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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第十四話 『エルフ』

第十四話 『エルフ』 


―お母さん!お父さん!

 私は叫んだ。力いっぱい。

 父と母は私に一度だけ視線をくれ、笑いながらあの化け物に挑んでいく。

―『きっとアルトヘイムは来る。私達のかつての友人が作った国が』

 そう誇らしく言い残して。

 破壊されていく村を…私の故郷を…ただ蹂躙されていく姿を…それを守る為に父と母、そして仲間達がが醜悪な化け物と戦い無残に散っていく姿を見ているしか出来なかった。

 精霊に助けを求めても、何も応えてくれない。

―『生きてくれ。お前が皆を繋ぐ希望だ』

 その言葉で、ただ、私は何も出来ずに逃げるしか出来なかった。

 もっと力があれば、もっと勇気があれば…

 泣いて、泣きながらずっと走って…

 気付くと…人間の村の近くまで来ていた。

 泣きながら必死に頼んで…それでも誰もがサイクロプスの話に恐れ逃げていく。

 誰も私達を助けてくれなかった。

 泣き崩れて…ただ情けなくて…

 精霊の声を聞けるだけで生き残ってしまった私が悔しくて。

 あの時…死ねばよかったの…とずっと後悔していた。

「なんでエアリス様は来てくれなかったの…」

 かつての友人のいない世界に悲しみを覚え、そしてまた膝を抱えて泣くことしか出来なかった。



 酷い夜―と思わず言ったのを覚えている。

 風がなくて、獲物もいない。月明りも雲で隠れてしまいどうしようもない森の中。

 少年のような姿の、燃えるような赤い髪を持つ冒険者がゴブリンに囲まれているのが分かった。

 放っておこうかと思っていたが、どうやら毒か何かに冒されているいるのだろう。

 腕がだるそうに垂れ下がり今にも倒れそう。

 それでもその赤い髪の冒険者はゴブリンを睨みつけている。

 人間を助ける義理もなく、むしろ関わり合いたくはない。

 ぼんやりと見ていると、ふとその冒険者がゴブリンに殴られ倒れ伏した。その時、ふと見えてしまった。

 首筋に着いた…それを。


 私ことカホはゴブリン達に囲まれていた。

 話の出来るタイプではなく純粋に私を襲いにきたゴブリンに辟易としていたものの、ピンチというのは簡単に訪れてしまった。

 元より体がだるく、手も痺れてはいるものの、いつものように相手をよく見て行動を確認していた私だったが、ふと鋭い痛みが肩に走った。

 その正体を見ると一本の小さな矢…吹き矢だった。

 暗い夜のせいで遠距離型のゴブリンを見失ってしまっていた。

 そしてそれだけでなく、体が本格的に痺れ動けなくなる。

 毒だと分かった時には既に遅く、私はゴブリンからの攻撃をモロに受けてしまい、地面に倒れてしまう。

 油断した…と言葉を漏らし、眠たくなる意識の中、一匹のゴブリンが悲鳴を上げ倒れ伏したのが見えた。

 瞬時に何かが高速で降り注ぎゴブリン達を貫いていく。

 訳が分からず、何とか目を見開くと、闇の中で金糸の髪が揺れるのが見えた。


 

 目を開けると森の木々が見えた。

 近くには薪の炎もある。起き上がる。

「起きたようね」と声を掛けられた。

 声のした方向を見ると、金糸のような長い髪と、起伏に富んだ体そして女の私でも見とれてしまうような綺麗な顔立ちをした女性がいた。

「あなたは…」と言いかかけて、ふと彼女の髪から覗く長くとんがった耳が目に入った。

「エルフ?」

 そう聞くと女性は頷き。

「そうよ。やっぱり耳で判断するのね」

 どこか呆れたような言い方だった。図星なので何も言い返せない。

「助けてくれたんだ。ありがとう」

 お礼を言うとエルフは首を横に振り、

「聞きたいことがあったから」

 そう言ってきたものの、私に聞かれても困ることしかない。知ってることも少ない。

「ほら、動ける?」と私の手を握り立たせてくる。

 頷いて返すとふと口の中に苦みを感じた。

 口元にも何か付いている。拭ってみると緑色の…何かの草をすりつぶしたようなものだとは分かった。

「あなた、キノコでも食べた?」

 エルフの女性にそう聞かれ頷く。

 昨日の晩御飯は肉が獲れなかったので、その辺に生えていたキノコを茹でて食べてみた。少し刺激はあったものの、割と美味しかったのを覚えている。

「うん。白い大きいヤツだったけど、美味しかったよ」

「…多分、それ毒キノコよ」

 エルフの女性にそう言われて絶句する。

 疲れから剣を持つ手が鈍かったのかと思っていたが、どうやら不味い物を食べ過ぎて私は悪食となっていたようだ。

「あなたが寝ている間に薬は飲ませたけど、まだ毒は消えていないと思うわ」

 エルフの女性はそう言いながら、私に口を開けるように言い、それに従うと舌を指で掴まれジッと見つめられる。

 舌を掴まれるのは少し恥ずかしい。それに、エルフさんから漂う花のような臭いに思わず恥ずかしくなる。私は血と汗でドブ川のような臭いがするだろうに。

 少しの間そうしてから、「やっぱりまだ抜けてないわね」と言ってから指を離してくれた。

 エルフの女性は軽く指をハンカチで拭いてから、座り込むと、小さな鉢の中身をすりこ木で混ぜ始めた。

 小さな鉢の中には緑色のどろどろとした物が入っている。

 多分、私の口元についていたものと一緒だろう。

「薬ってその緑色のどろどろしたの?」

「ええ。複数の薬草と木の実を混ぜてあるわ。大抵の毒には効くはずよ」

「便利そう。作り方教えて欲しいな」

 私の言葉にエルフさんは眉を潜め。

「嫌よ。面倒臭い」

 断られた。そりゃそうだよね。助けてくれただけでもありがたいのに。おまけに薬の作り方まで教えては厚顔無恥だよね。

 エルフの女性は出来上がった薬を私に渡してくれ、口を付けたものの、余りの苦さに顔が歪む。

 「飲みなさい」と怒られたので必死に飲み込む。

 薬を飲み終わってから、飲み水も貰い、口直しをしていると、

「あなた…スルスト族と会ったのね」

 エルフの女性がそう切り出してきた。

「え…ああ、うん?」

 とは答えたものの、一瞬、なんだっけと思ってしまう。

 少し考えた結果、あのレヴィアちゃんを思い出し、そう言えばそんなこと言ってたな、と思い出す。

「魔族の?」と確認するとエルフの女性は頷き。

「何処にいるか教えて」

 そんなことを聞いてきた。

 分かる訳がない。殆ど喧嘩別れみたいなものだったし。

「分からないよ。それに何をする気なの?」

 私が聞くとエルフは嘲笑うような表情をし。

「スルスト族と会うと言えばもう何をするかわかるでしょ」

 その言葉で何となく察せてしまう。戦いを賛美する魔族。挑みに行くというのは。

「方向くらいなら分かるはずよ」

 エルフの女性が鋭い眼光をこちらに向けてくる。

 怖い。だけどしっかりと頭を下げ、

「ごめんなさい。助けてくれたのは嬉しいけど、教えられない」

「スルスト族を庇ってもいいことないわよ」

 睨みつけられ思わず身が竦む。必死にそれに立ち向かい。

「友達を売ることは出来ないから」

 強く言い返す。

「…友達?」とエルフの女性はキョトンと目を丸くした。

 言ってからだけど、友達ではないと思う。そういえば説教されただけだった。

「うん…違うかも」

 私の態度にエルフの女性は呆れるように息を吐き。

「あなた、『呪印』を付けられているのによくそんなこと言えるわね」

 エルフの女性の言葉に首を傾げてしまう。

「なにそれ?」と聞き返すと、エルフの女性はまたもやため息を吐き。

「知らないなら別にいいけど」

「いや、教えてよ!」

 何か物騒な言葉が聞こえたんだけど。

 『呪印』ってもしかして呪い?

 呪われるくらい嫌われていたのかな?

 エルフの女性は鼻を鳴らし、

「あら、私はあなたの友達でもなければ、むしろ命の恩人なのよ」

 言い返せない。内容が内容じゃなければ喜んで教えていたと思う。

 だけど、レヴィアちゃんには手を出して欲しくない。こんな事いったらレヴィアちゃんに怒られそうだけど。

「薬も、死にかけの下卑た人間のあなたに口移しで飲ましてあげたし、少しは恩に報いるべきじゃないかしら?」

「口移し…って私、女の子だよ!」

 思わず口を押えてしまう。

「むしろ女と分かったからよ。男なら放っておいたわ。汚らわしい」

「それもどうかと…」

 女なら良いの。いや私も同じだそれは。好きでもない異性の唇を奪うのは嫌だな。

「で、教えてくれるの?」

 威圧され一歩引いてしまう。

「う…なんでレヴィアちゃんを追うの?」

「いや、スルスト族よ。そのレヴィアって誰?」

「スルスト族のレヴィアちゃんだよ」

 私の言葉にエルフの女性は目をしばたたかせ、

「…名前を知ってるってことは、戦いの神の祝福を受けたのね!あれ…ゴブリン程度に負けるなんてまだ使いこなせてないの?」

 ごめんなさい。確かにゴブリン程度に負けたんだけど。

「それもおかしいわね…スルスト族に勝つこと自体が…」

 エルフの女性が考え込んでしまう。

 そうだよね。私じゃ、あの強さに勝てる訳ないよ。

 多分この前倒したオーガですらレヴィアちゃんなら片手で捻って倒せるんだろうな。

 それにしても戦いの神の祝福…そういえばと思い出す。

 興味なさ過ぎて忘れていた。レヴィアちゃんと戦った理由も今を思えば、その戦いの神の祝福からだった。

「何か、斬ればあげるとか言われたけど…そんなことしたくなかったから断っちゃった」

 もの凄く怒られた。おまけに泣かれた。

 私はあの時何か悪いことしたかな。

 レヴィアちゃんを攻撃したくなかっただけなんだけど。

「あなた!戦いの神の祝福を貰わずに…いや、そうじゃない!え、どういうこと?」

 困惑するエルフの女性。それは私も言いたい。

 そもそも、この世界でスルスト族っていうのがどんな存在かすら分からないし。

「私も分からないんだけど」

 言葉に詰まり、そうとしか言えなかった。

 エルフの女性は私の肩を掴み。

「お願い!私はどうしても力が必要なの。だから、スルスト族を追って、戦いの神の祝福を手に入れないといけないの」

 どうしても力が必要と強く訴えられた。ただ、あんな子に勝つとなると…無理だと思う。

 もしかすると意外にも…

「レヴィアちゃんなら話したら…いや殺されるかな」

 説得出来ればと少しでも思った自分が恥ずかしい。

 多分、言った瞬間に消し炭にされる。

『侮辱しているのか!』と怒るレヴィアちゃんが容易に想像できる。

 それだけ戦いを神聖なものとしていたことくらいは私にもわかる。

「それより、あなた!スルスト族を小娘呼ばわりなんてどうか思うわ!弱い癖に!」

「ごめんなさい。レヴィアちゃんにも怒られたっけ」

 弱いもんね私…。

 同じことレヴィアちゃんにも散々言われたよ。

「あなた相当変わってるわね」

 怪訝そうな表情でそう言われても「そうかな?」としか答えられない。

 少なくとも師匠や奴隷商さん、不死の勇者のアルベルトよりはマシだと思う。

 ウェンさん程善人ではないけれど。

 エルフの女性は諦めたのかため息と共に離れ。

「まぁ、いいわ。あなたを助けてあげた分返してもらわないとね」

「お金がないし、体で返せばいい?」

 狩りくらいなら自信はある。

 この辺りだと角兎もいるし…

 そこまで思ったところで、エルフの女性がワナワナと震えていることに気付いた。

 変なこと…言ってた!

「ごめん!そういう意味じゃないの!」

「全く汚らわしい。やはり人間なんかに関わるべきじゃなかったわ!」

 エルフの女性はプイとそっぽを向く。

「勘違いしたのはそっちなのに」と不平を漏らすと

「なにかいった?」

 と睨まれた。

 何も…と曖昧に笑って返しておく。

 この人もかなり強いだろうし、喧嘩売るようなことはしたくない。おまけにきっと私はこの人を斬れないだろうから。

 エルフの女性が髪をかき上げながら「全く、調子が狂うわね」と言ってから、

「あなた冒険者なんでしょ?」

 その質問にはちゃんと答える。

「そうだよ。駆け出しの冒険者カホ。あなたは?」

「言うと思う?」

 自己紹介したのに…

「なんと?」

 思わず変な声が出た。

 名乗れとは言われてはいないけれど、自己紹介したんだから返して欲しかった。

「私達エルフが汚らわしいあなた達なんかに言うと思う?」

 汚らわしい…確かに。今の私はドブ川以下の臭いがするだろうし。

 早く村に行ってお風呂に入りたい。

「まぁ、あなたが口を割らないのなら…」

 エルフの女性の手が閃く、その手にはダガーが握られており、刃が私の首にあてがわれた。見ていたのに全く反応出来なかった。

「ここでその命を絶つだけよ」

 その言葉に背筋が冷たくなる。

 本気だ。

「どうする?大人しく言ってくれるかしら?」

 笑顔ながらその言葉はまさに脅迫だった。

 どうする…と考えて一瞬自分の装備に視線を送る。

 今から腰の剣に伸ばしても間に合わない。盾も地面に置いているからどうにもならない。

 …考えついたけど、出来ればしたくない方法だ。

 正直、本当に上手くいくだろうか?

 多分、彼なら『大丈夫だ』と一言で片づけそうだけど…やるしかないか。

 手を伸ばし、エルフの女性の奇麗な曲線を描く胸部に手を振れる。

―もにゅ

 と柔らかい感触が手に伝わる。

「ひゃ!」

 エルフの女性が可愛らしい悲鳴と共に、咄嗟に胸をカバーするように手を引っ込めた。

「なにを!」

 と、エルフの女性が手を振り上げてきた。 

「あ…」

 上手くいったとは言わない。

 手首を取り、そのまま相手の体をいなすようにし、腕の関節をキメて地面に叩き伏せる。

―制体

「なに…!」と声をあげるエルフの女性には悪いものの、彼女の腕を背中へと回し、関節をキメる。そのまま背中に乗るようにし、動きを完全に制限する。

「折るよ―」

 私の言葉にエルフの女性は顔を青ざめさせていた。

 アルベルトに教えて貰った技が上手くいった。確かに、関節をキメられて、おまけに見えない位置からこんなこと言われたら怖いよね。

 あと意外にもアルベルトの必殺タッチは中々使える。

 今度、男性にも使ってみよう。どんな反応を…いや、やめておこう。

 ペイル君に会ったらやってみよう。

「くそ…!私は…!」

 私の下でエルフの女性が藻掻き、まるで何かを覚悟したように関節をキメられた腕を動かそうとした。

―折れる…

 そう思った時には手を放してしまっていた。

「え?」とエルフの女性も驚いたような声をあげた。

 エルフの女性はキメられた関節をさすりながらこちらを睨みつけ。

「どうして攻撃しなかったの?」

 その答えは私が臆病だからで済むのだと思う。でも…

「その助けてくれたし、やっぱり出来ないや…」

 助けてくれた人に怪我をさせたくないのも本当だ。

「あなた…本当に変わってるわね」とエルフの女性はため息を吐く。

 そして、弓を手に取ると矢を番え。

「勿論、死ぬ覚悟は出来たのね」

 やっぱり折っておくべきだったかな…いや、まぁ無理なんだけど。

「まだだけど、待ってくれる?」

「恩を仇で返して、おまけに私の胸を触ったのよ。待つと思うかしら?」

 状況が反対なら私もするかも。激しく同意してしまう。

「だよね」

 私が半分諦めてみせるとエルフの女性は弓を私から外し、

「ああ、もう!調子が狂う!」

 地団太を踏み始めた。

 やっぱり悪い人ではなさそうな気がする。少なくともレヴィアちゃんよりは怖くない。

 エルフの女性は私の肩を掴むと。

「もう一度だけ言うわ!私はスルスト族に挑戦したいの!そして、勝って力を得て、村の皆の仇を討ちたいの!ただそれだけ!」

 仇を討つ?

 その言葉に思わず揺らいでしまう。それに挑戦したい…

 答えに困り俯いてしまう。

「そう。強情なのね」と私の答えを待たずにエルフの女性は指を鳴らす。

「木の精霊よ!」とその掛け声に応えるように地面から蔦が伸び私の体を絡めとった。

「な、なに。魔法!?」

 私の驚きに「精霊魔法よ」とエルフの女性は得意気に言い、私を指さすと。

「明日もう一度だけチャンスをあげるわ」

 そう言い残し、横になった。

 蔦で巻き取られた私は身動きできず、仕方なくそのまま眠ることにした。

 どうやって逃げようかと思ったものの、何だかんだで悪い人には思えないし明日もう一度話せば分かってくれないかな…と楽観視してしまう。

 




 深夜…ふとあの冒険者が気になってしまい目を開ける。

 正直、もう逃げてるだろうと思っている。

 簡単な細い蔦で捕らえただけだから、近くにある剣を使えば脱出は容易なはず。

 あの子はきっとしゃべらない。恐らく『隷属の呪印』を付けられているから、場所についてはスルスト族の方から許可が出ない限りは言わない。

 気になったのは、もしも蔦に絡まったままで逃げ出せていないと、そのまま死んでしまうような気がしたから。

 冒険者…カホの方を見ると、赤い輝きと共に彼女が座っていた。

 絡めていた蔦は無残に引きちぎられたような跡がある。

「ほう、妾に挑むと?」と私の方を見ないでそう言ってきた。

 その言葉に思わず身が竦みそうになる。

 さっきまで話していた少女と同じ外見なのに、全く違う。

「あなた…誰?」

 私が聞くとカホらしき人物はケタケタと笑い。

「ふむ。やはりカホは変わっておるな。寝ている時しか使えんとはな。おまけに殆ど見えんとは」

「何よそれ!あなた…」

 言いかけたところで悪寒がした。

 自分の事を『カホ』と言った?

 カホの姿をした何かは私を見据えると、舌なめずりをするようにし。

「妾は貴殿の探すスルスト族だ。主も中々旨そうではないか?」

 伝承の中でしか聞いたことがなかった。その不遜で傲慢な態度に冷や汗が噴き出る。

「あなたが?いや…『隷属の呪印』じゃなかったの?」

「そんなものをカホには使わん」

 そう言い切ると思うと、次の瞬間にはスルスト族が私の目の前にいた。

 速くて全く見えなかった。

 スルスト族は私を見上げ、顎に指を這わせ、私の胸に…いや心臓付近に触れると不敵に笑う。

「相手をしてやってもよいぞ。ただし、カホには手を出すな」

 顎を軽く撫でられ背筋がゾクリと冷える。もし、今彼女が得物を持っていたなら、私は死んでいた。

 本物の体を持った状態でもないのに…ここまで強大な力を持っているなんて…。

 必死にその目を睨みつけ、

「なんでかしら?あなたがそこまで言うのなら何か理由でも…」

 なんとかその目を見返す。

 ふと、スルスト族の様子が変わった。私から離れると不遜な態度が鳴りを潜め、困ったように眉を曲げた。

「ふむ…お主は妾の一族ではないが…」

 と明らかに困っていた。

「そうだな。妾の伴侶だからな」と手を叩きながら答えてきた。

「は?」

 思わずそんな答えしか出ない。

「女の子よ?」と聞き返すと、スルスト族は照れ隠しのように咳払いをし。

「友であるな!」

 さっきのは冗談だったのね、全く食えない性格ね。

 それにしても、信じていなかったけど、本当に友人だったとは…

 私は威圧の消えたスルスト族を睨みつけ、ナイフに手を掛ける。

「あなたの居場所を吐いて貰うわ。でないと…その子を…」

 その先の言葉を続けられなかった。

 スルスト族の怒り…それは瞳に出る。

 赤い瞳がこちらを真っすぐに射すくめる。足が震える。奥歯が音を立てる。

 余りのプレッシャーに押しつぶされそうになる。

「さすれば、妾がお前を殺す」

 静かな言葉なのに恐怖で言葉が出ない。

 彼女の本気の怒りに…何のスキルも使っていないにも関わらず私は動けなくなってしまった。

「う…」

 声を出そうとしてその異変に気付いた。

 声が出ない。いや息が…出来ない…。

 心臓が締め付けられ、肺が圧迫される。意識が…なくなって…

―パチン

 そんな音が鳴り、それと同時に私の意識が戻ってくる。

 空気が急に肺に戻り、心臓が拍動を始め思わずえづいてしまう。

「げっほ…あ、はぁ、はぁ…何を…」

 私の言葉にスルスト族は得意げに指を鳴らしたであろう体勢のまま目を閉じていた。

 そして指を私に向けると、

「勘違いしておらぬか。主は強くなるために妾から力を求めている。しかし妾は力を持つ者へ祝福を授けるのだぞ?」

 力がなければ…力を貰えない。そんなこと…

「理不尽過ぎる…」

「望めばやるなんぞ、それこそ努力する者への理不尽だと思わんか?」

 ケタケタと笑いスルスト族は、私の足を足でひっかけ転倒させてきた。

「きゃ!」と悲鳴をあげた私が尻もちをつくと私の膝にスルスト族は頭をのせ「これは重畳」と嗤う。

 悔しくて何も言えなかった。

 スルスト族は私の目を真っすぐに見つめ。

「主が力を求めるのは自由だ。しかしそれを今、妾から得ようとするのは間違いだ。今の主程度では妾の足元にも及ばん。もっと武芸を極めよ。まだやることはあるはずだ」

 諭すような言い方に…腹が立つ。

 私の気も知らないで。

「私は…そうすることでしか…もう前に進めないのよ!」

 必死に圧力に抗い、そう叫んでみせる。

 スルスト族はそんな私を見てニヤリと口元を歪め。

「思わず喰らいたくなってしまう心意気だ」

 そこまで言うと、真剣に私を見つめる。

「だが違う。主は何も超えられておらん。前になど進んでおらん。恐怖に身が竦んで泣きじゃくってうずくまっているのが主だ。違うか?」

 それは…そうだ。

 私は何も出来なかった。だから…変えたくて力が欲しくて。

 あの化け物を倒して…皆の無念を晴らしたくて…

 いつか…あの裏切り者達にも粛清を…

 ふとスルスト族が私の目尻を拭った。

 気付くと私の瞳から涙が流れていた。

「まだ泣くな。主は強くなる」

 優しい瞳をこちらに向けてきた。

 スルスト族は残忍で、残酷で、非常な悪魔のような種族だと聞いていたのに、そこには慈悲や優しさがあった。

 スルスト族は私に背を向けると、振り向き笑顔を見せた。

「友人を助けてくれた礼もある。そうだな、カホと少し旅をしてみよ。僅かながら答えは見つかるだろう」

 カホと旅?

「こんな弱い子に…何が…」

 私の言葉にスルスト族は声を出して笑いだした。

「そうだ。カホは弱い。弱いからこその強さもある」

 そこまで言った後、手を大きく広げて伸ばし欠伸をした。

「さて、そろそろカホも起きるか。妾も眠い。それではな」

「待ちなさい!」

 叫び掴もうとすると、スルスト族が私の手首を掴み引き寄せてくる。

 殆ど唇が触れ合うような距離。スルスト族は微笑みを見せ、

「主も優しいのだな」

 と小さく言い、カホの体が崩れるように倒れてきたので思わず受け止めてしまう。

 小さな寝息を立てているカホには先ほどの圧倒的な威圧感はない。

「くそ―!」

 と思わず声を上げると、カホが驚いたように目を開けた。

「え!なに!?あれ?縄が…」

 状況が分かってないのか私に抱き留められている理由も分からないらしい。

「あなたカホと言ったわね」

「あ、うん…」

 抱き留めたまま彼女をしっかりと見据える。

 こんな弱い子に何が出来るっていうの。

 あんな悪魔の言っていることを信じるわけじゃない。

 ただ…私は強くならないといけない。だから…

「これから何処に行くの?」

 私の言葉にカホはキョトンとしてから少し考え、ひきつった笑顔を見せた。

「えっと…あの世とか?」

 むかつく!

「そんな冗談じゃないの!あのね、今から何処に向かっているの!」

「アルトヘイムだけど…どうしたの?」

 アルトヘイム…よりによって。あんな裏切り者の国に…。

「私も途中まで着いていくわ」

「言っとくけど、言わないよ!」

 警戒されているのは仕方ないけど、何だかこの一貫した態度は少しだけ好感を持てる。

「あら、まだ交渉の余地があるのかしら?」

「うぐ…」

 私の嫌味にカホは苦々しく表情を歪めた。

 これはさっきまで散々嫌味を言ってきたスルスト族への当てつけでもある。

 だけど…カホを信用出来るのかと言われればまだ出来ない。

 だって人間はまだ許せないから。

 なのに…なんで私はカホを殺そうとしなかったのだろう。むしろ逃がそうとすらしていた。その答えはまだ分からない。




 カホと旅をして2日目―

 

「あなた…本当に弱いのね」

 …と思わずこう言ってしまった。

 理由はいきなり襲ってきたゴブリンに対して、カホが結構ボコボコにされたから。

「いたた…何とか追い払えたけどね」

 本人が少し満足そうなのがまたなんとも言えない。

 たった10匹のゴブリンに遅れをとるのがスルスト族の友人…

 もう何と言っていいのか分からない。

 さっきの戦闘もカホが説得を試みようとして囲まれて私の戦技『矢雨』が使えなかったし、肝心のカホはトドメを刺さないし…

 結局私が殆ど倒さなければいけなかった。

 遠距離武器の弓を得物としているのに、なんで前線で戦わないといけないのか、本当に疑問でならなかった。

 前衛が役に立たないと後衛は苦労することを痛感させられる。

「ゴブリンにてこずるなんて、本当何してるのよ…」

 こんなのと一緒に旅をしたところで私の腕前があがるとは思えない。

 この弱い子を守りながら戦わないといけない…という緊張感はあるけれど。

「そういえば、この首筋に『呪印』があるんだっけ?」

 そう言いながらカホは自分から見えない位置の『呪印』を指さした。

「そうよ。」と言いながら少しズレているのは愛嬌だと思っておいた。

 確か『隷属の呪印』ならずっと痛みがあるはずなんだけど…それがないということは本当に別の印なのだろうか。

「どういうものなの?」

 聞かれても困る。あなたのことでしょ。

「スルスト族が使うものよ。形がいくつかあるらしいけど、私が知っているのは完全に相手を奴隷にし、好きな時に操れる『隷属の呪印』ね」

「これもそうなの?」

 違うらしいけど、あなたの友人が教えてくれなかったの…と言いたい。

「違うみたいね」

 私がそう言うとカホは困った顔をしていた。

 得体のしれないものがあるのが怖いのは分かるけど、付けた相手に直接聞くべきじゃないかしら。

 ゴブリンから戦利品を取ろうとしていたカホを「病気になる!」と諫めまた歩き出す。

 ついでに何故か私の物言いをカホは嬉しそうに聞き、素直に従ってくれた。

 本当に訳が分からない。

「エルフさんは弓が上手いんだね」

 そう言いながらまるで弓を教えてとねだってきているようで無視しておいた。

「当たり前よ」とは答えておいたのは余りにもカホがうるさかったから。

 しばらく森の中を歩いていると光が見え森が切れた。

 ようやく日の当たる場所に出たと思うとカホが声を上げる。

「お、村だ!」

 はしゃぎながら少し遠くに見える村を見つめている。

 山間の間に小さな砦のような村が見える。

 規模としてはそこまで大きくないけれど、立ち上る煙から見るに鍛冶屋等はありそう。

 言ってしまえばそこそこ発展した村だと思う。

 そういえば昨日、歩きながら自分からする臭いに困っていたから、水の精霊を呼び出して洗ってあげたけどまだ少し臭う。お風呂に入りたいとずっと煩い。

「言っておくけど人間の集まっているところは嫌よ」

 私の言葉にカホは肩を落とし。

「ええー…ゆっくり休みたい。お風呂入りたい」

 不平を漏らしてくる。

「能天気ね」と少し前まで命を奪うという問答をしていた相手が隣にいるのに、と本当に呆れてしまう。

「取り合えず行ってみようよ!」

 はしゃぎながらカホが先へいく。呆れながらついて行こうとしてふと気付く。

「ちょっと待って。この辺に人間の村なんてないわ」

 私の言葉にカホも慌てて足を止めた。

 村に近づきながら様子を見つめると、私の想像通り、緑色をした巨躯の豚共が走り回っていた。

 思わず嫌悪感から顔をしかめてしまう。

「あれは…最悪、豚の村じゃない」

「豚?ゴブリンの親玉みたいな大きいのはいるけど?」

 ゴブリンの親玉みたいな大きいの…確かに言われてみればそうだけど。

 もしかして…

「オークよ!知らないの!?」

 弱い上に何も知らないの、と叱咤したくなる。

「話は出来るの?」

 カホは相変わらずの能天気具合だ。頭と胃が痛くなる。

 オークは…人間にとってはエルフ族の一つと言われているけど、そんな扱いされることすら身の毛がよだつ。

 筋力だけで、精霊の魔法は全く使えない。野蛮で未だに生肉を喰らう習性を持っている上に、自分達は高潔な種族だと一族以外は砦に入れないような野蛮な種族。

 あんなの…言われて見ればゴブリンみたいなものじゃない!

「あんな下等生物と話したくないわ。人間以下よ。話したら耳が腐る!」

「えー…でも」とカホが駄々をこねるように村の方を見ている。

 あんなところに連れ込まれたら一族の恥よ。思わずカホの手を引き、離れようとしたところにふと、砦の扉が閉まるのが見えた。

 私達が気づかれた―なんてことはない。この距離なら分からないはず。

「あれは!」とカホが声をあげた。

 砦…いや村の入り口に向かってゴブリンの20以上の大群と…そして、山のような5メートルは超える巨体の化け物がゆっくりと村へと向かっていた。

 醜悪な顔。口から生える大きすぎる牙。巨大な一つ目…あれは。

「サイクロプス!」

 私の答えが出た途端、足が震えだし、カホを握っていた手が離れてしまった。

 カホはその隙にとでも言わんばかりに駆け出し、村の方へと向かっていった。

「待ちなさい!」

 と声をあげたものの、カホは聞かずにそのまま村へと向かっていく。

 行かしてはいけない。だって、あれは”歩く災害”とまで言われた化け物…

 それに私の村を破壊した、私の仇だ。

「勝てる訳ないでしょ!それに…ここは…」

 人間の村でもないのになんで…と言葉が続かなかった。

 カホは駆けていく。きっとサイクロプスの恐ろしさも知らないのに…

 手が震える。動けない…。

 戦いの神の祝福もないのに、勝てる訳がない。

「あーもう!勝手にしなさい!」

 そう言いながら自分の瞳から涙が零れた。

 それを拭ってくれる人はいない。

―弱い癖に…。

 言葉出なかった。本当に弱いのは…誰?

『主は何も超えられておらん』

 その言葉が頭の中で響く。

『前になど進んでおらん。恐怖に身が竦んで泣きじゃくってうずくまっているのが主だ』

 その言葉を思い出す。

 歯を食いしばり、弓を強く握る。

「バカにする…な!」

 震える足に力を必死にいれ、一歩ずつゆっくりと歩み出す。

「私は…」

 そうだ折角の手掛かりなんだ…見す見す捨てられない。

 もう一度足に力を入れ、今度こそ駆け出す。

「私は、偉大なる父と母を持つ…誇り高きエルフよ!」

 声を張り上げ恐怖を打ち破る。こんなの、あの悪魔のようなスルスト族に比べたらなんでもない!

 子供達と私を逃がすために…勇者となって戦った偉大なる父と母。

 その勇気を、今こそ私が示す!

 よりによってオークを助けるなんて、こんなの知られたら末代までの恥だけど。カホを守らなきゃ私は前に進めない。

 そう自分に言い聞かせた。

 村の前へと着くとオークが大声で叫んでいた。

「門を固く閉めろ!村には入れるな!」

 その村の門の前にはゴブリンが大群で来襲しており、門の前にいる戦士は2人だけ。

 物見櫓から見ている奴らの方が多い。

 歯を食いしばり矢を引き絞る。

「戦技『矢雨やさめ』!」

 声を上げ、天に向かって矢を放つ。

 矢は無数の雨のように降り注ぎ門の前に来襲していたゴブリン達を射止めた。

 半数は直撃。それ以外も息も絶え絶えといった様子だ。

 私が門の前につくと物見櫓のオークが私を睨み、

「何をしにきた!森人風情が!」

 森人…それは私達エルフへの蔑称だ。

 未開の民。鉄を使えぬ愚かな民。弱い人間のような姿の民と。

 低能なオークという豚が発する最悪の言葉。

「ここは我等の村だ!邪魔をするな!森人が!」

 頭に来た。もう怖いとか言わない。こんな奴等に見下されるのが腹が立つ!

「煩い!私もあなた達みたいな豚野郎は嫌いよ!だけど、あの子を助けないといけないの!黙ってなさいこの豚!」

 声を荒げると、物見櫓のオークは一瞬身を引いた。

「貴様侮辱するか!」と声を荒げるものの全然怖くない。

 なんでだろう。心臓が高鳴って、血が通って…手が震えない。

 しっかりと私を睨むオークを見据え。

「ふん!侮辱したのも分からないの?精々砦に籠ってるがいいわ!腰抜けの豚野郎!前で戦っているあなた達の戦士に何とも思わないの!」

 何を言っているんだ私は…。

 前で必死に戦っているのもオークじゃない。

 なのに…なんで?

 傷だらけで門を守っていた二人のオークが私を見る。

 そして、何も言わずに頭を下げ、サイクロプス…”歩く災害”へと立ち向かっていった。

 そうだ。あの二人は…勇気があるんだ。

 種族は違う。最低で嫌いだ。

 臭くて、何も考えてなくて。子供を作るという神聖な儀式ですら快楽としか思っていない最低の糞豚野郎。

 ―でも。

「あなたのところの勇者が見えないの!たったあれだけで戦っているのよ!」

 あの勇気は間違いなく気高い。その気高さだけは認めてあげる。

 物見櫓のオークは何も言い返せず引っ込んでいく。

 あれは…昔の私だ。

 精霊の力が使えるのに戦えなかった昔の私だ。

 偉そうなことだけ言って逃げ出した…私だ。

 でも今は違う。もう泣いているだけなんて嫌だ!

 私は踵を返してサイクロプスへと駆け出す。

 本当は怖くて、もう逃げ出したいのに…だけど、カホやあのオーク達を見ていたら足が動いた。

 ここで逃げたら一生後悔する気がした。

 私は…あの化け物を倒す為に力を求めたんだ。だったら逃げちゃダメだ。

 主戦場に着くと驚くべき光景が見えた。

 呻きながら倒れているオーク達を後目に少女が敢然と剣を振るっていた。

「嘘でしょ?」と思わず声をあげた。

 あんなゴブリンにすら遅れをとっていた少女が…

「でぇぇぇい!」

 剣を振り上げ、サイクロプスの拳を撃ち落していた。

―パリィだ。

 それもただのパリィじゃない。スキルを全く使わない、相手の一撃を、その力を利用して斬撃を当て、逸らしている。

 サイクロプス相手に互角ではなくても、その迫力は凄まじい。

 カホが突っ込むが、サイクロプスが地面を大きく踏みしだき、飛び散った破片がカホに直撃する。

 吹き飛ばされ、地面を盛大に転がり倒れ伏した。なのに、すぐに立ち上がる。

 押されているのに、あんなに傷だらけなのになんで倒れないのか分からない。

「小娘!」と群れの中でもひと際体の大きいオークが声を荒げた。

「大丈夫…そっちは?」とカホがまるで旧知の仲のように返事をすると、そのオークはカホを後方へと押し出すようにし、

「下がれ!後は我がやる!」

 それが彼女守ろうとしていると…なんとなくわかってしまう。

 残り敵の戦力はゴブリンが5匹とあのサイクロプス…。

「まだ動けるよ…」とカホが剣を握り直すが、その二人を取り囲むようにゴブリンが一気に距離を詰めた。

「…囲まれた!」

 とカホが苦々しい顔をする。サイクロプスから目を離せない状況で、これはまずい。

 私は駆け出し、弓を構え、矢を番える。

「カホこっち!」そう言ってカホを呼ぶ。そして動こうとせずサイクロプスを見据える大馬鹿オークに…

「~っ…!豚野郎もこっちに!」

「何だと!」とオークは怒りを露わにしこっちに向かってくる。それを追う為にゴブリン達が動き出した瞬間、私は弓を天に掲げ、放つ。

「戦技『矢雨やさめ』!」

 矢が降り注ぎ、ゴブリン達の包みの一部を破る。

 倒せたのはこの戦技を使ったのにも関わらず2匹程。

 これで『矢雨』はあと1回使えればいい方ね。

「あはは、ありがとう!」

 能天気なカホの頭を叩き、

「バカじゃないの!いや、バカよね!いきなり突っ込んで囲まれて、本当に何してるの!?」

 怒りの言葉を告げると、カホではなくサイクロプスが咆哮を上げた。

 その声だけで一瞬身が竦む。だけど、カホの強い目を見ていたら…オークの逞しい背中を見ていたら…私も負けていられないと足を踏ん張れる。

 サイクロプスは怒りを露わにし突っ込んでくる。

 ゴブリンをやられて怒った…ということでもない。多分、余りにもてこずっているから辛抱が切れたのね。

「さっきから煩いわね!」

 矢を番え、相手との距離が十分あることを確認し矢に力を込める。

「あんたのそのでかい目を貫いてあげる!」

 弓に魔力を流す。私の一族秘伝の奥技。

「風の精霊よ!我が言葉に耳を傾けよ!我が矢に纏いて我が敵を打ち砕け!」

 精霊に語り掛け、魔力を送り活性化させ、その力を受ける触媒を弓と矢にする…これぞ。

「『精霊矢エンチャントアロー』!」

 眩しい光を纏った私の矢は真っすぐにサイクロプスの目へと飛ぶ。

 直撃―

 そう思ったものの、寸でのところでサイクロプスが腕で矢を防御した。

 衝撃が辺りを包む…

 サイクロプスは…僅かに仰け反った、だけだった。

 その大きな瞳で私を見つめ、嗤ってみせる。

「そんな!」

 思わず弓を落としそうになる。

 あの時…何も出来なかった私が、ようやく完成させた一族の奥技なのに。

「効いてないなんて―!」

 不意にカホが飛び出した。

「だあああぁ!」

 剣を振るい、サイクロプスの一撃を弾き、足元へと一閃切り込む。

 しかし、甲高い音を立てて弾かれ、仰け反ったカホをまるで待っていたかのようにサイクロプスが蹴り飛ばす。

 盛大に転がるカホをオークが受け止め。

「小娘!もういい!」

 私は咄嗟にカホに手を差し出すと、オークと目が合った。

 最低な嫌いな奴なのに、その瞳からでも意志を感じ取れる。まるで『頼むぞ』と言ってくれているようだった。

 オークが人間を認めるなんてありえない。そんなの…ただのエアリスの神話の中だけだ。

 それに、なんで私はこんな奴等と分かり合えるの…こんなの最低だ。末代の恥だ。

 でも…

「無茶しないで!ほら、逃げるのよ!」

 私はカホの手を掴み、無理矢理起こそうとすると手を跳ね除けられた。

 カホのボロボロの体のどこにそんな力があるのか分からない。なのに、立って剣を構えた。

「ごめん。残るよ」

 そんなカホをオークが肩を掴み、

「小娘!何故命を懸ける!とっとと失せろ!ここは我々の戦場だ!」

 そうだ。命を懸ける必要なんてない。だって、ここはオークの村なのだから。

 なくなったていい。むしろ、なくなった方が綺麗になる…なんて子供の頃はずっと思ってた。

「あなた一人いたって勝てる訳ないでしょ!」

 私は弓を担ぎ、無理矢理でもカホを連れて行こうとしたものの、カホは再度私の手を払い、首を振る。

「それでもやるしかないよ」

 フラフラと全然恰好が着かない…ただの少女が。

「あいつを野放しにしたら…もっと被害が出るんでしょ」

 決意に満ちた目。熱と光を感じる…温かい目をしている。

「私は守りたいんだ!」

 そう言ってからさらに剣を強く握り込み、

「私はこの世界を好きになりたいんだ!」

 カホの声が耳に響く。

 決意が…私の弱い心を揺さぶる。

 これが私にはないんだ。だから、私はスルスト族に嘲笑われた。

 自分の本心を丸裸にされ、怒りすら出ず…ただあの故郷を破壊したサイクロプスに怯えていた。

 今もそうだ…怖くて…本気の一撃が軽くいなされただけで…もう戦えない。

「弱い癖に―」

 私なんかよりずっと弱いカホはただのバカだ。命を捨てるようなこんな戦いをするなんて。

 そうだ。生きていればまだ腕を磨ける。

 いつか勝てばいいんだ。今は逃げればいい。

「勝手にしなさい!」

 私は踵を返し森へと駆け出す。

 ふと振り返るとカホがサイクロプスの一撃を受け、吹き飛ばされていた。

 思わず声が漏れ、手を伸ばし掛け慌てて手を引っ込める。

「小娘、無茶をするな!」とオークが叱咤に似た声をあげる。

「ごめん、ありがとう!」とカホが取り繕うような元気を見せる。

 カホの手はもう震えで碌に動いていないのに…その目からは変わらず熱と光を感じる。

 その目に悔しくて…

―汚らわしいオークに抱き留められて恥ずかしくないの?

 そんな言葉で…カホを見捨てた。

「小娘、死ぬな!貴様は人間でも…」とオークがカホを庇い自慢の斧を叩き折られていた。

 それでもカホだけは助けようとカホを抱え横に飛ぶ。

 オークももうボロボロだ。そもそも、たったあれだけの数でサイクロプスに勝てる訳がない。

 あんなボロボロで、小汚く転げまわって。

 傷だらけの体と、私の傷一つ付いていない体を見比べる。

―勝てる訳がないのに…

 精霊すら使えないオークごときじゃ…カホじゃ勝てないのに。

 それに、相変わらず他のオークだって、砦に籠って逃げだしている。

 前で戦っているのはたった5匹だけ。

 それもあのオークを除いたら皆やられてしまっている。

 他は逃げてるんだから…私と一緒だ。

―私と変わらないじゃない!

 なのに…なんであんな…

 あんな目をするの!

 なんで!

 勝てない戦いなんてするの!

 もう訳が分からなくなり、蹲り俯いてしまう。あの時と一緒だと思わず嗤う。

 違うのは父と母がもうそこにいないだけ。もう何も失うことはない。

『まだ泣くな。主は強くなる』

 不意に…あの声が聞こえた気がした。

 泣くな…

 自分の頬に温かいものが流れている。指で拭うと涙だった。

 また私は泣いていたんだ。強くなったはずなのに…また泣いていたんだ。

 涙を拭い自分の手を見る。白魚のような手には血の滲んだ後がある。

 これは私の努力の証だ。5年間、精霊だけでは勝てないと、ただ弓の腕を磨き続けた私の努力の証だ。

 だけど、これだけは足りないんだ。

 まだ私は強くなってなんかいない。

 勝てないなんて誰が決めた…

「私は…強くなる。強くなっていつか…あのスルスト族に…」

 自分の言葉が耳を打つ。

 そうだ。あの悪魔は強くなる為に会うんじゃない。

 強くなってあのスルスト族に会うんだ。

 その時、また小娘のように弄ばれ、あしらわれないよう、誇り高いエルフであることをあの悪魔に示せるようにならないといけないんだ。

 それに…あのスルスト族は”生きる神話”は私に『強くなる』と認めてくれた。

 情けないところはもう見せない。

 決意が胸を温かくしてくれる。ただの高揚。冷静な戦いを好むエルフには不要なもの。

 だけど…今はこれを信じたい。

 震える手と足に、叱咤するように立ち上がり、サイクロプスを…私の村の故郷の仇を見つめる。

 もう負けられない。あの化け物にも、カホにも、そして…あの勇敢なオークにも。

 気付いた時には駆け出し、そして戦場へと舞い戻れていた。

 高揚が耳を打つ。やろう…私に出来る戦いを、と心が訴えてくる。

「こんのおお!」

 カホが声を上げ剣を振り上げる。

「カホ!こっちにとんで!」

 冷静に周りを見てカホに声を上げる。

「え?」と言いながらも、反応はよくカホが飛びずさる。

 カホの先ほどまでいた場所にサイクロプスの拳が振り下ろされ地面が砕かれる。

「前に出過ぎよ。巨体からの攻撃だからもっと周りを見て!」

 私の声にカホは頷き、サイクロプスから少し距離を取る。オークはその隣に立つが、それでは駄目だ。今はカホを信じるしかない。

「オーク、弓があるなら目を狙って!外皮に剣は通らない!」

 私の声を聞き、オークは一度こちらを睨んだ…訳ではなかった。筋骨隆々な所為で怖い顔をしているけれど少しだけ、穏やかな表情をした。

「森のエルフよ!小娘一人では持たんぞ!」

 そう言いながらも弓を手に取る。黒い鋼の弓。オークの優れた製鉄技術が成せる複合合金弓コンポジットボウと鋼鉄の矢。

 オークが引き絞った矢は真っすぐにサイクロプスの目を狙うが、それに対応するように腕でカバーする。

 それは当然。でも、そうすることでカホへの攻撃頻度は減らせる。

「私も出し惜しみ無しでいくわ!」

―もう…あんな化け物なんて怖くない。

 ここで村の仇を討つ。

 矢を引き絞り力を込める。狙うは目を庇った腕。

「戦技『貫通矢ピアシングアロー』!」

 鋭い風切り音と共に放たれた私の矢はオークの矢に当たり、その矢尻を巻き込んで貫く。

「これは…」とオークが驚きの声をあげた。

 サイクロプスは目を撃たれた痛みで仰け反り、大きな悲鳴を上げる。

「ふん!それだけ大きいなら、目なら瞑ってても外さないわよ!」

 だけど私は気付いてしまった。

 オークの言葉はまだいらない。だって…

「眼球すら貫けないのね…」と思わず臍を噛む。

 サイクロプスの眼球に直撃したはずの矢は小さな傷は与えたものの弾かれた。

 だから何。それで諦めると思った。

 複数の矢を番え一気に引き絞る。

「戦技『連射ラピッドシュート』!」

 矢を一斉に5連射し仰け反るサイクロプスに追撃をする。

 矢の内2本はその眼球に当たったものの、残りは腕で防がれた。

 不意に腕に痛みが走る。

 『戦技』の使い過ぎ…ということくらい分かる。本当は限界なんて分かってる。でもこの”歩く災害”に勝つためにはこれくらいなんてことない。

 サイクロプスが片膝を付く。

 思ったよりもダメージがあった…と思ったのは失策だった。

 サイクロプスはその巨腕で地面をむしり取り、こちらに投げつけてきた。

 反応が遅れてしまう。それに、戦技の連続使用で体が鉛のように動かない。

「エルフ!」

 声がし、ふと前の前に影が覆いかぶさった。驚いてしまう。

 投げつけられた岩石からあのオークが私を庇っていた。

 直撃は免れたものの、二人して吹き飛ばされ地面に盛大に転げまわる。

 痛みで起き上がるのも辛い。手を伸ばし弓を手に取ろうとしたものの、そこには何もなく、私の弓は少し離れたところ、岩石の下敷きになり無残に折れていた。

 武器がない。足が痺れる。それでも立ち上がり、

「助かったわ…豚野郎」

 オークにその一言だけ掛けると、オークは口元に笑みを浮かべた。

「逃げてもいいのだぞ。お前は十分勇敢だ。誰も攻めん」

 掛けられた言葉が胸を打つ。

「は!オークがよく言うわね」

「俺もお前を攻めんよ」

 寝物語に出てきたオークは…エアリスの神話のオークは本当に最低で下卑ていたけど、それでも勇猛な戦士だ。

「―そう」

 その戦士に認められたことが嬉しかった。

 オークに手を差し出し、

「こんなところでお喋りなんてしてられないわ。カホが…私達の仲間が戦っているのよ!あんたも!喋っている暇があるなら…」

 私の手を取るとオークは満足そうに笑う。

「ああ!助けるぞ…いや勝つぞ!」

「ええ!勝つわよ!」

 二人で一度だけ目を見合わせ、お互いの意志を確認する。

 私はもう逃げない。オークはもう私達に逃げるようには言わない。

 信頼。そういうものを感じ取れた。

 だから、安心して。背中は守ってみせる。

 サイクロプスへ駆け出す。私の体のどこにそんな力が残っていたのか分からない。

 戦技を使い過ぎてもう動けかったはずなのに…不思議と心が軽い。

 カホが精一杯、剣を振り回し、サイクロプスの一撃をいなしている。

 だけどその足はもう震えている。何とか立っているだけに過ぎない。

 弓はなくても私は精霊の申し子とまで言われた誇り高きエルフだ。見せてやる!

「木の精霊よ!茨の呪縛、大樹の身にして応えよ!」

 精霊に呼びかけ蔦を召喚する。

 カホを捕らえたあの細い蔦とは比べ物にならない大きく、棘のついた蔦でいっきにからめとる。

 狙うは四肢だ。

「『茨の呪縛ソーンバインド』!」

 腕と足一気に棘を突き刺し締めあげる。四肢を拘束すれば、オークのあの弓で…

 オークが弓を構え矢を番える。

 サイクロプスは咆哮をあげ、蔦で絡めとった四肢を無理に動かし始めた。

 魔力を込めている手に激痛が走る。

 力だけで精霊魔法に対抗するなんて…

 痛みがさらに増し、血が噴き出る。

―耐えられない!?

 そう思った時には無理矢理蔦が引き千切られた。オークの放った矢も腕で受けられ傷を負わせられない。

「この…バカ力ね!」

 だけど、まだ魔力は残っている。

「地の精霊―」

 全て使い切っても…

「ねぇ、水の精霊って呼べる?」

 カホが叫んだ。

 水の精霊は…

「呼んでも使えないでしょ!」

 どう考えても攻撃向きじゃない性格をしているし、普段から体を清める為にしか使っていない。

 カホはサイクロプスの攻撃を避けながら、

「お願い!相手の足元に!」

 そう叫ぶ。

 残りの魔力も少ないのに…

「もう!水の精霊よ!ここに集え!」

 サイクロプスの立つ地面に水が集まり少しのぬかるみが出来る。

 だからといってサイクロプスはお構いなしにカホを殴りつけようとする。

 カホはそれに真っ向から突っ込む。

 やられる―そう思った時にはカホは体を倒して足を前にして滑り込んだ。

 驚きで何も言えない。

 地面を水で濡らして滑りやすくして回り込むなんて…

「貰った!」とカホが声を上げ、サイクロプスの腱を狙う。

 剣は勿論というべきか、硬い表皮によって弾かれた。

「うわっ…と」と間抜けな声が聞こえた。

「貫ける訳ないでしょ!」と私が声を上げる。

「小娘!貴様バカだな!?」とオークは呆れながら怒声をあげる。

 しかも位置取りも最悪。

 サイクロプスの真後ろ。距離も近い。

 気付いたオークが駆け出す。

 そして、サイクロプスは振り返りながら殴りつけようとし、拳を振り上げる。

 足を踏み込もうとし、地面のぬかるみに足を滑らせた。

 倒れるまではいかないけれど、前のめりになる。

 それでもサイクロプスは構わず拳を振り抜く。だけどそれはカホの得意分野だ。

―パリィ

 高い金属音が鳴り響き、カホは一歩前へ出ながら拳を地面に叩き落とす。

 さらに…カホはその腕を伝って駆け出し、飛び込んだ。

「貫けぇ!」

 声と共に剣を振り上げ、その目を突き刺す。

「え…」と私も声が漏れた。

 あんな意味のないような一手から…ここにたどり着いた。

 鈍い音と共に目が抉られ、同時にサイクロプスの悲鳴が響き渡る。

 目を潰されたサイクロプスは必死に藻掻く。そして剣にしがみつき、もう一撃を加えようとするカホを掴み、地面に投げつけた。

「カホ!」

 カホは何の抵抗も出来ずに地面に真っ逆さまに落ちていく。そして…

「小娘!」と怒声と共にオークが受け止めた。

 先に…理由はどうあれ駆け出していたことからこそオークが間に合った。

 あのままじゃ、きっと頭蓋が割れ死んでいた。

 本当に心臓悪い。

「カホ!」

「小娘、大丈夫か!」

 オークと二人でカホに声を掛けると、カホは目を丸くしていたものの、少し照れたような表情をし、

「あはは、死ぬかと思ったよ…」

 能天気なの?それともイカれているの?または狂戦士バーサーカーなの?

「あなたねぇ!」と私。

「冗談言ってる場合か!?」とオークも呆れを通り越して怒りを見せる。

 そんな私達にサイクロプスの咆哮が響き渡る。

 まだ倒した訳じゃない。目を潰したからと言っても、サイクロプスは耳もある程度発達している。それでも有利なことには変わりない。カホが作ってくれたこのチャンスをモノにしてみせる。

 それにしても本当に不思議な子。

 カホじゃ絶対に無理だと思っていた眼球への攻撃を…あんな水の精霊との連携だけでやってのけるなんて。

 不可能を可能にしてみせて、こんなに弱いのに限界を超えあの怪物にだって負けてない。

 サイクロプスを見据える。その目にはまだカホの剣が残ってる。

 カホが作ってくれたこのチャンスを活かしてみせる。

「オーク借りるわよ!」

 オークの手に持つ弓を奪うように手に取る。

 そしてさらに矢筒からも一本矢を抜く。

 オークは静かに頷き「弓はお前の方が腕が立つ」と言って見せた。

 変わってるわね。一族秘伝の武具をエルフである私に易々と渡すなんて。

 けど、信じるわ。あなた達の誇りでもあるこの”黒鋼”の弓を。

 弓を構え矢を番える。

「最後の賭けよ。あの剣に…カホに全てを懸ける!」

 『精霊矢エンチャントアロー』では腕で防がれる。

 戦技『貫通矢(ピアシングアロ―)』では威力不足。

 なら…初めてだけど…まだ完成すらしていないけどやるしかない。

 まだ構想段階の『二連精霊矢ダブルエンチャントアロー』を。

 息を大きく吸い、精霊に語り掛ける。

「風の精霊よ!木の精霊よ!今一度我の声に応えよ!我が弓と矢に纏え!」

 精霊に魔力を渡し、その二つの力を一気に纏わせる。

 風の精霊の貫通力と樹の精霊の強度…この二つなら…

 矢を引こうと指に力を…込められなかった。

 手に痛みが走る。光が…精霊が暴れ弓すらまともに構えられない。

 精霊の制御が上手くいかない。

「言うことを聞きなさいよ!今ここで出来なきゃ…」

 精霊が暴れまわり、私ですら傷つけていく。

 本来精霊同士が手を取り合うのは難しい。だけど、出来るはずなんだ。

 難しいだけで、力を合わせられるはず。

 痛みに必死に耐え、矢を引くものの、狙いは全く定まらない。

 放したらもう終わりだ。これが最後の魔力だ。

 必死に奥歯を噛みしめ耐える。

 不意に影が近づくのが見えた。精霊に気を取られて、サイクロプスの接近を見ていなかった。

 サイクロプスの腕が近づいてくる。

 思わず弓を放ちそうになるのを必死に耐える。

―誰か…助けて!

 不意に巨腕が目の前で止まった。

 私の前にはあのオークがいた。

 サイクロプスの拳をその体で受け止め、全身から血を流しながら、その大きな体で私を守ってくれていた。

「そう長くはもたん!だが、お前が最後の希望だ…確実に撃て!」

 オークに助けられるなんて…

 そう言いかけてしまう。

 涙がこぼれる。これは悔しさじゃない。嬉しくて…力が沸いてくる。

 オークは傷だらけの体でありながらも、サイクロプスにだって負けていない咆哮を上げ、その手を押し返す。

「大地と大樹を司るオークを舐めるな!」

 そうだ。私達エルフは風と水を…その反対でオークは地と樹を司る一族だ。

 だから仲が悪くて…でも技の私達と、力のオークとお互いに口には出さないけれどお互いに認め合っていた。

 私には4つの精霊と意思疎通が出来る力が…

『お前が皆を繋ぐ希望だ』

 そうだ。お父さんとお母さんはしきりそう言っていた。

 私には皆を繋ぐ力がある。

―お願い。皆を助けたいの!

「精霊よ…力を貸して!」

 思いを胸に精霊に再度語り掛ける。それでも精霊は未だ言う事を聞いてくれない。

「うおおお!」

 オークが剣を持って特攻する。簡単にサイクロプスに弾かれ、剣が吹き飛ばされる。

 それでもオークは勇敢に、その体でサイクロプスの拳を受け止める。

 皆が力を合わせてるのに…なんであなた達精霊は…

「まだまだぁ!援護する!」

 カホが立ち上がるとオークの剣を拾い、サイクロプスの腕を打ち払う。

「小娘!」とオークが声をあげる。

「大丈夫…まだ…」とカホは剣を構えるも足がガクリと折れる。オークはその体を支え、

「無理をするな!」と叱咤するも、カホは笑顔を見せ。

「まだまだ、手伝うよ」とオークの手を取り、立ち上がった。

―手を取り合う?

 体の奥から熱さが沸き上がる。

 そうだ…一緒にするんじゃないんだ。

「お願い。精霊よ…今ここにその手を取り合い、重ね合い…彼の英雄達を救う力を此処に…私に力を!」

 再度精霊に語り掛ける。今度こそ聞いて―

 分かって欲しい!

 一緒にするんじゃないんだ。

 精霊だからと一緒くたにしない。お互いを尊重して、違うもの無理矢理一緒だと見てはいけない。

 違うからこその良さがある。

―けれど、違う種族が手を取り合って、まるで一緒になるようにお互いを支え合って、絡みあうことは出来る。

 だって、エアリス様が作った…アルトヘイムがそうじゃない!

 ここにいる私というエルフと、カホという人間と、オーク達が力を合わせるように。

 手を取り合い、絡み合え…まるで螺旋のように!

 弓と矢…そして私に意識を集中し、魔力の流れを絡ませるように組み上げる。

 集中していると痛みで、気が遠くなる。それでも、あのオークと私が手を取り合うように。そこを繋いだカホのように。

「なんだ…」とオークが声を上げた。

「光が…」とカホも驚きの声を。

 そして、あの醜悪なサイクロプスまでも、見えていないにも関わらず発せられる魔力に後ずさりした。

 私は言葉を失っていた。

 二つの精霊が一本の矢に絡み合い渦を巻くように魔力を凝縮させながらも、膨大な魔力が膨れ上がり大きく輝いていた。

 弓には弦には風が、本体には木の精霊の力が纏い光輝く。

「ありがとう―」

 力を貸してくれた精霊達に一言だけ呟く。

 ふと、目の前に半透明の…いや精霊の姿が目に映る。

 今までは感じることか出来なかったのに…しっかりと今の私には見える。

 風の精霊はプイとそっぽを向き、木の精霊は笑顔を見せてきてくれた。

 そして、精霊達は二人を指さした。

 分かってるよ。優しいんだね…思わずそう感謝がこぼれた。

 サイクロプスを睨みつけ、

「二人とも下がって!」と目の前で私を守ってくれた二人に声を掛けると、二人はそれに応えてこちらに駆け出した。

 だけど、カホは既に限界を超えている。つんのめってしまい、倒れ伏す。

 だけど…信じてる。

 だって、あの勇敢で共に戦ってくれるオークがいるのだから。

 オークは振り返るとすぐさまカホを担ぎ走り出した。

「エルフ構わん撃て!」とオークが私を気遣ってくれる。

 そりゃそうよね。こんな魔力。制御しきれる訳がない。

 もう弓を持つ手の感覚はないし、矢を引く手も魔力で傷ついて血まみれだ。

 清潔がエルフの特権なのにね。

 でもね、泥にまみれて、傷ついても戦っている勇者がいる。

 ここで泣き言なんて言わない。

 巨大な力に打ち勝つのはそれを越す力じゃなく…心だ。

 この技は…私とカホとあのオークがいたから完成した…

 だから、二人を巻き込んではいけない。

 一度は恨んだ。かつての友人であるあなたのことを嘘つき呼ばわりすらした。

 こんな私でも…

「エアリス様お願い…私にあなたのような勇気を!友を守る為の勇気を!」

 必死に痛みに耐えサイクロプスを見据える。

 サイクロプスは慌てて目を庇いながらこちらに突っ込んくる。

 タイミングはシビアだ。間に合うか…なんて。

 間に合うに決まってる。二人を信じているから。

 弱虫な私に比べて、ずっと傷つきながらもあの化け物と戦い続けた誇り高い本物の『勇者』なんだから!

 オークがカホを抱きかかえ飛び込んでくる。

 それに合わせ眼前に迫るサイクロプスをしっかりと見据え、力を振り絞り狙いをつける。

 声を張り上げ矢を放つ。

 これが私達の”力”…

「『二重螺旋精霊矢スパイラルエンチャントアロー』!」

 矢は地面をその風圧だけで抉り、衝撃と光と共に飛翔する。

 矢はサイクロプスの腕を貫き、そのままカホの剣と共にサイクロプスの頭を砕き、頭だけでなく上半身ごと抉り取り、貫いた。

 後には音が遅れ、周囲に轟音が響き渡り、衝撃が木々を揺らす。

 腕と頭部を失ったサイクロプスはその衝撃でそのまま仰向けに倒れ伏していく。

 サイクロプスが倒れ、振動が足に伝わる。

 もう弓を保持できなくて思わずへたり込んでしまい…ただ茫然とサイクロプスを見ていた。

「勝てたの…?」

 今の状況が呑み込めず、ポツリと呟く。

「勝った!」とカホが声を上げる。

 その声にドキリと胸が鳴る。そして、それに気づくと、胸が大きく高鳴っているのに気づいた。血が巡り、息が荒い。涙がこぼれそうになる。

―皆の仇は討ったよ…

 あの時…命を張って私を助けてくれた父と母に報いれた。

 それが嬉しくて…涙が出る。

「勝ったぞ!我々の勝利だ!やったな小娘!」

 オークが嬉しそうにカホを抱きしめる。それはオークの親愛の儀だ。お互いの生を確かめ合う…彼らの特別な行為。

 ただ…

「ひぎぃぃぃ!」

 奇声の悲鳴をあげてカホは気絶しかける。

 そうだよね。あれだけ傷を負った体で、しかもオークの腕力だもんね。

 思わず私はそんなカホを笑ってしまう。

「あ、すまん…」とオークも反省していた。

 カホは目尻に涙を浮かべながら這い出てくると私に拳を突き出し。

「やったね」と勝利を祝福してくれた。

「当然よ」と私は涙を拭ってから、その拳に応えて拳を突き合わせる。

 自分でも驚いている。こんな弱い子に導かれて…そしてオークと手を取り合って戦う。

 そして、あの技を編みだし、その果てに…仇を討ってしまったのだから。

「森のエルフよ…その…」と先ほどまで一緒に戦っていたオークがしおらしい態度をとる。

「―ありがとう」

 思わず口に出てしまった言葉に自分でも驚く。

「あ?」とオークがポカンと口を開けた。

 急に恥ずかしくなり、

「あああああ!な、なんでもないわよ豚野郎!あんたの弓もまぁまぁいいものじゃない!弓と矢だけは褒めてあげる!使わせて貰ったからお礼を言ったのよ!ふん!」

 慌てて取り繕って弓を返すとオークは軽く笑って見せ。

「助かったぞ。礼を言う気高き森のエルフよ」

 気高き森のエルフ…

 彼は私を森人とは言わない。それは彼が私を認めてくれているようで嬉しかった。

「と、当然じゃない!私がいなかったら…その」

 そこで言葉に詰まる。精霊達が私を見てクスクスと笑っていた。特に水の精霊に至ってはニヤニヤと私を見上げてくる。

 見える様になって弊害が出てきたと思わず悔しくなる。

 分かったわよ。素直になればいいんでしょ、と思わず言いたくなる。

「…オークがいなくても…勝てなかったわ!ありがとう…」

 再度お礼を言うと、オークは一瞬面を喰らったよう表情をし大きく笑いだし。

「はは!森のエルフにも面白い奴がいるな!」

 そう言いながら私の体を抱きしめてきた。これは…

「わあああ!触るな豚!臭いがつく!汚らわしい!」

 暴れてみたものの、あのサイクロプスの腕力にすら対抗した力に成すすべなく抱き留められる、

「そういうな!我等はお互いの血の温かさを感じ、お互いの愛を感じることが親愛の儀だ!」

「知ってるからやめなさいよ!この豚!」

「ははは!まだまだ元気なのだな!」とオークは豪快に笑い、私もつられて少しだけ笑ってしまった。

 腕を回して抱擁し合うとかは絶対しない。あと臭い。

 オークの熱い抱擁を受けた後、オークは私達二人を強引に抱きしめながら門に向かって手を振る。

「おーい!我等の勝利だ!門を開けよ!」

 声を掛けると隠れていたオークが顔を出した。その顔は恐怖と嫌悪感に歪んでいる。

 それもそうだ。私がいるから。

「そして、偉大なる勇者御仁を迎えいれよ!」

 その言葉に思わず私を抱きしめるオークを見つめてしまう。

 彼がふと私に笑顔を見せた。思わず恥ずかしくて俯いてしまう。

「しかし族長…」と物見櫓のオークが言葉を漏らす。

 そりゃそうよね。一族でもないのに…

 私を抱きかかえるオークは物見櫓のオークを睨みつけ。

「この者たちは我らが盟友に相応しい!共にサイクロプスを仕留めたのだぞ!これ程の勇姿であれば我等が信ずるエアリス神と、スルスト族にも誇れる盟友だ!そうは思わんか!」

 大声を張り上げた。

 そうだ。オークは戦いの神の化身であり”生きる神話”であるスルスト族を祀っている。

 もしかすると…カホとの出会いはここへの導きだったのかもしれない。そう思ってしまった。

 オークによって諫められた物見櫓のオークは頭を下げ、「仰せのままに…」と言いながら門を開けた。

 ゆっくりと門が開くと、オークの若者達が飛び出し、倒れている戦士達を起こし始めた。

 そして、私達をオークの女性や、子供達が迎え入れるようにこちらを見ている。

 私達を抱きかかえていたオーク…族長のオークは私達を解放すると、子供や女性の前に立ち、両手を広げてみせた。

「勇者御仁方よ!歓迎するぞ!これほどの勝利はない!今日は宴だ!」

 その声に他のオーク達が歓声をあげる。私はというとまだ素直になれず。

「ぶ、豚の餌を食べろと…?」なんて言ってしまう。

「エルフさん…」とそれはカホに諫められた。

 分かってる。素直じゃないのは。悔しいけれど、嬉しい。オークに認められたのが。

 立ち上がりそっぽを向き。

「ま、まぁ、食べて欲しいとそこまで言うなら食べてあげないこともないわ!」

 ああ…またやっちゃった。違うの…その。

 オークの族長は私を見ると笑顔を見せ、頷く。

「ならば是非にだ。勇敢なる森のエルフと、友人たるエアリスの人の子よ。感謝の言葉もまだ言い足りない」

 大人ね。そして私はまだまだ子供ね。

「なら…仕方ないわね。私が食べていくのだから感謝するのね!」

「はは!ならば勇敢なる気高き森のエルフと…その奉ずる神に感謝を!」

 オークは誇らしげに胸を叩き私とカホさん。そして戦士たちを迎え入れてくれた。



 宴が始まると粗野で豪快なオーク達は酒を浴びるように飲み始め、絶対に食べきれない量の料理を次々と出してくる。

 こういうオーク流の歓迎も知っていたけど、やかましいし、もったいないでしょ!と怒りたくなる。

 私達なら、少量ながらも丁寧で品のある料理を何皿か出し、その味と雰囲気を楽しむのに。

「ほら!これを喰え!」と怪我を負っている…あの門の前で戦っていたオークが料理を持ってきてくれた。

 瀕死の重傷だったはずなのにもう回復したんだとその生命力にも呆れそうになる。

 ついでに…

「っ―!豚じゃない!」

 彼の持ってきた料理は豚が丸ごと焼かれ、おまけになにやらグロテスクな棒状…というかアレにしか見えないものがいっぱい並んだ料理。

「へ、変態!なによこれ!私にこんなの食べさせる気?これ…え?その…へぇ!?」

「あ?ソーセージだぞ?」と言いながらアレのような食べ物をオークは何食わぬ顔で食べ始めた。

 その光景はグロテスクとしか言いようがない。

「これ…アレ…を焼いてるのよね?」

 ここまで素で食べられていると自分が間違っているのかもしれない。アレのような食べ物を指さすと、オークは首を傾げた。

「アレってなんだ?」

―これ…私に言わす気?

「カホ!」

 思わずその名を呼ぶと、遠くで餌付けされていたカホがこちらに駆けてくる。

 カホは豚の丸焼きを見て目を輝かせ、さらにアレのような料理を見て、

「お、ソーセージだ。一本頂戴!」と嬉しそうにアレのようなものを一本口に入れた。

「一本と言わずに何本でもだ!」とオークは美味しそうに食べるカホにさらに差し出す。

 カホは次々とアレのようなものを食べ始める。

 思わずカホの肩を叩く。その…エルフのようになって欲しいとまでは言わないけれど。

「カホ。女を大事にして…」

「え?何!?なんで泣くの!?」

 気付くと涙がこぼれていた。

 初めて見た時は男の子かどうか疑っていたから余計に心配になってしまう。

 オークは首を傾げ、アレっぽいものを食べ。

「わからん。ただの腸詰なんだがな…」

「腸詰?」と私が聞き直すと。

「ああ、腸に肉を詰めた料理だ」

 腸に…肉?

「え?なんでそんなこと…」

 理解出来ない。本当にオークの発想が分からない。態々腸に肉を詰めるなんて…

 しかも態々こんな形にするなんて…

 そこまで考えて吐き気がする。

「美味しいって。ほら!」

「ひぃぃぃ…!い、いやよ…そんな食べられる訳ないじゃない」

 差し出された腸詰、ソーセージが頬に当たるとねとりとした油が頬につく。それだけで嫌なのに…

「はい!あーん…」

 ふとカホが差し出してくる。口に向かって…

 それで食べるとでも…とは思ったもののこれは食べず嫌いかもしれない。

 カホも美味しそうに食べてるし多分、大丈夫。毒キノコをおいしいとか言って食べるような子だけど。

 そうだ勇気を出そう。

「これも…経験ね」

 と項垂れたくなる気持ちを押し殺し、カホを見つめる。

「い、一度だけよ…これっきりだから…」

 怖いし、正直恥ずかしい。それに、食べさせて貰うなんて…小さい時以来だ。

「お願い」とカホが笑顔を見せる。

 お願いじゃ仕方ないか、とため息が出る。

「…感謝してよね」

 信じてあげるとは言えなかったけど、諦めてカホの目を見つめながら、恐る恐る口を開け、油で髪が汚れないようにかき上げ少しだけ口に入れる。

 脂っこいと思っていたのに、そんなことない。むしろ鼻に抜ける香ばしさが食欲をそそる。

 咥えたままゆっくりと噛むと、ふと、噛んだところから肉汁があふれる。

 甘さと香ばしさが凝縮されており癖になる味。

 思わずそれだけを味わいたくなる。

「はむ」とちょっと噛み切ると、パリッとした触感と共に柔らかいお肉。そして、美味しい肉汁と甘い油。それに包まれたミンチされた肉が舌を包む。

―美味しい。

 食べず嫌いはダメね…と自分を諫める。

 しっかりと噛んで、その奥深い味わいを楽しみながらゆっくりと飲み込む。

 唇についてしまった油をはしたないけれど手で隠しながら舐めて拭き取る。

 それだけでも香ばしく甘い油が心地いい。

 粗野だけど、これも洗練されたエルフの料理に負けていない。力強い優しい味。

 こんな美味しいものを教えてくれたカホには―

「わあああぁぁ!エロいからやめてー!」

 カホが絶叫し私を突き飛ばしてきた。

 いきなりのことで訳が分からずポカンとしたものの、

「な、なあー!誰がエロよ!」

 と思わず返す。そして同意を得ようと隣にいるオークを睨むと。

「いや…そのな…なんでもない」とオークも顔を赤らめ、視線を逸らされた。

「っー!」

 思わず私も顔が熱くなる。声にならない悲鳴が漏れ出した。

 その後、結局ナイフとフォークを出して貰って、切って食べることにした。

 あるなら出しなさいと怒って見せると、オークも困っていた。

 因みに、ソーセージを食べないという選択肢は私にはなく、やっぱり美味しい。

 何度かは齧って食べていたものの私がソーセージを食べるだけで何だか周りがザワつき、そして、その都度にカホの言ったように「エロい」と言われるのが腹立たしかった。

 「私はふしだらな女じゃありません」とツンと澄まして言ってみると族長が慌てて皆を諫めてくれた。

 そんな族長も私がソーセージをかぶりついていた時に凝視していたのは知っているので後で文句を言いたい。

 ナイフとフォークで食事をしながら

「カホ」

 と隣で目を輝かせて食事を楽しんでいる少女に声を掛ける。

「やばい!これ美味しい!」

 と、女らしさが欠如した物言いで料理を食べている。

「…あの」と再度声を掛けると

「んぅ?何?」

 口に物を入れたままこちらを見てきた。

 本当に女の子よね?と思わず言いたくなるのを必死に抑える。

 女の子なのは確認してるけど…中身男じゃないのかと心配で頭が痛くなる。

 一度息を吸い、しっかりとその目を見据え。

「なんだか、少しだけスルスト族の気持ちが分かった気がするの」

 そう言ってからナイフとフォークを置き、頭を下げる。

「ごめんなさい。あなたに酷いことをして!」

 これは私の精一杯の謝罪。スルスト族から力さえ貰えればあの怪物を倒せると。むしろそうじゃないと…勝てないと思っていた。

 だからカホには酷いことをしてしまった。ナイフをその首筋に突きつけたり、精霊魔法で傷付けた。

 なのに、それにも関わらずカホはスルスト族が言った通り、私に強さを見せてくれた。

 巨大な力に対しても立ち向かえる勇気と心を。

 ふとカホの手が私の額に触れる。

 顔を上げると自分の額も触り熱を確かめているのが分かる。

「だ、大丈夫?」

 と不安そうに心配してくる。

「もう!私が折角謝ったのに!」

 本当に調子が狂う!怒ってない、とかそういうのはないの!

「あはは、ごめんごめん。」

 とカホは軽い感じで謝ってくると、いてて、と脇腹を押さえた。

 そういえばサイクロプスの攻撃を何度も受けていたはず。思わずその肩に手を伸ばすとカホは笑って見せ。

「けど謝るのはこっちだよ。本当に助けて貰っちゃたし」

 そう言ってから、「あはは、突っ込んでぼこぼこにされた」と何も気にしていない様子だった。

 能天気ね、と思わず言いそうになる。

 ため息をつく私に、カホは満面の笑顔で。

「だから、ありがとう」

 その言葉に言葉を失ってしまった。

 ごめんなさい、とか気にしないで、より…凄く温かい言葉に思わず胸が締め付けられる。

 苦しい訳じゃない。なんて言えばいいのか分からない。

 ただ、温もりはしっかりと伝わる。

 視線を逸らしおぼつかい手で食事へと戻る。でも、なんだか手が落ち着かない。

「ど…どういたしまして」

 カホに聞こえないような声で返し、チラリとカホを横目で見る。

 カホは相変わらず美味しそうに食事をしていた。

 なんだろう。少し恥ずかしい。

 今すぐカホに…友達に、なんて言いたいのに言えない。

 視線を合わせるのが少し恥ずかしい。

「それにしても強いね。魔法もそうだし、私、弓下手だから憧れちゃうよ」

 カホがまた食べながら私にそんなことを言ってくる。

 何を言っているのか分からないわ。

「ふふ…」と小さく笑って返し。

 強いのはカホだと言ってあげたい。

 どんな絶望でも諦めない。勇気を持って前に出られるのだから。

 その勇気を少しだけ貰った気がする。

 だから、スルスト族には比肩出来ない私じゃ、カホの友達になれない…なんて思ってしまう。

「小娘!エルフよ!」

 いきなり私とカホさんの肩が掴まれた。驚いて思わずナイフを落としてしまう。

「うわ!えーと族長?」とカホが目を丸くして声をあげる。

「バルグだ!」と族長が名乗り、カホに何かを差し出した。

 カホはそれを受け取ると目を輝かせた。

「ほら、お前の剣だ!仲間が見つけてくれたぞ!」

 そう私がぶっ飛ばしたカホの剣だ。

 よく見つかったわね、と半分呆れる。

「よかった!気に入ってるんだよね、この子!」

 言いながらカホは腰の鞘に剣を仕舞い、「これがないと何か軽くて落ち着かないよ」と女の子らしさが欠けた発言までする。

 バルグ族長はカホの頭を撫でると、

「よい剣だ!大切に使ってやれ!」

 言われた言葉にカホは視線を逸らす。

「大切に…ねぇ」と少し後ろめたそうだ。

 多分、普段散々な使い方をしているのね。

 確かにいい剣。切れ味はともかく、その能力はカホには一番似合っていると思う。

「あと友人も大切にするのだぞ!」とカホがさらに強く頭を撫でられる。

「勿論だよ!」と言いカホが私を見つめる。

 そしてバルグ族長も私を見つめてくる。

「え?」と言葉に詰まる。

「ほら盃を持て!」と強引にバルグ族長が盃を渡してくる。

 受け取ると、黄金色のお酒を注いでくれた。

 それは私の髪と一緒の色のお酒だ。注がれただけで花のような香りがする。

「私、お酒飲めないよ?」とカホが不平を漏らすとバルグ族長は困ったような顔をしたものの、何かを閃いたのか、

「ならこっちだな!」とカホに彼女の髪のような赤いジュースを注いだ。

 バルグ族長は「苦いヤツ持ってきてくれ」とそう言うと、若いオークの一人が怪訝そうな顔でバルグ族長に徳利を1つ渡した。

 それを私とカホに向けてくる。

 どちらか注ぐべきか逡巡してしまい、結局二人同時に手を伸ばしたのを見たバルグ族長が

「二人共の酌がいいな!」と剛毅に笑う。

 そんな彼に呆れながら私とカホの二人で徳利を支え、彼の盃に注ぐと、彼の肌のような緑色の酒?のようなものが盃を満たした。

 三人の盃を満たしてから、バルグ族長は盃を掲げ、

「我等は友だ!かつてのエアリスのように、これからどんな苦境があっても、我等の絆は朽ちることはない!その絆を常に思い、必ずや困難も理不尽ですら乗り越えて見せる!」

 その彼の言葉と共に周りが沸く。

「―乾杯!」

 高々と盃を上げるバルグ族長に続いて…いや、負けないように私も掲げ、カホと同時に

「「乾杯!」」

と声を上げる。

 盃に満たされた黄金の酒…。

 口に含むとほんのりとした甘みが広がり、体が芯から温まっていく。

 果実酒なのだろうけど、飲みやすく喉を通り過ぎる時に思わずその優しさに驚かされた。

「美味しい」

 私が声を上げる。

 カホも目をしばたたかせた後に、

「甘くて美味しい!」

 と注がれたジュースに満足していた。

―そして。

「―っ苦い!」

 顔をしかめているのはバルグ族長。すっぱそうに口をすぼめている。

「やっぱり苦汁はダメだ…」

 とあんな屈強な戦士が子供のようなことを言うので思わずカホと二人で笑ってしまった。

 そんな私達をバルグ族長は笑いながら、

「やはり二人は仲がいいな。友との旅は楽しいだろう!」

 バルグ族長の言葉に思わず体が強張る。

 そしてカホを見ると、戸惑ってはいるけれど、どちらかというと嬉しそうな表情をしていた。

 ここは…仕方ないわね。

「当たり前よ。カホは私の大事な友達だから。危なっかしいけどね!」

 チラリとカホを見る。強引な友達宣言だったけど…出来れば受け入れて欲しい。

 カホは嬉しそうに「エルフさん!」と声をあげる。

 そうだった。こんなことになるなら名前言っておけばよかった。

 チラリとバルグ族長をみると小さく頷いた。

 この人…分かってやってたのね。オークらしくないけれど心の機微を読んでくれる彼には感謝している。

 だから、今は素直に…。

「…セフィラ」

 言ってからなんとも中途半端な名乗りになってしまった。

 バルグ族長はやれやれと首を振っている。

 仕方ないじゃない。恥ずかしいんだから!

 もう一度だけカホを見つめ。

「名前で呼んで欲しい。お父さんとお母さんに貰った…大切な名前だから」

 必死に伝えると、バルグ族長は小さく笑って見せた。

 そして、何で彼が私の親みたいな立ち位置にいようとしているのか、後で問い詰めてやる。

 カホは笑顔を見せ、

「セフィラ!…ってなんか恥ずかしいな」

 私の名前を呼ぶと、照れたように頭を掻き始めた。

「カホ!て、照れないでよ!私もそんなこと言われるとちょっと…」

 思わず視線を逸らしてしまう。

 ほら変な空気になった。

 だって、名前を呼び合うだけっていうのはちょっと恥ずかしい。それはまるで…

「なんだ?友人ではなく恋人だったか?いかんぞ、オジサンは許しません」

 バルグ族長が茶々を入れてくる。

 そして、まさかのオジサンという立場で見ていたとは思わなかった。

「「違います」」と二人で声を合わせると「仲が良くて結構だな!」と剛毅に笑いだす。

 それにしても、カホにもバルグ族長にも感謝しないといけない。

 カホからは勇気を貰って、バルグ族長は大人としてずっと助けてくれている。

 私がバルグ族長を見つめると、バルグ族長は茶化すように「照れるだろ」とワザとらしく反応をして見せる。

 もっと武人然としているかと思ったら、割と小気味いいのは分かったけど…話が進まない。

 意を決して畏まり。

「バルグ族長…その、今までの貴殿の同族への無礼を赦して頂きたい」

 バルグ族長に頭を下げる。チラリとあの物見櫓に居たオークを見た。彼ががこちらから視線を逸らしたのが見えた。

 彼らだって戦士なんだ。最後の砦という。

 それを勝手に臆病と決めつけた私は、かなり口汚く罵ってしまった。相手がどう思おうとそれは謝らなけばいけない。

 バルグ族長はフザケタ態度を辞め、一度頷く。そして笑い出し。

「はは!何を言う!豚と罵るでもよいぞ!口だけでないお主を認めぬものはおらん!」

 私の背中を叩き、そう言った後、真剣な瞳と共に頭を下げ。

「だが、主のその真摯な態度を無碍には出来ん。我等の誇りとしてその言葉を受け取ろう。そして、貴殿を森人等と揶揄した我と我が一族を許してくれ」

 多分、これが普段のこの人なのだろう。

 私とカホを見て少しギクシャクしているのを見ていられないで道化を演じたりもするのだろうけど、矢張りこっちの方が彼は板についている。

「ありがとう」

 素直に出た言葉にバルグ族長は視線を逸らし。

「…なんか調子が狂うな」

 いやどっちだろう?さっきは武人然が本性だと思っていたけど、この人ただのチャランポランかもしれない。

 まぁ、友達なんだしちょっとだけ意地悪させてね。

「あら?私が美し過ぎて照れているのかしら?」と大声で大げさに笑って見せる。

「なんだと!我が妻は主以上の美しさを持っている!その…少し狂暴だが」

 と言い終わるとバルグ族長は視線を逸らした。

「聞こえてるよ!」と彼の妻らしきオークの女性が声をあげ、バルグ族長が目を丸くして、駆け出していく。ご機嫌を取ろうと何やら料理を褒めている。

 私の家ではお母さんはお父さんを立てる人だったから、全然違うけれど、オークにも普通な家庭があることが少し嬉しかった。

 もう私の故郷は滅んでしまったけど…

 ここはオークの村でも…今度はちゃんと守れたよ。

 そう誇って言える。

 この村のオーク達を守れて…本当に嬉しい。

 お母さん、お父さん…ありがとう。





次の日―

 

 カホの傷が思ったよりも重傷だったので、すぐには旅立てず数日はこの村に泊まることになった。

 昨日は飲み過ぎで私以外へべれけ状態になってしまい、カホに至っては無理がたたって途中から気絶していた。

 ちなみに、私とバルグ族長が話している横で急にしゃべらなくなったと思ったら、その時には既に意識がなくなっていたので、慌てて皆で介抱した。

 カホの意識が戻ってから、カホと一緒に湯あみをしていると、覗いてきたオークに水の精霊をお見舞いし、ついでに「友だから儂も一緒しようか!さぁ、洗ってくれ!」と言ってきたバルグ族長には、精霊の力を込めたタライをぶつけておいた。

 まぁ、その後誰も来ないように彼が見張ってくれていたのだけど。

 もう少しマシな言い分はなかったのかしら。

 それでも少しだけ彼の性格は分かった。人を茶化すのが好きなのと、人が笑顔を見せると嬉しそうに表情を綻ばせる。

 そういう意味では彼は道化なのかもしれない。

 カホの傷はまだ歩くのがやっと、といった所だ。

 まだ傷も塞がり切っていないのに、「外に行きたい。体が鈍る」と言ったのはさすがに私でも引いた。

 余りに煩いので介助して外へと出ると、バルグ族長が復興の指示をしながら私達に声を掛けてきた。

「カホは冒険者だろ。ほらこれを…」

 そう言って、彼らの製鉄技術で作られたショートボウと、皮剥ぎ用の短剣を渡されたいた。どちらも黒鋼の複合合金製だ。いいものに違いない。

「いいの!?」と当の本人は喜んで受け取り、痛みで蹲っていた。

 やっぱこの子バカよね…とは言わない。

 このバカさ加減もカホのいい所だし。正直見ていて飽きない。注意するのも疲れるし。

「ははは!そこまで喜んでくれるのなら作った甲斐がある」

 バルグ族長はそんなカホを尻目に笑い。そして私の前へ立つと。

「森のエルフの御仁には…使ってもらえるといいのだが」

 と前置きをし、私がサイクロプスを倒す際に使ったものよりもさらに洗練された弓を差し出してきた。

 大きさは昨日私が使ったものよりは少し小さく、私の体に合わせてある。

 弦に触れると丁度いい強い張りだ。弾くと鈴のような音がなる。

 弦をよく見てみると七色に輝いており、張りと強度、音から見ても幻獣とも言われる川馬の鬣が使われている。

 弓の装飾はかなり品が良い。材質が黒鋼でありながらも色調を整え、さらに魔を祓う金が塗られている。弓には緑色の精霊石がはめ込まれ、彫刻としてはエルフが好む女神や鳥、湖をあしらったものと共に、オークの好む大樹が描かれている。

 粗野なオークは武器は無骨であるべき、という物には反している。装飾された武器を持つオークなんて見たことがない。

 握りも上々。丁寧になめされた皮にも品を感じる。オークの手には少し小さいとは思うけど。

 これはオークが使う為に作られたものじゃない。

 バルグ族長は私をじっと見つめてくる。

 きっと渾身の出来なのだろう。自分達の持てる技術を全て使い、私の為に作ってくれた…そう感じさせてくれる。

「ありがたく頂戴するわ。オークの武器の優秀さは身を持って知ったから」

 私の言葉にバルグ族長は大きく笑い出し、嬉しそうな声を上げる。

「主の技があってこそだ!そうだ、あの弓はサイクロプスを葬った弓として栄誉と共に代々受け継ごう!」

「は?」

 そこまで言われるとさすがの私でも戸惑う。

「彫刻と…そうだな絵物語も付けよう!」

 やめて欲しい。恥ずかしい上に、皆の力がなかったら確実に負けていたから。

 反論しようにも乗り気のバルグ族長を止められず、仕方なく頷いて了承することにした。

 それが何だか…エアリス様の伝承ようで少しだけ誇らしかった。

 なんだかここにいるのが気恥ずかしくなり、思わず蹲っているカホを起こし、

「カホ。少し弓の稽古を…その、つけてあげるわ!」

 私がそう言うとカホは顔を上げ

「本当!?」

と目を輝かせる。そして、痛みでまた蹲る。本当子供みたい。

「見てて危なっかしいのよ」とそれは今の状態にも言える。

 バルグ族長は怪訝そうな表情をし。

「まだ傷が癒えていないだろ?人間は傷の治りが遅いからな」

 それが心配から来ているのは分かる。少なくとも昨日死にかけていたはずのオークはもう元気に動き回っているから違いは理解してくれているらしい。

 カホはバルグ族長の言葉を聞くとまた立ち上がり、元気そうに手を広げる。

「へっちゃらだよ!ほら…いてて」

 全く説得力ないけどね。

 そんな彼女にはバルグ族長も呆れながら、カホの頭を撫で。

「まぁ、無理はするな。夜には帰ってくるのだぞ」

 子ども扱いをしながらも私達を見送ってくれた。

 二人で森に入り、私がカホに肩を貸しながら獲物を探す。

 生気に満ち溢れた森なだけあり動物は多い。

 いつものように木の精霊に挨拶をし、狩りを始めた。

 歩いて20分程すると角兎を見つけた。

 カホはさっき貰ったばかりの矢を構え、痛みを堪えながら引き絞り、放つがまるで当たらない。

 着弾地点から見ても2メートルは離れている。

 ケガの所為もあるのだろうけど、才能がないのは明らか。

「当たらない…」

 しかも何故当たらないのかすら分かっていない。

 動く標的だから当てるのは難しい。避ける位置等を考えないと当たらないのだけど、さっきの寝ぼけ眼な動かない角兎くらいには当てて欲しかった。

 思わずカホの手を取り、

「ゆっくりと構えて」と一から師事することにした。

 弓の稽古をしながら、近くに生えているキノコを適当に採取し、よく知られる食べられるものとそうでないものを教える。

 カホはどれも興味津々で聞いてくれるので教えていてなんだか面白い。

 ふと、思い出したことを試してみることにした。

 近くにあるキノコの傘の部分を軽く千切り、

「これ」と差し出すとカホはその表情を歪めた。

「噛んでみて」

 と私が告げると、カホは恐る恐る噛み始めた。

 因みに毒キノコ。

 少量なら問題ないし、何よりも食べられるかどうか、その判別の為に、傘の部分を軽く千切って噛み、噛んだ時に舌に刺激があれば毒の可能性がある…という判別方法を教える為。

 ほかのキノコでも試したらすぐに違いも分かる。適当な食べられるキノコを手に取りながら、

「2回くらい噛んだら口から出し…」

―ゴクン

 嫌な音がした。

「は?」と私が声を上げ、カホを見るとカホはキョトンとした顔でこちらをみてくる。

「え?」とカホは完全に飲み込んでいた。

 少量なら問題ないんだけど、今のカホってかなり弱ってる…

「あーもう!毒キノコよ!吐きなさい!今すぐに」

 慌ててカホの口を無理やり開かせる。

「ちょ!セフィラ!痛いって…あああああ!」

 叫ぶカホを尻目に指を突っ込み…無理矢理吐かせる。

 カホの女の尊厳とかもうそういうのどうでも良かった。もう男の子みたいなものだし。

「先に言ってよ…」と涙ぐむカホ。

「ちゃんと聞きなさいよ」と私も疲れた。

 本当に疲れる。なんでこんなことしないといけないの…

 話を聞かないバカなカホに必死になって…何を世話しちゃっているのだろう。

 そう思うと自然と笑いがこみ上げてきた。

「本当にカホって何も知らないのね!」

 笑いながらそう言うとカホは膨れっ面になってから一緒に笑ってくれた。

 まぁ、笑いごとじゃないけど。こういうスマートじゃないのもたまにはいいよね。

 それから山を歩き、獲物を探し、時には足を止め薬の作り方を教えてあげたり、狩りが下手過ぎるカホが余りにもじれったいので私が軽く数匹取って見せた。

 そして日が落ちようとしている頃、ようやくカホが一匹仕留めた。

 嬉しそうに獲物を見せ、何故か自慢げで思わず素直に褒めてしまった。

 オークの村に帰ると、心配していたのかバルグ族長が狩りの装備をして門の前に立っていた。そんな彼にカホは自分の取った角兎を堂々と見せ、

「じゃーん!一匹獲れた!」

 そんなカホをバルグ族長は優しく撫でてから、安堵の息を吐いた。

 彼はそのまま私が担いできた残りを見て。

「ほう!残りは?」と分かり切った事を聞いてくる。

 カホは悔しそうに表情を歪め、

「セフィラ…」

 そう言われたからには、私もらしくないけど自信満々に今日の獲物をバルグ族長へと見せつける。収穫は5匹。カホのと合わせて6匹。介助しながらでも上々じゃないかしら。

 バルグ族長は手を叩きながら、

「はは!流石の腕前だな!だが、我も本気であれば10や20は獲れるぞ!」

 へー、そんなこと言っちゃうのね。

 私は獲物を置いてから軽く腰を曲げてバルグ族長を見上げる。

 貰った弓を見せながら、

「ふーん。この弓があるのよ。私が本気ならこの森の生物をすべて根絶やしに出来るわ」

 この言葉にバルグ族長は顔を青ざめさせ、やりかねんと言った雰囲気で。

「冗談でもそれはさすがにやめてくれ」

 弱り切り懇願するように言ってきた。

 思わずそんな私達の友人をカホと笑いあった。

 夜にはまた盛大な料理が振舞われ、そして湯あみをして、温かい布団で眠る。

 隣からバルグ族長と奥さんの声がちょっと漏れているので、思わずカホの耳は塞いでおいた。

 客人がいる内くらいは我慢して欲しい。

 まぁ、それも子孫繁栄を是とするオークには必要なんだろうけど。

 明日文句を言ってやろう…そう思うと自然に笑みが零れた。

 困った顔をするバルグ族長を、友人を、カホと二人でどういじってやろうかと…そう思いながら。




夜―


 ふと目が覚めると、温かい感触がした。

 どうやら誰かが頭を撫でているみたい。

 顔を上げると、カホ…いやカホの姿をしたスルスト族がそこにいた。

「ほう、少しは顔つきが変わっ

たな」

 私を撫でていた手を話すと軽快な動きで窓辺に座った。

 私も起き上がり、「あら、やっと来たのね」と返す。

 それにスルスト族は「よい胆力だ」と満足してから、カホの顔を見るように窓に自分の顔を映し。その頬に触れた。

「心配だからな」

 優しそうに瞳を閉じ自分の頬を撫でながら、「昨日はカホから全く反応がなかったから眠れなかった」と不服そうに言ってくる。

 そういえば気絶して、生死の境を彷徨っていたから…と言うべきなのかな。

 ただ、思わず笑いそうになった。

「スルスト族がそんなことを言うなんて、こちらも世界の危機を心配するべきね」

 私の言葉にスルスト族は満足そうに頷き「答えは見つかったか?」と尋ねてくる。

 それに頷いて応え。

「あなたに言われて自分の弱さがわかったわ」

 5年間。ずっと修行をして、強くなった気でいた。

 少しも成長していない心を置き去りにして心が弱いまま、ずっと。

「私が力を求めていたのは、強大な力から目を逸らし、立ち向かう勇気すらなかったから」

 それをたった数日で変えられた。

 5年の月日を掛けても手に入れられなかった強さを貰った。

「どんな時にでも、勝利を目指し、誰かの為に戦うからこそ、さらなる力を引き出せる。それが勇気。少しだけ分かった気がする」

 スルスト族を真っすぐに見つめて言うと、彼女は優しく微笑んだ。

「今の主なら…本当に今すぐ喰らいたくなってしまうな」

 そう言ってから窓際から飛び降り、私の目の前まで来る。そして、私の肩を掴むと押し倒し見つめてくる。

「どうだ、死合うか?妾の場所を教えてやってもよいぞ?」

 彼女から教えてくれるなんてまたとない好機。でも違う。

「いいえ、いずれ探し出しすわ」

 私の答えを聞くと、スルスト族は嬉しそうに口元綻ばせた。

 聞いていたイメージと全然違うけど、スルスト族は戦いを賛美し戦士を祀る魔族。

 だからこそ認めた戦士の成長を願っている…そう思えてしまう。

 少なくとも彼女からはそういう意志を感じる。

 だからカホを友人として迎えたのかもしれない。

 それがちょっと悔しい。私には初めて見た時、カホはただの弱い子だったし。

 もっと早く気づけたら色々話が出来たのかな、なんて後悔をしてしまう。

 でも、彼女にはカホの友人として負けられない。

「それまで待ってなさい!その時にはもっと腕を磨いて、必ずあなたを倒してみせるから!」

 啖呵を切って見せるとスルスト族はキョトンとし、小さく笑いながら。

「ふふ、楽しみにしておるぞ。主と戦うまでは妾は死なんと約束しよう」

 その約束が誇らしくて、「当然よ」と言い返す。

 スルスト族は満足したのか私を解放すると欠伸をして見せた。

 昨日カホが心配だったとか言ってたし、眠れてないのかな?といらないことを考えてしまう。

「あ、最後に一ついいかしら?」

「む?妾はもう眠いのだが…」

 本当に眠たそうだ。目がとろんとしている。

「あの『呪印』はなに?カホが気にしてたわ」

 カホが気にしていた時に本人に聞いたらなんて思っていたけど、どうせなら代わりに聞いてあげよう。これはただの老婆心。

「あれか…」とスルスト族は欠伸をし、首筋の『呪印』を触れながら。

「これは『共鳴の呪印』だ。友や伴侶となった者に与えるもの。何処に行ってもお互いにその存在を感じ合える。今の妾のように危機が迫った時には助言も与えられるのだが、何故かカホには数日に1回、それも眠っている時にしか使えん」

 本当に友人なんだと思わず微笑んでしまった。

 しかもカホ本人は『違うかも』と困っていたのに、スルスト族の方から言わせるなんて、意外に凄いことだね。

 スルスト族は呆れるようなため息を吐いた後、

「まぁ、カホが眠っていると分かれば無事も分かる。それで十分だがな」

 その言葉と表情からは本心からカホの身を案じているのが分かる。

 そして、もう一つ分かってしまうのは、きっとカホと話が出来ないのが寂しいのだろう。

「本人に伝えてもいいかしら?」

 私が意地悪く一応確認するとスルスト族は見ても分かる狼狽を見せ、

「それはならん!カホには妾から言う!」

 言ってからそっぽを向き、

「それに…その、少し恥ずかしい」

 照れた様子で窓の外を見ている。

 このスルスト族がどんな子なのか分からないけど、きっと年相応の少女なのだろうと思えてしまう。

「ふふ…あなた変わってるのね」

 私が笑顔でそう告げると、照れながらも怒ったように、

「もう知らん!寝る!」

 とだけ告げてカホの体をベッドにしっかりと横たえてから、スルスト族は消えていった。

 変わったスルスト族。全然伝承と違う。

 血塗られた教義により、血と戦をなによりも好むはずなのに、人の成長を見て、嬉しそうに表情を綻ばせ、友達を大事にし気にかける。

 そういうのはきっと…

「ああ…そっか。スルスト族にも優しい人はいるんだ」

 その答えと共に少しだけ頬が緩んだ。

 カホに会って、彼女に会って、そしてオーク達に会って、少しは私も成長したと思う。

 始まりはカホで、あの子が少しずつ皆を変えていく。

 もしかすると、あのスルスト族もカホに似たのかも…なんて思えてしまう。

「考え過ぎね」と私は一度だけ寝息を立てているカホの寝顔を見てから自分も眠ることにした。






 オークの村に10日滞在し、カホの怪我がようやく完治した。

 完治し簡単なリハビリが終わった後、私達はまた旅に出ることにした。

 正直10日間もここにいることになるは思わなかった。

「もう行くのか」と旅に出る際にバルグ族長に引き留められる。

 因みに彼には一番早く伝えた。昨日の朝に話したら泣き崩れて引き留められ、お願いまでされた。

 それも半分は芸なんだろうけど、それでもまだ残って欲しいという気持ちは伝わった。

 ただ、ここでの暮らしは思った以上に快適でこれ以上ここに留まると旅に戻れなさそう。

「うん。旅の途中だったからね」とカホがバルグ族長に返す。

 バルグ族長は首を軽く横に振り、私とカホを交互に見つめ。

「お前達と会えて本当に良かった。礼を言う!」

 『おもしろバルグ』じゃない方の『武人バルグ』としてお別れは言ってくれた。

「私も楽しかったよ」とバルグ族長に伝えると、

 バルグ族長は笑い出した。

「はは!セフィラよ!お主そうして、しおらしくしておると中々可愛らしいではないか!」

 もう台無し。さっきまでの格好良さはどこにいったのかしら?

「おべっかばかり言ってると、その口を縫い合わすわよ?」

 ニヤリと笑って悪態をつくと、バルグ族長はさらに笑い。

「本心だからな。縫われる必要もない!」

 口が減らないんだからと呆れてしまう。

「バルグ族長も変わってるわね」

「セフィラがそれを言えるのか?エアリスがいないのにオークと付き合う等エルフらしくないぞ?」

 ああ言えばこう言う。

 というか、確かに言っていること全部この三人に突き刺さるのよね。

 種族は違うのに変なところ似ているからな、私達って。

「貴殿等…友人の旅路の無事を祈っているぞ」

 バルグ族長は私にそう言うと一度だけ私達二人の頭を撫でた。

「私も寝物語に出てくる凶悪なオークがいつまでも強い存在であることを祈るわ」

 バルグ族長は一瞬言葉に詰まり、少しだけ寂しそうに。

「頼りなかったか?」と告げてきた。

 何そんな顔しているの。似合わないわよ。

「いいえ。あなた達勇姿をしっかりと見たわ。おかげで…勇気が出たわ。ありがとう強き友人バルグ」

 私の言葉にバルグ族長は小さく笑い。

「そうか」と満足そうに答えた。

 別れ際にカホが「皆にエアリス様の加護を!」と声を上げる。

 その言葉に思わず私とバルグ族長は目を丸くし、笑みを浮かべてしまう。

 この世界にもう彼女はいない。それが寂しく惜しい。

 太陽のように世界を笑顔で照らし、月のように涙で優しく照らす、人間の少女だったと伝わっている。

 彼女がいたからこそ、私達はお互いを知り、時にぶつかり合いながらも新たな日々を送ることができた。

 そして、彼女を知る者たちが伝え続け、彼女の思いと願いは今も残っている。

 平等と試練の女神。

 そして、私達を繋いだ友人。それこそエアリス様。

 彼女がこの世を去ってからどれ程立ってしまったのかは分からない。気の遠くなる時間が過ぎてしまっている。

 彼女がいない間に人間ともオークとの関係も冷え切り、お互いの罵倒ばかりが続いた。

 だけど、両親から彼女の話を聞くたびに「いつかエアリス様が来てくれる」とそう言っていたのを覚えている。

 エアリス様の話を思い出すだけでも、また人間達とも分かり合える日がくると信じられる。

 きっと、あのオーク達もそう思っているのだろう。

 歩み寄るという試練を乗り越え、お互いを愛したエアリス様の友人の子孫として。

 オークに見送られ、そしてまた森へと入る。

 カホが目指すアルトヘイムへと続く街道まで歩きながら、

「私達エルフとオークは本来、犬猿の仲なのにね」と思わずカホに愚痴をこぼしてしまう。

「なんか嬉しそうだね」とカホはそんな私の本心をついてくる。

 どの口が言うの、と思わず返してしまった。

 私も少し前までは敵だったのに、いつの間にか仲間を通り越して友達になってる。

 アルトヘイムへと続く街道が見えたところで、

「そろそろお別れね」とカホに告げると、カホはキョトンとした。

「えー…一緒に旅をしないの?もっと弓とか教えて欲しいのに」

 駄々をこねられる。この一緒に旅をした中でカホとは本当に仲良くなったと思える。

 出来ればカホをアルトヘイムへと送ってあげたいのだけれど、私にもやることが出来た。

「我が儘言わないの!」

 カホを諫め、本当は別れるのが…泣きそうなくらい嫌なのを押し殺す。

「私…故郷に帰るわ。そして、必ず再興して見せる」

 その決意を告げる。

 スルスト族を探すのは止めない。

 でも各地に散ってしまった仲間達を集めて…カホを通じて知った友人の温かさで仲間の誤解を解いてみせる。

「カホ。あなたが生きていればきっとまた会えるわ。それに、私が復興させた村に今度は遊びに来てね」

 言いながら涙がこぼれていた。

 それを必死にぬぐい。笑顔を見せる。別れの時は笑顔で見送りたいから。

「だから!次にあった時は…私をもっと頼りなさいよね!」

 カホはキョトンとしながら、

「いやいや、頼りっぱなしだったけど?」

 確かに、と私も笑って見せるとカホは照れたように頬を掻いた。

 でも、そうじゃないよ。カホのおかげで、私は逃げる為の力じゃなくて、勇気を持って困難に立ち向かうことを知ったから。

「手を出して」と私がカホに言うと、カホは首を傾げながら手を差し出してきた。右手には荷物を持っているから丁度左手を。

 その指に私の付けていた一族の指輪をはめる。

 嵌めたのは左手の薬指。これはちょっとした悪戯。きっとスルスト族が見たら怒り狂うだろうから、初めて会った時の仕返しのつもり。

 カホは困ったように頬を赤らめ。

「指輪?」と。

 そんな顔をされると困る。変なところ女の子なんだから。

 そっぽを向き、平静を取り繕い。

「親愛の印よ!ただの指輪だけど…大切にしないさいよ」

 チラリと見ると、カホは困ったように左手の薬指を見ていた。

 多分、カホの故郷でも特別な意味があるようね。

「そうだ。何か思い出にカホの物を貰ってもいい?」

 そう聞くとカホは困ったように荷物を漁り始め、

「何かあげられるものあったかな?」

 中から出てくるのは旅の必需品かゴミのようなものばかり。あげられるものは無さそうねと諦めかけ、ふとカホの髪が揺れた。

 彼女の一番のトレードマーク…

「じゃあ、これで」と言いながらカホの赤い髪を少し切り取る。

 カホも驚いた様子だったけど、私がカホの目の前で髪を結い合わせ、自分の髪も少し切ってそこに合わせる。

 2色のミサンガのようにしたそれを糸と針を使って服に縫いつける。

「器用だね」とカホは別に気にしていない様子だった。

 ちょっと恥ずかしかったけど思い切って私がしたのに反応が薄い。

 何かないかな、と思ったところでふと思い出した。

 そう言えばカホは…

「そういえば唇はもう貰ったから、これじゃあ貰い過ぎね」

 ニヤリと笑って見せると、

「ああ!そうだ!私のファーストキス!」

「ふふ、役得ね」と意地悪く笑って見せる。

 どうやらカホの故郷では口づけは余程大切な儀式らしい。私も初めてだったけどね。

 怒っているカホを尻目に手を振り上げ。

「また会おうね。カホ!あなたの旅路にエアリス様の導きを!」

 私が別れを告げると、カホも一度逡巡してから手を振り上げた。

「セフィラにも、エアリス様の加護を!次は遊びに行くからね!」

 そう声援を送ってくれた。

 全くカホったら、そんなの当然じゃない。

 だってカホに負けてられないんだから。

 そう思いながらセフィラは森を進み、服に結わえた二人のミサンガに優しく触れた。

 そうしているだけでカホの勇気を感じる。

 そして、背にある弓のおかげで、バルグ族長が私達を守ってくれている…と感じれるから。

 一人じゃない。困難な時は二人を思い出して前に進もう。進み続けよう。

 この世界にエアリス様はもういない。だけど、その意志を継いでいくことは出来る。

 エルフの仲間達を集め、人間への偏見を解き、村の再興が終われば、伝え聞くかつてのアルトヘイムになるように人間やオーク達にも歩み寄ろう。

 そこにカホやバルグ族長も呼んで、見せてあげたい。

 エアリス様の友人の子孫であり、誇り高きエルフ達の姿を。

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