38:タミコの菌能答え合わせ
12/27:「■菌職と菌能に関する解説と各職菌能リスト」の公開に伴い、修正を行ないました。
8/22:ノアの菌能名【縛紐】→【白紐】に変更
第十五の菌能、胞子光。改め、【光刃】。
厳密な分類上は塵術だが、上位菌職〝聖騎士〟のみが習得できるという超レアスキルだそうだ。ノアの視線が痛い。
「盾とかハンマーにもまとわせられるけど、【光刃】なんだね」
「戦闘特化の能力ですけど、まさに英雄の資質というか。カッコいいから〝聖騎士〟に限らず狩人みんなすっごい憧れるんですけどね」
まあ、ビームサーベルに興奮しない日本人はいないだろう。
ノアが間近で見たいというので、試しに菌糸刀改め【戦刀】に光をまとわせ、手頃な木を切り倒してみせる。おまけで空中に放った【円盾】も唐竹割りしてみせる。口をあんぐり開けて呆然とするノア。
「すいません、全狩人に謝ってもらえますか?」
「ごめん。俺のせいじゃないけどごめん」
第十六の菌能、菌糸腕。改め、【阿修羅】。
先ほどもちらっと聞いたが、これも超レアスキルだそうだ。【光刃】が〝聖騎士〟の奥義なら、こちらは〝獣戦士〟の奥義という感じか。
ノアが動かしてみてくださいというので、試しにジャンケンしてみる。折り悪く愁が勝ってしまう。「いけない子!」と菌糸腕をぺしぺし叩いて叱っておく。
「はいはいすいませんでした。次行きましょ」
「やさぐれないで。次で最後だから」
第十七の菌能、鉄拳。改め、【鉄拳】。
最後は一言一句ピタリ賞だ。【戦刀】などと同じ硬菌糸系だが、白でなく光沢感のある銀色だ。菌能事典曰く「菌糸の密度」が関係しているらしい(ちなみにタミコの硬化前歯も同じ色だ)。先ほどの二つとくらべればそこまでレアではないが、硬菌糸の中では随一のかたさを誇るという。
これで全部の能力の検証が完了。愁はノアの手帳に書いてもらった名前を確認する。
【不滅】、【戦刀】、【火球】、【円盾】。
【聖癒】、【戦鎚】、【雷球】、【大盾】。
【跳躍】、【感知胞子】、【解毒】、【煙玉】。
【退獣】、【白弾】、【光刃】、【阿修羅】、【鉄拳】。
別にマンガでもないので使うときにさけんだりするわけではないが、名前がわかるとすっきりするものだ。今度一度やってみようか……絶対恥ずかしいからやめておこう。
「〝糸繰士〟が反則級だってのは有名な話ですが、人気スキル、レアスキルのオンパレードじゃないですか……ボクすっごい惨めになってきました……」
「ズルシューりす」
「だからごめんて。文句はメトロの神様に言って」
「でもズルムケじゃねえりす。カセーりす」
「漏らすまでこしょるぞ」
ここまで二時間近くかかってしまった。もうすっかりお昼すぎ、菌能使いまくりでお腹もペコペコだ。
「ノア、あたいのきんのうもなまえあるりすか?」
「ごごめん姐さん、カーバンクル族の能力までは、この菌能事典には載ってないみたいで……」
しょんぼりするタミコ。しょんぼリス。
「でも、ナカノ付近の支部とか、カーバンクル族と関わりの深い場所ならわかるかも」
「また一つナカノに行く理由ができたな」
「りっす!」
ちなみにタミコの菌能は六つ。
聴覚強化。菌糸甲羅。リスカウター。
前歯硬化。保護色。そしてリス分身。
六つ目はボススライムの胞子嚢で習得した能力だ。真っ白な菌糸製のシマリスを生み出すことができる。原理不明ながら、タミコ自身の意思で遠隔操作が可能らしい(まだまだ練習中だが)。ちなみに一度に出して操れるのは今のところ一体までだ。
「人間で当てはめると……一つ目は肉体操作系統の【聞耳】ですね。二つ目は菌糸防具の【白鎧】とか【棘鎧】に近いかも? 三つ目は……すいません、該当するのはなさそうです。ていうか、シュウさんの菌能並みにチートですよね。相手の強さを測れるなんて、まさに生きる試し紙」
「ざっくりだけどね」
「ざっくりす」
一瞥しただけで相手の強さをざっくり推し量ることができる。確かにどんな強敵が潜んでいるかもわからないこの世界において、生存率に大きく関わる超強力なアドバンテージだ。愁自身も与ってきたその恩恵は計り知れない。定期的なこしょりでもペイできているかどうか。
「カーバンクル族特有のスキルなのかも。種族の中でもレアな能力だったりして」
「あたいはひとあじちがうオンナりすね」
しゃなりとくびれをつくるタミコ。やはり前より太った気がする。あとでデブリスといじっておこう。
「前歯硬化は【鉄拳】と同じ原理だと思います。色も似てるし。保護色は【隠身】に近いかなあ……でもあれは気配を消すってやつだから、ちょっと違うかもですね。最後のリス分身は、柔菌糸系統の【分身】と同じだと思います。これも結構レアスキルですよ」
「全部じゃないけど、なんとなく名前わかってよかったな」
「あとでもっかいおしえるりす」
「憶えきれんかったか」
ノアの手帳に書いてもらったので、あとで復習することにする。狩人ギルドの面接の際に必要になるかもしれないから。
「そういやノアは菌能三つだっけ? よかったら改めて見せてくれる?」
「はい、ズルシュウ様にくらべたら底辺ゴミカスレベルの能力ですけど、それでも見ていただけますか?」
「お昼はノアの好きなもんでいいからね」
ふてくされながらもノアは能力を見せてくれる。
一つ目、【短刀】。刃渡り二十センチほどのナイフの菌糸武器。
二つ目、【白紐】。柔菌糸系統、菌糸を撚り合わせた丈夫な紐だ。
三つ目、【光球】。ピカピカと光る菌糸玉。照明代わりになるし、つぶすと一瞬眩しく輝く閃光弾にもなる。
「そもそも〝細工士〟はあんまり戦闘向きじゃないっていうか……だから同業者にもちょっと軽く見られがちっていうか……他の系統を覚えられればいいですけど、ボクの才能はあのとおりですし……」
「いやいや、むしろ狩人っていうか冒険者っぽいじゃん。俺なんか脳筋系がメインだし、むしろ便利そうな能力ばっかじゃん」
お世辞でなく本心で言ったつもりだが、それでノアは機嫌を直し、るんるんと軽い足どりで帰路を先導する。
ふと、愁の頭に一つの疑問が生じる。
「菌能ってさ、なんなんだろうね」
ノアと彼女の肩に乗るタミコが振り返る。二人そろって首をかしげる。
「いやさ……俺らの身体に謎の菌糸が寄生してて、それを俺らが利用してるってのはギリギリ理解できたけど。たとえばこの菌糸武器ってさ、なんでこんな人間の武器に寄せた形状になるんだろうね」
うまく伝わらず、二人はさらに首をかしげる。身体ごと折れ曲がるほどに。
「菌糸が撚り合わさってこの形になってるってことだろうけど、だとしたらなんでこんな刀とかハンマーとかナイフとか、規則的っていうか画一的っていうか、事典になるくらいみんな同じ形になるんだろうって。粘土細工みたいにさ、みんなもっと自由に変な形になってもいいわけじゃん?」
「言われてみるとそうですけど……菌能についても、あるいはボクらの身体に宿る菌糸にしても、その原理や正体は未だに解明はされていません。ボクらはこういうものだって割り切って使ってるし、そういう疑問を持ったりする狩人は少ないかもですね」
「……まあ、百年経っても解明されてないんなら、シン・トーキョー五歳児の俺なんかが多少考えてもわかるもんじゃないか」
「アベシュー、おなかすいたりす。はやくするりす、このヌケサクが」
「そういう言葉は人前で使っちゃいけませんってお父さん言ったよね」
愁はてのひらに目を落とす。
(なんつーか、誰かがつくったみたいな能力だよな)
(菌職にしても、ゲームの設定みたいっていうか)
メトロの氾濫、〝超菌類汚染〟、都民に寄生した菌糸。
あるいは百年前に起こった事象は、
「――……天災、じゃなかったりして……」
誰にともなくつぶやいた言葉は、二人には届かない。
愁は頭を振り、二人のあとについて歩きだす。




