魔王「その剣、ちょーだい」12
「アーシャ。アーシャはどうしてお父様と喧嘩しなかったの?」
城の近くの湖で、私がアーシャは釣りをしていたとき、彼女にそう尋ねた。
それは、アーシャが私たちの城に客人として迎え入れられてから、1か月近くしたころの話だ。
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最初の三日間、私はアーシャに不信感を抱き続け、近寄ることすらしなかった。
(こいつはお父様をたぶらかして、私たちの国を乗っ取ろうとしているんだ。騙されるものか)
アーシャは好奇心旺盛なガキのような奴で、あっちこっちを探検して回ったり、魔人達に話しかけたり、目をキラキラとさせて、毎日城内を駆けまわっていた。
その様子を見るに、アーシャは敵対勢力の中枢に自分がいることなんて、すっかりと忘れているようだった。
そして不思議なことに、人間嫌いの魔族達が、アーシャとその御伴人に対しては、歓迎の意を示していた。
私はその様子が不思議でならなかった。
母様が絵本で読ませてくれた歴史のお話の中で、いつだって【勇者】は我々の敵だったのに。
なのにどうしてアーシャは皆から好かれているのだろうか、私は疑問に思っていた。
「ねぇ、母様。どうして勇者を城の中に入れたのですか?」
母様にそう疑問を口にすると、母様は私の頭を優しく撫でて言った。
「彼女は特別なのです。彼女は、私たちとの約束を守ってくれました」
「やくそく……?」
「ええ、とても大事な約束でした」
そう言うと、母様は遠くを見つめた。
私が生まれてから10年、人間が魔族の領域に足を踏み入れることは一度たりとも無かった。
一体その約束というのは、いつ結ばれたものなのだろうか。
けれど母様は、それ以上は私の疑問に答えてくれなかった。
魔王「その剣、ちょーだい」12 -終-