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64:オウジメトロ幻の地下三十一階

 先に進む気満々だった四人だが、間もなく夜ということで、三十一階へのチャレンジは明朝に持ち越し、隠し通路の近くで安全そうな場所をさがす。


 交代で見張りを立てる。クレの当番の際、愁は目をつぶったまま【感知胞子】でクレの様子を窺うが、特に不穏な動きはなさそうなので眠ることにする。


 ところが――翌朝。

 愁のタオルやパンツなどが紛失している。使用済みのやつは適当に水場で洗濯してローテしているが、干しておいたそれがなくなっていたのだ。


 捜索より前に所持品検査が行なわれる。案の定すぎるほど案の定、人権を盾にさんざんごねたクレのポケットからそれが見つかる。観念したクレ、「お守りにしたかった。未知の危険地帯に赴くのに心の拠りどころがほしかった」と意味不明の供述。契約の解除にまで議論は及ぶが、涙ながらの謝罪に反省の色も見えたので、今回だけは不問にする。


「なんかもうアホらしくなってきましたよ」

「ホーシューもパンツあげときゃいいりす」

「よくねえよ。パンツは尊厳なんだよ」

 

 

    ***

 

 

 わざわざ穴をふさぐようなことはしなかったが、昨晩の間に他の狩人がこのあたりにやってくることはなかったようだ。

 改めて一番乗りの興奮と緊張を味わいつつ、四人は階段の前に立つ。


 階段は明かりがまったくないので、愁とクレにはノアから【光球】が手渡される。愁自身は【感知胞子】があるので暗闇でも大して不便はないが、クレにはそれを伝えていないのでポーズとして受けとっておく。


 ちなみに各々の菌能は昨日のうちに共有済みだ(【感知胞子】以外は)。クレは六つの菌能を持っている。【自己再生】、【白鎧】、【剛力】、【瞬応】、【望遠】、【逆境】。【望遠】は文字どおり遠くのものを見る能力、【逆境】は一定以上のダメージを負うと身体能力が跳ね上がる能力だそうだ。必殺技で一気に落とせてよかったということか。


「よし、行こうか。油断だけはしないようにね」

「はい!」

「イこう!」

「そのまえにおしっこりす」

「大事だねそれ」


 大人四人が並んで歩ける程度の幅がある。クレが先頭を進み、その後ろにタミコを乗せた愁、ノアと続く。クレに先を行かせるのは単に後ろを歩かれたくないからだ。終始尻のあたりにぞわぞわと視線を感じながらでは生きた心地がしない。

 一歩ずつゆっくりと、慎重に下りていく。三人分の足音が壁に反響する。触れるとひんやりとしている、長い間血が通っていなかったのを示すかのように。


「にしてもシュウくん、よくここを見つけたね。どうやってか訊いてもいいかい?」


 クレが半分振り返って尋ねてくる。


「いやまあ、偶然つーか……壁の亀裂からすっごい微妙に空気が流れてる気がしたから、奥になんかあるんかなって。ここ掘れワンワン的な」


 ストーカー気質のあるこの男には、【感知胞子】の存在は秘密にしておく必要がある。


「へえ、偶然か……てっきりなにかしらの菌能の効果だと思ったんだけど。【熱源感知】みたいな、なにか僕の知らない感知能力でもあるのかなって。最初に僕の不意打ちを一瞥もせずに迎撃したのもそれかなって」


 鋭い。格闘技と尻のことしか考えてなさそうな変態のくせに鋭い。


「とはいえ、ここが都庁直轄になって数十年、誰も気づきえなかったこの階段を見つけるなんてね。さすがは僕の惚れた男だ。君たちの名前はオウジの新たな歴史の幕開けとして語り継がれることになるだろうね」

「別にそういうのはいらないんだけどなあ」


 ミスリルさえ手に入れば他は別に。過度な名誉などプレッシャーになるだけだし、愁の立場からすればむしろリスクだ。それを思えば名乗り出ずに放置しておくのもありかもしれない。

 そんなことを話しながらも、百段くらいまでは数えていたが、まだまだ先は見えてこない。


「そういやさ、クレ……っていくつなの?」

「二十六だよ。イズホでいいよ」


 二つ年下か。レベルからしてもう少し上かと想像していたが。


「二十六でレベル50なんですか?」とノア。

「まあ、父親がスパルタだったからね。七歳でメトロデビューしてたし」

「センジュはそれが普通なの? クレが特別なの?」

「特別っていうか、うちの教育方針がおかしかったんだよね。センジュは他のトライブよりは厳しいかもだけど、さすがに同年代で同じ水準のやつはほとんどいないかな。イズホでいいよ」


 ノアがなんとも言えない表情をしている。この若さでのレベル50到達というのはやはり非凡なようだ。


「それを言ったらシュウくんだって年変わらないよね? なのに69って、〝糸繰士〟ってのも驚きだけどレベルもとんでもないよね。どうやったらそんな強くなれたの? すっごい興味あるんだけど」

「俺は二十八だよ。まあ……いろいろ苦労したからかな。話すと長くなるし」

「今度ゆっくり聞かせてよ。そして一度でいい、イズホって呼んどわっ」


 よそ見していたクレ、突き当たりでバランスを崩す。あると思った段差がなくてぐらっとくるやつだ。

 愁は【感知胞子】で気づいていたが、階段が小さな踊り場から九十度右に折れている。曲がった先も変わらず闇と階段がずっと続いている、ゴールはまだ見えてこない。


「なんでここにはホタルゴケがないんだろう?」

「ホタルゴケは――」とノア。「基本的にはメトロの至るところに生えていますが、たまにこういう場所もありますね。生き物の往来が少なかったりする場所にはコケが生えなかったりとか」

「通るやつが胞子の運び屋みたいになってるってこと?」

「それも一因ってことかと。全部じゃないとは思いますけど。ここも人が通るようになれば、そのうちホタルゴケも生えてくるんじゃないですかね」

「なるほど。タミコ、起きてる?」

「とうぜんりす」


 力強く答えたとおり起きてはいたようだが、高速で目をしぱしぱさせている。


「あとどんくらいありそうかわかる?」


 耳がぴこぴこと動く。足音の反響具合で距離を測っているようだ。


「まだなにもきこえないりすね」

「だよな。先は長そうだ」


 しばらく無言で下り続ける。スタートからかれこれ十分以上下っている。狩人の体力からすればへこたれるほどではないが、さすがに真っ暗闇の中を進み続けるのは心理的に疲労が溜まる。帰りを考えるとなおさらげんなりする。

(今何メートルくらい下りたんだろう? 百メートル以上?)

(オオツカメトロのボススライムの階段よりも長そうだ)


「こんだけ深いとなると、出てくるメトロ獣も今までとはガラッと変わりそうだな」

「ゴーレムがいるといいですね」

「ここまで来たら意地でもミスリル持って帰りたいけど」

「ゴーレムか――」とクレ。「そういえばシュウくん、三十階で強そうなのと戦ってたよね。危なそうなら助太刀しようかって遠巻きから見てたんだけど、【光刃】まで使って圧倒しちゃうんだもん。あんなの見せられたらキュンキュンしちゃうよね! ジュンジュンしちゃうよね! キャー!」

「うっせえりす! こえでっけえりす!」


 お怒りの上官、「邪ッ!」とドングリの殻を手裏剣のごとく投げる。クレの側頭部にサクッと刺さる。


「んで、あの変なゴーレム、やっぱ成長個体だよね?」

「たぶんね」


 ミスリルは持っていなかったが。


「そっか……シシカバさんたちが話してた、ゴーレムのみなし児誘拐事件の話、憶えてる?」

「あー、メトロの怪談ね」


 成長個体のゴーレムが鉱夫の子どもをさらって保存食として監禁していたとかいう恐ろしい話だ。


「そもそも君たち、ゴーレム本体の幼体って見たことある?」

「ないね」

「りすね」

「僕もないけど、最小の発見例は拳大ほどしかなかったらしい。幼体は地中の微生物や昆虫を捕食し、砂袋を膨らませながら大人への階段を上っていく。ときにゴーレムってさ、図体のわりにノロマで知能も低いって思わない?」

「まあ」


 図体はほとんど岩だから関係ないかもしれないが、確かにこれまでを見るに決して賢いとは言えない。


「だけど成長個体となると、とたんに知能が高くなる。攻撃のバリエーションが増え、脅威への対応力が増す。君が戦ったのもそうだったよね? 通常個体と成長個体の違いは、一般的なメトロ獣では個々の素質や年齢差、捕食量の差なんかに表れるっていうけど、ゴーレムの場合は他にも大きな要素があるって言われてる。なにか知ってる?」

「さあ」

「経験だってさ。ゴーレムは幼体の頃は学習能力が非常に高いらしい。触手で芸を憶えさせた学者もいるってまことしやかな噂もある。人間や獣からいろんなものを学びとり、吸収する。岩人形の形をとるのは人間を真似てるからって言われてる」


 その説でいうと獣に倣ったゴーレムがいてもいいはずだが、ほとんどが画一的に人型だ。あるいは人間のほうがより知的刺激や影響力が強いということだろうか。


「そんなこんなで、幼体時から貪欲に経験を積んだ好奇心の強い個体は、知性や感情さえ備えたようなそぶりを見せることもある。それが単なる岩人形を超えた怪物――成長個体になっていく、というのがゴーレムの研究者の見解だそうだ。ガイドブックの受け売りだけどね」


 ――ゴーレムとはなんなのだろう。


 愁は改めてそんなことを考える。


 メトロ獣は、先史の生き物が超菌類の寄生によって姿を変えたもの。あるいは氾濫したメトロの奥から現れた異邦の存在。

 その二つの説がとられていて、決着はついていない。愁としては前者ではないかと推測している。


 だが、だとしたら――ゴーレムはいったい「前の世界のなに」だったのだろうか。

 少なくとも愁の知る生物に、それっぽいものは思い当たらない。

 あるいはやはり、このメトロを通ってやってきた「見知らぬ存在」なのだろうか。


「ガイドブックにそんなこと書いてありました? まだボクも全部読んでないですけど」

「ああ、君も持ってたよね。窓口で買えるやつでしょ? 僕のはお土産屋で買ったやつだから、ちょっと中身が違うっぽいね」

「それ、あとで見せてもらえますか?」

「あーごめん、一回読んだから捨てちゃった。でも内容は全部憶えてるからなんでも訊いてよ」

「は?」

「は?」

「え?」


 束の間の沈黙。


「一回読んだだけで、全部内容憶えたんですか?」

「うん、まあね」

「マジで?」

「まあね。自慢ってわけじゃないけど、少しは見直してもらえたかなぶべらっ」


 よそ見して曲がり角の壁に激突する変態。イケメンでしかも才能マンか。それに反比例した残念感は神のイタズラなのかどうか。ノアがなんとも言えない表情をしている。


「――あ」


 そこを曲がって少し進んだところで段差が終わり、水平の通路に変わる。そして――壁に道をふさがれる。

 ここまで来て行き止まりかとへたりこみそうになるが、少し屈んで覗いてみると、亀裂からほんのわずかに光が漏れている。向こう側になにかがある。


「タミコ、下がってろ」


 【戦鎚】にまとわせた【光刃】が闇の中でいっそう映える。あとは得意の掘削作業だが、岩壁は三十階のときよりも明らかに脆い。

 砕けて転がった破片はクレが拾って端に追いやる。拾いながらあわよくばと愁の尻を撫でようとするので、愁も【戦鎚】を背後まで振りかぶってクレの脳天を砕きにかかる。二人の無言の攻防を女子二人は白い目で見守っている。


 やがて【戦鎚】が穴を穿ち、差し込む光の筋がもうもうと舞う埃を照らす。


「――よし」


 渾身の一撃が壁を打ち砕く。洪水のように流れ込む大量の光に、愁は思わず目を覆う。

 ――新たな世界がその先に広がっている。

 

 

    ***

 

 

 ぴちゅぴちゅと小鳥のさえずりが聞こえる。

 何十分も下りてきただけあって、天井が高い。そして明るい。まるで本物の空のように。


「……えっと……」


 愁は言葉に詰まる。他の三人も呆気にとられている。


「……ここって、メトロの中だよね……?」


 オオツカメトロから地上に出たときのことを思い出す。あのときもこんな気分だった。


 暗闇を抜けた先は、鬱蒼とした密林だ。

 霧が立ち込め、獣の声が行き交う。その中には肉食獣のそれを思わせる、低く轟くような咆哮も混じっている。


次回、5/26(日)に更新予定です。


よろしければブクマ、感想、評価などをいただけると幸いです。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 先の展開が判らないのに勝手な感想ですが「ノラ」がしつこいです。 [一言] >>物や昆虫を捕食し、砂袋を膨らませながら大人への階段を上っていく。ときにゴー ここが「砂袋」になってます。…
[一言] 拾いながらあわよくばと愁の尻を撫でようとするので、愁も【戦鎚】を背後まで振りかぶってクレの脳天を砕きにかかる。 ↑ さながら農家夫婦の熟練した餅つきの如く(ノ´∀`*)
[良い点] とても面白いし、メトロが氾濫するという発想も好き。 [一言] お話なんだから仕方ないんだけど、クレ?が生理的にうけつけない。 みんななんやかやと強硬手段で制裁したり動きを止めたりしないのは…
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