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15:ラウンド2

 一足飛びで階段を上り、二年ぶりに足を踏み入れる。

 オオツカメトロ地下四十九階、がらんとしたボスの広間。

 前回と同様、ボススライムは部屋の中央にどっしり構えている。相変わらず薄汚い焦げ茶色の泥まんじゅうだ。


(……ちょっとでかくなってね?)


 トラウマのせいで相手が大きく見えているだけかもしれない。あるいはこの二年でさらに成長したのかもしれない。


 どちらにせよ、成長したのは愁も同じことだ。そこはかとなく自信をみなぎらせる愁の姿を、スライムは無言のまま捉えている。

 これまで検証によると、スライム族は光と振動を感知して周囲を認識しているようだ。つまり視覚と聴覚、それに触覚だ。


 と、触手が伸びる。頭上からぬっと影をつくり、予備動作もなく振り下ろされる。愁の立っていた床をたやすく破砕する。


「やっぱ挨拶なしかよっ!」


 前回からレベルにして10以上成長した愁でも、正面から受け止めるのは危険なパワーだ。だが成長した分、前よりもほんの少しだけ回避に余裕がある。

 一気に距離を詰めようとするが、瞬く間に触手が五本生じる。うねりながら一斉に襲いかかってくる。

 それらをかいくぐり、大盾でいなし――。


「ふっ!」


 そして菌糸刀が一閃、そのうちの一本を一太刀で斬り落とす。

 驚いたのか、触手がいったん引き戻される。ボスの頭上で様子を窺うようにうねうねと左右に揺れる。

 床に落ちた触手は、びたんびたんと暴れ狂い、やがて中に詰まった液体に溶けてぷすぷすと床を焦がす。ツンと鼻をつくにおいが立ちのぼる。


「……いけるね、これなら」


 愁の握りしめる菌糸刀と大盾が青白い光に覆われている。


 第十五の菌能、胞子光。


 菌能で生み出した武装に胞子光――と便宜上名づけた謎の光――をまとわせる能力だ。これにより、刀や盾などの斬れ味や強靭性が飛躍的に向上する。刀はオーガのぶ厚い肉体さえ一振りで両断するほどに、盾はオルトロスの炎をもはじき返すほどに。見た目も魔法武器やビーム兵器のようで、眠っていた愁の厨二心を大いにくすぐるものだ。ちなみに肉体に直接まとうことはできないし、石のナイフもダメだった。あくまで付加の対象は菌能のみだ。


 触手を断った菌糸刀のまとっている胞子光が減っている。溶解液のせいだろうが、それでも刀身は無事だ。

 中スライムよりも強い酸には違いないが、断ち切ることができたのは大きい。


 つまり、ようやくスタートラインに立てたということだ。

 これでようやく勝負になる。心置きなくもう一つの奥の手をお披露目できる。


「見てろよ、まんじゅう野郎」


 背中に意識を集中する。

 しゅるしゅると、肩甲骨の少し上あたりから菌糸が生じる。

 収束し、一対の腕の形になる。クモの脚を思わせる、細長くて生白い菌糸の腕。


 第十六の菌能、菌糸腕。


 これを自分の腕と同じように使いこなせるようになるまで、丸二カ月はかかった。今ではこれであやとりも歯磨きもタミコのこしょりもできる(タミコからは「オモチャじゃなくてゆびでさわってぇ……!」と誤解を招く哀願)。


 単純に手数が増える、だけではない。この腕は愁の腕と同じく菌能を使える。

 菌糸腕のてのひらが菌糸刀を生み出す。菌糸から別の菌糸を生み出すというもはやカオスな図式だ。

 これで刀三本、大盾一枚。

 それらに改めて胞子光をかける。刀身が青白い光で倍に広がる。まさに魔法剣、しかも三刀流。アガル。

 さあ、ここからが前回の続き。


「――ラウンド2だ」

 

 

 

 触手がさらに倍、八本に増える。中スライムはせいぜい三・四本というところだったが、さすがは親玉だ。愁にしても菌糸腕が腕六本の能力だったら脳みそがパンクするだろう。

 こちらが四本になったところで、相手の手数は倍。身体がぶるっと震える。


(ビビるな、集中しろ。相手は予備動作がない)

(関節もないからいくらでもねじ曲がってくる)

(それでも複雑な動きやフェイントは少ない)

(集中と反射だ、中学の卓球部時代を思い出せ!)


 触手がぶわっと広がったかと思うと、愁めがけて降り注ぐ。タイミングをずらした一本が横に飛び退いた愁を追う。愁は盾を斜めにして横に逸らし、菌糸腕の一撃で断ち切る。


「おらっ! どんと来いや!」


 などと挑発するが内心はひやひやしている。危なかった、防御が一瞬遅れたらぶっとばされていた。

 縦横無尽、四方八方から襲いくる触手。感知胞子で察知し、跳躍力強化で逃げ回り、隙をついて触手を切り離す。

 断面からどろどろと体液が漏れるが、あっという間に膜に覆われ、もこもこと元の質量をとり戻す。

 それでいい。それが狙いだから。


 中スライムをひたすら解剖した結果、スライムはざっくり三つの層に分けられるとわかった。


 一番外側の膜。これはスライム自身の細胞であり、中の体液を覆っている。伸縮自在、傷ついてもたちどころに再生する高性能な筋肉だ。


 二番目に体液の層。粘っこく触れたものを溶かす、まさにスライム的アイデンティティーの象徴と言える。


 そして三番目、一番奥に潜むのが核の器官。各種内臓や脳のような知覚器官を詰め合わせた袋だ(どれがどれだかはさっぱりわからないが)。胞子嚢もそこにあり、他の獣より輪をかけてまずかった(苦さの中に酸っぱさを加えた不快さしかない味だ)。


 タミコ母の情報どおり、そして中スライムでの実験の結果、三番目が急所であることは間違いなかった。そこを破壊することでスライムを殺すことができる。

 ただし、そのためには二番目の体液の層が最大の障壁になる。これは攻撃を阻み飲み込む鎧であり、相手を叩きつぶし消化する牙でもある。


 中スライムならいざ知らず、ボススライムほどの質量と消化能力を持つとなると、生半可な攻撃では内臓へは届かない。

 もっと貫通力のある遠距離攻撃の菌能を習得できればよかったが、愁の手持ちにそれに当たるものはない。


 ないものねだりをしてもしかたがない。手持ちの能力で倒しきるしかない。

 そのためには、地道に愚直に、少しずつ障壁を削っていくしかない。

 ターゲットは、やつの振るう牙そのもの――つまり触手だ。


「しっ!」


 愁の頭をえぐりとろうと伸びる触手を、下にかいくぐって菌糸の腕で斬り落とす。

 左右からの挟撃。一つずつ隙間を縫うようにかわし、通り抜けざまに斬り払う。ちぎれかかった部分を燃える玉で爆破する。

 触手が離れ、静止する。その先端にぷくっと水滴が浮かび、溶解液が噴射される。愁は地面に大盾を突き刺して受け止める。後ろからも噴射が来る、その寸前に盾を離して飛び退く。


「ふうっ、ふうっ……」


 呼吸が整わなくなっている。吸い込む空気がツンとして不快だ。あたりの石床は撒き散らされた酸でただれている。

 身体が重い。目減りした胞子光を補充できない。体力が切れかかっている。


 スライムに疲労という概念があるかはわからない。それでも愁が触手を延々切り離し、溶解液をかわし続けたことで、明らかにその身体は縮んでいる。体液部分の体積が減っているのだ。

 それが無尽蔵に湧いてくるものではない、補充には時間の経過と栄養の摂取が必要になると、度重なる観察と中スライム戦で判明している。やつの矛と盾は着実に削られている。

 内臓に届くまで、あとどれくらいだろう。だが――愁も限界だったりする。


「おし、ラウンド2終わり! いったん休憩!」


 愁は菌糸腕を切り離し、跳躍力強化全開で壁際まで距離をとる。両手から煙幕玉を放ち、立ち込める煙にまぎれて五十階への階段に飛び込む。

 

 

 

「タミコ! ただいま!」

「おかえりす!」


 タミコと荷物を手に、念のため踊り場をもう一つ下りる。これなら触手も溶解液ぶっぱも届かない。


「ぜひっ、ぜひっ……ちょっとインターバル……」


 腰を下ろし、カバンからとり出した胞子嚢にかじりつく。


「いいかんじりすよ! みずものむりすよ!」


 タミコが水筒を持って肩を駆け上がってくる。愁の口にがぼっと水筒の先を突っ込む。


「フットワークりすよ! あしをつかってやつをホンローするりす! そしてフトコロにとびこんだあかつきには、えぐりこむようにうつべしうつべし!」

「セコンドかよ」


 胞子嚢を一口かじるごとに身体に力が戻ってくる。苦みと生ぐささが身体にしみる。まずい、もう一個。


「タミコ……逃げるってのもありかもよ」

「へ?」

「体積が減って、触手もだんだん弱くなってる。もう少し弱らせれば、俺があいつを抑えて、お前に出口のスイッチをさがしてもらうのもありかもしれない。わざわざ危険を冒して倒さなくてもね」


 能力をすべて防御に回し、煙幕玉と跳躍力強化を駆使すれば、おそらくあいつの全注意をひける。タミコがスイッチを見つけるまでの時間は優に稼げるだろう。加えてタミコには第五の菌能、保護色がある。身の安全を確保しつつスイッチをさがすこともできるだろう。


 あるいはこのまま戦いを続けても勝てるかもしれない。しかしそれは相応のリスクを伴う。あいつが他の奥の手を持っていないとも限らないし、階下から手下の中スライムが戻ってこないとも限らない。

 地上に出ることを優先するなら、今が千載一遇のチャンスだ。


「……そうりすね……」


 彼女の気持ちは愁もわかっている。やつは母とその相棒の仇だ。ここで引導を渡したいという思いがあるはずだ。

 とはいえ、彼女自身の前歯はそれには届かない。矢面に立って剣を振るうのは愁だ。彼女が一番それを理解している。


「……アベシューがそういうなら、それがいいりす。ぶじにちじょうにでられるのがいちばんりす……」


 タミコはうつむき、ふさふさの尻尾をぎゅっと抱え込む。

 愁はカバンを漁り、三個目の胞子嚢を頬張る。がぶがぶと腹ペコ野球部員のごとき勢いでたいらげる。ぱんぱんの頬袋はタミコに負けないほどに張っている。


「……俺さ、基本ビビリのくせに、ちょっと強くなるとすぐ調子こいて、無茶して失敗して死にかけて、タミコにもさんざん怒られてきたよね。レイスのときも、オーガのときも、一昨年のボス戦も」

「りす?」

「悪いけど、また調子こかせてもらうよ。あんな大物の胞子嚢なら、きっとレベルの一つや二つ上がったり、菌能の一つや二つ覚えてもおかしくないじゃん? せっかくのチャンスじゃん?」

「でも……」

「それに、このままじゃスライム王国がどんどんでかくなるんだろ? そのうちあのオアシスもユニおさんたちも侵略されるかもしれない。この五年間さんざん世話になったんだからさ、最後に恩返しくらいしてもバチは当たんないよね」


 残りの水をじゃばじゃばと頭にかけ、愁は立ち上がる。


「つーわけで――漢見せてくるわ。タミコ、お前のカーチャンの仇とるとこ、ちゃんと見とけよ」


 タミコが目頭をぐいっと拭う。とことこと愁の肩に上り、ぺちっと頬を叩く。


「いけぇっ! いくんだシューっ!」

「ダンペーかよ」

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