162:スライム急襲
前回のおさらい:友だちのオオカミ男さんを助けに行くよ。菌玉チームと若作り黒エルフチームに分かれたよ。そしたらスライム出てきたよ!
あと漫画版の最新話更新されましたのでそちらも要チェック!
あまり知られていない仮説がある。
〝東京審判〟以前に明確なルーツを持つ動物は、超菌類などの作用で進化したものと見られている。ではスライムやゴーレムなどの「とりわけ形状や生態が通常の動物とは一線を画するもの」は、いったいどこから現れたのか。
それら一部のメトロ獣は、メトロ自体が生み出しているのではないか。
ある意味突飛な仮説だが、現在までにそれに対して明確な否定も肯定もされていない。裏付けとなる証拠もないし、眉唾と断定するにも材料に乏しいからだ。
(正直どうでもいい話だったけどね)
けれど、オウジメトロでの体験やアベ・シュウたちとの冒険で、図らずもこの国をめぐる謎について触れてきて、クレ自身もそういうことに多少の興味が湧いてきていた。武道のこと、強くなることしか頭になかった頃の自分では考えられない変化だった。
(……んで)
「なんで、こんなところに?」
体高七・八メートルは優にある巨大スライム。それが目の前にいた。
(うん、こいつはヤバいね)
スライムほど体躯のサイズと脅威度が比例する生き物はいないだろう。かの有名なオオツカメトロのサタンスライムをはじめ、いわゆる超大型スライムと分類される肥大化個体はどこのメトロでもボスキャラ扱いされてきた。
なにより、目の前のこいつのレベルが並みでないことは直感で理解できる。タミコのような目を持っていなくても。
「……囲まれてますね」
ヨシツネがそうつぶやいた。その手にはすでに【不壊刀】が抜かれている。
「……だね」
クレもジャージの下には【白鎧】を展開していた。
ぼと、と天井から降ってくる。
壁の隙間からにゅるんと滲み出てくる。
地面の亀裂からずるずると這い出てくるもの。
無数の中型スライムが、クレたち陽動部隊をとり囲んでいる。顔も頭もない獣特有の無機質な殺意が向けられているのを、クレはその身にひしひしと感じていた。
「おい、知っとるか?」
じり、と一歩前に出たのは〝凛として菌玉〟だった。
「かつて世界にはこのような格言があったらしい、『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』とな。あのデカブツに抗しうるブツを持つのは儂しかおらん。貴様ら凡人どもは矮小な雑魚どもとシコシコやっておれ」
「でも菌玉さん、むしろ若干小さかったような……?」
不用意な一言で親の仇のごとく睨まれたものの、目上の言葉には従っておくことにする。超大型スライムは菌玉に任せ、クレは他のスライムにその拳を向けた。
菌糸武器も菌糸玉も持たない〝闘士〟の狩人にとって、酸性の体液の塊であるスライムはまさに天敵だ。
加えて信条により打撃を封印してきたクレとしては、「壁や床に投げつけてつぶす」以外の選択肢がなく、殊の外めんどくさい相手に違いなかった。
けれど、それも昔の話。
「しっ」
予備動作を消した歩法で一息に距離を詰める。
(触れるだけ)
触れるのは一瞬だ。その一瞬で、身体から肩へ、肘へ、てのひらへ伝えた流れを一気にねじこむ。
「――〝伝武〟」
エネルギーは体液の層を通過し、内臓を破壊し、裏側へと突き抜けた。バシャッと体液を噴き出して陸に打ち上げられたクラゲのように萎んで広がる。
「おっかない技ですねー、何度見ても」
なんて軽口を叩きながら、刀でザシュザシュとスライムを薙ぎ払うヨシツネ。並みの菌糸武器ではスライムを斬り続けるのは無理だが、【不壊刀】は溶解にも強いのか。
「うん、〝伝武〟のエネルギー浸透に螺旋の動きも加えてね。インパクトの瞬間にこう腕ごとねじって(ボシュッと別のスライムを爆散させる)、ほら、エネルギーを旋回させて貫通性を高めてるのさ。すごいだろう、僕の〝伝武〟! まだまだ進化するよ、僕の〝伝武〟!」
「はあ」
他の仲間はというと、さすがに武闘派を集めただけあって、多勢相手でもスドウ中心にきちんと陣形をとって着実に対処できている。崩れる心配はなさそうだ。
(やっぱり本命は)
邪魔をすまいとあえて距離をとったが、あわよくば自分も戦ってみたい。愛しきアベ・シュウと名実ともに肩を並べられる絶好のチャンス――とそちらへ振り返ると、
「……マジか」
超大型スライムが動きを止めていた。まるでオブジェにでもなったみたいに。
ブルルッと急激に震動したかと思うと、バァンッ! と頭頂部がはじける。無数の金色の菌糸玉が内側から突き破ったのだ。
「ふん。腐食の液に飛び込もうとも、老いてふにゃふにゃに萎びようとも、その輝きが失われることは永遠にない――それが真の金玉よ」
(オオツカメトロ時代のシュウくんを半殺しにしたってやつを)
もちろん個体差やレベル差はあるだろうが、体感したプレッシャーからしてレベル60前後くらいはあったはずだ。それを一分とかけずあっさりと……さすがはシン・トーキョー最強の玉術使い。
「おう、無事か? そっちも片づいたみたいだな」
そう言ってスドウが駆け寄ってきた。
「スドウさん、話が違うんですけど」
こんなところで戦闘になるとは想定外だった。別にそれ自体が悪いわけではないが、これだけ派手にやれば階下のやつらに侵入を感づかれてもしかたない。
「いや……スライムの目撃報告なんて今まで一度もなかった。ましてやこんな浅層に超大型が出るなんてことは……」
「だとしたら……やっぱりあの自称ツルハシの――」
「いや」
クレの言葉を遮ったのは菌玉だった。
「やつの使役する青い獣と、さっきのスライムは別物だ。実際に手を合わせた儂にはわかる」
「確か――」とヨシツネ。「スガモで駆除された青い獣は、胞子嚢を持ってなかったって聞きました。僕は実際見てないですけど」
屈み込み、空気の抜けた風船のように萎びたスライムの死骸を【不壊刀】の切っ先で切り開く。
グロテスクな腸の中には、胞子嚢が確かにあった。
「……こいつらは、メトロから湧いたってことか?」
このタイミングで?
こんな偶然があるか?
「いや、それも違うな」
またしても菌玉が首を振った。
「嫌な予感がする。見よ、ここに入ったときからずっと股間がスースーして、儂の儂がこんなに縮んでおる」
「わざわざ脱がなくていいです」
「こんなときは大抵、ろくでもないことが起こるものよ。先を急ぐぞ、とっとと犬っころを連れ戻して温泉に入り直さねばな」
***
「これは……」
ノアたち救出部隊は、すでに地下五階――ギランが監禁されていると思われるフロアに侵入していた。
物陰から覗くその光景に、ノアもタミコも、ハクオウ・マリアでさえ言葉を失っていた。
(いったいなにが?)
上の階からつながる隠し通路の出入り口はカモフラージュされた岩でふさがれていて、案の定発見されている様子もなかったので、ノアたちはその手前で陽動部隊の合図(菌糸玉バイブ)を待っていた。
当初の予定時間をだいぶすぎても音沙汰がなく、(とりわけハクオウが)痺れを切らしかけていたところで、
「――なんか、きこえるりす」
口を開いたのはタミコだった。
岩の向こうから、争っているような物音や悲鳴、獣の声が聞こえると。
意を決して岩をどけて五階に足を踏み入れると――タミコの言ったとおりだった。
「退け! 団長のとこまで退けっ!」
人と獣が激しく戦っていた。
身なりを見るに、狩人ではない。ここに潜伏している賊。
獣は――例の青い獣と、それに、スライム?
「やれっ! ぶっ殺せっ!」
「ガァアアアーーッ!」
よく見れば、青い獣は賊たちを守るように身体を張り、自分の何倍も大きなスライムに立ち向かっている。人と獣が、でなく、人と獣とスライムが、だ。
(なにが起こってるの?)
「超大型のスライムまでいるじゃない……どうなってんのよ……?」
青い獣が〝越境旅団〟団長の手駒だとして、敵対しているスライムはなんなのか。このメトロからは獣が絶えて久しいと警備団の人たちが言っていた、であればスライムはどこから湧いたのか。
賊たちは必死に応戦し、青い獣も存分に力を奮っている。だがスライムたちの数が多い、中型のスライムがあちこちからどんどん湧いてきている。それに巨大スライムが触手を振り回して大暴れしている。少なくともこの場はスライム側が圧倒的だ。
「やばいりす! あちこちでダイラントーりす!」
大乱闘。争いが起こっているのはここだけではないということか。
(どうしよう……)
なぜスライムがここにいるのか、ここでなにが起こっているのか。
なにもわからないが――ギランが危ないことだけは確かだ。
(菌玉さんたちを待つべきか)
(それとも、ボクたちだけで――)
「作戦変更よ」
ハクオウが押し殺した声で背後の仲間に言った。
「馬鹿オオカミの救出は私一人でやる。このどさくさに紛れて掻っ攫ってくるから。あんたら全員回れ右してメトロから脱出」
でも、と言いかけたクマガイをハクオウの威圧的な目が黙らせた。
「異論は全部却下、復唱不要。さあ、急いで」
「ハクオウさん、ボクも――」
「邪魔。足手まとい。以上」
短く簡潔で、有無を言わさない強さがあった。ノアはぐっと歯噛みして、それでも食い下がった。
「……ボクは、ツルハシ・ミナトの曾孫です」
ハクオウが振り返り、目を見開いた。
「ボクがいれば、万が一あいつと遭遇しても、交渉できるかもしれません」
そんな根拠も自信もない。前回は仲間もろとも殺されかけたのだから。
ハクオウは値踏みするような目でじろじろとノアを見て、ふうっとため息をついた。
「……自分の身は自分で守りなさい。最悪なにがあっても、責任はとらないわよ?」
「はい!」
「りっす!」
「え、姐さん?」
「ふん、イモートブンひとりいかせるわけにはいかんりす!」
実はさっきから、肩の上のタミコが小刻みに震えているのに気づいていた。きっと過去のトラウマなのだろう、特にあの超大型スライムは――。
「あたいもいっしょにオオカミおっさんたすけて、サイキョーカーバンクルのショーゴーにハナをそえるりす!」
それでも、ふぁさっと頬にかかる尻尾は温かく力強かった。
「……ありがとう、姐さん」
ノアはそれに手を添えて、頬を擦り寄せた。
クマガイやカーバンクルたちが通路へ戻ったのを見届けて、
「じゃあ……行くわよ!」
ハクオウを先頭に、三人は乱闘の場に飛び込んでいく。
「なっ、なんだてめえらっ!?」
「邪魔っ!」
菌糸の傀儡人形が【斧槍】を振り回して牽制し、道を切り開く。
このフロアの地図は頭に入っている。人質を監禁できるような部屋は限られている、そこを虱潰しにするだけだ。
「こっちっ!」
全速力で明後日のほうへ向かおうとするハクオウを呼び止め、一番近いポイントへ。
「スライムりす!」
前方に道をふさぐ中型スライム。そして横からは壁を壊して現れた超大型。
「ちっ! こっちが片づくまでやられんじゃないわよっ!」
ハクオウが二体の傀儡人形とともに超大型へと突っ込んでいく。
「ノアっ! くるりすっ!」
にじり寄ってくるスライム。中型とはいえ体高一メートル以上、決して雑魚ではない。なにより遠距離攻撃手段を持たない二人にとっては。
「ふっ!」
てのひらから【粘糸】を発射。瞬く間に拘束――とはいかない。じゅうじゅうと体液を分泌してあっけなく焼き切ってしまう。
「ノア! ガッタイニンジュツりす!」
合体忍術。いつかの雑談の折にアイデアを出し合って考えたコンビネーション技だ。
タミコが生み出したリス分身にノアの【短刀】を握らせ、「うぁあああっ!」とノアがおたけびとともに全力で投げつける。ドズッ! と深々と突き刺さった勢いそのままに、分身が内部へと潜り込んでいく。
触手を伸ばして反撃しようとしたスライムが――ブルルッ! と激しく痙攣を起こし、一瞬の静止の後、どろりと体液を床に漏らしながら萎んでいく。分身が溶けきる前に内部の急所を破壊できたようだ、「やった(りす)!」と歓喜のハイタッチをするスガモ姉妹。
「ちなみにこの技、なんて名前だったっけ?」
「えっと……〝ブッコミのリス〟?」
「そうだ! 〝特攻のリス〟! 踊ってやったね、姐さん!」
「雑魚一匹倒してはしゃぎすぎでしょ、あんたら」
ハクオウがすたすたと優雅に腰を振りながら近づいてくる。その後ろでは何本もの【斧槍】が突き刺さった超大型が地面に萎んでいくところだった。
「超大型を一人で簡単に……さすがはトップランカー……」
「さすがはトップババアりす……」
「ふん、どうでもいいからさっさとさがすわよ。ん、今なんつった?」
***
【炎刃】をまとった【騎士剣】が煌々と燃えていた。
その柄を握りしめたギランは、眼前の敵を鋭く睨みつけながら――床に膝をつき、血のにじむ脇腹を強く押さえていた。
「……泥まんじゅう連れて土足でお宅探訪たあ、ちょっとマナー違反じゃねえか?」
そう言う団長の爛れた横顔は、飄々とした余裕を失って忌々しげに歪んでいた。
二人の前には、醜く弛んだ青白い肌を晒す裸の男が立っていた。――いや、決して人ではないナニカだ。
「菓子折りと挨拶が日本人の基本、だったかな? 〝糸繰士〟……私と同じ時を生きた人間よ」
「てめえが日本を語るんじゃねえ――〝万象地象〟、成り上がりの実験動物ごときがよ」
ファイアクロス(コミックファイアがリニューアルしました)にて漫画版11話が更新されました。オオツカメトロ編もいよいよ佳境!最強ボスとの決戦が始まる!
ニコニコ漫画では10話まで更新されています。アベシューとタミコの、決して切れない絆をぜひご覧あれ。
コロナ収まってきましたけど、皆様まだまだご注意を。私はまだワクチン打ててません。。。




