第十八話『かつての友人』
第十八話『かつての友人』
古の都。古き城壁がそびえる西側の王都アルトヘイム。
かつてはエアリス神と共に集まった異種族との協力により出来たこの国は、今や人類にとっての最期の砦に過ぎず、かつてこの地を賑やかせていた異種族達はいない。
そんな場所に少年のような面持ちを持つ、薄い起伏の少ない体、細い腕の赤い髪の少女…駆け出し冒険者のカホ、私が訪れていた。
乗せて貰った馬車に手を振り、王城へと入ろうとしたところで、呼び止められる。
「あんた始めてだな?」
門の所にいた兵士…中年の男性に声を掛けられ「そうだよ」と答えておいた。
兵士は軽く笑ってみせてから、
「あんた…学生か?」と聞かれたので首を傾げてしまうが、よくよく思い出すと、確かに元いた世界ではそうだった。
こっちに馴染み過ぎて忘れるところだったけど、私は学生に違いない。
「そうだけど、よく分かったね」
そう答えると、兵士は笑顔を見せ、
「まぁな。そんなスキル持ってたらそう思うだろ?」
「スキル?」と首を傾げてしまう。
技術のことを言っているのだろうけど、そんな相手の腕前も見ることが出来るのか、と素直に関心もした。
ここまでの道のりでこの世界が剣と魔法の世界というのは分かってきたので、まだ頭は働く。私としてのイメージは指輪物語のような世界だとは思っている。
ただ、それでもかみ合わないので、元いた世界の制作物と比べるのをしないようにしている。
兵士は困ったように眉を潜め、
「知らないのか?『観察』ってスキルだよ。俺くらいになると誰がどんなスキルを持っているのか分かるんだよ」
便利そうとしか思わない。
相手のスキルが分かるというのがどういうものか分からないけれど、情報が多いのは役に立つとは思う。
この世界で覚えていて役に立たないものはない。知識こそ最大の報酬と最近よく思う様になってきている。
「へぇ…そうなんだ。魔法みたいなもの?」
「魔法って…そんな英雄様が使うようなもんじゃないな」
兵士は私の言葉に呆れるような言い方をするが、思い出したように私を見返すと。
「スキルを知らないのか?」と驚いた言い方をした。
「あんまりこの世界のこと知らないんだ」
「ああ、『勇者』か」
と自然に兵士に言われてしまう。
「違います!」と強く言い返すと、兵士は少し身を引く。
そう言えば、この世界で『勇者』って言葉は違う世界から来た人のことを言うんだった。
否定する必要はないのだけれど、今更だ。
それに、私の良く知る勇者じゃないとだけは思うから、今後もこのスタンスで行こうと思う。
「あ…ああ、そうか。まぁ、いいや。」と兵士は軽く流してくれた。
それから少しだけ笑顔を見せ、
「あんた…もしかして、自分のステータスも見てないのか?」
ステータス…?
ここ異世界だよね。ゲームじゃないよね、と思ってしまう。
もしゲームであったのなら…何度もロードしたいと思ってしまう。
助けたかった命が多すぎる。
でも、出来ないから、やっぱり現実だ。受け入れて、少しでも強くならないといけない。
私がもっと強かったら、勇気があったら…二人の友達を、沢山の人々を失わずに済んだかもしれないから。
「どうやって見るの?」と私が聞き返すと、兵士は得意気に。
「そんなもん…え?どうやるんだろ…?確認するの自然過ぎて分からなねぇ。念じるって感じかな?」
語尾になるにつれて困惑された。
一応、言われた通りに念じてはみたけど、やっぱり分からない。
「まぁ、いいや。それで、私のスキルって何?」
「ああ…『戦技』や『魔術』、『奇跡』はなし。基本スキルは、剣技と盾技、薬草学、あとは語学だな」
困った顔で言われた。
多分だけど、普通は出来るのだと思う。
そして弓技がないのが辛い。あんなに練習したのに。
「へぇ~」と少しだけ関心するしか出来ない。
「あんま興味なしか」
「うん。ごめんなさい」
そのスキルがどうあれ、あんまり興味はない。
聞いた感じだけだけど、多分その技量を持っている、いわゆる検定や免許証程度なのだろう。
思う所はもう少し弓を練習しておこうということだけ。
謝った私に兵士は気にしていないという感じで手を振って見せ、
「それでいつくらいまで滞在するつもりだ?」
そう聞かれたので驚いた。
聞かれたのは始めてだ。入国期間とかあるのだろうと思い、
「一週間くらいかな?正直、次の町への足掛かりだから」
これも適当。物見遊山に来ただけだから、ある程度の観光をして、話を聞いたら次の町へと向かいたいと思っている。
「短いな。ここには古代の歴史書なんかも結構あるのにな」
「いやー…そういうの眠くなるから…」
私の言葉に兵士は首を傾げ、
「変わってるなぁ。まぁ、アルトヘイムは開かれた場所だ。延長は構わないぞ」
そう言われたものの、何が変わっているのか分からない。
それに一応とは言え冒険者の私に歴史書を進めるのはどういう理屈か分からない。
街に入ろうとしたところで、思わず足を止める。
入国の前にすることがあった。
「あ、そうだ!今日の宿代稼がないと!」
レンツ子爵様からある程度の報奨金を貰ってはいるのものの、前の町でかなり買い食いをしてしまっているので、お金が心もとない。
「冒険者なのか?」
そう聞かれてようやく…少しだけ嬉しくなった。
そうだ。暗いままじゃダメだ。
私は決めたんだ。この世界を好きになる為に旅をしているんだから。
ふと一瞬、兵士の顔が歪んだ。
この街は冒険者を嫌っているのかな、と思ってしまうものの、まずは挨拶。
「うん。駆け出し冒険者のカホだよ!」
私の言葉に兵士は小さく笑い。
「変わってるな。まぁ、いいや。それなら、ここから西にある森『木漏れ日の森』にでも行きな。ボアやピークバードもいるから、適当に狩れば毛皮や肉が獲れるぜ。討伐報酬はないがな」
その言葉に驚いた。親切過ぎる。
「え?なんで教えてくれるの?」
少しだけ声が大きくなってしまった。
やっぱり優しくされるのは好きだから。
兵士は軽やかに笑い。
「おいおい、知らないのか?アルトヘイムを造ったの冒険者のエアリス様だぞ。ギルドに属していない冒険者にも優しくするものさ」
そう言ってから兵士は頭を掻くようなそぶりをみせ。
「まぁ、フリーの特に中央国から来た冒険者からは生きにくいという声もあるが」
エアリス様ってこの国を造ったんだ、とようやくエアリス様の一端が見えた気がした。
今までとりあえず使っていたけど、こういう歴史を知らずに使うのはエアリス様からしたらどうなんだろう。
平等の女神様らしいから何か優しそうではあるけれど。
「何でフリーが生きにくいの?」
エアリス様よりもこっちが気になったので聞いてみると。
「向こうのフリーは依頼がメインだからだよ。こっちみたいに冒険者が狩人の真似事はしない。一発仕事受けて大儲けとかが普通なんだ」
冒険者と一言で言っても国で全然違うんだ。
私としてはこっちの狩人メインだけど、性には合っていると思っている。
手を振り上げ、ついて早々だけど門の外へと走っていき、
「ありがとう!じゃ、早速いってくるね!」
私が走っていくと兵士も手を振ってくれた。
そして、ふと彼が漏らした。
「スキルが…なくなった?」
その言葉の意味が分からなかったけど、私は西にある森へと向かうことにした。
この世界をもっと知りたい。新しい自分の人生だから。
あの世界のように、辛いことや、悲しいこともあるけれど温かく優しい人達がいる。
少しずつこの世界を好きになってきているから。
そう思うと、少しだけ涙が出てしまう。
シャンとミルゴのことを守れなかった。
自分の弱さと情けなさでこの世界を嫌いになりそうになっていたから。
二人がこの世界を恨んで死んでいった訳じゃないのに…自分で逃げようとしていた。
「やっぱり私は弱虫だな」
そう言いながら、その言葉をバネに前へと進んでいくことを決めた。
アルトヘイムの西側にある森『木漏れ日の森』。
外からは鬱蒼とした森だと思ったものの、中に入ると意外にも明るく、また名前の通り、木漏れ日が木々の緑を吸い幻想的な光の柱を幾重にも作っている。
入り口にあった看板には、『エアリス様の憩いの場所』とも書かれており、その端には『ゴミを捨てるな』と書かれていた。
どうやら、この国の建国の神様は大切にされているらしい。思わず笑みがこぼれた。
森の中を散策しながら、一度深呼吸をする。
さっきからチラチラと狩れそうな動物もいる。ボアに、なにやら嘴がやけに大きい、キウイ鳥やダチョウのような姿の鳥。私のよく狩る角兎。
狩りを開始…しようと思ったものの、恰好が可愛らしいワンピースだ。これは貰ったばかりだから、汚すのは嫌だ。
仕方ないので繁みでいつもの恰好…所謂小汚い麻服に着替えてから狩りを開始する。
それにしても、カリデの村で買った麻袋の中身が服で占拠されている。
それ以外には弓と旅の必需品しか入っていない。
狩りをした毛皮等を仕舞えるように買ったつもりが、余りその用途で使えていない。
適当に散策しながら、途中見かけた角兎に矢を放ってみたものの、全く当たらない。
これは弓技のスキルがない訳だと肩を落とす。
次の獲物を探しさらに奥へと歩いて行ってみると始めて見るものを見た。
丸い丘陵のようなものが二つ並び、真ん中には白い模様…
「うん?」
と声が漏れた。目を疑ったものの、近づいていくとそれだと分かる。
「お尻?」
思わずこぼしてしまった。
下着が丸出しになっているものの、よく知る人間の臀部だ。
反応に困っていると、声がしてくる。
少女の声だ。よくよくみると突き出している臀部も割と小さい。子供なのだろうか。
「わーん!もう、悪いことしないから…助けてよ!」
どうやら上半身は埋まっているらしい。足がバタバタと動きだす。
正直、今更ながら死体だったらどうしようとさえ思っていたので、思わず手を掛け、
「あ、うん。じゃあ、引っこ抜くね!」
思いっきり腰を掴んで引っこ抜こうとしたものの中々抜けない。
「いたい!いたい!もうちょっと優しくしてよ!」
悲鳴があがった。
大きなカブのように誰か来てくれる訳でもないので、暫く周りの土を掘りながらゆっくりと引き抜くと、地面に埋まっていた上半身が現れた。
明るく長い髪を二つに縛った、小学生くらいの少女だ。
明るい髪の少女は顔についた土をぬぐいながら、安堵の息を吐き。
「ぷは!ふぃー、死ぬかと…」
そう言っている間に、何かに手を伸ばしたと思うと走り去った。
少女の手には麻袋が…
「なーんてね!」
少女が麻袋を片手に走り出す。そしてそれが私の麻袋だと気づき思わず追いかける。
「わ!ちょっと、返して!」
少女は素早い身のこなしで走り去り、こちらを振り返りながら。
「えへへ!ありがとうね、人間!助けてくれたのは感謝してるけど、盗まれる方が…ぶべ!?」
少女は奇声をあげて目の前にあった木に衝突した。
目を回して倒れてしまっている。ドジなのだろうか…
「…あちゃ~、どうしよっかな?」
頭が痛い。ただの泥棒なら放っておくのだけど、この辺りには魔物もいるだろう。放っておくのは危ない。それに、地面から臀部だけを突き出していた…というかなんだか愛嬌もあるし、ことの経緯も気になる。
「助けよう…」
どうせこうすることは分かっていた自分に思わず笑ってしまう。
見捨てるなんていう選択肢は始めからない癖に…と自分に呆れる。
狩りにきたのに何も出来ず、ぼんやりと座り、うなされている少女を時折撫でるだけの時間が過ぎていく。
小鳥の鳴き声や、川のせせらぎ、そして風が木々を揺らす音。美味しい空気。
こういう殺伐としていない空気はやっぱり好きだ。ここにずっといたいとさえ思ってしまう。
そう思うと、きっとエアリス様もそうだったのではないかと笑みがこぼれる。
そろそろお腹も減ってきたので、サンアイの干し魚とボアの干し肉を準備しておく。
暫くすると少女は目をあけ、飛び上がる勢いで状態を起こした。
「うん…は!ここは!?」
と言いながら顔を押さえ「いたた!」と高い声で悲鳴をあげる。
「大丈夫?」と本気で心配になる。
髪の色のように明るい性格なのは分かったけど。
少女は私を認めるや否や指を差し。
「ああー!さっきの人間!?ひぇ、私を殺すの?」
物騒なと肩を落としたくなる。一応麻袋は抱えておき。
「あはは、しないしない。」と軽く否定する。言いながら、盗まれる心配をしている自分が情けない。
「あ、そうだ。お腹減ってる?」
私がそう聞くと少女は大きく頷き「もう1週間は何も食べてない」と元気に声をあげる。
それは心配だ。自分用に用意した分もあげようと、用意したものを渡すと少女は目を輝かせ食べ始めた。
食欲旺盛な食べっぷりを見ていると思わず笑みがこぼれる。
「子供がこんなところに来たら危ないよ?」
そう言いながら少女の口元についた食べかすを拭いてあげる。
少女はキョトンとしながら「え?」と声をあげ、それから自分を指さし、
「私、ハーフリングだよ?」
ハーフリングと言われても首を傾げてしまう。
「何それ?」と聞き返すと、少女は膨れっ面になりながら懐に干し魚を隠していた。
別にとらないのに。むしろあげるつもりだったけど、こういう強かなところは割と見ていて楽しい。
生きることに前向きな人は好きだから。まぁ、それでもこの子が泥棒だというのはよく分かった。
「知らないの?小人族だよ!」
と少女が大きく手を振って見せる。
小人族?と言われてようやく一つイメージがついた。指輪物語で言うところのホビットのような部族なのだろう。
「へぇー。そんなのもいるんだ」と感心しながら少女が私にすり寄り抱き着いてくる。
「えへへ、人間さん好きだよ」
行動と言動から子猫のような印象を受ける。そして、体を密着させてきたものの、その狙いは私の剣だと分かる。
「また盗もうとしてる。次は怒るからね!」
私がその手を軽く叩き諫めると、少女は目を丸くし「あれ?」と困惑していた。
すぐに私から離れ頭の後ろで手を組みながら体を投げ出し寝ころんだ。
恰好が短いスカートだから簡単に中が見えてしまう。この子が何歳なのか分からないけれどもう少し恥じらいは持った方がいいと思う。
人に言えた事じゃないけど。
「ちぇ。まぁいいや!」
拗ねたように言ってから、すぐに飛び起きると
「ねぇ、人間さん。お金頂戴!」
と両手を差し出してきた。
この子…図太いな。
「あげないよ。私もお金ないの。お腹減っているなら、ごはんくらいはあげるけどね」
肩を落として答えると、少女から明るい声色が響く。
「泥棒だよ、私。盗もうとしたのに…なのにごはんはくれるの!」
楽しそうに笑いだし、そこにはさっきまでの、作り物のように感じる媚びる笑顔がなかった。
「えへへ。なんだろ…エアリス様ってこんな人だったのかな?」
その言葉を言いながら少女は照れたように頭を掻く。
「エアリス様って人間なの?」
私が聞き返すと、少女は大きく頷く。
「うん!私、大好きなんだ。エアリス様の話!」
それが嘘ではないなんてきっと誰でも分かる。それくらい、彼女は嬉しそうだ。
話したくて仕方ないのだろう。
「どんなの?」と聞いてあげると、少女は満面の笑顔で。
「えっとね…私達が物を盗んだら、すっころんで頭を打った話、とか?」
この子は小さいから…子供相当だと考えていいのだろうか。今の文脈だとエアリス様がすっころんだように聞こえたけど。
「それは…こけたのはあなた達が?」
「ううん。エアリス様が」
聞いて頭が痛くなる。日本の神話にもそんな愉快な話はあるけれど、そこまで間抜けなエピソードは余り聞かない。
「女神様なんだよね?」
「おかしいでしょ」
と少女は笑顔をさらに輝かせる。
確かに子供が好きそうな話ではあると思う。女神様がすっころんで…西洋神話ならそのまま海が出来たり、クレーターが出来そう。
笑い話にはならない。
「他にもね。私達が盗みをしていたところに来て、一緒にご飯を食べて帰って行っただけの話とか」
それは何しに行ったの?
「女神様よね?」
エアリス様への疑義が深くなる。何がしたいのか全く分からない。
私がさらに聞き返すと少女は大きく笑いだした。
「そうそう!エアリス様は変な人間なんだ。」
私もそう思う。本当に変な人だ。これで笑いの神様とかなら分かるけど、今まで聞いた話では『平等』と『試練』の女神様だったと思う。
少女はひとしきり笑ってから、「おっかしいよね!」と言うと、ふと嬉しさと悲しさを混ぜたような表情になり。
「だけど…優しいのは好き」
さっきまでとは雰囲気が違う。
本心の言葉だ。きっと、彼女が好きなのはエアリス様の面白可笑しい話なのではなく、それでも赦してくれたことなのだろう。
暫く少女の嬉しそうに話すエアリス様の話を聞いていると、夕方に近くなってきた。
聞いてても頭の痛くなる話が多い。その女神様大丈夫?と思わず何回言ったことか。
体も回復したようなので私は荷物を纏め始め、少女が全く動こうとしないので。
「野宿するの?」と冗談で聞いてみた。
少女は困ったように頬を掻き。
「私達基本的に盗賊稼業だから、アルトヘイムを出禁になっちゃたの」
「だからといって危ないよ」と手を差し出すと少女は困ったように手を払いのけた。
初めての拒絶に戸惑ってしまった。少女は座り込んだまま、
「土蚯蚓に食べられるかと思ったよ」とこぼしながら、アルトヘイムのある方向を見つめる。
「私、人間好きなんだ。アルトヘイムには行けなくても…だからここにいる」
その言葉に一抹の寂しさを感じる。
さっき聞いた話の中では、かつてエアリス様が建国をしていた時、この付近に住むハーフリングも手伝い一緒に国で暮らしていたらしい。
時代が移り変わり、エアリス様がこの世を去り、盗みを得意としているハーフリングは嫌われ者として国外へと追放されたらしい。
それでも、人間が好きだと言ってくれた。
その言葉が嘘じゃないと分かるから嬉しかった。
「そっか」としか答えられない私は情けない。
少女は急に笑顔になり、手を大きく振り始める。
「ねぇねぇ!人間さんは私達のこと好き?」
いきなりの質問に戸惑ってしまうものの、正直に答えることにした。
知らないことはなんとも言えないから。
「分かんないけど、多分好きになれると思うよ」
少女は私がそう言うと、口元をニヤリとゆがめる。
「本当にハーフリング知らないんだね…」
「え?」と声を上げている間に私は後ろを取られ、首元に何かをあてがわれる。
慌てて制体をしようとしたものの、彼女の得物を見て思わず手から力が抜ける。
「暗殺もするんだよ」と彼女は説明するように静かな声で言ってくる。
「油断したら最期―」
鋭い刃のような言い方。
「いい夢見れたかな?」
そして次にさっきまでの作り笑顔。
こういう種族だと教えてくれているのだろう。
「嫌われ者の暗殺者。毒でも暗器でもなんでも使って殺すよ。私達は…」
その言葉からさっきの身のこなしを含めて、忍者のようだと思ってしまう。
「エアリス様はもういない。あの人がいなくなってから、私達を汚い暗殺者や、盗賊として見捨てたあんた達を許す奴なんていないよ。だから、私達は必ず人間からあの国を取り返して帰るんだ!私達の…エアリス様の国…アルトヘイムに!」
その語気から言葉が本気だと分かる。
そう考えてようやく血の気が引いてきた。鈍感な私でもさすがに。
「じゃあ、なんで干し魚を首にあててきたの?もしかして…それでも出来るの?」
彼女が手に持って、私の首にあてがっているのは、さっき彼女が隠した私の干し魚だ。
到底それでは殺されないだろう、と高を括り何もしなかったのだけど、魔法もある世界だ。
もしかすると干し魚を刃のようにする魔法だってあるのかもしれない。
少女は作り笑いをし。
「いやいやさすがに魚じゃ…え?しまったー!?」
自分の得物を見て、今度は彼女が顔を青ざめさせた。絶叫と共に慄く姿は芝居がかっているものの本心だと分かる。
「慣れてないんだ…」と呆れる。
多分あの干し魚が盗られていなかったら…いや、多分この子自分で言う程悪い子じゃないと思う。
少女は慌てる様子で自分の服をまさぐり始め「ない!ダガーがない!」と泣きそうになりながら慌てていたが、諦めたのか大の字になり寝ころび。
「もう!好きにしてよ!煮るなり焼くなり、食べるなり!その代わり…痛くしないでね…」
言い終わると口に干し魚を咥えて食べ始めた。
最後だけなんか照れたような言い方だったけど、この子は私を何だと思っているのだろう。
なんだろう。こうやってみていると、さっき聞いたエアリス様のように少し間抜けに見えてしまう。それに、悪いことに慣れていないというのも何となく分かる。
逃げるなり、私の剣や肉剥ぎ用の短剣を奪うなりすればいいのに。
悪戯っ子…そう思うと子供の頃を思い出す。
帰ろうかと思ったけど、この愉快な子を一人で残すのが少し忍びなくなってきた。
「何もしないから、一緒にご飯食べようか」と言いながら腰を下ろす。
そして干し肉を取り出してみせる。
「なんで?」と少女が体を起こして声をあげた。
「なんでだろう」と私も声に出して考える。
少しの間考えていると少女が私の膝に顎を乗せてこちらを見てくる。思わずその頭を撫でながら、その答えが分かった。
「なんか、人間が好きって言葉が…少し嬉しかったから、かな」
言いながら少し恥ずかしい。
思わず目を逸らすと、少女から笑いがあがった。
「ぷ、あははは!そんなの…嘘に決まってるのに!」
一瞬言葉に詰まっていた。嘘と言おうとした時には明らかに狼狽が見えた。
それが嘘だと分かる。嫌いなら膝に乗って来たりしないしね。
「大体!エアリス様がいないのに、私達が人間の味方なんてする訳ない…」
少女が言葉を言い切る前に地面が揺れた。
不意に少女に押しのけられた。
何があったのか分かる前に私達がいた場所から地面を食い破るように何かが現れる。
緑の長い体。えぐみのある突起とてらてらとした体。生理的な嫌悪感すら感じる、歯のようなものが並んだ円形の口。
私がその姿に茫然としていると少女が私の手を引く。
「土蚯蚓だよ!逃げるよ!」
少女の手に引かれるものの、不意に少女の足に目がいった。
そこには抉られたような傷があった。
私を庇ったから…
「分かった」と言いながら私は少女の手を放し、剣を構え、土蚯蚓と対峙する。
「人間!なにしてるの!?早く逃げないと…」
少女が声を荒げる。
あの傷じゃきっと逃げ切れない…ような気がする。さっきの地面からの一撃も私は全く反応すら出来なかったから。
「大丈夫。君が逃げたらちゃんと逃げるから!」
そう言いながら、土蚯蚓を少女から引き離す為に、剣で一撃を当てる。
硬い表皮に防がれたものの、土蚯蚓がその巨体を唸らせ私を横凪にしてくる。
慌てて避けようとしたものの、避ける隙間すらない。剣を両手で持ち必死に耐えるも、吹き飛ばされてしまった。
地面を盛大に転げまわりながらも必死に立ち上がる。
土蚯蚓はこちらに気を取られている。
「よし。来なさい!」と少しだけ勝ち誇ってしまう。
「バカじゃないの!そんなことして…もう、盗んでいくからね!知らないからね!」
少し遠くから少女の声が響いた。
それでいいよ。私は、見殺しなんて出来ないから、と思い剣を振るう。
それに嬉しかった。私を助けてくれたことが。
人間を好きでいてくれていると分かった事が。
土蚯蚓の巨体が蠢く。こちらの武器は剣のみ…これではキツイ。
さっき一度剣を当てたところには小さな傷は見えるけど到底勝てるような相手じゃないのは分かる。
適当に隙を見て逃げるが勝ちだ。
そう思いながら、巨体のウネリをよく見る。その伸縮が見えた。
慌てて剣を前にして後ろに飛ぶ。瞬時に私の目の前を再度薙ぎ払いが通り過ぎる。
危なかった―声が出ない程ギリギリだ。
地面に隠れている部分がどれ程なのか分からないけれど、リーチは割と伸びると仮定するべきだ。
カウンターを入れようにも横凪が早すぎる。
土蚯蚓が震える。そして口をこちらに向けてきたと思うと、その歯が開き赤い空洞が見えた。
何か来る―
そう思えたのはカリデの村で戦ったリザードマンとの戦いがあったから。横に飛びのくと、何か透明の液体が放たれた。
透明の液体を避けることは出来たものの地面に降り注いだそれが、鈍い音を立てて煙をあげる。
酸だろうか。王酸のような強力なものではないだろうけど、受けると後が怖い。
頭を回転させ続け、一歩前に出ると、巨体が蠢きしなるような動きをする。
チャンスだ。
そう思った時にはその巨体が鞭のようにしなり叩き潰すように振り下ろされたきた。
避けながら、体を逸らし、しっかりと相手を見据える。剣を渾身の力で振るう。
高い金属音が鳴り響き、相手の巨体を逸らす。パリィだ。
相手の一撃を躱し、そのまま土蚯蚓に肉薄する。
一撃で決めれなければ逃げるしかない。
渾身の力で腰と肩を使い、剣を振るう。
高い金属音が響き、その後に鈍い音と共に不気味な悲鳴が鳴り響いた。
土蚯蚓から緑色の液体が噴き出す。吐き気を催すような臭いに視界が歪むが、慌てて後方へと飛びずさる。
瞬時、土蚯蚓の薙ぎ払いが目の前を過ぎた。
渾身の力で振った剣。それでその身を切り裂けた。だけど、致命傷には至らない。
撤退してくれないかな…なんて思ったものの、土蚯蚓はその口から酸を吐き出してきた。
慌てて回避する、
だけど好都合だ。
少し距離を取り離れると、土蚯蚓はいきなり地面に潜った。
逃げた―
ようやく安堵できる。息を吐き、
「あの子は逃げれたよね。そろそろ退く…」
言いかけたところで異変に気付いた。足元から振動が…。
咄嗟に飛びのくと、私がさっきいた場所の地面が食われるように土蚯蚓が現れた。
何とか避けれたものの、牙が足を掠めてしまい一瞬意識が飛びかける。
地面を転げまわり、痛みに耐えながら立ち上がることは出来たものの傷は深い。走れない。
「まずいね…」
相手の至近距離でこれは…
土蚯蚓もそれに分かっているのか巨体をうねらせ、その口をこちらに向けて襲いかかってくる。
「っく、この!」
速い。剣を振り上げ、せめて反撃を…そう思った瞬間、体が後ろに引かれた。
土蚯蚓の巨体が目の前の地面を砕く。
そして私の目の前を通り過ぎる明るい色の髪。
「『スティール』!」
小さな体の少女…ハーフリングの少女が手を私に向ける。不意に私の腰に差していた肉剥ぎようのナイフが彼女の手に吸い込まれた。
少女はナイフを手に取るとそのまま、地面に突き刺さる土蚯蚓の胴体…私が切り裂いた場所を切り裂く。
痛みからか土蚯蚓が跳ねあがるように巨体を起こす。
「助けにきてくれたの?」
よく見ると足の傷が既に塞がっていた。オーク以上の回復力には驚いてしまう。
少女は肩を震わせるように声をあげ、
「…うるさい!もう、訳わかんないよ!」
土蚯蚓を睨み付け、
「ポーションあったから、ケガなんてたいしたことないし!人間さんは…エアリス様じゃないのに…訳わかんないよ!なんで優しくするの!」
必死に声をあげていた。
訳がわからなくても、それでも助けてくれた。
思わずその頭を軽く撫で、「ありがとう」とだけ伝える。
嬉しかった。ハーフリングという種族がどうあれ、この子は本当に…人間が好きなんだと分かったから。
少女は小さく震えてから目尻を拭い、
「人間さん!あいつはアルトヘイムには行かせない!私が、あいつの注意を引くから…一緒に…」
そこで言葉に詰まっていた。
私もしっかりと見据える。守らなきゃ。彼女を。そして、彼女が離れれなかった愛する街を…『アルトヘイム』を。
「うん。絶対に勝つよ!守ってみせる!アルトヘイムを!」
剣を構え、足を引きずりながら土蚯蚓を見据える。
硬い外皮でも、一度切り裂いたところにはダメージは通っている。なら、この子の身のこなしを信じるしかない。
次の一撃で決める!
土蚯蚓がその体を震わせる。瞬時に少女が反応し私は突き飛ばされた。
地面に向かって酸が放出される。それに突っ込むように少女が飛び上がる。
「戦技『不可視舞踏』!」
少女が声を響かせると、その体が希薄化していくように姿が消え、幻影のような影が4つ生まれる。
影は土蚯蚓に肉薄すると持っていたナイフを振るう。
慌てたように土蚯蚓が体を薙ぎ払うように動かす。その体に影が直撃するも、まるで霧のように消えていく。
他の影も土蚯蚓に迫る。土蚯蚓は時に酸を、時に薙ぎ払いを…そして最後の一人には叩きつけをしてきた。
「とった!」
少女の声が響く。その声は上からだ。
土蚯蚓の遥か上空から落ちるようにナイフが突き下ろされる。
土蚯蚓は頭を貫かれ地面に倒れ伏す。その体に向かって私は肉薄し、
「切り裂け!」
渾身の力を込め、剣を振るう。
鈍い音と、あの緑の液体が噴出する。そして、剣が硬い物に当たったとは分かるものの、さらに力を込める。
「断ち、切る!」
文字通りの私にとっての渾身の一撃。
私の剣は首と胴体を寸断し、土蚯蚓の首らしきものは吹き飛ぶ。
勝った…そう思った時、その巨体が崩れてくる…いや横凪にくるのが見えた。
動物は首を斬られてもまだ動くことがある。
筋肉の収縮だとか、細胞は死ぬまでとか色々は諸説はあるけれど。
避けようとして、不意に目に入った。少女がしゃがみこみ、足を押さえていた。
自然と体が前に出ていた。
少女を守るように。そして、剣を下から上へカチあげるように振るう。
「お願い!」
必死に剣を振り上げ、その巨体に抗う。その巨体の体が少し浮き上がるのが見えた。
思わず力が抜けた。
体を横凪にされ、吹き飛ぶ景色の中、あの少女が泣きながらこちらに走ってきているのが見えた。
本当に人間が好きなんだ…そう分かっただけで、少しだけ安心した。
ハーフリングの少女は人間が吹き飛ばされた後、その近くに駆け寄り何度も揺する。
なんでこの人間があそこまで私を助けてくれたのは分からない。
ただ、嬉しかったのだけは本当だった。
最後に見せてくれたパリィも、着地に失敗した私を助ける為だと分かっているだからこそ…
「人間さん!」
何度も呼び掛けていると、ゆっくりと人間が目を開けた。
「あはは、大丈夫?」
なんて自分の方が無事じゃないのにそんなことを言ってくる。
思わず飛びついてしまったものの、「もう役に立たないね人間さんは!」と悪態をついてしまう。
そんな私を人間は頭を撫でながら、
「ありがとう。ごめんね」
なんだかそれが気持ちいい。人間さんの目を見ながら、不意に私の懐に入っているクスリに手を伸ばしてしまう。
どうしようか、と迷ってしまったものの、名前すら聞いていないから。
「ねぇ、人間さん。名前聞いていい?」
私の言葉に人間は小さく笑いながら。
「駆け出し冒険者のカホだよ。」
その答えに思わず、「カホ…か」と噛みしめるように言ってしまう。
名前を聞いただけなのに凄く大切な気がする。ジッとカホを見つめていると、カホは少し照れ臭そうにしていたものの。
「やっぱり人間のこと好きなんだね」
その言葉には素直に答えられる。だって、村を離れてからずっとここにいたんだもん。
エアリス様の好きだった場所で、アルトヘイムが見られるこの場所に。
そして、人間といつか…
「うん!」
大きく頷いて返す。
カホの目を真っすぐに見つめていると、その目から優しい光を感じた。
私の願いを伝える勇気を貰える。
ずっと欲しかったものが…手に入るような気がしてしまう。
「あのさ。私と友達になって欲しい!私、エアリス様みたいに人間が友達になってくれるのが夢だったの!カホが友達になってくれたら…嬉しい」
尻すぼみになってしまったものの、カホはゆっくりと撫でてくれた。それだけで分かってしまう。
「勿論。名前を聞いてもいい?」
カホが笑顔で聞いてくれる。村を出てきて、アルトヘイムに憧れてここまで良かった。
「アリシア!ストレイド村のアリシアだよ!」
私が自己紹介をすると、カホは驚いたような顔をしてから、頷いてくれた。
「変じゃない?」と確認すると、カホは笑顔になり。
「可愛いと思うよ」
そう言いながらも、少しだけ顔色が悪かった。
懐に手を入れ、こっそりと『インベントリ』から水筒を取り出し、
「えへへ…そうだ。仲直りにこれを…」
言いかけたところでカホの体がグラリと揺れ、覆いかぶさってくる。
「カホ…?」と声を掛け、まだ何もしていないのに…と困惑してしまう。
カホの表情を見ると顔が青ざめ、胸を押さえている。息も絶え絶えだ。
「何か…息苦しい。ごめんちょっと…」
ふとカホの足を見る。そういえば戦っている時に動きが悪かった。
慣れていないだけと思っていたけど、そこには土蚯蚓の牙を受けた痕があった。
「毒だ…」
自然とその言葉を口にしていた。
カホが倒れ込む。慌てて『インベントリ』を展開する。
解毒薬がまだ…
「ない!そうだ、使っちゃったんだ!どうしよう…カホ…カホ!」
一撃目を受けた時に使ってしまっていた。
慌ててカホの傷に口を付け、血を吸い吐き出すも、今更無駄だとは分かってしまう。
土蚯蚓の毒は遅行毒。それもかなり強力。効果が出ている今じゃ、解毒剤がなければ治せない。
このままじゃ…
「カホ!死なないで…」
気付くと私より体の大きなカホを必死に抱え、歩き出していた。
カホの持ち物はすべて『インベントリ』に入れ必死に歩き出す。
足が痛み、息が荒れる。だけど、カホより…カホはもっと辛いはず。
助けなきゃ。だけど…
不意に城壁が見えた。
一縷の望みしかない。最悪私は捕まるかもしれない。それでも…カホを…私の友達を助けたい。
必死にカホを引きずり、汗を流し息を切らせながら城門の近くまで行くと一人の人間の兵士が駆け寄ってきた。
手には武器も持っている。殺されるにしても…カホだけでも。
「お前…ハーフリングか!?」
人間の兵士が声を上げた。武器を構える様子はないにしても、カホの息が止まりかけている。
「私のことは何て言ってもいいから!お願い、カホを助けて!」
兵士に必死に懇願する。人間の兵士は驚いた様子を見せていたものの、「この子は」とカホを見つめた。
「私の…友達なの!だから…」
言いかけた言葉を遮るように人間の兵士が武器を置き、私の肩を叩いた。
「よく戻ってきたな」
「え…?」
その言葉に訳が分からず、ただ人間の兵士を見ていると、人間の兵士は他の人間も呼び始めた。
「医務室空いてるか?解毒の準備を急げ!」
人間の兵士が手早く指示を出し、カホに肩を貸し。
「よし運んでやる。もう少しだけ手を貸してくれ」
その言葉が何だか温かくて、私は頷くことしか出来なかった。
カホを人間の兵士と医務室に運び、暫くして治療が終わった。
私は眠っているカホの隣でただジッと待っていた。
不意にさっきカホを一緒に運んでくれた人間の兵士が入ってきた。どうやら食事を買いに行ってくれたみたいで手には籠を持っており、その中には簡単なスープとパン、干し肉が入っている。
「カホは大丈夫?」
私が人間の兵士に聞くと、人間の兵士は頷き。
「治癒師も言ってたが、もう安心だ」
よかったと、言葉と一緒に涙がこぼれた。
そんな私を人間の兵士は笑顔を向けてくる。そんな反応考えもしなかった。
薄汚い暗殺者、盗賊と罵られた私達を何の警戒もなく入れてくれるなんて。
「私…ハーフリングだよ」
私の、呟きに似た言葉に兵士は首を傾げたものの。
「分かってるって。俺達の仲間のハーフリングだろ?」
なんでそんなことを聞くのか分からないといった雰囲気だった。
「何で…」と言葉が詰まる。
人間は私達の技を恐れ、この地を離れるように仕向けたのに…私達の祖先が協力して造った、大切なアルトヘイムから出ていけとさえ言われたのに。
人間の兵士は困ったような顔をしたものの、「お前いくつだ?」と尋ねてくる。
「11歳…」と素直に答えた。
去年成人し同時に成長が止まったから多分、これはあっていると思う。
結局、私の身長はハーフリングの中でも小さい部類に収まってしまったのを嘆いていたから。
「成長が終わったくらいか。なら、あの戦も知らないんだな」
人間の兵士はそう言ってから話を切り出した。
「『宵闇の担い手』は知っているか?」
その言葉には頷く。知っているも何もストレイド村の村長だから。
夜のような黒い髪を持つ40歳で死期が近いハーフリング。そして、血塗れの英雄。
私達の誇りであり、エアリス様を心から愛している殉教のハーフリング。
「12年前に中央国とアルトヘイムが戦争をして、アルトヘイムが勝ったのは知ってるか?」
聞いたことはある。よく村長が話してくれていた。
最終的には裏切られたのに、何故かいっつも笑顔で話してくれた。
中央国がエアリス様の造った教会を廃止するように言ってきたことから戦争になった…と言っていた。
そしてその結果は。
「うん。圧勝だったって…」
アルトヘイム側は、エアリス教の呪われた騎士フィーネや、勇猛なアルトヘイム守備隊だけでなく、エルフ、オーク、ドワーフ、ビースト、フェアリー、そして私達ハーフリングの協力があり殆ど蹂躙のようなものだった、と村長も話していた。
人間の兵士は笑いながら、
「エルフの狙撃、オークの勇猛さ、ビーストの突破力、ドワーフの機械兵団、フェアリーの幻惑魔法。それだけで頭を抱えたくなる。」
言いながら、人間の兵士は俺は御免だ、と。
「だが、それだけじゃなく、その大勝の一躍を担ったのが、お前達ハーフリングなんだ」
そう言ってから、少しだけ寂しそうな表情をした。
「しかし、強すぎたんだ。人間相手には。暗殺を得意とし、時には毒を使い、幻惑の『戦技』を使うお前達が。出奔した大隊の兵士が次の日にはハーフリングにより全滅なんて…本当にあった話だったんだ。中央国からはハーフリングこそアルトヘイムの恐怖の象徴だ」
その話は村長がずっと言っていた。
村長はずっと、エアリス様の造った国だ。負ける方がおかしい、とさえ笑っていた。
だけど、「彼女がいれば戦争なぞせずに済んだのだろう」とそこだけは悲しそうに言っていた。
「でも…!」
人間は私達を追い出した。
エアリス様の造ったこの国から…
「お前達ってさ、嘘はつくけど、つかれるの嫌いだろ?」
人間の兵士に不意にそう言われて思わず頷いてしまう。
「まぁ、中央国も国家統一を目指していたから、なりふり構ってられなかったのさ。アルトヘイムにエルフや、オーク…ましてやハーフリングがいたら勝てないってな。噂や嘘の情報を流して俺達の結束を崩しにきたのさ」
その言葉を疑ってしまう。
村長は…追い出されたのにも関わらずいつも笑顔だった。
むしろ、呪われた騎士フィーネが、国から出る際に持たしてくれたというエアリス様の像を大切にし、「いつか帰ろう」なんてずっと言っていた。
人間の兵士は俯きながら、悲しみを噛みしめるように。
「結局、俺達はハーフリングを守れなかった。人間の戦争を終わらせる為に、停戦を受け入れた。その結果、ハーフリング達は薄汚い殺し屋と呼ばれ、停戦の名目で来た間者によって、仲間を騙し討ちされ徐々にアルトヘイムから離れていった」
そこまで言い終わると「俺達は何も出来なかった」と悔いるような謝るような言い方だった。
「最後にはエアリス様の願いの下で、その手を血に汚しても剣を振るい続けた『宵闇の担い手』がこの地を去ってから、ビーストに不義を申し立てられ、オークやドワーフにも愛想つかされちまった。おまけに魔族との完全な離別でもある5年前の災厄で、エルフやフェアリーにまでもな…。俺達の愛したアルトヘイムは徐々にバラバラになっちまったんだ」
人間の兵士はそこまで言うと、私を真っすぐに見つめてくる。
「けどよ。いつかまた一緒に暮らせると思ってたんだ」
その瞳が涙と希望で濡れていた。
「それがエアリス様の願いだからな!」
エアリス様の願い。アルトヘイムを襲った当時の魔族の王ですら退けた純粋な願い。
『この地に、種族も生まれも関係のない。皆の国を造りましょう』
それを信じて皆ついていったのに…。エアリス様がいなくなってから人間が変わったと思っていた。
人間は嘘ついた…だから、私達は離れた。
エアリス様の造った小さな教会。皆で作ったエアリス様の願いを形にした経典を壊そうとして、人間がバカな争いをして、守った私達は裏切られ、傷付けられた。
そう思っていたのに、納得していたのに。
なのに…そんなの酷いよ。
「今はお前ひとりでもいい。だから、戻ってきてくれてありがとうな」
人間の兵士が私の頭を撫でる。思わず払いのけてしまう。
「ば、バカじゃない!そんな…嘘だよ!…嘘だよ…こんな」
なんで言ってくれなかったの…。もっと早く話していたら…アルトヘイムは皆の国のままだったのに!ハーフリングだって…ここを去ることはなかったのに!
捨てたのは…見限ったのは私達…だから村長『宵闇の担い手』は…
―いつか帰ろう。私達の愛するあの国に。
ずっと私達を説得してたんだ。嘘で塗り固めて逃げてきた私達を。
「簡単に…戻ってこれたなんて…嘘だよ!」
村長の話を聞いてずっと憧れてた。
皆で造った本物の自由の国。子々孫々にまで伝えられる栄華の国。
エルフとオークがいがみ合いながらも手を取り合い、フェアリーがビーストをからかい、ドワーフがそんな皆を賑やかせる機械を作り、魔族が諫め、嫌われ者のハーフリングですらその輪に交じっても人間と笑顔で語り合える国。
10歳になって村を飛び出して、1年間ずっとあの森で隠れて眺めているだけだったのに。
人間は…ずっと待っててくれたなんて。
人間の兵士が私の手をとる。大きくて優しい手だった。
「お帰り、ハーフリング」
その優しい声色に…ただ。
「…ただいま。アルトヘイムの人間」
そう答えることしか出来なかった。
それからは余り覚えていない。どんな感情で泣いていたのか忘れるくらい泣いてしまっていた。
泣き続けていると、不意に抱き留められた。
赤い髪が揺れる。
「カホ!?」
「大丈夫…」
カホは荒い息を吐きながら、周りを見つめ、安心したようにその場にへたり込んだ。
まだ動ける状態じゃなかったのに…心配して起きてくれたんだ。そう思って思わずカホを抱きしめてしまう。
カホは状況が分かっていないらしく、ぼんやりとした目で人間の兵士を見ると。
「あれ…ここは?」
キョトンとした言葉だった。そんなカホの肩を人間の兵士は叩き。
「はは、お前凄いな!」
人間の兵士はそういってから、嬉しそうな声色で。
「お前のおかげだ。ハーフリングが帰ってきたんだ!俺達の友人…エアリス様の友人が!」
カホはただ首を傾げていた。
この状況も、ハーフリングのことも知らないのかもしれないけれど、帰ってこれたのはカホのおかげだ。
いつか仲間にも伝えよう。村に帰って。伝えたい。
人間だけの国になってしまったアルトヘイムで、人間が寂しがっていて、皆が待っていることを。
人間の兵士は弱ったように頭を掻いてみせ。
「飯は…まぁ、安月給だから簡単なものだが、いいか?」
「嬉しい!」とカホが声をあげる。
それから「一匹も狩れなかったよ」と照れたように言っていた。
人間の兵士も嬉しそうに。
「なら、丁度いい。まぁ、狩りの難しさの勉強代を今日は俺が払ってやるよ」
「ありがとう!やっぱり兵士さんは優しいね!」
カホが嬉しそうに手を叩く。優しいと言われた兵士は困ったように頬を掻いていた。
思わずため息が出そうになる。
何を言ってるんだろう。危険な魔物の土蚯蚓を倒したのにね。折角ならあの魔物の一部を持って帰って来ておいたら良かった。きっと報奨金も出ただろうに。
人間の兵士は仕事があると戻っていったものの、「そこは朝まで好きに使ってくれ」とだけ言い残して去っていった。
カホと二人で食事をし、不意にもう元気なカホを見て思わず水筒を取り出す。
それをコップに注ぎ、カホに差し出す。
「ね、カホ!これ飲んで!」
「うん?ジュースかな?」
カホは赤いジュースに首を傾げたものの何の疑いもなく飲んでくれた。
「美味しいね。もしかしてこれが友情の儀とかいうの?」と言いながら飲み干す。
その言葉に「オークみたいー」と茶化すと、カホは目を丸くしていた。
「オークだけなんだ?」
その言葉には冷や汗が出た。カホは細いし、ちょっと女の子っぽいところあるけど、少なくともオークには見えない。
なのに、さっき借りたあのナイフはオークの技術で造られた黒鋼だったし。
見かけによらない…のかな?
けどカホがオークならそれはそれで嬉しい。だって、この街にオークも帰ってきたと思えるから。
カホが不意に水筒のジュースをこちらにも差し出してくる。
受け取ってしまい、冷や汗が出る。慣らしているとは言っても、余り飲むと自滅する。
特に体が小さいからこのタイプは回りやすい。
カホから受け取ったものをゆっくりと飲み、じっくりとカホを見る。
カホも慣れているのか、中々効果は出ない。ちびちびと飲みながら、カホは少ししてから時間は掛かったものの欠伸をし。
「ふわ…眠たくなってきたな。ごめん…」
そう言いながら、うつらうつらとし始めた。私は笑顔で手を振り、
「無理しないでカホ。ゆっくり寝てよ!疲れてるでしょ!」
「ありがとう…優しいね」といいながらカホはベッドに横になった。
本当に警戒心がない。私が暗殺者ならもう死んでいると思う。
眠っているカホに近づき、眠っているのを確認してから耳元で囁く。
「ごめんね―睡眠薬だよ」
私の言葉に反応しない。これは完全に寝ている。
ハーフリングの寿命は長くても50程度。だから10歳を超えたハーフリングは既に大人だ。
気を付けるべきだったねと、小さく言ってからカホの頬に触れ、その温度を確かめる。
温かい。その温もりをいつまでも感じていたくなる。
「ごめんね、カホ。私達って欲しい物は絶対に手に入れるの。だから…カホを頂戴ね」
謝りながら軽く自分の服を解き、カホの服にも手を掛ける。
「どれどれ…」と上の服を捲ったところで…
「あ…女だ」と思わず声が漏れた。
驚きと共に体が固まる。
「ど、どうしよう…」
考えている間に、体を倦怠感が襲ってくる。
しまった…と思った時には既に遅く、眠りの淵が見えてきた。
カホの体が温かいのもあり、ゆっくりと意識が飲まれていく。
どうしよう。起きなきゃ…カホに嫌われ…
必死に舌を噛み覚醒しようとするものの、眠っているカホの手が私の頭に触れてきた。
温かく、優しい手に視界がぼんやりとし、覚醒しようとする意志すら消えてくる。
「謝ったら…許してくれるかな?」
ふと思ったのは、盗みをしようとしたのにも関わらず許してくれたこと。一人で野宿すると言ったら残ろうとしてくれたこと。最後には、土蚯蚓から守る為に怪我までしてくれた…そんな姿。
許してくれそう…そう言いながら抗えず眠りに落ちていく。
微睡の中、優しい歌が聞こえてくる。温かい手が頭を撫でてくれている。
聖歌のような難しい歌じゃない。まるで子守唄のような…。
ハッとして目を開けるとカホの顔がすぐ目の前にあった。
「おはよう」とカホが笑顔を見せてくれる。
何があったのか分からない。とりあえず膝の上に私の頭が乗っていることが分かった。
慌てて飛びのき、「…ごめん。カホ!」と謝ったものの、カホはゆっくりと背伸びをし。
「うーん!すっきりした!」
そう言いながら気持ちよさそうにしていた。
言い終わってから首を傾げて見せたものの、すぐに意地悪そうに笑い。
「あー。一緒に寝てたこと。寂しかったんだね?」
着崩れてたよ、とカホがさらに注意をするように言ってきてくれたものの、思わず、
「なんでもないよ」と答えてしまう。
男だとばかり思っていたのに、まさか女の人だったなんて思わなかった。
そう言えば声が高かったり、妙に女性のような立ち振る舞いをするな、とは思っていたけど。
少し気まずいものの、当の本人は何も気付いていない様子だ。
「ねぇ、カホはアルトヘイムに何をしにきたの?」
私の言葉にカホは首を鳴らしながら。
「うーん…特になにも。物見遊山かな?」
物見遊山か…と思わず声に出そうになる。だって…
「じゃあ!一緒に行動しようよ!」
カホは目を丸くして驚いたいたものの、頷き。
「え、いいけど。どうかしたの?」
「えへへ…一緒にこの国を回ろうよ!」
そんなカホに抱き着いてみたものの、やっぱりあの人に似ているんだ。
姿は似ていないけど。
「何かカホってさ…」
「どうしたの?」
聞き返されて言葉に詰まる。
「なんでもないよ!」
そんなことを返してしまう。だって、私達の大好きなエアリス様みたいなんて言えないよね。エアリス様は綺麗な女神様なのに。
カホの手を引いて外に出ると、昨日会った人間の兵士や、その仲間達が私達を見て驚いていた。
「本当に帰ってきたんだ!」と声を上げてくれ、嬉しそうなその表情だけで私はここに帰ってきたと、帰ってきていいんだと思える。
だから私は人間達に分かるように手を振り上げ、
「ただいま!ハーフリングが帰ってきたよ!」
私がそんなことを言うと周りからカホへの称賛と私への歓迎の言葉が飛び出してきた。
やっぱりアルトヘイムはいい国だよ。
心からそう思える。
カホ達が去った『木漏れ日の森』その中に一人の男が歩いていた。
若い男であり、少しこまっしゃくれた印象を受ける男性だ。背中には美しい装飾の施された剣を担いでいる。男の名前はドラン。新人の冒険者だ。
冒険者のドランは『木漏れ日の森』を歩き、不意に見つけたものに思わず腰を抜かす。
それから辺りを見回し、その首が落ちているのを確認すると不意に口元を歪めた。
「誰だか知らないが、救国の英雄のつもりかよ?」
そう言いながらその首を引きずりその場を後にしていく。




