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62:その名もゴブリンマスク

 小石を拾って放り投げてみる。


 カッカッと乾いた音が転がって遠ざかっていく。とりあえず「騙し絵」とか「蜃気楼的な幻」という線は消える。


 まぎれもなく階段だ。オウジメトロ公式ガイドブックにさえ載っていない未発見の階段――。


「かいだん! かくしかいだんりす! ぴぎー!」


 興奮して反復横跳びを始めるタミコ。気持ちはわかる、愁も興奮と混乱で横にシャカシャカしたくなっている。


「ちょっと待ってください、えーと……」


 ノアが【光球】をいくつか出して小部屋に設置する。六畳ほどのスペースがようやく明るさで満ちる。そうなると階下へと続くそこに湛えた闇の深さがいっそう浮き彫りになる。覗き込んだタミコがぶるぶるっと身震いする。


「ガイドブックにもどこにも書いてないですし、ひいじいの手帳にもなにも(ぺらぺらとめくる)。前にもお話ししましたけど、『終点三十階に到着。ゴーレムから金塊とダイヤモンドを入手。指輪にしてアケミちゃんに貢ごうか。お返しにナニしてもらおう?』、これくらいです。あのクソじじい……」

「ナニしてもらったんだろうね」


 書いてないらしい。


「シシカバさんたちもミスリルの話をしたときに『最深層の三十階』と言ってました。つまり……前人未到の領域である可能性は高いです」

「うわー……マジか……」


 改めて愁の背中がぞわりとする。


「感知能力のあるシュウさんでもなきゃ見つけられないですよ。昔はどうだったかは知らないですけど、あんな小さな亀裂しかヒントないんですから」


 いやいやいや、と愁はかぶりを振る。

 深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


「確かに階段は本物だけどさ、ほんとに三十一階があるかどうかは別だよね。どこにも通じてないで途切れてるかもだし、もしかしたら地下通路みたいな感じで別の三十階の場所につながってるだけかもだし。もしくは誰かがすでに見つけたけど埋めて隠したのかもしんないし……ってどうやってかわかんないけど」

「疑り深いですね」

「だってさー、前人未到とかさー、そんなもん自分の身に起こるなんて思わないじゃん? 宝くじ最後の一枚で一等一億当たったみたいなもんじゃん? 今までの人生でそんなん当たったことないし、会社の忘年会のビンゴですらお歳暮の味のりだったし。なんか喜ばせといて落とし穴でもあるんじゃねって気になってくるんだよね。高い高ーい死ね! みたいな」


 女子二人に一瞬「めんどくせー」という顔をされた気がする。


「シュウさんのそういう謙虚なとこ嫌いじゃないですけど、ぶっちゃけ説得力ないですから。そもそも〝糸繰士〟の時点で百万分の十三ですから。いや、千五百万分の十三かな」

「あ、サーセン……」

「メトロにおいて階段は、わりと信頼性の高い場所っていうか。行き止まりだったりトラップだったりってことはほとんどないって聞きますよ。なんでそうなってんのって言われるとわかんないですけど、狩人にとっての経験的な常識というか拠り所というか」

「うーん……でもさすがに真っ暗すぎて見えないね……」


 【感知胞子】でさぐれる範囲は階段が続いているのがわかる。折り返しや踊り場のない、まっすぐに伸びる下り階段だ。


 愁とタミコに目で合図してから、ノアが【光球】を一つ奥へ向かって投げつける。パッ! と眩い閃光が走り、それが余韻へと変わって消えていく束の間、暗闇が晴れたその先が垣間見える。


「……見えました?」

「……うん、見えたよ」

「ながいかいだんりす……ずっとつづいてたりす……」


 タミコの言うとおりだ。見通せた限りにおいて、階段は深く下へ奥へと続いていた。


「少なくとも地下通路になってたりってことはなさそうですね。どこまで続いてるかは実際下りてみないとわかんないですけど」

「いや、まあ、そういうことだよね。うん」


 認めてしまったほうがよさそうだ。このあとのことを考えるためにも。


「そっかー……見つけちゃったかー……」


 前人未到の三十一階への入り口。それに初めて挑戦できる権利を――。

 

 

    ***

 

 

「で、どうしましょうか?」

「どうするりすか?」

「どうしよっか?」


 ここから先はマップも情報もない。完全に未知の領域だ。


 リターンとして期待できるのは、未だ手つかずのお宝、資源。人類最初の情報とそれらがもたらす付加価値。あるいはミスリルもまたその中に含まれるかもしれない。


 逆にリスクとして警戒すべきなのは、初見のトラップや環境の変化、これまで以上に強力なメトロ獣などの脅威。あるいはボスのような存在も待ち構えているかもしれない。


「――って感じで合ってるよね?」

「はい、その認識で間違いないと思います。リターンはともかくハイリスクだけは覚悟しておかないと」


 というわけで、三人で協議する。

 進むか、それともいったん戻って準備をし直すか。あるいは諦めて他の誰かにそれらを譲るか――。


「あ、その前にここって都庁直轄だよね。報告の義務とかあったりする? 報告前に勝手に入ったら怒られたりとかは?」

「だいじょぶだと思います。一応報告義務はあると思いますけど、こういうのは大抵目撃者が最初に入っちゃうもんです。報告すればきっと序列の昇格とかご褒美とかもらえたりしますよ、たぶん」

「じゃあ、俺らが最初に入っても問題はないわけか」


 ひとまず自分たちの状態を確認。


 三人とも多少の疲労は溜まっているが、ここまでじっくり進んできたこともあって余力はじゅうぶん残っている。


 物資に関しても水は調達できているし、保存食もまだ手持ちが残っている。「水は比較的簡単に手に入るし、ごはんもメトロ獣を狩れればボクがなんとかしますよ」と心強いJKシェフ。


 モエツクシや石鹸や調味料などの消耗品の残りが若干心許ないが、そのあたりのやりくりはどうとでもなるだろう。こういうときに損耗のない菌糸武器というのはやはり便利だ(翻ってリアル武器を求める意義が薄れるので本末転倒だが)。


「百パーセント万全ってわけじゃないですけど、引き返して準備を整えなきゃってほどでもないですね」

「だよね。てか、二人はどう? 行ってみたい?」

「おたからさがすりす! どんぐりチョージャりす!」

「もちろん怖いですけど、こんなチャンス、一生に一度あるかないかですし……もちろん安全が一番なんで、慎重にさぐりさぐり潜ってみるって感じでしょうか」

「だよねえ」


 タミコもノアも目がキラキラしている。そしてそれは、愁も同じではある。


 現金な話だが、現実を認めたら認めたで、行ってみたくてうずうずしている。


 恐怖や不安ももちろんある。だがそれ以上に期待や好奇心が強い。意識して興奮を押し殺さないといけないほどに。


「……だけどなあ」


 安直に「よっしゃ行こう! 今すぐ行こう!」と息を巻けないのも事実だ。


 ここまではある意味地続きだった。一歩ずつ足場をかため、着実に進んできた。二十一階、三十階と難易度が跳ね上がるタイミングもあるにはあったが、あくまで自分たちの力で対応可能な範囲内だった。


 しかし、ここから先は――あくまで予感だが、確信めいたものがある――ここまでのフロアとは隔絶された世界の可能性がある。これまでとは別物の危険が待ち構えていてもおかしくはない。


(俺一人なら、ていうかオオツカにいた頃ならともかく)

(今は同じような無茶はできないよなあ)


 否応なしに生きるか死ぬかをベットし続けていたあの頃とは違う。想定されるリスクは選択的に避けることができる。なにより――生きたいと思う理由が増えている。失って怖いものが増えている。


「……すいません、シュウさん」

「え?」

「ボクがいるからですよね。姐さんと二人だけなら、そんなに悩むこともないでしょうし」

「いや、そういうわけじゃ……」


 そうは言っても、ノアはわかっている。悔しげにぐっと唇を結んでいる。


 タミコの生存能力は高い。持ち前の敏捷性と索敵能力、菌糸甲羅の防御力、それに保護色やリス分身もある。なによりオオツカメトロをともに生き抜いてきた経験と実績がある。


 ノアもここに来るまでに力をつけてきているし、この一週間で愁たちをサポートする動きはだいぶ板についてきている。ゴーレム以外であればタイマンで後れをとることもない――あくまでギリギリこのフロアまでなら。


 これ以上のレベルの相手となると、彼女が単身で対処できる保証はない。必然的に愁が守りに入るケースが増え、それだけ事故のリスクも高くなる。


「足手まといにはならないって言いたいところですけど……シュウさんがボクのせいで諦めるくらいなら、ボクはここでお留守番でも……」

「いやいや、ここに一人で留まるのも危ないって。それはなしにしようよ」


 愁は腕を組んで考える。


「……そうだなあ……せめてもう一人くらいいればなあ……」


 愁とノアの間に入る、腕の立つ者がいれば。それだけで負担とリスクは格段に軽減できる。


「……オブチさんたちを誘うのも手か……」


 とはいえそれは時間がかかりすぎる。仮に彼らが引き受けてくれるものとしても、愁たちがいったん地上まで戻るのに約三日、彼らと連絡をとり(シン・トーキョーには伝書コウモリという遠距離通信手段がある)、到着を待って再びここへ戻ってくる――少なくとも一週間以上はかかりそうだ。


 その間にこの穴を誰かに発見される可能性がある。一番手の名誉にそれほどこだわりはないが、先んじてお宝などを発掘されてしまったら結構悔しい。


「……いっそ、シシカバ姉妹か老人コンビと手を組むのもありかも……」


 超VIPであるオオカミ野郎は別のリスクが伴うので却下として、彼らならじゅうぶん戦力になってくれるだろう。戦利品の権利分配や〝糸繰士〟を隠す必要性などを考えると面倒も大きいが。


 問題はこの広いメトロで彼らと再会できるかどうかだ。となると、ひとまずキャンプまで戻って――。


「――お困りかい? キキーッ!」


 【感知胞子】を切っていたので侵入者に気づかなかった。背後からの声に三人が振り返る。そしてぎょっとする。


 愁たちが入ってきた穴から顔を出したのは、覆面男だ。


 緑色のサル――ゴブリンを模したようなマスクをかぶっている。縫い目からさらりとした赤毛がこぼれている。


「どちらの変態さんですか?」


 わかってはいるが認めたくない。


「ぼ――俺は通りすがりの覆面レスラー。その名もゴブリンマスクさ! キキーッ!」


 二度目の「キキーッ!」がうるさすぎたのでノアがげしっと脛を蹴り、タミコがぺちっと小石を投げつける。「痛い痛い、ごめんって」と隅っこに追いやられるゴブリンマスク。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎の覆面ファイターゴブリンマスク、いったい何者なんだ……
[一言] 昔はどうだったかは知らないですけど、あんな小さな亀裂しかヒントないんですから」 ↑ 増設中のメトロが開設前にシュウに繫げられてしまった説(`・ω・´)
[良い点] 漫画でこちらの作品を知りました。 [気になる点] JKとよく出てくるのですが、ノアは18歳で誕生日は12月とされており、現在が49話で5月下旬だと書かれていました。 そうなるとJDではない…
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