164:対談
メリクリりす。
漫画版最新話、絶賛公開中りす。
たった一日地上を離れていただけなのに、愁の気分はついさっきまで浦島太郎状態だった。
そして今はというと、
「――さて、なにから話そうかね?」
「あー……えっと……」
浦島太郎からスターリング捜査官になった気分だ。レクター博士ことツルハシ・ミナトは目の前で愉快そうにニタニタしている。
都知事の書状を「本物のお社様」へ届けるべく、愁たちがナカノの里の隠しメトロへ旅立ったのが昨日の朝だった。
ケァルという飼い豹に導かれ、たどり着いた奥部で待っていた全裸の美女は、なんとこの国で最強を誇る五大獣王の一角〝鮮血風鼬スズキ〟だった。
豹さんたら読まずに食べた。都知事の書状は開けられもしないままケァルのおやつとなったが、その中身は「獣王〝万象地象ワタナベ〟との戦争への協力要請だろう」とスズキは推察。そして否を伝えろということで会談は終了した。
かと思いきや――翌日未明、得体の知れない触手男の襲来。それはスズキを追ってきたワタナベの分身? だった。
ナカノの里が危ない――。
ただちに地上へ戻ることになり、モッフモフの巨大白鼬の姿になったスズキにしがみついて猛スピードでメトロを駆け上った。往路の半分足らずの時間で地上へ帰還したのがほんの一時間ほど前のことだった。
早朝にもかかわらず、社の中はなぜかバタバタと慌ただしかった。「おっしゃー、何十年ぶりのシャバだー! 者ども、出迎えろー!」と万歳で登場したスズキがしばらくスルーされるほどだった。
間もなく愁たちは、自身らが離れていた間に起こった諸々を知ることになった。
狩人ランキング八位〝凛として菌玉〟とハクオウ・マリアの来訪。なぜかタミコの〝菌玉〟への弟子入り。
そして、〝越境旅団〟に攫われたギラン奪還作戦。
潜伏先のメトロで待ち構えていた予想外の敵、大量のスライムたち。
それらを操っていたのは、愁たちを襲ったのと同じワタナベの分身だった。
情報量が多すぎて呑み込むのに時間がかかったが、なにより驚いたのは、
「――やあ、久しぶり」
仲間の大半を喪った〝越境旅団〟の生き残りが、共闘を訴えて投降してきたということだった。
「今は国家存亡の危機ってやつでな、こっちとしても悪だくみどころじゃなくなっちまったんだわ。恨み辛みはいったん忘れて仲よくしようぜ、同郷の志よお」
「はあ……」
ということで、偽ツルハシと二人きりになっている愁だった。
里では現在、村長たちの指示で住民の避難の準備が進められている。スズキと偽ツルハシが口をそろえて言うには、「ここはもうすぐ最悪の戦場になる」とのことだ。
戦える者はここに残ることになる。都庁本部やイケブクロへ伝書コウモリが飛ばされたが、援軍が間に合うかは神のみぞ知るという感じだとか。
「まあ、ブクロからは来ねえわな。ワタナベが穴ぐらから出てきたと知りゃあ、自分ちのアル○ックで手いっぱいだろうからな」
「俺らも逃げるって選択肢はダメなの?」
「俺的にゃ悪かねえが、お前はわりとモラリストだろ? いいのかい、他所で数えきれねえほど死ぬぜ?」
「うーん……」
「相手は悪意の津波みてえなもんだ、一度流れだしたら全部呑み込むまで止まらねえ。逆に言や、ここに来る可能性が一番高いってわかってんなら、ここで全力で迎え討つのが利口ってもんさ」
「ここに来るってのは、スズキさんがここにいるってバレたから?」
「そういうこった。やつが求めてんのは最高級の魂だ」
「最高級の魂?」
「獣王や俺ら〝糸繰士〟の胞子嚢だな。やつの【吸収】は食った胞子嚢を自分の胞子嚢にすることができる。そんで増やした胞子嚢から【分裂】で手駒を生み出して使役するのさ」
「待って待って、ギルドの情報とちょっと違うんだけど」
「ギルドはワタナベという存在を『〝指揮者〟という分身が何千何万の〝眷属〟を操る擬似的な軍隊』って感じに解釈してるが、微妙に不正解だ。やつに〝眷属〟はいねえ、〝眷属〟と言われるメトロ獣もまた、やつ自身が生み出した分身体なのさ」
「うん? 〝眷属〟も〝指揮者〟と同じそいつの一部ってこと?」
「そゆこと」
なるほど、確かにスズキも「やつに〝眷属〟はいない」と言っていた気がする。
「よくわかんないけど……それが正解だとしたら、ギルドはなんで誤った解釈をしてたんだろう?」
「単純にやつのスペックを知らなかったってだけさ。都知事も総帥もやつと直接対話したわけでもねえだろうから、長年戦って推察して立てた仮説が微妙に間違ってたってだけの話だ」
「じゃあ、なんであんたはそれを知ってんの?」
同じ獣王で面識があるっぽいスズキはともかく。
「そりゃまあ……俺は特別だから、かな? 百何十年生きてりゃそういうこともあるわな」
「はあ」
よくわからないが、雰囲気的に全部口からでまかせというわけでもなさそうだ。
「まあどっちにしろ、〝眷属〟なのか本体なのかの違いだけで、結局そんな変わんないような……?」
「〝眷属〟ってだけなら、ただの数頼みの軍隊と変わらねえだろ? けどやつは何千何万どころじゃねえ、体力が尽きねえ限りそれこそ無限に獣を生み出せる。そんでそいつらを、やつ自身の連携のとれた分身が自在に操るって寸法よ。それが〝万象地象ワタナベ〟の真実ってことさ、おわかりいただけただろうか?」
「……大違いじゃん……全然話が違うじゃん……」
急に理不尽すぎるラスボス設定に変わった感じ。草も生えない。
「『我が名はレギオン、大勢であるが故に』ってか」
「なんだそれ?」
「新約聖書、マルコによる福音書第五章……ってガメラで言ってた」
「ガメラかよ」
「やつが本気でスズキを求めてんなら総力戦だ、本体も脱引きこもりしてこっち来んだろう。俺らのタマを守りつつ、あっちのタマを全部つぶす……それがこの戦争の勝利条件だ。逆に万が一スズキや俺ら〝糸繰士〟がやつに【吸収】されりゃあゲームオーバー、この国も終わりってことさ」
都知事は山手線を復活させるために、ワタナベを倒す準備をしていた。ワタナベにそれを察知され、やつがスズキを発見するきっかけを与えることにもなった。
「なんでワタナベにバレたんだろうね? 獣王にチクるようなやつが誰かいたってこと?」
「いるんだろうよ。あのチビのそばに、あっち側のやつが」
「あっち側?」
「……まあ、裏切り者はすぐ見つかるだろうぜ。ワタナベがこの里にスズキが隠れてたのを知らなかったってことは、情報のリークは不完全だったってこった。あのチビの用心深さは相変わらずだが、そう遠からず炙り出されるだろうぜ」
そもそも人と獣王が友だちになれるのか……と思ったら愁の周りにも結構いた。この里の人とか偽ロリとか。
だとしても、その裏切り者になんのメリットがあったのだろう。地下生活の化け物から賄賂をもらえるわけでもないだろうに。国が滅べばそいつだって無事では済まないだろうに。
「ほれ、次の質問はよ。共闘のためにせっかくのコミュニケーションタイムだぜ?」
ちょいちょいと手招きの仕草をする偽ツルハシ。まるで久しぶりの会話を楽しむ死刑囚だ。
「結局さ、あんたはなんなの?」
「俺? 俺はツルハシ・ミナトだ。それ以外の何者でもねえ」
「嘘つけよ。ノアは言ってたぞ、ひいじいは優しくてカッコいい人だったって。大事な曾孫を傷つけたくせに、本物とか騙ってんじゃねえよ」
ノアをあれだけいい子に育てながら、一方でイケブクロの悪政を裏で牛耳っていたと。どれだけ人格が破綻していても一人の人間ができることとは思えない。この男がノアのひいじいであるわけがないのだ。
「お前……あの小娘に惚れてんのか? そんな怒んなよ童貞」
「そそそそんなんじゃねえしどどど童貞じゃねえし!」
「しゃーねえな、もったいぶらずにネタバラシといくか……」
偽ツルハシは椅子から立ち上がり(愁は一瞬ビクッとする)、椅子の背もたれに尻を置き、天井を仰いで小声でうなりはじめる。そのままなにも言わない。
「……なに黙ってんだよ? ネタバラシはよ」
「あ……いや、なにに喩えたらカッコいいかなって悩んでて。安部公房の『他人の顔』か、ダニエル・キイスの『ビリー・ミリガン』か。読んだことある?」
「『他人の顔』はあるけど、あんま憶えてない」
人文系の講義で読まされた。事故で火傷を負って顔中ケロイド状になり、人の皮膚を再現した仮面をつけて他人になりすまして自分の嫁と〝不倫〟するというメンヘラおっさんの話だ。『ビリー・ミリガン』は読んだことはないが、確か多重人格の殺人犯の話だったと記憶している。
(ケロイドはわかるけど)
目の前の男も負けじと顔が半分爛れている。
(……多重人格?)
「いや、こっちとしては『羊たちの沈黙』の気分なんだけど」
「ひゃはは、『ハロー、クラリス』ってか! 光栄だねえ、ハンニバル・レクター。映画史上最高の悪役の一人だぜ?」
人喰いの殺人鬼に喩えられて喜べる時点で、と思っても面倒なので口には出さない。
「俺らの身体に宿る胞子嚢は、同種の共喰いじゃあ成長しねえようになってる。この縛りがあったから、〝超菌類汚染〟からメトロに逃げ込んだ都民は十年の穴ぐら生活で生き延びられた。そうじゃなけりゃ共喰いで回復不能なレベルまで減ってたかもよ」
「どうかな……人間ってそこまで野性的になれるかね?」
「さあな。だが俺は違う、まさに人喰いのレクター博士さ」
「……能力のコピーか」
この男はヨシツネの胞子嚢を食い、彼のユニークスキル【不壊刀】を奪った。
「俺はこの力を【学習】と名づけた。食った胞子嚢の持ち主の能力を一つコピーできるのさ。ツルハシ・ミナトが二十五の菌能を誇る汎用型の頂点なんて持ち上げられてた理由がこれだ。もっとも本人はそれをひた隠しにしてきたがね」
改めて聞くと、なんとチートな。漫画の蟻の王ではないか。コピーできる数に制限がないならそれこそ無敵すぎる。
「それってワタナベの【吸収】? と似てんね。つーかあんたと似た者同士やん、青い〝眷属〟だのわんさか従えてさ」
偽ツルハシは目を丸くし、それから笑う。
「現代人は話が早くて助かるぜ。そこがこの話の肝なのさ」
「?」
「【学習】は【吸収】とは似て非なる能力だが、いつだったかやつと同じ【分裂】をゲットしてな。一か八かうまいことミナトと【分裂】して、そのおかげで今の俺があるってこった。はい、それが俺に関する答えさ」
(【分裂】?)
(ミナトと?)
(……『ビリー・ミリガン』……)
「まさか……!」
愁が導き出した答えを聞くより先に、男はにやりと笑ってうなずく。それが答えということか。
「そういやさ、俺も一個訊きてえことあったんだわ」
つかつかと歩み寄り、ぐいっと顔を近づけてくる。ギラリと煌めく瞳が、愁の顔を歪めて映しだす。
「あの日、東京が終わった日――お前もどっかで入院してたんじゃね?」
***
役場の会議室を出ると、廊下でノアとタミコが待っている。
「ちょっとションベン行ってくら」
とツルハシは先にロビーのほうに戻っていく。すれ違う瞬間、ノアがビクッと身を強張らせるが、ツルハシは彼女に目もくれない。
「……ずいぶん話し込んでたみたいですね」
「あー……十分くらいか」
一時間にも二時間にも感じられた。
「アベシュー、かおいろわるいりす」
「……いや、だいじょぶだよ」
肩に飛び移ってきたタミコの頭を撫でてやる。宝石の周りに指を這わせると「ああっ……あたいのビンカンなとこゼンブわかってる……!」とビクンビクン。
「シュウさん、なにを話してたんですか?」
「あー、うーん……いろいろっていうか、」
正直、頭の整理が追いつかない。ノアにどこまで話したものかというのも考えがまとまらない。
「――ああ、ここにいたか、アベ氏」
パタパタと駆け寄ってきたのはアオモトだ。
「獣王……いやスズキ氏が呼んでいる。もうあまり時間はないようだ」
「あ……はい、了解です」
アオモトの後ろを歩きながら、愁の脳内では一つの問いがずっとノックし続けていた。
(〝糸繰士〟って――)
(俺って――なんなんだ?)
漫画版はファイアCROSSにて14話まで、ニコニコ漫画にて13話まで公開中です。
ついに登場の人間ヒロイン……!原作では空気嫁だの影薄な評価も……漫画
今年も大変お世話になりました。あまり更新できず恐縮です。
あ、ワクチン2回目は案外余裕でした。無事に年を越せそうでございます。
来年はもっとたくさん文章書きたいなー。ゲームもやりたいなー。ああ、エルデンリング。
では皆様、よいお年を。
 




