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66:メトロ・オブ・ザ・デッド

 明らかに普通の獣ではない。

 獣の皮をかぶる、というか肉を操る別のなにかだ。

 それらが大挙して愁たちのところに押し寄せてくる。木々の合間を縫って全速力で駆けてくる。


「確認なんだけどさ、ノア」

「はい?」

「噛まれたりしたら、もしかしてゾンビに感染したりする?」

「感染? 元が毒持ちなら毒はあるかもですけど」

「ゾンビ自体は感染しないのね。オッケー」


 それだけわかれば今はいい。要は気持ち悪さ全開のメトロ獣だと思っておけばいい。

 愁たちはフォーメーションD――昨晩あらかじめざっくり定めた陣形の一つで対応する。愁とそれ以外の三人が片側ずつ背中合わせになる形だ。


「らあっ!」


 腐臭を放つグレムリンゾンビの肉は柔らかい。腕を断つ袈裟斬りも胸を貫く突きも、愁の手にそれほど抵抗を与えない。

 しかしゾンビは怯みもせず、痛みを感じるそぶりもない。屍肉をぶらさげて襲いかかってくる。


「キショいわ! やっぱ頭かよ!」


 ゾンビ攻略テンプレ。心臓がダメなら頭をもげばいいじゃない。

 首を刎ねる、あるいは【白弾】で頭を撃ち抜く。それでようやく相手は動かなく――ならない。お構いなしに突き進む首なし頭ぶっ壊れの死体たち。ここが映画館だったら「ぴぎゃー!」とさけびたい。


「胞子嚢です! 下腹部を壊さないと!」


 ノアの声を受け、愁は【戦鎚】を左手に握る。


「お願いくたばってオラァッ!」


 【光刃】をまとわせた【戦鎚】で腰を打ち抜く。下腹部がはじけ飛んで上下に分かれる。今度こそ完全に沈黙する。


「シュウさん! ボクにも一本!」


 背後でクレとともに立ち回っていたノアの足元に【戦刀】が突き刺さる。


「ふんっ!」


 束になって組みついてくるゾンビ三体を、クレが押し止める。早々にジャージを脱ぎ捨てた裸体には【白鎧】をまとっている。

 その横からノアが「やあっ!」と【戦刀】で胴体を両断する。上半身が力なく落ち、倒れた下半身はそれでもビタンビタンと立ち上がろうとしている。完全に破壊しなければすぐには死なないのか。


「イカリさん! しゃがんで!」


 クレが大外刈りでゾンビの一匹を投げ倒し、その足を両脇に抱えて回転する。


「くらえっ! クレ・タイフーンッ!」


 すなわちジャイアントスイング。凶器と化したゾンビがその身をもって群がる仲間を蹴散らす。投げ技だからクレ道における打撃判定には入らないのか。基準がよくわからない。

 それでも怯まず向かってくるゾンビへ、クレは武器をボールのように投げつけ、隙をついて一匹の後ろに回る。


「どっせい!」


 愁のときには不発に終わったバックドロップ。爆撃かというほどの衝撃とともに、石畳に叩きつけられたゾンビの上半身がミンチになる。間違っても人にやってはいけない威力だ。


「クレさん!」


 白い線が走り、ゾンビの頭や腕を貫く。ノアが放った【白弾】だ。万一のときのためにと密林に入る前にノアに渡しておいたものだ。

 オウジに来る前にクエストをこなしていた十日ほどの間に、彼女たっての希望で【白弾】の射撃訓練を行なっていた。

 無限に生み出せるものではないし、朽ちるまでの制限時間――他の菌糸武器同様、【白弾】も一時間ほどでしおしおになってしまう――もあるが、こういうときには役に立つ。

 はじく力が弱いからか、弾速や威力は愁よりも劣るが、コントロールに関しては愁よりもセンスがあるかもしれない。自分の子どもを自分より手懐けられているようでちょっとジェラシー。


「ノア! みぎりす!」

「はい!」


 タミコはノアの頭の上で的確な指示を出している。

 ノアの動きに合わせ、クレも互いの死角を補うように立ち回る。関節を外しても効果が薄いことに気づいてからは、フロントチョークで首をぶち切ったり鯖折りで胴体を押しつぶしたりとパワーファイトに専念している。


 目の前のゾンビを相手にしながら、愁は感心せざるをえない。

 あえて投・絞・極以外を封印したクレの戦法は、明らかに一対多に向いていない。だがその絞めや極めは迅速で、投げは多勢を牽制するような位置どりがされている。才能マンだからでは片づけられない、過酷な環境で我を通すために長い年月を経て積み上げてきた経験と鍛錬。雇ったのは正解だった、少なくとも実用面だけは。


「うおっ――」


 掴みかかってくるゾンビを斬り伏せる。油断と言うと聞こえは悪いが、あちらを心配しつつ、さらにあれこれ考えながら、という程度の余裕はある。今のところは。

 全力ダッシュ、全力取っ組み、全力噛みつきという動く死体ならではの倦怠感を放棄したエネルギッシュなゾンビたち。

 だがそれも、落ち着いて観察すれば一長一短だというのがわかる。


 まず動きが単調だ。駆け引きも連携もへったくれもない、我先に精神が強すぎて互いにぶつかり合うことさえある。愚直なまでの猪突猛進のみ。そこらの獣程度の知性すら失われているようだ。

 痛みや損傷に対する恐怖心がないのは脅威ではあるが、腐った肉体なので耐久力もパワーもじゅうぶんに発揮できないやつが多い。


 頭や胸が急所にならないことも、最初は面食らったものの、弱点が割れてしまえば問題にならない。

(ちょっと試してみるか――)

 【戦刀】を水平に走らせ、手近な一匹の上半身と下半身を分断させる。

 上半身はぼとりと落ちて動かなくなるが、下半身はそれでも走ろうとして、バランスを失ってすっ転ぶ。そのまま起き上がれずビタンビタンと駄々っ子のように足をばたつかせる。ホラーすぎてちょっと後悔。


 胞子嚢があるのは下腹部だ。それを含む下半身側がまだ動こうとしている。弱点とは言い換えれば、死体を動かす原動力、あるいは司令塔ということか。

 最初にとっさに左右に真っ二つにしてしまった個体を見る。半分ずつになった死体、片方だけがじたばたと起き上がろうとしている。なんだか開けてはいけない扉を開いた感がある。


 どういう仕組みかは置いておいて、「なにかが胞子嚢の片方に寄生している、それが無事な限り動き続ける」といったところか。なかなかおぞましいゾンビ観だ。さすがはシン・トーキョー。

 となると、下手に身体をバラすのはあまり得策ではないかもしれない。

 右手の刀をゾンビに投げ、指先に新たな菌糸を生み出す。真っ赤な菌糸の玉。


「じゃあ、これはどうだ?」


 【火球】。直撃したゾンビが火柱とともに燃え上がる。

 クラシックなアンデッドは大抵火を怖がるのがお約束。ではシン・トーキョー版はいかに。


 ――微妙だ。


 確かに【火球】は効果的だ、一撃でゾンビを倒しきれている。だが他のゾンビが炎に臆するようなそぶりはない。ここまで鈍感だと逆に心配になる。もっと怖がったほうがいいぞ、お前らたぶんそこそこ燃えるぞ。


 あたりは湿気が強い、霧で顔が濡れるほどだ。この広場で使うぶんには木々への燃え移りもないだろう。

 愁は左手の【戦鎚】も手放し、両手に赤い玉を宿す。そういえば言うのを忘れていた。


「お前らから襲ってきたんだ。恨みっこなしだからな」

 

 

    ***

 

 

「……もう来ないよな?」

「ちかくにはいないりすね」


 静けさが戻っている。腐敗臭だけは留まり続けているが。

 まだ動いている死体があるので、【戦鎚】を箒代わりにしてまとめ、軽く焼いておく。

 これでひとまず戦闘終了。愁はふうっと大きく息を吐く。


 即席チームの初陣を勝利で飾ることができた。誰も怪我をしなかったのがなによりだ。


「イカリさんもタミコさんもお疲れ様。初めてのチームアップだけど、わりとうまくいったね」

「クレさん、ありがとうございました。さすがでした」

「さすがはうちのキショたんとうりす」

「担当した憶えはないけどありがとう上官」


 愁の目から見ても、三人の連携は危なげなかった。レベル25相当とはいえ、三十匹以上を相手に無傷で乗りきれたのだから御の字だろう。

 やはりクレの存在が大きい。物理特化のピーキーな戦闘スタイルと思いきや、実際はかなり万能タイプだ。状況に応じて壁にも囮にも攻撃役にもなれる。口には出さないが、頼もしい。


「ねえねえ、シュウくんも褒めてえ?」

「あー、うん、まあ……助かったよ。頼りにしてるから、次もよろしく」


 トゥンクな眼差しを向けられるが見ないふりをしておく。


「にしてもさ、ゾンビってなんなの? なんで死体が動いてんの?」


 なんとなく見当はついているが、ノア先生の解説を聞きたい。


「うーんと……今回みたいな動く死体は、二つタイプがあります。寄生型と傀儡型です」

「ほお」

「寄生型は、小さなナメクジみたいな生き物で、死体の胞子嚢に寄生します。胞子嚢から菌糸を伸ばして死体を操るんです」

「ちょっとゴーレムに似てるね」

「そうかもしれませんね。振動とか音で感知するもの、獲物を殺して体液をすするのも一緒ですし。殺して死体を増やして仲間にするんです、卵を産みつけるとかなんとかで」


 想像すると果てしなく気持ち悪いが、噛まれたりしただけでは感染しないというのがせめてもの救いか。


「いずれにしても、ゾンビって嫌われ者なんですよね。倒してもほとんど得るものがないから。胞子嚢は食べられないし、素材も大抵腐ってるし」


 確かに、これだけ倒して一円の得にもなっていない。


「もう一つ、傀儡型だっけ?」

「はい、要は菌能で死体を遠隔操作するんです」

「菌能で?」

「そのまんま【傀儡】って呼ばれる菌能で、死体の胞子嚢に自分の菌糸を埋め込んで、操り人形みたいにしちゃう能力です。〝魔導士〟――〝幻術士〟の上位菌職しか習得できない超レアスキルです。たまにメトロ獣も使うみたいですけど」

「それ、どうやって操んの?」

「ボクもよくわかんないですけど……念じるだけで動いてくれるとか、簡単な命令しかできないとかって話です」


 フィクションのネクロマンサーみたいなものか。響きは憧れるが、実際にやられたらビビる。


「今回のはたぶん前者じゃないですかね。確か【傀儡】は一体操るだけって話だったと思いますし」


 クレが顎に手を当てて、ぶつぶつとつぶやいている。


「……普通はあそこまで多くならないと思うんだけど……閉鎖空間だからかな……どこかでバランスが崩れたんだろうか……」


 ぶすぶすと焦げた死体に土をかけて埋めておく。

 次にやることとしては、棚上げになっていた先ほどの建造物の調査だ。四人がかりで調べてみる。


 部屋の隅に置かれた藁やキノコだけが居住者の存在を仄めかしているが、それ以外に生活感はない。ロフトを調べても先ほどのグレムリンの食い散らかしたネズミの死骸くらいしかない。あちこちに積もった土埃からしても、誰かがここで暮らしていた、と断定するほどの根拠にはならなそうだ。


「なにもないですね」

「だね」

「これからどうするりすか?」

「どうしよっか?」


 探索を始めてまだ一時間ほどしか経っていないし、ゾンビ怖さでこのままおめおめ逃げ帰って「なんの成果も得られませんでした……!」というのもちょっと寂しい。


「続行、かな。ゾンビつーかメトロ獣に注意しつつ、他の建造物も当たってみよう。慎重に――」


 そのとき、【感知胞子】の領域になにかの気配が入り込む。霧のノイズのせいで不確かだが、タミコも気づいたのか、耳をぴんと立てている。


 愁は入り口の外にじっと目を凝らす。

 そして――言葉を失う。目を疑う。


 木陰に身を潜める影がある。


 後ろ足で立ち、前足を幹に置き、おそるおそるこちらを窺っている。

 小さい。おそらく一メートルにも満たないだろう。

 耳が尖っている。鼻が尖っている。それらが浅い呼吸のたびに上下に揺れている。

 真っ黒な目はつぶらで、口から赤い舌がちろちろと覗いている。


 愁は頬をつねる。痛みを感じる。夢でも幻でもない。

 すうっと息を吸い込み、震える身体から万感の思いを絞り出す。


「チワワだぁーーーーーーっ!」


次回、5/30(木)に更新予定です。


よろしければブクマ、感想、評価などをいただけると幸いです。


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