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5:半年後


3/13:

新菌糸玉、緑十字マーク→赤十字に修正。


 思いがけず入手した、というか覚醒した〝燃える菌糸玉〟のスキル。


 これにより「火起こし」という最重要にして必須の課題をクリアしたことで、愁たちのサバイバルライフは劇的に発展、文明開化の鐘の音が高らかに――。


 いや、そんな風にはいかない。現実はそう甘くない。


 そもそも「火でなにができる」「なにをすべき」という知恵自体がないのだ。そんなことを切実に思考する必要性が二十三年の人生で皆無だったから。


 枯れ草の乾燥を試みては火事に発展しかけ、ネズミ肉を焼いてみては消し炭を量産し。隠れ家で焚き火して煙くさくなってタミコに説教され、そのへんの通路や小部屋で焚き火したら獣が寄ってきて即撤収。


 そんなこんなで試行錯誤の日々は続く。トライアンドエラーで一進一退。


 メトロ獣との戦闘も、飛び道具ゲットで即無双、というわけにもいかない。正面から相対すれば、敏捷性で勝る獣にはあっさり避けられてしまう。


 思いつきでトラップに使用してみるが、においと見た目で警戒されて引っかかってくれない。ぽつんととり残された菌糸玉を前にしての、人間の面目丸つぶれ感たるや。


 結局はタミコの耳を頼りに獲物を厳選し、タイマンに持ち込むのが日課となる。およそ二日三日で一戦のペースだ。


 レベルアップで身体能力は明らかに向上している。筋力もスタミナも反射神経も。技術的にも、実戦に加えて素振りなどの鍛錬を積んで磨かれていく。ド素人からドがとれた程度の自負は芽生える。


 それでも、格上の獣たちの力にはなかなか及ばない。再生菌糸――どんな重傷でも治してくれる青黒カビを当てにして、負傷上等のカミカゼアタックで勝ちを拾う日々。その怪我が少しずつ減っていくことで成長を実感するのがやっとだ。


「クソザッコのアオゴブリンにくせんしてるようじゃ、まだまださきはながいりすな」

「ちなみにお前はレベルいくつなの?」


 タミコにも戦闘を手伝ってほしいところだが、「あたいはいたいけなショードーブツにすぎないりす」とここぞとばかりにリス感を主張して固辞された。確かに彼女はメトロ獣にも負けないすばしっこさを持つが、殺傷能力は低いらしい。


 愁としてもこの唯一の相棒が狼のおやつになってしまうのは実務的にもメンタル的にも耐えがたいので、愁が一人で身体を張る形になっている。


「このへんにチョーつよつよメトロじゅうがいなくてよかったりすな。もしもいっぴきでもいたら、アベシューはとっくのむかしにうんこりす」

「で、お前はいくつなんだよ?」


 あくまで沈黙で応えるタミコ。腹立ちまぎれにこしょると「ああっ! くるしゅうない、くるしゅうない!」とうっとり。


 この階層の少し離れたところには、オーガやオルトロス、レイスやオニムカデなど、レベル50前後という(愁にとって)ラスボス級のメトロ獣がうようよしているという。そいつらから見ればゴーストウルフは子犬も同然。つまり愁などは他の小動物と同じくこの付近の生態系の底辺なわけだ。


 そういった超強キャラがご近所にはびこっているこのオオツカメトロ五十階。今のところタミコの索敵と「あまり隠れ家から離れない」というリスクヘッジもあって遭遇は免れているが、万が一にもそんなことが起これば即詰みだ。


 上を見たらキリがない、まずはそのクソザッコを乗り越えていくしかない。

 そんな先の見えない毎日だが、戦闘に関して「劇的に発展」する日が訪れる。サバイバル開始から約一月半後、愁がレベル7に到達してしばらく経ったときのことだ。


 ゴーストウルフを相手に、左手を犠牲にしての勝利。もはや慣れた手つきで胞子嚢と毛皮を頂戴し、オアシスにちょいと寄ってから隠れ家へ。タミコと並んで手を合わせ、「いただきます」をしてから胞子嚢を口に運ぶ。


 当初は栄養バランス――塩分やビタミンの不足――を懸念していたが、一月以上経っても特に栄養不足を感じたことはない。胞子嚢は栄養満点とはタミコの言だが、もしかしたら卵を超える本物の完全栄養食、だったりするのかもしれない。


「うおっ!」


 相変わらずまずいそれをぺろりと平らげたとたん、身体に異変が起こる。

 例のレベルアップかと思いきや、背中が熱くなってくる。背骨に直接熱湯を流し込まれたみたいに。マジか、毒でも入ってんのか、などと焦るが、数秒もすれば熱は嘘のように引いていき、異変は完全に消えてしまう。


「どうしたりすか?」

「なんか今……背中が熱くなったんだけど、気のせいかな?」

「マジりすか!? せなかアツアツは、あたらしいきんのうゲットのあいずりすよ!」

「マジで!? 新しいスキル出せるようになったの!?」


 にわかに期待感であふれる隠れ家。


「……で? どうすりゃいいの?」


 新しい能力を授かった。としても、使いかたがわからない。


「とりあえずだしてみるといいりす。あたらしいスキルでろでろってねんじるりす。きんしとうやもえるタマをだしたときみたいに」

「なるほど、やってみる」


 てのひらを上向け、目を凝らす。


(出ろ出ろ――俺の新しいスキル出ろ出ろ――)

(ささやき――祈り――詠唱――念じるりす!)


 勢い余ってタミコ語になってしまったが、しゅるしゅると菌糸が生じ、形をなしていく。


「うおお! 出た、出たよタミコ!」

「キーキー! アベシューのあたらしいきんのうりす!」


 二人して大はしゃぎ。嬉しさを全身で表現する青年とリスの適当ダンス。


「んで、これって……」


 菌糸刀と同じ色と材質の、鍋蓋状の物体だ。表側は緩やかな円形で、裏側の中心から伸びた部分がてのひらに貼りついている。結構しっかり密着している。


 力ずくでもぎとり、床に置いて菌糸刀で斬りつけてみる。硬度はほとんど変わらないようで、表面にほんの小さな傷がつくだけだ。


「……菌糸盾、ってところか?」


 翌日の戦闘で、菌糸盾は想像以上の効果を発揮する。

 襲いくるゴーストウルフの牙と爪をはじき、ガードしてくれる。殴りつければ牽制にもってこいだ。


 初めてのほとんど無傷での勝利をもたらしてくれた瞬間、青年とリスはこれまで以上に激しい舞いで喜びを表現する。


「ぜえぜえ……これ、結構いけるな」

「はあはあ……なかなかやるじゃねえりすか。そのちょうしでやってけりす」

「イエッサー……いやだから、お前はレベルいくつなの?」



    ***



 目覚めた日から毎日欠かさず、隠れ家の部屋の壁に正の字カレンダーを刻んでいる。

 今日で正の字は三十六個目。つまり、覚醒から半年が経ったことになる。


 人間、死ぬ気になればなんでもできるものだ。

 愁は改めてそう思い知っている。やっていることはもはや自分の知る人間の範疇を大きく超えているが。


 最初の頃は狼の前に立つたびに足が震え、あちこちかじられ引っかかれ大怪我を負いながらのギリギリの勝利で食いつないでいたのに。今では――。


 愁はゴーストウルフの前に佇んでいる。いつかの腰蓑は卒業し、今では彼らの同胞の皮を加工した服を身にまとっている。


「ガァウッ!」


 対峙するゴーストウルフが吠える。相手を射すくめる強者側のそれではなく、警戒して「こっちに来るな」と突き放すような声だ。その証拠に、ぐっと身を屈め、下から睨め上げるような体勢になっている。


「――やろうか。恨みっこなしな」


 愁は左手を突き出す。てのひらからするすると生じるのは防御の要、円形の菌糸盾だ。

 右手の指先には赤い菌糸玉。盾を前に構え、右手を振りかぶり、手首のスナップを利かせて燃える玉を飛ばす。


 ゴーストウルフが横にステップする。ボンッ! と地面が爆ぜる。瞬間的に立ち昇る炎にも怯まず、そのままゴーストウルフが突っ込んでくる。


「ふっ!」


 頭を噛み砕こうと迫るその顎を、愁は盾で殴るようにして逸らす。推定二百キロの全体重をかけた突進だが、愁はわずかにあとずさるだけだ。


 相手がすたっと着地すると同時に、愁は三本の指先にぽぽぽっと再び燃える玉を生じさせる。スナップスロー、三つの小爆炎。それをことごとくかいくぐり、ゴーストウルフが横に回り込んで距離を詰めてくる。


 愁は菌糸刀を生み出す。袈裟に振り下ろす。

 一太刀で首を刎ねるにはじゅうぶんな膂力の一撃を、ゴーストウルフはその口で受け止める。


「うおっ!」


 マジか、と愁は一瞬たじろぐ。こんなガードをしてきたやつは初めてだ。

 左手の菌糸盾はすでにてのひらから切り離している(もぎとらなくても意思でそれができる)。代わりに二振り目の菌糸刀を出そうとする。


「アベシュー!」タミコがさけぶ。「後ろ――!」


 背中がぞわりと粟立つ。

 振り返ったとき、二匹目のゴーストウルフが大口を開けて眼前まで迫っている。


「ぬお――!」


 ほとんど反射的に、左手の人差し指から菌糸玉を放つ。赤い繭が二匹目の口の中へと吸い込まれ、ボンッ! と燃え上がる。


 牙を放した一匹目が爪を伸ばしてくる。愁はそれをくぐってかわし、下から刀を突き上げる。白い切っ先がぶ厚い皮膚を破り、肋骨を砕き、腹から背中へと通り抜ける。ぷしゃっと血が愁の顔に降りかかる。


 ゆっくりと、ずしん、と地面に落ちる。そして動かなくなる。


「あー、焦ったー……」


 少しチビりそうになったのは内緒だ。


(伏兵がいたのか)


 これまでは文字どおりの一匹狼のみを標的にしてきたし、つがい連れや子育て中らしきやつらを見かけても向こうから襲ってくるようなことは一度もなかった。片割れを潜ませていたのは完全に予想外だった。


 それに、まだ愁が低レベルだった頃ならともかく、今の愁の一撃を口で受け止めた。いつかの赤ゴブリンを圧倒した個体のようなエリートだったのかもしれない。


「こいつ、アベシューがたたかうおとで、じぶんのあしおとをころしてたりす。あたいもきづかなかったりす」


 事態が収まったのを察して、タミコがとことこと駆け寄ってくる。


「なるほど……向こうも対策を練ってたんかな」


 燃える玉を食った二匹目は、顔面をぐしゃぐしゃにして、目玉も飛び出ているが、まだもぞもぞと身じろぎしている。「ごめんな」と愁はつぶやき、その首に刀を振り下ろす。



    ***



 このオオツカメトロ地下五十階は、とてつもなく広いらしい。


 これまでに愁の行動範囲は初期の数倍以上には広がっているが、タミコに言わせればそれでもまだまだ「五十階の片隅」らしい。全体で端から端まで十キロくらいあっても驚かない覚悟はできている。


 それでも愁たちの生活が隠れ家周辺とこのオアシスを中心にしているのは、半年経った今でも変わっていない。


「なんだかんだ、ここでの暮らしも慣れてきちゃったなあ」


 二人はオアシスの水場で胞子嚢をもちゃもちゃと頬張っている。このまずさにも多少慣れてきていているのはいい傾向なのかどうなのか。まったくおいしいと思えないのは相変わらずだが。


 タミコは耳を立てたままだ。近づいてくるメトロ獣の気配を逃すまいとしている。頬袋をぱんぱんにしつつ首をきょろきょろ回す様はまんまリスだ。


「もしゃもしゃ……アベシューはつよくなったりす。きょうもまあまあがんばったりす。それもこれも、あたいのてきかくなしどうがあればこそりす」

「もうお前よりレベル高いけどな」


 菌糸盾の菌能をゲットしてから、戦闘の安定感が激増。ゴーストウルフと青ゴブリンのみに的を絞って狩り続け、半年。


 愁はレベル17にまで達している。ちなみにタミコは14だ。

 身体能力の向上に関わらず、体型は多少細マッチョになった程度だ。明らかに筋肉量と筋力が釣り合っていない。成長しているのは筋肉そのものよりも、身体に寄生している菌糸のほうということか。それと、今はまだ実感はないが、菌能もレベルにつれて威力や性能が増していくらしい。


「とはいえ、さすがにレベル上がらなくなってきたかなあ……」


 最近はほぼ毎日一匹ずつ獲物を狩れているが、レベル13あたりから明らかにペースが落ち、最後のレベルアップから半月以上が経過している。

 ネズミを何匹仕留めてもダメだったのと同様に、狼もこれより先の成長の糧には力不足になってきたのかもしれない。


「まあ……つっても贅沢な悩みか。毎回死ぬ思いして狼狩ってた頃とくらべれば……」


 ペースを上げるというのも手の一つではある。ただそうすると、このフロアの狼を激減させかねない気もする。


 これがゲームではなく現実だと思い知る事実の一つとして、モンスターもといメトロ獣は「どこからか勝手に湧いてくるわけではない」という点がある(最初の起源がどうだったのかは知らないが)。生殖器官を持っている彼らは、きちんと己の性をもって繁殖している。菌類も有性生殖だと高校の生物で習ったのを思い出す。


 一度、ひょんなタイミングで生後間もないゴーストウルフを見かけたことがある。べたべたの三匹の幼体がきゅーきゅーと母親を呼ぶ声はあまりにも子犬感満載で、一匹お持ち帰りしてチャッピーとか名づけたい衝動を抑えるのに必死だった。


 カーチャンから受け継いだタミコの脳内カレンダーによると、今は十月か十一月くらいだという(どこまで当てになるかは本人も微妙とのこと)。地下深くのためか、ここでは夏でも秋でもほぼ気温の変化がなく、獣たちもわりと季節関係なく旺盛に繁殖しているようだ。愁一人で一つの種を駆逐できるほど数が少ないわけではないと思われる。


 とはいえ、あまり集中して狩りすぎて数が減れば、このフロアの生態系になんらかの影響を与えてしまうかもしれない。


 別にエコロジカルな思考でそれを危惧しているわけでなく、他の強力なメトロ獣たちにどう影響するかが心配なのだ。未だに遭遇すら恐れるオーガやオルトロスなどの推定レベル50オーバーという化け物どもがこのあたりを跋扈しはじめないとも限らない。


「たしかに、あいつらはすでにあたいらのてきではないりすね」

「お前は一度も戦ってないけどな」


 レベル14という自己申告が本当なら、ゴーストウルフともいい勝負ができそうではある。戦闘向きではないということだし、絵面的にやらせるつもりはないが。


「せいかつもあんていしてきたし、もうちょっとこのまま、ザコかいでわがよのはるをおうかするのもいいりす」

「志低いわ」


 火の扱いに慣れてきてからは、ここでの生活も潤いを感じられるようになってきた。

 焼いた肉やキノコなどの温かい食べものは、胞子嚢の味に慣れつつある舌には極上の贅沢品だ(今一番ほしいものは、冷蔵庫でもスマホでもなく調味料だ)。


 深緑色の菌糸植物をお湯につけたなんちゃってお茶も、嗜好品として灰色のメトロ暮らしに彩りを加えてくれている(湯を沸かす器などはコツコツと石を削ってつくったものだ)。

 狼の毛を焼いた皮と藁紐で、簡単な上着やズボンや足袋をつくった。試行錯誤してカバンや膀胱を用いた水筒もつくった。立派なサバイバーだ。


 とはいえ、安全を考えるといつでも自由に火を使えるわけではない。基本的には今も雑草食、キノコ食、胞子嚢食がメインの生活は変わらず、狼のモモ肉焼きなどの贅沢はよほどメンタルが切羽詰ったときだけだ。


「このままのペースで狼を狩っても、じゃあレベル50までどんだけかかるんだってなるしなあ。メトロでアラサー迎えるとかマジ勘弁だし、そろそろ次のステップに登っちゃってもいいんじゃないかね?」

「アベシュー、そういうマインドはゆだんをまねくりすよ」

「へ?」

「アベシューはちゅうとはんぱにつよくなって、チョーシこいてるりす。トーシローとチューケンのまんなかあたりがいちばんあぶないりす」

「リスのくせに正論言いやがって」

「もうすこしレベルあがったら、アカゴブリンをメインにかるのもいいかもりすね」

「あー、あいつか……」


 エリートウルフに噛み殺された個体のイメージが強いが、それでも推定レベル上は今の愁と同等かそれ以上だ。


「ゴブリンはいやらしいやつらりす。くさくてきたなくて、こざかしくてギャーギャーやかましくて、キショいわらいかたをして、ゴキブリでもオオカミでもなんでもたべるりす。あたいもなんどもおいまわされたりす。むかついてきたからネダヤシにしてやるりす」

「私怨かよ。やるのは俺なんだけど」


 青ゴブリンは単体なら敵ではないが、複数相手となるとどうなるものか。それに赤ゴブリンは高確率で菌能持ちだ、なにをしてくるかわからないという恐怖感がある。


「ゴーストウルフのナワバリのはんたいがわに、ゴブリンどものナワバリがあるりす。そっちにいけばたくさんかれるりす。あいつらねんじゅうサカってやがるりすから、カリホーダイりす」

「なるほど」

「しんぱいなのは、かくれがからちょっとはなれてるから、ほかのつよいのとでくわさないかってことりすね」

「うーん、嫌だ……そのへんはタミコにきっちりさぐってもらいながらかな……」

「まかせるりす。アベシューはよわニンゲンだから、きちんとだんかいをふんでいくしかないりす」

「よわが一個とれたね。進歩だわ」

「アベシュー、なやむまえにたべるりす。あたいはもうおなかいっぱいりす」

「ああ、お残し分を食べろってことね。遠慮なくもらうよ」


 リスの残飯も食べるという現代人にあるまじき食生活だが、常識やマナーなんて人間のいない空間では無用の長物だ。残りの胞子嚢を食べ終えると、突然背中が熱くなる。ほら、だから馬鹿にならない。


「うおっ! 来たぞタミコ! 背中アツアツはスキル獲得!」

「やったりす! アベシュー、さっそくためしてみるりす!」


(やべえ、久々すぎて嬉しすぎる)


 菌糸盾以来、約四カ月ぶりか。

 最初の低レベルだった頃の苦境から安定してきて、代わりにレベルアップのペースも落ち着いてきて、今では次のレベルアップが待ち遠しくなっていた。


 目に見える形で着実にステップアップできる、それが自身の肉体にフィードバックされるというカタルシス。画面を隔てたデジタルの世界を傍観する立場では味わえない快感だ。給料アップが毎月やってきたらこんな感じかもしれない。


「よし、じゃあ出してみよっか。タミコ、離れてろよ」


 てのひらに意識を集中する。


(出ろ出ろ……俺の新しいスキル、出ろ出ろ……)


 そして、しゅるしゅると現れた菌糸がまとまっていき、出現するニューフェイス。


「出た! また菌糸玉だ!」


 乳白色の球体だ。大きさは燃える玉と同じくらい。中心に赤色の十字っぽいマークがある。


「アベシュー、ためしてみるりす!」

「あ、うん。投げる、食べる、食べさせる、だっけ?」


 燃える玉のようにデリケートな扱いが必要な可能性もあるが、なんとなく危険な気配は感じない。本能的にそれがわかる。

 タミコを後ろに下がらせ、数メートル離れた地面にぴっと放ってみる。

 頭を庇う愁とタミコの前で、菌糸玉はぽとっと地面に落ちる。そして――なにも起こらない。やはり。


 近づいて確認してみる。菌糸の繭がしおしおになって、腐葉土の地面にしみが広がっている。中に含まれていた水分が全部抜けたかのように。木の枝でつついてみてもなんの反応もない。突き刺してちぎってみても、ただボロボロと崩れるだけだ。


「やっぱ投げるじゃなさそうだね」


 となると、食べるか食べさせるか。万が一毒だったりしたら自爆必至なので、申し訳ないが動物実験ということになる。


 そこいらを歩いているネズミをさっと捕まえる(ネズミだろうとゴキブリだろうともはや抵抗なく素手で捕えられるメンタルだ)。もう一度白い菌糸玉を出し、口のそばに近づけると、ネズミはにおいを嗅ぎ、バリッとかじる。バリバリとかじる。もぐもぐ咀嚼する。ちょっぴり可愛く見えてくる。


「……なんともなさそうだな」


 隠れ家に戻り、連れ帰ったネズミを引き続き観察する。狼皮の袋の中に閉じ込められたネズミは、三十分以上経っても異常は現れない。それどころか元気になってキーキーとじたばたしまくっている。これ以上はかわいそうなので出入り口の外に解放する。


「ちなみにタミコはあいつとしゃべれないの?」

「あんなチクショーといっしょにすんなボケ。ツルッツルのしおがおめ、いしころとでもしゃべってればいいりす」

「次の動物実験は俺たちだ。お前も食え、俺のタマを」

「やめろ、ドーブツギャクタイりす! くっさいタマちかづけんな! やめろ、やめ――うまいりす……!」


 そのまましゃくしゃくと菌糸玉をかじるタミコ。


「もぐもぐ……とってもジューシー、ほのかにあまいかんじ……これがカーチャンのいっていた、ちじょうのスイーツ……?」

「違うと思うけど」


 愁も自分でかじってみる。菌糸からじゅわっと半透明な液体がこぼれて、それがほんのり甘く感じられる。確かにまずくはないが、キノコっぽい生ぐささも残っている。自分由来のものをかじる、というのもなんだか変な気分ではある。


「毒もなさそうだし、かと言ってめちゃうまいわけでもないし……なんの能力だこれ?」

「でも、ちょっぴりげんきがでてきたりすよ」


 確かに少し薬っぽいような、身体によさそうな味はしている。

 もうちょっと検証したほうがよさそうだ。ちなみにタミコの顔はおかわりの菌糸玉も頬袋に詰めてパンパンになっている。

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[気になる点] 主人公時計かなんか持ってるっけそれとも勘で1日って決めてる?
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