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夜眠姫  作者: 中村ゆい
10/11

夜眠少女(5)

 数時間後に目を覚ましたエマは、屋敷に駆け付けたアンダーソン医師によって、ほとんどの記憶が戻っているという診断を受けた。

 そして、やはり身寄りがいないことが判明したため、正式に子爵家の養子になることが決まった。


「エマ、ちょっと来てくれる?」


 翌日、エマがまだ自室で少しぼんやりしていると、ソフィアが訪れてエマを手招きした。


「あ、はい。奥様」

「お母様、ね」

「お、お母様」


 呼び直すと、夫人はふふっと笑みを深める。シャーロットを「お姉様」と呼んだときの彼女の反応と似ていた。

 廊下に出て後をついていく。


「あの……?」


 何の用事なのか不思議に思っていると、応接室に連れていかれた。

 部屋の外に立っていたシャーロットがそわそわした様子でエマたちに歩み寄る。


「エマ! 早く早く」

「シャーロット、走らないの。さあ、入って。あなたにお客様ですよ」


 部屋の中に足を踏み入れると、そこには数人の大人たちが揃っていた。

 子爵にアルバート、エディ、アンダーソン医師。それから。

 エマと目が合った瞬間、その少年ははじかれたように椅子から立ち上がった。

 この場にふさわしい小綺麗な服装をさせられているけれど、一目見ればわかる。エマのそばにずっといてくれた人。


「ブライ……?」


 瞳を大きく広げ、確かめるようにつぶやく。

 子爵がシャーロットの肩を抱いて彼のもとへ行くよう促した。


「エディがエマの記憶を頼りに見つけてくれたのだよ。彼はエマがいなくなってからずっと探していたそうだ」


 昨日の今日で、そんなに早く。思い出したばかりの情報をもとにあっという間に彼と会えてしまうなんて。

 その迅速さに驚いてぽかんとしていると、目の前でブライが崩れるように膝をついた。


「よかった……俺、お前が人さらいに連れてかれたのかと思って……」


 エマは胸がいっぱいになり、勢いよくブライに抱きついた。

 懐かしく安心する心地良さが心と体を満たしていく。


「ブライ……ブライ、会いたかった! 心配かけてごめんなさい」


 返事の代わりに力強く抱きしめ返される。

 どうして彼のことをすっかり忘れてしまっていたのだろう。

 ブライの背中に腕を回したまま、向こうに立つエディと目が合う。

 彼は優しい笑みを一瞬浮かべたが、すぐに目をそらした。エマたちの再会に水を差してはいけない、というふうに。

 エマはブライを探してくれた彼への感謝の思いを感じながら、ブライの頬に自分の頬を擦りつけた。






「お手柄だったね、エディ」


 抱き合う2人を見守るアルバートの言葉に、当の本人は大して誇らしくもなさそうに肩をすくめた。


「大したことじゃない。記憶が戻ったあとのあの子の話で、大体どこに住んでいたかの情報はわかったからな。そこを当たればブライという孤児も簡単に見つかった」

「でも、王都は人口が多い分ストリートチルドレンの数もそれなりだ。一晩で探すのは疲れただろう」

「アルバート兄様の言う通りよ。目の下に隈ができてるわ。一度休んで」


 シャーロットにも勧められ、エディは素直にうなずいた。使用人にやらせるのでは意味がないと思い、自分の足でブライを探したのだ。疲労は否定できない。


「エマにもちゃんとそばにいてくれていた人がいたのね。私にとってのエディ兄様みたいな感じかしら。ここに来る前から独りぼっちじゃなくてよかったわ」


 そうつぶやくシャーロットに、エディとアルバートは顔を見合わせた。


「どうしたの? お兄様たち?」

「いやあ、どうだろうなと思って。エディとブライくんはちょっと違うような。なあ?」


 アルバートに話をふられ、エディはそっけなく首を傾げた。


「さあ」

「さあって」

「俺はもう休むよ」


 エディは部屋にいる人たちを邪魔しないよう、静かに廊下へ出る。

 アルバートの言いたいことはわかるが、自分たちが判断するべきことでもないだろう。

 ブライはエディがシャーロットを見るような温かさと同時に、セオドアがシャーロットに向けるような淡い思いもエマに対して持っているように思う。


「彼がエマの王子様、といったところか」


 エディのキザな一言は、エディが閉めたドアの向こうに集う人たちの耳に入ることなく、その場で消えた。


エディ「彼がエマの王子様、といったところか」

廊下にいた使用人「……。(聞かなかったことにしよう(˘ω˘))」


「夜眠少女」完。です。おまけがあと一話。

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