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59:オウジメトロ地下三十階

 クレとの戦いから二日後。


「ようやく着いたなあ」

「りすね」

「着いちゃいましたね……」


 オウジメトロ、地下三十階。


 最深層にふさわしい特別なロケーションを想像していたが、相変わらずの洞窟然とした光景だ。多少の違いと言えば岩肌の色が多少黒ずんでいる――いや、濡れているくらいか。かなり湿気が強いフロアのようだ。


「なんだかんだ……あっさり着いちゃった感じがすごいんですけど……」


 ノアは半ば信じられないといった顔をしている。


 二十五階から、一階ずつ潜るたびにゴーレムやそれ以外のメトロ獣の強さを慎重に測り、問題がないことを確認してから進んできた。約一週間での最深層到達、愁としては(結果的には)もう少しサクサク進んでもよかった気もしているが、ノアからすると順調すぎる道のりだったようだ。


「ボク一人だったら何年かかるか、っていうかたどり着けたかどうかですけど。ここまでほとんどトラブルもピンチもなく来られると、なんか感覚おかしくなっちゃいますね」

「一番苦戦したのがあの変態って時点でね」


 へんたいが なかまになりたそうに こらちをみている!


 なかまにしてあげますか?


 →いいえ


 へんたいは さびしそうに さっていった。


 「あとで貯金とかエロ本とか渡しに行くから」と言っていたが、もう一度会いたいとは思わないので放置だ。


 政治や世俗の話題に無関心そうなあの男のことだ、あえて約束を破ってまで愁の秘密を吹聴するようなことはないだろう。今頃どこにいるのかは知らないが、別の世界で元気にやっていてほしい。


 ともあれ、ここまでのゴーレムは最高でもレベル40程度、それ以外の獣で最高30程度。今の愁にとっては大した脅威にはならなかった。ゴーレムの成長個体に出会わなかったのが幸いというか不幸というか。


「戦利品もそこそこ貯まってきたけど、やっぱりプレミアガチャ引くには成長個体と戦わないとかな」


 ここが最深層。ここで出会えなければどこで会えるというものか。いっそう気が引き締まる。


「おし、ここがオウジの最難関。最後のひとがんばりだ。めざすはミスリル! あとは寄生品の宝石類!」

「はい!」

「アベシュー、おしっこしたいりす」

「それ最優先ね」

 

 

 

 ガイドマップによると三十階はほぼ円形だ。二十九階とつながる階段は南側の外周付近にある。とりあえずマップの中心あたりをめざしてみることにする。


 道中、タミコがノアの頭の上でぴくぴくと耳を動かしている。にんにんとクノイチアンテナ作動中。


「……んむ?」

「どうした?」


 タミコがぴょんと飛び降り、てこてこと駆けていく。

 慌てて追いかける二人をよそに、タミコは菌糸植物の密生する水辺のエリアに入っていく。


「ドングリ! ドングリりす! キーキー!」


 愁の知る常識ではドングリとは木の実だが、この菌糸植物の世界ではドングリに似た果実をつける花があったりする。オオツカメトロや地上でもたびたび見かけるドングリタンポポがその一つだ。


 生い茂る花々、色とりどりの実が生っている。その中心で毛玉が喜びに打ち震えている。手近な一つをもぎとり、うっとりとした眼差しを向ける。


「これが……あたいのミスリル……?」

「安上がりだな」


 タミコが実を集め、「ノア、もっててりす!」とリュックのポケットに詰めていく。全種類コンプしてやろうとハンターの目で一帯をくまなく探索する欲張リス。なにごとかとこのあたりを根城にする小動物たちが遠巻きに愁たちを窺っている。お騒がせして申し訳ありません。


「はじめてのドングリがいっぱいりす! これなんかうまそうりす!」


 タミコのお眼鏡に適ったそれは、彼岸花に似た花に生るヒマワリの種に似た実だ。白地に赤いラインが入っている。


「それ……うーん……」


 ノアが顎に手を当てて思案顔。


「前に図鑑で見たやつに特徴が似てます……毒じゃないみたいですけど、メトロでは食べないほうがいいかもですね」

「ちじょうならたべていいりすか?」

「図鑑とかでちゃんと調べたほうがいいかも。スガモの図書館にあるはずだから」

「他のやつも、毒とかあるかもだから、見たことないやつは持ち帰ってからにしような」

「りっす! おみやげりす! ちじょうにかえったらドングリパーティーりす!」


 お土産をたんまり仕入れてむふーとご満悦なタミコ。


「ドングリより普通に地上のメシのがうまくね?」

「それはそれ、これはこれりす」

「愚問だったね」

 

 

 

 気をとり直して探索再開。

 マップを手にしたノアの指示で、迷路のように入り組んだ道を進んでいく。


「……みぎがわになんかいるりす」

「ゴーレム? 狩人?」

「たぶんふつうのケモノりす」


 好都合だ。


「よし、これまでどおり行こう」


 まずは普通のメトロ獣の小手調べ。それで問題がないようならゴーレム狩りだ。


 ガイドブックによれば、三十階に出没するメトロ獣は二十五階付近からの顔馴染み組がほとんどだ。ざっくりとした危険度の評価もガイドブックに載っているが(五段階)、当然タミコのリスカウターほど正確な指標ではない。こればかりは手合わせをしてみないとわからない。


 忍び足で曲がり角まで近づき、そろっと覗いてみる。岩から小さな泉がしみ出す広場に、巨大ウーパールーパーことランドサハギンの群れがたむろしている。全部で五体。


「レベルは……いちばんおくのやつだけ35くらい、ほかは30くらいりす」

「だいたい想定どおりだな。ノア、一匹いける?」

「だいじょぶだと思います」

「タミコ、ノアをサポートして。残りは俺がy――」


 ずずん、と地面が揺れる。

 三人が身構える。ランドサハギンたちが「ギッ!」「ギッ!」と警戒音を発する。


 背中を合わせた五匹の足元がビキビキとひび割れ、三本の腕が柱のように隆起する。それらが内側に閉じるより先に三匹は隙間から脱出するが、二匹は間に合わず、巨大なてのひらに鷲掴みにされる。


 仲間が呆然と見上げる中、くぐもった悲鳴が響く。ぎゅうっと圧迫されたランドサハギンがか細い前足を伸ばすが、それがみるみるうちに干からびていき、ぱたりと力尽きる。本体の触手に体液と胞子嚢を吸い尽くされたようだ。


「何度見てもこええわ……」


 ゴーレムによる捕食シーン。獣的というより妖怪的なテイストが強い。


 仲間の死を見届けた三匹が、口々に非難めいた悲鳴をあげながら奥へと逃げていく。残された三本の腕は、干物になったそれをぽいっと放り出し、地面を揺らしながらそれが姿を現す。


 三本の腕は、直径五メートルはありそうな巨大な球体のボディーを支える足になっている。そしてボディーの頂点にサソリの尾を思わせる岩の触手が伸びている。なんというか、SFに出てくるロボット兵器のような姿だ。あの尻尾の部分からビームを撒き散らす的な。


 ゴーレムが人型である必然性はない。常々そう思っていたが――この土壇場に来てそんな異様な形態をとられると、もはやボス級の個体だと認識せざるをえない。


「タミコ」

「ご、55くらいりす……」

「マジか」


 補正値を入れれば愁とほとんど変わらない戦闘能力だ。


(どうする? やるか?)

(……うは、こええ)


 ゴーレムに目や耳はない。音や振動などで周囲を感知していると言われている。

 愁たちとサソリゴーレムの距離はおよそ五十メートルほど。この距離なら感づかれることはない。


 ――いや。


「海の幸? のエキス二匹分じゃ足りないってか」


 尾が愁たちのほうを向く。ずしん、と腕が一歩目を踏み出して巨体を引きずりはじめる。

 気づかれた。


「くる、くるりす! ぴぎゃー!」

「シュウさん、どうしますか!?」


 レベルだけ見れば勝算は低くはないだろう。

 だが、相手はこれまでとは明らかに違う。レベルだけで判断するにはリスクが大きすぎる。


(いったん逃げて、安全な場所から観察するのがベターかな)


 相手はゴーレム、足はそれほど速くない、かもしれない。

 階段のほうに戻れば逃げきれる、かもしれない。


 だが、相手は三本脚の特殊な形態。鈍足とは限らない。

 逃げきれずに後ろから襲われるのが最悪のパターンだ。


(……やるしかないか、どのみち)


 一週間かけてここまで来た、その目的のほうから近づいてきているのだ。

 それなら、一合も刃を交えずに逃げるのはもったいない。


(ってのも、言い訳かな)

(あとで上官に怒られよう)


「タミコ、ノア。離れて待ってろ。他の獣が来たら任せる」

「シュウさん……」

「勝てなそうなら逃げるから。準備だけしといて」

「アベシュー、きをつけるりす」

「うん。行ってくる」


 マントと上着を脱いで渡す。そして岩陰から出て、サソリゴーレムと対峙する。


(久々だな)

(本気出して、それでも勝てるかわからない相手と戦うのは)


 【戦刀】を握りしめる手が震えている。武者震いか、それとも。


「――ミスリルもらうけど、恨むなよ?」

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