61:【感知胞子】の行方
当初の予定どおりというか、フロアの中心あたりに向かって進んでいく。
「……ちっくしょー……」
愁はプリプリして歩きながら足元の小石を蹴り飛ばしている。
(サソリ以上のつよつよゴーレム、出てこいやー!)
などとさけびたくても心の内に留めておくくらいの理性は残っている。それで実際ボコッと出てこられてもビビる。
「……シュウさん、機嫌直しましょうよ。寄生品の宝石二つですよ? すっごい収獲ですよ?」
「ドングリなんこぶんりすか?」
「ドングリ勘定ですね」
「誰うま」
八つ当たりがてら寄ってくるメトロ獣を【退獣】とガン飛ばしで蹴散らす。オラオラ。
「あいつさ、おそらくこのフロアのボス級でしょ? 明らかに強さ跳ね上がりすぎだし」
「おそらく成長個体か変異個体ですね。あれだけ貴重品が詰まっていたとなると前者かも」
「だよね。だとしたらさ、あいつでもミスリル持ってないってなると、もはやガチャに入ってねんじゃね疑惑が浮上してこね? 迷宮メトロの消費者庁どこりすか? 詫び石、詫び石よこすりす! ぴぎー!」
「落ち着いてください」
「アベシューこわれたりす」
乱数の理不尽への憤りをまくしたてるミスリルガー、たじろぐノアとタミコ。
「シシカバさんたちも言ってましたよね、ミスリルはだいぶ狩り尽くされたって。さっきのやつが長年この付近に棲息していたとすると……そいつでもミスリルを持ってないってことは……」
「いやー! ぴぎゃー!」
耳をふさいでさけぶ愁。最も恐れていた展開。ミスリルの完全枯渇疑惑。
がっくりとうなだれた愁は【光刃】をまとわせた【戦刀】で地面にマルペケを刻む。マルが勝つ。
「はー……狩人になって最初の冒険がこれかー……甘くねえなー、俺って結構引きいいとか勝手に勘違いしてたなー……」
「元気出してください。ほら、干し肉です」
「もぐもぐ」
「ほら、ドングリりす」
「ゴリゴリ」
苦い。殻はさすがに吐き出す。
「もう一つの目的だった寄生品も手に入ったし」
「レベルもあがったりす」
「まあ……そうだけどさあ……」
55相当と聞いていたので期待はしていなかったが、ここまで積み上げてきたものがようやく実を結んだのか、それとも成長個体の質の高さのおかげか。
これで愁はレベル69。70の大台にリーチとなったわけだ。それは素直に嬉しかった。その瞬間だけは我を忘れて大喜びした。ぴぎーぴぎーとさけびまくった。
「これでチーム全員レベル上がったわけですし、じゅうぶん来た甲斐がありましたよ。もう少しこの階をさがしてみましょう。あ、ゴーレムだけは要注意で」
「んだね」
「んりすね」
しょんぼりアベシューはここまでだ。
気を引き締め直し、歯に挟まったドングリの殻を吐き出し、先頭を歩きはじめる。
***
通常のゴーレムでも45前後、やはり二十九階よりもいっそうシビアになっている。
それでもサソリゴーレムにくらべれば大した敵ではない。【阿修羅】と【光刃】を解禁すれば難しい相手ではない。
「これは……なんか青っぽい鉄? 鋼? なんかピカピカしてるな。魔鉄骨ってやつとは違うよね?」
「ガイドブックに載ってますかね……あ、これ、黒曜鉄! ミスリルほどじゃないですけど、良質な武具の素材に適してるって」
「マジで!? おっしゃ! URの前のSR引き! 次こそミスリル!」
そんなこんなで続けてもう二体のゴーレムを狩る。
そしてまたしてもノアのレベルが上がる。これで27。前回から中二日というド短期レベルアップに本人も喜ぶどころかむしろ引いている。
「やばい……もうシュウさんなしじゃ生きていけない身体になっちゃう……」
それ地上でもっかい聞かせて、とはセクハラになりそうなので口には出さない。
そして同時に菌糸を含んだ灰色の石を採集する。これで三つ目の寄生品だ。しかしながら――やはりミスリルはドロップしない。
小休止の時間に、この一週間の成果を確認する。
鉱石キノコの希少金属(黒曜鉄、鮮血鉄、スライム鉛などなど)。金や銀、水晶や色とりどりの宝石。そして寄生品の宝石三つ。アルミラージの角などのかさばる生体素材はリリース済みだ。
「オブチさんじゃないんで目利きはできないですけど……下手したら二百万超えもあるかもですね」
「マジっすか」
「アベシューはなぢりす」
「二十階まではボクも正直不安でしたけど、寄生品三つは大きいですよ。ミスリルなしでもとんでもない成果です。これぞ一流の狩人の稼ぎっていうか」
ブツ以外では愁とタミコがレベル1つ、ノアが2つアップした。おまけにノアは菌能【粘糸】も習得。
こうして並べてみると、確かにじゅうぶんすぎる成果だ。これ以上を望んだらメトロの神? のバチが当たりそうなほどに。
「うん、だよねえ……でもなあ……」
ほしかった。どうしてもミスリルがほしかった。厨二武器をつくりたかった。しゅん。
過去には希少鉱物の採掘で狩人たちの注目を集めたオウジメトロの最深層。
確かにこれまでの成果としてはおいしい、それは間違いないのだが……これが今のオウジの限界なのだろうか。
三十階ともなると地図はかなりざっくりしてくる。休憩を挟みつつ進んできたが、円形のフロアの真ん中付近に近づいてきた頃だろうか。
ノアが時計をチェックする。そろそろ夜が来る。安全な寝床をさがすことにする。
***
「――ん?」
愁の【感知胞子】は、身体から発した超微小な胞子を空気中に散布し、付着したものを立体的に捉える能力だ。
屋外では風の影響でその効果範囲は半分以下に狭まってしまう。逆に言えば、メトロのような空気の流れが弱い密閉空間ではその効力を存分に発揮できる。習得時は半径三十メートルほどだった効果範囲は、度重なるレベルアップによって性能を向上させ、今では五十メートルも超えてきている。
愁の身体を離れた胞子のうちごく少量が、思いがけない場所から知覚のフィードバックを行なっている。
「……ここ?」
なんでもない岩壁に、ちょっとした亀裂が入っている。隙間にしてほんの数センチほどの亀裂だ。
【感知胞子】がその奥に入り込んでいる。一メートルほど奥だ。なぜそんなところまで届いたのだろう。
ふと思いついて、指先をぺろっと舐めてかざしてみる。
「……ほんの少し、空気が流れてる?」
亀裂に指を近づけて、ようやくわかる程度だ。気のせいだと言われたら納得してしまいそうなくらいの。
「シュウさん、どうしたんですか?」
「いや……この奥にさ、なんかあんのかなって」
ノアが【光球】をかざしてみせるが、穴が奥で屈曲しているのか、その先まで見渡すことはできない。
「むぎゅー……ムリりす、とおれないりす」
鼻面を突っ込むクノイチリス、しかし抜けなくなってキーキー大騒ぎ。
「マップだとこの奥はなんにもないですね。向こう側の通路まで岩盤が続いてるだけかと」
「……なんか隠し財宝とか、隠し部屋とかあったりして?」
「……可能性はゼロじゃないですね」
三人が顔を見合わせる。役割分担はそのアイコンタクトだけで完結する。
タミコは周囲警戒。ノアは二人のサポート。そして愁は――マントと上着を脱ぎ、本気モード。
【大盾】で身を庇いつつ、菌糸腕の【戦鎚】+【光刃】で掘削開始。砕けた岩が飛び散り、道路工事かという爆音が撒き散らされる。
当然ながらメトロ獣を引き寄せてしまう。【退獣】が効くものはUターンで逃げ去っていくが、そうでないものは相手をする必要がある。時間のロスにはなるが、胞子嚢で栄養補給も兼ねられるので悪くはない。
「ちくしょう! かってえなおい!」
岩壁はかたい、下手するとゴーレムよりかたい。やはりここの壁だけ明らかに他と異なる気がする。
さすがに手がすり剥けるが、【不滅】のおかげで小休止の間に治る。作業再開だ。
「シュウさん、交代しますか?」
「いや、だいじょぶ」
「アベシューがんばるりす」
タミコ自身も立派に役目を果たしている最中ではあるが、寝転がって尻を掻いている態度がけしからんので骨休みにこしょってやる。「だ、ダメぇ……しごとちゅうりすぅ……!」。
一メートルほど掘り進め、その奥の亀裂に直接【感知胞子】を送り込んでみる。と――。
「……やっぱ、向こう側に空洞があるね」
そこがどのようになっているのかははっきりしないが、それなりの広さのスペースがあるのは確かなようだ。
もはや徒労に終わるかもという不安はなくなった。ここにはなにかがあるという好奇心、そして待ち構えるものへの期待と恐れ。それらが頭の中でごちゃ混ぜになったまま、愁はひたすら【戦鎚】を振るう。
やがて【戦鎚】が岩を突き抜ける。穴が開いた。その周りがガリガリと削り落とし、人一人が通れる大きさに広げていく。
跳ねる心臓を必死に押さえつけながら、そっと穴の奥を覗く。ホタルゴケがないせいでほとんど真っ暗だ。
「ノア、【光球】を」
彼女から光る菌糸玉を受けとり、中を照らしてみる。
「……はは、マジかよ……」
運営の手違いを疑いたくなる。ミスリルどころかとんでもないものを引いてしまった感。
思わず笑ってしまう。ノアとタミコを手招きし、奥に入る。
そこは小ぢんまりとした部屋だ。埃っぽくカビくさく、真っ暗な闇を湛えている。
そして――さらに奥へと続いている。正確に言えば、さらに深くへと。
「……ここが最深層じゃなかったんだ……」
その先にあるのは、下へと続く階段だ。




