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71:オウジメトロ地下三十二階、ショロトル族の砦

 付近のゾンビを一掃し、チワワの先導で森のほうに逃げ込む。

 あたりに追っ手の気配はない。鬱蒼とした緑と濃密な霧が自分たちを隠してくれるようで、愁もようやく一息つける。


「あー、その……みんなごめロンッ」


 ノアにタックルじみたハグをくらって息が詰まる。


「もうっ! 勝手に飛び出して! 心配しましたよ、アホシューさん!」

「ごめん、マジごめん」


 脇の下にものすごい肉圧を感じつつ、もう一人くっついてこようとする変態のほうは頭を鷲掴みにして制止する。


「ぐぎぎ……シュウくん、あの化け物は?」

「あー……超絶強かったけど、なんとかね」


 そんな乙女な目で見られても密着は許さない。ぐぎぎ。


「言い訳はあとでじっくり聞きますから! ペナルティーですよ、絶対! なんでも言うこと聞いてもらいますからね!」


「はい……了解です……」


 ようやくノアの肉圧から解放される。脳みそがちょっぴりボイルされかかっていたのでひと安心。

 ――と、いつの間にかタミコが二の腕にひっついている。


「タミコも、ごめんな。心配かけちゃったな」


 二の腕に顔を埋めたまま動かない。毛深いダッコちゃん人形みたいになっている。


「……タミコ? いったん離れよっか?」

「……いやりす……」


 ちゅんちゅんと鼻を鳴らしている。泣いているようだ。


「姐さんが一番心配してたんですよ。シュウさんが危ない、シュウさんのところに戻るって」

「……やくそくしたりす……ずっといっしょって……」

「……うん、ごめんな。相棒」


 背中をぽんぽんと叩き、そっとつまんで離す。ぴろーんと糸を引くタミコ汁。

 肩に乗せると今度は頬にすりすりしてくる。すりすりりす。しばらく甘えんぼモードが続きそうだ。


「――さて」


 次に口を開いたのはギランだ。


「君たちがここにいるということは、このフロアへの道を拓いたのは君たちということか」

「そうっすね……てか、どうしてここに?」

「うん、お互いにいろいろと話さなければいけないことがありそうだね。どこか落ち着ける場所で――」

「マウッ!」


 チワワが吠える。頭巾をかぶったリーダーチワワだ。ぱたぱたと尻尾を振って愁を見上げている。


「アリ……アリガト……オマエ、タスケテクレテ……」


 片言だがちゃんとした日本語だ――しかし、なぜしゃべれるのだろう?


「……ああ、うん。とりあえず無事でよかった。仲間は助けられなかったけど……」


 一瞬悲しげに目を伏せるが、リーダーは「気にするな」という風に首を振る。


「オマエ……〝イトクリ〟カ?」

「え?」


 どきりとする。まさか、〝糸繰士〟だとバレている?


「〝糸繰りの民〟ってことですかね?」とノアの助け舟。

「あ、そっか。うん、そうだよ。〝糸繰りの民〟のアベ・シュウです」

「ア、ア、アベ? ワタシ、マッコ」

「マッコね(可愛い名前)」


 一人称は「私」か。オスなのかメスなのか判別がつかない。訊いたらセクハラだろうか。


「ワタシタチノウチ、コイ……ワカルカ?」

「うん、わかるよ。君たちのうちは安全なの? てか、行っていいの?」

「マウッ!」


 他のチワワ三匹もこくこくとうなずいている(愁がいない間に合流したようだ)。どうやらこの子たちの信頼を勝ち得たようだ。このつぶらな瞳に、人を騙して餌食にしてやろうという悪意は感じられないが、魔獣でも獣は獣だ。信じて大丈夫だろうか。

 他に行く宛てもないので、チワワのおうちという非常に興味のそそられるご招待に与ることにする。

 

 

    ***

 

 

 リーダーチワワ改めマッコの先導で森を東側に進んでいくと、いくつかの石の小屋が並ぶ広場にたどり着く。その外れに井戸があり、木の蓋をずらすと中に梯子がある。


 木組みの梯子は人が載ってもびくともしないほどに頑丈ではあるが、チワワたちの短い足に合わせたステップの間隔になっていて、下りるのに結構苦労する。下りた先に大人一人が屈んで通れるくらいの横穴が開いていて、ホタルゴケの光がぼんやりと奥まで続いている。愁よりも上背のあるギランが窮屈そうに背中を丸めている。


 そこを抜けると今度は階段だ。くねくねと曲がり、螺旋を描き、あるいは迷路かというほど分かれ道がたくさんある。おそらくだが、これらのうちのどれかが、あの遺跡都市でチワワたちが出てきたところにつながっていると予想する。


 長いこと狭い階段をてくてくと下っていくと、急に片側が吹き抜け――というか崖になる。


「ほえー……」

「りすー……」


 オウジメトロ、地下三十二階。


 三十一階ほどではないが、相当広い。眼下にひび割れと隆起でデコボコとした大地が広がっている。ヒガリゴケの光量が足りないせいか薄暗く、不気味な異世界のような雰囲気を醸している。肉食の鳥と思われる「ギャーッ! ギャーッ!」と剣呑な吠え声が聞こえてくる。

 火の明かりと思われるオレンジ色の光が見える。粗雑なバリケードで囲まれた小さな砦だ。


「あそこが君たちのおうち?」

「マウッ!」

 

 

 

 集落までの道のりは意外と険しい。歩くには足場が悪く、亀裂から怪鳥と称して差し支えないような奇っ怪な生き物が飛び出してきたりする。愁がサクッと仕留めると「マウッ! ゴチソウ!」と大喜びのチワワたち。

 亀裂を覗くと、下に横穴がたくさんあるのが見える。ここよりもさらに下のエリア、あるいは階層があるのかもしれない。


 バリケードの見張り役とマッコがマウマウ会話し、愁たちも中に入るのを許可される。人間は珍しいのか、あちこちからチワワたちの視線が注がれる。ここに来るまではモフモフパラダイスだーと内心浮かれていたが、集落の規模のわりにはチワワの数が少ないのが気になる。


 住居はほとんどがテントだ。チワワサイズなので人間が入るにはちょっと窮屈そうだが、集落の真ん中あたりにある大きなテントは愁たちの背丈よりも高い。いかにも首長が鎮座していそうな木組みの大天幕だ。


 案の定、そこには一匹の装飾品過多なチワワが待っている。モフモフというよりボサボサなほど体毛が長く、マッコたちよりもだいぶ老犬のように見える。ぜえぜえと息切れして、頭に巻いたバンダナやローブがよれよれになっているあたり、来訪者の報せを受けて急いで身支度した感じがある。


「よう、ようこそ。お越しく、くださいまして……ワン」

「あ、はい……ワン?」

「私はここの長を務めてい、います、ナイといいます……ワン」

「あ、はい、ご丁寧にどうも。アベシューです……ワン?」


 マッコたちよりも流暢な口ぶりではあるが、語尾が気になる。


「このチワワ、へんなしゃべりかたりすね」

「うん? うん」


 とたんにナイがぷりぷり怒りだし、タミコに向けて牙を剥いて「マウマウッ!」と吠えたてる。


「誰がチワワだ! 私たちは誇り高きショロトル族だ!」

「ぴぎゃっ!」

「あー、すいませんすいません。てか、チワワってわかるんですか?」


 ナイはぜえぜえと肩で息をしている。やはり見た目どおりの老体なのか。「くぅーん……」とその場にぺたっと腰を下ろすので、愁たちもそれに倣う。床は板張りになっている。


「……失礼しました、ワン。うちのマッコを助けていただいた恩人だというのに……ワン」

「いえいえ。こっちこそうちのチビが失礼しました」

「りすした」

「チワワというのは、私たちによく似たイヌという生き物と聞きました、ワン。奴隷のように媚を売り、売女のように尻尾を振る、誇りのかけらもないような下賤な生き物だと」

「すっごい偏見」


 チワワは彼らにとっての蔑称なのか。というか、聞いた? 誰に?


「なので、私たちはもう一つの名前、もらいました、ワン。ショロトル族です、ワン」

「えっと……誰に?」

「〝糸繰りの民〟です、ワン。私がまだ毛玉のような子どもだった頃に現れて、私たちに言葉を教えてくれました、ワン」


 ――やはり。

 マッコが日本語をしゃべった時点で、その可能性を考えていた。人間にしろ魔獣にしろ、言葉は習得しなければ使えない。言語やコミュニケーションはあくまで後天的に身につけるものだから。つまり、誰かがそれを教えたということだ。


「もしかして、その語尾も?」

「あ、はい……〝糸繰りの民〟はこういうものが好きだと、ワン。ですが……使うのは前族長から伝授されて以来で、あまり慣れず……ワン」


 人間への好感度を上げるための健気な努力ということだが、なんだか外国人に変な日本語を教えるような悪戯心を感じないでもない。

 あのチワワたちにしても、普段は日本語を使っていないのだろう。族長が流暢で語彙も豊富なのは、いつか来る来訪者との交渉のためなのかもしれない。


 ギランがすっと挙手する。


「失礼。先に確認しておきたいんですが、〝糸繰りの民〟がこの村――というかあなたたちの前に現れるのは、これが初めてではないということですか?」

「あ、はい……」


 ナイは彼が人間なのか自分たち側なのか計りかねるように訝しげな顔だが、言葉を続ける。


「そのとおりです。地上の暦で言えば、七十年以上も前になります。オヤマ・マスオ氏がこの地を訪れたのは。言葉も、建築の技術も、生活における知恵も、あのお方に授けていただいたものばかりです」


 へたっとクレがよろけ、床に手をつく。ギランも驚いて目を剥いている。


「……ははっ、まさかこんなところで、オヤマの〝空白の七年〟が埋まるとは……」

「クレ、誰か知ってんの?」

「……僕のようなセンジュ出身者にとっては、大先輩っていうか、それこそ神みたいな人だからね」

「センジュトライブの初代族長、オヤマ・マスオ――」とギラン。「五十年前の〝魔人戦争〟で命を落とした建国の英雄の一人だが、それより前、実子に族長の地位を譲ってからの消息については〝オヤマ珍道中記〟という伝記として残されている。隠居してシン・トーキョー中をぶらぶらと旅していたという話だ。そこには〝空白の七年〟と呼ばれる期間が存在する。それを埋めるピースがここにあった、ということか。センジュのお偉方にとっては、この未発見フロアに匹敵する価値のある情報だ」

 

 ナイが床に手をつき、恭しく頭を下げる。


「〝糸繰りの民〟のみなさん。ぜひとも、お力添えを……グラン・ゴーレムを討伐し、ククルカンの卵を、あの地をとり返すために……」


 グラン・ゴーレム、ククルカンの卵。また新しい単語が出てきた。


「それが叶った暁には……我々の秘宝を差し上げます。ですから、どうか……」


 秘宝、と聞いて耳がぴくっと動く愁とその仲間たち。

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