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60:四つ腕怪人ミスリルガー

 ゴーレムはさけばない。

 ただそこに佇み、その岩塊の肉体のみで主張し、威圧する。


 相手が強敵とわかっていると、それがより恐ろしく感じられる。ただ吠えたてられるよりも気圧される。


 愁は右手に【戦刀】、左手に【大盾】。菌糸腕に【戦刀】二振り。そして【光刃】。愁の王道の構成だ。


 ずずん、ずずん、とサソリゴーレムが近づいてくる。

 愁はゆっくりと慎重に歩を進める。


 互いの距離が縮まり、互いに足を止める。ほんの一瞬の空白、けれど数分にも感じられる空白。

 サソリの尾の先がぼろっと崩れ、その先から白い切っ先のようなものが覗く。

 次の瞬間、それがまっすぐに愁へと伸びる。まるでレーザーのような速さで。


「んがっ!」


 回避できない。受け止めるしかない。

 【大盾】が手からはじかれる。愁の身体が大きくのけぞる。


 体勢を崩した愁の目に、球体ボディーから吐き出された赤い玉がちらりと映る。


 背筋が凍る。ふんばった片足で【跳躍】、地面に滑り込むようにして距離をとる。間一髪、爆ぜて火柱が上がる。【火球】だ。


 もう一度【大盾】を出す間もなく、白い切っ先が横から薙ぎ払う。まるで剣のついた鞭だ。


 右手と右の菌糸腕の【戦刀】を交差させて受け止める。ガィンッ! と衝撃が背骨を駆け抜ける。靴底でふんばってはじき返す。


「ふっ!」


 今度は愁が攻め込む。【跳躍】で一気に間合いを詰め、脚の一本に斬りかかる。菌糸腕で両側から挟み斬る――はずが。


(かってえ!)


 その脚が思った以上にかたい。三分の一も斬り込めない。

 愁を踏みつぶそうと脚が地団駄を踏む。たまらず愁はもう一度距離をとる。


「かってえ、今までで一番かってえわ」


 ここへ来るまでに、深く潜るにつれ、出没するレベルが上がるにつれ、ゴーレムの頑丈さはどんどん増している。


 ガイドブックによると「地中深くなるほど岩石そのものの含有物の組成が変わっていくから」というが、それだけでは説明がつかない。


 そういえばシシカバ姉妹が「石に寄生して操る本体の触手の作用もあるのでは」となどと推測していた。つまりゴーレムの本体が岩をかたくしているのではないか、と。原理など見当もつかないが、あながち間違いではないかもしれない。


 近づくと脚による踏みつぶし、あるいは蹴り飛ばし。

 中距離ではゴーレムらしからぬ速さで振るわれる剣の鞭。その軌道は縦横無尽だ。【光刃】装備でも打ち合いは危うい。


(かと言って――)


 さらに離れるとボディーから放たれる【火球】。狙いは正確でなくても効果範囲が広い、そして連射も利く。立て続けに火柱が上がり、熱風が愁の肌を灼く。


(確定。間違いなし)


 これだけの多彩な攻撃手段と、それを的確に駆使する知能。

 これまでのゴーレムとは格が違う。成長個体以外に考えられない。


(経験値もレアキノコも)

(期待していいってことだよな?)


 無言の岩人形が激しく撒き散らす暴力の渦中で、愁はちょろちょろと足元を逃げ惑いながら、せわしなく視線を動かし続けている。


 どこかにあるはずの弱点、本体に最も近い箇所。それをさがして球体のボディーをくまなく観察しているが――ダメだ、見つからない。見過ごしているのか、それとも目印自体が意図的に隠されているのか(だとしたらずるい)。


 脚を斬り落とすのは難しい。こちらの遠距離攻撃では効果が薄い、削りきるまでに体力がもつか危うい。


(となると――)


 やれることは一つしかなさそうだ。


 襲いくる【火球】を愁の【火球】が迎撃し、激しい爆発音が生じる。


「――『黒ひげ危機一発』って知ってる?」


 爆炎にまぎれて回り込み、腰を深くし、【跳躍】。宙に躍る。

 剣の鞭が反応を見せる。まっすぐに貫こうと伸びてくるそれを、菌糸腕の二振りがいなす。


「おおおおおおっ!」


 球体に降り立ち、【戦刀】を突き立てる。ガギッ! と岩がわずかに砕けるが、【光刃】ありきでも深く刺さらない。


「かってえ!」


 だが、想定内だ。


「らああっ!」


 左手の【戦鎚】で柄尻を殴る。【戦刀】が半ばで折れながらも、半分は外殻を深く突き破って内部に到達する。


 ビクッ! と一瞬ボディーが揺らぐ。効いたか、と思いきや。サソリの尾がぶんっと振り回され、愁の身体を打ちつける。


 とっさに菌糸腕でガードしたものの、ボディーの上からはじき落とされ、すかさず剣の鞭と【火球】の追撃を浴びる。たまらず【跳躍】で壁際まで逃げる。


「ふうっ、ふうっ……」


 相手を見据えたまま、息を整え、額の汗を拭う。


 ――さっきの打ち込み。急所からは外れたようだが、明らかに嫌がるようなそぶりを見せた。

 特殊な形でもゴーレムはゴーレム。弱点があのボディーのどこかにある、というのは間違いないようだ。


「あとは……数撃ちゃ当たるってか」


 最近そんなのをやったな、と変態を思い出したので首がもげそうなくらい頭を振って追い出す。


 【火球】の爆破範囲は要注意だが、弾速自体は大したことはない。狙いもそれほど正確ではない。かわすのは容易だ。


 剣の鞭の範囲外から隙を窺い、【跳躍】で一気に距離を詰め、胴体に突き刺す。そしてすぐに鞭の間合いから離れる――運よく急所を捉えるまでひたすらヒットアンドアウェーを繰り返す。


 気が遠くなるようなお仕事だが、それが最も勝率の高いアイデアだと愁は思う。こちとらコオロギ並みのザコからボススライム討伐者まで成り上がった身だ、我慢くらべなら負けない。


 ゴーレムがサソリの尾をもたげ、ひゅんひゅんと剣の鞭を回転させる。切り刻む準備はできている、とでも言いたげに。


「こっちも同じだよ……ウニになるまで打ち込んでやる」


 右手に【戦刀】、左手に【戦鎚】を生み出す。光をまとわせたそれを、カチカチとこすり合わせる。


「つーわけで、いい加減ミスリルが! ミスリルがほしいんじゃー!」


 四つ腕怪人ミスリルガー、猛る。

 

 

    ***

 

 

 十本目までは数えていた。


「ちくしょう、やっぱ底側かよ……ずっけーわ……」


 潜り込んだ下側に打ち込まれた【戦刀】。その亀裂からぼたぼたと白っぽい体液がこぼれている。


 無数の白い刀を針刺しのように打ち込まれた巨体がぐらりと揺らぐ。三本の脚から力が抜ける。どしん、と重苦しい音をたてて横に倒れ落ちる。


 脚も尾も動かない。それを確認してから、愁もその場にへたりこむ。


「はー……しんどー……」


 どれくらい戦い続けていただろう。二十分ほどだろうか。


 あの剣の鞭をかいくぐりながら延々と楔を打ち込んでいく作業。ガリガリと神経を削られるような思いの連続だったが、どうにかハイなテンションを保ったまま倒しきることができた。


「シュウさん!」

「アベシュー!」


 ぱたぱたと駆け寄ってくる足音。ノアと、その頭に乗ったタミコだ。ノアの肩幅は狭いので頭のほうが収まりがいいらしい。


「二人とも、だいじょぶだった?」

「もう! 心臓に悪いですよ、あんな戦いかた!」

「ヒヤヒヤりす! なんどもチビりそうになったりす!」


 ぐにぐにと頬を引っ張られ、ぺしぺしとリスビンタ。


「いやまあ……勝ち目がなさそうなら逃げるつもりだったけどさ……」


 調子こきモードだったのは否めない。そのまま走りきってしまえたのは幸いだった。


「でも……これでようやくだ……」


 危機は去った。お目当ての獲物も晴れて仕留めた。


 これまでの一週間の苦労と、つい数分前までの激戦の成果を、へとへとでクタクタの身体が所望している。


「ちょっと菌能使いすぎて空腹やばいんでさ……さっそく胞子嚢いただこうか。それと――お待ちかねのお宝もね」


 横倒しになったゴーレムの、白い体液がこぼれるあたりの石を慎重に砕いてとり除いていく。やがて黄ばみがかった無数の毛が姿を現す。その巨体に見合うほど、本体もやはり大きいようだ。


 ノアと二人がかりで本体を引きずり出す作業に没頭する。タミコは耳を立てて周囲を警戒してくれている。


 五分ほどかけてようやくずるりと出てきたそれは、バランスボールくらいの大きさがある。そしてノアが一人で持つとよろける程度に重い。鉱石キノコもたんまり貯めているかもしれない。


「さあ……いよいよお目見えだ……」


 眩いほどに白く光る銀――ガイドブックによればそれがミスリルの特徴。

 この中にそれが詰まっているのを想像する。鼻血が出そうになる。


「おし、開けるぞ」

「ドキドキ」

「りすりす」


 この一週間の冒険が実を結ぶ瞬間が近づいている。

 二人の熱い視線を受けながら、愁は本体に刃を滑らせる――。

 

 

 

 サソリゴーレムの戦利品。


 まずは愁、巨大胞子嚢を一つ丸ごともらったおかげか、ついにレベルアップ。68→69。


 そして胃袋。確かにお宝がぎっしり詰まっていた。


 大振りの金や銀、水晶の原石(透明度もかなり高い)などの鉱石キノコ。


 さらに――透けた内部にニューロンのような菌糸が根を張ったキノコの宝石。ピンク色と水色のそれは、装飾品に加工することで身につけた者に特殊な効果をもたらすという寄生品の原石。


 だが――中身を全部ひっくり返しても。


「レベルアップは嬉しいけど……チョー嬉しいけど……」


 宝石を手の中でじゃらじゃらさせながら――愁はしわしわ顔になる。


「……こいつも……こいつもミスリルなしかよ! ウォオオン!」


 怪人ミスリルガー、泣く。

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― 新着の感想 ―
[一言] フレッシュゴーレムとか強そうです。 合体はロマンだぜ。
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