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83:強くなろう①


11/1:

ククルカンの孵化シーンなどを追記しました。


 ショロトル族の砦で、祭事としての焚き火が行なわれている。愁とタミコの前で井桁に組まれた薪の中心で炎が燃え上がっている。


 今回の戦争のように、多くの犠牲者を伴うような困難が起こった際、犠牲者の遺品や体毛の一部を一緒に燃やすことで弔いの儀式としているという。ぱちぱちとささやかな音をたてる炎が、厳かに見守るショロトル族たちの毛並みを鮮やかなオレンジ色に染めている。


「……この三年の間に失われた同胞の命は、私たちにとってはこの世界(メトロ)に匹敵するほど重く大きいものでした」


 愁の隣で火を眺める族長・ナイは、目尻に涙を溜めている。


「それでも……私たちはこうして生きて今日という日を迎えられた。この試練を乗り越えることができた。あの方と同じ〝糸繰士〟様の導きによって……」


 ナイが振り向き、深々と頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました。アベ様、タミコ様」

「様はいいっすよ。みんなが死力を尽くした結果です」

「よきにはからうりす」

「威張んな」


 愁の最後の一撃を受けた魔人アラトの肉体は、断末魔の悲鳴も呪詛めいた余韻もなく、真っ黒な粘液に融けて消えていった。細かく砕けた金色の小石――〝菌石〟だけを残して。


 そのあとは【治癒】系の菌能を持つ者たちを中心に負傷者の治療に当たった。戦闘直後に再びガス欠に陥った愁だったが、ルークの黒い胞子嚢が体力回復の役に立った。おまけにレベルも一つ上がり、ついに70の大台に乗ったのは役得といったところか。 


 ともあれ、最後の戦いは一人の犠牲者も出さず、ショロトル族陣営の勝利に終わった。もう一つの目的――ククルカンの卵の奪還も果たした。あれだけもみくちゃにされてもなお瓦礫の下で平然としていたのだからタフな卵だ。


 そして、当のククルカンはというと――実はすでに孵化している。


 産まれたのは卵をここに運んで間もなくのことだった。ナイの想定よりも一日早かったが、それが単なる誤差なのか、それとも周りでドンパチやったせいでびっくりさせてしまったせいなのか、そこはあの仔ヘビ以外には誰にもわからない。


 ともあれ――その瞬間は、言葉にし尽くせないほど神秘的な光景だった。

 時が満ちたことを知らせるように、誰にも破れなかった堅牢な殻に黒いひびが入った。ぺきぺきとささやかな音をたてて、役目を終えたそれはゆっくりと崩壊していった。

 やがて亀裂から顔を覗かせたのは、真っ白なヘビだった。


 体液に濡れて煌めく柔らかい肌、しょぼしょぼとした瞳、頼りなさそうに身じろぎする仕草。「かわいいりす」とタミコは言っていたが、愁はそれを神々しいとさえ思った。

 大昔の人たちが白ヘビに神性や宗教性を求めた気持ちがよくわかった。ショロトル族も――成体たちは泣いていたと思う。この日のために多くの犠牲を出しながら戦い抜いてきたのだから。


 愁が目を向けた先に、藁のちぐらの中でとぐろを巻いた仔ヘビがいる。誕生から早々、目の前に並べられたエサをぺろりと平らげ、水をがぶ飲みし、今は満足して眠っているようだ。ある程度までは(死んで仔の栄養になる)親ヘビの代わりにショロトル族が面倒を見て、いずれは三十一階に戻すそうだ。


「んで、これからどうするんすか?」

「地上の方々との交流、というのは避けられそうにないと思っております。そこはギラン様を頼ることになりそうですが」


 ギランがナイと内密に話していたのはそういうことらしい。国士ならではの政治的・利権的交渉というか。


 三十一階の存在を知った狩人たちは、おそらくこの集落を経て三十二階、三十三階へ進出していくことになるのだろう。ナイにしても、愁たちに助太刀を依頼した時点で覚悟の上だったはずだ。ショロトル族にとっては否応もなく激動の時代となる。


 そして、ククルカンが成長して三十一階の守護神となるまでは数年を要する。それを迎えたとき――果たして狩人は彼らにとっての第二の侵略者となりはしないだろうか。


「私たちショロトル族、〝糸繰りの民〟、ククルカン……新たな(えにし)が紡がれていくことになるのでしょう。私たちも腹をくくらねばなりません。今のうちにトーキョー語の教育もしないと、ワン」

「可愛いアピール大事っすね」

「アベー! タミコー!」


 仔ショロトルが駆け寄ってくる。そしてわらわらと囲まれる。

 作戦中はこうして子どもたちを含む非戦闘員たちと絡む機会はなかったが、村の英雄となった今ではむしろ子どもたちのほうが放っておかない。押し寄せてくるモッフモフのワンコたち。寄ってたかってわしゃわしゃされる。


「おいおいやめろってー(棒)」


 そう、これだ。これを求めていたんだ。

 向こうから来てくれる分にはパワハラは成立しない。フワモフの塊に全身くっつかれ、無邪気なペロペロ、無限モミモミ。すなわち幸せ。ここに住みたい。タミコ「ああ……あたい……めちゃくちゃにされてる……!」。仔ショロトルにこしょられとる。


「おらアベー! 飲んでるかドーテー!」

「ドーテー〝糸繰士〟! 略してドテクリシ!」


 酔っ払いの乱入でキャーキャー蜘蛛の子を散らすように逃げていく仔ショロトルたち。ああ。

 シシカバ姉妹に両側からガバッと肩を抱かれる。平和なモフ天国から一点、暴力的なまでの弾力に挟まれる。これはこれでと思わないでもない。

 彼女らの手にはウイスキーの瓶。ショロトル族に飲酒の習慣はない。つまり彼女らの私物だ。


「あの……マジでここ以外では内緒にしといてくださいね」

「〝糸繰士〟はザルって都市伝説はマジだったんだな」

「うちらよりつえーもんな。まさしくチート級だ」

「つーか怪我人が飲んでいいんすか?」


 姉ミドリの右腕、妹アオイの左腕は肘から先がなくなっている。愁の【聖癒】では欠損部位を再生させることはできず、時間が経ちすぎていたせいで結合も叶わない状態だった。今は傷口が開かないように包帯できつく巻いてある。


「まあ、これでしばらくはお預けだからな」

「メトロで飲む酒はな」


 二人が失った腕を軽く振ってみせる。


「【神癒】の取次に時間がかかるって話だからな」

「しばらくは狩人稼業もお休みだ」


 【神癒】は【治癒】【聖癒】などの治療系の最上位に当たる菌能だ。〝療術士〟の上位職〝導士〟限定の超レア菌能だが、現存する使い手はたった三人しか知られていない。そしてその三人ともがメトロ教団の関係者――というか〝糸繰士〟の教祖と二人の高位聖職者だそうだ。つまり実質的な独占技術だ。


 欠損した肉体の再生も可能だというが、治療には法外な額のお布施とメトロ教への入信が必要となる。二人は当初(主に後者を理由に)治療を諦め引退を示唆していたが、教団幹部にも覚えのいいギランがうまく取り次ぐと申し出た。お布施はともかく入信は回避できそうだという。


「治療費で今回の稼ぎが吹き飛ばなきゃいいけどな」

「分け前はちょっと色つけてくれな、アベくんよ」


 というわけで、しかたなく一杯だけ付き合うことにする。琥珀色の液体が食道を灼く。そろって奇声をあげる大人三人を、タミコと仔ショロトルたちは白けた目で見ている。

 

 

    ***

 

 

 焚き火の輪から離れ、生死に関わるという点で今回最も重傷だった男を見舞う。


「あ、シュウくん。タミコちゃん」


 【自己再生】と【聖癒】のおかげで順調に回復したクレは、寝床から出て仔ショロトルたちと地面にお絵描きをしている。


「ちょうどよかった……僕まだ体調が万全じゃなくて、【聖癒】を、じゃない、シュウくんのタマを食べたいんだ」

「言い直すな」

「あたいのおやつりす。ほしけりゃあたいをとおすりすよ」


 クレがすっとドングリを差し出す。それを頬袋に納めた上官が顎でくいっと指図する。愁はしかたなく【聖癒】を生み出してクレの眉間にぶち当てる。


「んで、なにしてんの?」

「んーと……レロレロ……」


 眉間から垂れた汁を必死に舐めとろうとするクレ。さすがに仔ショロトルたちも気味悪がっている。


「シュウくんってさ、崩壊前の世界の住人だったんだよね。他の〝糸繰士〟と同様に」

「まあ、平たく言うとそうだけど」


 彼にはそのへん、ざっくりとしか説明していない。


「この国のトーキョー語は、シュウくんの時代の日本語がまるっとベースになってる。文字の構成も同じ、漢字とカタカナとひらがなだ」

「うん」

「他方、ローマ字などの『異国の文字』もある程度は継承されてる。数十年前までは識字率は低かったけど、わりと近年は回帰的にというか、そういう文化が若者や中級労働者を中心に『エモい』ってことで復活してきてたりする。実用性というよりほとんどファッション感覚だけどね」

「ルネッサンス的な?」


 当然ながら、〝糸繰りの民〟として生き延びた人の中には外国人も含まれていたらしい。ギランも亜人性が発現するまでは金髪碧眼だったという。


「それで……ゴーレムの話なんだけど」

「いきなり飛ぶなあ」

「ご存知のとおり、ゴーレムは急所付近の表面に模様が浮かぶよね。僕の読んだガイドブックには、『経験の浅いゴーレムほどそれが表出するケースが多い』って書いてあった。ゴーレムは狩人との戦闘において急所を狙われる機会を得ると、その原因が自分で浮かび上がらせた模様にあると学習し、それを隠匿するようになる。筋は通ってる」


 ナイトやビショップは複雑な形状的に急所を確認できなかったが、サソリゴーレムなどの強い個体は急所の模様がなかったりした。


「最初からそんなもん出さなきゃよくね?」

「まあそうなんだけどね。そこはなにかしら彼らなりの理由があるのかもしれない。それで、ここからが本題なんだけど……今日二度姿を見せたルークは、左胸に急所の模様があったんだ」

「マジで? 気づかなかった」

「【望遠】でかろうじてね。急所の模様は『なにか画一的なものに見える』って学説があるんだけど、それがなんなのかは公式には判明していなかった。かすれてたり途切れてたり、『小さすぎて見えない!』的な。だけど、ルークはあれだけの巨体だったからね、わりとくっきり見えたんだ」


 さすがは一度見たものをばっちり記憶する才能マン。その手がガリガリと地面を削る。


「こんな感じだったんだけど、これってローマ字っぽいよね? シュウくんなら意味がわかるんじゃないかって」


 ――その文字列を目にして、愁はぺたりと尻餅をつく。はは、と乾いた笑いが漏れる。


「……マジ……かよ……」


 確かにそれは文字であり絵でもある。

 より正確に言うなら、企業のロゴマークだ。


  TAIRA-TECHNICS


 あの時代、ほぼ毎日のようにテレビCMで目にしていた。日本を代表する企業グループ、タイラ。その子会社の一つは愁の勤めていた広告会社のクライアントでもあった。


 タイラテクニクスはグループ内製品のシステム開発を担う中核企業の一つだった。「近年は特殊環境下での作業用ドローンと搭載するAIの開発に注力している」と日経新聞で読んだのを憶えている。確か、「海底・地底資源の調査探索ドローン」とかなんとか。


 ――AI。えーあい。

 魔人アラトのセリフが脳裏に甦る。「AIから進化したメトロ獣」。


(ゴーレムは……タイラテクニクスの開発製品?)

(地中を徘徊する習性……鉱物を貯め込む砂袋……)

(地底資源探査用ドローン……それが進化した生物?)

(〝超菌類〟の影響で? いやいや、ありえなくね?)


 顔を上げると、クレやタミコや仔ショロトルたちが、不思議そうに愁の顔を覗いている。


「……どう? シュウくんならなにかわかるんじゃないかと思ったんだけど」


 愁は苦笑して、力なく首を振る。


「……わかったのは、わけわからんってことかな」


次回こそオウジ深層編完結です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これってスライムから分離した意識みたいなやつ絡んでるのかな?すごいな。 [一言] >>(地中を徘徊する習性……鉱物を貯め込む砂袋……) ここも「砂袋」になってます。
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