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彼女の旅路~Load of memories  作者: きのじ
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第十一話『ゴブリンからの依頼』

第十一話『ゴブリンからの依頼』



 私…ことカホは次の村を目指して街道を歩いていた。

 途中、街道が山へと走っていたことから、山道を通っていく。

 歩きなれていないこともあり、適度な場所にて野営の準備をし、夜半を過ぎた頃だった。

 就寝しようとしていたところを森から飛び出してきた緑色の体と、老人のような顔つきの魔物…ゴブリンに襲われた。

 襲われたものの、武器は近くに置いてあったので難なく返り討ちにしたのだが、問題は、

「コウサン、ユルシテ!」

 泣きながら、私を襲ってきたゴブリンの一匹が手を合わせ懇願してきた。

 他のゴブリンもそれに続いて頭を下げてきた。

「え?」

 ゴブリンが喋ったことに驚き手を止めてしまう。ゴブリンは泣きながら、

「シニタクナイ!」

 その言葉に思わず、カリデの村の惨状を思い出してしまった。

 それに誰だって生きたい。それを純粋に願うことは決して悪いことじゃない。

 だけど、罠の可能性もある。人語をしゃべるゴブリンは今に思えば2度目だ。一度目はあの赤い頭巾のゴブリン。どうするか、きっと今ここで判断をしなければいけない。

 きっと冒険者ならすべきことは脅威を排除すること…でも。

 剣を納め、まるで説教するように

「分かった。これ以上悪さをしちゃダメだよ!」

 そう告げると、ゴブリン達は泣き崩れた。私はやれやれと首を振り、剣を収めて去ろうとすると、私の服の裾が掴まれ、

「タノム!ニンゲン!タスケテ!オレタチ、チカラ、カシテ!」

 必死に私に依頼をしてきた。

 どうしようかと迷ったものの、このゴブリンから邪悪さが見えない。

 あくまでもあの赤い頭巾のゴブリンと比べてだけど。

 ただ、こういうのには弱い。助けてと言ってる人?を見捨てるのが苦手だ。

「内容によるかな?」と、曖昧ながらも協力することにした。

 私の答えにゴブリン達は喜んだ様子で顔を上げ、

「ニンゲン!オレタチ、スミカ、トラレタ!トリカエス!」

 そう言ってきた。これは相手によるかな、と肩を落としたくなる。

 正直、相手が人間だと私じゃ役に立たないと思う。

「人間相手じゃ無理だよ」

 私の言葉に人語を理解するゴブリンは驚いた表情を見せた。

「ソンナ!ニンゲン、オイハラッテ!オレ、コマッテル!タスケテ!ニンゲン!」

 必死に懇願してくる。人を傷つけられるような度量は持ってないと言いたい。

 ゴブリンは両手を合わせこちらを必死に見てくる。

 まぁ、別に悪い魔物でもないし、もしかするとそれが分かってくれれば戦わなくて済むかもしれない。

「もう…話し合うだけだよ」

 楽観的だけど、話し合えば分かり合えると信じておこう。その依頼を受けることにした。

 ゴブリン達は余程嬉しかったのか、両手を叩き、私に飛びつき、

「ニンゲン、イイヤツ!スキ!」

 言われた好意に何とも言えない。まさか人外から告白されるとは。

 その後、ゴブリンに案内されながら、山道を森の奥へと進む。

「なんで襲ってきたの?」

 そう聞くと、人語を理解出来るゴブリンは私の腰の剣を指さし、

「ニンゲン、イイケン、モッテル!」

「ああ、これなら使えそうだもんね」

 狙いは私の『ショートソード(グラディウス)』か。まぁ、これの持ち主もゴブリンだったし、もしかすると私はゴブリンに縁があるのかもしれない。

 私の答えに「クレルカ?」とおねだりするように言ってきたので、「あげない」とキッパリ断る。

 ゴブリンはしょんぼりしたものの、すぐに立ち直り「ニンゲン、ニアッテル、シカタナイ」と諦めてくれた。確かに私の体躯じゃこれ以上の剣は持てないけど、似合っているかは別だ。

「そういえば、その人間って?」

「オトコ!」

 とゴブリンが声を上げる。ぶつ切りで助詞がないせいで、意味がよく分からない。

「あはは、まぁ、私は男にしか見えないか…」

「ニンゲン?オンナ、チガウカ?」

 ゴブリンが不思議そうにこちらを見てきた。

 なんか新鮮だ。こっちに来てから男扱いばっかされてたから。そして、少しショックだ。女性だと純粋に見てくれている異性がゴブリンなのが。

…というか、男なのだろうか?

 そんなどうでもいいことより、

「男の人間がいるの?」

 私の言葉にゴブリンは頷き、怒った様子で。

「ニンゲン!オレタチ!タカラ、ヌスンダ!」

 宝物が盗まれたのか、と思ったところでふと、始めの会話を思い出した。

 始めは、住処から追い出してくれと言われた。けど今は盗まれたものを取り返してと言っている。ぶつ切りの会話だから今一つ分からない。

―罠じゃなければいいけど。

 一応注意はしておこうと剣に手は掛けておいた。

 少しの時間歩いていると目的地が見えてきた。

「ニンゲン、アレ!スミカ!」

 洞穴を指さしゴブリン達が私に示してくる。

 夜は更け、恐らく日付が変わったくらいになった。辺りには月明りしかなく、足元も見えにくい。

 洞窟の近くには草が生い茂り、一部は土が丸見えとなっている。

 草の上にはバラバラになった木材が落ちており、それが元々は馬車だったのだろうと推測が着く。

「あなた達がやったの?」とゴブリンに尋ねるとゴブリン達は首を振り。

「アレ、ニンゲン、バシャ!」

 それは知ってる。それとも何か他の意味があるのかもしれない。

 ただ、首を振っている以上、このゴブリン達の仕業ではないと信じる他ない。

 馬車であったであろう物に近づくと、不意に私の後ろから衝撃が走った。

「ニンゲン!」と慌てた様子でゴブリンが体当たりしてきた。

 不意打ちを受けしまったと思った時には頭を木材の角にぶつけ、ゆっくりと視界が暗くなる。そんな中にゆっくりとゴブリン達が近づいてきた。


「…ゲン、ニンゲン!」

 体が揺すられる。誰かが呼んでいる。

 目を開けると満点の星空と月が見えた。その視界にいきなり子供の体躯をした老人の顔が現れる。

「うわぁ!」

 慌てて飛び起きようとして、その顔と額をぶつけあってしまう。

「イタイ!」

「いったー!」

 お互い額を押さえ合い、周りを見る。他にも2匹のゴブリンがいて、こちらを怯えた顔で見ていた。

 状況が呑み込めずぼんやりとしていると、手が何かに触れた。

 木の感触だ。

 後ろには壊れた馬車がある。

 確か私はこのゴブリンに不意打ちを喰らい、頭をぶつけたはず…なのに、武器も盗られていなければ体に異常がある訳でもない。

「あれ?」

 状況が呑み込めず、首を傾げてしまう。

「ニンゲン!ダイジョウブ!?」

「うん…でもなんで?」

「ナンデ?」

 ゴブリンは私の言っていることが分からないといった風だった。

 普通なら敵意があるなら気絶した私から目的の剣を奪えばいいのに。それでなくても無防備なんだし、攻撃するでも…

 その先を考え頭を振る。不埒な考えはナシにしよう。

 他のゴブリンが声を上げ、馬車の隣、草の生えていない土が露出した部分を指さしていた。

 それを見たゴブリンが土の部分を指さし、

「ヌマ、オチル、カエレナイ!タスケタ!」

 何となく理解出来た。

 つまり、私が不用意に馬車に近づき、この沼に落ちそうになったから体を張って助けてくれたのだろう。

「これ沼なの?」

 暗いとは言っても一応月明りはある。こちらの世界の月は割と明るいので、物はある程度見えているつもりだ。ゴブリン達が指し示しているものはどうみても土だ。

 水気を含んでいるようには見えるけど…

 近くにある石を拾い投げ入れてみると、ドプンと不快な音を立てて呑み込まれていった。

「沼っていうか、底なし沼ね…」

 危なかった。一歩間違えたら本当に飲み込まれるところだった。深さは分からないけど、もしかすると馬車はあるのに、馬がいないのはこれの所為?

 詳しくはないけど、冷や汗が出る。今後から気を付けよう。

 よくよく見ると、馬車だったもの近くには荷物が残っている。何が入っているのか気にはなるけど、勝手に触って怒られるのも嫌だ。

 手近なものと言えば、馬をつなぐ為の太めの綱しかない。これは…使えないかな?

「ニンゲン?」

 名前を呼ばれ頭を切り替える。何を堂々と泥棒をしようとしているのだろう。

 助けてくれたゴブリンに向き直り。

「ありがとう。助かったよ」

 本当に助かった。助けてくれた心優しいゴブリンの頭を軽く撫でると、不思議そうな顔をした。

「ニンゲン?オレ、ホメタ?」

「うん!お手柄だよ!ありがとう」

 確認する程のことでもないと思うけど、もう一度お礼を言うと、ゴブリンは飛び跳ね出し。

「ニンゲン!ニンゲン!ホメテクレタ!イイヤツ!オレ、スキ!」

 また告白された。まぁ、どちらかというと、恋愛よりも友人としての好きだろうけどね。

「じゃあ、友達になる?」と冗談で言ってみた。

 ゴブリンはキョトンとしたものの、すぐに目を輝かせた。

「ニンゲン!トモダチ!ウレシイ!」

 飛び上がって喜んでくれた。何だか冗談で言っていた自分が恥ずかしい。

 こんな気のいい子なんだ。中にいる人間にも話したら分かって貰えそうだ。

 俄然やる気が沸いてきた。

 洞窟はかなり大きい。入り口だけでも2メートルはある。中は真っ暗だ。

 そういえばウェンさんからゴブリンは夜目が聞くといっていたけど、これだけ暗くても中が分かると思うと相当目がいいのかもしれない。

「案内出来る?」と私がゴブリンに聞くと、

「ニンゲン!メ、ヨクナイ!マカセロ!」

 ゴブリンは喜んで私の前を案内し始めてくれた。

 それに続いて中にに入るとふと、足元がとられ、慌てて壁に手をつく。さらには手をついた壁まで崩れた。

 洞窟の入り口近くには泥…というより粘土のようなものが堆積していた。乾き始めているのか、それ程湿ってはいない。そして壁は粘土が固まったもの。もしかすると採石場のような場所だったのかもしれない。

 足元もとられる上に暗い…となると、一応待ち伏せの警戒を考え、背負っていたカバンを降ろし外に置いておく。持ち物は盾と剣だけにして、一応戦う準備は整えておく。

 カバンの中に使えそうなものは…ない。入っているのも食料と水だけ。

「ニンゲン!キテルカ?」

 先の方から声がし、「早いよ!ちょっと待って」と慌てて着いていく。


 暗い洞窟を暫く進み、ふと奥から声が聞こえてきた。

 洞窟に反響している所為か、どれくらいの距離があるのかまでは分からないけれど、確かに聞こえてくる。

 男性の声だ。そして、

「…たす…け…て」

 その言葉が聞こえ、ふと嫌な予感がする。

 私に依頼してきたゴブリンは夜目が聞く。今も難なく洞窟の中へと進んでいっている。対する私は全くと言っていいくらい見えていない。

 もし待ち伏せ、または騙し討ちにあえば不利は必須。

 そこまで考え頭を振る。

 暗いせいで変にネガティブになっている。

 ダメだ。信じよう。この子達じゃないと信じ前へ進む。

「たすけて…たすけて」

 とまるで同じことを何度も暗闇から響いてくる。おかしくなりそうだ。

 暗闇と絶え間なく続く声が永遠と聞こえてくる。

 もしかすると、この先の人間を他の魔物が襲っている可能性もある。なら、早く助けないと。

 どうすればいい。こんな暗闇の中を探し続けるのは間に合わない可能性もある。

 なら…

「私は冒険者のカホ!何処にいるの!助けにきたから安心して!」

 声を上げ、反応を待つ。

「ニンゲン!?」

 私の声にゴブリンが驚いた様子だった。ゴブリンは私の元へ走ってきて、手を大きく振りながら。

「オオキイコエ!ビックリシタ!ドウシタ!?」

 一言言ってからにすればよかった。驚かせてしまったようだ。

「ごめんね」

 一言謝った私の手をゴブリンが握る。

「コワイカ?」

 その手が優しさから握られているのは簡単にわかる。この子は本当に私のことを心配してくれているのだろう。

 少し、怖くなくなったよ。

「大丈夫だよ。それに、誰かがずっと助けを呼んでるし」

「ナニイッテル?キコエナイ、コエ」

 ゴブリンから手を離し、声のする方向に耳を傾ける。

「たすけて…」

「だって…ほらこっちから…」

 指をさした方向から、暗闇から大きく醜悪な顔が現れた。

 腐ったような臭い、荒れてボロボロになった肌。その顔にある虚ろな瞳が私を捉えると、醜悪に笑った。

「え…?」

 突然の出来事だった。いきなり鈍い痛みが体に走る。

 気付いた時に壁に打ち付けられていた。

 痛みで気が遠くなるのを必死に堪え、暗闇の先を見つめる。

 あの醜悪な顔が、その2メートルをゆうに超える巨体を現した。

 焼けただれたような肌。ごつごつと異質に隆起した体。そして、人間の臓物を体に巻き付けた体。

「オーガ!?」

 ゴブリンが叫ぶ。私は慌てて、剣を抜こうとするが、手に力が入らない。

「がぁ…あぐ…!」

 口から血が漏れる。不意打ちで防御すら間に合わなかった。

「ニンゲン!?」

 ゴブリンが叫び、そして、一緒についてきていたゴブリン2匹が逃げ良く。

 そして、オーガと呼ばれた魔物がにやりと口元を歪め、口も動かさずに「たすけて」と先ほど私が聞いたあの声を響かせた。

「ぐ…なに…どういうこと…」

「オーガ!ヒト、クウ!コエ、マネル!」

 そのゴブリンの言葉でようやく分かった。

 私は…こいつに誘われたんだ。

 何があったか分からないけど、この先でゴブリン達の巣を荒らした人間はもう…

「ニンゲン!」

 ゴブリンが叫んだ。

 鈍い咆哮と共にオーガがその拳を振り上げ、私を横凪にする。

「がはっ―!」

 何も出来ず、体を地面にしたたか打ち付けた。幸い、地面は粘土質。クッションの代わりにはなってくれた。

 痛みで体がおかしくなりそうだ。

 何とか立ち上がり、オーガを見据える。

 オーガはこちらをまるで警戒もせずおもちゃでも見つけたかのように拳を振ってくる。

 そんな単調な攻撃で…

 膝を曲げ、その拳を回避し、腕に一撃を突き入れる。

 ゴリ―と固い音がした。

 骨に当たった音じゃない。血の気が引くのが分かる。私の剣が皮膚すら貫通しない。

 出来たのは擦りむいた切り傷を付けられただけ…

「くそ…!」

 オーガは下卑た笑いを浮かべ、私が突き刺した場所を掻き始めた。

 そして、拳を突き出してくる。

 まだだ。まだ…死ねない!

 盾を構え、突き出された拳にあてがうように前へと出る。

 相手の懐へと入りこみ、拳を土台に一気に飛び込む。

「これなら…どう!」

 剣を振り上げ、思いっきり振り下ろす。手加減なんてしていられない。

 私の剣はオーガの目を切り裂いた。

 そして、そのまま私は見動きも出来ずに殴り飛ばされた。

 何をやってるんだろう。遠のく意識の先で自分の愚行を笑いたくなる。

 私に空を自由に欠ける力はない。あんなことをすれば、カウンターでこうなることくらい分かっていたはずだ。

 地面にたどり着いたものの、体が全く言うことを聞かない。

 もう痛みも余り感じない。

 心残りがあるとすれば…いくつもある。

 この世界を見れなかったこと…

 あのゴブリンは逃げられたのだろうかとか…

 マリアちゃんの約束を守れなかった…

「まだ…!」

 地面を強く握りしめる。そうだ。まだだ。まだ私は…何も知らない。何の約束も果たせていない。

「まだだ!」

 必死に足掻き立ち上がる。

 もう体はボロボロで、立つが精一杯なのに、それでも私には諦められないんだ。

 近くに落ちていた剣を拾いあげ、オーガの姿を探す。

 もう足は限界が来ている。動くのはあと一回が精一杯。なら狙うは私が切りつけたあの目だ。あの目に剣を突き入れ、一気に脳髄を破壊するしかない。

 不意に体が引かれた。

「ニンゲン!ニゲル!ツカマレ!」

 ゴブリンが必死に私の体を支え、おぶるような形をとる。

 勿論、体躯の小さなゴブリンでは私を持ち上げるようなことは出来ず、必死に歯を食いしばりながら歩くが、その歩みは亀よりも遅い。

「ギギギ!」

「追い付かれちゃうよ…」

 優しく諭すように言うがゴブリンは聞かず、必死に私を引きずる。

「ニンゲン!トモダチ!マモル!」

 強い意志を感じる言葉だった。この子は私が冗談で言ったような言葉でも嬉しくて、本当に受け取ってくれてたんだ。

「コレ!ノメ!」

 ゴブリンが何かを差し出してきた。それはかつて私が他のゴブリンから奪ったゴブリンの酒に似ていた。

「キズ、ナオル…」

 そう言いかけたゴブリンの体が私と共に吹き飛んだ。

 何とか体を起こすと、オーガが下卑た笑いと共に、こちらへとゆっくりと歩いてきた。

 再度の痛みで今度こそ、視界が見えなくなってきた。

 手にある感触は剣と…何かの小瓶。

 だからといって動ける訳でもない。オーガがゆっくりと近づいてくるのは足音で分かる。

「テ、ダスナ!」

 ゴブリンの声と共に、すぐに悲鳴が聞こえてきた。

 あの子が戦っているのだろう。私の…為に…。

「ニンゲン…ニゲロ!」

 まだ、私のことを…友達だから?

 気付いた時にそれに口を付けていた。こんなので傷が治る訳でもないのに。

 だけど…もし、この世界にそんな奇跡でもあるのなら…いやなくてもいい!

 私に友達を救う力を…!

「私の…友達を離せぇ!」

 限界を超えた体に鞭を打ち、私の友達を掴んでいる腕に斬りつける。

 剣を振るだけで、痛みで気が遠くなる。足が震える。だけど、止まれない。止まってやるもんかと足を踏ん張る。

「こんのぉ!」

 一度切りつけた腕…そこにある小さな傷に向かって剣を思いっきり突き刺す。

 剣は皮膚を切り裂き、そのままその下にあったであろう肉を断つ。

 痛みでオーガが咆哮し、ゴブリンを手放した。

 そして、害虫のように藻掻く私にその巨大な拳を振るう。

 もうこれ以上喰らう訳にはいかない。その一心で体を倒しながら剣で腕を逸らす。

 こんな一撃…レヴィアちゃんの大斧に比べたら…大したことない!

 オーガの振り抜いた拳は洞窟の壁に当たり、そして…崩れてきた。

 壁は脆い粘土質だ…。

 ゴブリンを抱きかかえ、必死に走り出す。足から激痛がする。息が出来ない。

 それでも逃げる。

 最後にみた瞬間は…オーガは壁の下敷きになり、もがきながらはい出ようとしていた。

 もう時間はない。

「ニンゲン…」 

 と泣きそうな声を上げるゴブリンに今度こそちゃんと言うと決めた。

「友達だからね。助けるよ」

 入り口まで走り切ったところで足が何かにとられた。いや、違う。限界はとっくに来ていた。入り口の粘土質の土を足から引きはがすだけの力もなく、そのまま前のめりに倒れてしまった。

 立てない…

「ニンゲン、タスケロ!」

 ゴブリンが何かを叫んだ。目だけを向けると、先に逃げていたゴブリンが私たちを不安そうに見つめていた。

 そして、その先にあるものに気付いた。

 必死に歯を食いしばる。もしかすると、まだ勝機があるのかもしれない。

「お願いがあるの…分かる」

 口から言葉を発するだけで血が漏れる。それでも、ここで生き残るにはもうこれしかない。

 私の言葉に二匹のゴブリンは必死に頷いてみせた。

「作戦開始だ。行くよ、勝つよ!戦うよ!」

 私は…ウェンさんの受け売りのように必死で叫び、勝つための最後の手段に出る。



 足音が鳴り響く。きっとオーガが近づいてきてる。

 逃げなくてよかった。時間なんて、数分もなかったから。

 きっとこんな足じゃ逃げても追いつかれただけだ。

―戦おう。

 ただの青臭いガキの私が偉そうにウェンさんに言ったあの言葉を思い出す。

 そうだ、戦うんだ。生きる為に。

 剣を構え、最後の力を振り絞る。

 暗闇からオーガが走ってくるのが見える。もう怖くない。だって、決めたから。

「戦うぞ!」

 剣を構え、そして突進してくるオーガに猛然と突っ込む。

 オーガは拳を振り上げ、そして…前につんのめるように滑った。

 何が起きたか分からなかったのだろう。答えは簡単。

「粘土よ!」

 答えを告げ、その首筋に剣を振り下ろす。

 入り口の粘土は粘性が高く、そこに私の持っていた水筒の水を全て使い、さらに粘性を増さした。オーガは圧倒的な力を持っているからこそ、そんな小手先は気にしないだろう。

 だからこそ、私の非才の悪知恵だって通用する。

 剣を突き刺すが硬い表皮に防がれる。もう一撃を振り下ろし、ようやく表皮を切り裂いた。

 あと一撃―

 そう思ったが、私の足を捕まれ投げ飛ばされた。

 脳が追い付かない。気づくと地面に転がっていた。見えるのは月明りだけだ。

 外だ…

 足音が迫る。トドメの一撃といったところだろう。

 必死に体を起こし、その巨躯が洞窟から出ようとしたところで、

「今だ!」

 私の掛け声と共に、ゴブリン達が精一杯綱を引く。

 綱はオーガの足を取り、つんのめらせた。

 綱は切れ、ゴブリン達は吹き飛ぶ。

 私は迫ってくるオーガへと飛び込む形で倒れ込む。

 オーガは草の生えていな場所に落ち、そしてこちらを向こうとし、もがく。

 私は立ち上がり剣を握りこむ。

 もう終わりだ。そこは…

「底なし沼よ…」

 私が落ちそうになった底なし沼。

 藻掻けば藻掻くほど沈み、そして周りの泥が動きを制限する。

 オーガは知性なく暴れ、腕まで埋没していく。

 今なら、首筋を狙えば…

 そう思い歩みを進めようとしたが、体が言うことを聞かず前のめりに倒れてしまう。

 動けない―!

 あと一撃なのに…踏み出せない。

 必死に地面を掻こうとするが手ですらもう自由にならない。

 目を見開いて、オーガを見据える。馬すら飲み込んだであろう沼に祈るしか出来なかった。

 オーガは徐々に埋没していく。

 冷や汗が流れる。そもそも泥なんかでオーガを食い止められるのか分からなかった。

 ゴブリン達はまだ気を失っている。

 涙が流れた。何も出来ない自分に。

「もう少しなのに…もう少しなのに…」

 必死に歯を食いしばり、見据える。

 そして…オーガが沼から抜け出そうとし、腕が現れ、地面を掴んだ時には…私の意識が同時に闇の中へと引きずり込まれていった。



 暗い闇の中にぼんやりとあの醜悪な顔をが浮かび上がる。

 私は慌てて剣を振るうがそれが当たらず、その醜悪な顔の持ち主の丸太のような腕が私を殴りつけた。

 痛みで昏倒しそうになる。殺されると理解してしまい、逃げ出そうとするが、また暗闇からその腕が現れ私を殴りつける。

 血を吐き、意識が朦朧とする私をそいつはさらに痛めつけるために、私の体をお人形のように持ち上げ、振り回し始めた。

 何度も何かに体を打ち付けられ、もう悲鳴すら出なかった。

 不意に、醜悪な化け物が私を解放する。誰かが助けにきてくれた。

 それがあの小さな私の友達だと分かった。

 小さな友達は錆びたナイフを片手に猛然と突っ込むが、それが一瞬で弾けた。

 その様子を黙ってみているしかなく、私は頭を抱えて走り出す。

 そんな私を…誰かが許さなかった。

―戦え!

 そう言っている。

 声の主に怯え瞳を向けると、赤い髪をした少女が指を差した。

 そこには私の小さな友達が息も絶え絶えになりながらも、錆びたナイフを振っていた。

 醜悪な化け物はそれを蚊でも潰すように弾き飛ばす。

 無理だよ。私には…戦えない。戦い方も碌に知らないのに…。

 赤い髪の少女に助けを求め、すがるとその姿が消えた。

 一人ぼっち―いや、あの醜悪な化け物に友達が殺されるところをただ見ているしか出来ない。

 私の持つこんな小さな剣じゃ…こんな錆びた剣じゃ誰も守れない。

 そうだ。

―死んだほうがいい。苦しむより、辛いことを見るより、この剣で私を断とう。

 この世界は残酷で…無慈悲で、理不尽に溢れている。

 そんな世界が嫌い―

「違う!」

 私の声が聞こえた。

 それだけは違うと言える。

 辛いことは多いけれど、それでも私はこの世界を好きになりたい―

 手の中にある剣が…光りを放っている。

 そして…その白刃が目に映った。私が映っている。

 燃えるような赤い髪に反した、怖がりで、臆病な少女。

 ボロボロで、見ていて痛ましい姿をした少女。

 でも…目は死んでいない。剣の中の”私”が私をじっと見ている。

 その強い瞳が私に言っている。

 友達が死ぬかもしれない…それでいいのか?

 言い訳をして…自分に嘘をついていないか?

 辛いからと…逃げてはいないか?

 そんなの―

 ”私”に言われなくても自分が一番分かってるんだ!

 倒せ―勝つんだ!そして、助けるんだ!

 まだだ、まだ折れていない。心だけは、折れていない!

 私はこの世界を好きになって見せる!


「ああああああ!」

 自分の咆哮で自分の鼓膜がおかしくなりそうだ。それと共に心臓の鼓動までもが頭に響く。煩くて寝てられない。友達を助けろと、生きろと眠らしてくれない!

 気付くと立ち上がっていた。左腕は感覚が殆どない。右手も朦朧としているけれど、温かい。まだ、そこに血は流れている。

 剣がそこにあるのが分かる!

 倒すんだ、あの怪物を!

 醜悪な顔をした化け物、オーガが咆哮を上げて、泥にまみれた体で突っ込んでくる。

 最悪だ。本当に体も痛くて、心も折れそうで、命のやり取りなんて本当にしたくない。

 だけど―

「私は…それでも生きる!」

 私もそれに応え、願いを剣と共に…最後の力を振るう。

 オーガが拳を突き出してくる。その拳に剣を振るい、あてがうようにし力を外へと受け流す。

 高い金属音が鳴り響き、オーガの腕が私から逸れた。

 パリィ―だ。

 持てる力を全部使ってやる!そう心に決めた。

 勝てる勝てないじゃない、もう勝つしかない。

 受け流した力でこちらに引き込まれるオーガとすれ違うように、そのまたぐらに滑り込む。そして、踵を一閃に薙ぐ。

 踵は切り裂けなかった。薄皮一枚だ。

 だが、見つけた―踏ん張るオーガの踵のすぐ上に、張った筋肉いや、人体の急所とも言える腱を!

 再度剣を振るもそれが空を切る。

 オーガが足を浮かせこちらを踏みつぶそうとしてくる。避けるのは無理だ。

「届けぇー!」

 ならば攻める。それしかない。生きる為の最善の答えを出し続けろ。

 剣を上空へ突き出し、オーガの足の親指を根元から切り裂く。さらに、剣を手首で返し、一気に振り抜く。

 オーガの悲鳴が響く。足を切り裂かれ、踏みつぶそうとしたのが仇となり尻もちをつく。

 今なら―

 オーガの一瞬の隙を逃さず、その背中へ駆け出し、飛びつくように剣で首筋を狙う。

 剣が突き刺さる瞬間、私の体が地面に叩きつけられた。

 オーガが腕を振り私を叩きつけた…ただそれだけ。その動作だけで、内臓が悲鳴をあげ、骨が軋む。息が出来ない。

 だけど、それがなんだ。私の腕はまだついてる!

 叩きつけてきた腕を睨む。私の一度、突き刺した傷が見えた。

 もう一発は貰えない!

 剣を両手で握り、その傷に剣を刺す。血が噴き出し、筋肉を断つ感触が手に伝わる。

 大きな悲鳴が聞こえた。それだけでは終われない。

「だああぁ!」

 剣をしっかりと両手で握り、駆け出すように腕を切り裂く。

 悲鳴をあげながら、オーガは近くにあった馬車の廃材に手を伸ばす。生き残った腕でそれを掴むと横振りにしてくる。

 逃げることは出来ない。後ろに下がっても直撃する。前なら腕に吹き飛ばされる。

 よく見ろ、相手を!

 廃材が目の前へと迫る。私は体を投げ出すように倒す。私の額を廃材が掠めた。気が飛びそうになるのを舌を噛んで必死に耐え、剣を強く握りこむ。

 狙うは…足の腱!

 全身の力を使い、地面に倒れ込む前に剣を振り抜く。

 ビキ―と肩から嫌な音がするが、それと同時にブチン―と鈍い千切れる音が響く。

 オーガは痛みと何が起こったは分からず、へたり込んだ。

 私が剣を振り上げたのを見たのか、廃材を打ち下ろしてくる。

 それを剣でいなし弾くが、さらに連撃が続く。

 オーガも必死だ。こちらももう限界はとっくに超えている。

 何度も振り下ろされる廃材を打ち払い続ける内に、剣を握る手が緩む。血で滑ってしまう。

 オーガはそれを見逃さなかった。廃材を大きく振りかぶり、横薙ぎに振るう。

 避けられない。それに上からの打ち下ろしであればいなせるが、横からは無理だ。

 さっきみたいに飛び込んだとしても、きっと叩きつけられる。

 なら―逃げるなんていう選択肢…

「邪魔だ!」

 咄嗟に剣で相手の指を狙い振り下ろす。

 私の剣はオーガの指を切り落とし、そして私の体に廃材がめり込み、私の体が嘘みたいに吹き飛んだ。体に当たった廃材がはじけ飛んだ。

 地面に体を何度もぶつけ、何度か視界が暗く染まった。

 視界がぼやける。明滅した世界がゆっくりと元に戻っていくものの、真っ赤に燃えたような色が視界を支配している。

 それが何なのか、頭から何が流れているかなんてどうでもいい。

「まだまだ…まだだ!」

 息が苦しい。足が思うように動かない。左腕が感覚を完全に失う。それでも…

 思い切り踏ん張り、飛び込む。狙うは首筋。一気に断ち切る。

 オーガが怒りの瞳でこちらを睨む。そして、指を切り落とされた拳で殴りつけてくる。

 タイミングは五分。この一撃で決まる。

―え?

 足がもつれた。足元にあった廃材の欠片が私の足を貫いていた。

 頭がその情報で答えを出してしまった。『敗北』を決定付けさせた。

「ニンゲン!」

 声が響き、それと同時にゴブリン達が私の前に躍り出た。

 ゴブリンは私を守るようにオーガの拳に立ち向かい、その小さな体のどこにそんな膂力があるのか分からないが手を前に出し、必死に耐えた。

 瀕死のオーガと、死んでもおかしくない私…どちらも条件はきっと一緒だった。

 だけど、満身創痍でも心が折れそうでも…私には仲間がいた。

 それが、勝利へと繋がる。

 仲間の作ってくれたその一瞬の好機を逃さない。 

 飛び込み、オーガの傷ついた首筋へと剣を突き立てる。

 鈍い音がし、剣は届かなかった。

 最後の力を振り絞ったオーガが切り裂かれた腕で首筋を守った。

 ただでさえ、戦いが苦手な私で…もうこれ以上、剣は振るえない。

 これで敗北…冗談じゃない!

 剣に、持てるだけの力を注ぎ強く握る。全体重を掛け、そして刃を押し込むように突き出す。

 剣は徐々にその肉を断ち、そして、腕を貫通した。

「貫けぇ!」

 声と共に、全身全霊の力でその首筋に剣を突き刺す。

 鈍い音が響き、剣はオーガの喉を刺し貫いた。

 血しぶきが私にかかる。それと同時に剣に違和感を感じた。

 押し返されようとしている。

 喉を貫通した剣をオーガは掴み、ゆっくりと抜き出そうとしていた。

「ああ、分かってるよ。分かってるんだ」

―生きたいんだよね

 その答えは分かっている。

「でも…ごめん!」

 力を込め、剣をさらに深く突き刺し、全体重を使ってオーガの首を転げるように半周する。

「私も…まだ生きていたいんだ」

 私が草の上に転げ落ちるのと同時に、ゴトリ―と鈍い音が響いた。

 振り返ると首を失ったオーガの躯が仰向けに倒れていくのが見えた。

 地響きのような音を立てて、抵抗も出来ずにオーガは仰向けに倒れた。

 オーガを倒したことにより張っていた糸が切れたように私も倒れてしまう。

 もう一歩も動けなかった。気も遠くなっていく。

 遠くから誰かが私を呼んでいる。

 聞こえているけど、今は少しだけ眠らして欲しい。



 目を覚ますと、空が見えた。

 綺麗な空だ。鳥が飛び、太陽の光が私を照らしている。

 目の前には古びてはいるけど綺麗な女神の像が置いてある。

 ここは天国?

 そう思い体を起こそうとするが、足に激痛が走り倒れこんでしまう。それだけではない。体中から痛みが溢れてくる。

 痛みを堪えると同時に、その痛みが今私が生きている実感に感じてしまう。

「ニンゲン!オキタ!」

 声が聞こえた。ぶつ切りで本当に子どものようなはしゃぎようだ。

 顔を上げると、あの心優しいゴブリンがいた。

 ゴブリンは顔をぐしゃぐしゃにしながら、「ニンゲン、ニンゲン!」と何度も私のことを呼んだ。

 その小さな頭を撫でてあげるが、ゴブリンは泣き止まず、私の目を見つめ、必死に訴えかけてくる。

「オーガ…シラナカッタ…。ニンゲン、ダマシタ、チガウ!」

 分かってるよ。そんなこと。

 痛みで今すぐにでも眠りたいけど、私は強がる。元気だってみせてあげたい。

「大丈夫!友達だからね、信じるよ!」

 そう言い切るとゴブリンは俯きながら涙を堪えようともせず。

「トモダチ!ニンゲン!タカラ!」

 ぶつ切りで分からなかったけど、きっと私の事を大切に思ってくれているのだろう。

「私もだよ」と恰好付けて、もう一度眠ることにした。

 本当のことを言うと、まだ戦っていた。

 夢の中で、悪夢が…私とオーガを永遠に戦わせていた。

 だけど、やっと安心出来た。

 私には仲間がいる―そう思えるときっと悪夢だって払いのけてゆっくり休めるような気がした。

 それから、私の穴倉寝たきり生活は少し続く。

 具体的に言うと5日間。

 足の痛みがとにかく酷く、殆どこの間動くことが出来なかった。

 心優しいゴブリンと仲間達が食事を運んではきてくれたけど、生魚等でさすがにびっくりした。

 しかも悪気がないので、もしかするとこれは食べないといけないのでは…と錯覚させられた程だ。

 結局は炎を起こして貰い、焼いて食べたので事なきは得たけど。

 この生活の中でいくつか分かった面白いこともある。

「タカラ!」とゴブリンが言ったのは、この場所であり、そして女神像であった。

 スミカとタカラが一緒とは…どおりで話がかみ合わないと思った訳だ。

 女神像に彫ってあった字から、ここは神への信仰の場所であり、この女神様もこのゴブリン達があがめる神の像らしい。

 形からして少女の神様だ。エアリス神かな?なんて思ってしまう。

 一応確認してみたもののゴブリン達は「チガウ」としか答えてくれなかった。

 それでも、魔物なのに信仰心があるんだ、と言いそうになった。

 だけど、人語を理解するくらいに知性を持つ魔物もいるのなら、そういう社会性を持っていても何らおかしくはない。

 そして、悲しくもオーガに食べられた商人は、私に護衛を依頼してきたあの鷲鼻の商人だと分かってしまった。彼の残した遺記となった日記が残されていた。

 このアルトヘイムに来るまでに各地で色々あくどいことをしてきたらしい。

 最近のページを見ると、彼がアルトヘイム領へ来た狙いが書かれていた。

 一つ目にカリデの村の北にある魔石。

 これは採掘中にリザードマンに遭遇し逃げてきた。そして、リザードマンは腐肉や死肉を好むので腐りかけの魚でカリデの村に誘導し難を逃れた。

 その後、道すがらに出会った、女装をしたような冒険者を雇おうとしたが断られたことに恨みつらみが書かれていた。

 最後には、この女神像の近くにいたゴブリンを追い払うことに成功し、像を持ち出そうとしていたことが書かれていた。

 正直、読んでで腸が煮えくり返りそうになったものの、既に故人である彼を殊更悪く言えなかった。カリデの村の惨劇…その罰を受けたとは言わない。

 ただ、自業自得だったのだろうとその一言で終わらせた。

 手記はいずれ彼を知る人にでも渡そうとゴブリンから貰っておいた。

 また読み返すような気はない。

 それと薬草の便利さがようやく分かった。今まで、何となく気持ち痛みが引く程度だと思っていたけれど、2種を煎じて飲むことによって回復力が増す、とゴブリンに教えて貰った。

 実際、傷はかなり早く治ってくれ…たような気がする。痛み止めにはなったけど。

 オーガと戦っている時にゴブリンから貰った薬はまさにそれだったらしい。いつでも飲めるように水に溶かして一本持っているといいと助言を貰った。ついでにお土産として欲しいと言ってみたら、本当にくれたので冷や汗が出た。

 師匠から教えて貰った痛み止めは、空き瓶がないので作れていないから本当に助かる。

 

 体がある程度、回復した5日目―

 装備を整え、まだ痛む体に鞭を打ちながら、見送ってくれているゴブリンに手を振る。

「そろそろ行くね」

 私の言葉にゴブリンは昨日話したにも関わらず、茫然とし、

「ニンゲン、イクノカ?」

 と寂しそうな声を出した。

 頷いて答えると、ゴブリンはまるで引き留めるように私の服の裾を掴み、「ホウシュウ、マダ!」と訴えてくる。そういえば依頼だった。

 だけど、もう十分貰ってしまった。

「いいよ、気にしないで。それに、色々教えて貰ったから」

 何処かの誰かが、『知識に勝る報酬はない』と言っていたので、これで十分だ。

 まぁ、私の場合、知識よりも勇気を貰ったから。

「それに友達を助けるのは当然だよ!」

 私も助けて貰ったから。

 私の言葉にゴブリンは名残惜しそうではあるが、涙を堪え手を振り上げた。

「マタ、コイ!トモダチ!」

 友達か、良い言葉だね。

 なんだか、むず痒くて、恥ずかしくて、でも心が温かくなる。一人じゃないと教えてくれる。

「うん!またね!」

 これは半分照れ隠し。本当はもっと、そう呼んでくれてありがとう、と言いたかった。

 言えなかったけどきっと伝わってしまっているのだろう。

 ゴブリンは大きく頷き、笑顔を見せてきた。

「ニンゲン!タカラ!オマエ!タカラ!トモダチ!」

 言いたい事が分かってきた。合ってるかどうか分からないけど、私もそれに応える。

「ありがとう。私も友達は宝物だよ!」

 手を振り上げて別れと告げると共に感謝を言葉にし私は旅へと戻る。

「ニンゲン!アリガトウ!」

 私の背中に聞こえてきた最高の報酬に思わず笑みがこぼれた。

 オーガを倒した達成感なんてない。むしろ、手に懸けるしかなかった罪悪感の方が強い。

 辛いけど、まだまだ。こんなんじゃまだまだ。心は折れないよ。

 人間だけじゃない。この世の生けと生きし全ての者の生きようとする意志に負けないよう私も歩いて行こう。

 歩いていると何度か足がもつれる。

「あはは、まだ歩き辛いや。」と独り言。

 少し休んで、空を見上げる。

 鳥が飛んでいた。

 青い空を雲を背に、遥か遠くまで飛んでいくそれを見つめ、あんな風にどこまで行くことを心に決める。

「少しずつでも、歩いて行こう」

 私の小さな旅はまだまだ続くのだから。


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