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50:メトロの転送装置

 手頃な宿にチェックインし、夕食と入浴を済ませる。食事にはきっちり温泉タマゴが出てくるし(タミコがいたく気に入る)、大浴場は温泉だし、値段のわりに大満足だ。

 布団を敷いていざ就寝、の前に、自然とオウジメトロとあの説教師の話になる。


「要はここオウジメトロって、いろんな鉱物の採掘場なんです。この町とメトロ、両方とも都庁直轄地です」

「なんかゴーレムがどうとか言ってたね、あのおっさん」

「ゴーレムってなんりすか?」

「メトロ獣の一種です。命の宿った岩人形」

「うん、俺は知ってる」

「あたいもしってたりす」

「嘘つけ」

「このオウジメトロを代表するメトロ獣です。鉱物資源のあるメトロには結構ありがちなやつですね」

「へー……ゴーレムって生き物なの? てっきり魔法的な? 呪い的な? ようわからん力で動く人形だと思ってたけど」

「ボクもあんまり詳しくないですけど……本体は白い毛玉みたいな生き物で、その触手で石を鎧みたいにまとって動かすそうです。ちゃんと胞子嚢も持ってますよ」

「へー……」


 ヤドカリみたいなものだろうか。いや違うか、前時代の例には当てはめられない生き物かもしれない。


「なんか、存在自体が寄生品みたいなやつだね」

「そうですね。寄生武器の開発にはゴーレムがヒントになったとかどうとか、ひいじいの手帳にも書いてありました。どこまで関係あるかはわかんないですけど」

「なるほど」

「ちなみにここで働く鉱夫は、常にゴーレムとの遭遇の危険性と隣合わせだそうで。ほとんどが〝人民〟ですけど、浅い階層に出てくる未成熟な個体くらいなら寄ってたかって退治するくらいのタフさはあるとか」

「すげえな」

「危険だけどわりとお給料はいいそうですし、ここで稼ぐ狩人もいるし。でも、その資源も無限ってわけじゃないってことですかね。採掘できる資源量がだんだん落ちてきてるって噂で。あの説教師が言ってたのはそのことじゃないかと」

「なるほどねえ」

「なるほどりすねえ」

「お前わかってる?」

「ドングリとりすぎたら、もりがなくなっちゃうってはなしりす」

「おお、大正解。侮ってすまん」


 資源の枯渇問題。この時代でもあの頃と同じような問題がさけばれているとは。


「まあ難しい話はともかく、ボクたち狩人は鉱夫の人たちが行けない深層に潜って、レアな鉱物をさがしましょう。ミスリルなんて掘り当てたら一攫千金、高級な武器もつくれちゃいますよ」

「いいわーそういう話好きだわー。よし、早めに休んで明日に備えよう」


 などと言いつつ、明かりを消しても愁はなかなか寝つけない。

 あの説教師の言葉が、睨みつける目が、なかなか脳裏から離れない。


 ――過度な環境破壊が祟り、旧文明は粛清された。

 ――星の意思により、人類社会は浄化された。

 ――この菌糸植物のはびこる豊かな国に再構築された。

 ――旧文明と同じ轍を踏めば、メトロは再び牙を剥くだろう。


「……なんだかなあ……」


 本当にそうなのだろうか。


 旧文明を滅ぼした災厄は、旧人類の傲慢さや横暴ぶりから来たものだったのだろうか。

 メトロの氾濫や〝超菌類汚染〟はそれらに歯止めをかける意思がもたらしたのだろうか。

 スマホとネットに毒された立派な現代っ子だった愁としては、正直ぴんとこないものがある。


(……なんか、昔のエコロジストが言いそうなことだよなあ……)

(確か、メトロ教団の教祖って――)


 愁と同じ〝糸繰士〟。愁と同じ時代を、旧文明を生きた人。


 前にノアから聞いたことがある。魔人やメトロは人類の行きすぎた文明をリセットするために現れた、教団の教祖がそう唱えていると。以来、このシン・トーキョーでは科学文明の復活や発展に歯止めがかかっていると。


 説教師が語る教義は、その教祖の思想や理念がそのまま反映されたものだ。


(……会ってみたいかな、ちょっとだけ)


 ただしちょっとだけ、いやかなり、会うのが怖い気もする。

 

 

    ***

 

 

 オウジメトロの入り口前は、遊園地のそれのように多くの人で賑わっている。


「……でっけー……」

「……でっけーりすー……」


 ゲートの奥に巨大な建物がある。高さにしたら五階建てくらいだが、横にも大きい。コンクリート剥き出しの壁に、かぱっと開いた大きな出入り口。奥から聞こえてくる男たちの喧騒や物々しい作業音。大規模な工場というか倉庫というか。メトロの入り口もこの中にあるらしい。


 受付は二つあり、鉱夫用、狩人用に分かれている。鉱夫らしき軽装の男たちがわらわらと出入りしているが、狩人用のほうはほとんど混雑していない。


「え、入るのに金とられんの?」

「そうですね。それもこの町を維持する財源ってことかと」


 ゲートの手前には宝くじ売り場のような小さなブースの券売所がある。販売員のおじさんに声をかけると、料金プランを提示される。一回券なら一人三千円。五回券なら一万四千円。十回券なら二万六千円。もっとお得な年間パスもあるよ。


 ほとんどノープランなのでひとまず一回券を購入する。タミコの分もしっかりとられる。チンチクリンでも有免許の狩人だからしかたない。


「地下十階までは鉱夫の仕事場だから、採掘作業しちゃダメだよ。採掘業者に接収されちゃうからね」


 採掘権というやつか。世知辛い。


「それより下ならいいんですか?」

「もちろん、十一階以降が狩人の仕事場さ。だけどゴーレムは強くて危険だからね、他のメトロと同じ感覚で潜ると痛い目見るよ」

「はあ」

「特に二十階より下になると、中堅どころでもしょっちゅう事故るくらいだから。あんちゃんらは若そうだし、あんまり深追いしないほうがいいよ」

「何階まであるんすか? ボスとかいたりします?」

「三十階までだよ。ボスの話は久しく聞いてないね、こんだけ人の出入りのあるメトロだから。最新版のガイドブック買うかい? 三十階までのマップを網羅してるよ。ここでやってくなら必須だよ」


 ガイドブックは手帳サイズの本だ(前半は見開きのマップになっている)。一冊一万円。少々お高い気もするが、道中の時短と安全には代えられない。


「まあ、いろいろボってるように思うかもだけど、昇降機の利用料金もコミコミだからな。俺らも結構カツカツなんだよ」

「しょーこーき?」

「りす?」


 どういうことかを訊こうとしたところ、他の狩人がやってきたのでブースを離れる。


「エレベーターのことだと思います」とノア。

「エレベーター!? メトロにエレベーターあんの!?」

「ああ、アレりすね」

「お前絶対知らんだろ」


 ノアがマップを開く。地下一階のページにバツのついた四角マークがあり、「エレベーター」と小さく書かれている。大きいものと小さいものが併設されている。


「すげえ……まさかこの時代でエレベーター乗れる日が来るとは……」

「都庁なんかにもあるそうですよ。メトロではあんまり聞かないですけど」

「マジか……」


 経済史の講義で「最古のエレベーターは紀元前」などと聞いたことがある。この時代に復活していてもおかしくはない技術ではあるが、まさかメトロ内にそれを設けるとは。


「アベシュー、エレベーターってなんりすか?」

「やっぱ知らねえじゃねえか」


 軽く説明してやると、タミコは「のってみたいりす! ぴぎー!」と大興奮。マップで確認するとちょうど十階まで通っているようだ。


「でもあれ、シン・トーキョーの三大禁忌だっけ? 『メトロの過度な開発』って、エレベーターはどうなの?」

「規定で十階まではOKって聞いたことがありますね」


 そのへんのさじ加減はわからないが、合法的に使えるなら使わない手はない。


「じゃあ、エレベーターで十階まで行って、様子見ながら潜ってく感じで。ゴーレムがどんなもんかわかんないし、慎重に行こう」


 女子二人、「りっす!」と元気のいいお返事。

 

 

 

 巨大工場の中は、ものすごくうるさい。ありえないほど埃っぽい。


 たくさんの鉱夫が作業している。鉱石らしきものを手押し車で運び、手作業で選り分け、袋や木箱に詰めたり。奥のほうに荷馬車と別の出入り口もある。ノアの豆知識によると、鉱石の大部分は近くの川辺にあるたたら場に運ばれるらしい。


「……あれ、鉱石だよな? なんか変な形してね?」

「それは……実物を見てのお楽しみですね」


 ノアにイタズラっぽくそう言われ、愁はカンニングしようと開いたガイドブックを閉じる。


「んで、あれがエレベーターか」


 施設の中央付近に大がかりな機械がある。鉄骨が組まれ、上部には歯車とワイヤーが張りめぐらされ、ごうん、ごうん、と重苦しい響きとともに稼働している。間もなく柵の内側に床がせり出してくる。そこにはパンパンに膨らんだ麻袋がたくさん積まれている。


「ほらほら、邪魔だよあんちゃん!」


 後ろからやってきた鉱夫たちに突き飛ばされそうになる。運ばれてきた麻袋の仕分けに入るらしい。


「んで、俺らはどうやってあれに乗るんだろう?」

「……あ、あれじゃないっぽいです」

「へ?」


 ノアが指差したほうに、もう一台エレベーターがある。


 あちらの3LDKがすっぽり収まりそうなやつとは違う、やや小ぢんまりした箱型の部屋。よく見ると「狩人用エレベーターはこちら」という案内がある。


「あいよ、いらっしゃい」


 その前まで進むと、応じてくれたのは五十代くらいのおばさんだ。ずんぐりむっくりして、鉱山で働くドワーフのように見えなくもない(ノア曰く「普通の人間」だそうだ)。


 ただしドワーフとはかけ離れたずいぶん奇抜な格好をしている。顔中に化粧を散りばめ、長い髪を二本の三つ編みに分け、ピンク色のぴったりとしたスーツとミニスカートを着ている。


「十階直通だけど、いいかい?」

「はい」


 おばさんがガラガラと金網の扉を引き(手動だ)、愁たちを小部屋に入れる。小さいと言っても十人以上は軽く入れそうだ。


「他に乗るやつはいるかい?」


 周りに狩人らしき人たちが数人いるが、おばさんの呼びかけに応じる者はいない。仲間との合流待ちかなにかだろうか。


「あんたらだけだね。じゃあ行くよ、しっかり掴まってな」

「え?」


 おばさんが扉を閉め、前方についたボタンを押す。上のほうでジリリリ――とベルの音が鳴る。

 愁とノアは慌てて手すりを掴む。


 床がごとん、と大きく揺れ、ゆっくり降下が始まる。

 めざすは地の下。愁とタミコにとって、この国での生の大半をすごした迷宮メトロ。

 新たなメトロで待つものは。

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