさんの魔術で千切れている。

 討伐の証って尻尾だけでいいんだ、と思いながらもそれなら身の肉等は十分取れる。

「じゃあそれ以外はいいんだよね?」

 そう言いながら近づくと、アリシアちゃんが声をあげる。

「カホってこういうところ静かに壊れてるよね」

 壊れてる?

 そう言われてハッとする。

「え!?だ、だって結構美味しいんだよ」

 言い訳をする。一度寝込みを襲われ返り討ちにした時に、尻尾の部分は特に美味しく、それ以外も中々癖はあるものの美味しかったのを覚えている。

 海外では普通に蛇を食べる文化があるし、と思って食べず嫌いを恥じたぐらいだったのに。

「は?」とファレンさん。

「え…?」とアリシアちゃん。

 二人に絶句されてしまった。

「ご、ごめんなさい…」

 思わず謝ってしまう。味覚には自信があったのにな、と少しだけ自分の自信が揺らいでしまう。仕方なくレンツ子爵領の商人さんに教えて貰った鱗はお金になると聞いていたので、それだけは剥いでおくことにした。

 お肉も少しだけ持って帰ろうとしたものの二人にゲテモノ食いとさえ言われてしまったので、諦めることにした。

 それから、討伐の報告等を王城近くの『金の翼』と呼ばれる国営の冒険者ギルドへと報告し賞金を受け取ることになった。

 受付の男性から聞くと、なんでもフリーの凄腕がシノの村に向かってしまっていて対処する人手不足で困っていたらしい。

 『金の翼』のギルド長の計らいもあり、早期解決として追加でポーションもくれたのは嬉しい。

 痛み止め程度だけど、買おうと思うと銀貨1枚以上するのであるに越したことはない。

 後は賞金はファレンさんの言った通りファレンさんに大銀貨3枚で均等となった。


 夜、ファレンさんの紹介もあり宿屋へと行くと既にファレンさんにより金額も払われており、私達の荷物も移してくれていたらしい。

「それじゃあ、今日の戦いの結果を祝い…乾杯だ!」

 ファレンさんのその言葉を皮切りに私達はミルクを片手に乾杯をする。

「乾杯!」と周りの客も私達の結果を祝ってくれた。

 こういうノリのいいところが本当に好きだ。誰の為でもなく称賛を素直に送ってくれるのは。

 三人で今日の戦いに乾杯しながら食事をし、

「そう言えば、ファレンさんって何をやらかしたの?」

 私が尋ねるとファレンさんは困ったような表情をし、

「どれで追い出されたか分からんくらいやったからな…」

 と考え始めた。この人、本当になんなのだろう。

 腕前は一流と呼ぶに相応しいと思うけど、それ以外の問題が多すぎる。

「キマイラを作ろうとしたことか、それとも妨害魔術を作ったことか、回復の魔術を作ろうとしていたことか…どれだろうな?他にもやったしな」

 キマイラは分かるとしてもそれ以外は別に大したことじゃないと思う。

「どうなのそれ?」

 アリシアちゃんに尋ねると、「よくわかんない」と笑顔で言ってから、

「人の傷を癒すっていう奇跡でしか起こせない現象を魔術で行うのは禁忌だけど」と答えてくれた。

 ファレンさんはアリシアちゃんの言葉に頭を掻きながら、

「そのとおりだがな。それはまぁ、分かるとして、妨害魔術は魔術への冒涜だがそんなに悪いこととは思えんのだがな?」

 分かってるなら何でやったんだろうこの人。冒涜も禁忌もダメだよ。

「ああ、そういえば回復の魔術を作っている時には、聖王国から書状が届いてな。そこに…要約すると『お前殺す』と書いてあった時は肝が冷えたよ」

 笑いながら「大袈裟だろ」と愉快そうに言ったものの、全然笑えない。

 この人はオタクをこじらせ過ぎて国から殺害予告までされているなんて本当に笑えない。

 暫くそんな笑えない会話をしながら食事をして、ふとファレンさんが。

「なぁ、暫く組まないか?俺も金がないからな」

 その提案にアリシアちゃんを一度見てから、その反応を見て…

「はい。こちらからもお願いします」

 そう答えるとファレンさんは満足そうに頷いた。

 その後、食事が終わり、お風呂を借りてから、ゆっくりと眠ることにした。



 不意に夜に起きてしまった。

 窓の外を淡い月光が照らしている。古い石壁や石畳みが白い色を映し、夜の闇と合わさってまるで銀色に染まっているようだった。

 空を見上げると、青みがかった銀色の月が輝いている。

 ファレンさんがいうには銀色の月は『祝福の月』で、赤い月が『呪われた月』らしい。

 普通の金色の月と合わさって、この二つとも不定期に現れるので『祝福の月』が見られたら幸運だとも言っていた。

 その幻想的な月に魅せられたのか、静まり返った街を見ていると、不意に一人の女の子が手を振っているように見えた。

 目を凝らしたものの、それはすぐに消えていく。夜の闇の向こうへ。

 消えていった方向にあるのは外へと続く門だ。

 夜は危険だ。魔物の活動も活発になり、襲われる可能性も高い。

 これは今までの旅で学んだこと。

 気になり一応剣を腰に差す。ついでに何か獲れればと思い、自作の矢筒と弓を担いで音を立てないように私もその後を追うことにした。


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