37:阿部愁の菌能答え合わせ
12/27:
「■菌職と菌能に関する解説と各職菌能リスト」の公開に伴い、修正を行ないました。
3/13:
【治癒】赤十字→緑十字、【聖癒】緑十字→赤十字 に修正しました。
6/11:
各菌職ごとのステータス(身体能力)の傾向について追記。
ひとまずこのスガモ市を拠点に生活するとして、やらなければいけないことが多すぎる。
まずは生活費の工面。先立つものがなければタミコのおやつすら買えない。
ということで、いよいよオオツカメトロで集めてきた各種アイテムが火を噴くときが来た。手放してもよさそうな品をオブチに預け、査定してもらうことにする。
「オルトロスの牙と爪……ガーゴイルの石化皮膜……真珠エンドウ……そこらじゃなかなか見受けられない貴重品ばかりですよ。不人気メトロと言われるオオツカメトロですが、それでも深層にはそれなりの品が転がっているということですね。目算ですが、これ全部で七十万以上、下手したら百万に届くかもしれません」
「それって大金ですか?」
リーマン時代だったらボーナス何期分か。そう考えると鼻血が出る。
「そうですね、スガモでアパートを借りて家具をそろえて、家賃と生活費半年分ってところでしょうか」
「アベシュー、はなぢでてるりす」
ちなみにユニおからもらった角は、ユニおとの友情と思い出の品ということで査定には出さない。というか一番金になりそうな気もするので、いざというときのへそくりだ。
それとカトブレパスの毛皮だが、ノアがこれを素材にして外套を新調したいと提案する。
「成長個体の毛皮だったんですけど、なにかしらの特殊効果のある装備になりそうな気がします」
「特殊効果って?」
「菌糸植物やメトロ獣の素材なんかは、菌能みたいな特殊効果を持つアイテムがつくれたりするんです。火をはじくマントだったり、傷の治りを早めるブレスレットだったり」
「なるほど! そりゃアツい! ほしい!」
まさにゲーム世界の装備。「うんのよさ」と「みりょく」が上がるアクセサリーがあれば大枚をはたいてもいい。
「オブチさん、これでボクとシュウさんの分の外套、つくれませんかね?」
「あたいも! あたいも!」
「あ、ごめんね姐さん。タミコ姐さんの分もお願いします。姐さんのは一番気合い入れちゃってください」
「姐さん? あ、はい、わかりました。腕のいい仕立て屋の職人がいるので、ちょっと時間がかかりますけど、いい品ができると思いますよ。あとで採寸も兼ねて顔合わせに行きましょう」
マントのオーダーメイド。いよいよ狩人っぽくなってくる。
「アベシュー、きんしわんつかうときにマントやぶれるりす」
「あ、マントだけじゃなくてジャージもだ」
今までは破れてもいい服だったが、せっかく買ったジャージやマントが破れるのはちょっと困る。このままだと背中Y字のタンクトップしか着られない。体操のお兄さんかフ○ディーになる未来しかない。
背中に菌糸腕用の袖穴をつけてもらおうか。防寒性などは下がるかもしれないが、いざというとき気にせず使えるようにするほうが先決だ。
「まあ、そのへんはつくってもらうときに考えるとして。てかさ、ノアってあの菌能の正式名称って知ってたりする?」
「【阿修羅】ですよね。昨日説明した肉体操作系の超レアスキルですよ」
「肉体操作? 菌糸腕なのに?」
昨日の話でいうなら、肉体操作よりもむしろ柔菌糸のスキルのほうがしっくりくる気もする。
「正確には柔菌糸と肉体操作の複合スキルみたいな感じらしいですけど、〝闘士〟系統の菌職で習得できるみたいなんで、分類上そうなってるんだと思います。菌糸の腕をつくる能力ってより、それを自分の身体の一部みたいに扱う能力のほうがメインってことですかね」
打てば響くように即座に答えが返ってくる。これは助かる。
というわけで、この際なので愁の菌能の正式名称についての答え合わせを敢行する。正式に狩人になるなら「燃える玉」とか「菌糸ハンマー」とか適当に呼んでいられない。
街中で燃える玉などの実物を見せるわけにもいかないので、いったん門の外に出て、適当に森の中に入って人気のない場所で行なうことにする。
「よろしくお願いします、ノア先生」
「はい、シュウくん」
十八歳の女の子にくんづけで呼ばれたことに若干興奮したのは内緒だ。
ノアも他人の菌能を見る機会がそう多くあったわけではなく、大半はひいじいの手帳と狩人ギルド発行の〝菌能事典〟なるガイドブックが頼りになる。愁が菌能を一つずつ見せ、それの正式名称を照らし合わせていく。
第一の菌能、再生菌糸。改め、【不滅】。
概要は昨日聞いたとおりだ。〝糸繰士〟のみのチート自己治癒能力。半不死、そしてほぼ不老。通常の分類に当てはまるものではないが、大別すれば肉体操作に入りそうだ。
第二の菌能、菌糸刀。改め、【戦刀】。
〝騎士〟の代名詞とも呼べる菌糸武器のスキルだ。ちなみに大ぶりの【大太刀】や両刃の剣の【騎士剣】というのもあるらしい。
第三の菌能、燃える玉。改め、【火球】。
こちらは〝幻術士〟の代名詞的攻撃系玉術だ。レベルの低いうちに覚える傾向の多い入門的な能力ながら、レベルアップにつれて威力も向上していく。
第四の菌能、菌糸盾。改め、【円盾】。
硬菌糸の防具スキルだ。一部の若者はオシャレに〝ペルタ〟と呼んだりもするらしい。
第五の菌能、治療玉。改め、【聖癒】。
回復系玉術のレアスキルで、【治癒】の上位版だ。ちなみに【聖癒】が白地に赤十字、【治癒】が白地に緑十字だそうだ。
第六の菌能、菌糸ハンマー。改め、【戦鎚】。
力自慢の狩人に人気の脳筋武器。柄の部分だけ長さを変えることができる点も特徴だ(そこだけ柔菌糸的な性質があるとかなんとか)。
ちなみにだが、菌職はメインで覚えられる菌能の種類だけでなく、ステータス――つまり身体能力もそれぞれに異なる傾向にあるらしい(もちろんレベルによるし個人差もある)。
たとえば〝騎士〟なら肉体の頑強性、〝闘士〟なら筋力や持久力、〝狙撃士〟は集中力や精密動作性といった風な具合だ。
「〝細工士〟は器用さとかすばしっこさには秀でてるんですけど……〝騎士〟とか〝闘士〟とくらべると肉弾戦向きじゃないし、サポート要員的な感じですかね」
ちょっとぼやき節が入っているあたり、ノアは自分の菌職に満足していないらしい。
そして肝心の〝糸繰士〟はというと――少なくとも事典には載っていないしノアも知らないそうだ。愁自身、他の誰かと比較したこともないので、そのあたりはおいおい検証していくことになるだろう。
気をとり直して、第七の菌能、電気玉。改め、【雷球】。
【火球】の雷属性版。【氷球】や【風球】などもあるそうで、要は各属性魔法みたいなものか。
〝幻術士〟と〝療術士〟は魔法職のイメージどおり、運動能力はそう高くないという。その代わり持久力というか菌能を使うスタミナが高めで、やはり肉弾戦よりバンバン菌能を使って戦う感じだそうだ。
第八の菌能、菌糸大盾。改め、【大盾】。
名前がニアミスなのは偶然というか必然というか。【円盾】よりも多少レアらしい。
第九の菌能、跳躍力強化。改め、【跳躍】。
これもそのままの名前だが、人気の高い肉体操作のスキルだ。そういえばあの野盗の頭領も使っていたが、ノアからすると「喉から鼻血が出るほどほしい能力」だそうだ。
第十の菌能、感知胞子。改め――該当名なし。
「……ん? どゆこと?」
「塵術なのは間違いはないと思いますが……菌能事典にもひいじいの手帳にも、該当する能力は書いてありません。ボクも初めて聞きます。ていうか、どういう能力なのかうまく理解できないんですけど……」
愁も論理的に説明するのは難しい。ありのまま言ってしまえば、胞子が一定量付着した物体の相対位置や立体的な構造を把握できる能力だ。
視覚的というか、もう一つの目で見ているというか、脳で直接感じているというか。虫が複眼で捉える世界を人間が想像するのは難しい、それと同じかもしれない。
「もしかしたら、他の〝糸繰士〟の人たちですら習得できていない、シュウさんだけのユニークスキルだったりするかも」
「やべえ、その言いかた興奮するわ」
ともあれ、正式な名前がないということで、そのまま便宜的に【感知胞子】とつけておくことにする。
「ていうか……あと七個もあるんですね。もうずるいです、シュウさん」
そんな風に頬を膨らませてすねる顔があざとい。でも許そう。
第十一の菌能、解毒玉。改め、【解毒】。
緑色の球体に白抜きの十字模様。体内に入った毒物の類を浄化させる効果があるらしい。病気が治るわけではない、という説明からすると細菌やウイルスには効果がないのかもしれない。【治癒】と並ぶ〝療術士〟の看板スキルだ。
第十二の菌能、煙幕玉。改め、【煙玉】。
【解毒】と同じ菌糸玉だが〝幻術士〟寄りだそうだ。撹乱から撤退までマルチに役立つし、愁も何度も救われてきた。【感知胞子】とのコンボはチート級かもしれない。
第十三の菌能、獣除け胞子。改め、【退獣】。
塵術系統の「あると非常に便利な能力トップ10」の常連スキルとかなんとか。レベル差というか戦闘能力の差が大きければ大きいほど、あるいは嗅覚に優れた獣ほど効果が高くなるらしい。
「そういやこれ、タミコには全然効かないんだよね」
「ふえっ? なんりすか?」
「お前寝てたろ」
「ボクも別になにも感じませんし、ってことは人間にも効かないってことですよね。魔獣も同じなのかもしれません」
「まあ、効くやつ効かないやついたし、そういうもんなのかもね」
「おわったらおこすりす」
「だから寝んなよ」
そして、これまでまったく使ってこなかった能力。
第十四の菌能、謎の白ドングリ。
やや光沢を帯びた白っぽい金属状の表面、そのままドングリに似た形状。かたすぎて食べるのは不可能(かろうじて愁の菌糸刀で傷がつくほどのかたさだ)。愁の腕力で放ればそれなりの凶器にはなるが、それくらいしか使い道がなかった。
「これってさ……菌職の話聞いてから思ってたんだけど、もしかしてこれが〝狙撃士〟の菌糸弾? 弾丸菌糸? ってやつじゃね?」
ノアが頭を抱えている。なんだか困った感じだ。
「……ご明答です。【白弾】ですね、〝狙撃士〟の菌能です」
「うひょー! ようやく来たわ〝狙撃士〟! 確かに銃弾っぽいフォルム……だけど、これどう使うの? 銃にこめんの?」
「お尻の部分を親指で強くはじくんです。力をこめて」
ノアとタミコを後ろに下がらせ、目の前の木に狙いをつけ、思いきり親指ではじく。
バチッ! と強い手応えが指に伝わり、白ドングリが高速ではじかれる。白い直線の軌道を描いたそれが木の幹にベキッ! と突き刺さる。
「うおー……」
「りすー……」
「お尻の部分に強い衝撃を与えたり熱を加えたりすると、反発して飛ぶそうです」
こういう風に使うものだったのか。確かにはじいた勢いよりも強く飛んでいった感じがした。こんな危険な代物だったとは。
そういえばタミコが白い部分をかじろうとしたこともあったが、尻の部分だったら暴発していたかもしれない。
「前も言いましたけど、〝狙撃士〟はちょっと特殊な菌職で……【白弾】とか【炸裂弾】とか菌糸弾のスキルは〝狙撃士〟だけしか習得できない貴重な能力なんです」
「どゆこと?」
「たとえば『【戦刀】を使える〝闘士〟』というのは普通にいますけど、『菌糸弾の系統を習得できる他の菌職』というのはいないみたいです。菌糸弾を含む場合、必ずその人は〝狙撃士〟になるっていうか」
「なるほど、〝騎士〟とか〝闘士〟が菌糸弾を覚えることはできないってことか」
「そういうことです。なのにシュウさんは……ずるい、ずるすぎですよ」
「なんかごめん」
愁はめりこんだ弾丸をまじまじと観察する。埋まり具合は弾丸の全長の四分の三ほどだろうか。摩擦力でも加わったのか、穴の周りが若干焦げている。
この威力を見るに、オーガやオルトロスクラスの相手では決定打とまではいかないかもしれない。むしろ【火球】や【雷球】のほうが殺傷能力は高いだろう。とはいえ、弾速や速射性という点では【火球】より遥かに上だ。
今はまだ動いている相手に当てられる自信は皆無だが、訓練次第ではザコ敵散らしや近・中距離での牽制などに役立ちそうだ。メトロで気づいていればいろいろと使い道もあっただろうと思うとちょっぴり悔しい。
さて、残る能力はあと三つ。若干ふてくされ気味のノアにもう少しだけ付き合ってもらおう。タミコだから寝るな。横になって尻を掻くな。お前最近ちょっと太ってきたぞ、シルエット完全に毛玉だぞ。
各キャラのレベル、能力についてはのちほどまとめます。登場人物や設定のまとめものちほど公開します。




