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167:暖炉のある部屋


大変ご無沙汰しておりす。

いろいろアレがアレなもんで、大変お待たせしまりすた。


漫画版3巻がいよいよ12/1に発売予定りす。そちらもよろしくお願いしまりす。


前回までの振り返り

・獣王ワタナベが攻めてくるりす

・めっちゃデカくて分身いっぱいいてもはやラスボス設定りす

・我らがアベシュー、偽イケブクロ族長と獣王スズキと一緒に迎え撃つりす


「――誰かがふと思ったんだ、『人はいつから生産者になったんだろう』って。融けることなく海の生命を蝕み続けるゴミを、無垢な大気を酸の色に変える毒を、この先数万年にも渡って大地を穢し続ける悪魔を。人が生み出すそれらによって、この世界の美しいバランスは崩壊してしまった。誰かがふと思ったんだ、『すべてを浄化(リセット)する分解者』だと――それがすべての始まりだった」

「……はあ」


 愁は曖昧にうなずく。


「阿部くんもすでに知ってのとおり、先史文明を壊滅せしめた〝東京審判〟とは、人と人の生み出した科学を起因とした、まあ言ってしまえば人災だった。まあもっとも、アレが起こるよりずっと前から、すでに我々の手には負えんところまで進んでいたんだがね」

「…………」

「皮肉なことに、当事者のほとんどはあの災害の犠牲となった。私を含めたほぼ全員が、あのような事態が起こることをかけらも予期していなかった。〝超菌類〟への免疫の獲得、体内に〝白光菌糸〟を共生させうる遺伝子配列の有無など、生存条件は誰しも平等に運だった」

「…………」

「幸か不幸か生き延びたごくわずかな当事者たちは、それを神の赦しと都合よく解釈し、新世界では口を噤むことにした。当然だろう、『すいません、実はアレ、俺たちが裏でコソコソやってたのが原因なんですよね』などと他の生き残りたちに正直に白状しようものなら、生きたままゴブリンの餌にされるのがオチだからな」

「…………」

「そうして真実は闇に……奈落のごとき地下深くへと葬られたわけだが、どんな世界でも墓があれば暴きたくなるのが人間というものだ。老い先短い私は、いつも追跡者の影に怯えていた。まあ結果的に無事に天寿を全うしたあとも、こうして菌糸ネットワークの世界の憐れな虜囚となっているわけだがね」

「待って待って待って」


 ぼーっと聞いていた愁が、そこでようやく話を遮る。


「えっと、いろいろツッコミとか疑問とか、俺の中でもう積み上がりすぎて崩壊寸前なんですけど……ここはどこであなたは誰かってのをまず一番に教えてもらえません?」


 暖炉がチラチラとオレンジ色に瞬いている。それ以外の光源がないので、部屋は若干薄暗い。


 壁際に並んだ本棚にはぎっしりと本が詰まっている。テーブルにはパンやらチーズやらが籠に載せられ、コルクの抜けたワインの瓶と飲みかけのグラス。足元にはふかふかの絨毯。なんというか、欧米の金持ちのベタな別荘のような装いだ。


「ベタとは失礼だな。アニメでこういうのとか憧れなかったか?」

「気持ちはわかりますけど……え?」


 愁は部屋の感想について一言も口にしていない。


「ふふ……わかるんだよ、君の気持ちは。菌糸で繋がっているからね」

「え??」


 暖炉の前で揺り椅子に座る、五十代くらいの男。毛皮のガウンに葉巻に分厚い本と、インテリの資産家っぽさが全身から滲み出ている。愁にとっては古今馴染みのない人種だが、その上品な顔立ちはどことなく見憶えがあるような気がしている。


「私のことは、そうだな……リョーショーとでも呼んでくれ。ああ、君のことは知っているから名乗らなくていいよ、阿部愁くん」


 この男は最初から愁の名前を知っていた。口ぶりからして面識があったわけではなさそうだが、であればなぜ?


「全然わけがわかんないんすけど。たとえるなら、長いこと連載休んでた漫画が再開したけどいきなり全然知らない場面から始まって『あれ? 俺、何話か読み忘れてる?』みたいな感じなんですけど」

「古の言葉で表現するなら『わかりみが深い』。あの頃の私はいつも怯えていたよ、私がくたばるまでにアレやアレは完結してくれるのだろうかと」


 つくづく世界滅亡とは罪深い事象だ。


「この部屋は――フランクにたとえるなら……お馴染み『精神と時の部屋』といったところだ」

「?」

「より厳密に言うなら、今この状況は村上春樹の小説に出てくる『百科事典棒』のようなものだ。精神だけがここに繋がっている。極限までに加速化された精神世界の中で、ニューロ光もかくやという超高速で情報を交換している。現実ではまだ一秒と経っていない」

「なんの話――……っ!」


 今、頭の奥でなにかがパチッと火花を発した。


「……そうだ、俺……ナカノで……」


 それは――記憶だ。この奇妙な部屋で目覚める直前の。


「獣王……ワタナベと戦ってて……みんなと一緒に……」


 ツルハシ、スズキ。それに別行動になったタミコたち。


 この国の存亡をかけた、チート級の不死身性能を持った大怪獣との決戦――今まさに、その真っ最中だったはずなのに。


「ああ、今も絶賛バトル継続中だ。その中で君は、とある経緯から戦場で意識を失ったわけだが、思い出せるかい?」

「……なんで、だっけ……?」


 思い出せない。


 ワタナベが仕掛けてきて、ツルハシの合図で御神木のほうまで下がる作戦で――


(……そのあと)

(どうなったんだっけ?)


「その記憶の地点から状況はだいぶ進んだところだ。まあ『死にかけの走馬灯』とかそういうのじゃないから安心したまえ」


 リョーショーの言い分が正しいとしたら、今は「ほとんど時間が静止した状態」で、「なんか変な回線と接続してしまって、この奇妙な男と奇妙な部屋で会話をしている」ということだ。


 まだ戦いが続いているなら一刻も早く現実に戻らなければ。


「なに、焦る必要はない。さっきも言ったが、ここでこうしている時間は現実ではほんの一瞬にも満たない。直に目覚めてまたあの戦場に戻ることになるさ。そして目覚めたとき君は――……まあ、それはあとのお楽しみと言っておくか」


 なんとも都合のいい話ではあるが、この状況がすでに非現実なのだ。信じるしかない。


「……なら、この際なんで質問していいっすか?」

「なんだね?」

「最初の話、ちょっと混乱しててスルーしちゃったんすけど……あんたが〝東京審判〟を起こした黒幕の一人ってこと?」


 リョーショーは葉巻を口に咥え、ふう、と煙を吐き出す。


「その表現は、当たらずとも遠からずといったところだな。あの災厄をもたらしたのは……そうか、君はサトウと名乗る鮫と会ったんだったな」

「なんでそれを?」

「君の意識は、いわば『菌糸のネットワーク』でこの部屋と繋がっている。君はあまり慣れていないだろうが、こちとら半世紀以上もネット世界の住人、黎明期以来の○ちゃんねらーのごとく年季が違う。さながらパスワード0000のアカウントみたいに、君の記憶という履歴は全部筒抜けになっている」

「めっちゃ嫌なんだけど」

「君は童貞といじられると烈火のごとく怒り否定する。そして真実は――」

「おいやめろ。○すぞ」

「話を戻そう。君は〝伊邪那美〟と〝伊邪那岐〟という単語をすでに耳にしているね。そして彼らが〝東京審判〟を引き起こした真の元凶であるということも」

「……いや、それは聞いてないけど……」

「あっ、しまった。早とちりしてしまった。くそ、私にも忘れろビームが使えたら」


 愁がふんわり知っているのは、その二つの存在がこの新世界の秘密の鍵を握っているということだけだ。まさか、世界崩壊を起こした元凶そのものだとは。


「彼らは……簡単に言えば『この菌糸まみれの世界をつくった神』で、私は神の産みの親ということになる。どうだ、最初に私がフライング気味にしゃべり散らかした自分語りと繋がっただろう?」

「それが事実だとしたら……あんたもそいつらと同じレベルの責任があるんじゃねえの?」

「考えかた次第だな。それについてはいろいろと複雑なのさ。そして今君が私に敵意を向けたとて無意味なことだ、すでに私は死んでいるのだからね」


 振り上げそびれた拳を、愁は胸の前でぎゅっと握りしめることしかできない。


「そいつは……今どこに?」

「……あいにくだが、それには答えられん」

「なんで?」

「神に自ら触れることは、人類にとって福音となるとは限らん。奇しくもそれは世界中の神話で語り尽くされている。彼らは必ずしも敵対すべき存在とは限らない。この世界のラスボスとなるか救世主となるかは、今を生きる君たち次第なのさ」


 わからない。さっぱりわからない。


「それに君は――現実に戻すようで悪いが、倒すべきは相手はすぐ目の前にいる。そいつはまぎれもなく君たちと種の生存を争うライバルだ、〝糸繰りの民〟にとって勝利以外に未来はない。私もOBとして応援する気持ちだけはいっぱいだ、それ以外にはなにもできんがね」


 突然、ジジッ! と目の前にノイズのようなものが走る。何度か瞬きをするとそれらは収まり、元の静かな部屋に戻っている。


「……さて、接続が不安定になってきたようだな。残りの時間もわずかだが……そうだ、別行動をとっていた君の仲間たちの動向を確認してみるというのは?」

「できんの、そんなこと?」

「言っただろう、私は菌糸のネットワークと繋がっている。その程度のサーチはお茶の子さいさいだ」


 リョーショーが手をかざすと、本棚の前にブゥンと長方形のスクリーンのようなものが生じる。愁としてはもう驚かない、というかツルハシも似たようなことをやっていた。


「なんだ、驚きのリアクションなら別にいくらやってもらってもありがたいんだがね。では、君の一番大事な子たちから見てみることにしよう。少し時間を巻き戻してみようか」

 

 

    ***

 

 

「まったく、完全に貧乏くじだわ」


 ナカノメトロ内浅層、北西部。地図を片手に歩くノアとタミコの後ろを、ハクオウ・マリアはだらだらとした足取りで歩いていた。


「手分けするのはいいとして、ガキと毛玉のお世話なんて。これなら私一人のほうがまだマシだわ」

「姐さん、まだボヤいてるね」

「ほっとくりす。コーネンキはデリケートりす」

「なんか言ったか豆畜生」


 チーム分けのときにもっと文句を言うべきだった、とハクオウは若干後悔していた。姉と一緒でなければ誰と一緒でも変わらないが……レベル30程度の小娘と戦闘に向かないカーバンクル一匹、さすがにこの分けかたは負担が大きすぎる。


「あんたたち、なにかあったら自分の身くらい自分で守ってよね」

「が、がんばります」

「まかせるりす。ノアもオバハンも、あたいがまもってやるりす」

「ほお、大きく出たわね。ちんちくりんのくせにこの〝聖銀傀儡〟様を守るだなんて」

「あったりまえりす」


 タミコが振り返り、ぽふっと胸を叩いてみせた。


「あたいは――〝でんせつのカーバンクル〟りすから」

 

 

 

「……あ、着きましたよ。あそこで十五本目です」


 ノアが指差した先に、天井から床へと突き抜ける巨大な木の根があった。御神木の根だ。


「これで五本目ね。わりといいペースじゃない」

「よろしくお願いします、ハクオウさん」

「へえへえ、まったく人使いの荒い」


 ぶつくさ言いながら、ハクオウはてのひらからしゅるしゅると白い糸を生み出す。菌糸人形【魔機女(マキナ)】だ。


「さっさとやっちゃいますか」

「あたいのまえばでもやれるりすけどね」

「何年かかんのよげっ歯類」


 【魔機女】がすばやく動きだし、菌糸武器【斧槍】を根に叩きつけた。丸太のようなそれに刃が食い込み、白濁した樹液がぶしゅっと吹き出す。雨上がりを何十倍も濃密にしたようなにおいが立ち込め、タミコが「うげーりす」と顔をしかめた。


 ガッ! ガッ! と木こりのように何度も根に【斧槍】を打ちつける。生身なら狩人の体力でも辟易しそうな重労働だが、菌糸人形に疲労はない。


 休みなく切りつけ続け、十分ほどしてようやく両断に成功した。


「ふう……こんなの何度もやってたら、私のほうが疲れてくるわ。小娘、水とおまんじゅう」

「はい、お疲れ様です」

「ありがと、もぐもぐ」

「ドングリもやるりす」

「ありがと、ゴリゴリ」

『――聞こえるか、モブ雑魚ども』

「「「っ!」」」


 三人の耳に、声は同時に届いた。


「……これ、何度聞いても気持ち悪いわね」


 耳の中に仕込んだ菌糸の耳栓、偽ツルハシ・ミナトの菌能【(ささやき)】だ。原理は定かではないが、これを介して遠く離れた相手に直接声を届けることができるという。


『ワタナベがすぐそこまで来てる、あと十分で戦闘開始ってとこだ。おそらくそのメトロにも敵がうようよ湧くだろう。ノルマが八割以上片づいた雑魚から速攻で撤退しろ、終わってねえ無能は残って責任とれ。およそ一時間後に最後の作戦に移行する、そんときにまだメトロに残ってたら命の保証はできねえからそのつもりで。以上――』


 ブツン、と声が途切れて静かになった。


「……最後の作戦ってなによ?」

「聞いてないですね」


 偽ツルハシの作戦というのは、根を傷つけることで御神木の獣除け成分の散布を増大化させ、ワタナベ軍の勢いを鈍らせるというものだ。


 ある種の菌糸植物の発する〝超フィトンチッド〟という成分が凶暴なメトロ獣を鎮静化させるというのはわりと知られているが、御神木の効力はその中でも桁違いらしい。まあ、「戦争を少しでも有利にするための嫌がらせ」といったところだとハクオウは理解している。


「小娘、私たちのノルマは?」

「ボクたちは二十本なんで、あと一本でちょうど八割ですね」


 作戦に当たっているのはハクオウチーム、クレチーム、ギランチーム、ダイアナチーム、それに単独行動の〝菌玉〟の五チームだ。それだけの人員ですべての根を切断できるわけもなく、メトロと御神木を知り尽くすスズキが指定した「主要な根」のみをターゲットにそれぞれのチームで分担していた。


「まあ、八割ってのも目安でしょ。潮時ね、出口に向かうわよ」


 地図によれば、ナカノの里の北側に通じる隠し出口がある。あそこなら出て早々怪獣大戦争に巻き込まれることもない。


「いいんですか?」

「あいつの最後の作戦とかいうの、どうせろくでもないもんよ。巻き込まれるだけ損々、さっさとずらかるわよ」

「――しずかにするりす」

「は?」


 タミコの声は、いつになく鋭いものだった。小さな耳がぴくぴくと動いている。


「……きこえるりす」

「なにが――」

「したからりす!」


 ズガンッ! と岩盤が吹き飛んだ。


「……遭遇した」


 ずるりと這って現れたのは、


「活きのよさそうな魂だ、腹ごしらえでもするか」


 皮膚も体毛もない人型の化け物――ワタナベの分身、〝指揮者〟だった。



次回、来週どこかで更新できればと思います。続きをお楽しみに。


「迷宮メトロ」漫画版の第3巻が12/1に発売になります。表紙はもう一人のヒロインがメインっぽい感じ。デッッッッッカ()可愛く描いていただけてもう影ウスインとか言わせない。


そして、ウェブ小説版未掲載のカーチャンとタミコの過去エピソードも収録のはず。購入特典もあるっぽいので詳細はコミックファイアにてご確認ください。


いろいろ落ち着いたら、タクティクスオウガ買うんだ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 仕事に忙殺されて全然読めてなかったからあらすじ助かる そして明日もまた仕事・・・その精神と時の部屋とちょろリス俺にもくれませんかね?
[良い点] 待ってたよー [一言] あの頃の私はいつも怯えていたよ、私がくたばるまでに迷宮や赤羽は完結してくれるのだろうかと
[良い点] 遅かったじゃないか… 忘れてるんでまたちょっとずつ読み直しますかね。 [一言] 再開していきなりメタっぽくてわかりみが深いw
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