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特別編SS:タミコ、はじめてのおつかい


ご無沙汰しておりす。

本編の執筆に精神が病むほど苦戦しておりまして(詳細は活動報告)、今回は特別編をお送りします。

どっかの特典用とかに使えるかなと温めていたSSです。



 愁たちがスガモの狩人ギルドに入って少し経った頃。


「ドングリーロー、このみーちー、ずっとー、ゆけばー」

「どっかで聞いたことある歌詞だな」

「しっ、シュウさん静かに」


 スガモの街中。ごきげんな鼻唄とともにてちてち歩くタミコの後ろを、愁とノアがこっそり尾行している。


 ころころと紐つきカートを引くカーバンクルの姿を、通りすがる市民たちは驚きとともに振り返ったり、「あら可愛い」と微笑ましく見守っていたり。


「おとーふ、リンゴふたつ、すきなおかし……おとーふ、リンゴふたつ、すきなおかし……」


 忘れないようにか、ノアに頼まれたものをブツブツとつぶやいている。余ったお釣りはお小遣いとして好きなものを買っていいという約束だ。


「すきなおかし、すきなおかし、すきなおかし……」

「脳内最適化すんな」


 そう。

 タミコは今、たった一人で目的のものを買って帰る、いわゆる「初めてのおつかい」の最中なのだ。


「うーんと、うーんと……」


 おそらく最初の店をさがしているのだろう。あらかじめ何度か下見をしてきたが、愁の肩の上と見える景色が違うので戸惑っているようだ。


「ああ、シュウさん……なんかボク、泣きそうなんですけど……」

「わかる」


 今すぐ物陰から飛び出していきたい衝動を愁は必死にこらえている。さっきからずっと頭の中には「しょげないでよベイベー!」というシャウトが鳴り止まない。


「あっ! アレりす!」


 ビッと指さした先には、まさに正解、八百屋だ。


「くーださーいりっす!」

「あらまあ、可愛いおチビちゃん! ご用はなにかしら?」


 挨拶も練習どおり完璧、八百屋のおばさんのハートもしっかりキャッチ。


「えっと、えっと……リンゴふたつくださいりっす! おばはん!」

「おばちゃんな」と愁。

「はいよ、リンゴ二つ、二百円ね」


 カートに入れた財布をごそごそ漁り、うーんうーんと迷いつつ、ようやく二百円分の硬貨を提示する。


「カーバンクルちゃんなんて珍しいわね。ちょうどうちの子が昨日ドングリ拾ってきたんだけど、いるかしら?」

「ドングリ! ありがとりす、おばはん!」

「おばちゃんな」と愁。


 無事に一つめの課題をクリアし、おまけに好物ももらい、ホクホク顔で店をあとにするタミコ。愁としてはこれでもう百二十点、今すぐ家に連れ帰って小一時間こしょってあげたいくらいだが、試練はまだ道半ばだ。


「がんばれ、がんばれ……タミコ……」

「がんばれ、がんばれ……姐さん……」


 豆腐屋は細い路地にあるため、見つけるのにちょっぴり苦戦している。


 と、通りすがりの人に「おとーふ、おみせ、どこりすか?」と尋ねるウルトラC。親切なお姉さんが途中まで案内してくれ、愁は彼女の顔を死ぬまで憶えておこうと思う。住所を特定して金一封を投函するつもりだ。


「おとーふ、いっこ! い、イッチョー?」

「はいよ、一丁ね。絹ごしでいいかい?」

「きぬ……きぬ……」


 ノアが頼んだのは木綿だが、ここまで来ればどちらでもいい。むしろ絹ごしを開発した先人を「まぎらわしいんだよ!」と逆恨みする勢いの愁。


「ちがうりす! えっと、えっと……かいめんたい?」

「カーチャンの教育」

「はいよ、木綿ね」

「豆腐屋さんのリカバリーがすごい」

「ありがとりっす! おっさん!」

「おじさんな」


 豆腐を深皿に入れてカートに乗せてくれる店主。これでノルマは達成だ。


「あとは……すきな、おかし……」


(さて、どうするタミコ?)


 愁たちはあらかじめいくらお釣りが残るか知っている。それでなにが買えるかも。タミコにとっては計算のお勉強も兼ねているのだ。


 豆腐屋から通りに戻ってすぐのところに駄菓子屋がある。先日タミコを連れて菓子を買った店だ、彼女も迷うことなく――


「え?」


 その隣の、肉屋に入る。


「あら、いつぞやのカーバンクルちゃん?」

「これで、コロッケかえるりすか? みっつほしいりす」


 財布の中身を出して、店のおばさんに見せるタミコ。


(お菓子じゃなく、コロッケ?)


 なかなか渋いチョイスだ。子どものおやつというより大人の買い食い的な。


「うーんと……コロッケなら一つだけど、こっちのミニコロッケなら三つ買えるわよ。どうする?」

「じゃあ、そっちほしいりす」

「はいよ、すぐ食べるかい? 頬袋がパンパンになっちゃいそうね、うふふ」

「おみやげりす! アベシューとノアのぶんりす! こないだみんなでたべて、おいしかったりす!」


 くるりと顔を背け、しばし目頭を押さえる二人。


 こうしてすべてのおつかいの工程を終えたタミコ。得意げにフンフン言いながら帰路につく。


「さて、俺らも帰ろっか」

「はい、おうちで待ちましょう。指をあっためておきましょう」


 見つからないように二人がこそこそと踵を返した、そのとき、


「――あっ!」

「「っ!?」」


 タミコが大きな声をあげ、「バレた!?」と一瞬ヒヤッとする愁。だが違う、


「ド……ドロボー!」


 プンプン飛び跳ねるタミコの視線の先には、おつかいの品を抱えて逃げていく子ども二人組。


「うおっ、マジか!?」

「追いましょう、シュウさん!」


 子どもたちを追いかけるタミコ、を追いかける愁とノア。盗人は兄妹か、すばしっこく人の波をくぐり抜けながら路地裏に駆け込み、そのまま姿をくらませようとしている。


 だが、そこはプロの狩人三人。いかに地の利が向こうにあろうとも、子どもの足に追いつけないわけがない。


「シャー!」

「わっ!」

「ひっ!」


 壁を蹴って子どもたちの前に回り込み、全身の毛を逆立たせるタミコ。愁とノアはひとまず物陰で状況を見守ることにする。


「ジャリガキ! いまならゆるしてやるりす! そいつをおいて、うせろりす!」

「「…………」」


 レベル40のつよつよリス、自身の何十倍ものメトロ獣たちと鎬を削ってきた歴戦のげっ歯類。その迫力は子どもたちをすくみ上がらせるにはじゅうぶんすぎるものだ。


 しかし、


「お……おねがい、します……」

「み、みのがちて……」


 二人は涙目でガタガタ震えながらも、その胸に抱えた食材をいっそうギュッと握りしめる。


「ダメりす! それはあたいのおつかいりす! おみやげりす!」

「で、でも……うち、お金なくて……」

「お、おなか、ちゅかせてて……」


 見れば二人とも、ややみすぼらしい身なりをしている。健康状態もあまりよさそうではない。


「……おまえら、おなかすいてるりすか?」

「あ、いや……その……」

「あたちたち、じゃないの……」

「「「?」」」


 兄妹たちについていった先、路地裏の片隅で、


「……ニャー……」


 現れたのは、ガリガリに痩せた猫だ。


「ごめんね、お待たせ」


 兄が豆腐とコロッケを差し出すと、猫は無言でがっつく。その脇からにゅっと、小さな子猫が顔を出し、ペロペロと遠慮がちに舐める。


「…………」


 寄り添う親子の姿を、尻尾を抱いて見つめるタミコ。


「ごめんね、リスさん……この子たち、うちじゃ飼えなくて……」

「あたちたち、おこづかいもらったら、ベンショーするから……」


 ぐうう、と仲よく二人の腹がハモる。


「……それ、おまえらがくえりす」

「え?」


 兄が胸に抱えているリンゴ。


「そのチクショーどもは、もうおなかいっぱいりす。リンゴはおまえらがくえばいいりす」

「で、でも……これリスさんの……」

「へっ」


 タミコは口の中に手を入れ、


「あたいは……これでじゅーぶんりすわ!」


 頬袋からドングリをとり出してみせた。

 

 

    ***

 

 

「ただいまりす」

「おかえり、姐さん」

「おかえり、タミコ。おつかいどうだった?」


 一瞬うつむいて、


「…………すわ」

「え?」

「しっぱいしちゃったりすわ!」


 頭を掻きながら、あっけらかんと笑うタミコ。


「このドングリかったら、おかねぜんぶなくなっちゃったりす! サイコーキューのドングリりすわ! あは、ははは……」

「タミコ……」

「姐さん……」

「ええい、オシオキはいくらでもうけるりす! どーんとこいや!」


 二人して、タミコが「ああっ……もうアイがあふれてるぅ……!」と音を上げるまでこしょった。



本編の再開はもうしばらくお時間をいただくと思います。申し訳ありませんがご了承くださいませ。


それまでは漫画版の5巻と、それから新作の

「最強超能力者、魔法使いと間違われて魔法学校へ ~ほにゃほにゃ~」

をお読みになってお待ちいただけると幸いです。新作、ブクマよろ。


近いうちに、もう一つくらいSS上げられたらいいなと思っております(ノープラン)。オブチとユイの馴れ初めとか書いてみましょうか(ガチノープラン)。


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― 新着の感想 ―
ええ話や… いつも素敵なお話をありがとうございます お体無理なさらず、ご自愛なさってください
 感動した。たみこちゃん、成長したね
え、普通に泣いたんですけど涙
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