34:試し紙――菌職診断と〝糸繰士〟
12/27:「■菌職と菌能に関する解説と各職菌能リスト」の公開に伴い、修正を行ないました。
8/22:ノアの菌能名【縛紐】→【白紐】に変更
ノアがちゃぶ台に別の用紙を並べる。今度は一辺十センチくらいの正方形の紙だ。
「これが菌職を判別する試し紙です」
紙質は先ほどのレベル用と似ている。血を吸わせる丸枠があるのも同じだが、それを中心にして六角形が囲っていて、丸枠から六つの頂点に向かって目盛りつきの線が伸びている。 頂点には文字のようなものが書かれているが、日本語でも英語でもないので判読できない。
「そもそもの話ですが……菌能は〝糸繰りの民〟であれば誰でも習得できるというわけではありません」
「こないだの野盗のときもそう言ってたよね。てっきり胞子嚢食えば誰でも覚えられるんかと思ってたけど」
昨日会ったコンノは狩人のことを別の人種のように見ているようだったし、「あんたらの使う能力」と他人事のように言っていた。
「シン・トーキョーの人口はおよそ百万人。そのうち菌能を覚えることが可能なのは十数パーセントと言われています」
「意外と少ないね」
「非公式な呼称として、大多数の菌能を覚えることのできない人たちは〝人民〟に分類されます。あくまで狩人業界内の呼びかたなので、街中ではあまり使わないほうがいいです。『差別用語だ!』って怒る人もいるので」
「プチ炎上案件ってことね」
「〝人民〟は、胞子嚢を食べても菌能を習得できず、レベルも10程度までしか上がりません。なので〝人民〟はプロの狩人にはなれません。過酷なメトロ内での活動や荒事には向かないですから」
「なるほど。じゃあ〝人民〟以外の菌職? の人が菌能を覚えられて、レベルももっと上げられるって感じか」
「はい。それで、菌職について説明する前に、菌能の種別というか系統についてお話ししますね」
ノア先生によると、菌能はその形質上、六つの系統に分類できるらしい。
①武器状に硬質化した菌糸を出す能力。攻守ともに強力な武装になるが、サイズや形状は調整できないものが多い。菌糸武器、菌糸防具、あるいは総称して硬菌糸などと呼ばれる。
②菌糸でサイズ調整や形状変化が可能なモノをつくる能力。一部は意思により操作可能なモノも。柔菌糸、操作菌糸などと呼ばれる。
③体内の菌糸を操り、肉体を強化・変化させる能力。肉体操作などと呼ばれる。
④菌糸の弾丸をつくる能力。弾丸菌糸、菌糸弾などと呼ばれる。
⑤さまざまな効果を持つ胞子を散布する能力。胞子散布、あるいは塵術などと呼ばれる。
⑥さまざまな効果を持つ菌糸玉を生み出す能力。菌糸玉、あるいは玉術などと呼ばれる。
「たとえばアベさんの【戦刀】や【円盾】は①ですし、ボクの【白紐】は②です」
「なるほど」
①~④は物理系スキル、⑤⑥は魔法系スキルっぽい。
「なんというか……」とオブチ。「見習いの子が習うような知識を、達人レベルの人が教わっているというのが不思議な絵面ですね」
「これを踏まえて菌職に話を戻しますと――つまり菌職というのは、ボクたち〝糸繰りの民〟における、生まれ持った『習得できる菌能の系統』の傾向ということになります」
「習得できる系統?」
「たとえばボクは〝細工士〟の菌職です。〝細工士〟は先ほどの②を主に習得します。オブチさんは〝闘士〟で、③が得意系統ですね。そんな感じで、特定の種別の菌能を覚えられる傾向、生まれついての才能の方向性、個々人の戦闘スタイルみたいな分類が菌職です。今どきは〝クラス〟なんてオシャレに呼ばれることもあります」
なんとなくわかってきた。言葉どおりゲームでいうジョブやクラスと似たようなものか。生まれつきというのがシビアだが。
「ああ、ちなみに僕のような亜人も人間と同様の菌職できちんと分類されます、ぶひゅー」
「まじゅうにもきんしょくはあるりすか?」
「えっと……少なくとも人間の菌職分けがそのまま当てはまることはないかと……人間と同じように同種間でも個体差はあるかもしれないですけど、各種族が菌職のような分類を把握してるかどうかまでは……」
「カーチャンはなんか言ってなかったの?」
「カーチャンはじぶんのことを〝クノイチ〟っていってたりす」
「リス忍者か。かっけーな」
ちょっと誇らしげなタミコ。
「カーバンクル族は――」とユイ。「体格的に戦闘に向かない分、いろんな不思議な菌能を覚える種族だって聞いたことがあるわな。ちなみにケット・シー族は人間でいう⑥が得意だわな。こう口をクワッとして、菌糸玉を吐き出すんだわな――毛玉のように!」
彼女のドヤ顔を見るに、鉄板のケット・シージョークだったらしい。「出た! ファーッ!」とひっくり返るオブチ。
「まあ、ナカノの森? で同族に会えばわかるかもな。落ち着いたら行ってみよう」
「りすね」
タミコのトーチャンに会いに行くという目標の他に、もう一つナカノに行く目的が増えたわけだ。
「それで菌職ですが、菌能と同じく六つに分類されます」
①の硬菌糸を主に習得する〝騎士〟。
②の柔菌糸を主に習得する〝細工士〟。
③の肉体操作を主に習得する〝闘士〟。
④の弾丸菌糸を主に習得する〝狙撃士〟。
⑤と⑥のうち、「他者を攻撃したり負の作用を与えたりする」スキルを主に習得する〝幻術士〟。
⑤と⑥のうち、「自己や他者を癒やしたり正の作用を与えたりする」スキルを主に習得する〝療術士〟。
「へー……⑤と⑥は分類より効能で分かれてるのね。なんで?」
「それは……ボクもよくわかりません。あくまで狩人ギルドが定めた分類なので」
「なるほど」
愁個人としては〝狙撃士〟が刺さっている。響きがいい。
「でもさ、他の系統の菌能は覚えられないの? 〝騎士〟が菌糸玉を覚えたりとか」
この分類でいうと、愁自身の系統がわからない。④以外は満遍なく習得している気がする。
「それだけってわけじゃないです。たとえばボクの【短刀】は硬菌糸ですし。そういう個人の菌職とか、他の系統を覚えられるかどうかというのを、この試し紙でチェックすることができます」
「おお、これに戻ってきたわけね」
六角形の図が描かれた正方形の紙。角が六つ、菌職の数と一緒だ。
「これ、この六角形の角に書かれてる記号? 文字? みたいのが読めないんだけど」
スガモを見て回った限り、この国の文字は普通に平成時代の日本語が継承されている。ローマ字も多少使われていたが、逆にこのような記号は見かけなかった。
「狩人専用文字ですね」とオブチ。「大昔に狩人ギルドが発足した際、初代総帥が『こんなん使ったらそれっぽくね? カッコよくね?』という感じで一通りつくったそうですが、全然流行らずに今ではこの試し紙くらいでしか使われていない文字です」
「いらねえ」
雰囲気でそんなもんつくったけど実用的じゃなかった的な。
「一番上から時計回りに――」とノアが試し紙を指さす。「〝騎士〟、〝闘士〟、〝細工士〟、〝狙撃士〟、〝幻術士〟、〝療術士〟です。じゃあ、試し紙を使ってみましょうか。やりかたはさっきとおんなじですけど、まずはボクがやってみますね」
ノアは先ほど傷つけた指をいじり、血をにじませ、それを六角形の真ん中にある丸枠の中になすりつける。
紙面に血が吸われると、また同じように赤い線がずずっと糸のように伸びていく。対角線に沿って、三つの方向に。上、右下、左下だ。
長さがそれぞれ違う。目盛りで見ると、右下の線が一番長くて対角線の三分の二くらい。上と左下は五分の一ほどと短い。
「右下が〝細工士〟、上が〝騎士〟、左下が〝幻術士〟の資質です。こんな感じで、大抵の人は線が二本くらいあることが多いみたいですね。ボクは右下が一番長いので、〝細工士〟ということになります」
「ほー」
「他にも〝騎士〟と〝幻術士〟の系統も資質はありますが、長さ的に適性はかなり低いです。ボクの【短刀】と【光球】がそれなんですけど、はっきり言って全然珍しい能力じゃないですし、もっと強い能力やレアな能力を習得できる可能性も低そうです」
「一番長い線がその人の菌職で、他のほうにも伸びてたらそっちの能力も覚えられる可能性があるってことね。んで……線の長さが才能の幅的な?」
「そうですね……それでいうと、ボクは〝細工士〟としてはだいぶ平凡ってことです。たぶんメインの系統でもレアスキルを覚えられる可能性は……」
言っていてしょんぼりするノア。タミコが慰めるように尻尾をその手に重ね、ノアはそれをニギニギする。「ああっ……もっとやさしくしてぇ……!」。
ともあれ、この国の血液型占いはすごい。レベルだけでなく才能まで判別できるのか。
「ここまでが基本菌職の説明なんですけど……この上に、上位菌職というものがあります。自分の系統はもちろん、他の系統でも強力なスキルを習得できる人です。狩人の中でもさらに一握りですけど」
「カリスマや英雄と呼ばれる人たちは、大抵これですね」とオブチ。「各都市やトライブの軍事的要人を務めたりとか、狩人として出世した人もそうだったりとか」
ゲームの上級職みたいなものか。アガル。
「上位菌職ってのも生まれつきなの? それとも基本菌職からレベルアップとかでクラスチェンジできたりするの?」
「生まれつきですね。でも、ごくまれに後天的に上位菌職になる人もいるとかいないとか。実際にそうなった人は見たことないですけど」
自由にクラスチェンジできたら楽しいのに。ほぼ生まれつきというのがちょっと残念だ。
「上位菌職の場合、試し紙はどうなるの?」
「こんな風に……」
ノアが鉛筆で目盛線をなぞる。
「自身の系統が頂点まで到達すれば、大抵は上位菌職らしいです。〝騎士〟なら〝聖騎士〟、ボクの〝細工士〟なら〝絡繰士〟みたいな感じで。もちろん他の系統の線も長かったりして、いわゆる才能マンですね」
若干トゲがある言い回しだ。尻尾を握られ倒したリスはちゃぶ台の上でビクンビクンしている。
「基準となる菌職のそのまま上位互換ってことか……つーか、もしかして俺ってそれだったりする? そういや前に聞いた〝糸繰士〟だっけ、それが上位菌職ってやつ?」
愁の菌能はレアっぽいものが多いらしい。どの基本職ベースなのかはわからないが、上位のどれかには間違いなさそうだ。ますますアガル。
ノアもオブチも、なんだか微妙な顔をしている。緊張してこわばっているような。
「上位菌職は五種類あります」とノア。
〝騎士〟の上位菌職、〝聖騎士〟。
〝闘士〟の上位菌職、〝獣戦士〟。
〝細工士〟の上位菌職、〝絡繰士〟。
〝幻術士〟の上位菌職、〝魔導士〟。
〝療術士〟の上位菌職、〝導士〟。
「〝狙撃士〟だけは立ち位置がちょっと特殊で、上位菌職が存在しないみたいです。〝狙撃士〟自体が上位みたいに扱われることもあります。ともあれ、基本的には五種類ですね」
「……あれ? じゃあ〝糸繰士〟ってのは?」
「……とりあえず、試し紙をやってみましょうか」
ノアが二枚目を愁の前に差し出す。愁は困惑しながらも腕をまくる。
「うっし、やってみるわ」
百聞は一見に如かずだ。やってみればはっきりするだろう。
いよいよ阿部愁、運命の才能検査のとき。就活時の適性診断の百倍緊張する。
もう一度ナイフを借り、用紙に血を垂らす。
「………………は?」
赤黒いしみが、目盛線に沿ってずるずると伸び、角に到達する。
――六つ、すべての角に。
さらに、その線がぞわぞわと無数に枝分かれしていく。
まるで皮膚の奥を走る血管のように、ねじれ、交わり、伸びていく。
六角形が侵食され、さらにその外へと氾濫していく。
紙面上を子どもの悪戯書きのごとく赤黒く埋め尽くして、異変はようやく収まる。
十秒ほど、誰もなにも発しない時間が続く。「キショいりす」とタミコがみんなの気持ちを代弁する。
「……これ、不良品?」
「……いえ、そうじゃないと思います」
ノアは顔をこわばらせている。オブチは畳に手をついてへたっとしている。ユイは瞳孔を全開にしてキノコ尻尾をわなわな震わせている。
「これが、アベさんです。習得できる菌能に制限がなく……こんな紙では測れないほどの潜在能力を秘めている」
「……どゆこと?」
「かつてシン・トーキョーに築かれた無数のトライブのうち、軍事的最強を謳われた十二の大トライブの初代族長たち。たった十二人しか存在せず、以後一人も現れなかった最高位の菌職。この〝糸繰りの国〟の名を冠する〝糸繰士〟――アベさんはその十三人目ということです」




