86:狩人ランキング
「つーわけで、世話になったな!」
「アカバネにお寄りの際は、ぜひともシシカバ宝石店へ!」
そんな感じで、シシカバシスターズは実にサバサバと去っていく。最初から最後まで男前な姉妹だった。
「……さて、僕もそろそろ行こうかな」
クレがリュックを肩に担ぐ。センジュトライブ領に一時帰省することになったらしい。
スガモまでついてくんじゃねえだろうなと愁としては若干不安だったが、領地の上層部やギルド支部から帰還命令が出ているという。トライブ創設の父の歴史的に空白とされていた足どりについて、当事者からの報告を求めているようだ。
「うちは外の政治とか利権とかには保守的なんだけど、オヤマ氏の話となると別だからね。どいつもこいつもファザコンつーか、家に肖像画だの掛け軸のレプリカだの飾って毎日拝んでるレベルだから。そのうちここも聖地巡礼とかでセンジュの連中であふれ返るかもね」
「いろいろ世話になったよ。仕事受けてくれてマジで助かった。センジュに戻っても達者で暮らせよ」
「いや、報告が済んだら長居するつもりはないよ。すぐに君の元に戻るからね」
「じゃあな、クレ。もう二度と会うこともないだろうけど、お前のことは忘れるまで忘れないよ」
「シュウくんたちはスガモに家があるんだよね? 住所教えてもらっていい?」
いまいち噛み合わない別れの挨拶を済ませ、無理やりクレを送り出す。
さて。
「俺らも帰りますか。愛しの我が家にね」
「りっす!」
「ノアっす!」
「なにそれ?」
「すいません、ボクもなんかほしくなって……」
最近属性が渋滞しているのでこれ以上はキャパがやばい。
***
オオツカメトロを出て初めて訪れた街、スガモ。
滞在日数は一カ月に満たず、借り家での暮らしも二週間くらいだった。
なのに、こんなに里心がついているとは。城壁に囲まれたモダンな街並みも、活気づいた町民の顔も、においまで懐かしく感じられる。マイホームの戸を開けた瞬間、なんだか涙が出そうになったのは内緒だ。
そんなこんなで数日はまったりとすごすことになる。
大家のパン屋に新作のキノコ入りパンを山ほどもらったり、コンノにオウジの戦利品をいくらか卸したり、図書館でシン・トーキョーの歴史や魔人について調べたり。
オブチに残りの戦利品を卸したかったが、彼らはすでに宿を引き払い、別の街に行ってしまっているという。ミスリルを扱える職人を紹介してほしかったし、ユイにも会いたかったのでちょっぴり残念。
いい加減持ち歩くのもアレなので、ヒヒイロカネを含む貴重品をスガモ支部営業所の地下金庫に預けに行く。信頼性やセキュリティーという点では銀行以上の安全性だという。もっとも、仮に金庫破りが現れたとしても、ヒヒイロカネの価値がわかる者はいないだろうが。
「おお、アベ氏」
一階に戻ったところでアオモトと鉢合わせになる。相変わらずぱりっとした美人だが、少し痩せたというかやつれた感じで、声にも若干張りがない。残業続きのOL的な。
「……今日は、タミコ氏は?」
「あ、ノアと……他の仲間と一緒にウィンドウショッピングに」
そんな露骨にがっかり顔をされても。
とりあえず挨拶もそこそこに飲食スペースに連れていかれ、コーヒーをごちそうになる。ネリマ産キノコーヒー。
「聞いたぞ、オウジの件。ご活躍だったみたいだな」
「えっ、あっ」
「あのイケブクロの〝銀狼〟とともに隠しフロアを発見し、未知の魔獣族との交流を果たしたとな」
「あっ、はい」
やはり魔人案件はここまで下りてはきていないようだ。
「まったく……君という男は、つくづく尋常なものさしで測られるのが嫌なようだ。幼少時には〝スガモの神童〟ともてはやされた自分がひどく矮小に思えてくるよ」
「いやいや、ギランさんにおんぶにだっこで。タミコやノアのおかげです」
「実力ではすでにこのスガモのトップ2、いやトップかもしれんしな。支部発足から二十余年……ついにこのスガモから一桁ランカーが生まれるときが来るのかもな」
「一桁ランカー?」
「知らないのか? 狩人ランキングさ」
店員がサンドイッチを持ってくる。一つ勧められてありがたく頂戴する。バターを塗ったパンにコンビーフ、きゅうり、レタスを挟んである。コンビーフの塩気とシャキシャキ野菜の食感がいい。うまたにえん不可避。
「狩人ランキングは、クエストによる獲得報酬額やメトロ獣の討伐レート、探索成果物の売却益などを総合的に加味し、その活躍度などに応じた序列を年に一度設ける制度だ」
「なるほど」
「初段以上は自動的に狩人ランキングへ参加することになる。君は一級スタートだったが、今回の件でオウジ経由で初段昇格の推薦状が発行されたそうだな?」
「あ、はい」
正式な通達はまだだが、トウゴウの口利きもあって、魔人討伐組七人全員が昇級昇段することになっている。とりわけギランはこれで四段、現役最高位だ。
「上位入賞者にはそれにふさわしい名声のみならず、さまざまな特典がある。詳しくはカイケさんや他の職員に尋ねるといい、君なら知っておいて損はないだろうからな」
「スガモのランカーは、やっぱりトップはシモヤナギさんですか?」
「ああ、確か最高19位だったかな。もっとも伯父s――シモヤナギ氏はそういうのに無頓着だからな、本気になればトップ10に入るチャンスもあったと思うが。ちなみに私の最高ランクは312位。初段以上の人口は三千人前後らしいから、これでも健闘したほうかな」
「厳しいっすね……」
「記憶が正しければ、ギラン氏でさえ3位か4位が最高だったはずだ。だが――君ならいつかそれすらも越えられる、私はそう信じてるよ」
「もったいないお言葉で……」
話に聞く限り、脳筋でゴリゴリとメトロ獣を討伐していればいいというわけでもなさそうだ。知識や経験に乏しい愁にはまだまだ遠い世界だろう。
「ふふっ。まあ、君にはとても期待してるということさ。私も、ここスガモの同志も。一つ言い忘れていたな、おかえり、アベ氏」
周囲の視線が集まっていることに気づく。目が合うと、コーヒーカップを掲げて会釈してくれる。
なんというか、ちょっと胸が熱くなって、それがこそばゆくて、曖昧にうなずく。
「……はい、ありがとうございます。ただいま」
「それで、ちなみになんだが……」
ごほん、とアオモトが一つ咳払いをして、もじもじとパンをちぎって丸めはじめる。
「……君たちが交流したという魔獣……ショロトル族、だったか? 彼らはその……どんな感じだった?」
即座に理解して、内心にやりとする愁。
「そうですね……基本は小型犬つーか、体長はこんくらいで」
手つきで五十センチ程度を表現する。
「手脚が短くて尻尾がふさふさでくるっとしてて」
人差し指と親指でシルエットを描く。
「目がくりっとしてて鼻はツンとしてて、毛並みなんかもうフワモフで」
アオモトの手にしたコーヒーカップがかたかた揺れる。
「ちょっと警戒心は強いけど慣れると人懐っこくて、仔ショロトルなんかアベーアベーって寄ってきて離してくれなくて、もう抱っこするとたまんなくt――」
ベキッ! と取っ手が砕けてカップがテーブルに転がる。焦げ茶色の液体が広がる。
「あっ、ちょっ――」
慌ててハンカチでコーヒーを拭こうとしたら、半笑いのアオモトが袖でごしごし拭きはじめる。
「……ああ、すまない、ふふ、ふふっ……」
彼女の目が鈍く光っている。愁の背筋に寒気が走る。
「払いは済ませてあるが、カップはこれで弁償しておいてくれ」
ごそごそととり出したお札で鼻血を拭い、「おっと、間違えた」ともう数枚追加する。
「……すまないな、私は急用ができた……君はゆっくりしていってくれ……」
ふらふらとした足どりで二階へ去っていくアオモトの背中を見送り、愁もさっと片づけてすぐに退場する。
その日の夜、自宅にカイケがやってくる。「ご同行願えますか」と言われ、しらばっくれようとしたが職員数人を連れており、無理やり連行される。「大丈夫、誤解だから。すぐに帰るから」とタミコたちにはカッコよく告げておく。
カイケによると、なんでもアオモトが泣きじゃくりながらオウジ行きを嘆願し、来月中まで仕事が立て込んでいることを理由に職員に取り押さえられる事案が発生したそうだ。今も泣きべそをかきながら書類仕事に没頭しているという。
「アベさんが変なこと吹き込んだせいですよね?」
「弁護士を呼んでもらえますか?」
取り調べが始まり、こんな世界になっても自白重視の価値観は変わっていないのかと嘆く。だが残念なことに冤罪ではないし犯人なので数分でゲロする。「はい、俺がやりました」と。
小一時間お説教をくらい、クエストの積極的受注を約束させられる。しょんぼりして家に戻っても命を預け合った仲間の「じごうじとくりす」「姐さんの言うとおりノア」とつれない態度。モフを自慢したかった、今は反省しているアベ。