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夜眠姫  作者: 中村ゆい
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夜眠少女(6)その後の小話

ブライ視点のおまけ的な話。

 王都には、王室が運営する大きな公共公園がある。身分や貴賤に関わらず誰でも利用可能で、散歩をする人から遊ぶ子どもまで、明るい時間は特にぎわっている。

 最近のブライは、公園の中でも西側の端に位置する散歩道に設置されているベンチで読書をすることが気に入っていた。


「よお、ブライ・アンダーソン殿」


 いつものようにベンチに座ってページに書かれた字を目で追っていると、背後からかつての仲間の声がした。

 振り向くとアンディが排水溝から這い出てくるところだった。彼は公園内の地下に張り巡らされている下水道ですら自分の家のように歩き回っているらしい。


「元気?」

「まあ」


 短く返事をすると、アンディはブライの姿をまじまじと眺めた。


「すっかり良い家の坊ちゃんだな」


 相変わらず薄く汚れた頬や服のアンディに対して、自信は清潔なシャツにズボン。


「……怒ってるか」

「いや全然? 何回も言ってっけど気にしすぎだよお前は。今までにも金持ちの家に引き取られていった仲間なんて何人もいたっての。エマよりもすごいとこだと、公爵家とかもあったかな」


 アンディが明るく話しながら、ブライの隣にひょいと座った。


「仲間が幸せになって抜けていくときは祝う。俺たちのモットーだろ」

「……ありがとう」


 仲間の誰かが偶然、街の人間や裕福な家に引き取られていくことはたまにある。それが本当に幸運なのか大人たちの慈善という建前からくる偽善なのかはわからないが、そういうときは幸運だと信じて送り出すのが仲間内のルールだ。

 セントクレア子爵家の養子になったエマも、アンダーソン医師に引き取られたブライも、ルール通りにアンディたちに笑顔で送られた。


「良かったの? エマと一緒に行かなくて」

「ああ。エマのおこぼれでもらわれるなんて俺はごめんだよ」


 本当は自分も子爵家の養子になるかという話があったが断った。シャーロットの良き話相手になっているエマとは違って、あの家にいてもブライはエマについてきただけの役立たずだ。自分は自分の力で生きていきたい。

 その点、じゃあうちに来るかと誘ってくれたアンダーソン医師は自分の頭の良さを買ってくれた。ろくに勉強しなくても孤児院にあった少ない本で字を覚えたし、その後の生活の中でブライは自力で読み書きや計算の能力を身に着けてきた。

 アンダーソン医師はそういうブライ自身の力を見抜き、医者として育てようとしてくれている。ブライもそれに応えるつもりだ。

 それに、夜眠病にも詳しい彼のもとで学べば、いつかエマをブライの力で治すことができるかもしれない。それが今のブライの新しい目標でもある。

 アンディは語らない思いもすべて読み取ったのか、励ますようにブライの肩を叩いた。


「近いうちに寄宿学校に入るんだっけ?」

「まだもう少し先。貴族ではないけどミドルの家柄だから。学校の前に覚えなきゃいけない教養が山ほどある」

「そっか。お疲れさん。親がいいって言うなら、たまにはこっちに遊びに来いよ」

「おう。たまにだったら怒られないと思うし行く。というか俺から行かなくても、お前ならマンホールから突然現れる気もするけどな」


 アンディはにやりと肯定の笑みを見せてから、じゃあなと手を挙げてベンチ裏の排水溝の中に戻っていった。


 一人になり、ほっと息をつく。

 エマが行方不明になったとき、今までにないくらいにブライは取り乱した。彼女が自分のそばからいなくなることがこんなに不安で怖いと感じることだとは思っていなかったし、どうしてあのとき一人で帰したのだろうと後悔もした。

 突然、貴族の子息を名乗るエディという男が現れてエマの元に連れて行ってくれたときは驚いた。でも、名ばかりで偉そうな金持ちではなく心優しい一家のもとに保護されていて本当に良かったと思う。

 2人で孤児院を抜け出したあの日から、自分が一生そばにいてエマを守ろうと思っていた。けれど自分にはそんな力なんてなかったから、結局エマと離れ離れになったのだ。

 あの家族の中で育つほうがきっと彼女はあらゆることから守られるし幸せになる。

 だからブライはブライとしてエマを守る方法を他に探そうと思う。

 医者になることや夜眠病の治療法を見つけることがその方法かもしれないと信じて。


「あーあ」


 自分のふがいなさをため息にこめて、ブライは大きく伸びをした。

 自分は、まだまだだ。だから、今の環境で精いっぱい頑張るのだ。

 いつか本当に彼女を幸せにできるような大人になるために。


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