171:流派
コミックス4巻が明日(9/29)発売になります。
電子版特典?もあるっぽいので、詳細は各ストアにて確認してみてください。※店舗特典はない模様です。失礼いたしました。
どうかご一読、よろしくお願いしまりす。
菌職や菌能、あるいは亜人性などが「どれくらいの確率で」遺伝するか。
統計的に両親の菌職や菌能と一致するケースもままあることから、遺伝的要因はまったく否定されたものではない。しかしそれらも踏まえて神の悪戯、完全なるランダムと主張する者も未だに存在する。いずれにせよ、それらの法則性についてはかけらも見つかっていないのが現状だ。
すべてが偶然とするならば、「同じ親からレベル30超えの菌才の兄弟が生まれる確率」はどれほどのものか。
そしてその弟のみがメトロに拒絶される難病を抱えて生まれてきたのは、誰の悪戯であれあまりにも理不尽ではないか。
「――大丈夫か、ヨシツネ?」
七つ離れた兄は、優しい人だった。
ヨシツネの物心ついた頃の記憶といえば、いつも心配そうに覗き込んでくる兄の顔ばかりだった。自分からあとを追っておいてなんだが、
(いちいち僕に気を遣うな)
(そんな憐れむような目で僕を見るな)
ヨシツネはそれを――いつも疎ましく思っていた。
幼少時からジュウベエは神童と称えられ、正式な狩人になる頃には本部の並み居る達人級たちをごぼう抜きにしていた。やがてはメグロ本部のナンバーワン、そして全国狩人ランキング一位へ昇りつめるまで、そう時間はかからなかった。
――上位菌職のレベルの限界値は、およそ80台半ばまで。誰がそう決めたわけではないが、事実として〝糸繰士〟以外でレベル90へと到達できた者は一人もいなかった。
狩人ギルド二代目総帥トウゴウ・アドム、〝凛として菌玉〟、〝女王蜘蛛〟ダイアナ・ワンダ――……狩人の世界の頂点を極めた猛者たちでさえ、誰一人超えられなかった「レベル90の壁」。
それを初めて超えたのが、カン・ジュウベエ。
故に、人は彼を〝超越者〟と呼ぶこととなった。
***
激しく刃をぶつけ合うたび、ヨシツネの腕は骨まで軋み、黒刀を握る手は血が噴き出る。
「…………っ!」
上段の振り下ろし、それをあえて受けさせてからの前蹴り、繋げて後ろ回し胴薙ぎ二連。黒刀を縦にして受けるヨシツネの奥歯がガリッ! と欠ける。
前腕から先が変化した、大太刀サイズの刃。
一撃ごとの重さが半端ではない。それは単に相手の膂力のみによるものではなく、全身の筋肉の連動、自重と遠心力、それらすべての理合いをかけ合わせて発揮されている。
「ヒュウッ!」
〝指揮者〟が小さく跳躍する。前転からの振り下ろし、からの地面を叩きつける反動を利用した斬り上げ。
斜め後ろに飛び退いたヨシツネを水平突きが追いかける。躱しきれずに胸元を浅く抉られる。
端からは力任せの大雑把な攻撃のように見えるだろう、しかし受ける側からすればそんな単純なものではない。一つ一つの攻撃が隙間なく繋がっている、何体もの巨大な獣が一斉に飛びかかってくるような脅威。
(この太刀筋、間違いない)
(――トウゴウ流だ)
狩人ギルド総帥トウゴウ・アドムが、巨大かつ屈強な〝龍の茸巣〟に生息するドラゴンを狩るために編纂した、独自の「龍狩り特化」の剣術体系。メグロ本部において最も多くの達人級を輩出してきた剣術流派だ。
(こいつ、やっぱり――)
現役の狩人にその門弟は多い――〝超越者〟カン・ジュウベエもその一人だ。
(こいつ、強い)
コピー元の精度をどこまで再現できているかは不明だが、少なくともヨシツネが野試合をしてきたトウゴウ流のやつらと遜色ない技のキレだ。それ以前に身体能力の差が大きすぎる、おそらく10レベル分でも足りないほどだ。
「ぐっ――」
受けるだけでヨシツネはどんどん押されていく。
壁を背負わされ、逃げ場をなくした瞬間――
「さあ、あなたの魂をビュッ――」
〝指揮者〟の首筋にまっすぐ切り傷が奔り、ビュッと体液が散る。
「なんて?」
「そっ、そんなの効かゴュッ!」
切っ先が頬を耳まで裂く。間髪入れず細かな斬撃が全身を切り刻む。
「ギィッ!」
お構いなしとばかりに力任せに刃を割り込ませてくる。真上からの渾身の振り下ろし――をヨシツネは正面から受け止め、刀身に滑らせながら前に入り身し、すり抜けざまに峰を押して胴を薙ぐ。
「――第七章、〝無夜灯〟」
それは、まったく無名の剣術流派だった。
かつてはメグロ本部の有望な狩人でありながら、世を捨てて森へこもり、時流にそぐわない理合いを追求し続けた一人の男、その名はトラフ・イッシン。
彼の夢はただ一つ――天下一の大剣豪となること。
なにもかもを捨て、血反吐にまみれ、魂を削りながら研ぎ上げたその剣は、己以外のすべての剣士を斬り伏せるため。
すなわち、ひたすらに対人特化の殺人剣。
獣と対峙するのが人の道。故に誰からも見向きもされぬ奇人の技術。
その男の病没から十数年――くすんだ森の片隅で朽ちる日を待つのみだった秘伝書を、彼と志と同じくする天禀の少年が見つけたのは必然か、あるいは狂おしき執念か。
その流派の名は――トラブ流。
「第三章、〝追憶〟」
ヨシツネの放った水平三連突き。相手が剣を振り抜くより早く、首と胸と腹を穿ってみせる。
「グフッ!」
さすがの化け物も怯んでザザッと後ずさる。
「知識までは吸収してないのかい? トウゴウ流は人を斬るには少々オーバーキルなんだよ。あ、シャレじゃないからね」
あくまで大型獣と渡り合うための狩人の剣、必殺の強撃を流れるようなコンボでつなぐ攻めダルマの脳筋戦法だ。受けに回って受けきれるものではないが、隙が大きいことに変わりはない。
対してトラブ流は、剣を持つ人間を想定した対人剣術だ。脳天から唐竹割りにせずとも、切っ先を数センチ差し込むだけで人は殺せるのだ。
「……効かない、とようやく言えた。すっきり」
〝指揮者〟が犬のごとくブルルッと身震いすると、幾太刀も浴びせたその傷口が瞬く間に塞がる。
「首と胴体が離れ離れになっても、同じことが言えるかい?」
身体能力の差は歴然……それでも人並みの体格同士で切り結ぶこの状況では、トラブ流はトウゴウ流を明らかに凌駕する。そもそもトラブ流は「自身を追放したトウゴウ流を倒す」という開祖の妄執をきっかけに生み出された剣術なのだ。
「使いなよ、他の菌能」
ヨシツネの現時点での見立ては五分五分。このまま剣術のみでやり合うほうが勝算が高いのは当然だ。
しかし――それでは肝心なことを確かめることができない。
「怪物に矜持もなにもないだろう?」
〝指揮者〟は一瞬硬直して、それから口の端をにやりと歪めた。
「……ふふ、確かにそのとおりだね。なぜだろう、自分でも忘れていたよ。これが意地というやつなのだろうか? あるいは私を形づくる魂が……」
ぶつくさ呟く〝指揮者〟に対して、ヨシツネは仕掛ける隙を見逃すまいとしている。背後ではクレが少し離れたところでメトロ獣たちと激しくやり合っているようで、「僕の〝伝武〟を味わえっ!」と威勢のいい叫びも聞こえてくる。互いに巻き込む心配はなさそうだ。
「……まあ、いいか」
〝指揮者〟がゆらりと脱力した、かと思うと、
「っ!」
とっさに受けた【不壊刀】がギィンッ! と甲高い衝突音を鳴らす。
その名を表すように〝指揮者〟が腕を振るうたびに空気が裂け、防御するヨシツネの手に衝撃が走る。
(【斬糸】か――!)
別名〝鎌鼬〟。鋼線のようにかたく鋭利な菌糸を飛ばすレアスキルだ。
糸自体はその細さと速度で視認しづらいが、腕の振りを見ればタイミングと軌道を読むことができる。刀で斬り払いながらヨシツネは再び距離を詰める。
と、
キラキラとした粒子が飛んでくる。
(ヤバい)
刀を振り回して胞子を吹き飛ばし、同時に岩陰に飛び込む。間一髪で爆発、業火。
(【爆塵】……!)
塵術は起動するまで判別しづらい。毒かデバフを疑うのが常套ながら、見憶えのある攻撃系の胞子の色に気づいて距離をとった判断に救われた。
「――――」
背筋がぞわりとする。見上げると、天井に張りついた〝指揮者〟と目が合った。
剣の腕が迫る。紫色の胞子をまとった刃――【蝕刃】。
躱せない。頭上で受けた衝撃で背骨が軋み、足腰の筋肉がブチブチと悲鳴をあげる。
「ぐっ――」
一気呵成こそトウゴウ流の本領。ゴッ! ガッ! と力任せのラッシュをぶつけてくる。
ガードの上からでもすりつぶされる。身体の芯を守るようにいなし続けるが――
(【斬糸】、【爆塵】、それに【蝕刃】)
【蝕刃】は菌能による生成物を侵蝕・腐敗させる能力だ。生体には効果がないものの菌能同士の勝負では圧倒的な優位性を誇る。
(けど、【不壊刀】なら――)
ピキッ、と不吉な音がした。
【不壊刀】と【蝕刃】をまとった巨剣。
ぶつかり合うたびに胞子が散り、黒いかけらが舞い――
(嘘だろ)
先に破砕したのは、【不壊刀】だった。
「はは、終わりだね――」
〝指揮者〟が剣を振り下ろす瞬間、
ドゴッ! とその背中に獣の死体が衝突する。
「クレ・イズホ」
振り返る〝指揮者〟、その隙にクレが懐に潜り込み、
「――推して参る」
てのひらを叩き込む。
「っ!」
ブシュッと血が噴き出す――串刺しになったクレの手から。
受け止めたのは鋭利なスパイクのついた菌糸の丸盾――【針盾】か。〝指揮者〟の左手がそれに変形している。
「はい、ごちそうさま」
〝指揮者〟が剣を振りかぶる、それに合わせてクレは盾ごと左腕を押し上げて体勢を崩させ、入り身と足払いで相手を投げ飛ばす。受け身をとってすぐさま起き上がったためにクレもヨシツネも追撃はしない。
「……そっちのは終わったみたいですね」
「おかげで僕の〝伝武〟はキレッキレだよ。あいつにも新型をぶちこんでやりたかったけど、下手を打っちゃったなあ」
てのひらからぼたぼたと血があふれている。あの技を撃てるのは利き手のみと言っていた、実質切り札を失ったと言っていいだろう。
「というか、ルールもマナーも破ってますよ。あいつは僕の獲物です」
「土下座くらいならあとで好きなだけしてあげるよ。けれどヨシツネくん、僕らの一番重要な目的を忘れちゃいないかい?」
「御神木の根切りノルマはもう達成済みでしょ?」
「違う」
「えっと、ワタナベを倒して、ナカノを守ること……?」
「違う……生きて! 地上に戻って! シュウくんに会うことさっ!!」
己のジャージを引きちぎって半裸になるクレ。
毒気を抜かれたヨシツネは、思わず笑うしかなかった。
「ふふっ……でも僕一人でだいじょぶですよ。こいつの正体もわかったし」
相手が「思ったとおりのやつ」だったなら、プライドをかなぐり捨ててでもこいつを滅ぼすことを優先しただろう。
しかし、こいつは。
こいつの元になった人間は――。
「おい、ツルッツル野郎」
「私のことか?」
「お前の元になった人間は、〝超越者〟カン・ジュウベエ――……じゃないな?」
「「え?」」
ハモる〝指揮者〟とクレ。
「あいつの率いていた〝超人隊〟の誰かだろう? 剣士のメンバー全員トウゴウ流使いだもんな」
トウゴウ流には違いなかった。けれど何度も刃を重ねるうちに、兄の太刀筋との微妙なズレを感じるようになっていった。
極めつけは菌能だ。カン・ジュウベエは汎用型の〝聖騎士〟だが、ヨシツネの知る限り【斬糸】【爆塵】【蝕刃】【針盾】――どれも習得していない。刃状の腕が【大太刀】の菌能だとしたら尚更だ。
「名前は……えっと、フクハラなんとかだ。〝超人隊〟の下っ端の、そこそこ強いくせに兄さんの腰巾着だったやつ。太刀筋も兄さんの模倣だろう? 似てたから気づくのに時間かかったよ」
リーダーの陰に隠れて目立つことは少なかったが、全国ランカーにも引けをとらないと言われていた実力者だ。
菌職は兄と同じ〝聖騎士〟、レベルは70強。メグロ第三メトロでの合同討伐任務のとき、彼が【大太刀】と【蝕刃】を使うところをヨシツネは確かに目撃している。間違いない、この〝指揮者〟の元になったのはあの男だ。
「なんの話かは、やはりわからない。これからあなたたちの魂をもらうことに変わりはないけど」
「お前が兄さんの成れの果てなら……クレさんもろとも刺し違えてでも、引導を渡してやるつもりだったんだけどな」
「なにそれひどーい」
ワタナベが自由になり、あの副官がこうして吸収されてしまった以上、兄が無事である確率も依然として低いだろう。
しかし少なくとも、目の前にいるこの化け物は兄ではない。
ならば――こんなやつに、負ける気はない。
ヨシツネは大きく息をつき、手をかざした。黒い菌糸が絡まり合い、【不壊刀】をなす。
「ふっ、またその棒切れか」
〝指揮者〟が鼻で笑った。ヨシツネはぴくっとして、
「あなたの魂の力はそれしかないのか? だとしたら少々ガッカリというか――」
「……うるせえよ」
肩が震えていた。首筋がビキビキと血管をたてていた。
「ヨシツネくん?」
「これが僕の棒だ……唯一無二の、世界一黒くてかたい僕の棒だ! 文句あるか!? えぇ!?」
「ヨシツネくん?」
矜持だった。
出生時レベル30の菌才に生まれながら、上位菌職である〝聖騎士〟に生まれながら(硬菌糸の他に柔菌糸と身体操作の素養もありながら)、習得できた菌能は異色の菌糸刀――ただそれのみだった。
【不壊刀】と名づけたのは、決して折れない生き様を願ったからだ。たった一振りの刀のみでも頂点をめざす覚悟の証だった。
自分からこれをとったらなにも残らない――その劣等感を塗りつぶすために命がけで研ぎ澄ましてきた。【不壊刀】こそ、剣術こそ、この生き様こそ、ヨシツネの矜持そのものだった。
――【不壊刀】が折られたのは初めてだった。
その現実は、自ら腹を掻っ捌いてメトロの肥やしになりたいほどの屈辱を燃え上がらせていた。
「……ここからは、棒で魂をとるゲームだ」
刀で受けた恥は、刀で雪ぐ。
でなければ、死ぬ。それだけだ。
「お前の胞子嚢、よこせ!!」
ヨシツネは、修羅の凶相で笑った。
おちこんだりもしたけれど、キンタマはげんきです。




